ちんたら歩いていつもの大穴。
どこまでも続いているんじゃないかと見える穴凹を、危険立入禁止という立て看板の向きを逸らしてからユルユルと降っていく。
口うるさいお山の仙人が勝手に立てて勝手に禁止したい、その為の立て看板。
別に気に入らないわけではない、寧ろ禁止してくれれば余計に行きたくなるのがあたしなのだから、もっと行きにくくしてくれても構わないのだが、なんとなく看板の文字が読めない角度まで逸らしてから穴を降りた。
そうした方がこの穴住まいの友人達が美味しいご飯にありつけるんじゃないかな、というどうでも良い気遣いからしてみただけだ、どちらも雑食だが元は人喰いだと聞いているし偶には新鮮なご飯でも、と思って思いつきでそうしてみた。
思いつきの考えついでに、そういや竹林住まいの穴掘り上手な兎詐欺に連れ出され始まったお使いだな、と土色が長く続く大穴を見て思い出す。
あの兎詐欺がここまでの大穴を掘るには何年かかるのだろうか?
掘るための理由があればどれほどの年月を掛けてでも掘りそうだな、でもこんな大きな落とし穴に落ちる相手なんて巨大化した鬼の幼女でも余る、いつだかこのお山の風祝が妄想した超巨大ロボットとかいうあれだったら丁度いいか?
なんて先ほどの神様が探し出していたアルバムに映る、幼い姿の緑の巫女から考えついているといつもの殺害現場へと差し掛かる。
そろそろ来るかな、首狩りのお嬢ちゃん‥‥身構えもせずに待っていたが、今日はどうやらいないらしい、狩り落とせなくなってしまったしもう遊んでもらえないのかね?
定例となっていた事がないとなにやら違和感がある、こんな気分も首の座りが悪いなんて言うのだったかなと、落ちやすくなったが狩られなくなった自身の首を撫でつつ、穴の底へとするする向かった。
もう一人の住人が貼り付けた安全ネット兼エサ取り網を避けながら、穴の底へと着いてみれば何やら動くそのもう一人。
噂をすればなんとやらではないが、目当ての相手の金髪ポニーテールを見つけた。
とりあえず何をしているのかと少し眺めているとなんでもない、食事の最中だっただけのようだ、中身を開いたご飯を前に、怪しく目を輝かせて口の周りと指先が僅かに赤い妖怪少女。
食事の邪魔をするのは野暮だなと思い、見られないだろう距離で滞空し待つ。艶やかで綺麗な灯りとなっているその目やらを眺めていると、ヒョイと摘んで中身を持ち上げ、舌で迎えようとしていた土蜘と蛛目が合う。
気が付くとフリフリとそれを振り、同時に赤く染まる手も振られた。
「なんだ、来たなら声かけりゃいいのに」
「食事時に失礼かなって、邪魔しちゃ悪いし待ってたのよ」
「普段邪魔しかしない奴が気にしなさんな、腹も満ちたしもういいかなって思ったところさね。今日は町かい? それとも温泉かい?」
摘んでいた放るもんをポイっと放って、ぺろりと赤い手を舐める黒谷ヤマメ。
遠くのほうでピシャっとなるとそのままニコリと問いかけてくるが、真っ赤な唇が久々に嗅ぐ新鮮な血の匂いと相まって、妙に艶かしく見えてしまう。
笑顔自体はよく見る朗らかなものだが、その明るさと血生臭いチグハグさが良いギャップとなっているのだろうか、このままでは話よりその口元に集中してしまいそうだと、白いコートの袖でヤマメの口を拭った。
「おっと失礼失礼、甲斐甲斐しさが似合うようになったねぇ」
拭われた袖を見てくる人喰い、ハンカチでも持っていればそれで拭うのだろうがそんな物を持つほど身だしなみに気をつけているわけでもないし、あたしの場合は服の汚れは然程関係ない。見られている右の袖をそっと撫でて、赤い筋汚れとなった部分を元の白へと戻していく、その途中で変な事を言われたが、面倒見の良さは昔からあるように自分では思う‥‥その良さを見せる相手が増えたなと言われたら否定はできないが。
「茶々入れなくていいわ、それよりこの後暇?」
「ご覧の通りのいつも通りさ、何か遊びのお誘いならついてくよ?」
