人里の喧騒とは少し離れたはずれにある妖怪寺、そこに居候している船幽霊にナンパされついて来てみれば、ありがたい御開帳が拝顔出来た。
ありがたやと内心で手を合わせ、感想を述べようとした辺りで意識の海へと鎮められた‥‥船幽霊に難破させられたのならわからなくもないが、あたしを沈めてくれたのは船幽霊ではなく阿闍梨、衆生を救うはずの尼公に鎮められるとは良い皮肉で面白い。
貸本屋を営む娘っ子から狸殺しの和尚などと呼ばれショックを受けていたようだが、その二つ名のとおりにあたしの意識を鎮めてくれて、力も方便を地でいかれ、してやられたのに存外心地よい気がしなくもない。
魔を払う仏門の御力を受けて心地よいなど、その気でもあるのかと思われてしまいそうだが、聖の操る力は魔に魅入られた力であり、魔法を使いながらも実態のそれは妖気の感覚のそれに近い。仏教なんて東洋の物を極めた相手が魔法という西洋の術を操るなんて、住んでいる船幽霊もへんてこなら和尚も和尚でへんてこな在り方で、この寺は本当に面白いと思う。
そんな面白い者達の事は一旦置いておいて、南無三されて暫く経った今はどうにか復活し、浄化の光に貫かれた額を撫でつつ外廊下で一服中。真っ直ぐに振られたビーム独鈷杵のせいで穴でも空いて、額から主流煙でも漏れ出したりはしないかと、軽めに擦って確認しながらの喫煙だ。
寺でお茶したり御開帳を拝顔したり、その結果南無三されたりしていると辺りはすっかりオレンジ色、いつの間にやら
ポヤポヤと煙を吐いて
火男のお面を側頭部にくっつけてどんな感情でいるのかはわかるが、感情が見えるだけで思考は見えず、南無三される前にイヤになるほど浮かんだ姉妖怪にでもなれれば読めるのにと、都合のいい事を思いつつ無表情を見つめると視線に気が付かれ見上げられた。
「なに?」
「なにも、特にはないわよ?」
「噓でしょ? なに?」
この子が何を考えているのか、それを考えていると問掛けられたのでなんでもないと答えてみたが、まるで信用されずに真っ直ぐ追求された。
あたしが噓をつく時は真実を二割くらい含めて話す、そんな事を以前に言ったものだから今の部分の噓は何処かと訪ねてくる、表情豊かなポーカーフェイス 秦こころ。
なにと問掛けられても考えたのは本当に些細な事で、聞き返されても納得される答えを話せる気がしない、かといってここではぐらかすとまた噓ついたと言われそうだし、言ってないのに噓とされるのはペテン師妖怪としては気が進まない。
どうやって誤魔化そうかと思い悩んでいると、予想外の口撃をされてしまう。
「お姉ちゃん、また誤魔化そうとしてるでしょ?」
福の神とお猿さん、両方の面にコロコロと変えて話すこころ。
水蜜にも言われたが、そういや地底の姉妖怪の前でそんな話をしたことがあったなと、姉っぽく飯を食わせたりお土産買って渡してみたなと、こころのシャツの袖で光る黒のカフスボタンを見て思い出した。
そう言われ悪くないとも感じるし、嬉しいが困っているなんてなにやら難しい感情を面で見せてくれるのは面白いのだが、今まで言われた事がないお姉ちゃんなどと言ってきたのは‥‥いや、言わされているのは誰かにそそのかされての事だろう。
異変の時は一輪に感化されて喧嘩っ早くなっていたが、誰かに言われた事を鵜呑みにしてそのままになるとは、目敏く嘘だとつついてくる賢さがある割に素直に染まって可愛らしいが、誰かに言われたならそれらしくするとかなるとか、そんな事ばかりしていると誰かさんのように胡散臭いだの面倒臭いだの言われるようになりそうだ、そうなってほしくはないしなる前にどうにかしたい。
それなりに面倒で、それなりに面白い難題が湧いてきたなと薄く笑って考えていると、見上げる瞳から返事は? と待たれている気がしてきた。
取り敢えずテキトーに返して今は誤魔化しておこう。
「言い慣れない事言わないほうがいいわ、水蜜にでも言われたの?」
「私が言えば喜ぶって言ってた、嬉しい?」
「あんまり嬉しくないわね」
見てくれるこころのように表情変えず、薄笑いのまま述べてから煙管を叩く。
廊下の縁でカツンと鳴ると、その音でピクリと揺れた面霊気の長い髪。
予想外だとでも言いたいのか?
