段々と大きくなる世界地図。
地図というより地球儀か、それに向かって突き進み、一目散に里帰り。
お月様を離れる前に変な事を考えたから、最後の最後で邪魔でも入るかと考えていたが、特に何もなく平和に地球へと戻ってこられた。アクシデントらしい事もなくて、やっぱりあたしは三下の小悪党だったなと感じられ嬉しく思える。
けれども何事もなかったのは行きと帰りの話だけで、今はそれなりに困っている、帰るに帰れなくて親指の甘い爪でも噛みたい気分って感じだ。
どうやらこちらの世界であたしの事が少しだけ、一部分だけで話題になっているらしい。
通りから見える大きなガラスの画面等には映らず、大々的に報道されてはいないが‥‥
『いんたーねっと』の『掲示板』という、画面の中で井戸端会議をする場ではそれなりに話されているんだそうだ。コスプレ通り魔だとか、気狂いコスプレ女だとか、色々な人が好きに語ってくれているらしい。中にはオカルト的要素があると正解を述べるおっさんもいるそうだが、相手にはされていないようだ‥‥事実は小説より奇なり、正解を言っても相手にされないなんてかわいそうなおじ様だ。
それで原因だが、いくつかある。
一つは最初に訪れた資料館。
あの館内には内部を監視していた目があったらしい。
能力使って逸し始める前、丁度軍需なんたらとか読んでいた頃、かすれてしまって読むのに時間のかかる文字を眺めていたあたしがそれに映っていたのが一つ。
本来であれば外部に漏れる映像ではないらしいのだが、別の所の話と合致するモノがあり世間一般に公表されたそうだ。
その別の話が二つ目の理由。
なんでも殺人事件が起きて、その犯人の目撃証言と監視の目に映る姿が一致するんだとか、一致して当然だ、どちらもあたしの事だもの。
人通りの多い街道から一本だけ入った裏路地、誰かに見られてもおかしくないような場所で男が三人殺されていたらしい、彼らの見つかった乗り物の外装には傷ひとつついておらず、内側から鍵もかかったままで殺されていたとの事。
耳と尻尾を付けた怪しいコスプレ女が云々、なんて一人だけ取り逃がした男が画面の中で証言していたのはあたしも見た。人、じゃないな、狸攫いを企てて身体を狙ってきた小悪党のくせに、神妙な被害者面で語っていたのが気に入らなかったが、もう会う事もないだろうしこれはどうでもいいとした。それにしてもあれくらいで死ぬなんて、いや死ぬか、ボコっと頭やらを凹ませたわけだし‥‥恨むなら心から恨んでくれよ、あたしとしてはその方が長くこの世にいる事が出来そうでありがたい。
そして3つ目、これは少し恥ずかしい。
前者二つは妖怪としてはよくあることで特に思う所はない、けれど最後だけはあたしの失敗と呼べるもので、姿まで見られ気恥ずかしかった。地上に戻る最中、見えていた日の本の国が地図から大地へと変わり、もうすぐ着地かと身構えていた時にやらかした行いがその恥ずかしいソレだ。
やっぱりこの羽衣は欠陥品だったらしく、行きは地上の高い建物の上から出たから当然帰りもそこに降りられると考えていた、だがそうはならず、足元には大きな池が近づいてきたのだ。
飛べばいいなと思ったが羽衣の勢いが凄まじく、自分がいくら上昇しても月の牛車の勢いに負けてしまい、そのまま池へとドボンした。
丁度近くにいた船に手をかけたはいいものの、苦手な水中で少し焦り、逸らすことも忘れていて、その船に乗っていた親子連れにずぶ濡れの情けない姿を見られてしまった。
父親は真剣な顔して櫂でぶっ叩いてくるし、母親は黄色い声を張り上げて煩いしと散々だった、子供に尻尾だ耳だと驚かれた事だけが唯一の救いか。
そんな事をやらかし、なんでこちらの世界で恥を残さねばならんのかとぼやきつつ、今は化けて人の喧騒に上手い事混ざっている。
恥をかいたしさっさと帰ろうと、出口に予定していた資料館へと向かってみたのだが、来た時とは随分と変わっていて、観光客という名の野次馬が多すぎて入るに入れなかった。
逸らせば視線などは気にならないが、こちらで出会った種族女子高生のように力ある者が混ざっていると面倒臭いし、恥の上塗りになっては困ると真正面から戻る気にはなれなかった。
