東方狸囃子   作:ほりごたつ

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  今回の番外編ですが『その鴉天狗は白かった』を連載されているドスみかん様から、お話の主人公である白桃橋刑香さんの出演許可を頂きまして、話に登場してもらいました。
  白い翼を持つ鴉天狗の少女、白桃橋刑香さんがもし東方狸囃子の世界にいたら?
  という形で進むお話です。
 
 読まれるにあたり注意事項を。
 ※東方狸囃子内で生活する白桃橋刑香さんが出演するお話です。
 ※一度チェックはしていただきましたが、彼女の立ち位置や口調など『その鴉天狗は白かった』内の刑香さんと差異が見受けられるかもしれません。
  ですが、あくまでもパラレルワールドという前提でのお話です。
  違いや扱い等、気に障る部分もあるかもしれませんが、暖かい目で見て頂けると嬉しいです。  



番外編 色は違えど、そは似たり ~あの鴉天狗は白かった~

 まったり腰掛け漂うバスドラム、浮かぶ景色は冬の朝空。

 夏場よりも高く、澄んでいるように感じられる冬空は空気も凛として清々しい、夏場の空の輝くような風合いもそれはそれで楽しめるものなのだが、単純に空景色を楽しむのならば冬場の空が良い気がする。春は春で芽吹きの感じられる穏やかな空が良い、秋は秋で青空に赤や黄が混ざりコントラストが堪らない。結局のところいつでも何かしら楽しめる幻想郷の空は良いって事か、梅雨時期の雨も悪くない、あたしも隣の相方をも、水も滴るいい女としてくれる雨は良いものだ。

 太鼓が濡れて大丈夫なのか?

 そんな疑問も浮かぶがそこは目を瞑る、でないと夜がつまらない。

 

 朝一番から出かける準備をしていた、隣に座る堀川雷鼓。

 包んだ風呂敷を小脇に抱えてちょっと出かけてくるわ、なんてあたしに伝えて出ていこうとしたところを目を潤ませて、置いてかないで……と返したら仕方なしとお出かけについていく事を許された。許可が出たなら大見得切ってお邪魔できると思い、雷鼓よりも先にバスドラムに腰掛けて早く来いと、ドラムセットの端をペシペシと叩いていたら雑に扱うなと怒られた。

 そういう時は、叩くなら私にして。

 そう言うべきだと反論したのだが、それを言うと文字通りに行動されて出かけるどころではなくなるから言わなかったそうだ、あたしの返答を先読みするとか察しがよくて妬ましい…

 が、理解されてて結構嬉しい。

 

 それはそれとて今日はどこに行くのか?

 出かけるとだけ聞いたから暇つぶしのつもりでついてきたのだが、今日の雷鼓がどこに行くのかは聞いておらず、行く先を知らない遠足となり目的地が随分と楽しみだ。

 漂い向かう先は北東だが、こっちには流行らない魔法の森近くの店。

 それと同じく流行らない妖怪神社。

 後は人里と妖怪のお山関連があるか。

 もうちょっと東だったら向日葵畑もあるが、冬場のあそこに用事なんてないだろう。

 まぁいいさ、どこに行くのかしらないが、行く先はどこでも良い。

 二人で出るだけでもそれなりに楽しく思う。

 

「いつもは椛さんにお願いして呼んでもらうんだけど、今日は許可が降りてるから真っ直ぐ行くわね」

 

 フワフワ漂う空の中で雷鼓がポツリと遠足先を教えてくれる。

 椛さんという聞き慣れた名前から遠足先が確定した。

 今日の遠足は妖怪のお山か、行き慣れた場所だが悪くない。今のような冬場のお山は真っ白に雪化粧していてそれはそれで味があり、秋の紅葉や夏場の緑に並ぶ見目麗しい観光スポットとなっていて、まったり物見遊山するにはいいだろう、そうするのかは知らないが。

 白い雪景色に佇む白狼を思いつつ、他の事も考える。

 他にも銀世界に溶け込むのがいた気がするが誰だったか?

 寒冷地迷彩を着込んだ山童の誰かだったか?

