東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その8 追儺を笑う

 冬場の朝は趣があってよい、舞い散る雪が鳴らすシンシンという音を聞きながらの目覚めは目にも耳にも優しく侘しいものだ。

 地面で伸びる霜達が背比べをしている姿も可愛らしい、それらが育たず幼子霜しか見られない朝もそう悪くはない気がする。

 霜がおりない程の寒さの朝に火を起こして竈やら火鉢やらに暖を灯す姿もわびさびが感じられて、それはそれで良い光景だ、お天道さまが高くなりほんの少し気温が上がると、火鉢に新しい炭が入らず赤より灰が勝ってくるが、絶やすと寒いからそうするな。

 

 いつだったかの夏の終わり。

 最後の灯火を光らせる蛍達の集いを霧かかる湖で眺め、結構昔の人間が情景を想い読んだエッセイ集を思い出したが、今朝もなんでか思い出していた。

 今は如月の月頭という寒い時期だが、冬場の寒さに体温を奪われる事がなくなった今になってそう思うのは、今いる場所が暖房設備を完備した過ごしやすいお屋敷だからだろうか?

 地底で怪盗化け狸となり読み漁ってきた内容を伝えようと、サボってばっかりの死神を追いかけてきてみたら怖い虎やら、ビリビリと光って弾ける雷獣やらに追い立てられて出られない今。

 朝からいない住まいの主が早く帰って来ないかなと、小さいのかおおきいのかよくわからない微妙なサイズの月見窓から、振っては止んでを繰り返している幻想の雪を眺めている。

 一階も二階もいくつか窓はあるけれど、なんでこの屋敷の窓は丸い月見窓ばっかりなのか?

 日によって覗く窓でも変えるのか?

 窓を変えると見え方でも変わるのだろうか?

 

 どっから見ようが大差無いように見えるが、悟りでも開いてみれば世の中の見方が変わって見えるのだろうか、仙人だって自称するのだから悟りくらいは開いているんだろうし。

 それともあれか、昔よりも角が取れて丸くなったというアピールのつもりなんだろうか、だとしたらそれは正しいだろう、昔よりも喰ってばっかりで随分と丸くなったように感じられる。

 丸い窓から丸くなった元ヤンキー仙人を思っているとその丸い窓に影が見えた、ドンドンと近づいてくる大鷲の背にはここの主が乗っている。

 手を降ってみたら嫌な顔をされたが、挨拶くらいちゃんとして欲しい。

 

「おかえり華扇さん、早速だけど帰りたい」

 

 帰ってきたピンク頭の主を迎えてみたけれど、なんでしかめっ面になるのか。

 ピンクに乗っけた白いシニョンを見せつけるように顔を近づけてくる仙人様、蒸れるから外して欲しいって事かと思い、そっと手を伸ばしてみると左手で弾かれた。

 

「…帰ればいいんじゃないの?」

 

 しかめっ面のまま顔寄せてご尤もな事を言って下さる仙人様。

 帰れなくはないのだが、どこかの盗人が強引に侵入したせいでこの家まで続く道がやたらと複雑になってしまい、一人で帰るには随分と面倒なルートを通らないと下山出来なくなってしまった。

 来る時に利用したサボり大好きな船頭の先導さんは報告したらさっさと帰ってしまったし、まぁいいか、帰れと言われたのだから帰ろう。なんの術を掛けて道を複雑にしたのかは知らないが、全部逸らせばまっすぐ帰れる。

 

「いや、ちょっと待って…そもそもどうやってウチに来たのよ?」

「休憩ばっかりする先導さんの後くっついてきたの、お陰でやたら時間かかったわ」

 

「あぁ、死神の後を…ってその死神はどうしたの?」

「あたしを置いて帰ったわよ? お陰で帰り道がわからないんだけど帰れと言われたしまっすぐ帰るわ、後で術式直しておいて」

 

「ちょっと待った、貴女どうやって帰るつもりよ!」

 

