酒処に入った時にはいなかった鬼も加わり正しく鬼夜行の列となった一団の一番裏手で、長い煙管を加えつつ、ダラダラと足を動かしている。
列の先頭は金髪の土蜘蛛、繊細だがコシのある、糸のような金の髪を揺らして妖怪行列の先頭として酒場の入り口から出て行った。
先陣を切ったヤマメの両手には、もはや一緒にいて当たり前と言っていい相方が抱えられていて、互いに体の一部といっても過言ではない状態で、そこに収まるのが当然のようにキスメ入り木桶を抱えて先頭を歩んでいた。
他人に揺らされるのは好きじゃないと言っていたキスメだったが、ヤマメが抱えて歩く際の揺れには文句を言った事がないように思える、単純に慣れているのかね?
まぁなんでもいいか、それがどうであってもあたしが文句を言われることには変わりない。
少し回り始めた酒の力か、ほんの少し左右に揺れて、止まる寸前の振り子のように歩くヤマキスコンビに続くのは、金赤金の二色の頭をしたトリオ。
左側から妖艶な金の髪を揺らす嫉妬の鬼、右側に立つのは力強く輝く金の長髪を広い歩幅と同じ感覚で揺らす飾り言葉のいらない鬼で、真ん中の偶に手酷くしてくれる赤髪の鬼嫁を挟む形で歩いている。
並ぶ左側から順に背が高くなっていき、頭半分ずつ頭頂部がズレていく三人。
なんだか階段みたいだなと思ったが、嫉妬して気持ちを高め、激しく叩いて傷めつけ、それでもダメなら殴り飛ばすという、違う意味での階段にもなっているように思えて、クスリと小さく笑うと隣の灰色仲間から何? と問掛けられた。
「何笑ってるの? 思い出し笑い?」
「正しく言うなら思いつき笑いって感じね、身長差が面白いなと思って」
土蜘蛛が先陣を切っている小さな百鬼夜行の列、その殿はあたしと読めない覚という、糸で手枷をはめられて鬼二人に連れられる灰色頭の囚人コンビ。
酒場を出てすぐはあたし達二人がトリオの位置にいて、前と後ろから挟まれていた。
すぐに興味の先が逸れるあたしと無意識で動く妹妖怪があっちへ行ったりこっちへ行ったりしないようにと、パルスィと勇儀姐さんにそれぞれ睨まれていたのだが、いつの間にか最後尾へと追いやられ連行される形となっていた。
無意識や意識を逸らしてこの位置に来たのではなく、あたし達の視線の先で揺れるヤマメのポニーテールにじゃれついていたら、二人してうざったいと怒られたため、先頭から離れざるを得なかっただけである。
じゃれついてくれと言わんばかりに揺らすのが悪いとあたしが言うと、そうだそうだとこいしも乗ってきて、更に煩くなったヤマメに二人揃って癖の悪い手を糸で巻かれ、頑丈な糸の先を鬼神二人に預けられてしまっていた。
「勇儀さんもでかいけど雷鼓ちゃんも大きいね」
「そう? あれで丁度いいのよ、あたしがつま先立ちになる丁度いい高さなのよね」
「お、アヤメちゃんが乙女チック! 気持ち悪い!」
「気持ち悪いとは心外ね、これでも雷鼓には素直な乙女よ? それは兎も角、端から見るとアレくらいの身長差なのね。客観的に見ると意外と面白いわ」
あたしを縛る糸を持つ手の先、嫉妬の鬼とその隣の鬼嫁を見比べて、他者から見るとあれくらいの身長差なのかと気が付いた。
体躯の凹凸もほぼ一緒なら身長もほぼ一緒くらいの橋姫さん、耳の分だけあたしが高いけれど仮にあの尖り耳が頭の先にあったならパルスィの方が背が高くなる、それくらいの差しかないだろう。あっちは他者を妬み他者の心を燃やす妖怪さんだが、こっちは他者を嘲笑い他者の頭を熱くさせる妖怪さんだ、その辺も似ていそうな気がしなくもないが、言うと一緒にするなと怒られる事必至なので言ったことはない。
「それでアヤメちゃん、お姉ちゃんに何するの?」