「そう、ならちょっとお願いがあるんだけど」
元に戻した右の袖を見せつけるように伸ばし、そのままヤマメの頬に手を添える。
一瞬触れた後少しだけ浮かせて、触れるか触れないかくらいのところで僅かに動かすと、そういったお願いは相方にやれと睨まれた。
が、今日はそれじゃないと返答してみる、じゃあなにさと微笑む土蜘蛛。
「道案内をお願いしたいのよ」
「案内? いらないでしょ? 旧都も地霊殿も‥‥もしかして血の池とかのあっちかい? 旧地獄跡地は入ったのがバレると面倒臭いから嫌だよ?」
地霊殿の地下深くに広がる昔は正しく地獄だった場所、血の池やら針の山やら大昔の責め苦が取り壊されずに残っているらしいが見た事はない。それもそれで行ったことがない観光地だな、それなりに興味もあるなと感じるが‥‥今は寄り道できる余裕もないはずだったと思い直して、そっちは諦め本題を尋ねた。
「そこまで行かないわ、もう案内して欲しい場所にいるもの」
『欲しい』と述べたタイミングで触れそうだった右手を頬に添えて、その気でもありそうな風合いで話しかける、その気などありゃあしないが色を感じた相手には色を見せて話すのも面白い気がしたのでそうしてみた。
「ここかい? わざわざ案内するようなとこでもないだろ? 私とキスメの住まいくらいしか……本当に、雷鼓に怒られるよ?」
付喪神に怒られると余計な心配をしてくれて、こいつはどんな話だと思っているのだろうか?
そう取られるような素振りをしておいて何を言うのかと見られそうだが、その気はないのでどう思おうがあたしの勝手だ、それよりもそう毎回下世話なお誘いばっかりしていたっけか、していたな。別の付喪神、永遠亭に残してきた面霊気を連れてきた時は見られながらはちょっとなどと言って断られたのだったか、あの時は少し惜しい事をしたが今となっては狙うつもりもない。
狙えば本当に怒られるだろうから、独占欲が強めの太鼓がちと怖いから。
それはそれとして、だからそれじゃないと二度目の訂正をしてみるとそれじゃなにさと顔を覗きこんでくる、そうじゃないとわかってから愛らしい上目遣いなんて焦らすようでズルい見方だと感じるが、目の保養にはなるし良しとしよう。
「小耳に挟んだ眉唾話なんだけど、それが本当なのか知りたいのよ」
「いやいや、だから何の話をしてるのさ」
焦らされたので焦らし返す、主語なく話すと狙い通り食いついてきた。
注意力なんて逸らしちゃいない、つい先程まで美味しいごはんに食いついていた相手だ、機嫌も良いだろうし他愛もない会話だけで釣り上げるのは十分だった。
「ほら、ここの竪穴って横穴も多いでしょう? その中には別の出口に繋がる穴もあるって話があったじゃない」
「別の出口って‥‥あ~外の世界に繋がるとかって話の事? それならないよ、気になって探した事もあるけど見つからなかったわ」
「そう、その見つからなかった時って何もなかった? 変わり種でもなんでもいいわ」
「変わり種?‥‥あ~っと、確かどこまでも続く横穴があったかな、私が掘ったやつじゃなくて自然に出来た穴だったはず。キスメと二人で見つけてさ、何処まで続いてるのか気になって二人で進んだ事があったのよ」
「それの話でいいわ、なんかおかしな所ってなかった?」
「どこまで行っても景色が同じってのが変なとこだったかな? でもそこから先は本当に知らないよ? つまらないし飽きたから帰ったしね」
あんときゃ無駄足だったと笑うヤマメ、ただの無駄骨を楽しげに語ってくれてあいも変わらず明るいアイドルが妬ましいが、聞きたい部分が聞けたので満足して一人頷いた。
信憑性なんてなかった話の裏が取れ、一人でニヤニヤ笑っているとその笑みに向かって何があるのさと問いかけてくる明るい土蜘蛛、興味を惹けたついでにと思い残る質問もしておくこととする。
「帰る時ってすぐ帰れなかった?」
「すぐ帰れたね、振り返って一歩歩くと横穴の入り口だった‥‥けど、よく知ってるね、まるで見てたみたいな言い方だ」