 全部逸らして、態度悪くそう伝えると盛大なため息がこっちに向って飛んでくる。

 叱っ目面から呆れ顔に表情を変えて、包帯撒いた右の腕で頬を撫でつつため息をつくこの住まいの主 片腕有角の仙人茨木華扇、いや、茨華仙と言っておくか一応。

 ため息をつかれたところでそれ以外に一人で帰る方法もないわけで、ここに何か用事があるわけでもなし、歓迎もされないのならさっさと帰ってまったりしたいのだが。

 

「ちょっと休憩したら送るから、余計な事はしないで」

「華扇さんが送ってくれなくても、竿打か久米でも貸してくれれば一人で帰るけど?」

 

「竿打は兎も角として、久米まで知ってるの…何故そう無駄に顔ばかり広くなるのよ、アヤメは」

「あたしよりも里の人の方が仲いいわよ? 頻繁に甘味処やら団子屋やらでなんか貰って帰って行くところを見るし、ちゃんと餌あげてるの?」

 

「大きなお世話よ、それよりも貴女、霊夢と仲いいわよね?」

 

 甘味処での茶飲み友達、ここのペットの大鷲二匹、そのどっちかを貸してくれれば一人で帰ってあげる。そう言っているのにペットは貸してくれずになにやら雲行きの悪い話を振ってくる。

 呆れ顔から悪い顔になってあたしの顔を覗きこんでくるが、そう見られても華扇さんのようにコロコロ変わらないぞ、いつも通り眠そうな顔をしているだけだ。

 なんて適当な事を考えていると、外の天気まで暗くなってきた。雲行きが悪いなんて考えたからだろうか?

 

「なに? 嫌われてはいない気がするけれど…仙人様が悪巧みなんて、人に道を説く宗教家が悪い顔なんてするべきじゃないわ」

 

 あたしを置いて帰ったサボマイスターから仕入れた話をちょいと振り、雲行きが怪しくなってきた話の筋を逸らしてみる。

 霊夢と仲がいいか、そんな事はわからないが嫌われてはいないと思うし煙たいような目線でも、偶に見られるがそれは一服中の時だけだ、普段は結構素直に見てくれるようになった。

 はず。

 

「なんでその話まで知って…あの死神か、宗教家になる気はないんだけどね」 

「そうなの? あっちの仙人様と名刺交換して道教一派に混ざったって聞いたけど、ほら、見た目もなんとなくそれっぽいし」

 

 いつだったかの水難騒ぎ、河童の住まいを打ち上げるように高々上がった水柱、あれに封印された体でちゃっかり抜けだしていた邪仙と名刺交換していた。

 その後の宗教戦争の時に黒白から道教の仙人が増えたんだぜ! なんて聞いたからてっきり華扇さんかと思ったが、どうやら違うらしい。

 混ざってもいいと思うが、着ている服もなんとなくチャイナ服っぽくて道教っぽいし、見た目からどことなく淫靡な匂いがするのも邪な仙人様と共通するし。

 と、ピラピラと道士服の前垂れのようなチャイナ服の前垂れのような、どっちつかずな華扇さんの前垂れにじゃれついて捲っていると包帯巻きの右手でペシンと窘められた。

 

「ちょっとやめてよ」

「いいじゃない減るもんじゃない…減ったほうがいいかもしれないけど」

 

「何か言いましたか?」

「何も」

 

 前垂れをピラピラとさせていたら右手をモヤモヤとされて、煙たい右手で小突いてくる片腕仙人。

 ピラピラの奥に隠されたプヨプヨには触れてないのだからいいと思うが、そんなあたしの心遣いはこの仙人には届かなかったようだ、言わずに隠した部分だから気が付かれなかったのだろうか?

