EX その24 事実は書物とは異なり?
永遠の屋敷で感じた春。
心地よい日差しと暖かな空気、それらを浴びつつ言われた言葉。
暑い内は
あそこのお姫様にそう言われた事自体は悪くない、実際あの後は通い妻よろしく通い続けて、一足早く訪れていた春を楽しむ事をしていた。
けれど、今ではそれもない。
あの屋敷の敷地内でしか感じられなかった好ましいその空気は、今では屋敷の外どころか幻想郷のどこに行っても感じることが出来るようになったからだ。妖怪のお山の辺りから告げ始めた春告精が、暖かな春を幻想郷中へとお届けして回ったのは数日ほど前。
おかげでどこもかしこも春めいてしまい、あの屋敷の居心地は普通となってしまった。
その為長居する理由もなくなった、理由がないなら通う必要も然程ない。
言われた放し飼いのペットらしく、アチラコチラへとお邪魔しては煙たい顔で見られる毎日に戻る事が出来た。
そのアチラコチラの内の一つ。
こちらの世界に帰ってきて最初に見られた場所。
淡い桃色が粋な神社に今日のあたしはいたりする。
理由は簡単、今は春だ。
春の幻想郷といえば桜、桜と言えば花見。
花見と言えば?
語る必要もないだろう。
「何さぼってんのよ、ちゃっちゃっと動いて、ちゃっちゃと」
神社に降り立ちまずは一服。
そう考えていると出逢いから働けと話してくれる誰かさん。
春らしい目出度さのある格好の上に白い割烹着を重ね着して、あたしの着物の袖を掴んでくれるここの住人。やれば出来るのに普段はやらず、妖怪でも、商売敵の山の
珍しい事もあるものだと思えるが、呼んでくれたもう一人、黒白の言い分からすれば珍しい相手が花見に来るから偶には動いているのだそうだ。
霊夢が言う珍しいお客さんってのが誰か、気にはなるがそれは後に回すとしよう。
そろそろ何か返さんと、また体良く使われてしまいそうだ。
「今日のあたしはお客さんでしょ? それに動けと言われても、摘まれていては何も、ねぇ?」
言った通り、今日のあたしはお呼ばれした形で、以前の夜桜見物をした時のような料理番にはならずに済んでいる‥‥というのにサボるなとはどういう了見だろうか?
「離したらどうせ逃げるでしょ、ならするって言うまで捕まえたままよ」
荷物を持つ右、ではなく左の袖を摘んで、煙管を咥えようとする度に腕を下げてくれる神社の巫女さん。さもわかっているかのような言い草で話してくれるが、今日のあたしは逃げないぞ?
なんたってお呼ばれのお客さんなのだ、咲く花とそれらを見る花達を見ながらの上げ膳据え膳なんて場所から逃げるわけがない‥‥って事を思った通りに述べてみる。
するとあんたは‥‥という目で見てくれる霊夢。
身長差から若干見上げられる形になっているが、これはまた良い上目遣いだ。
「言い訳はいいから。テキトウな事ばっかり言ってないで動きなさいよ」
「嫌よ、最近働き過ぎたから動けないの。客として呼んだのは霊夢なんだからそれらしく扱いなさいよ」
「だからうちの客らしく扱ってるわ、働かざる者食うべからず、よ」
普段最も働かない子がよく言う。
と、思っただけで睨まれた、本当になんなんだこの子の勘は。
これで能力ではなくただの勘だというのだから本当に納得しきれないモノがある、けれどそれはそれだと考えて取り敢えずは言われた通りに何かしらしてやるかね、節分でも見られた割烹着姿を再度見せてくれたわけだし、態々呼びつけてもくれたわけだし。
取り敢えずだ、敷物を敷くのは外にいる奴等、黒白の魔法使いや青金の人形遣い、なんでか来ている青白い肌のキョンシー辺りにでも任せてあたしは皿でも洗って準備しよう、
足早に現れてダラダラと巫女が戻った先、社務所と土間にある厨房の仕切り代わりとなっているレースの暖簾をちょいと潜ると、割烹着巫女以上に珍しいのが立っていた。
持ち慣れた笏からお玉杓子へと握る物を持ち替えて、竈の前に立っている割烹着神子。
怨霊の先輩と並んで台所に立って何やら作っているが、料理なんて出来るのか?