ちょろっと余計な事を聞いてみるとこれまた変な顔をされた、朗らかに笑っていた顔がちょいと嫌味の混ざる顔に見えるようになる。
あたしからすればいつかの黒白が話していた事。
幻想郷の端を目指して飛んでいたが景色が変わらず、戻る時は一瞬だったんだぜ! なんてお話から引っ掛けただけの思いつきだったのだが、この雰囲気はあたしが化かしたとでも捉えてくれたらしい。ヤマメの考えは誤解も誤解だ、見てないところで化かしてもほくそ笑む事が出来ないのだからやるわけがない‥‥のだが、折角湧き出してきた化かしの種だ、訂正するより上手い事育ててあたしの箔としておきたい。
怒られずに糧とするにはどうしたもんか、腕組みしながらこまねいていると、アヤメのせいじゃなかったのかと不意に貼られたメッキを勝手に剥がされて、疑惑を解かれてしまった。
「あたしのせいかもしれないわよ?」
「アヤメのせいなら饒舌に語って今頃笑ってるだろ? そうせず悩んだ時点でお前さんのせいじゃないってわかるさ、疑って悪かったわ」
「疑ってくれたままでもいいんだけど、まぁいいわ、元々なかった話だし。とりあえずその横穴に連れてってもらえない?」
悪かったと頭を掻く手を取りつつ、話の穴へと連れて行けと話してみる。
キュッと握ってから指を絡ませるつなぎ方に直して、先ほど見上げてくれたように愛くるしい顔を見せて顔をのぞき込んだ、あたしがこんな顔をする時は面倒臭い、それがわかっている相手にわざとらしく連れて行かないと面倒だと見せるとはいはいと先を歩き出すヤマメ。
ヤマメの上目遣いとは意味合いが違う見方だが、まるっと返した意趣返し、どうやら気に入ってくれたようでその足取りは軽い‥‥面倒だからさっさと連れて行こうという思惑も透けて見えるが、それは見えないふりをしてお手々繋いで少しのデートを楽しんだ。
サクサク、ではないか、コツンコツンと鍾乳洞を歩いて連れてきてもらった小さめの横穴。
ちょいと屈めば入れるくらい、尻尾が邪魔になりそうなサイズの穴凹前でここがそうだったはずと語ってくれる地底の案内役。
心配していた崩落などはなくヤマメたちが探検した時の形そのままにあるらしい穴の前、そこまで来てから助かったと謝礼を述べて繋いでいた手を離すと、どこに行くのか知らないけれどちゃんと帰ってくるんだよと、いらない心配をして場を去っていく暗い洞窟の明るい糸。
金のポニーテールが見えなくなるまで見送って、いなくなったのを確認してからユルユルと横穴を進んでいく。
が、何処まで進んでもヤマメが話していた通りの、何の変哲もない代わり映えのない土景色が続いていくばかり、これは確かに飽きるなと感じつつも気が長いあたしなら問題ないとブラブラと歩んだ。
~少女行脚中~
飽きた。
どこまで歩いても変わらない景色、変わらない匂い。
完全に飽いたと、気は長くとも飽きっぽいあたしの心がそう騒ぐ。
けれどここまで来て帰るのも面倒臭い、というかどこまで来たのかわからない、わからないなら確認してみるかと軽く振り返って目を瞑り一歩踏み出してみた。
これで目を開けて穴の入り口だったら独自ルートでの移動は諦めよう、そう決心して眼を開くと見えるのは変わらない土景色とその匂い‥‥戻ってくれれば諦めもついたのにという心半分、してやったなという心半分で小さく拳を握って壁を打った。
打ってみるとパラパラと揺れる土壁。
これはまずい予感がしなくもない、なんて物語ではよくある展開を思い浮かべていると周囲の土が崩落し始める‥‥ってことはなく、叩いた部分の壁が少しだけ崩れるだけに留まった。
頭だけ突っ込んで覗きこんでみると、何やら綺麗に切り揃えられた石作りの広い所に出た。
何処だろうかと周囲を見やると、鉄で作られた河童の設備のような機械の群れが見える、既に錆び付いていたりして動く気配は感じられないが昔は動いていたような跡が傷や錆跡から見て取れた。あっちを見てもこっちを見ても見慣れない機械群、何に使われていたものなのかわからないが、動いていないという事は今は必要ないものとなったのだろう、ボロボロだが読み取れる『軍需』という感じだけがやけに目についた。