「背中を流してあげるって約束したのよ、あたしは背を流すからこいしは前を洗ってあげたら?」
酒場で見せたように指先をワキワキとさせて、姉妖怪に仕掛けるイタズラを二人で話していると、またそうやって手癖が悪いと、糸の先から声が飛んできた。
言葉を飛ばしながら、握っている糸をクイっと引っ張り指の動きを阻害してくる嫉妬の鬼姫様。
あたしを連行する側のパルスィは先程からこれくらいで、口煩いだけで済んでいるが、こいしの繋がる先の鬼はもうちょっと豪快で、今もこいしが勇儀姐さんの背中へと強引に引っ張られて体ごと張り付いている。
懲りずに数度張り付いては、その度にキャッキャと騒ぐ妹妖怪とカラカラと笑う姐さんが見られて、あっちもあっちで楽しそうだと笑んでいると、楽しげに連行されるあたし達が気になるのか、ちょいちょい振り向いては笑っている雷鼓と目が合うことも多かった。
声を出して笑ってはいないが、なんとなく和やかな雰囲気を楽しんでいるような顔でこっちを見てくれて、特に意識せずにあたしも笑んで返していた。
二人でいるのも良いが悪友に囲まれて笑う今のような状態も、これはこれで悪くはないなと思う心半分、出来れば何が面白いのか言ってくれればいいのにと考える心半分のまま、今日のイタズラの本命がいる屋敷へとたどり着いた。
~少女入館中~
大きなステンドグラスと庭先のペット達が目印代わりの地霊殿。
一行を迎える為に内開きの扉が開かれる、なんて事はなく、迎えられる前に勝手に扉を開け放ち、ゾロゾロと赤と黒の色をした床の上へと踏み入っていく妖怪連中。
屋敷に入る前にあたしとこいしの手枷は解かれて、二人して解かれた瞬間にヤマメのポニーテールを引っ張ってみたり、そのポニーの尻尾で本体の後頭部をペシンとしてみたり、窘められても懲りずにヤマメで遊んでいると屋敷の主が奥から出てきた。
三つのジト目にあたし達の集団が映ると一瞬だけ全ての瞳が大きくなったが、こいしとあたしの二人を捉えてからは眉根を寄せて瞳を揺らし始めてくれた…悪戯されるのが嫌なら拒否してくれても構わないが、その拒否を聞き入れるかどうかはまた別の話だ、今日はすっぱりと諦めてくれ。
「また大所帯で、せめて一言くらい…いえ、いいです。各々別の事を考えないで下さい、玄関先で騒がしくされては困ります」
内も外も煩く感じるのはお前だけだ、少しは喧騒に慣れたかと思ったがそうでもないのか?
なんだよ、あたしだけを睨むなよ。
軽く手先を上げて挨拶している土蜘蛛と木桶に橋姫、声に出して邪魔するよと言っている勇儀姐さん辺りはそのまま挨拶をしているだけだろうが、いつの間にやら隣に来ていた雷鼓は訝しい顔で他人行儀な挨拶をしていた。
地底の連中とは面識があると思っていたのだが、この雰囲気からするとさとりと会うのは初めてなのかね?
勇儀姐さんに拉致られたのだから、旧地獄の要所は連れ回された後かと考えていたがそうでもないのか、あれか、攫うだけ攫って後はいつもの様に酒でも飲んで慰めてくれていたのだろうか?
「その考えであっているようですよ、こいしから聞いてはいましたが顔合わせは初めてですね、古明地さとりです。貴女もアヤメさんに振り回されて大変ですね、堀川雷鼓さん」
「本当に大変よ、今日も連れ回されてるし。こいしちゃんから聞いてたけど、本当に心が読めるのね。よろしくさとりさん」
あたしには見せない穏やかな表情で雷鼓と挨拶を交わすさとり、雷鼓の方も訝しい顔から柔らかい表情になっている。
初対面だという割には変に仲が良さそうな雰囲気が見えるこの二人、互いに聞き取れなかった誰かに振り回されて大変だとか言っているが、何を分かり合っているのだろうか?