 シニョンで隠しているからそういった隠れた気持ちには気が付かないのかね、いや、アレにそんなセンサー的なものはなかったか、センサーというかレーダーはシニョンじゃなくて耳飾りを着けた赤目の竹林住まいだった。

 とりあえずからかうのはこれくらいで、話の続きでも聞いてみるか、話も逸れないし話されるだろう内容も場所と時期から察しはつくが。

 

「それで霊夢がなんなのよ? ついに正体ばれて退治でもされた? というかなんで気が付かれないのかしらね、萃香さんもいるのに」

「余計な話は結構、ちょっと頭を貸しなさい。博麗神社で執り行われる節分の豆まき、これをやめさせるにはどうしたらいいか、一緒に考えなさい」

 

「帰るにしても雪が強いし、ちょっとだけなら付き合うけど。いつだか覚えてないけど自分でどうにかしてたじゃない、今年もそれでいいんじゃないの?」

「それが今年は豆まきと豆料理大会の両方をやるとか、萃香がごねたみたいなのよね」

 

「ごねた、ねぇ。最初にごねたのは誰だったかしら? 因果応報ってだけじゃない? 諦めて素直にぶつけられたらいいわ、あぁ、バレてないから撒く方なのか。払われる者が豆撒ききなんて滑稽ね」

 

 あたしの返答を受けて拗ね顔を見せる華扇さん、中身の無い右腕と実態のある鎖付きの左で腕組みしてこちらを見てくるが、昔みたいに睨まれてほんの少しだが面白い。

 中身はすっかり丸くなったが時折見せる悪い顔やら今のような目つきやら、隠してるだけで然程変わっていなくてなによりだ…で、なんだったか、博麗神社の豆まきだったか。

 去年だか一昨年だかその前だったか覚えてないが、参拝客の減少を憂いた霊夢が思いついた集客用のイベントだったはず。狙い通り人も集まり客目当ての出店も出て神社の賽銭箱もそこそこに重くなったとか言っていたな。

 あの時は舞台から一緒に豆まきしようと誘われた華扇がテキトーいって誤魔化して、どうにか豆料理大会だけになったはずだ、あの時飲んだ珈琲は苦味が程よく結構良かった。

 珈琲が豆料理なのかは疑問が残るけれど。

 

「何かない? 豆撒きが中止ならなんでもいいんだけど」

「いきなりだしすぐには、そもそも豆喰ってたじゃない。そんなに苦手でもないんじゃないの?」

 

 去年の節分くらいの頃か?

 もうちょっと後だったかもしれない、何時だったか正確には覚えてないが人里の団子屋でこの仙人と出くわして豆ぶつけてやろうと思ったら、小突いてくれた右手で奪ってポリポリ食ってた気がするが…言うほど苦手じゃないんじゃないか?

 そう邪推すると邪じゃない仙人が答えてくれた。

 

「豆ではなく魔目だと思えばまだ我慢できるってだけよ、思い込みで乗り切っただけ、それはいいから早く何か考えなさいよ」 

 

 人里だったから我慢して食った、ふんぞり返って言ってくれるのはいいがなんだろう、お願いされているはずなのに上からの物言いで気に入らない。

 これも昔の名残と思えばそれはそれで我慢できなくもないが、今は仙人としてこの地にいるのだろうしそれならそういう態度で、淑やかとかたおやかな態度でお願いしてくれば良いものを、我が強くてこれだからこの種族は嫌われるのだ。

 なんとなく気に入らないし、両方やった方が人は集まるだろうしその方が神社は儲かる。昔なじみの悪友を助けてもいいがどうせならあっちの人間少女を愛でていたほうが目の保養にもなる気がする。

 こいつの身内であるあの幼女は何にか考えといてやると言ったっきり何もしてこないし、中止にせず執り行えばあの酩酊幼女にも豆ぶつけられるか…ならいい、こっちの仙人には修行してもらおう。

 

「思いつかないから取り敢えず現地にいきましょう、そういうわけで送ってって」

 

~少女達移動中~

 

 結構強めに降りだした雪を逸らして南下する。

 神社へと向かう道中でちょいちょい止まっては不規則に動く仙人。

 どれほど難しいルートなのか、少し集中してついて行くと上に二回下に二回ほど上下飛行し、右に二回回ってから左にも二回程回る華扇さん。上上下下右左右左とか単純すぎるように見えるが、単純だからこそ難しく感じられたのだろうか?

