東方狸囃子   作:ほりごたつ

150 / 218
EX その3 心残り

 長月に入ってすぐだというのに、傾き沈む夕日のせいで紅く色づき始めて見える木々やら、余計に紅く見える赤卒(あかえんば)やらを横目にしつつ、茶の色味が強い大穴をするすると降って行く。

 穴を降り始める前は、夕日を浴びて見えにくく誰そ彼(たそがれ)は、という手合だった隣の赤髪の顔も、穴を降り始めた今はしっかりと視界に捉えられて、久々に二人並んでドラムに腰掛け緩々と降っている。

 今朝一番で出掛けると誘ってみてから、どこに行くのかとソワソワし始めた隣の赤髪 堀川雷鼓。

 妖怪のお山に向かい翔べと伝えた時には一人でも行き慣れているらしく、あまり乗り気ではなかったようだが、今日の目的地はお山ではないと伝えてみると、どこに行くのかと浮つき始めて子供のように気にし始めた。

 昨年の夏にこの世に生まれ、お山の方も行き慣れる程行っていないとは思っていたのだが、ちょっと死んでいる間に結構な頻度で行っているらしい。

 聞いてみれば演奏用の音響設備を河童連中にお願いしてみたり、ライブの宣伝ポスターの写真を天狗二人にお願いしに行ってみたりと、自分の楽しみの為には意外と外出していたようだ。

 しょっちゅう我が家に来ていた文や銀杏拾いで一緒になった椛、里でのちょっとした遊びで知り合ったにとりとの面識はあると知っていたがもう一人の天狗記者、姫海棠はたての方とも繋がりを持っていたとは少し驚いたのだが…言葉を受けて少し考えすぐに思いついた。

 今でも我が家に置いてあるあたしの遺影、あれに使われた写真は、地底ではたてが鬼連中を釣り出すのに使ったアレだ。

 雷鼓と二人で笑っていたあの時の写真を少し加工して使ったらしく、写真の手配やらの時にでも知り合ったのかな、なんて考えていた。

 

 少し考えている間に、いつもの首狩り区域へと差し掛かる。

 案の定、勢いつけてあたしの首目掛けてくる釣瓶落とし、地底で目立つ緑髪を振り子の軌道に乗せて靡かせながら向かってくる、木桶妖怪キスメ。

 

「キスメさん、なんだか元気に見えるわね」

「いつもの事よ、まぁ見てなさいな」 

 

 連れてきたことはなかったはずだが、なんだか元気だと、普段の木桶の様子を知っている素振りの雷鼓。

 いつもであれば逸らすだけ、気分を変えてもとっ捕まえるだけだったのだが、今となってはそうする必要もなく、あたしの首目掛けて振りぬかれる、夕日を照らすオレンジの鎌を避けもせずに首に受けた。嬉々とした表情であたしの首目掛けて振り下ろされるが、スルッと抜けていくだけの首狩りの鎌。二度ほど往復しながらその度に首目掛けて振り下ろされたのだが、何度首を狩られてもあたしの形を象っている煙が揺れるだけで、頭が落ちたりすることはない。三度目の斥候時にあたしを見て苦笑する雷鼓と、雷鼓を見て笑むあたし達二人に捕まり止められて、今まで見てきた中では一番の表情、肩を刈り落とされたくらいにがっかりとした顔色を見せてくれたキスメ。

 出会った際の、定例のお楽しみを奪ってしまって申し訳ない気もするが、こちらとしては何もせずに化かせた事が非常に面白く、ニヤニヤと笑んでいると素直に首を刈られろと罵られてしまった…残念だったな、既に事切れ首落ちだ。

 

「これの何がいいの? 雷鼓?」 

「…なんだろう?」

 

 ヤマメの糸のような妖気を感じる縄を切り、バスドラムに括りつけて下げた木桶。

 あたし達の尻の下から聞こえる、機嫌の悪いキスメの声に悩み、あたしの顔を見ながら返答をしている。首を落とせず気を落としている木桶に、何がいいのかと問われ、どこがいいのかとあたしの顔を見ながら首を傾げるうちの嫁。

 結構真剣な悩みのようで首とともに椅子代わりのドラムも傾いて、下の方で傾けるな、揺れて酔うなどと文句が飛んできた…普段から吊り下がって揺れているくせに、自分から揺れる分には慣れているらしいが、他者に揺らされたり回されたりすると酔うらしい。