あれか、普段から揉まれている者とこれから好き放題に揉まれる者同士だから気が合うのか?
「何か違う単語が聞こえますが、背を流しに来たのでは?」
「そうだったわ、あたしは背を流しに来たんだった」
「わざわざ『あたしは』なんて言わないで下さい、他の皆さんも…歓迎はしませんがお風呂であればお好きにどうぞ、私はまだ仕事が残っていますので」
もてなしはないけれど追い出しはしない、後は好きに過ごせと言いながら踵を返し足早に書斎へと歩み去る姉妖怪。
久々、という程でもないが数カ月ぶりに来たというのにつれない態度で面白くない、他の皆は折角来たしとりあえず風呂だ、とりあえず酒だと各々好きに言いながら露天風呂のほうへと歩み始めた。
大勢の足音が離れていくのを確認すると、なんでか皆とは一緒に行かない雷鼓。
あたしが一緒じゃないと嫌か?
それはそれで愛らしいが、今は雷鼓よりもさとりだ、申し訳ないが先に行っていてくれ。
「皆と一緒に行かないの? ここのお湯は格別よ? ぬえのたんこぶも治ったし、ペットが泳いで溺れるくらいに広々として気持ちいいわよ?」
「アヤメさんは? 遊びなら皆で楽しく、なんじゃなかったの?」
「子供じゃあるまいし、さとりでは遊ぶけど風呂で遊ぶなんて事はしないわ。アレを連れ出したら合流するから先に行って飲み始めていていいわ」
雷鼓の両肩を捕まえて少し強引にくるりと回す、ちょっと、と文句を言ってくるがそれは気にせず尻を軽く叩いてさっさと行けと促した。
叩かれた尻を撫でながら渋々と歩み始める雷鼓、この場での会話の〆を打たれた太鼓らしく、振り向くこともなく皆が消えていった廊下の角を曲がっていった。
静かになったしとりあえず姉を誘いにいきますか、さとりがいないのでは心残りが解消できない。
赤と黒が交互に並ぶ床を、右足は黒、左足で踏むのは赤などと決めてつらつら歩く。
さとりのいるだろう書斎の奥の方、皆が消えた廊下とは真逆の廊下の角には案内係のハシビロコウさん。
彼女と顔を合わせるのも数ヶ月ぶりだなと、書斎に踏み入る前に少しからかってからいく事にした…のだが近寄るとわかる羽の乱れ具合、これはあたしよりも先にこいしにやられたなと、乱れた羽を整えるように撫でると、嘴で頬ずりしてくれた。
ここの主はともかくとして、話す部類のペットも話さない部類のペットも皆素直で可愛いなと愛でていると、通り過ぎた書斎の扉が薄く開いた。
「乱れていた心が落ち着いたかと思えば…湯浴みではなかったのですか?」
「分かってて言うのは良くないわ、湯に浮かぶ大小の山々を望みながら湯浴みと洒落込みたいから早く行くわよ」
勇儀姐さんを筆頭にして雷鼓にパルスィヤマメと続いて、〆はさとりかこいし、もしくはキスメとなるだろうが下手をすると覚姉妹よりもキスメのほうがあるかもしれないな。
そのうちには仕事を終えたお空やお燐も姿を見せてくれそうだし、今夜の山脈も目の保養とするにはうってつけではある…今日の本題としていて、一番近くで眺めるつもりの小山が一番小さいかもというのが残念ではあるが、こいつもないわけではないし小さいほうが感度がいいという話も…
「私もあの子たちもまだ仕事が残っていると…その卑猥な考えと目をやめてください」
「辛辣ね、女としてそういった目で見てもらえるのよ? ここは喜ぶべきではないかしら?」
「今の考えの何処を捉えれば喜ぶべきだと思えるのか、良かったら教えてもらえせんか?」
「感度、とか? あたしはあるからわからないけれど、ない方がイイって聞くわよ?」
書斎の扉を半分ほど開いて、さとりが書斎から半身だけを廊下に出しての会話。
言う通り仕事が残っているから書斎からは出ずに、中途半端な体制で話し始めたのだろう、扉に挟まってしまえば体が萎んでしまいそうなほどのため息をつくさとり。
あたしとしては褒めた、つもり、ではなく本心で褒めたのだがため息なんかついてくれて、少々下品な褒め方だとは思うが悪いやら、ペッタンコやら言われるよりはいいと思うのだがそうでもないのか?