一瞬だけ猿面被りすぐに狐のお面に付け替えるこころ。
そうするだけで感情が分かってもらえると理解しているから、面をかぶり直して見てくるだけでそれ以上は何も言ってこないお面妖怪。
大真面目に何が気に入らないのか?
表情筋をピクリともさせず薄笑いを崩さないあたしを見て、大方そんな事を考えてくれているのだろうが、それについてもこころを真似て、あたしからも話したりはしない。
なんて事はない、言わされているのが気に入らないというだけだ。
自身の考えから言ってくれたなら素直に喜んだはず、照れて悪態くらいは突くと思うが。
「なんだか不機嫌?」
「ちょっとだけ斜めに傾いたかもね」
「ちょっとだけ? もっと悪くなるの?」
「このままだと悪くなるかもしれないわ」
「何故?」
「気に入らないから、そういう事にしておいてあげる」
むぅ、と話すだけでそれ以上は聞いてこないお面の娘っ子。
何が気に入らないのかと聞いてくればすぐに答えてあげるのに、こころの製作者みたいに欲を聞けるわけではないのだからさっさと問掛けてくればいいものを、誰かのように痛い目を見る前に、わからなければ何でも聞くと気が付かないものかね。
表情だか感情だかを求めて彷徨い喧嘩を売り歩いた事もあるのだし、あの頃を思い出してあたしにも素直に聞いてくれば教えてあげよう‥‥思いついた少しの意地悪を実践していると、視界に映る灯籠がモヤモヤと揺れてナニカに姿を変えていく。
赤青緑に七色と、忙しそうに輝き始める灯籠だったナニカ。
ぱっと見は守矢神社の社務所にぶら下がっている灯り『けいこうとうかばぁ』とかいう電気式灯りの形っぽいが、よくわからないナニカとしか言えないナニカ。
なんとなくカクカク飛びそうな正体不明が視界に映り寄ってきた。
「なにか用? ぬえちゃん」
「ぬえ? これ、ぬえ?」
名前を呼ぶとブルブル揺れる未確認飛行物体。
揺れるソレとあたしを見比べてコレはぬえなのかと聞いてくるこころに、よくわからないモノは全部ぬえのせいにすれば悩まないで済むと仕込んでおく。
「それじゃあ気に入らないのもぬえのせい?」
「そうね、ぬえちゃんのせいでもいいわ」
「良くないっての!」
あたしの物言いを素直に受けたこころが言い放ったせいで、未確認飛行物体から見知った正体不明へと姿を戻す旧友、何でもかんでも私のせいかと騒ぎ始めた。
その通りだと返答するとズンズンと寄ってきて、こころとは逆に座る未確認飛行少女、肩に腕を回してああん? とのたまい絡んでくる虎だったり鳥だったりする奴、耳元で喧しいったらありゃしないが、これもこれで何故か落ち着く。
あの騒がしい天狗共も匂いは落ち着くが、賑やかさで落ち着くことはない。
騒がしさを感じるのは古い付き合いの者だからかね?