 思い出せないが良しとしよう、行けば多分わかる。

 

「許可なんていらないと思うけど? それより椛に呼んでもらうって事は…煩い方とやかましい方どっちに用事?」

「いらないと言うのはアヤメさんくらいだと思うけど、それってどっちがどっちなの?」

 

「どっちもどっちよ。どちらでもいいけど、どっちから行くのよ?」

「どっちにも行くけど、それじゃあ煩い方」

 

 悩みもせずにニヤリと笑んで返答する雷鼓。

 曖昧な言葉遊びにもすっかりと慣れてしまわれてあたしとしては少し寂しい、もうちょっとこう、訝しむ顔とか思い悩む顔とか見せてくれると面白いのだが、すんなりと返されてしまってちょっとだけ焦らされている感じがする。けれど、それはそれとして行き先もわかったし、煩い方と言われたのだから煩い方から向かうとするか。ここだけの話だが、仮にやかましい方と言われてもこれから向かう黒い方の巣に向かうつもりだった。

 理由は単純。

 茶色くて二本尻尾を生やす方のが御しやすく‥‥いや、心が広くて後回しにしても素直に謝ればどうにかなる事が多いからだ。黒い方のが腹を読みにくく、ご機嫌を損ねると面倒臭い相手だと思える為先に行くことにした。

 

 頭に浮かんだ生真面目白狼の千里眼に見られる中、視界に収まる天狗の集落。

 実際見られているかはわからないが今日は止められる事はない、本日は雷鼓が天狗へ依頼した仕事をしてもらうために訪れたようで、黒い方の巣と茶色い方の巣にだけは立ち入り許可が出ているらしい。あたしだけであれば天魔公認の公式侵入者として許可も取らずに踏み入るが、今日は雷鼓のおまけとして来ている(てい)だ、雷鼓の邪魔にならぬようしっかりと天狗にだけ迷惑をかけよう。

 企み事は企む最中が面白い。

 撮影の邪魔にならずどうやって巣でお邪魔しようか?

 そんな事を悶々と考えている間にドラムの飛行バスは目的地に到着したようで、見慣れたブン屋の住まいが見えた。外にいるはずのお迎え妹烏がいないが今日はおでかけかね?

 まぁいいか、さっさと入ってお茶でも飲もう。

 寒くはないが冬場の空気で乾燥して喉が渇いた。

 

「文? いる?‥‥わよね、入るわよ」

「文さん、お邪魔するわ」

 

 ギィっと玄関扉を開けると鼻をくすぐる好ましい匂い。

 妖怪のお山の大自然と原稿を書くためのインク、その二つの匂いが混ざり香るこの住まいはなんというか、やはり落ち着く。

 丸められたボツ原稿の山や普段は着ない天狗装束などがとっちらかっていて、視界に映る部屋の景色は随分と落ち着かないが、そこは目を瞑り鼻で落ち着きを感じよう。考えつつ瞳を瞑ると鼻に感じる匂いの他に耳に届く微かな声、聞きなれない幼子の声だがなんだ?

 若返りでもしたのか?

 あのマッチポンプ記者。

 

「アヤメおねえちゃん? と、ええと…雷鼓さん?」

 

 聞きなれない声の主が奥から出てきて話しかけてきた。

 ペタペタと素足で歩く音と共に寄ってきて、姿を見せると懐こい顔で迎えてくれた幼子の声で話す誰か。本気で若返ったのかと一瞬引いたが、ここの主ならこんなに愛らしくはないな。髪色も文は濡れたような黒い髪だが、この子は茶色みがかった黒でセミロングくらいの長さ、瞳も夏の空に似た綺麗な碧眼だ、髪も瞳も色合いが違っていて若返った煩い奴ではないとわかる。

 なら誰だろか?

 鴉天狗にしてはちょっと色白な肌、その上にダボダボの紅葉柄シャツをワンピースのように着て、男から借りた服でも着ている風合いで見上げ話しかけてきてくれるが……

 この子はドコの誰だったっけか?

 匂いはこの巣の主に似ているし産んだか?

 いや、似てはいるがこの雰囲気は別の誰かのような?

 幼女の知り合いも結構多いが天狗の幼女など知らないし…‥

 それでもあたしの事をおねえちゃん、雷鼓の事を名前で呼ぶ者だ。

 文の住まいにいるのだし、知っていそうな気もするが…

 

「ちょっと! スカートくらい履いて! 嫌ならせめて下着くらい履きなさ…」

 

 次いで現れたのは幼女の事を追いかけ回すカメラマン。

 シャツと揃いの紅葉柄のスカートを左手に、右手には取材用の本気カメラを持った姿で巣の奥から出てきた今日の尋ね人 射命丸文。あたし達、というかあたしと目が合うと、自分のお古のスカート持って、見られてはいけない姿と顔で動きを止めた清く正しい幻想ブン屋。

 

「あの、アヤメ? 何を考えてるのかわかるけど違うからね? 雷鼓さんもそうじゃないからね? この子は…」

 

 シャツ以外着ていなさそうな幼女、それを息を荒らげて追いかけながらこの手の犯人が言う常套句を述べる、清くも正しくもなくなったように見える鴉天狗。

 妖怪として見れば誘拐、もしくは拉致監禁して自分の趣味に没頭するなんて清く正しい行いに見えるが…こいつに幼女趣味があったとは、それなりに長い付き合いだと思っていたが知らなかった、その手の趣味があるからあの幼女な元上司と酒飲んだりするのだろうか?

