東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その14 口上手

 お手々繋いで竹林を歩む、繋ぐ相手は可愛い面霊気。

 二人並んでサクサクと、枯れた竹の葉を鳴らして進む。

 住んでいるあたしからすれば通い慣れた獣道だが、隣のお面には新鮮なモノに映るようで、あっちやらこっちやら、何処を見ても変わらないような竹林をグルリと見回し歩む、秦こころ。

 影に入ると薄紫がかって見える桃色の髪をゆらゆらとさせて、何か珍しいものを見るような瞳をしている、気がする‥‥被っている面が火男だからそう思えるが実際は何を考えているのか、その瞳から読み取れない。

 表情がないのだから瞳に宿すモノもない、これが道理でこころもそれを体現している、なのだから読み取れない、が、そうだからこそ何を考えているのか考察するのが面白い。

 竹林のあっちゃこっちゃを見回して、方角がわからなくなっただとか、どっちから来たんだっけだとか、その場で思ったわからない事を素直に聞いてれる付喪神。

 方角はうっすら見えるお天道様を見ればいいし、来た方向も背中側から来たのだと教えてあげると、なるほどと頷いて何やら納得してくれた、欲しかった答えではなかったのだろうが納得出来る答えではあったのだろう。

 コクリと頷かれ、握る手の力を強められた。

 大した事もしていないのに良く懐かれたなと考えていると、視界に一瞬だけ映るピンク色のワンピース、ここにいるって事はお小遣い稼ぎは切り上げて、いつものお戯れでもしに帰ってきたってところか、ガサっとわざとらしい音を立てて一瞬で過ぎていった兎詐欺さん。

 

「妖怪?‥‥兎?」

「そう、有名な因幡の黒兎詐欺があれよ、演目にはないから知らない?」

 

 教えるように鳴らされた音と、緑の景色に目立つピンクはこころの目にも捉えられたようだ、チラッとしか見られていないがそれでも正しく兎詐欺だと認識した面霊気。

 こころの周囲に目玉の描かれた面がグルグルと浮かんでいるから目敏く見つけられるのかね?

 本体以外のお面にも視野があるなら一瞬で捉えられても当然かもしれない。

 

「神話は知ってるけど、白兎じゃないの?」

「あれは白くないわ、皮ひん剥いても黒いだろうし、どう転んでも黒いわね」

 

 竹林に消えていった脱兎の背中を追いかける付喪神。

 キョロキョロする桃色頭を見つめつつ、いらない事を入れ知恵していく。

 どうでも良い事を言ってやると、でもやら、う~ん? やらと小さく悩み始め、歩む速度を落とすこころ。女の面から狐面に切り替えて真面目に考えている姿を眺め、随分と真剣だなと一人微笑み先を歩くとパタパタとついてくる。

 面から伸びる赤い紐をゆらゆらと横に靡かせて、待ってと後をついてくる‥‥なんだかその姿が可愛らしくて、声が聞こえても速度を下げずに歩いてしまった。

 質の悪い年劫の兎のお陰で見られた可愛い姿、姿を見せて幸運を届けてくれたのかなと、あたしにとって都合のいい事を考えていると遠くから聞こえる黄色い悲鳴。

 

「悲鳴だ」

「いつもの事よ、兎の罠に兎がかかっただけ」

 

 お面に耳はないけれど、こちらも聞き逃さないらしい。

 悲鳴の聞こえていた方向に漂わせる面を集め、少しの警戒の色を見せるこころ。

 警戒する事ではない、いつもの事だとこころを鎮め、結構な声量が聞こえてきた方を二人で見つめ立ち止まる。

 それにしてもでかい声だったな、それもそうか、我が家にいながらでも聞こえる事がある悲鳴なのだ、近くで聞こえれば聞きたくなくとも耳に入ってくるだろう。

 

「兎の罠? 自滅するの?」

「さっきの兎詐欺の生きがいが悪戯なの、その罠にかかるのが生きがいって兎もいて、それぞれ別の生き物よ」

 

 のらりくらりと歩を進め、歩き姿と同じような物言いをしてみると僅かに瞳を細めてくれる、疑問符のお面でもあれば被ってくれそうな雰囲気で隣に追い付き見上げてきた。

 今の言葉だけでは伝わらないだろうし、可愛い悲鳴が聞こえてきた方向は目的地に向かう方向だ、ついでに拾いつつ声の本体でも見物しに行ってみるとしよう。

 カサカサと竹葉鳴らして進んでみればポカリと空いた丸い穴、ひょいと覗くと少し大きめの籐あみタイプの背負い箱が見える、本体がいないなとつづらを煙管で突いてみるとその下から声が聞こえた。