 なんとなくだが紫は思いつかないだろうなと感じつつ、つい最近ウソをツけられた神社へとたどり着いた。

 鳥居の外に降りてみると、連れ合いの仙人は気にせず参道のど真ん中、賽銭箱の裏手辺りに肩肘突いて舞い降りていた…仙人になったというのだから神社でのマナーくらい覚えたらいいんではなかろうか?

 そんな事を考えつつ手水舎で手洗い済ませて社務所の障子をガラリと開けた。

 

「楽園の素敵な巫女さん、こんに…っていない?」

「奥にいるわ、霊夢上がるわよ」

 

 縁側に両膝突いて中に頭だけ突っ込んで見ると誰もいない、人里で占い屋の分社をほっ建てたと聞いているからそっちか、という考えを握る潰すように上がり込んで奥へ行く華扇さん。

 いないかもしれない人様の家にズケズケと上がり込めて豪胆で妬ましい、さっきまでのあたしはどうか?

 あれは小町がいたからいい、ついでに言えばペット達もいたわけだしお邪魔しますとあいつらに言ったから問題はないだろう。

 先に上がって(くりや)に消えた仙人の後を追うと、確かにいたおめでたい少女…三角巾に割烹着なんて着込んで、トレードマークの脇まで隠して風邪引いても知らないぞ。

 見た目もかっぽう着の白が多くて赤成分少なめであんまりおめでたくないが、これも中々悪くないか、寧ろ見慣れず可愛いしまぁいいな。

 

「仙人にアヤメ? なに、手伝いにでも来たの?」

「手伝いってわけじゃないわ、豆まき反対というのがいたから連れてきたのよ」

 

 寸胴鍋に向かう楽園の素敵な板前さんに手伝いに来たのかと問われたが、それに返答する前にあたしを見ながら豆撒き反対の者だと紹介されてしまった。

 なるほど、自分ではネタがないからあたしに話を振らせてそれに乗っかろうという魂胆だったか、すんなりと神社まで送ってくれたのはこれを期待しての事か?

 期待してくれるのはありがたいがあたしは期待を裏切って嘲笑う妖怪さんだ、仙人になったからそんな事も忘れたのだろうか、どっかの似合いの烏天狗じゃあないが年はとりたくないものだ。

 

「マメな人だ、なんていい意味合いで使う方でやったほうが人受けが良いとか、華扇さんはそんな事を言ったんだって?」

「そう、季節の変わり目の今頃に健康食の豆を食うのがいいんだって。魔目まきすると魔を屋内に撒くから縁起悪いって言ってたわ」

 

「ふむ、後はなんて言ってたの?」

「あ~…? 鬼は陰が元で隠されたとかどうこう、鬼は元人間ばっかりだとか言ってた気がする」

 

「その通り、結構話を覚えてるのね。関心関心」

 

 寸胴で茹で上げている結構な量の大豆をかき混ぜる神社の若女将、まともに台所に立つ霊夢なんて何時以来だろうか、正邪の追いかけっこの時はお湯沸かすだけだったし。

 まともに出来るのだから普段からまともにやればいいのに、ってそれはいいか。ドヤ顔で関心関心とほざく華扇ちゃんは取り敢えず放っておいて、霊夢が言われた不便を綺麗に意趣返しするとしようか。

 人の事を顎で使おうとしてからに、あたしを使っていいのはあたしか紫か雷鼓、後はここの巫女さんと難題くれる姫様にそこの死なない主治医と…結構いるな、なら一人くらい増えてもいいがそれはそれ、これはこれだ。

 

「健康食はともかく、魔を撒いて呼び込んで何が悪いのかしらね」

「ちょ! 何を言い出すのよ!」

 

「魔なんて人の内に常にあるもんでしょうに、それを完全に払ったら人じゃないわ。魔が差さない、つまりは間違えない。何言も間違いなく出来るならそれは人外よ、言うなれば化け物で妖怪だと思うわね」