そういうわけで今は紫がかる暗い灰色、消炭色? チャコールグレーと言うんだったか、そんな色合いのスーツに黒のストッキングと短めのタイトスカートという、こちらの景色に馴染む姿で町中を闊歩している。ぱっと見は仕事の出来る女って感じだろうか、中身は頼まれたおつかいをこなし帰るだけという簡単な仕事も出来ていない、ダメな女ではあるが。
ちなみに前述した『いんたーねっと』や『掲示板』などの話は、町をぶらつく今のあたしに声を掛け、少し遅目の朝餉まで奢ってくれた、下半身から下心を盛り上がらせる者達から聞き出せた事だ、皆が皆気持ち悪いくらい優しい口調で、別れ際にはあたしにお小遣いまでくれた‥‥別れた後は何処か町の外れでお昼寝でもしているだろう。
『昼間から暇そうだね、お姉さん』なんてどいつここいつも言ってきたが、あたしは一日通して大概暇だ、そこを履き違えなければ食事として腹に収めてもいいくらいの、顔だけはいい男もいたというのがほんの少しだけ残念だ。
それはそれとて、どうやって帰ったもんか。
人の噂も七十五日、後二ヶ月ちょいもすれば資料館も飽きられて人気もなくなるのだろうが、そんなに長く待つほど時間的余裕もないし。遅くなればなるほど南無三される頭が痛くなる事もわかっている。紫が起きている季節だったならちょっと助けてと、全身全霊で可愛さアピールして尾でも振れば、ぺっとスキマから吐き出してくれそうだが、今時期はアレが目覚めるほど暖かくはなっていない。全く、惰眠を貪る暇があるなら胡散臭い顔で助けてほしいものだ。
困った時の頼り先が頼れない事に悪態を付きつつ、町中の一角に儲けられた喫煙所内で思案中。
行きに潜った穴っぽこを通らずに帰るなら?
紫を頼らず帰るなら?
山の神様が仰ったように。もう一度妖怪として消えれば幻想郷に迎え入れてもらえるかな、とも考えたが一度消えて迎えられその後に自ら出てきたのが今のあたしだ、幻想郷はなんでも受け入れるとは言うが残酷だとも言っていた。
それから鑑みれば一度迎えた後に出て行って、どこか知らぬところで勝手に消えるのも受け入れる、なんて風にも思えなくもない。実際どうだか知らないが一度そう考えてしまうと消えるなど出来なかった。
だらだらと考えては壁に当たり、その度に振出しに戻される。
中々に面倒で非常に好ましい難題に直面していて思いついたのは、誰かに聞くという事。
あたしが馬鹿なら、手当たり次第に幻想郷は何処ですか?
隣で一服するおじさんや通りを歩く誰かなどにそんな風に聞いて回ることも出来るのだが、生憎とそこまで恥知らずでもなく‥‥どうせ化けるならあの氷精みたいな、アホっぽい子供にでも化ければよかったかね?
いや、ダメだな、姿だけ真似ても中身までは真似できない。
聞けないなら調べる、そう思い少し動いて、一度お世話になった本屋さんへと移動する。
戸を潜るとテンロンテンロン鳴り出してソレを合図にいらっしゃいませと声が聞こえた、一度目の来店時には横目で見られるだけで迎えの言葉などなかったのに、格好が少し違うだけでこうも変わるもんかね?
コスプレ女はトゲトゲしい目で見るが、スーツ姿、OLというらしい今の姿に対しては元気の良い声をかけるとは、商売人なら客を選り好みするなと店のカウンターを睨みつつ、目的の物を探し始めた。見つけるものは神社特集とか、神社辞典だとかそういった類の物。
山の二柱を思い出したついでに浮かんだ神社の風景、そして別の神社もついでに思いついて、そういやあの妖怪神社はこっちの世界にもあったのだったなと、上手い事すればそこから幻想郷に入れるんじゃないかと踏んで、どこにあるのか調べ物って感じだ。
封がなされた本を解く店員さんをとっ捕まえて、神社仏閣に関する本はないかと尋ねたところ店の奥、あまり人がいない、日ノ本の歴史なんて棚札のある辺りの書架にソレらしい書物が多くあった。数冊取り出してしばしの立ち読み、目次を開いてはソレらしい名前の神社がないか探していくが、どの本を開いても博麗神社の名前はなかった。
またこれで降り出しと肩を落としていると、声をかけた店員さんがどこを探しているのかと尋ねてきてくれる、心配りの出来る店員さんも中にはいるものだ。
ここは素直に博麗神社と言い出してみる、しかし店員さんにも心当たりはないらしく、他に特徴や地域のヒントはないかと深く聞いてくれる、人間にここまで優しくされるなどほとんどなく、少し照れながら廃れていてお化け関連で有名かもとはぐらかしつつ返答をした。