 その手に納める写真機で今のようにあっちも追いかけ回してるのか?

 窓から差し込む光を反射してキラリと光る写真機のレンズ、それが目に入ってきたので文から視線を逸らして幼女を見ると、文のスカート引っ張って幼女らしい声色で話し始めた。

 

「おねえちゃん、なんの言い訳?」

 

 顔全面に疑問を浮かべ文をおねえちゃんと呼ぶ幼女。

 屈託なく悩むその顔を見て、言われた文の方はニヤついているが、この状況でその表情はあからさまにそう見える顔だがいいのか? そう見るぞ?

 でも人様の趣味にまでケチを付けるのはさすがにあれだし、可愛い物を愛でたくなる気持ちもわからくもない…仕方がない、ここは目を瞑ろう。

 つい最近も瞑ったし一回増えても大差ない。

 考え通り目を瞑り、耳を塞いであげなければいけない場面だと思い込んで、固く固く目を瞑り直して首を軽く振る、あたしは何も見ていない聞こえていないと話さずに知らせてあげた。

 

「あんた達‥‥こいつはあれよ、飛び回ってた私の…ほら、周りを飛んでた!」

 

 物書きのくせに言葉を濁して話す新聞記者。

 身振り手振りで自分の周りに何かが飛んでいるような動きをするが、それを見上げている幼女の瞳が見慣れた物でやっとわかった。

 なんだい、人型に成ったのか、妹ちゃん。

 

「そう焦らなくても‥‥妹よね? 可愛い姿になってよかったわね、いつ人型取れるようになったのよ?」

「妹さん? ……あぁ~あの烏の、誘拐して撮影じゃなかったのね」

 

 妹、という単語をわざとらしく濁す姉は放っておいて、そのうちに人型になるとは思っていたが予想以上に早くなったものだ。文の妹分でお山に落ちていた所を拾って育てた化け鴉、髪色やら翼の色やらが文ともう一人の姉を足して割ったような色合いで上手く混ざって可愛らしい。良い形で成ったなと素直に感じるし会話の主題として掘り下げたい部分だが、それよりも今は雷鼓さんだ。あたしが思っても口にしなかった事を堂々と、真正面から変質者(姉)に言い放ってしまって……あたしではなく雷鼓から言われたのがショックなのか、言い逃れをしながら妹を追いかけていた幻想郷の伝統変質者が完全に動きを止めてしまった。

 あたしとしては可愛い天狗に成り果てた妹が見られて喜ばしく、文の方は忘れてあげようと思っていたのだが…結構残酷だな、うちの嫁。

 まぁいいか、止まった文としまった顔の雷鼓は放置しよう。

 取り敢えずはあれだ、着せるかね、借りたダボダボのシャツ姿なんて色っぽいのはまだ早い。

 

~幼女着替え中~

 

 丈の余るシャツは文のベルトでどうにか抑えて、スカートも履かせてみたがどっからどう見ても身に余る衣装を着た感じになってしまった。

 そういえばシャツだけだった理由だが、嫌がったわけではなく慣れなくてくすぐったいのだそうだ、確かに全身羽毛からいきなりスッポンポンになり服を着ろと言われればくすぐったいのかもしれないが、あたしの場合はどうだったか?

 着物を着ていた気がするが、その辺はいいな、もう覚えていない。

 しかし余るなこのスカート、服の持ち主が履けば太腿丈の着映えするミニ・スカートになるのだが、今の妹にはひざ下のスカートになってしまっている。

 けれどそれもいいか、幼女ならそれっぽく背伸びする格好も可愛らしいし、服の持ち主であるこの子の保護者は風呂敷抱えたあたしの保護者を連れて奥へと消えてしまったわけだし。

 奥に消えた二人はあっちで撮影だそうだ、なんでも今日は雷鼓が後日に行うライブ、そのポスターに使う写真撮影ってのがお出かけの理由らしい。黒と茶色両方にその話が通っていてどちらから行っても機嫌を損ねるなんて事はなかったそうだ、それならそうと早く言ってくれれば良かったのだが、おかげ様でニヘラと笑む文が見られた為良しとしよう。 

 奥に消えた二人は忘れ、めでたく話せるようになった妹に色々と聞いてみるとしよう。

 今も隣に座ってくれて変わらず懐いてくれていてるし、仲良くガールズトークと洒落込もう。

 