 

 取り敢えず一発目の様子見。

 妖怪が間違わない、なんて事は言わないが少なくとも人間よりは躊躇わないだろう、その辺りはそれっぽい唯の噓なのであまり気にしないでもらいたいところだ。

 取り敢えずジャブ程度にテキトーのたまったつもりが、この程度でドヤ顔から焦り顔の華扇ちゃんになってくれて随分と面白い、上から言ってくれて手の平で転がす算段だったようだが、あたしよりも一本少ないその手にだれが乗るか。

 焦り顔の奥に見える鬼の形相が少しだけ怖いが、今更何をされたとしても最早死にはしないし問題ない、温泉の辺りにいる怨霊のように握りつぶされたら痛いかもしれんが、憎らしく握り潰してくれるだろうし、そうであれば再度はばかれるだろう。

 

「ほ~、アヤメのいう事もわからなくもないわね」

 

「ちょっと霊夢! こいつの話を真に受けるなんて…」

「アヤメに反対意見を言わせる為に連れて来たんでしょ? なら話は聞くわ」

 

 可愛らしい割烹着巫女が鍋をかき混ぜる手を止めて頷きあたしの援護射撃をしてくれる、あたしが思う以上に話を聞いてくれてありがたいが、なんだか裏がありそうで少しばかり可愛さの裏に怖いのが見える霊夢。

 そう見えて当然か、この子もちょっと退治に長けていてちょっと結界に詳しくて、ちょっと敵う相手がいない楽園の管理人で人間だ…仙人の言葉を借りればこの子の内にも鬼がいるのだろう、異変時なんかで偶に見るからわかる。

 まぁ良い、折角の援護射撃なのだし調子に乗ってもう少し二人をからかおう。

 

「だそうよ、あとは鬼だったかしら? 鬼は元人間ばかりという話だけど、あたしが知ってるのはほとんどが元々鬼よ? ここの幼女も地底の大将も、ついでにその周りの若い衆も最初っから鬼だって聞いてるわ」

「萃香は兎も角として他のは地底の奴らでしょ? あっちの奴らってよく知らないからなんか騙されそう、それにアヤメの言う事なら信憑性はないわ」

 

 この話題には触れて来ない現在仙人のイラツキ顔は兎も角、さすがに話を聞くと言っただけはある、あたしの物言いなら信憑性がないと正しい意見を言ってくる巫女さん。言いながら寸胴から豆を上げて冷める前に編んだ藁に突っ込んでいっている、何用かと思ったら納豆か、健康的でいいな。

 見ているだけもなんだし、あたしも手を洗い隣で詰め始めて見ると残った一人も同じく手に取り詰め始める。右手で豆を触ってくれるなよ、包帯なら毎日変えているのだろうがさすがにペットに触れた布で食い物に触れてほしくはない。

 三人並んで藁に詰めつつさっきの会話の続きをする、というか触っているけど大丈夫なのか?

 炒った大豆ではなく茹でた大豆だから大丈夫なのかね?

 

「それでアヤメはなんで反対なの? 仙人の言い分を茶化してないで自分の意見を言いなさいよ」

「そうねぇ、反対するなら何がいいかしら?」

 

 勘の鋭い巫女さんがあたしの遊びに気づいたらしい、仙人の方には上手い事効いて話の軸が逸れていると認識してくれていたのだが、霊夢の物言いを受けて何やら気がついたような顔でこっちを見るようになってしまった。

 反対するつもりで来てないから意見なんぞ何も考えていない。だが話の筋がそっちを向いてしまったし、これ以上ご機嫌を損ねて口煩くなられても面倒だ、ガミガミ煩い説教の鬼降臨させてもいい事なんてないだろうし、どうせなら笑ってもらおうか。

 この仙人を笑わせるならなんだ?

 来年の事でも話せば笑うか?