まぁいいか、今のように誰かを褒めてやってもため息をつかれたり、残念な目で見返される事にもここ数年で慣れてしまって、これくらいの事では全く動じなくなった。
「アヤメさんが動じなくとも言われる方はまた別です、心の機微を知るのは得意なのではなかったのですか?」
「得意なつもりだっただけで、実質はそうではなかっただけよ。相手の事を気にせずに一方的に騙し化かす、思い返せば最初からそうだった気がしなくもないわ」
姿勢も態度も、立ち位置も変えずに話が進んでいく。
今動いていないのはさとりの方だと思えるが、話の方は内面的な事で、あたしが思ったのは物理的に動いていないって意味合いだったか。
まぁいいか、どうでもいい事だ、思考が逸れる前に会話の方に集中しよう。
あたしが初めて化かしたのは人間が相手で、食うだけ喰って逃げる最中に姿を変えて驚きを提供したのが始まりだったはずだ。
大昔の事で情景は思い出せないが、腹を抱えて笑えるほどに上手く騙せて、それに痛く感動し、それからはそうやって驚きを提供することで生きてきた、あの頃も今も意表をつければ何でもよくて、相手の心情などわかったつもりになっていただけで実際はよくわからない。
さとりのように読めるなら便利だとは思うが、全て読めては面白くないし、あちらを立てればこちらが立たずというやつかね、この感覚も。
「人の事を言い切るのは構わないですが、さっきから私を構っていていいんですか? 待たせているんでしょう?」
「待たせているから早く行こうと言ってるの、背を流す約束もあるのだし仕事なんて後にしなさいよ。いつもなら途中で折れるくせに今日は強情ね、何かあった?」
普段のさとりなら、どれだけ抗っても無駄だと悟りさっさと仕事をぶん投げてこっちに付き合ってくれるのだが、今日に限って珍しく強情だ。
口ぶり強く態度はつれないってのがいつものさとりだが、態度まで強く出てくるのは珍しい…なんだろうか、強く出られるような事でもしただろうか?
昔も今も変わらずに接しているつもりだが、なにか変化があるだろうか?
「そうやって考えるのも良いですが、何か忘れていませんか?」
「何か? 何かって何よ? 都合よく忘れるのは常の事でしょ?」
「本当に都合がいい、そんな事だから…いえ、いいです、なんでもありません」
「なに誘い受けなんてしてるのよ、言いたい事があるなら…うん?…もしかしてそれ? だったらごめんなさいね、そっちは完全に忘れてたわ」
じっとりねっとりとした瞳の群れが更にジットリとした物になり、緩く弧を描く眉も平坦なものへとなり始めた。
あたしは覚ではないが、今のさとりの心なら読める。
やっと思い出したのかこの馬鹿は、確実にこういった事を考えているはずだ。
目は口ほどに物を言う、その目が唯でさえ多いのだから言ってくる事も多く煩くなるのだろう、そのお陰で言葉など投げられていないのに何故か耳が痛い。
鎖飾りの突いた左耳と頭を掻きながら、理由のわからない痛みを逸らすように、さとりと交わした別の約束も思い出す。
ミスティアと響子ちゃんの二人から逃げるように地上から地底に来た日。
雷鼓に手酷く愛撫され動きの悪くなった右手を治そうと、湯治に訪れ暫く滞在させてくれと言った時の事だったか。
滞在する条件として、何かあるなら口に出して言う事、さとりの会話の練習に付き合う事なんてのを約束させられた気がする。
あたしが約束したと思い込んでいた、背を流すというやつは地霊殿を出る寸前にさとりに向けて言い逃げした事で、これはエンリョシマスなんて言われていたような気もする。
てことはなんだ、その時の約束を守らせようとして頑なに仕事だと言ってあたしを捕まえていたって事か?