人の事は言えないが格好がキャラにそぐわなくて、鍋の中身の想像が出来そうにない。
「これでも少しは覚えがあるのよ? 弟子に振る舞うこともあるし、屠自古や青娥から教わったりしているしね」
良く聞こえそうな耳、梟の仲間っぽいあの耳を眺めつつ考えているとそれを読まれたのか、背中で語る聖徳太子。まだ口にしてはいないのだから、どこぞのジト目のように返してこないでほしい、そっちの、口は悪いが腕は良い嫁みたいに静かに料理しててくればいいのに。
しかし、こいつが厨房に立つ姿を見るなんて初めての事かもしれない。
「こいつってのは酷い言い様ね、アヤメ」
「勝手に読むのが悪いのよ太子、思っただけでまだ口にしてはいないわ」
酷いのはどっちだ?
自分は棚上げしつつ言い返して、背中越しに鍋の中身を覗いてみれば、丹ではなく澄み渡る
片手は水を張ったボウルを持って、もう片手にはおたま姿‥‥
これは、今なら余裕で耳を狙えるのではないだろうか?
そう考えて太子の頭に手を伸ばすと、隣に立つ大根足からパリパリっと光が見えた。
なんだ、旦那様に代わって邪魔するってか、態度だけは良い嫁で愛情が見えて妬ましいな。
「私が言わなければその内に言うのでしょう? なら一緒だと思わない?」
「思わないわ、あたしが嫌味として言ってこそ意味があるのよ。いいから口より手を動かしなさいな、働かざる者食うべからずって言われてるんでしょ、どうせ」
「どうせってなに?」
巫女から言われたどうせを借りて、似合わない太子をからかっていると土間の奥、外に繋がる勝手口より再度現れた別の割烹着から疑問符混じりのどうせが飛んできた。
これはなんの事だかと惚けて、言い帰された事は聞けなかった事にして、太子に比べればこの子の方がまだ台所に立つ姿が似合うな、なんて考えていると社務所の襖の奥辺りからガチャンパリンと聞こえてきた。太子がいて、その隣にはこっちを見もしないが屠自古もいるくらいだ、あの皿割り尸解仙もいるのだろう。
狭い厨に三人も四人もいては邪魔になる、太子に良く似合っていると心にもない事を言い放って、思ってもいない事を平然と言わないで、なんてお叱りを背に受けつつ割れた音の方へと移動した。
向かってみれば一枚二枚と、割れた皿を数える尸解仙。
その隣には別の、落としても割れにくいお椀に乗ったお姫様もいた。
どちらも顔を合わせるのは久しぶりな気もするし、掃除の手伝いがてら少しからかう事にした、仕掛けるのはいつかのような事、ちょいと煙管を咥えて煙を纏い、膝立ちで皿拾いをする輩の姿を綺麗に真似るだけ。
姫には見られバレているが騙すのは布都だけだ、姫はまたついでとしておく。
「むぅ、我は何枚割れば気が済むのか‥‥よんまーい、ごまーい‥‥」
「はちまーい、きゅうまーい」
「じゅうまーい、じゅういちまーい? 増えた? お、皿も我も増えたぞ?」
割った枚数を数えていたのかと思ったが、どうやら持ち込んだ皿の確認をしていたらしい、割れ物のほとんどは既に片付けられた後だった。
それらも布都が片付けたのではなくて、隣に浮かぶ姫が片付けたようだが‥‥この姫も神社に長いこといるわけだし、ちゃっちゃっとやれと常日頃から言われていて素早く動けるのだろう、姫なのに仕事して、どっかの姫に見習わせたいものだ。
それは
「我よ、そう考えるでない。皿が増えるのだ、我が増えても不思議ではないと思わぬか?」
「おぉ、そうだな。皿如きが増えるのだ、我が増えない道理などないな!」
「うむ、そうであろうよ」
