東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その20 ほんの少しのから騒ぎ

 竹林の奥屋敷や妖怪のお山に住む仙人の住まいのような、和風と清國の風合いが混ざったような、なんというかお伽話にでも出てきそうな屋敷の前でしばし待ち、守衛のお兄さん二人が一瞬離れた交代時間を狙って無事潜入。

 潜入とはいっても誰もいない門を薄れてすり抜けただけなので、意味合いとして正しいのは侵入なのだろうが、入った屋敷の内装が外でも思った邪な仙人様のそれっぽくて、あの人の能力を鑑みて言うならば潜入のが似合いそうだと思っただけだ、掘り下げるような意味はない。

 何事もなく、というよりもなさ過ぎて拍子抜けしながらの物取犯となっている今現在、本当にここは紫が苦汁を舐めさせられたお月様なのかなと考えていると、進む廊下の先に誰かが現れた。

 

 苦汁を舐めた誰かさんみたいな長い金髪を背に流し、襟と袖が広い白のシャツを着たお姉さん、屋内だというのに白い帽子を被って歩いているが、それは何処の誰でも同じようなもんか。

 例えに出したスキマの主従も吸血鬼の姉妹も、あの我の強い天人様も、屋内でも屋外でも帽子を被ったままでいる事が多い、帽子を脱ぐのは空気を読んで弁えるあのパッツンパッツンくらいか、脱いで髪を少し振るう仕草もエロくてあの人は目に良い。

 と、地球よりもはるかに高い所にある屋敷の中で下な考えに興じていると、いつのまにやらいなくなっていたお姉さん。

 音もなく消えたから見間違いか何かかな?

 なんて勝手に解釈していると、丸い月見窓の下から声が聞こえた。チラリと覗くと屋根の上、片手で窓の縁を掴み、もう片方では扇子を伸ばし、片足立ちで頑張る誰かさん。

 

「もう、この桃はいつもいつも‥‥窓から道でも出来れば楽が出来るのに」

 

 プルプルと伸ばす右腕と右足、そしてプルプルと支える逆の手足。

 桃の木見ながらなんだか文句を言っているが、彼女が何をしたいのかは見ての通りまるわかり、そして密かに騒ぎ始めるあたしの小さな悪戯心。

 やっちゃダメだとわかっているが‥‥

 今の相手のこの姿、これを見て我慢できる者がいるだろうか?

 聖人君子ならわからないが、少しでも悪戯に関心があれば我慢など出来用もないだろう、左手の指四本だけで自重を支え、欲しい桃に手を伸ばす姿。

 どうしようかと見つめているとピンと薬指が立って窓の縁から離れた、このままではマズイ、何も出来ないままに一人で終わりを迎えてしまう。

 しかし、と考えている間に身体は動いていたようだ。

 縁に掛かる三本指に手を伸ばし、それぞれを同時に剥がしている自分がいた。

 意識が戻って見えたのは、左肩だけにかかる肩紐をずり下げて落ちる誰かさんの顔、見知らぬ兎詐欺を見る疑惑に満ちた顔が見られた‥‥無意識で動くとはこういう事か、能力使って妹妖怪のようになっているし案外無意識も簡単かもしれないと、思考の海に意識を沈めていると何やら悲鳴で戻された。

 下から聞こえた黄色い悲鳴。

 今覗けばあの一体型スカートが脱げたあられもない姿でも見られそうだが、同時にこちらの姿も見られそうでそれは困る。

 どこかの我儘天人じゃないが、機会があれば桃でも持って謝りに行くからどうか許して欲しい。

 投我以桃、報之以李

『我ニ投ズルニ桃ヲ以ッテスレバ、コレニ報ユルニ李ヲ以ッテス』

 紫はこれで天子を許したのだし、似てるんだから多分許してくれるだろう。

 多分。

 

 落ちたお姉さんと集まり始めた守衛さん。

 そやつらのせいで賑やかになり始めた正門辺り。

 そこは見なかった事にしてだ、まずは物色から始めてみるかね、桃李成蹊(とうりせいけい)なんて学がある事を言いながら体現するのがいる屋敷だ、何かしらはあるだろう。

 バタバタと騒がしくなる屋敷の中、折れ耳付けた玉兎の娘さんや耳のない玉兎のお兄さんが何が起きたと動いているが、一人の女性が落ちただけで大して騒ぐ事ではないと思えるが‥‥

 

――侵入者はどこだ?

――トヨヒメ様はご無事だ、ヨリヒメ様は何処にいらっしゃる!?

――報告にあった穢れと関連が!?

