地上生まれだと言う月の頭脳から押し付けられた布っ切れ。
ソレを尻尾にクルクル巻かれてしまいひらひらとさせながら、お盆携え居間へと戻る。
あのまま能力で逸らし続ければ逃げられる雰囲気ではあったが、逃げるために巻くモノに長い物を巻かれてしまっては上手く逃げられないだろうと一人で納得させられてしまい、逃げもせずに急須と湯のみを運んでいった。
戻ってみれば兎の歌やお面の舞は既に終わった後のよう、唐突に始まったアドリブの一演目はパッとやってパッと仕舞いのようだ。永遠亭の庭先でひらひらしていた面霊気は一舞終えて、今ではすっかりくつろぎモード、顔を合わせたら何故見てくれないのかなんて怒られるかもと思っていたが、その辺りは親切兎詐欺が上手く誤魔化してくれたらしい。
元を正せばてゐの物言いで皮肉となったお話だし、アフターケアまでしっかりとしてくれてあたしとしてはありがたい。
取り敢えず何もなかった顔で卓に着き、コポコポとお茶を淹れての一心地。
並べた湯のみに不慣れな手付きで茶を注ぐと慣れた手付きの月の兎が配膳を始めてくれた、どうせならお茶を淹れるところから変わってくれればいいのに。
そんな事を思いつつ垂れ耳付けた小間使いをチラリと見やるとニコリと笑まれた、何に対しての笑みかわからなかったが、邪気のない笑顔を向けられてしまっては思った事を口に出来ない。
口は開いていないのに歯痒い思いをさせられていると、その笑顔のままで湯気が揺蕩う湯のみを差し出す鈴仙。
どうぞと言ってくれるのは嬉しいけれど、淹れたのはあたしだし、これではもてなされているのかもてなされているのかよくわからない、なんとも歯痒い気分が続く‥‥が、この屋敷はただいまと言える他人様の家だったなと思いついて、それなら多少わからないくらい、曖昧な気分でいてもいいかと差し出された湯のみを取った。
ズズッと啜って落ち着いた頃、そういえばと思い出した。
寺の連中はいつ来るのか?
話の流れからてっきりすぐに来ると考えていたのだが、永遠亭の皆からは誰かをもてなすような動きは見られない。
終われない姫はいつも通りなにもしていない、というと煩くなりそうだから盆栽を眺める仕事に忙しそうだし、その永遠の従者も患者がいない今は少し暇そうにしている。
小間使いと居候の兎詐欺は例月祭の準備、という名の暇潰しくらいしかしていない、今も庭先で連れてきた面霊気と何やら楽しげにしているが、演目なら歌舞伎でもいいのかね、あの子は?
いや、舞踊の方で興味がわいたのか?
暗黒舞踏なんて書物と勘違いされるくらいだ、舞踊もいける口なのかもしれない。
悪戯兎詐欺となにやら話し、口の両手の人差し指を突っ込んで横に引っ張っているが、あれはどういった流れで出来上がった表情なのだろう?
笑い顔に見えなくもないが表情作りの練習か?
ならもう少し可愛い顔をだな、と庭をぼんやり見ていると、対面に座る主従から今日は何しに来たのかと尋ねられた。
「寺の出開帳を拝顔しようと思ったんだけど、先に着いちゃっただけよ」
「寺って‥‥あぁ、命蓮寺? 今日は来ないわよ? というか来るのも少し先の話よ」
「そうなの? 確かに日程は聞かなかったけど‥‥」
「早とちりなんて、抜けてるわ」
「頼む相手を間違えたかしらね、寺の船幽霊の方が頼りになったかもしれないわ」
主従それぞれからバカにされてしまいいたたまれない、が逃げ場もないのでお茶を濁す。
季節柄まだ冷えるからと少し熱めのお湯で淹れたお茶、湯のみから揺蕩う湯気を浴び、視界に映る二人の姿をボヤけさせて少々の考え事。
相手を間違えたと話す永琳の物言いからすれば、相手が幽霊や亡霊だったなら誰でも良かったというような言い方に感じられる、実際お使いが出来るのなら誰でもいいのかもしれない。
けれどそれを水蜜に頼んだところで多分ムリな話だろう、同じ霊体仲間だけれどあたしは未練で残った亡霊さんで、あちらは恨み辛みから世に残った悪霊さんだ。
