二度目の風呂を楽しんで誰かじゃないが、湯上がりタマゴ肌となった後は食堂で騒ぐ皆に混じり雑多な話をしては大いに呑んで大いに笑った。
先に風呂から上がって思い思いに酒やら飯やら妬みやらを飲み食いしていた皆に混ざり、以前と同じ様に誰かを馬鹿にしては笑み、誰かに馬鹿にされては笑われて随分と居心地が良い地底世界。
本当に仕事が残っていたらしいさとりも、珍しく自分から輪に混ざり人をダシにして笑いを取っていた。
こう言えば笑うだろう、そんな考えも全てわかる狡い噺家、いやカンニング妖怪だったが楽しむ場に自分から混ざるようになったのは誰の影響だろうか?
いつの間にか輪に混ざり、金も払わずに飲み食いしては人の着物にゲロ吐いた妹妖怪の影響かね、そうであるならば姉妹揃って小賢しくて可愛らしい。
そんな考えも読まれていたようで、一番小賢しいのは誰なのかという話にもなったが真っ先に手を上げてあたしだと答えてやった。
笑いを取るついでにさとりに意趣返しと洒落こんだのだが、自慢できないような事を自慢気に話してくれて妬ましい、そう言ってきた橋姫にネタを取られて立つ瀬がなかった。
楽しく騒いだ後はそれぞれ泊まり、かと思ったが地底住まいの連中はそれぞれの家に帰るらしい。
持ち寄りあたし達について来ただけだったし、地底に来れば好きに会える連中ばかり、特に引き止めもせずまたそのうちにと送り出した。
笑いを取ってくれた橋姫にだけは、橋と風呂の事を軽く謝ってみたがどちらも然程気にしていないと返してくれた…ありがたかったが寛大で妬ましい。
皆を見送った後は地霊殿住まいの者と少し話してさっさと寝た。
人の頭をスネアドラム代わりに叩いてくれた太鼓の付喪神は、風呂場で泣いたあたしとは別の意味で良く鳴かせちょいとばかり騒がしかったが、翌朝顔を合わせても皆から何も言われなかった為気にしない事とした。
どうせならもうちょっと、なんて考えていると朝から何を考えているのかとジト目姉に窘められたが、遠慮無く勝手に読むのが悪いと思う。
そんな楽しかった地底を去り、色々と内面に実りのあった秋も去った。
今は寒さ厳しい師走の中頃。
暦と季節からすれば積雪するにはまだ早い気がするが、気がするだけでどこを見ても真っ白な雪景色、お陰で一気に冷え込んで寒さが強くなり始めている。
冬になれば傍迷惑なお茶目さんが好き放題にやらかすから、暦も季節も然程関係ないっちゃないが。
ついでに言うと今のあたしにも然程問題はない、寒さなら気にならなくなった。
以前雷鼓が試せと話した、湯気やら火鉢の煙でも取り込めたのか?