 

「よし、こうしましょう。床やら地面やらに食べ物撒くのは勿体無い、地の恵みを粗末にするものではないって言っておくわね」

「撒けと言ったり撒くなと言ったりなんなの? それに今考えたような…いや、いいわ。その心は?」

 

 ご明察だ博麗の巫女さん、今まさに考えた。

 ものの数秒で考えたただの思いつきだが、それでも問掛けてきてくれるのは考えた後の事だからだろうか?

 口について出た事は信用されないが何かしら考えた末の言葉は聞いてやってもいい、そんな事を言ってくれた気がするし、ならいつもの通りに話しておこう。撒く話題の中心から逃げるなら、いつもの通り煙に巻くに限る。

 

「今年は神社で撒く豆だけ炒り豆ではなく生の豆を撒けばいいんじゃない、生豆は喜魔目。魔が差す事もあるけれどそれと同じくらい喜ばしく目出度い事もある、それを呼びこむように家でも外にでも振りまけば世は事もなしと成りそうよ」

「生豆を撒くのは粗末じゃない、と?」

 

「生豆のまま食う人間がいる? 拾って茹でるなり煎るなりすれば衛生面での問題はない、ついでにぶつけられる鬼も痛くないわね」

 

 白が多い、あんまりおめでたくない色合いの巫女さん見つめて、ついでに視線が痛い仙人にも思いつきを伝えてみる。

 それぞれなにやら考えているが余り深く考えないで欲しい、中身の無いただの語呂合わせで大した事でもないのだし、生豆の話題なんて噛み締めていると腹を下すだけだ。

 生豆食むなら藁に詰めた方でも摘み食いしてくれ、と後は暖かなところに寝かせておけば出来上がる納豆予定の藁を見ていると、仙人様からの視線より痛みが引いて生ぬるい物になってきた。

 笑うまでもうちょっとかね、霊夢も考える素振りを見せているし、ついでだもう少し追加してこっちにも笑って貰えるようにしよう。

 

「ちなみに神社だけってのがミソよ、人里では変わらず炒り豆を撒いてもらった方がいいわ」

「どういう事?」

 

 大豆の話題にミソを出す、我ながらこれは上手く繋がったと思えなくもない。

 なんて手前味噌な事を考えていると、興味を惹けた霊夢ちゃんを釣り上げられた、納豆なんて作ってたからか引きが強くて有り難い。

 労せず釣り上げられた霊夢にも笑ってもらえるようここで少し餌を撒いておこう、豆撒き話題をどうにかするために餌を撒いて煙に巻く、怖い鬼巫女と説教の鬼相手に口八丁など失敗すれば後が怖いが、これはこれで非常に面白い。

 

「内に溜まる魔を外に出し厄としてもらわないと困るのもいるし、そうならないと厄除け祈願の仕事も減るし厄除けのお守りも売れない。水分飛ばした炒り豆撒いてもらわないと、懐が潤わない誰かさんがいるって事よ」

 

 ズラズラと思いつきを吐き出してみる、少し早いがあっちの厄神様も来月の流し雛に向けて忙しくなってくる頃合いだ。仙人と同じお山住まいのご近所さんだし、仙人の我儘を通す取っ掛かりには丁度良いだろう。

 そのままもう一人、祈願やお守りが売れれば潤う誰かさんを例えに出してみると、三角巾のてっぺんを斜めに傾けた後にちょっと微笑む巫女さんの顔が見られた。

 無愛想な顔ばっかり見せてくれるがこうして笑むとやはり可愛らしい、霊夢の笑みを見てから仙人に向けて意地悪に笑んでやる。するとこちらからは苦笑が返ってきた、来年の話をする前から笑ってくれてちょいと予想外だが笑みが見られたならそれで良い。

 そういえば最初の企みとは真逆の結果になっているような?

 神社に来てすぐには仙人を泣かそうと思っていたはずだが?

 なんで笑わせようとなったのだったか…?

 まぁいいか、ついついと魔が差しただけだ。




かっぽう着霊夢は可愛い。
タイトル、追儺(ついな)と読みます。
節分のルーツだそうな。

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