日和見な世界にいるから毒が抜けた感じだが、今の外がどうなっているのかわかったものではない、場合によっては今はもう大人しくなりかけた船幽霊が、再度悪霊さんとして正しい姿になってしまうかもしれない。
それは困る。
そうなられたのでは先日のようなミニ・スカート姿や、色香の見える濡れ姿で笑ってくれる事がなくなってしまいそうだ。目の保養まで取られて、その上面白げな難題まで奪われてしまっては堪らない。
一度貰った難題を誰が返すかと、羽衣巻かれた尻尾を撫でつつお茶の啜り音を立て威嚇した。
「そう睨まないでよ、ただの冗談なんだから」
「そうよ、あげた物を返せなんて言わないから安心して出かけてきて頂戴」
「笑えない冗談は嫌いよ‥‥というか、どうやって外に出ればいいわけ? 紫にポイ捨てしてもらえって事?」
「それでもいいけど、それで帰って来られるの?」
「仲良しなんだからちょっとお願いしたら? その為の尻尾なんでしょう?」
「お願いしてみてもいい‥‥いや、多分ダメね、あんたら絡みのお願いは多分聞いてくれないわ」
二度目の月へのご挨拶。
あの時には輝夜達永遠亭の皆を月からのスパイ扱いをしていた、実際はスパイとは呼べるモノではなかったが最後の酒宴となるまで顔を合わせなかった紫達と輝夜達。
あの流れからここと紫の関係性を鑑みれば月絡みのお願いは聞き入れられないだろう、天邪鬼の捕物でも誘われなかったくらいだし、それ以前に終わらない夜の異変では結構本気でヤリに来ていた。あたしから見ればどちらも良い、いや悪い友人達だが、友の友は友、なんて都合が良い関係にはならないのが生者の理ってやつだろう‥‥方や妖怪方や不死と、どちらも真っ当な生者ではないが、死人のあたしが話考えているのだから生者の理なんぞどうでもいいのか?
いや、ダメだろうな‥‥
ならばどうしたもんか、幻想郷の大家さんが頼れないのなら別の管理人、紅白の方に聴きこみをすればいいだけだとわかっちゃいるが‥‥そっちに聞いても結界云々やら言われて退治されてしまいそうだ。
「見慣れた顔になったわね、なにか思いついた?」
「今の顔ならさっきの、海棠って例えを使ってあげてもいいわね」
「難しい難題が降ってきたせいで睡眠不足になりそう、って事かしら?」
「海棠の雨に濡れたる風情、というのは知らない?」
「打ちひしがれてもいいのならそうなってあげるけど‥‥あたしは花違いだからそうはならずにおくわ」
悶々と悩んでいると思いついたかと姫に言われ、ついでに言った言葉を使われてもう一人から煽りまでくれられた、それはいらん、寄越してくれるのは楽しく悩める難題だけでいい。
しかし我儘な言い草だ、これが人様に物を頼む態度なのかと思えるが、ここの姫様と天才の頼み方は大体こうだ、月の異変でも素直に来なけりゃ別の誘い方があったと怪しげな薬が並ぶ部屋で言われたし、あの時に比べればまだ可愛い頼み方だ。
それに煽りとは言えども海棠だと、美人だと八意先生から褒められてしまったわけだし‥‥このままでは借りっぱなしの貰いっぱなしで、立つ瀬がないどころか掘り返されていくばかり。
全く、穴掘りが得意なのもそれに落ちるのもこの二人ではないというのに。
「なら早めにお願いね、次の展示に間に合わせたいから」
「展示ってなにか催し物でもするの?」
「月の物を色々と展示するのよ、命蓮寺に声をかけた理由もそれ、ついでの客寄せにもなるし、出かける手間も減るわ」
「あの寺にお月様と縁のある物なんてあったの?」
「ないわよ、あるのは難題の品物くらいじゃない? 本尊を招けば持ってくるでしょ?」
なるほど狙いはそれだったか。
外の世界にいた頃にあたしに課せられた難題『毘沙門天の宝塔』が出不精な姫様の狙いらしい、何度か持って来いと言われているがその度に自分で見に行けとほくそ笑んでやった事がある‥‥最後まで自分から出ずに向こうから来るように仕向けたってか。
出不精ここに極まれりという感じだが、元々が高貴なるお生まれらしいからこれくらいの立ち振舞が姫様らしいっちゃらしいのか?