「そうだとも、さすが我であるな! 発想も斬新なり!」
傾いだまま良い笑顔を見せる物部のお偉いさん。
いいのかそれで? と同じように首を傾けて無言で見つめてみると、そんな事あるか、と今回は騙されてくれなかった。
謀れなかったことは少し悔しいが屈託のない笑顔が見られたのでよしとする、いつかも思ったがこいつ、結構可愛い顔をしているらしい、これは中々にいいモノが見られた。
「そう何回も騙されてなるものか、この女狐めが!」
「あたしは狸よ、そっちこそ何度も間違えないでくれる?」
「言葉の意味としては間違ってないんじゃないの?」
「フフン、その通りよ! さすがは少彦名命、知識の神と呼ばれるだけの事があるのう!」
「それは人違いよ、あれ? これってやっぱり間違ってるのよね?」
「あたしに聞かないで布都に聞いてよ、付き合いきれないわ」
伊達に尸解仙を名乗ってはいない、女狐も言葉の意味としては間違ってはいないし、少彦名命という神様の知識も正しい物を記憶している物部布都。
それでも噛み合っているのかいないのかよくわからない言い様で、こいつにこれ以上付き合うと面倒臭いと感じた為、変化を説いて姫と二人で外へ出る事とした。
皿運びを手伝わんのか、アヤメ? と、名前まで忘れずに覚えていてくれた事にいささか驚きを禁じ得ないが、大昔は利発で狡猾だったし多少はその名残があるのだろうと思い込んでそそくさと動き出す。背中においやらぶつけられるが、一緒にいて阿呆がうつされても困ってしまう為、太子から命じられただろう大事な仕事は取れないと、話を逸らしてそこから逃げた。
お椀の姫と箸の櫂、じゃなかった端の方、まだ敷物の敷かれていない境内の隅辺りに向かうと転がってきた敷く物、それと死んだ者。
魔法使い二人に突っ込まれたのか、邪な仙人様にそうしろと命じられたのか、その辺りは全く分からないが転がされる本人は何やら楽しげだ。曲がらない身体は回す物の芯とするにはちょうど良さそうだが‥‥それでいいのか、宮古芳香。
「芳香ちゃんったら、随分楽しそうね」
神社の屋根から聞こえる声。
見上げてみれば優雅な姿で堂々とサボるお人がいた、どうせ混ざるなら宴会準備よりもあちらに混ざってサボっていたほうが確実に楽だ、一人でサボるとはズルいと言いつつ、楽を好む淫猥な仙人様の方へと近寄って行く。
「サボりなんて人聞きが悪いわ、私は皆の動きを見ているのよ?」
「なるほど、現場監督って事ね、それは重要で大変なお仕事だわ、一人じゃ大変そうだしあたしも手伝ってあげるわ」
足元の境内でやんやと準備する人妖と死体の少女達、それらを眺めて微笑む娘々。
その隣に並んで佇むと、ようやく一服する事が出来た。
一息吸って気だるく吐いて、若干吐き残る主流煙を口から漏らして微睡んでいると、一緒に連れてきた小さなお姫様から苦言を呈された。
「あんたら、また霊夢に怒られても知らないわよ?」
「何を仰られるのです、こうして忙しく目を動かしているといいますのに」
ねぇ、と微笑み促してくる娘々に頷いて見せる。
すると、小さな身体からこれまた小さな吐息が漏れた。
そのまま、何やら神妙な面持ちで社務所の中を気にする椀の姫。
霊夢に怒られるのがよほど怖いのか、あたし達を見てから神社の中へと戻ろうと少し浮いた‥‥ところをとっ捕まえて逃がさないように椀を抱える。
「ちょ、何するのよ?」
「針妙丸は十分働いたわ、後は他のに押し付けて、あたし達と目を動かす仕事をしていればいいのよ」
「そうですわ、お姫様なのですからあくせく働いてはなりませんわ」