「まずはおめでとう、次来るときは何かお祝い持ってきてあげるから今日は謝辞だけね。名前は貰ったの? というか前からあったのかしら?」

「今朝おねえちゃんにつけてもらいました、けいな、です」

 

 日に当たると茶色い黒髪を撫でつつまったり会話。

 さすがに肩に止めて嘴を撫でてあげるサイズではないため、代わりに明るい黒髪を撫でながら問掛けてみると、青々とした夏空色の瞳で見上げてくる可愛らしい幼女。

 ただの烏の頃もつぶらな瞳で愛らしかったが、こうして人型になったとしてもその瞳はパッチリとしていて変わらずに愛らしい。

 おかん丸から見た目に合う名前も貰ったようだが、あの煩いのが考えた割には随分可愛いな。

 優しく撫でくりつつ問いかけると、何も書かれていない原稿にサラサラと漢字を書きだした。

 ひらがな名だが漢字で書くとこうなの、だそうだ。

 

「漢字だと刑名(けいな)なのね。読みを変えて意味だけ宛てがったのか、文らしい名付けで可愛い名前だと思うわ」

 

 書かれた漢字を読んでみれば随分と物騒な意味合いの漢字が書かれたが、愛する妹につけるなら刑罰やらの意味ではなくもう一つの意味からつけたってところか。

 刑名(けいめい)読みで形名(けいめい)と同じ意味合い『形として現れたもの』とかそんな意味合いもあったはずだ、おねえちゃん烏二人がそうあってほしいと願って成った今の形、そんな子に付けるなら良い名前だろう。名は聞いたしついでに姓も聞いておく、身内らしく名を呼ばずおねえちゃんとだけ呼ぶくらいだし、聞かなくともそっちを名乗る気もしなくもないが。

 

「性は射命丸? それとも姫海棠を名乗るのかしら?」

「おねえちゃんは好きなのを名乗れって、おねえちゃん達のじゃなくてもいいって…アヤメおねえちゃんならどうする?」

 

 奥の方から聞こえてくる写真機の巻取り音と、文の『いいですね~』やら『角度、その角度いいですよ!』やらを聞きつつ、こっちはこっちで話を聞く。

 聞こえてくる姉の声を気にしつつ結構重要な事を相談してくるけいな、育てるだけ育てておいてほっぽり出すとは冷たいおかん丸だが、この子に任せたくなる気持ちもなんとなくわからなくもない。この子の見た目は天狗記者二人よりも別のに似ている気がしなくもない、この子はあれだ、随分と話していないが文が可愛がっていたもう一人の妹分、幼なじみだったか?

 そこはいいか、あれだ、人里で偶に見かけるあいつに似ている気がする…

 色合いは間逆だが澄んだ夏空の瞳がよく似ていて、なんとなくだがダブって見える。

 あっちはこんなに可愛い顔で見上げてくれないが。

 名は確か…白なんだったっけか?

 

「好きにしなさいな、射命丸でも姫海棠でも…雰囲気だけなら白なんとかってのに似てなくもないけど、見た目の色合いが真逆だから貴女には似合わないわね」

「ハクなんとか?」

 

「それは忘れていいわ、後でおねえちゃん二人から聞きなさい」

「はぁい、それでどうしたら良いと思う?」

 

「だから好きに…そうね、気分で変えたら? 今みたいに髪下ろしてる時は射命丸けいな、あっちみたいに二つ縛りにしたら姫海棠けいな。縛れる長さの髪なんだし、両方の妹なら両方名乗ったらいいのよ」

 

 ちょっとだけ意地悪な笑みを浮かべつつ、撫でてる頭の米噛みを軽くつついて返答を述べる。

 妹の顔に浮かんでいた疑問は引っ込んだが代わりに困惑が顔を出してきた、それもそうか、答えを求めて相談してきたのに選択肢を増やされてはこうもなろう。

 けれど相談する相手が悪かった、とは考えずにどうしようかと本気で悩み始めるけいな。

 そもそもあたしに確実な答えを求められても困る、家庭の事情に首を突っ込むつもりはないし、どうせなら本人が悩み抜いて選んだほうが姉二人も嬉しいはずだ。ついでに考える頭も養えて一石二烏、いや妹の悩みも晴れるから一石三烏か。

 何時かも思いついた気がするな、これ。

 幼い(なり)で真剣に悩む妹をニヤニヤ見ながら卓で頬杖をついていると、背中にノシっと何かが乗る。背中に乗ってきたのは自然とインクの匂いが香る誰かさん、撮影を終えたモデルよりも先に戻ってきた写真家。

 モデルより先ってどういう事か、聞いてみたら服を着直しているのだそうだ、ライブ用のポスターに使う写真の撮影だと聞いているが何をどう撮ったのやら。

 