 小さい形して文句は多いが、普段は我儘も言わず静かにしている事ばかりなのだから偶には煩いキスメもいいかと、雷鼓の手を取り落ちないようにして、バランスを崩すようわざとドラムの端に座って余計に傾け文句を増やし、ギャアギャア言われながら次の地底妖怪の所へと降っていった。

 

~少女降下中~

 

 振り子時計のように下方に木桶を垂らして進む、旧地獄へと続く鍾乳洞。

 焦って向かうようなところではないし、急いで移動などしていないが通い慣れた道は短く感じられて、遠くの方に渡る者の途絶えた橋が見えてきた。

 誰も渡らなくなったという割にはあたしやらヤマメやらが屯していて、人気が多いように思える地底世界の玄関口。今日もいつもの様に欄干に背を預けて佇む橋の主と、その隣で同じような姿勢でいる土蜘蛛が視界に収まる。見慣れないだろうバスドラムが二人の近くまで来ると、あたしよりも先にドラムの話せる部分と土蜘蛛橋姫が何か話し始めた。

 

「お、お二人さん。揃ってなんて始めてじゃないかい? 今日はどうした?」

「その節はどうも、ヤマメさん。私に聞かれてもわからないわよ? 思い付きについてきただけだし」

「そっちの死人の付き添いね、付き合いよくて妬ましいわ」

 

「心残りを解消しに来てみたのよ、ヤマメは兎も角パルスィの反応は意外だわ、もうちょっと強く妬まれるかと期待していたんだけど」

 

 ハンカチを噛む程、とは言わないが緑色の瞳を揺らしてもう少し強めに妬んでくれるかと思っていたのだが、予想していたよりも落ち着いていて、拍子抜けというかなんというか面白くない冷静さだ。生前に残した勇儀姐さんとさとりとの約束を守り、スッキリと生まれ変わった気持ちで亡霊生活を洒落込もう、なんて考えて、ついでにパルスィに妬んでもらおうと雷鼓の手を握ったまま来てみたというのに、これではいつも通りだ。

 

「パルスィ、貴女橋姫としての矜持はないの?」

「喜ばれると分かっていて、恨み辛みを述べる橋姫がいるかしら?」

 

「ふむ、嫉妬の権化としてはどうかと思うけど…確かに気持ちよく妬めないか、難解な思考で読みきれないわね妬ましい」

「妬まれに来たのか、妬みに来たのか、どちらにしろ良く顔を出せたものね」 

 

 妬んでくれない橋姫に代わり妬んでみたのだが、どうにもお気に召さないらしい。 

 さとりの背中を流すという約束を守りに、勇儀姐さんに嫁の自慢をしに来たと胸を張って言葉を述べると、前者はともかく後者は覚悟してから行きなさいとパルスィから変なアドバイスを受けてしまった。

 覚悟とはなんの覚悟だろうか?

 本当に自慢しに来やがったと豪快に笑われて、殴り飛ばされでもするのか?

 いやいや、姐さんの性格から考えれば笑うだけ笑って酒のんで終わりのはずだ、鬼の怒りに触れるような事をしていただろうか?

 生前の事を思い出し、何を話し遺していたかと考えていると、自慢する予定のあたしの嫁が少しだけオロオロとし始めて、宙に浮かぶバスドラムの上で指先をワタワタとし始めていた。

 なんだ、この空気はお前のせいか? 

 

「雷鼓が何か言いたそうなんだけど、ヤマメもキスメも、パルスィも何か知ってたりする?」

「さぁ? あたしらは機嫌の悪い勇儀しか見てないねぇ」

 

「ご機嫌斜めの姐さん? 珍しいわね」

「アヤメの墓参りをして帰ってきてから機嫌悪かったわ、いつものあの鬼やら八つ当たりされて、結構荒れてたのよ」

 

 地上では忘れられたくせにあたしの墓参りをしてくれたのか、わざわざあたしの為に地上に出てくるなんてありがたい事この上ないが、そこで何かあって機嫌を傾けたと考えるのが正しいか?

 なんだろうか、そんなに気に入られていただろうか?

 一晩共にするくらいの仲ではあったが、互いに命のやりとりをしてみたり、今は仙人稼業に身をやつしているあの人と一緒になって嗤った事もある。

 豪快で荒っぽい事ばかりが目立つ勇儀姐さんだが、今日着ているコート以外を全身コーディネートしてくれたりと、意外と乙女らしい一面も見せるお人だ、墓参りで何かありそれが荒れた原因となったのだろうか?