ならこっちですと別の棚へと促され、少し探すと、数冊の本に見慣れている以上にボロボロの鳥居が立つ神社の写真が載っていた‥‥心霊・オカルトなんて棚札の下にある辺り、外でも中でもあの神社の立ち位置は変わらないらしい。
深く感謝し、頂いたお小遣いから支払いを済ませ店を後にする。
そういえば以前に手に取った妖怪図鑑や歴史物の書物も同時に購入してみた、神社までの行き方を教えてくれた店員さんが言うには、電車で数時間かかる先に神社はあるとの事、飛行して行けば早いが神社のある地名には覚えがない為、変に移動して迷うよりはと、教えてもらった通り電車で向う事にしたので、その時間のお供にでしようと思って買ってみただけだ。
地図を書いてもらった駅へと歩いてしばし人間観察。
どうやら電車というのは紫のスペルにあるアレの事らしい、音も形も大きさも見知った物と似通っていて、アレに乗るのなら教わった通りにすればなんとかなるなと一人頷き、テキトウに切符を買ってパタコン動く入り口を抜けていく。
問題なく入り口を潜れて、次は路線図とかいう物の通りに移動。
話好きなスキマにあの鉄の蛇はなんだ、なんに使う物なのか、なんて聞いておいて良かったと思えた一時だった。
最初に乗ったのは人気が多く人間臭い電車。
ゴミゴミとした車内で隣に習い立っていると、ムンズと尻を揉みしだかれる。
狙われる事自体は悪い気はしないし、小股の切れ上がったあたしだ、触りたくなるのもわからなくもないが無料で触るなど誰が許すか。揉む手を掴んで少し引くと半歩前に出た革の靴、あれかなとアタリをつけて革靴ごとヒールで踏み抜いた。ギャアっとおっさんが喚き転げるが、悪いのはお前だと見下ろすと、足を引きずってその場から逃げていった。
騒ぎがあった為か、履いている靴の踵が赤く滴っているからか、その辺はわからないがあたしから人が離れてくれて、途中から乗り心地の良い旅路となる。
そうして乗り換えを済ませると、四人掛けの落ち着いた椅子に腰掛ける事が出来て、更にまったりと、景色を眺める余裕すら生まれて、楽しみながら移動することが出来た。
お天道様が勤務を終える頃合いに目的の神社前にたどり着く。
長々と続く朽ちた石段を登ると、同じく朽ちて折れかかっている鳥居が見えた、柱のすぐ側、端の方を潜って手水舎‥‥と思ったが残っているのは本殿だけらしく、手水舎だった建屋は完全に崩れ落ちていた。
致し方なしと電車内で購入したお茶でどうにか手を清める。
参拝の作法も済ませ本殿の前に立ったが呼び鈴も賽銭箱も姿はなく、どうしたもんかと途方に暮れていると景色の方も暮れてきた、おかげでどうにかなりそうだ。夕暮れ、人の時間とあたし達妖怪の時間が入れ替わる逢魔が時が近づいて、鳥居の下の石畳が若干揺らいで見え始める。
蜃気楼とも思えるが場所が場所だ、悩みもせずにゆらぎへ進んだ。
~少女幻想入り~
外から続くゆらぎを抜けて、嗅ぎ慣れた空気の世界へと戻る。
やはりこちらの空気のほうが良い。
自然の香る大気を吸収するように大きく伸びをし深呼吸、ついでに綺麗な朱の鳥居を見上げて、散々廃れてるなどと言ってきたが外の神社ほどじゃあないなと頷いていると、珍しい姿の少女と目が合った。
「ただいま」
「は?」
見知った少女にご挨拶。
きちんと脇の出た紅白カラーの巫女装束を纏い、やる気なさげに竹箒で境内を撫で清める少女に向かってただいまと、無事に帰ってきた挨拶をしてみるが、首を少し伸ばし顔を若干前に出して形で、素っ頓狂な声を浴びるだけに終わってしまった。
まぁそれも良いか、ここの巫女から今のような間の抜けた声が聞こえるなど思ってもみなかった、ニヤニヤとその顔を見つめていると、すぐに抜けた顔から見慣れたやる気ない顔になってしまう少女。
「ただいまって言った? っていうかアヤメ、あんたどこから湧いて出てきたのよ?」
「博麗神社よ? 詳しく言うなら神社の鳥居の下ね」
「私が聞きたいのはそういう事じゃ‥‥」
「冗談よ、野暮用で外に出てたの、無事に帰れて最初に見るのが霊夢だなんて嬉しいわ」
見慣れた世界に帰り着き、最初に見るのがおめでたいカラーリングの巫女さんで縁起が良いと話してみると『あ?』 と、およそ少女らしくない低めの声色で、眉間にも低い渓谷を作って迎えてくれる博麗の巫女さん。
珍しく掃除なんてしているところへ唐突に姿を現して、現れついでにからかってあげたからご機嫌でも損ねてしまったのだろうか?