「なんか悩んでるけど、今度は何言ったのよ?」

「選択肢を増やしてあげただけよ? どっちのおねえちゃんの姓を名乗るか悩んでるって言うから、どうせなら両方でいいと言ってあげたの」

 

「また意地悪な‥‥何と名乗ってもいいって言ったんだけどねぇ」

「まぁいいんじゃないの? 真剣に悩むくらい愛されてるのよ、おねえちゃん」

 

 悩む妹を見ながら背と肩の上で騒ぐ姉、それに向かっていい事をいってやる。

 けれど、いい事を言った後の割には背に感じる肘の重みが強くなっていく、あたしとしては結構いい事を言ったつもりなのだが、お前が言うなと言わんばかりに背中の一部だけ重くなる。

 なんだよ、間違ってはいないしいいだろうに、文おねえちゃん。

 

~少女移動中~

 

 着替えを終えた雷鼓が戻り、次に向かい着いた茶色の巣。

 黒い方の撮影は済んで後は妹を愛でる、のかと思ったがなんでか烏の姉妹も一緒にくっついてきた。今朝一番で人型になった妹をもう一人のおねえちゃんにもお披露目するらしい、訪れた際のあの変質者、もといお着替え騒ぎは出かける準備だったそうだ。

 息を荒らげてカメラ持ったままなんて紛らわしい姿で着替えさそうとするなよ、と思ったが雷鼓が来るとわかっていて、その準備中にいきなり妹がスッポンポンになればああもなるか。

 あれやこれやと忙しないが、働く保護者なのだから大変で当然か。

 

「はた」

 

 玄関をノックする前に扉がガバっと開けられた。

 そこから勢い良く飛び出てくる茶色。

 こんなにアクティブな姿のはたてもないなと勢いに押され一歩下がると、あたし達の後ろにいる文、ではなくその横のけいなに飛びついた。こっちもこっちで度々預り面倒見ていた育ての親だ、感慨深いモノもあるのだろう。

 ゴチっという音を鳴らして感動の抱擁とな…

 抱擁で鳴るのならギュッではないのだろうか?

 ゴチってのはなんだ?

 振り返り見ると、額を抑えるはたてと頭頂部を抑えるけいな。

 雷鼓が来ると知っているから念写で覗き見してたのかね?

 撮ってみたら可愛い妹が画面に映った。

 喜び勇んで飛び出して勇み足がもつれたと、そんな感じか?

 嬉しいからといって勢い付け過ぎだ、阿呆。

 

 門口で一笑いがあった後、涙目のけいなをあやす文を先頭にしてはたての巣へと入っていった。

 はしゃぐ妹を中心にちょろっと話して、取り敢えず依頼を終わらせようという流れになり、再度風呂敷抱えた雷鼓がはたてと共に奥の部屋へと消えていった。

 文の住まいでもそうだが飾り気のない部屋が一室だけあって、その部屋が確か撮影用の部屋兼過去の発行記事を抱え込んでおく為の部屋だそうな、どちらの住まいにも結構な量の在庫があるからインクが香るのかもしれない。

 在庫抱えてまでする仕事なのか疑問だが、それはそれとしてあれだ、暇になったし家探しでもしよう。鴉の姉妹は互いにじゃれついててあたしは完全に空気だ、こうなったら以前訪れた時には見られなかった写真でも眺めて暇を潰そうか。 

 

「ちょっとおねえちゃん、この写真に写ってるのって?」

  

 撮影資料なんかが収まる棚の空いた辺り。

 少し高めの棚板部分に飾ってあった写真立てを取り、文に向かって見せてみる。

 写真立てに映る姿は背中側から。

 白い髪を日に透かし、同じく真っ白な翼を広げて、今にも飛び立つ寸前の所を後ろから声をかけられたような、カメラに向かって振り向いている誰かさんの写真。

 出掛けを邪魔され少し不機嫌そうにツンとした、それでも気安い間柄の誰かに見せる表情をしている、柔らかい顔をした白い鴉天狗が写真に収まっている。

 

「おねえちゃん言うな……あぁ、刑香? 白いのなんて他にいないけど、忘れた?」

「名前をど忘れしただけよ、そうだった、刑香か、白桃橋刑香だったわね。人里で偶に見るけど話しかける前に逃げられるのよね、嫌われてるのかしら?」

 

「それは仕方ないわね、今のアヤメじゃ近寄れないでしょ」

「ふむ、死の先にいるんだけど死んでいる事には変わりないって事か、知らない能力はよくわからないわね。祟ったりはしないんだけど? 抱きついたりからかうくらいで、それくらいで遠ざけてくれなくてもいいのに、つれない鴉よね」

 

 それが嫌なんでしょ、と真っ向から否定してくれる文おねえちゃん。

 アレもアレで少しのインクの匂いと森の香りが混ざり、嗅げば落ち着く良い匂いの持ち主なのだが、抱きつくくらいはいいだろうに‥‥女同士だし、否定してくれた文おねえちゃんよりも色合いはあたしのほうが近いぞ?