 

 なんて、それぞれの会話を盗み聞きしていると原因はあたしかと理解できた。

 鬼気迫るクソ真面目な顔で誰かやあたしを探したりしている兎さん達、そんなに真剣に探されるほど悪いことはしていないぞ、今はまだ。

 段々と騒がしく、緊迫していく月のお屋敷。

 あたしがいる廊下も人が増え、間違えば触れしまいそうなほどになってきた、このままいれば触ってしまってそうなれば鬼の多い鬼ごっこが待っている、それはまた厄介な事だ。

 そうなる前に少し動きたい、が、思いつくのが少し遅く気づけば回りは人集り。

 

「そこですね、小さいけれど報告通りの穢れが視えます」

 

 人集りの奥から聞こえてきた声。

 賑やかな喧騒を切り開く済んだ声が聴こえると、薄い紫色の髪を束ねたお嬢さんが現れる。落ちた女と似たようなシャツに同じ形の一体型スカート、こちらは赤の強い臙脂色っぽくてあっちは青みの強い紫で色味が違うがそれはどうでもいい情報か。

 余計な事に脳みそを取られているとチャキっと鳴らして突きつけられる刀。

 見た感じ業物だが、それだけっぽいな、なら問題なさそうだ。

 物理的に何かされるなら今は効かない。

 滅多な事でもされるというなら、それはどうにか逸らすだけ。

 なんとも便利でありがたい身体に成れたなと今更な事を感じていると、空いている左手を高く掲げた女が文言を述べた。

 

伊豆能売(いづのめ)よ、私に変わって穢れを払え」

 

 余裕を見せていると、一番マズイと思える言葉を述べられてしまった。

 穢れを払うなんて、そいつはマズイと理解するが、隙もない彼女の目から視線が外せず、素直にその場に留まってしまった。

 上げた右手の先にクルクルと、霊気のような神気のような何かが集まると人のそれらしい形になって現れるが‥‥伊豆能売ってどちらさんだったか、ぱっと見は巫女さんぽいが違うのだろうな、装束も脇が塞がっていて巫女らしくない。

 巫女なら脇を出せ脇を、なんて考えるんじゃなかった。

 神楽鈴をシャランとならし、キッと見られて一払いされ、あたしの身体が……じゃないな、残しておいた三枚の穢れがボゥっと燃えて灰となっていく。

 これが払われあたしが払われないのはなんでだろうね、自他共に認める穢れ満点な妖怪さんのはずなのだが。

 

「さて、後は‥‥この屋敷に侵入したお前は何者でしょう? 報告にあった地上の穢れだとは思いますが、実態は別、ですか?」

「あら、見えてるのね。仰る通り、今は地上の兎詐欺さんってところね」

 

「払った部分が見えるようになっただけです、実態を見せないのなら暴くだけ‥‥杵築大神(きづきのおおかみ)よ、彼の者の禁厭(まじない)を暴け」

 

 払われなかった事で安堵し、なんでバレたのかと見上げていると知らぬ神様の名を廊下に響かせた女、次はどんなのが出るのかと開き直って見入っていると見知った顔の見えない神様が現れた。

 黒く艶やかな角髪(みずら)が目立つ伊達男、格好良すぎて光り輝いてしまってそのご尊顔は拝顔出来ないが‥‥これは今の化け姿であるてゐの想い人、いや、想い神様だ、名前が多いとは知っていたが聞きなれない御名前で繋がらなかった。

 なんていい男を見つめていると、目に優しくて眩しいその御光を放たれて、ボロンとあたしの変化を剥がされる。

  

「正体は狸? 地上の妖怪が何故、いえ、どうやってここまで‥‥」

「成功法ではなさそうだけれどここに縁のある物を使って、よ」

 

 化けの皮を剥がして、随分とおっかない瞳で睨んでくれる月の女性が突きつけた刀はそのままに、こちらに質問の皮を被った尋問をしてくる。

 ここで逃げてもいいけれどそうすると後が面倒、逃げきれるかわからない場で逃げて万一捕まればその後は多分ないだろう、穢れを払い禁厭を解く御力を持つ手合だ、亡霊を成仏させる事など造作も無いだろう。

 であれば逃げずに素直に吐く、元より喧嘩を売りに来たわけではないのだ、代わりに媚びでも売り込んでどうにかこの場を誤魔化そう。

 例の如く尾を揺らす、ついでに巻いた反物を見せる、レプリカと言っていたが確かに機能した月の羽衣を視界にねじ込むと、それが視線を奪ってくれた。

 

「全く同じ物かわからないけれど、見たことくらいはあるんじゃないの?」

「それは月の羽衣? でも少し違う、似ているが‥‥地上でこれを作れるわけが‥‥それに縁など……八意様‥‥?」

 