そう聞かれそうだがそれは試しても出来なかった、自身の吐いた煙草の煙はいくらでも取り込めるのだが、湯気や火鉢の煙はどれだけ頑張っても取り込めず、体温を上げる事にはならなかった。
だが、体温が上がらなくとも問題がなかった…寧ろ年中一定でいられるため、夏場は程々に涼しく冬場は程々に温いといった感じになっている。
おかげで布団から蹴りだされることはなくてありがたい、家でまで泣かずに済んだ。
話が逸れたがそれで今。
今はその雪景色のような色合いの真っ白なコートの前を止めて、珍しく雪が綺麗に掻き分けられた参道を見ながら、縁側に腰掛けて一服している。
どこの参道を見ているのかと聞かれれば、懐も寒い参道だと言っておく。
こう伝えれば分かる人には分かるだろう。
もう少しヒントを言うならヒュイ-ヒュイ-と煩い方だ。
ちなみに来訪理由は特にない。
なんだか呼ばれたような気がしたので来てみただけだ。
「寒い内は働かない、そう言ってなかったかしら?」
「寒くなり始めた頃合いだからまだいいの、上がらないなら早く閉めて」
「換気しないと体に悪いわよ?」
「体に悪い煙草の煙が入ってくるから、閉めるか帰れ」
咥え煙管でからかっていると、つれない言葉を寄越してくれながら目の前でピシャリと障子を閉める巫女さん。
閉めろと言っておきながら自分で閉めてくれて、確かに煙草は百害あって一利なしだ、この先の成長を考えればここの巫女さんにも、隣で笑っていた魔法使いにも吸わせるわけにはいかないだろう。
が、いちいち気にはしていられない、こちとら人間を襲う妖怪さんで人を脅かす幽霊さんだ、そんな妖かしが人間のタメになる事なんてするわけがない。
けれどここの巫女さんは別だ、下手を打てば払われて本格的にさようなら出来る相手なのだ、今も〆ると言わずに閉めろと言われただけなのだから、逆らわずまったりしよう。
ぼんやりと晴れた冬空を眺め煙草を吸いきる。
カツンと叩いて葉を捨てると、自動で開いた社務所の障子。
それとともに流れてくる暖かな空気。
流れてくる暖気の先には、部屋閉めきって火鉢を焚いてこたつに入るおめでたい少女とおめでたくない少女。いくら風通しの良い社務所だといっても閉めきって火鉢は体に悪いと思うが?
それこそ煙草の煙の比じゃないくらいに。
「一服済んだら早く来いって、ついでにどうにかしてくれよ」
ヒュイヒュイ煩い鳥に集られて、人間止まり木状態の黒白の魔法使い。
珍しく困り顔なんて見せてくれて華奢な少女らしく可愛らしいが、これだけいたのではさすがに煩いだろうし、どうにか出来るのならどうにかしてやりたいが何をどうすればいいのか?
なんてついさっきとは矛盾する事を考えていると、あたしの方も止まり木妖怪となり始めた、黒白よりも多い気がするがなんでだろうか?
これでは噓つき妖怪ではなく鷽付き妖怪だ、そうなってしまってはヒュイヒュイ鳴くようになってしまいそうだ…鳴くなら色香のある声色のほうが好みなのだが。
まぁいいか、くだらない冗談は言わずにおこう、茶化すのは終わってからにしよう。
「なんなのこれ? 増やして食うの?」
「可愛いから食わないわ、滅多な事言わないで」
「で、なんなの?」
「新しい神事だってさ、結果は見ての通り大失敗だぜ」
ツンとしながら書物を読む霊夢だが、人の顔見て滅多な事言わないでとこちらもこちらで珍しく可愛い物言いだがなんだ、ぐーたら巫女さんが滅多な事をやらかしたからこうなってるのか。
魔理沙が言うには新しい神事だというが、山鳥を使って行う神事なんてあっただろうか?
山に関わる神事で困っているならあっちの神様でも呼びつけたらいいんじゃないだろうか、どうせ暇だろ、あの二柱も。
二柱の事なんて考えたからか、魔理沙にいた山に住むはずの鳥があたしの方に飛び移ってくる、さてはこいつら全部雄か?
魔理沙に比べれば随分発育のいいあたしの方がいいってか、今は女座りで科を作っているようにも見えなくもないし…そう見ると可愛らしく見えなくもない。
「おぉ、移っていった、試した甲斐があったぜ」
「呼んだのは魔理沙なの? この鳥への捧げ物にでもされたのかしら?」
「それはそれで別物よ、でも上手くいったわ。そのまま妖怪の山にでも連れてって」
「どれがどれで何が上手くいったのか、興味が持てたら手伝ってあげるからちょっと話しなさいよ」
ちょっと悩んで書物を開く霊夢。
それにつられて同じ様にゴソゴソと、何やら落書きっぽい物を取り出す魔理沙。
先に広げられた魔理沙の方へと山鳥連れてズリズリと横移動すると、魔理沙の方からソレを持って近寄ってくる。
ペラリと広げられたソレは『あ』から『ん』までずらりと書かれていて、他にもアルファベットやら数字やらYES・NOやらと、ごった煮のような書き方がされている一枚の紙っぺらだった。
『ゐ』やら『ゑ』やらがないのは現代っ子だからかね?