 

「もう!! てゐ!? ちょっと、突っつかないで!」

 

 半分埋まって篭もる声があたしを兎詐欺と間違える。

 下は土、上はつづらとこちらが見えないからテキトウに言ってくれているのだろうが、あいにくあたしは兎詐欺さんではなく狸のペテン師さんだ。

 そもそもあそこまで年食っているわけではないし、あんなに未成熟な体つきでもぺったんこでもない、見知った相手から間違われる事などそうはないが‥‥姿を見せずに行動だけ見られれば間違えられる事もあるって感じか。

 

「遊んでないで早く出してよ、てゐ!」

「人違いだから嫌ウサ」

 

 間違われたのでそれらしく、語尾にウサとくっつけて声色や拍子はいつものままにお断りする。

 そういえば鈴仙にてゐと間違われるのはこれで二度目か? いや、正月の時はあたしがてゐと勘違いしただけでこの子はあたしの真似をして笑ったのだったか、そう考えるとどちらの真似をしても詐欺師かペテン師で差がないようにも感じられるか?

 つづらを煙管で小突きつつ、ついさっきの考えを否定していると鈴仙がなにか変だと感づいた。

 

「あれ? てゐじゃないの? でもウサって?‥‥誰?」

 

「助けないの?」

「出してとは言われたけど、まだ助けてって言われてないウサ、だから助けないウサ」

「このわざとらしい口調は‥‥アヤメさん? と、もう一人は誰だろう? まぁいっか、誰でもいいから助けて下さいよ~」

 

 姿を見ずに物言いだけであたしと感づくとは、わざとらしくウサとつけてそれっぽく話してやったのにバレバレか、中々に鋭い兎さんだと一瞬だけ思ったが、そもそも隠していないし、気が付かれて当たり前だったな。

 けれど、悪戯された後でてゐに次いで出てきたのがあたしだと思うと‥‥なんでか素直に褒める気にはならない。なんだか釈然としなくもないが些細な事だから気にしないとしてまずはどうにかするかね、お面を漂わせる面霊気が穴の中身を気にしているようだし。

 すっぽりと落とし穴の蓋代わりに収まるつづらを少しずつズラす、頭と顔が見えるくらいのスキマが開くと、下から見てくる疲労感が浮かぶ赤い瞳と、隣の感情の伺えない瞳の目が合った。

 

「あ、付喪神」

「こんにちは、落ちたのは薬売りの兎だったのか」

 

「知り合い‥‥よね、どっちも里にいるんだし。それよりも取り敢えず出たら?」

 

 二人で見合っている間にちょいと逸らしてつづらを動かす、綺麗に収まっているソレを逸らせば穴の縁から逸れると考え、物は試しとやってみたが、上手い事逸れてくれた。

 華奢で平坦気味な鈴仙が落とし穴から出られるくらいにつづらが動くと、こちらに向かって手を伸ばしてくる竹林の穴うさぎ。

 飛べるのだから飛べばいいのにと思い、伸ばされた腕を握らずに見ているだけにしてみると、ん? と小首を傾げて見上げフリフリと手を振られた。

 

「なんの手? サヨナラ?」

「いえ、引っ張ってもらえないかなって」

 

「飛んだら早いんじゃないの?」

「あ」

 

 落ちた穴じゃないんだ、あ、なんてポカリと口を開けて言うんじゃない。

 いざ荒事となると冷静な軍人の姿を取り戻す鈴仙だけれど、普段の生活では冷静さや聡明さは殆ど見えなくなってしまうのは何故なのか?

 せめてもう少し、うさぎの毛で突いたくらいの慎重さや冷静さが日常生活でも見られれば穴に落ちる毎日になどならないだろうに、しかし飛べる事まで忘れるか?

 

「うっかりしてました、今の格好で飛んじゃダメって言われてて」

 

 ふわっと飛ぶと見慣れない格好の鈴仙が出てきた、髪の色よりも少し薄いくらいの紫の着物姿で出てくると、パンパンと土汚れを払う竹林の落ち担当。

 そういや以前のあたしが着ていた長羽織も紫だったな、菖蒲柄の刺繍がされていて鈴仙の着ているそれよりは派手な物だがあれを最後に羽織ったのはいつだったか?