 会話の種にするつもりが、羽衣を見せると一人でブツブツと語り始める宇宙人。

 八意様っていう辺りあのマッドな医者の知り合いか、だというのなら話が早い、このまま素直に話を続ければ上手い事いけるかもしれない。

 それならそろそろ話題を変えるか。

 独白が長いと、揺らしていた尾を背に戻すと臙脂の瞳で再度睨んでくれる、そう、そうしてくれていい、月と地上の女が絡むガールズトークなのだから目と目を合わせて話すべきだ。

 

「月の頭脳八意永琳、本当は☓◇だか☓○だとか言うんだったかしら? あれにおつかいを頼まれたのよ」

「☓☓です、言えないなら口にしないで下さい‥‥しかしそれも知っているとは、八意様の使いというのは誤魔化しではなさそうですね」

 

 漏らした友人をダシに使ってみれば、僅かながら警戒を緩め刀の切っ先もほんの少しだけ下げてくれる月の人。尻尾を振った甲斐があったと手応えを感じ、追加のネタも話してみる。

 口をひん曲げても発音できない名前を発してみて、きっちりと訂正してくれるくらいまで聞く姿勢を見せた相手。

 ここまでくれば後は大丈夫だろう、チョロいとは言わないが話が通じる相手ならそちらで負けるつもりはない、◇☓にはしょっちゅう負けているが‥‥内心でも正しく言えないとは、本当に言いにくい名前だ。

 

「そこはなんでもいいわ、永琳としか呼ばないし。それで、ネタバラシまで済んだのだけど後は? 処分してサヨウナラという流れ?」

 

「そうしたいところですが、八意様の使いかもしれないとわかっては‥‥」

「だったらはっきりさせたらいいわ、後は何が知りたいの? 言えることなら話すわよ? 出来ればお茶でも飲みながらだと嬉しいわ」

 

 思い悩む宇宙人にズケズケと突っ込んでいく。

 気を許しているわけでもない相手に向かって不躾な物言いだが、怪しい相手を前にして悩む姿を見せる輩は大概押しに弱い、わかりやすいところだと人里の守護者が同じような感覚か、アレに比べればこちらはスレンダー美女って感じだが。

 姿も戻された事だしと、煙管咥えて返答を待つ。

 葉を転がして火を入れて、ひょいと投げ入れ受け取った頃、少し動きを見せてくれた会話相手、指で支持して部下を動かすとあたしの両脇に配置した。

 この後捕縛かなと左右の二人を眺めると、縛り上げられたりすることはなく、部下っぽいのを脇に寄越すだけで終わる。

 両脇の玉兎を横目で見ていると、ついて来いと言って踵を返した神降しの宇宙人。

 もてなせと言ったから逃げる気はないとでも踏んでくれたか、実際逃げるつもりはないし、逃げるには物盗りを成功させてからでないとならない。

 まぁいいか、まだまだ待つよと姿勢を見せると動き始める後手な人と出会えたのだ、冷静さや知性的な印象はあれども真っ直ぐ過ぎて騙し甲斐のありそうな御仁。コイツをからかう事が出来たなら面白くなるかもしれない、そう思える背中の後をついて屋敷の奥へと歩を進めた。

 

~化狸連行中~

 

 欄間やら天井やら大陸風味な部屋に通されて、そこに掛けてと命ぜられる。

 ふかふかの絨毯敷きの床に設置された、おなじくふかふかのソファーに腰を下ろすとあたしに命令を下した女、綿月依姫というのだそうだ、歩きながら少し話した内に名があった。

 その依姫も腰を下ろし、楕円形の黒テーブルを挟んで対面する形になった。しばし待つとあたしを挟んでいた片方の兎さんがお茶を淹れてくれる、さっきは気にしなかったがこの水色頭はつけてきたあの子か、案内から歓待まで出来る兎で優秀だな。

 無言で見ていると地上と似たようなお茶と月らしい団子、それの横に何か醤油差しのようなものがあるが‥‥これはあれか、輝夜が以前の展示で振る舞った『団子が十倍おいしく食べられるタレ』ってやつか。

 

「それで、使いとは?」

「輝夜が月の物を展示するそうよ、『何か』取ってこいとは言われているけれど、『何を』とは言われてないわ」

 

「姫様が展示を? 信じ難いですね、ここを飽いて姿まで隠していた姫様が月の話を広めるなんて」

「昔は隠していたみたいだけど今は割りとオープンね、最近じゃ『眠らせておくのも勿体ない』って言い出してるわ、お小遣い稼ぎにちょうどいいみたいだわ」

 

 本当に? と問われ本当に、と返す。

 実際は知らん。

 お使い内容は嘘偽りないが、あの暇な姫の言い草はでっち上げだ。

 それでもある程度言い出してもおかしくないだろう言い方で伝えてみる、するとあの御方はと右手で頭を抑え始めた、手首に通す二つの輪っかがチャリンと鳴ると無言の空間になってしまうが、新しい相手の介入によりその静寂はすぐに消えた。

 

「八意様の使いがいると‥‥貴女? 地上の妖怪?」

 

 現れたのはさっきの悪戯相手。

 落とした時とは姿が違うがバレたのはなんでだろうか?