 

「悩んでるけど、雷鼓に聞いたら早いんじゃないの?」

「パルスィの言う通りだけれど、すぐに答えを聞いては面白くないし、雷鼓にドヤ顔出来ないじゃない」

 

「ドヤ顔ねぇ、どれ、暇だしドヤ顔出来るのか見に行ってあげるよ。ついでにさとりのところで湯浴みしながら酒盛りといこう」

 

 キスメ入りの木桶を再度雷鼓のドラムに糸を伸ばして、強めに括りつけて一人歩み始めるヤマメ。

 向かう先は旧地獄の繁華街にある、地底に来る度に騒いでいるいつもの酒場の方向で、ちょっと進んでから早く来いと、あたし達全員に向かって手招きしてくる。

 あたしとしてはもう少し熟考して、あれやこれやと妄想に浸りたいところなのだが緩々と進むバスドラムと、珍しくあたしの手を取ってさっさと歩き出した、普段はつれない橋姫さん、水橋パルスィに連れられて否応なしに動かされた。

 あたしが死んでいる間、これから会う姐さんがロリっ子鬼にぶん投げた欄干の修復工事中に、ちょっとだけ吊られたからつれない事もなくなったのだろうか?

 それならば面白い、ってあまり引っ張らないで欲しい…物理的に腕が抜けそうな体になったのだから。

 

~少女達移動中~

 

 訪れる度に重さが増していく酒場の引き戸を荒々しく開け放った、鬼のいない夜行の列、その先頭は黒谷ヤマメ。

 明るい声で勇儀いるかい? と店の中へと消えていくのを列の最後尾から眺めて、ヤマメに続いて酒場の暖簾を潜っていく雷鼓とキスメの赤緑コンビも見送った。

 後は手を引いてくれている橋姫さんが店内へと入ってくれれば、あたしはまた一人で妄想の世界に帰れるのだが、ズルズルとあたしを引きずりながら店の暖簾を潜ってくれた…種族橋姫の癖に力強いがこいつも一応鬼神の内ではあったか、あれやこれやと見せる面が豊富で妬ましいな。

 

「お、なんだいヤマメ…ってようやく来たか、人泣かせのアヤメよぅ」

 

 嫉妬の鬼神に引きずられて、軽々ポイっと投げられた先の小上がりでいつもの様に酔っ払う、鬼の大将星熊勇儀。

 顔よりも大きな真っ赤な杯を煽っては、その度に酒を次いで飲み干していくウワバミの姐さんの横へと投げ捨てられて、そのまま肩を組まれると酒臭い息をかけられた。

 あたし達が訪れる随分と前から呑んでいるようで、席に着いた矢先からほんの少し出来上がりかけている一本角の鬼に、ただいまと述べてみると、豪快に笑い、よく帰ったと言いながら顔の半分を殴り散らされた。

 

「いきなりご挨拶ね、殴りたいなら先に言うなりしてくれないと困るわ」

「おぅおぅ、萃香の言う通り殴り甲斐のない体に成っちまって、表情の次は体もスキマに似たなぁ、アヤメ」

 

「あっちは感触が悪いんでしょう? あたしは殴れなくなっただけよ、ちょっと違うわ」

「拳を向ける気が失せるってのは一緒さね、力込めて殴ればぶん殴れるのかねぇ」

 

「試すなら付き合うわ、万一がありそうだから、出来ればさとりと会ってからにしてくれる? あっちもあっちで約束があるのよね」

 

 約束ねぇ、なんて呟きながらまた盃を煽る姐さん。

 口ぶりはいつも通りだが話してくれる内容はいつもよりも随分と物騒で、喧嘩腰とも言い切れるような物言いだ。何がそんなに気に入らないのか、考えたところでわからないから気にはしないが、出会い一番で拳を振られるってのは少し気に入らない。

 買い言葉のつもりでまたお預けを述べてみたが、その言葉にまた少し苛つくような仕草、旨くなるはずの星熊盃を煽りながらマズイ何かを呑んでいるような顔を見せてくれる。とてもじゃないが自慢できるような空気ではないなと、隣の小上がりに腰掛けた各々から感じる視線でわかる。

 楽しく飲み食いすべきな宴会の場で座りの悪い思いを感じていると、掴まれている肩がボフンと握りつぶされる…飛ばされた顔といい肩といい、随分と雑な扱いだ。

 

「万一なんて後回しにしてくれて、さとりとの約束がそんなに大事な事かい?」

「内容はそれほどでも、けど守ってもいい約束だとは思ってるわね」

 

「ほぅ、自慢する為に連れてきた奴との約束は破ったくせに、そっちは守るのか」

 