変われない蓬莱人だから良いものの、これが普通の人間で代謝まで普通だったら違う意味で出不精になってしまいそうだ。
などと皮に肉をたっぷり詰めて慣れぬ心配をしていると、そういうわけだからさっさと行けと、雅な振る舞いで手の甲をちょいちょいと振るってくれるお姫様。毎度毎回自分は動かず回りの誰かを動かしてばかりのお姫様で困るが‥‥人の事は言えないしこれもいつもの事だと諦めて、こころに少し出てくると伝え不変の屋敷を後にした。
~少女移動中~
普段であればカサカサと竹の葉鳴らして歩むところだが、今回はさっさと行けと怒られたので否応なしに飛んでの移動。
永遠亭の庭先から真っ直ぐに上昇し、飛ぶ方向も真っ直ぐに一直線で向かっていく。
向かう先は妖怪のお山。
結界を超えるならこっちの神社じゃないだろうと言われそうだが、あっちの神社は相手が悪い、それにこっちの神社でも事足りると思えるし別の所にも心当たりがなくもない、後者は眉唾な話だが結界コンビの二人に怒られず勝手に行くには虱潰しでいいだろうと考えられて、もうすぐ春本番を迎えるだろうお山の神社に向かい漂う。
お山に降り立つ道すがら、僅かにピンクに染まる部分が見られた。
未だ小さな桃色だが、どうやら今年はあの辺から春になっていくらしい。
いつだったか赤いお屋敷のお嬢ちゃんが春一番は私のものだなんて言い出して、とっ捕まえようとしていた事があったなと、なんとなく思い出していた。
あの時は結局捕まえられずお屋敷ではなく神社に春一番を持っていかれたらしいが、果たしてどっちの神社に取られたんだったかね?
異変でも無ければ待っているだけでそのうちに来る春、それを追いかけるなんてあの吸血鬼も暇だなと考えていると着いた、春一番を取ったかもしれない神社。
急ぎといえどここは焦らず、しっかりとお清めから入り柏手打って呼び鈴を鳴らす、でないとお嫁神様の方がおっかない‥‥こうして呼び出すのは旦那様の方なのだが、地面に足つけている以上何処で何を聞かれているかわからないので、しっかりと礼儀作法は通す。
「神奈子様、ちょっと聞きたい事がって‥‥出てこないわね、いないって事は河童のところにでもいってるのか?」
普段であれば呼び鈴の余韻が消え入ると同時に顕現されてくれるのだが、今日はどういったわけかお姿を見せてくださらない。
いないのかなと本殿を覗きこんでみるとその奥、社務所の方から声がした。
「アヤメか? こっちだこっち、ちょっと手が離せないから上がってくれて構わないよ」
構わないと話して下さったのでちょいと上がって進んでみるが、いると思った社務所にはお姿はなく、更にその奥というか別棟の辺りから再度こっちだと聞こえてきた。
いつもは行かない神社の奥で呼んでいる神奈子様、何をしているのかと呼ばれた通りに言ってみると、少しごつめの扉の奥からチョイチョイ聞こえてくる篭った声、覗きこんで見るとひょこっと顔を出した目当ての神様。
「よく来た、出られなくて済まなかったな、ちょっと立て込んでいたんだ」
頭や体に埃やら小さな蜘蛛の巣やらをくっつけて朗らかに笑う神、確かにこのお姿では本殿に顕現するわけにはいかなかったのだろう、あたしは気にしないがそういった体面を気にする御方だったなとくっつく蜘蛛の巣を取りつつ想う。
一つ二つ取った辺りで後はいいよと風を吹かせ、綺麗さっぱり払っていく元風雨の神様。
「便利な御力ね、夏場とか過ごしやすそうで羨ましいわ、探し物? なら後でもいいわよ?」
「ちょっとアルバムをな、何となく見たくなっただけで急ぎではないからいいよ。力なら元よりくっつかんお前の方が便利に思えるが、そういった事には使わないんだったか?」
「物や場合によりけりね、それより三柱に少し聞きたいことがあるのよ‥‥でもお忙しいみたいだし、出直したほうがいいかしら?」
何を探しての家探しか知らないが、それよりもあたしをかまえと無骨に餌をばら撒いてみる。
ここに奥様がいらしたら気持ち悪いとでも言われそうな謙虚さを見せつつ、二柱ではなく三柱と言ってみると案の定その部分に食いついてきた神社の大黒柱。
「私や諏訪子だけでなく早苗にまで聞きたい事? 珍しいな、何が聞きたい?」
「どうやってお引越しを成したのか、それが知りたいの」
「ほう、外の世界にでも出るのか? 今更出たところで何がある?」
「ちょっとしたお使いと、多大な好奇心からのお出かけよ。教えてはもらえないのかしら?」
「教えてやっても構わないが‥‥多分この手は使えないよ?」
どういう事か?
