紅白の乾杯、ではなく黒白の乾杯から始まった神社での花見。
赤い敷物に適当な座卓を並べただけの即席宴会会場、そこに根を張り見上げるは幻想郷一だと謳われる博麗神社の桜の花。満開には僅かに早い九分咲きの桃色を眺め、色鮮やかで美しい大陸仕込みの料理に舌鼓を打つ。日頃のあたしであれば花と酒、それと煙管さえあれば十分と言い切れるけれど、今日並んでいる見慣れない料理達には結構な驚きを提供された。
あの瞑想する門番が拵える料理も素晴らしい物だが、今視界に映る大陸の料理もまた素晴らしい味わいで、花より団子ならぬ花と団子両方楽しめる状態となっていた。
覚えがあると胸を張った太子が作っていた、というか、正確には屠自古が殆どを作った中華料理は美鈴の刺激的な料理とは違い、柔らか目の歯ごたえの物が多く、味もサッパリとした塩味メインの物が多く見られるような料理達だ。
色鮮やかさという点では似通って見られるが、同じ大陸の同じ国でこうも味わいが変わるのか、と、お箸を伸ばして摘んでみては一人で目を見開いてみたり強めに瞑ってみたりしている。
「これは
「あちらは
静かに瞳だけで騒いでいるとそんな風に解説してくれる今日の料理長と仙人様。
取り皿に取った分をたいらげて、解説してくれた怨霊シェフに突き出すと何も言われずに取られ、無言のままで盛られて渡された。いつもは口も態度も悪い蘇我氏だけれど、今だけは大昔の頃のような、アヤメ様なんて言いながら上目遣いで見てくれていた頃のようで少し可愛らしい、ありがとうと笑んで受け取るとドヤっと笑む屠自古。
普段もこれくらいデレてくれればいいと思える顔だ、そんな事を言えば両方の意味で雷が落ちるだろうから、口に出して言ったり出来ないのがなんともあれだが。
皿の中で旨そうな湯気を漂わせるそれらを啄みつつ、膝元で小さな醤油皿を出してきている姫にも取り分けつつ、大陸の広さを口内と鼻孔で感じていると、準備中に厨房を支配していた
穏やかに笑い味はどうかと目で訪ねてくる太子様、アク取りや火加減に気を配り頑張っていた甲斐もあるのか、豚の骨やら多種の野菜などから作った
覚えがあるのは腕ではなく⑨の一つって方じゃないのか?
そんな事はこれっぽっちしか考えていない‥‥思ったことをそのまま読まれる前に口に出して言ってみると返ってきたのは苦笑だった、自覚があるなら嫁さん任せにしなければいいのに‥‥とはさすがに言わずに思うだけにしておいた。
作業工程は別として、味の方は確かな中華スープを食していると、あたし達に綺羅びやかな料理を取り分けてくれる艶やかな仙人様がそういえば、なんてよくない流れを作り始めた。
「話に聞くことはありますが、未だ味わった事はありませんわね」
「私も食べた事ないなぁ、そういえば」
柔らかく顔を綻ばせて言うものだから一瞬ドキッとしたが、これはまた面倒な事を言い出したな、この人。おかげで一寸のお姫様にまで言われてしまったじゃないか。
何をとは言わずに取り皿の料理を見て話す娘々、そういう余計な事を言われるとこっちに話の筋が飛んでくるからやめて欲しいのだけれど‥‥すでに針妙丸に食いつかれているが、このお姫様はまたついでとして、数には数えないでおく。
それよりもだ、誰から聞いたのか?
正月に兎の搗いた餅を差し入れたりはしたが、自分から台所仕事が云々なんて事はこの人達相手に言ったことはない、命蓮寺の居候辺りから聞いたか?
寺の皆は知っていそうだが、ぬえや姉さんは別としても、ほかの連中は道教の連中と楽しく語らうような間柄ではなさそうだし‥‥出処に少し悩みながらも、どう言えば手間いらずで逃げられるか、揺れる羽衣相手に返答せずこまねいていると、あらあらと普段通りに笑む邪仙様。
「あのあれだ、ほれ、あのアヤツ、あれから聞いておるぞ、我が」
悩み姿に業を煮やしたのか、言ってきたのは上手に煮られた湯を片手に騒ぐアホの子。
あれよあれよと賑やかしいが、聞いていてもあれやらアヤツやら言うだけで、ソレを伝える固有名が出てこない尸解仙。
さすがにアヤツという特徴だけでは誰のことかわからない。
誰の名前が出てこないのか?