「死んで記憶でも飛んだのかと思ってましたが、単純に忘れてたんですね」
半分しか開いていなかった扉を押して、全開させるさとり。
開ききった扉の奥、視界の端に入る仕事用の机の上は理路整然と片付いていて、さとりのきっちりとした性格がわかるほどの整理整頓具合だ…ってちがうな、見るべきところはそこじゃあない。
完全に片付けられた机、これが語るのは仕事なんてないって事だ。
こいつ、本気で構って欲しかっただけか、珍しく可愛らしい一面を見せてくれて、なんだい?
そんなに寂しかったのかい?
「亡くなったという知らせを聞いて、悲しんだのは雷鼓さんだけではないんですよ?」
「死人に口なし、と逃げてもいいけどそれはさすがに失礼よね。ただいま、どうにか帰ってきたわ」
「おかえりなさい」
廊下に全身を出して書斎の扉を締める書斎の主。
帰ってきた挨拶を済ませたからか、とりあえず会話の練習はここまでにしよう、そんな事を態度で示すようにゆっくりと露天風呂のある方面へと歩み始めた。
少し歩いては立ち止まり、こちらに振り向いて行かないのかという顔で覗いてくるさとり。
「しかし、
「あの方って紫? あいつが何か言ってたの? またろくでもない事吹き込まれたんじゃないでしょうね」
「話してはいないんですよ、天狗の書いた訃報を届けてくれました。雷鼓さんの事も少し書いてありまして、戻ってきて驚かせてくれるかもと、住まいを離れず手入れしていると…本当に雷鼓さんには同情を禁じえませんね」
「その新聞残してないの? どんな書かれ方をしていたのか少し気になるわね、そういえば雷鼓とは初対面じゃなかったの?」
先の廊下を歩くさとりに追いついて、隣に並びつつ新聞を残していないのかと問掛けてみたが、記事を信じないお空が綺麗に焼きましたと苦笑しながら言われてしまった。
天狗の新聞なんて大概は嘘かマッチポンプな物、もしくは身内ネタくらいしかないから普段から信頼性など皆無だが、それでもお空の気持ちは嬉しいものだ…顔を合わせたら存分に愛でてあげよう、真っ直ぐに飛びついてきてくれると嬉しいが、どんな反応をするだろうか。
烏の書いた記事を核反応、ではなかったか、核融合の力で焼き払った地獄烏の姿を妄想しつつ歩いていると、話ついでに口から出た雷鼓の方も教えてくれた。
「初対面ですよ、間違いなく。妹やお燐、他の方からも少しは聞いていましたが会うのは今日が初めてです。それが何か?」
風呂へと向けて動かす足を、さらにゆっくりとした動きにして歩く姉妖怪。
さとり本人がそう言うのだから正しく初対面、雷鼓の方もあの態度から、話としては知っていても話した事はないといった感じを受けたのだが、初対面の挨拶時にはなんとなく互いに心安く接していたように思えた。
愛しい者と親しい者が仲よさげなのは何よりなのだが、なんだろうか、この感覚。
以前にもこんな…既視感というやつか、これは?
前にも似たような感覚を覚えたような…誰かを連れてきて初顔合わせを済ませてから、こんな風に真面目に考えていた事があったような、なかったような…
「相変わらずで安心しました」
あたしの何かに対して不変で安心だと、顔を見上げながら話してくれる地霊殿の主様。
安心を与えられたのならそれはそれで良いが、何について安心を覚えたのか?