問掛けてみれば単純な話だった、守矢神社の三柱がダイナミックにお邪魔しますと引っ越せたのは、紫の張った結界の力を利用したかららしい。聞く限り、その結界には外で消えかけた摩訶不思議を引っ張り込む性質があるらしく、その引力を利用し三柱の神気を早苗に集め、奇跡の御業を使って土地ごと転移してきたのだそうだ。
確かにこの手は使えない、外の世界にあたしを引っ張ってくれる何かでもあればそれを辿って行けるかもしれないが、向こうで忘れ去られこちらの世界に迎えてもらったあたしが辿るモノなど何もない。
「お前の社でも残っていればあっちで神様として顕現出来るかもしれないが、私達がいた頃もその話は聞かなかったし、この手は諦めたほうがいいと思うよ」
「ご同類になる気はないって言ったじゃない、それより宛が外れたわ、出来れば言われた方法以外で行ってやろうと思っていたのに」
「……誰に何を言われたのか、ちょっと話してみなよ、アヤメ」
余計な事まで話してくれたがそれでもお優しく諦めなと言ってくださった八坂様、いらぬお世話の部分は訂正しつつちょろっと悪態を付いていると、あたしの背中に張り付いて現れた別の神様からお声を掛けられる。
声だけでそのご尊顔は伺えないが、雰囲気から嫌な予感しかしない、そんな強張りを背中に感じたがネタバラシするつもりはないので堂々と開き直る。
「乙女の秘密よ、大した事じゃないから教えてあげないわ」
「そうか、なら私から話してあげる事もないな、こっちも大した事じゃないしね」
「神奈子様から聞けたもの、それで十分‥‥と言いたいけれど、別のお話?」
「さぁね、同じ話かもしれないし、別の話かもしれないね」
「竹林の医者からの頼まれ事よ、ちょっとしたお使いってだけ」
勿体振って話して下さる愛する祟神様、このまま堂々巡りをしていては面倒臭いと踏んで少しばかりネタを話す。
すると背中からケロケロと聞こえ始めてすぐに静かになった、話さないから話してくれない、そういう事だと思ったが笑われるだけで欲しいお話はくれない意地悪な神様。
「言い損する気はないんだけど、笑った代金分くらい払ってほしいわね」
「悪いね。話の方はきちんと話してやるさ、笑ったのは相変わらずだなと思っただけだ」
「どういう意味かわかりかねるわ」
永遠亭でも感じた事をなんでここでも感じなきゃならんのか、人に物を話すのなら曖昧にせずきちんと伝わるように話すべきだと思う。
他所様からすれば自分の事を棚に上げて何を言うのかと言われてしまいそうだが、相手は神棚に収まる御方だ、それならあたしも棚に上がらんと聞こえないだろう、そんな思いつきから小生意気な態度で背中に語る。
「昔から面倒だのなんだの言う割りに何かしら使われてばっかりだって事さ、面倒だってのも噓なら
「改悛もしないし噓でもないわ、言うなれば面倒と感じる心が逸れているってところよ、多分」
「ふぅん、そうやって減らず口を吐くか、本当に懲りないな‥‥」
「いいじゃないか諏訪子、ライバルは増えないに越した事はないよ? フットワークの軽い奴に対立されると面倒だから、その辺でやめておきな」
「だからその気も社もないと‥‥まぁいいわ引き伸ばしても面倒だし。それでケロちゃん、代金はまだ?」
あたしの吐いた軽口は兎も角として、身内からの援護射撃はそれなりに聞いたらしい。
背から降りて地に立つとあたしの尻尾をとっ捕まえる諏訪子様、じゃれるなら話の後にしてくれと少し揺らすとボフンと乗られた、そのまま尾の先を地面に擦り付けてくれる坤の神様。
「汚れるわ、洗ってくれるの?」
「穢れしかない奴が今更何を言うのさ、擦った先にあると教えてやったのに」
「地面‥‥やっぱりあるのね、眉唾じゃなかったのか」
「ふむ‥‥なるほど、そういう行き方もあるにはあるのか、間欠泉の異変で潰れてなければいいが」
「その時は『また守矢か』と恨むだけよ、残っていたら感謝してあげるわ」
最後まで口悪く話してみたが何やら感じる節のある顔で微笑まれた、残っていたらと自分に言い聞かせるように話してみたが感謝の心はこの場で伝わってしまったらしい。
まぁそれでもいいか、後で届けるか今届けるかという少しの違いだけで二柱に感謝している事には変わりない、半分作ったような皮肉交じりの恵比寿顔した二柱にまたねと告げ、教えてくれたところへと尻尾揺らして足を運ぶ。
潰れてなければいいと心配までしてくれたお心が嬉しく、少し尾を揺らして神様に似た悪い笑顔で歩いて行く、目的の部分が潰れていようがそれは構わない。
埋まったのなら掘り返すだけ、幸いそっちの宛もあるのだから。