 種族が違うと言われればそれまでだが。

 

 そんな否定的なおねえちゃんは四角い卓について両足揃えて座り、はしゃいで電池が切れた妹を膝に寝かせて頭撫でつつ、こっちの相手もしてくれるなんとも優しいおかん丸だ。

 普段から結構優しいところがあるが今日はいつも以上に優しく感じられる、なんというかこう自愛に満ちたというか、懐が深いように感じられるのは妹が人型になれて喜ばしいからだろうか?

 それとも話題の相手が白い鴉天狗だからか?

 どっちにしろ文の大事な相手には違いないし、どうであろうとどうでもいいか、お優しい文ちゃんだって事にも変わりない。

 

「こっちは文とはたてに刑香? 古い写真ぽいけど何年前よ、これ」

 

 棚の奥に置かれた別の写真立て、日に焼けてセピア色に褪せてしまった写真が飾ってある。

 そこに映っているのはキメ顔の黒鴉。

 それと同じくドヤっと破顔する茶色の鴉。

 その間には二人よりも少し背が低く、華奢な体でツンとした白鴉。

 三者三様の表情でカメラに向かって立っている。

 

「まぁた懐かしい写真が……はたても物持ちいいわね」

 

 妹を起こさぬよう、静かに膝から下ろしてこちらに寄ってくる文。

『も』って事は文も持っている写真って事か。

 三羽烏の記者共め、昔から仲良さげで何よりだな。

 本棚前で写真立てを持つあたしに寄り添い覗きこんでくるからそのまま手渡すと、素直に受け取って感慨深い面持ちで写真を眺めて優しく笑んだ。日向で笑む横顔がなんとなく良い景色に思えて、両手の親指と人差し指で四角い枠を作りそこから文を覗きこんでみる、その動きに気がついた文が写真に映る姿のようにキメ顔になり見つめ返してくれた。

 

「キメ顔もいいけど、あれね、はたてが言ってた意味がわかったわ」

「ん? 何か言ってたの?」

 

「作ったキメ顔もいいけど被写体の自然な姿を撮るのがいいって。さっきの顔に戻りなさいよ、脳裏に焼き付けといてあげるから」

 

 ファインダー越しにお願いしてみると、少し照れてから再度写真を眺め笑んでくれた。気恥ずかしさがある分さっきよりも作った表情だが、照れ混じりというのもそれはそれで自然だろう。

 まだかと言うようにファインダー越しにウインクしてくるが、それに合わせてウインクして返すと恥ずかしい事をさせるなと窘められた。ポーズを取ってくれたのはあたしの臨時写真機では形として残らない、そう理解しているからだろうが‥‥ここが誰の家だったのか忘れたのか?

 注意力が逸れた文では、奥の方で小さく鳴ったパシャリという音には気が付かなかったようだ‥‥後ではたてに焼き増ししてもらおう。

 後の楽しみに大いに期待していると、何事もなかった顔で戻ってきた茶色い写真家とちょっと着乱れた雷鼓が揃って帰ってきた。

 だから何故乱れるのか?

 聞けば着物を羽織っての撮影だそうだ。

 次のは普段のライブとは趣向を変えて、ゲストに面霊気を迎えた和ロックな能楽ライブだそうで。それに合わせての着物姿って事で、風呂敷の中身はあたしの着ていない浴衣だったのだそうだ。

 勇儀姐さんに買ってもらった今のシャツやらスカートやらと同時に自費で購入したが完全に忘れていた浴衣、雷鼓が着るには幾分小さいが気がしなくもないが、着丈だけなら普段のミニ・スカートと大差ないしあたしよりも似合うだろうね。

 

「とりあえず撮影終了、後は引き伸ばして張り出すだけね、どれにしようか?」

「う~ん‥‥これとか? でもこれはちょっと(はだ)け過ぎたかな?」

 

「普段の格好と変わらないわよ?」

「でも着物だとまた違う感じがしない?」

 

「そう言われると‥‥ちょっと! 文も来なさいよ! どれがいいと思うのよ!」

 

 今し方まで撮っていた写真。

 結構な枚数があるそれらを仕事用机に広げ始め、はたてと雷鼓の二人でどれにするか選び始めた。どれと思って寄ってみたが、出来上がるまで待ってて、こっちに来るな、と二人から言われてしまい、どんな写真をポスターにするのか見せてくれないらしい、白いのをつれないなんて言ったから茶色いのもつれなくなったのだろうか?