新たな悩みに対面させられ小首傾げて眺めていると、両目を閉じて跳ねまわる布都。
仕草から盲目、もしくは目が見えないって感じはわかるが‥‥
夜雀女将辺りか?
あの子なら知っているだろうし、雀だから地を跳ねて移動する姿もありそうなものだが、こいつと接点あっただろうか?
斜めにした頭の中で、いらっしゃいませと少し傾いで微笑む女将を想像していると、両手を伸ばしてはばたくような、腕をピコピコと動かし始めた皿を割る尸解仙。
ふむ、この動きは妹妖怪だったか。
「あぁ、こいしから聞いたのね」
「おお、其奴よ! 口は悪いが味は良いなどと言っておったぞ!」
パタパタ跳ねる物部布都。
太子に苦笑いされながらも落ち着きなく動き回っているが、なるほど、あの子なら知っているだろうな。しかしあの妹妖怪、寺の在家信者だというわりに道教にも顔を出しているのか、人に気が付かれない無意識だからどこにいてもおかしくはないけれど、どこにでもいるな、あの子。
地上と地底、本当に不可侵条約があるのか?
なんて思わなくもないが、散々行き倒しているあたしが考える事ではないし、これを読まれればまた姉妖怪にお前が言うなと言われそうだ。いつだったかの姉妖怪の顔と言い草を思い出しつつ酒と料理を口に運び、桜流しを愛でていると、少しずつ面子が増えていく事に気がついた。
始まってすぐの頃は元々神社にいた面子。
ツートンカラーの人間少女達と同じくツートンカラーの人形遣い。
そして商売敵の道教一派と一寸のお姫様。
これくらいしかいなかった宴会だったが、春風に乗って来た別の神社の巫女さんを皮切りにワラワラと増え出した。
「皆さんお集まりで、今日もいい陽気ですね!」
頬を春色に染め、頭も春らしく双葉を芽吹かせて、元気よく境内に降りてきた東風谷早苗。
なにやら酒瓶抱えて北の空から遊びに来たようだが、そのお酒っていつかの意趣返しに使ったお酒ではないのかね?
また何か悪戯か?
そんな事を思いつつ霊夢達と話す姿を見ていたが、今日はその気はないようだ、少し聞くとあの酒瓶の中身は重水というものなんだそうだ。
いつだったかこの神社で執り行われた神事、なのか?
大量の‥‥なんだったか、温泉成分のような名前の、金属のアレだ。
金属の神様にお願いして作ったという合金を使った、新しいエネルギーとやらの実験で使う水らしくて、これは飲むために持ち込んできたわけではないとの事‥‥というか口にするのは危ないんです! とこれまた元気よく語っていた。
何がどう危ないのか、大して興味もないけれど聞いた手前、形だけ取り繕って返答してみたら、たんぱく質が云々と語り出してしまって、これは聞くんじゃなかったなと苦笑いしか出来なかった。
熱く語る風祝にソーナノカー、と抑揚のない返答をしていると次に来たのは人間と半分人間の従者達。稀に主を小馬鹿にしては微笑んでいる、頭の切れるメイドと、切れぬものなどあんまりないと自称する元辻斬り半人半霊の二人が揃って西から飛んできた。
咲夜も妖夢も、二人共に人里で買い物中偶々出会い、少しの世間話をしている間に今日のお花見を思い出したそうで、ちょろっと顔を出してみたってだけらしい。
そうだろうな、思いつきでもなければどちらも主が来ないわけがない、あれらを置いて従者だけで宴会などに顔を出したのがバレては後で煩くなりそうで、そうなっては困るはずだ。
こいつら相手でなければ良い弄りネタが出来たと思えるが、いじり倒すには少し相手が悪い、なんたって異変を解決する側の少女達だ、まかり間違って対峙するような流れになったならば退治されるのが目に見える。若い子に追っかけられるのは悪くないが、この場合の追われるは意味合いが変わって‥‥
「道教の方々がここにいらっしゃるなんて珍しいですね」
「そういえばそうですね、しかも勢揃いで」
「そうね、娘々単品ならわからなくもないけど、豪族揃い踏みでいるのは珍しい気がするわ」
うっすら聞こえた従者組の会話、その言葉に乗っかりつつ娘々の羽衣に手を伸ばす。