 気にはなるがやめとこう、そういう雰囲気ではなさそうだ。

 

「お邪魔してるわ、てっきりあのまま死んだかなって思ったけど無事で何よりね」

 

「落としたくれたのは貴女ですか、無事でなどと何を‥‥」

「美人薄命だと言っているのよ、美人で丈夫だというのなら尚の事何よりだわ」

 

 というかこいつは誰なんだろうか?

 と、考えていると依姫がお姉様と呟いた、つまりは姉なのだろう。

 それは兎も角として空気が悪いのでテキトウな冗談を吐いて和ませてみる。少しピリピリとしたお姉さんだったが、くだらない 御弁口が利いたのか、ピリピリからやれやれになってくれた。

 喜んでくれるのが最上だったが、これはこれで慣れている感覚だ、お怒りモードよりはやりやすくなるだろう。

 

「依姫、この者は?」

「あぁそういえば忘れてたわ、囃子方アヤメ、化けて出た狸さんよ」

 

「化けて出たとは? ただの妖怪狸ではないと?」

 

 そういう事だと話しつつ顔の半分を霧散させる。

 死んだあの晩のようにさらさらと、目の細かい煙の粒子に顔を変えて見せると、自己紹介を話した姉よりも妹さんのほうが強い関心を示してくれた。

 

「伊豆能売様で払えないのはそういう事ですか、貴女、霊の類ですね?」

「亡霊に近いと閻魔様には言われてるわね、自分では化けて出てきた狸としか考えてないけれど、それが何か?」

 

 一人で納得する依姫。

 顔になるほどと書いて頷くのはいいが、あたしにも分かるように説明してくれ。

 

「霊は浄土の住人、穢れとは無縁の者達なのですよ。自身の事だというのに浅学ね」

 

 などと考えていると姉の方が口を挟んできた。

 ふむ、穢れる身体がないからかと考えていたが穢れの世界の住人ではないから穢れていない、そんなところかね。浅学と煽ってくれるのは放っておいて頷くと、これみよがしに扇子を開き、ピッとあたしを差して話す姉‥‥竹林の姫も持っている扇子でそう差すな、輝夜にやられているようで気分が悪くなる。

 

「浅はかついでにお名前くらい教えてくれない? 教えてくれないなら桃姉ちゃんとか、落ち姫様とかそう呼ぶけど?」

 

 妹が依姫なのだから姉はトヨヒメって名だろう。

 騒がしくなった頃に誰かが言っていた名前がそれだ、依姫様の前に呼ぶくらいだしきっとそうだと思い込んでおく。

 きちんと教えてくれるまで言った通りのアダ名で呼ぶが。

 

「死人だから死なない、だから強気でいられる。そんなところでしょうか? そういうところも浅はかですね、この扇子を使えば‥‥」

「素粒子レベルで浄化出来る風が云々、だったかしら? 分解する身体のない霊に効くの? それ」

 

「‥‥八雲紫から聞いたのですか?」

「紫からは何も、ただ輝夜からは聞いているわ、ついでに言うとあたしには無意味よ、桃姉ちゃん」

 

 今度は半身を霧散させ、姉の奥に控える兎さんの横に半分だけ現す。

 実際抗えるかはわからない、輝夜のそれも実物を見て聞かされただけで使用したところを見た事がないし、好みに受けた事もない‥‥が、多分大丈夫だと思える。

 風だというのなら風が出るのだろう、見えないかもしれないが風など元から見えないものだ、そう認識しているのだから扇子から吹くだろう風は逸れる、あたしはそう確信を得ている。

 けれどそうなる事はないままにしてもらいたい、出来れば別の方で、粒子と化しても身体を戻せるから無意味だと、態々見せたそっち方面で意味がないと誤解してもらいたい。

 

「豊姫様、落とされてお怒りだというのはわかります、けれど‥‥」

「そうですお姉様、八意様の使いという線も消えてはおりません、はっきりするまでは我慢して下さい」

 

 扇子を突きつける姉をニヤニヤと見つめていると、お付きの兎と先ほど刀の切っ先を突きつけてくれた妹から擁護が飛んでくる。

 この姉妹、姉の方が敏いのだろう、大物らしい振る舞いからも落ち着いたまま放ってくる殺気からもなんとなくソレがわかる、窓から乗り出すお転婆さもあると見知っているがそれは今はいい。

 取り敢えず妹の方が頭が柔らかそうだ、話がわかると言い換えてもいい、あたしから引き出せる事がまだありそうだから始末するには早いと言ってくれる。

 中々に好ましい聡明さ、それとも勘が鋭いのかね?