かすれた文字を眺めていると遠く聞こえる誰かの声。
耳に届いてきた方向を拝むと随分と高い位置にぼんやりとしたオレンジの灯りが見える、取り敢えず様子を見るかと能力使って全てを逸し、声色と灯りの方へとユルユルと飛び上がった。
しばし眺めて考える、どうやら上手い事着いたらしい。
動かない機械の群れそうだったが、今目に留まるものが見慣れないものばかり見られるからだ、オレンジや赤、紫色の灯りからは魔力や霊力といったものは感じられず、なにやら数本の紐、山の神様たちが架空索道を通すのに用意していた『電気ケーブル』とかいうそれっぽい。
それの下に作られた鉄製の策を伝うように歩いて行くと先に見える若い男女、ちょっと寒いねなんて話しながら手を繋いでいて見た目から妬ましいが何処かの橋姫じゃないんだからと、気を入れ替えて話していた者たちの後をついて同じように様子を見る。
前を行く二人は景色を見ているがあたしが見るのはその二人、見た目こそ幻想郷の人間と変わらないが着ている服や髪の色が幻想郷の人間よりも派手だ。話す内容もあのエイガはここで撮影されたと話す女に、あの役者がここでこうしていたと何か刀でも抜くような姿勢の男、身振り手振りを交えて楽しげに話す妬ましい男女から、変わったらしい外の世界もこういった情事は変わらないなと感じ取れた。
暫く後をついて行くと男の方がコソコソとし始めて、シュボッと紙巻たばこに火を着けた、その体の後ろには坑内禁煙と書いてあるというのに‥‥喫煙仲間は好ましいが守れないなら吸うなと、妖術使ってたばこを一気に燃やし尽くした。
一瞬で燃えて無くなった煙草がおかしいのか、なにやら騒ぎ始めてその場を逃げ出していく二人、女が残したキツ目の、人工的な残り香を嗅げたのと、先ほどまでの話口調からここは幻想郷ではないなと確信めいたものが感じられた。
煙が天井に上がっていくとジリジリと何かが鳴り始め耳に煩い、その音を聞いたのか青い格好をした中年二人が小走りで現れて辺りが煩くなり始めた。
立ち振舞や雰囲気からこの場所の管理者、もしくは守り手といった風合いに見える男たち、その者達がなにやらゴソゴソと機械を弄ると音が鳴り止み、はたてのカメラに近い物に向かって話し始めていた。
物の形などは似ているが、似ているだけで使い方がちょっと違う。
なにやら面白い物もあるなと考えて、おじさんらの後をついて行くとどうにか外へと出る事が出来た。
どうやらここは何かの展示がされている場所だったらしい、資料館という屋号も上がっているし、来客が寛ぐためのテーブル等も外に見られた、その辺りには興味が無いので無視するとして軽く見回してからふわりと飛んでみる。
が、少し浮いて飛ぶのをやめた、ちょいとばかり空気が臭うのだ。
幻想郷の空気に慣れすぎた所為か、人工物らしい鼻につく匂いが堪らないので、空を進みはせず鼻に届く匂いを逸らして砂利の広場を歩んで抜けた。
進む先は少し北、飛んだ際にチラリと見えた石像が気になりそちらへと進む。
グルリと回る石のような物で整えられた道もあるにはあったが、真っ直ぐ進んだ方が楽だ、ちょいちょいと小山を駆けて真っ直ぐに向かってみるとでかでかとした仏様がいらっしゃった。遠目から見ても大きめの十尺はありそうな観音様、穏やかなご尊顔をされていて何となく手を合わせ拝んだ。
拝みついでに願い事も祈っておく。
どうか笑われ、叱られませんように。
勝手に結界抜けて来た事はついでの願い。
本題の願いは来るには来たが何を盗ってくればいいのか、それを永遠亭で聞いてこなかった事を今更ながら思い出し、やっぱり使えない奴だったと笑われないようにというお願い。
笑させるのは良いが笑われるのは気分が悪い、そうならぬように願掛けをして、ちょっとした遠足気分で近くの町へと姿を消した。