フワフワと視界で漂い、まるでじゃれ付けと言わんばかりの羽衣に右手が触れるか触れないかと言う辺りでサラリと躱されてしまった。
「あらあら、単品だなんて、そういう言われ方が似合うのは芳香ちゃんですわ。今日は私達もお呼ばれですのよ? 何か、儲かったお礼だなんて伺っておりますわ。アヤメちゃんもそうだという話ですけれど聞いおりませんの?」
「お礼? なんにも聞いてないけど、そうなの?」
「だからさ、なんで私に聞くの? でも、そうみたいよ‥‥正邪の追いかけっこあったじゃない、あれでアヤメに賭けて儲かったんだってさ」
隣に座る娘々から桃の上の針妙丸に視点を代え問う。
すると最初は宴会準備中の時のような、嫌な表情を見せてくれたが正邪の名を言った辺りで若干だが表情が曇ってしまった‥‥あれから姿を見ておらず、何処で何をしているのかわからない天邪鬼。死んだとは聞いていないから生きてはいるのだろうが、姫のこの顔からはいい感触は得られない‥‥けれどあたしにしてはよくやったほうだと思うぞ、あれで。
「会えていないの?」
「‥‥うん、まだ会ってない」
再開はしていないか、それもそうだろうな、すでに会えているのならこんな顔はすまい。
切ない顔に会いたいと書くくらいだったら探しに出かければいいのにとも思えるが、住まわしてくれる霊夢の手前‥‥って感じかね?
それならば‥‥ちょっと悪戯するか。
泣くほど心配する相手なのだ、無事がわかっているのなら話は出来なくとも元気でいる姿くらいは見たくもなろうってものだ‥‥姫が正邪に寄せる優しい感情、それを受けたあの天邪鬼の顔を見るのはきっと面白おかしい事になるだろう。
きっと笑えるな、うむ、思いついたら早速行動だ、取り敢えずそこらを突いてノセるかね。
浮かない顔でお酒を飲む姫に小声で話す、隣の娘々や回りの皆には聞こえないようにあたしの声を少し逸らして、針妙丸にだけ聞こえるように。
「そういえばあたしのお願い聞いてもらってなかったわね」
「お願いって‥‥あぁ、ありがとうって言ってなかったね」
「どういたしましてよ、それでお願いなんだけど」
「なに? 私で出来るなら叶えてあげるわ‥‥小槌関連は勘弁して欲しいけど」
「あら残念、小槌関連だったのだけれど」
「使えばどうなるか知ってて言うの? あ! さてはまたちっさいとか言うつもり‥‥」
膝上で騒ぎ始めた姫を摘み肩に乗せて耳打ちする。
偽の小槌を使っていた誰かさんを探す相手が欲しい、一人で探し始めると途中で飽きてやめるだろうからそうならないように、突いてくれる相手がいると助かる。
そんな事を呟いてみた。
「それって!」
「声が大きいわ、もっと身体に合う声量で話しなさいな」
「‥‥探すの手伝ってくれるって事よね?」
「ちがうわ、あたしが探すのを手伝ってもらうの、墓参りをしてくれた礼くらいは言いたいって思ってたのよ。どうせ暇でしょ? あたしも暇なのよ、だから少し付き合いなさい」
定番の笑みで語りかける。
人の肩の上で喜色の笑みを浮かべる小さな姫を小馬鹿にする顔で見てやる、が、今回は嫌な顔も呆れの表情も見ることが出来ず‥‥言葉にはされずにありがとうと唇だけで言われてしまった。
正邪の追いかけっこの時にも思ったことだがそれを言われるにはまだ早い、ありがとうを言うのはあの天邪鬼を見つけてとっ捕まえた時にでも言え、そんな風に突き放して返してみてもやっぱり消えない歓喜の鐘を突くような顔。
小さな顔がニンマリとしているところを見つつ、ほんの少しだけ着物の肩口を下げることにした、こんな顔で見られ続ける事に慣れていなくて、なんだか顔が熱い気がするからだ。
柄にもなく照れているから、だろうな、これは。
「なに赤い顔してんの?」
不意打ちで聞こえてきた巫女の声。
お前はあっちで人間少女達と楽しそうに、且つやる気なさそないつもの顔で酒を楽しいでいただろうに、なんでこういう時にだけこっちに来るのだろうか?