 どっかの巫女さんモドキな神様を呼び出すくらいだし、案外そうかもしれないな。

 

「と、言っているけど?」

「わかりました、今は見逃しましょう。それで八意様は何を命ぜられたのでしょう?」

 

「なんか取ってこいってだけよ、落ち姫様は何を持って帰ればいいと思う? あぁ、返答を聞く前に訂正しておくわ。命ぜられてはいないわね、頼まれただけよ、断る事も出来たおつかいだったし」

 

 何度も聞かれて言うのに飽きてきた理由を述べる。

 ついでに訂正という名の煽り、それも届けてみるが、やはり自分から紹介し始めてくれないつれないお姫様、が、この辺りで良しとしよう。いつまでも煽っていても仕方がないし、煽りをくれても反応がない相手は構う気にもならない。

 次は一歩引いた感じで静かに見ている妹の方に聞いてみよう、こちらの方が会話していて楽しい相手だ。

 

「姉は返事をくれないし、依姫様には何か案はないかしら? あの輝夜が納得してあたしが持って帰れるもの、思いつかない?」

「何故私に‥‥そもそも何かを持ち出させるつもりもありません」

 

「では言い換えるわ、盗んでいけそうなものってないかしら? また酒でもいいけれど、紫と同じ物を取っていっても、ねぇ?」

 

 言いながら薄れる。

 刀と扇子それぞれを向けられるがどちらも逸らして綺麗に消えてみせた、切っ先が逸れた事で一瞬固まった二人だったがすぐに動いて部屋を出て行った。

 向かった先は物置とか倉庫とか、宝物庫的な何かのところだろう、紫が手に入れた酒、正確には幽々子がくすねてきたらしいがあれは随分と貴重な古酒だったらしいし、そういった物があるところにでも向かってくれたはずだ。

 だとすれば都合がいい。

 消えた二人を追いかけず、その場で姿を戻し、え、え、とたじろぐ兎さんと部屋で二人きりになった。

 

「これ、貰っていくわ、二人が帰ってきたら伝えておいて」

 

 団子を摘んで一つ食べ、横の小瓶に手を伸ばす。

 指先に少し垂らして口の中で混ぜてみると思った通り、とてもうまい。

 永遠亭で振る舞われた物よりも洗練された味わい、あっちが十倍だとすればこっちは十五倍は旨いかもしれない、中々に良い逸品だと思える。

 

「え? タレ? そんな物で‥‥」

「こんな物だからいいのよ、お宝の様子を見に行ったのにつまらない物を盗まれたとゲンナリする二人、想像すると面白い姿だと思わない?」

 

 言い切ると複雑な顔を見せる兎さん。

 これもこれでいい顔だとクスリと笑ってからそれじゃと告げる、あ! と大きな声を出してくれたがもう遅い、品物は既に手に入れてあたしに向けられる警戒や意識は全て逸らした。

 後はこのまま屋敷を抜けて羽衣握って帰るだけだ。

 

~少女逃走中~

 

 お邪魔した時と同じく、何事もないまま屋敷を後にした。

 もしあたしが格好良い主人公役だったなら、あの後に邪魔が入って一波乱なんて流れになり、場合によっては血みどろの争い事でも繰り広げてギリギリで勝つ、といった華々しい事になりそうだがそうはならなかった。

 そもそもが三下の小悪党、ついでに言えば流す血のない亡霊さんだ、そういった浪漫あふれるお話は鈴奈庵にでも行って借りて読むもので、自身で体感するものではないと思う‥‥別に妖怪図鑑の英雄伝に載る男の店でもいいが、あっちは品揃えが偏っているのでおすすめはしない。

 なんて、地元の事を考えつつ羽衣を握る。

 何を動力源にしているのかわからないが、行きの時と同じようにふらふら揺れてからゴウっと飛び立ってくれる月の乗り物、そう何度も使いたい乗り物じゃないなと、揺れる羽衣と自身の両手を眺め清き清浄な世界を抜け出た。


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