外にいる頃からこれだから単純に慣れているのかもしれない、しかし外の世界か懐かしい、古い記憶だなと少しだけ自身の年を鑑みて同時にぬえも媼だなと気がつく。
なら表現もそれっぽく、煩いや喧しいではなく
「帰ってきたら来てるって聞いたからさ、顔を出して見たんだけど‥‥出会いから随分な言い様じゃない? アヤメちゃん」
「おかえり、ちょっとくらいはいいじゃない、箔が付いて正体不明っぽさに磨きがかかるわよ?」
「おかえりなさい、ぬえのせいじゃなかったの? アヤメ、また嘘ついてる?」
「ただいま‥‥すぐに剥がれるメッキなんかいらないわよ、何でもかんでも人のせいにしないでってば」
「ぬえちゃんだけが悪いとは言ってないわよ? ぬえちゃんが悪いのかもしれないし、こころが悪いのかもしれないわね」
口を開いたまま首を傾げるこころ、よくわかってなさそうだがそれは当然だろう、よくわかってない面霊気と正体のわからない妖怪に挟まれたせいで、言ったあたしもよくわからなくなってきたのだから。
けれど一度仕掛けた悪戯兼言葉遊びだ、しっくりくる着地点がわからないとはいえこうなった大元くらいは覚えている。それでも自分からネタバレしては何となく面白くない為、このままよくわからない話の着地点をよくわからない妖怪に押し付けておく。
途中から話に混ざってプリプリと怒る
「こころ、さっきのは誰に入れ知恵されたの?」
「さっきの?」
「お姉ちゃんってやつよ」
「あぁ、ぬえから教わったの。喜ぶだろうから呼んであげなって」
こころに名を呼ばれて、ん? とあたし越しにこころを見るぬえちゃん、わからない事を素直に聞いてみればしっくりこなかった着地点がくっきりはっきりとなってくれた。
嘘から出た真じゃないが結局原因はコイツだったんじゃないかと、正体不明をジットリと睨んでみる、さっきまで脳裏一杯にいてくれたから今のあたしはジト目に磨きがかかっているはずだ。
確信を得て見つめてやるとぬえちゃんの顔がなによ、という感じのちょっとだけわかりやすい物になる。
「何でもかんでもぬえちゃんのせいにして正解だったわ、入れ知恵なんてしてくれて」
「言われて悪い気してないくせに文句言わないでよ」
「言われるのは好ましいけど、言わされてるのが透けて見えると素直に尻尾振れないわ」
「面倒臭いお姉ちゃんだわ、それならアヤメちゃんに習って言わせてもらうけどさ、私も入れ知恵よ? 元を正せばその目つきの奴が言い出したんでしょ?」
ちょっと風向きが悪いとわかると、同じように他人のせいにし始める謀り仲間。
人間相手に化かしやら騙しやら、あたしと同じような事ばっかりしてきた妖怪が、あたしを習ってものを言ってくれる、面倒臭い逃げ方が綺麗に真似されて少しだけ可笑しい。
耳元で
「機嫌良くなった、それもぬえのせい?」
「そう、これは私のおかげ」
「調子が良いわね、でもそれでいいわ、訂正するのも面倒だし」
笑みは変えていないが声色でそう感付かれたのか、目敏く機嫌が良くなった事に気がつくこころ、そうしてそれに乗っかって私のおかげだなと胸を張るぬえちゃん。
お前のせいで気に入らないと少しだけご立腹だったのだが、機嫌が戻るとすぐに調子に乗るなんて、こころとは打って変わってころころと表情豊かで妬ましいが、実際機嫌は良くなったので追求はしないでおこう。
そういや帰ってきたとか言ってたが、何処で何をしていたのだろう?
「ぬえ、用事は終わったの?」
「終わった終わった、後はあっちでばら撒くだけよ」
暮れ落ちるお天道様を見つつ思いに耽っていると始まった、居候二人の会話。
話しを振ったこころを見てからぬえちゃんに焦点を合わせると、右手を前に突き出して巻いている蛇を強調させていた、これが正体不明の種とか言って種明かしをしてくれた事が前にあったが、コレを使って何をするのか?
聞いてみれば、星にくっついていって永遠亭で悪戯かますのだそうだ、一緒にどうかと誘われたが丁重にお断りしておいた‥‥あそこには悪戯の大先輩がいるし、あそこで種を使っても無意味だろう。正体を無くしたい『ソレ』に種をくっつけて認識を阻害し、結果だけを伝えるのだそうだが『ソレ』がハッキリとわかっている相手にはまるで効かないとも言っていた。実際間欠泉が吹き出した異変の際にも飛倉の欠片にくっつけて悪戯していたというが、飛倉の正体をよく知る和尚やネズミ殿には全く効いていなかったらしい。
それに習えば、あの病院にいる連中が屋敷の中の物で知らない物などほとんどないはずだ、ぬえちゃんには悪いが効きやしないと言い切っていいだろう、寧ろ種を回収されて新しいクスリの材料にでもされて終わりそうだ‥‥それはそれで面白そうだし、これは内緒にしておいて後で楽しく笑わせてもらおう。