「そうよ、お姫様が貧乏暇なしじゃあたしらが休む暇なんてなくなるもの」
「一緒にすんな、また共犯者にしようとすんな!」
邪な二人でたおやかに笑んでいると騒ぎ出す、やんごとない奴。
一度謀られ共犯者となり退治されたからか変に聡い、けれどそこは言い含める、霊夢に動けと言われたから忙しく瞳を動かしている、きちんと宴会準備をしていると話すと眉を平らにして見つめてくれた。
これはどういう表情か、少し悩んで閃いた。
この顔はあれだ、呆れと諦め両方が綺麗に合わさった顔だ、だから眉毛も平らになったのかと一人で思い込み大きく頷く。
そうして満足気に頷いて、下がった視線に入ったのは持ち込んできた荷物。
そうだった、今日は持ち込みがあったのだったなと、月の羽衣だった反物、風呂敷変わりにしているソレで包んだ書物を取り出した。
パタンと開いて目次を眺め『し』の辺りのページを開く。
「あら、なにかしら?」
「外土産、家で悶々と読むよりは誰かに見せたほうが面白いと思って持ってきたのよ」
パラパラと数ページ捲ると見つけた人物。
『冠位十二階』やら『十七条憲法』やらと、取り決めた事が細かく記載されている、今では割烹着来て台所に立つこともある偉い人。
「これは豊聡耳様の事が書かれているのね、お髭なんて蓄えられて、まるで殿方ですわ」
「まるでというか、外だと男性として考えられているみたいよ、女性説があるって話も載っているみたいだけど」
見知った相手のページを開くと、頭の∞をたゆんたゆんさせて寄ってくる仙人様。
鼻を擽る芳しい色香を嗅ぎつつ、二人で肩寄せ合って書に目を通す。
見ていくと、物部の者と戦ったやら蘇我氏の者に一族もろとも残虐に殺されたやらと書いてあったり、未来を見通して予言を残したが、遺した書物は時の朝廷に危険視され廃棄されたなんてのも書いてあったが‥‥二人して気にしたのは小さく書かれた別の項目。
仏教の開祖と呼ばれる和尚の夢に女体で現れ、その色欲を受け止めたなんて項目。
「あれで意外と好きものなのかしら? ねぇ?」
「私に聞かないでよ、そっちの仙人に聞いて」
こっちでも共犯にしてやろうと誘ったのに、聞いてくるなとそっぽ向く針妙丸。
なんだい、つれないところはあっちのお姫様と一緒か。
いや、あっちの引き篭もる姫はもうちょっとノリがいいな、だとすれば同じ立場? 役職? なんでもいいが似たアレでも違いがあるって感じかね。
うむ、どうでもいい事か、それはそれとて聞いておこう。
「娘々、その辺は見てないの?」
「あらあら、私からは何もお話出来ませんわ、気になるのでしたらご本人に伺ったら?」
「その顔とその返答で聞くまでもないからいいわ‥‥それでいいのね? 後で怒られても知らないわよ?」
「お好きになさいな、私は何も話しておりませんもの」
この邪仙様に聞き返したのがそもそも間違いか、どう転んでも楽しめる、あらあらうふふと笑える流れにしようとしか考えていないのだから真実を語るわけがない。
ならば良い、言われた通りに好きにしよう。
丁度準備も終わったようで皆も出てきたし、宴会が始まって場が温まった頃にでも少し聞いてみることにしようか、聞く前にあれはそういうモノでは‥‥なんて言い始まるのは目に見えるが、そんな事は気にしない。
人の欲を聞くという太子、そんな自分の欲はどうだったのか?
はぐらかされてもしつこく聞けば何かしら言ってくるだろう、ならばそこから邪推する。
邪な仙人様が仰った事を推理するなら邪にもなろう。
そうであろう?