 話の流れから今まで構ってくれていた黒いのまでそっちに混ざってしまうし、これでは本当に除け者で面白くない。混ぜろと言っても相手にされず、見てくれる人もいなくなった、あたしを見てくれるのは語らない、写真の中で飛び立つ寸前の白い鴉だけになってしまった。

 動きも話もしない女しか構ってくれないとは、つまらない。

 

「これとかいいんじゃないの?」

「夏場なら良さそうだけど…‥」

「冬場にしては肌出しすぎね、やっぱり私が撮った写真の方がいいわ」

 

「どれどれ‥‥えぇ~、これじゃ雑誌の袋とじでしょ。ポスターっぽくはないわ」

「私は雷鼓さんの良さを引き出して撮ったのよ」

「ちなみに私の良さって何?」

 

「冬でも生足」

 

 なにそれ、と笑いつつキャッキャと楽しげに話す黒赤茶。

 文が撮影した写真も机に広げ、三人がそれぞれ撮った写真を見比べつつ、こっちがいいあっちがいいと楽しげなガールズトークに花を咲かせている。

 何度かちらっと横目で覗いてみると、その度にこっち見んなと叱られて完全に蚊帳の外だ。

 少しくらい構ってくれてもいいじゃないか、と見てくれる白鴉に愚痴るが当然返答はない。

 ツンとしているがどこか気安い顔で写る刑香。 

 こいつもこの場にいれば同じ様に除け者にしてくるのだろうか? 

 するのだろうな、確かこいつも写真を撮って新聞を発行する記者仲間だったはずだ、書いている新聞名も内容も忘れたが写真だけはぼんやり覚えている。

 確か幻想郷の風景写真が多かった、構図や光の差し方などに拘っていて色鮮やかで良いものだったはずだ、ここに向かってくる最中の空云々もその写真から思いついた部分もあった気がする。

 色鮮やかな写真を撮ってそれを発行している割に、自身は真逆の全身真っ白というのがちぐはぐで、ついでに言うなら筆者は色気のない、そっけない態度ばかりというのも皮肉に思えて面白い。

 その辺りをからかうと顔色変えて怒ってくれる面白い相手なのだが、文と話した通りで普段は全く構ってくれないツンの強いツンデレ娘だ。

 文やはたてには偶にデレるくせにあたしにはツンツンしてばかりで……

 そんな相手の写真しかこの場で相手してくれないとか……

 このままではあたしは空気だ、白いどころか透明になりそうでそれは困る。

 いいか、思いついたし、困らせてくれたのだから巻き込んでしまえ。

 

「いいわ、来て思い出したついでだし、もう一人にも撮ってもらう事にするわ」

「もう一人って刑香?」

 

「そうそう、その写真の真ん中のそいつよ、ついでだし首突っ込んでもらいましょう」

「首突っ込ませる、でしょ? 遠ざけられてるのにどうやって捕まえるのよ?」

 

 はたてと文、別々の写真家それぞれから質問を受けるがどうやって捕まえるのかはお前ら次第だと言いたい、あれも白いが足の早い烏天狗に変わりはなく、だらけたあたしが追いつけるような相手ではないが、それは特に問題ない。

 お前らは一体なんだったか?

 幻想郷最速とそれに次ぐ幻想郷高速の二羽だろう?

 あたしを除け者にしたのが悪いのだから責任取ってあたしに使われてくれ。

 そもそもが除け者でおまけ、寧ろ邪魔しに来ただけだから邪険にされるのも間違っちゃいないが、いるのに構ってくれないのが悪い。放置してくれた罰として鴉の追いかけっこに興じてもらい、それを眺めさせてもらう事としよう。

 

「ここには幻想郷最速とそれに続くのがいるじゃない。名をあやかって刑名、と名付けるくらい気に入ってるなら偶には愛でてやったら? 手伝ってくれたらお赤飯くらい炊いてもいいわ」

 

 文が持ったままのセピア色の写真に視線を移し案を出してみる。

 それぞれ覗きこんでから、それぞれ悪戯な顔になりそれもいいわと乗り気になった。

 雷鼓だけわからないような顔だが、わからないなりに何かしらあると踏んでくれたようだ。天狗二人の気を逸らしたところを上手い事ノセてくれた、阿吽の呼吸がデキル女でありがたい。