また一つ楽しみが出来たと一人ほくそ笑むと、楽しそうだと話す妹面。
楽しくなるといいねと話すと、またわからない顔をされたがその顔もまた可愛いのでこっちにもネタバレせず、ただ一人でニヤニヤ笑んだ。
~古狸嘲笑中~
ぬえとこころに絡まれてすっかり帰るタイミングを失った為、昨晩はあのまま寺でお世話になった、急に泊まりとなったからテキトウに雑魚寝でもしようかと考えていたが布団まで貸してもらえて運が良かった。白地に薄い小豆色の上掛けなんてシックな色合いの物だったが、誰のものか聞いて納得できた、夜には住処のお山に帰る可愛い山彦ちゃんのお昼寝布団だそうだ。
身も心も高める修行先に寛ぐためのお昼寝布団とは随分と寛容な寺だなと考えたが、悟りを開いたという仏様も横に寝転がったというし、五体投地と考えれば案外修行なのかもしれないと思い直して素直に寝る事が出来た。こういう時には都合のいい思考回路で良かったと自画自賛出来る、既に入滅し涅槃の先にいるというのにね。
閑話休題。
今は寺の皆とは別れ二人で自宅に戻っている。
連れているのはあたしを姉と呼ぶ付喪神。
朝の水行の為に着替え始めた皆を見て、あたしも一旦帰って下着くらいは履き替えるかとフラフラ帰宅しようとしたら、なんでかついてきたのでテクテク歩いて連れてきた次第だ。隣に並んで歩く姿がいつかのように踵から地につくもので、歩幅小さくチョコチョコとついて来て、可愛さアピールをしてくれる愛らしい付喪神。
並んで歩くのにこうして気にしてくれるようだが、今年は斬雪も少なくて泥も跳ねないから大丈夫と言ってみてもそのままの歩幅で歩むこころ、あたしの近くを歩く時はこうすると決めたんだと。この面霊気、やっぱり可愛い。
そんな可愛い妖怪は、初めて入るあたしの住まいを見回すのに忙しいらしい。
入ってすぐはウロウロと落ち着かない感じだったが、取り敢えずお茶でもとあたしの湯のみを手渡すと静かに啜って卓についた。
ほんの少しだけ膝小僧を開き両足の甲を組んだ正座なんてするから、崩していいと促すと慣れているから大丈夫と少しだけフフンといった口調で返された。
能舞台で長く正座する事もあるらしいし、確かに慣れていそうだなと言葉を咀嚼して眺めていると、寺で言ってきた事を再度聞いてくる付喪神。
「また見てる、なに?」
「なんでもないわ、強いて言うなら可愛いなって思っていただけよ?」
コートやらインナーやらを脱いで着替える最中、愛らしい歩き姿を思い出していると寺にいた時と同じように問掛けられた。
ゴソゴソと箪笥から着替えを引っ張り出しつつ、素直に聞かれたそれについて真っ直ぐ背中で語ってみる、卓につきあたしの湯のみを持っているこころには見せず箪笥の引き出しにウインクかまして話してみると、ズズッと啜ってお茶の水面を濁すポーカーフェイス。今濁したいのは雰囲気であってそれじゃあないだろうに、偶に会って褒められて照れるってか?
本当に可愛いな、この子。
チャチャッと着替え火男被って湯のみを見つめるこころの横に座りつつ、頭を撫でて更にからかってみることにした。
「今のは噓よ?」
「噓?」
「思っていたんじゃないの、思ってるのよ」
頭を撫でる力を僅かに強め話す、グリグリと撫でくりまわしてニンマリと笑ってやると、髪が乱れるからやめてと文句を垂れてきた。
乱れたなら梳かしてあげる、言いながら手櫛を通していくと火男から福の神へとお面を変える面妖怪、こちらについては文句は言わず、なすがままになってくれて静かに目まで瞑ってくれた。
心地良いとでも思ってくれているのか、梳かれる髪の感触に集中するようにおとなしくなる妹お面、面も変えずに嬉しく感じてくれているようだし、もうちょっとだけ妹面で遊んでいよう。お姉ちゃんと呼んでくれたわけだし、姉なら姉として妹を玩具にしても当然だろう、兄弟姉妹の下の方は上の玩具だと大昔から相場が決まっている気がする。
素直に聞いてきた、聞き上手になった妹を愛でつつ思う。
あっちの狸の姉も自分の事をこんな風に見てくれているのだろうか?
昨日は寺にいなかったし後で会ったら聞いてみるか。
姉さんに真っ直ぐ甘えるなど未だ照れるが、こっちの妹は聞き上手なのだから、同じ妹分のあたしも少しは聞き上手になれそうな気がする。
HDDが死んで放心しつつ、気晴らしにと家探ししたら求聞口授・小説儚月抄・香霖堂を発見出来ました。
やはり香霖堂ゆかりんは可愛い。
完結してからの方が資料が豊富、なんだか皮肉に思えてすこし可笑しく感じます。