 守屋神社で甘えた時には着なかったな、というかあの時にはなかったような気がしなくもない。

 その辺りは今はいいか、帰って箪笥ひっくり返せばあるだろうし、今はこっちの紫兎が気になる。迷いの竹林内で思考の迷路にハマる前に、白い脚絆を払う鈴仙へと視線を向ける。

 和服姿の玉兎を見て思う、和服にも和の色気があるけれど今の鈴仙からは色気が感じられないから普段のミニスカートの方がいいな、と。

 油断から見られる色気がきっとこの子の持ち味だ。

 

「なにかの罰ゲームなの?」

「え?」

 

「わざわざ変装なんてしてるから、またやらされてるのかなって」

「そういえば、人間の真似?」

 

 上から下まで舐めて見ると、頭の後ろには編笠まであって本格的に変装している雰囲気が見受けられる。罰ゲームでないのならなんの遊びだろうね、これは?

 

「あ~、これは‥‥聞きますか?」

 

 問われたが聞かない、そう言い切って先に歩き始める。

 二人から、えっ、と驚かれるが勿体振るって事はどうせ永遠に退屈しているお姫様か、永遠に姫の世話を焼いている女医さんからの言いつけなのだろう、と言う事は十中八九、いや、ほぼ十割で何かある。聞けば手伝ってくださいよという流れになりそうだし、そうなってしまうと永琳から借りている事もあって手を貸さないわけにはいかなくなる。

 それは非常に面倒臭いし、場合によってはこころにまで首を突っ込ませる事になりかねない。

 あたし一人ならどうとでもしよう、逃げ切る自信があるわけではないが逃げる事よりも見つけられなくなる事には自信がある、地底の妹妖怪ほどではないが認識されにくくなる事には定評がある。閻魔様からのお願いで日記の盗み見をしてみたり、天邪鬼と姉の小話を堂々と隠れて聞いてみたりと、いても気が付かれないくらいには空気になれる。

 烏天狗の巣で話されたガールズトークや、妖怪神社での宴会では除け者にされるくらいの空気っぷりだ、自分で言ってて少し切ないがこの遣る瀬無さは気が付かなかった事としよう。  

 

 ポツポツと考え事をしつつ、一人で永遠亭へ向け歩を進めると小走りで駆け寄ってきた二人だが、片方は狐のお面をくっつけてなんで? と見上げてくれている、こっちに対しては唇に人差し指を当てて何も言うなと促しておく。

 もう一人の勝手に話をのたまい始めた兎には、人間であれば耳がある辺りに両手を当ててあー、と発する。何も聞こえていませんよ、聞くつもりもありませんよと見せつけると真横に来て耳はそこじゃないなんて言ってくるが、そこまで聞いて聞こえなくなった。

 鈴仙の角っ口から吐出される声は逸らして、あたしの耳には届かないようにし、何を言われても聞き入れないまま三人で竹林の屋敷へと歩いていった。

  

 ダラダラ歩く事を好む両足に少し鞭打ちすぐに付いた竹林の病院。

 ガラッと引き戸を開け放ち、我が家でもないのにただいまと少し大きめの声で存在をアピールしてみせる。すぐ後ろにいるお面の妖怪からただいま? と聞き返されるが、いつだったか出された八意女史からの難題をクリア出来たお陰で、この永遠亭で飼ってもらえるからただいまでもいいのだと話す。

 

「寺でも言ってたね」

「そうね、言ってないのは霊廟と天界くらい? 住んでいる者達には言ってもいいけど、どっちも言いたくない場所ね」

 

「神子は嫌い?」

「太子は好きよ、でも場所が悪いわ」

 

 場所と聞いて猿面になった、困るほど悩むことかね。

 霊廟といえば墓場で、天界といえば天国だ、今のあたしがそこらに向かってただいまなんて言ったら笑い話にもなりゃあしない。

 ただの冗談だと話しても納得しない面霊気、いろんな事に興味をもつのは良いことだとは感じるけれど、そういった面倒臭いところに引っ掛かると誰かさんのように面倒だ厄介だと言われるからやめておけ。

 

「墓とあの世にただいまとは言いたくないわよね、おかえり」

 

 屋敷の奥から聞こえてきたあたしの難題の正解。

 言ってきたのはここの主治医、両手を腰に回して後ろ手に組みおかえりと言ってくれる八意永琳。自室代わりの診察室ではなく屋敷の奥から出てくるなんて珍しいなと見ていると、なにやら気持ち悪い笑みで見つめられた。

 こんな顔の時は大概してやられる時だ、出会いから何かされるのかと少し考え思いつく、飼ってもらえるなんて言ったからあれか、後ろ手に『灰雲の垂れ耳飾り』でも持っているのか?