 二羽の鴉が乗り気になったのだから、ノセた責任を取ってあたしもテキトーに白いのを追いかける(てい)を見せるとしよう。

 どこかの森に巣があるらしいが、多分人里にでも顔を出せば見つかるだろう。遠ざけるというのならそれを逸らせば近寄れるだろうし、しつこく現世に残る怨霊らしく、ねちっこく探すか。

 どうにか見つけてからかって、顔色くらいは健康的に赤っぽくさせてやろう。

 

~少女達移動中~

 

 粘る必要もなくすぐに見つけた白いやつ。

 人里によくいる鴉天狗とかなんとかいう二つ名の通り、今日も人里にいるだろうと思い向かってみたら案の定、体調崩した年寄りのいる住まいからひょこっと出てきた。

 あたしと目が合い姿を見てからすぐに逃げたが、向かう意識を逸し隠した幻想郷最速の黒いのと、それに次ぐ幻想郷やや速の茶色に追い立てられて、少し前から里の空をグルグルと飛び回っている。捕まるギリギリで身を翻して文からもはたてからも上手く逃げるが、あぁも上手く逃げるのは空力学的に有利な体つきだからなのか?

 それとも捕まえる側も追われる側も本気じゃないからなのかね?

 

「なんであんた達が追っかけてくるのよ!」

 

 茶色い鴉が伸ばす手。

 それが触れそうになると宙返りして逃げる回るつれない白鴉。

 悪態をつきながら逃げる割には上手に逃げるものだ。

 時折吹く悪戯な風、黒烏の故意的な、悪戯心が多分に含まれた南風に煽られては白い翼をはためかせて飛び回ってくれて、普段はあまり目立たずに過ごす女だというのに、青い冬空に映える白姿がやけに絵になり妬ましい。

 だがその物言いはちとマズイぞ刑香さんや。

 気を逸らしてノセた天狗達が、なんで私達だけが追いかけていてあたしが下で笑っているだけなのか、そんな事を訝しむような顔色になったじゃないか。

 

「二人して、古狸にいいように使われてんじゃないわよっ!」

 

 逃げまわりながらチラチラと、あたしを見て天狗二人に悪態をつく刑香。

 途中で目つきが悪くなったが、こうなっているのはあたしのせいだとでも踏んだのだろうか?

 その通りだ、意外と敏いな妬ましい。

 それはそれとてよく言うものだ、自分だって千年生きる古烏のくせに、あたしの事を古狸などと白々しく言いおってからに、白いのはその見た目だけで十分だろうに。

 ちょっと華奢で儚げだから若く見えるってか?

 若々しくて妬ましいな。

 なんて古狸らしく妬んでいる場合ではないな。

 刑香の物言いから文達の意識が完全にあたしに向いてしまった。

 折角顎で使っていたというのに、これでは旗色が悪い。

 黒白茶色で仲良く羽を伸ばしていればいいものを、余計な事を言うから風向きがこっちに向いてしまった……が、それも良いか、一服しながら見上げ続けてそろそろ首も痛くなってきたし、元より構ってもらう予定で追いかけ始めたのだった。

 三羽鴉のお戯れを見上げているのも面白いが、偶には遊びに混ざるのもいいかもしれない。三色の翼を広げる三羽鴉相手に一匹、灰色羽なし尻尾付きが混ざってみるのも一興だ。

 

「鬼嫌いの鴉が鬼役なんてつまらない冗談ね、似合わないから素直に追われていなさいよ」

 

 折角見てくれているのだからと、ちょっとだけ煽ってみる。

 すると、あたしに向かってそれぞれ写真機を構える三羽鴉。

 黒いのはキメ顔で、茶色いのはドヤ顔で、白いのはツンとした顔でそれぞれ見下ろしながらカメラを構えてくれている。写真に取って欲しいのはあたしではないのだが、本来のモデル役は隣で笑っているだけで我関せずだ、お前の為に三人目をとっ捕まえたというのに、蚊帳の外から見ている場合ではないぞ、雷鼓さん。

 なんて横の赤髪をジト目で見ているとパシャッと 眩しい光を受けた。

 三人揃って撮ってくれて、古い写真の関係そのままの顔でこちらを見てくれて、仲も絆も深いって見せつけてくれて正しい意味で妬ましい。

 気に入らないから本気で勝負してやろう、普段は持ち得る能力故遠ざけてくれる鴉が珍しく遠のかずに、向こうから寄って来て構ってくれているのだ。

 ならば言われた通りの古狸らしく相手をしてあげよう、両手の指で作ったあたしのファインダー、それに写しきっちり脳裏に焼き付けて、煙で化かせるようにがっつりと記憶してやる。

 楽しげにはしゃぐ姿をあちこちで披露してやるから、後で真っ赤になったらいいさ。


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