「少し酔っただけよ」
「ふぅん、自前で酔った、ねぇ」
そういうところにだけ勘を働かせないでほしいが、自分で招いた気がしなくもないから何も言わずに少し酔ったと持ち込みの徳利を揺らしてみせた‥‥どうせ、と再度言ったから巫女が来た、そう思い込んでおけば勘が酷いと悪態を付かずに済む。
言いっぷりと細められる瞳から確実に誤魔化せていないとわかるが、それでも誤魔化す。
一言で足りないなら他に何か追加するだけだ。
勘の良さから疑惑混じりの目をする霊夢の気を逸らすならなにがいいか?
飛んでいないのだ、今ならあたしの能力も効くだろうしそれでどうにでもなるが、そうしてしまっては口の妖怪としての名が廃る‥‥自称もしていないし廃ったところで問題ない名だが、これを言ってきたのは誰だったか?
霊夢から視点を移し回りを見ると、奥で楽しそうに語らっている魔法使い達が目に留まった。そうだった、あっちの人形遣いから言われたことだったな、黒白と楽しげに話すのは多分魔法についてだろう、人間と妖怪で種族は別だが魔法使いって括りは一緒なわけだし。
二人を見ていてふと思う、そういえばあれだ、今日は人外が少ないな。
解決側のツートンカラー五人は当然除外するとして、道教の連中も元を正せば元人間って奴等ばっかり、肩乗り姫もちょっと小さいが小さな人って種族だし括るなら人間の亜種ってところだろう‥‥うむ、なんだこれは、どういうことだ?
ここは名高い妖怪神社だぞ?
だというのにあたしとアリスくらいしか真っ当なバケモノがいないなんて。
これは……間違いなく異変だ。
「霊夢、大変だわ」
「なによ、サボり魔」
「あいつは魔の者ではなく死神さんよ、それよりも異変よ、異変」
真面目な顔で異変と一言発するだけで、場にいる皆の視線を独り占め出来た。
あたしの声を聞いて、真剣な顔で真剣に手をかける庭師や落ち着いた佇まいでいるメイド長、八卦炉と
ついでに道教一派の者からも見られるがあいつらはどうでもいい、あたしの腹積もりを読んでいるだろう大使と娘々だけは何やら笑ってこっちを見ているが、笑うのはもう少し後にしてくれ、でないとバレる。
肩にいた姫様を頭の上に移して、お祓い棒の一撃から守る盾代わりにした頃、解決する側の少女、その最後の一人、空は飛ぶが浮つかない巫女さんが口を開く。
「聞くなって凄い予感がするんだけど‥‥一応聞いてあげる。どういう事よ?」
「人間が多いのよ」
「‥‥は?」
「だから今日の宴会、妖怪よりも人が多いって言ってるの、博麗神社の宴会で人間のが多いのよ? これはちょっとした異変でしょう?」
一瞬静かになる宴会場だったが、すぐにクスクスと聞こえ始めた。
真面目な顔をしていた妖夢も落ち着き払っていた咲夜も頬をゆるめてくれて、妖怪をしばき倒す愛用品を持っていた魔理沙や早苗もソレをしまって、なんだそれといった顔で微笑んでくれる、道教連中もあたしをみてせせら笑ってくれた。
酒宴の場で注目を集めた者としては上々な冗談が言えた気がして、ついでに霊夢の勘をよそに向けることが出来て、あたしととしては重畳なのだが‥‥紅白巫女の目が結構怖い。
「そう、異変、わかった、解決するわ」
「いや、霊夢? 冗談よ、冗談?」
「上段は針妙丸に当たるわ、覚悟するならべつのとこにしなさい」
ちがう、そのジョウダンじゃない。
そんな言い訳は全く聞かれず、一瞬で取り出された封魔の針と退魔の札があたしを襲う。
少し逸らして後方に飛ぶと、いいぞやれ! なんて聞こえてきた。
雰囲気から
声援を背に受けてあたしと同じ高さに上がってくる怖い怖い巫女さん‥‥こうなってしまっては逃げられない、腹をくくって本気で空を逃げる。暫く逃げ続けてから途中で針妙丸をぶん投げた、一緒にすんな、共犯者にすんなと叱ってくれた姫を手放すと本気で向かってくる霊夢。
そんなクソ真面目に退治しようとしなくてもいいのに、そう思ったがこれはあたしの起こした異変だった、それならば真面目に動かれても致し方なしか。
この後どうなったのかなど語る必要もないだろうが、強いて言っておくなら両耳の間、頭頂部辺りが数日間は酷く痛んだって感じだ。