さとりらしくない主語のない物言いで、変な感覚に囚われた今のあたしの理解力では答えが導き出せなくて困る。
それでも聞いたところで教えてはくれないだろう、こうやって思い悩む姿が滑稽で面白いなんて事も言われた事があるはずだ、だとすれば答えを教えてくれることなどなく、悩む姿をジト目で眺めて楽しまれるだけだろう。
他人が思い悩む姿を見ているのは楽しい、それがよくわかるからこそ、さとりの今の顔が面白くない。
「フフッそんなに意地悪な顔をしていますか? 誰かさんを真似ただけですよ?」
意地悪な誰かさんの表情でも想起したのか、小憎らしい笑みを見せるさとり。
似合うには似合うが今その表情は必要ない、必要なのはこの既視感がなんなのか、スッキリハッキリとさせるための取っ掛かりが必要なのだが、記憶の引き出しの何処を開ければ収まっているのかわからない。
さとりが以前にくれた言葉から鑑みればあたしは既に答えをしっているはずだ、連れてきて顔合わせという所に引っかかったのだから地霊殿に来た時の事で間違いないとは思うのだが…初めて会った時は勇儀姐さんを肩から生やしていて、今のような面通しという状況ではなかった、それ以外で誰かと…来たな、こころを連れて遊びに来た時があった。
既視感の理由はそれか?
人は違えど同じ種族の付喪神を連れてきた、こころの事を妹のようだと言われてこうやって考えていたはずだ、あの時は確か…
「変わらず鈍いです、その鈍さでよく嫌われずに一緒にいてもらえますね」
そうだった、こうやって鈍いと言われたのだった。
鈍いとわかっていながらそれを言わず敢えて教えてくれなかったのも、会話の練習ってやつに含まれるのだろうか?
というよりも会話の練習とはなんだ?
言葉を介さない生まれたての赤ん坊でもないのだから、練習などと言い出さずに好き放題に言い合えばいいのだ。こっちの考えは全て読めるのだろうし、それを先んじて噛み砕けば会話なんて楽なもんだろうに。
「理解した瞬間から私への文句で溢れる、本当に都合がいい思考回路ですね」
考えているうちにいつの間にかあたしの足は止まっていたようで、さとりと少し距離が開いていた。
それでも一人で先に進まずに、あたしが追いつくのを待つジト目妖怪。
会話をするのに都合がいい距離で立ち止まり、何かを待つように佇みまってくれている、今度は言いたい事があるのならって方かね?
なら言うだけ言って差し上げよう。
「余計なお世話よ、鈍い鈍いと言ってくれるけどこれで傷付く事もあるのよ? 振られたと勘違いした時は女々しく泣いたし、振り向かせる事に失敗した時はここに来たじゃない」
「ここはアヤメさんの逃げ落ちる先ではないのですが」
「知ってるわ、誰かさんがお空を想起してくれた時にそう理解したもの。それでも、いざという時に頼れる先と相手がいるというのはありがたいものよ」
立ち止まるさとりを追い抜いて、表情は見せずに言いたいことを言い切りそのまま『ゆ』と書かれた暖簾を潜った。
底意地の悪い笑みが似合うとさとりも言ってくれた気がするが、伝えたいことを口に出した今は、なんとなく気恥ずかしくていつものように笑えず、その顔を見せたくなくて足早に追い抜いてやった。
ついでに心も読まれにくいように全力で逸らすと、追いついたさとりが、脱いで全裸になったあたしの尻尾を掴み雑に振りながら、煩いだの聞こえないだのと色々とのたまってくれた。
聞きたいのなら心でなく言葉として話せと言えばいいのに、面と向かっては言ってやらないが、斜に構えた辺りからであれば何度でも言ってあげよう。
いつ来ても迎えてくれて、詳しく話さずとも理解してくれて側に居てくれる。
そんなさとりを頼りにしているし、感謝もしているのだから。
その辺りはまぁいいか、追々考えて必要なら述べるだけだ、とりあえず目的である風呂を楽しもう、忘れていた約束を思い出し心残りを増やしてくれたのだ。
ならばあたしは胸にしこりでもないか、こいしと一緒に入念にチェックしよう。
既視感というあたしの心のコリはほぐれたし、次はさとりの体の方だ。