 奥から出てきたのは態々探し出してきたからなのかもしれない、輝夜やてゐに笑われたのにその上こころにまで見られては恥ずかしい、鈴仙じゃないが穴があったら入りたい気分にさせられた事を思い出す。

 

「つけないわよ」

「何を?」

「そうね、何をつけないのか教えてもらえる?」

 

「あたしの耳は二つで十分よ、付け耳はいらないわ」

 

 ピコピコと生やす耳を揺らして宣言する。

 ついでに両手を突き出して見た目から断固拒否の姿勢を見せると、何の事かしらと両手を開いて恍ける月の頭脳。その手にあると思っていた付け耳は何処に見られず、一瞬呆気に取られてからしてやられた事に気がついた。

 滅多に突けないだろう天才の柔らかい脇腹を突いたつもりだったが、それはブラフであたしは完全に遊ばれていたらしい、本当にずる賢い、兎詐欺が師匠と呼ぶのは伊達ではなかった。

 

「付け耳って何?」

「なんでもな‥‥」

「これよ、以前に収めてくれた難題の品で『灰雲の垂れ耳飾り』というの、簡単に言えばアヤメの耳ね」

 

 なんでも聞きたい面霊気がこちらを見つつ聞いてくる、なんでもないと誤魔化すつもりが、あたしが全てを話す前に物を出されてしまった。

 ゴソゴソと長いおさげを弄って、ポロッと垂れ耳飾りを取り出すと、小さく首を振って銀のおさげを揺らす八意先生。おさげに付けて隠すとはやるじゃないか、そしてやっぱり持ってたんじゃないのかと強めに睨み舌打ちしてみるが、付けてきただけで持っているとは言っていないなんて上手い事逃げられてしまった。

 ご尤もでぐうの音も出ない。

 

「さっきの兎とお揃いだ」

「耳は一緒でも立場は少し違うわね、優曇華はいつもの事だけれど、アヤメは自爆したの。言うなれば墓穴を掘ったってところね」

「……掘っても入らないわよ?」

 

「うどんげ?」

「さっきの玉兎の事、鈴仙だったり優曇華院だったりイナバだったりするのよ、面倒臭い名前よね。一緒に帰ってきたんだけど何処に行ったのかしら?」 

 

 つい先程まで一緒にいた長ったらしい名前の兎に聞かれたら騒がれそうな物言いだが、地上在住の逃げてきた玉兎なんて面倒臭い立場なのだから意外と似合いの名前なのかもしれない。

 言うなれば鈴仙も脱兎か、てゐといい鈴仙といい脱兎ばかりがいる屋敷だ。

 

「優曇華というのは三千年に一度咲く花の名前なの、こっち(名前)までお揃いだっだわね。うどんげなら先に上がってるわ、荷物もあったし裏口からいれたのよ」

 

 他愛もない事を考え鈴仙の姿を探していると、耳以外にもお揃いがあったと教えてくれる薬剤師、おぉ、なんて感心しながら聞いているこころに余計な事を吹き込んでくれて困る。

 いらぬこじつけを聞かせてくれてからに、言う通り確かに花だし共通点とも言えなくないが上手く繋げてくれちゃって、本当に口でも勝てそうにない。それは兎も角として、裏口から入れるってのはなんだろうか?

 荷物といっても背負っていたのは薬箱だったはずで、アレの中身は置き薬の補充品か新しい置き薬だろうと思っていたが‥‥わざわざ裏口から隠して入れて、それを教えてくれる理由がわからない。

 

「取り敢えず上がったら? お茶ぐらい出すわよ?」

 

 アヤメが、と最後に呟いて振り返る永遠の従者。

 他人様の家でなんであたしがと感じたが、ただいまと言ってしまったし借りっぱなしのモノも多く残っている、これで一つ返せるなどと思っちゃいないが返す取っ掛かりには使えるかもしれない。奥へと進んでいく永琳とあたしをチラチラと見比べている妹お面に上がりましょと告げ、言いたい放題言ってくれた口上手の背を見やる。

 ちょっと、じゃないな、随分と賢いからって好き放題言われたまま済ますのはなんだか面白くない。何か言い返せる部分はないかと考えツートンカラーの背に続くが、これといって思いつく軽口も悪態も出てこない。

 普段から減らない口だとか、口が軽いだとかはよく言われるあたしが何も思いつかないとは。

 口が悪いだの底意地が悪いだの言われるが、この月の頭脳のように口巧者(くちごうしゃ)と言われる事のない自分、これでは勝てなくとも仕方がないかと、勝てない相手の後を渋々とついて歩いた。




○○上手なネタが思いつかなくなってきました。

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