現代っ子の魔女ってのも面白いな。
「これで呼び出してやったんだ、上手く釣れたしやってみるもんだな」
「魔理沙からコレで呼ばれるとは思わなかったわ、マミ姉さんや藍も来たんじゃないの?」
「二人共来たぜ、神社の惨状を見て誰が来たのか聞いた後にすぐ帰ったな、最後に来たのが今首突っ込んでるアヤメって事だ」
「あぁそう、あの二人…残された貧乏くじを引かされただけって気しかしないんだけど、場所が場所だから仕方ないのか」
ナンカイッタ?
という霊夢からの怖い呪は放っておいて、こっくりさんなんて少女少女しているものであの魔理沙から呼び出されるとは…考えられなくもないか、淡く想うアレもいるし、魔法も可愛い星が多くてこの子ってば意外と乙女だった。
ちょっと前に考えたメルトダウンも、こじらせた乙女魔法使いの考えだと思えば可愛らしく思えるし、霊夢と違ってコロコロと衣服を変えてお洒落する素振りも見せたな。
こころのやらかした異変の時には黒ではなくこう藍色の…あの女狐め、来たならちょっとくらいみてやればいいものを。
誰かさんの昔の姿のように首傾けてこっくりさんを見ていると、霊夢の方もこれだといって書を開いてきた、日と埃にヤラれて古そうに見える書物だがこの字には覚えがある。
迷い無く払ったり力強くハネたりするこれは先代の筆字だ。
「臥龍梅に祀った天神様って話覚えてる?」
「今年の春先に言ってたあれ? 妹紅がなんやかんやってやつよね?」
「それ、あの後ちょっと調べたら天神様関連の神事があったの、この子達ってこれで天神様の御使なんだって」
「ふむ、それがこの『鷽替神事』ってやつだったのね、普段やらない神事なんて滅多な事するからこうなるのよ」
「煩い、紫と似たような事言わないでって前に言ったじゃない」
「同じ様に見られてるって事よ、紫でもあたしでも顎で使ってばかりいるからそう言われるの」
正邪の追いかけっこ以降、霊夢に対し偶にこうして窘めるようにつつく事があったりなかったりする。以前であれば札やらお祓い棒やら、ひどければ陰陽玉が出てきたのだが…最近は素直に聞くことが多くなった霊夢。
平常時なら魔理沙に負けない、魔理沙以上に小生意気な幻想郷を支える巫女さんなのだが、こういうやらかしたと自覚している時は本当にかわいい少女にしか見えない。
ちょっとだけぶすくれて、拗ねたような表情を見せる楽園の素敵な巫女さん、普段はこうなのに異変で会うと何故ああも鬼のようになるのか?