それならここは物で釣ろう、幸い見合う物もある。
「そう睨まないでほしいわ、霊夢に土産もあるのに」
内ポケットを弄って持ち帰ってきた戦利品を取り出す。
数枚のお札と『すまーとふぉん』とかいう通信端末を差し出してみた、どちらもあげるとクイッと霊夢に向けてみるが受け取るのはお札だけ。
端末はいらないか、あたしもいらないのだが‥‥
いいか、後で魔法の森のがらくた屋にでも売りつけに行こう。
「土産って、外のお金じゃないの、これ。あんた本当に出てたのね」
「そう言ったじゃない、今のところ噓は言ってないわよ?」
いつものように尾を揺らすが、今は化けた姿で限りなく薄めているような状態だ、大概の相手には見えない縞柄尻尾となっている‥‥はずだが、それでもこの巫女さんには見えているらしく、両目を僅かに左右させて眼に悪いからやめろとのたまってきた。
「噓はいつもの事でしょ、なんででもいいけどチラつくからやめて。尻尾振るならお茶淹れてよ、掃除も飽きたし」
「お茶淹れるから寄ってって、じゃないの、そこは」
「寒の内は働かないって前に言ったわ」
「霊夢の寒っていつまでなのかしら」
「桜が咲くまでかな」
はっきりと言い切って、穂先の短くなった竹箒を肩にトントンしながら社務所に戻っていく、勘の鋭い素敵な巫女。
相変わらずの妖怪使いの荒さでなんともいえないが、今は臥竜梅が見頃といった時期、だとすれば彼女の言う通りまだ寒い内とも言えるし、見た目もマフラーなんて巻いていてそれとなく冬っぽい様相だ。それならまだ寒い内だと思えるし、すぐに帰れと言われないだけヨシとして言われた通りにしておくかね。
視界の端に視える臥竜梅の香りを鼻に嗅ぎ、社務所へ上がって香らない茶を淹れ一息いれる。
「で、何しに行ったの?」
「野暮用よ」
「それは聞いたわ」
「ちょっとしたおつかいをしにいっただけよ? これ以上は乙女の秘密、いえ、今の格好らしくお姉さんの秘密って言っとくわ」
のらりくらりとからかうと普段よりも強く、ゴツンと音を立てて湯のみを置く結界の管理者役。
この子自体は結界の維持管理方法だとかその辺りはよくわからないらしいが、博麗の巫女という役職自体がなんやかんやで結界の維持管理に役立つらしい。
小さく華奢な肩に面倒なモノを背負っているように見えるが、実際は何にもしてないらしいし、実質で忙しいのはあの金色九尾くらいだからどうでもいいか。
「で?」
「しつこいわね、そんなに気になる? そんなに気にしてくれてた?」
「そういうんじゃない、迷惑するってだけ。好きに結界超えられると紫が煩くなるのよ」
「今時期ならまだ寝てるでしょ? 煩のもいびきぐらいだと思うけど?」
主ではなく式を思い出していると、そういうのじゃないってはっきりとした拒否で思考を断ち切られた。もう少しこう、デレ部分ってのを見せてくれてもバチは当たらないと思うぞ?
卓に両手をついて、少しだけ前のめりになるツンツン小娘。
それを眺めてふと思いつき自分も顔を寄せていく、吐息がかかる距離とまではいかないが、それなりに顔を寄せても逃げずに、正面から睨んでくれる霊夢。近寄っても引かれないしこっち来んなとも言われない、普段よりも近い距離にいるがそれでも拒絶はされないか、ならこれがこの子のデレ部分だと一人で勝手に思い込み、話題に上がった主の方に気を回す。
今時期は寝ている、幻想郷に住んでいてそれなりに過ごしている者なら知っている事、非常識世界の常識ってくらいに広まっているお話だ。
それは当然竹林でも広まっていて、あの月の頭脳が知らないわけがない。
だからこそ今時期を狙って行けと、紫の目の届かない今のうちに月に行ってこいと、そんな考えで羽衣なんて餌であたしを釣ったのだろうと踏んでいたが、これはもしかして起きてるのか?
悩み顔で巫女を見る、知っているなら教えてほしい。
ソレ上手くが伝わるようにバチコンとウインクかまし首も傾げてみるが、ここでは巫女の勘は働かなかったらしい、同じく首を傾けて何? と冷たく返された。
わからないならそれでいい、伝えながら二本の指で眉間をつついてクイッと広げる、浅く掘られていた渓谷を強引に引き伸ばすと、はぐらかすなと叱ってくれる‥‥が、そのうちに多分わかると曖昧に返して、香らず濁らない出がらしのお茶を啜った。