この子が可愛く退治して回っても、それはそれで困りものだが。
「で、このまま止まり木状態で山に向かえばいいの?」
「わからないから取り敢えず帰して来てって言ってるのよ」
「それに書いてないの?…書いてないか、あの巫女さんも荒事以外はテキトーだったわ」
「あの巫女さんって…先代? 紫は話してくれないけどどんな人だったの?」
「紫が溺愛した、亡くなった時にはやたら落ち込んだ巫女さんよ。ざっくり言うならそうね…陰陽玉をブイブイ転がして引っ越してきたばかりの姉蝙蝠をガン泣きさせた、武闘派巫女さんだったって感じかしら」
「あのスキマが落ち込むって…あぁ、最近見たな。誰かさんが死んでつまらなそうな顔してたぜ?」
困っていた本題の事を人間少女二人に聞いていたはずが、いつのまにやら話の筋がこっちの方へと寄って来ている。
霊夢は霊夢で聞かされてなかった先代の話に食いついてくるし、魔理沙は魔理沙であたしが食いつきそうな話をしてくれて、狐でも狗でもない二人が狸と三竦みになるなんて勘弁してくれ。
「取り敢えずこの鳥をどうにかしたいんだけど、粗相をされても嫌だし」
「撫でれば消えるでしょ、ならいいじゃない」
「さすがに撫でるモノがアレよ」
「エンガチョ幽霊アヤメってか」
「正しく縁が切れてるからって茶化さないでくれる? 逸らして魔理沙に帰してもいいんだけど?」
それは簡便だ、そうぼやきながらあたしから離れていく小生意気な黒白魔法使い。
体に触れて止まっているから逸らす事はできないが、一度薄れて強引に離せる今ならそれも容易く行える、本当に便利な体になれて面白いし有り難い。霊夢の方も触りたくはないかと呟いていて、どうにか能力使わずに口だけで話の筋を逸らす事が出来た。
けれど原因解決には至らず、結局のところこいつらをどうしたら良いのかわからなくて困る…が、いいか、こういう面倒事は誰かに押し付けるに限る。
菅原さんの御使だというのなら押し付けるのに打って付けだと思える友人がいた、帰るついでに押し付けよう。上手くすれば美味い焼き鳥にもありつけて一石二鳥だ、いやサイズから考えれば一串三鳥くらいになるのか?
止まり木となり体を貸したお礼代わりにあたしはこの子たちを腹に納めよう、パッと出た思いつきからニヤついていると、封魔針使いから釘を差された。
「おいこら、食うなって言ったでしょ?」
「口が悪いわ、霊夢。誰に似たのかしら?」
「またあいつみたいに…あれみたいに笑ってないだけまだマシか」
「マシな顔か、これ? 底意地悪い顔にしか見えないぜ?」
「こらだのこれだの酷い言われよう、なら言われた通りに意地悪しましょ」
締め切られた部屋の中煙管取り出し咥えてみせると、煙たいのは嫌だ、外で吸ってこいとそれぞれ文句を言ってくる人間少女二人。
聞こえないふりをして気にせず葉に火を入れる、そのまま吐いてモヤモヤと漂わせるが二人には流れぬように操り、自然な煙っぽい形になるように形取る。魔理沙の方は仰いだりして騙せているが、霊夢の方は何度か見ているからか騙せておらず、ジト目を細めてこっちを見てくる。
まぁいいさ、魔理沙は騙せているようだしそれらしく換気をしよう…死人には関係ないが生者の二人には必要だろう、新鮮な空気ってやつが。
「寒いから閉めるか、出て一服するかしてくれよ」
「寒いなんてどの口が言うのよ? 今の物言いの方がよっぽど冷たいきがするんだけど…傷心したから帰るわ」
「食べないでよ」
「善処するわ」
魔理沙の小気味よい言いっぷりに乗っかって話の筋が戻ってくる前に帰ろう。
そう企むと再度刺される冷えた釘。
喰えば霊夢に退治される、なんとなくそう分かる言葉を受けて諦めつつ善処すると述べると止まっていた鷽が少しずつ離れて、ガラッと開けた障子から飛び立っていった。
嘘の塊と言えるあたしが本心はいたから離れていった、そんな感じか?
まぁいいか、呼ばれた本題はどうにかなったし退治される事もなくなった。
山鳥押し付ける予定だった竹林の焼き鳥屋さんの苦笑いは見られなくなったが、とりあえずこの場はささっとお暇しよう。
茶化してもよいが、この場に残っているとまた鷽が帰ってきそうだ。
漫画三月精を発掘したのでその辺りから。
エンガチョ、語源は縁を(チョン)切る だそうな。