 欠けた顔と肩を埋めるのに、煙管加えて煙を湛えて元の形に戻していくと力強さの宿る瞳で、これでもかと睨まれる。

 睨む鬼は少し放置して言われた事を少し考えるが、深く考えずとも言われている意味は理解できる。置いて逝くなという約束を破り一度は置いて逝ってしまった、今は戻れて結果破らずに済んだ形に収まっているというだけで、実際は一度破っている。

 約束した本人からは追求されないから、然程気にしていなかったけれど…こっちは勝手に消えて勝手に帰ってきたけれど、雷鼓にはそれらしく残ってくれないと困るなどと、正邪の追いかけっこの途中で地底で姐さんに言い切った事もあったな、そういえば。

 

「雷鼓との約束を破ったあたしが気に入らない、って事でいいのかしら?」

「他人との約束を破ったのが気に入らないわけじゃあないさ、破って嘘とした事で、サメザメと泣いた誰かがいるのが気に入らないのさ」

 

 なんでもあたしが霧散して一週間くらいした頃に墓参りをしてくれたらしい。

 そうして地上を訪れた際に、墓前で声を殺して泣いている誰かさんがいたのだそうな、その日は何もせずに戻ったらしいけれど別の日、二月目の月命日に再度訪れた時にも同じ様に膝を追って泣いている誰かさんがいて、見逃すには気に入らないって事になったのだと。

 

「偉そうに約束だといった割にはつまらん嘘にして死にやがってと思ってな、萃香から冥界にいると聞いて殴りこみに言っても良かったが…いるならそのうち来るだろうと思って待ってたのさ」 

「戻ってくると確証なしで思ってもらえたのは何故かしらね、あたし自身分の悪い賭けだと思っていたのに」

 

 さっきからこちらを見ずに、隣の小上がりであたし達の話に聞き耳を立てている、墓前で泣いてたはずの誰かさんばかりを見る勇儀姐さん。

 自慢する前から気にかけるほど気に入ってくれてそれは何よりだが、無条件で戻ってくると思える何かなどあっただろうか?

 勇儀姐さんの見ている先、金髪二人と緑髪に灰がかった緑髪、それと赤髪が飲みながら盗み聞きしている小上がりを見ながら悩んでいると、鬼らしい理由から戻ってくるという考えに至ったと教えてくれた。

 

「成りきれない鬼がいるのは知ってるだろう? あれを四十九日の夜に墓前で見たのさ、終われないと言ったくせに終わりやがって、押し付けたまま死んで気に入らないと吠えてたな」

「正邪か、覚えておいてもらおうと思ったのとは違うけど、お陰で忘れられずにすんで良かったわ」

 

「冥界で顕在だと教えてやったらすぐにいなくなったな、なんだ? 会ってないのか?」

「まだ顔を合わせてはいないわ、それよりもさっきはなんで殴られたのよ?」

 

 殴られる事はなかったが殴ってくる拳で散らされて、とりあえず殴ったとでも考えてくれたのか、いつの間にか見慣れた豪快なだけの姐さんの顔に戻っていた。

 それならばあたしもいつも通りの姿勢で話す、気になる事やらわからない事は知っている相手に素直に聞く、頼って甘えて教えてもらう。

 これも気に入らないと言われればそれまでだが、煙管と煙草を収めている腰のバッグやら、今着込んでいる服やら耳の枷やらと、生前から甘やかしてくれた姐さんだ、多少甘えたところでなんちゃないだろう…多分。

 開襟シャツの襟やら腰のバッグに手を伸ばし、小さく撫でつつ甘え方を考えていると、丁度それの時に言ったはずだと、盃を煽りながら追加の答えを教えてくれる。

 

「面霊気を連れてきた時に言ったろう? その場で終わる方便なら構わないと…戻れたからいいものの、戻れなかったらアレは泣いたままだったろうに。笑える方便なら目を瞑るが痛い目見せっぱなしの嘘は気に食わん、だから殴ってやったのさ」

「こころ?…後腐れのない方便なら、なんて言われてたわね、そういえば」

 

「そうさね、墓参りにと何度か訪れてみれば、その度に声も出さずに泣いててよ、思わず攫っちまった」

 

 キスメが元気だとか、ヤマメパルスィの二人も知っているようだった雷鼓の態度、地底の連中と面識があるのはそういった理由からか、鬼に攫われたのでは否応なしに連れ去られる他はないだろうし、そこはまぁよしとしよう。

 問題は攫われたというところから繋がる方だ、人の物に手を出していたりしたらいくら勇儀姐さんといえど…うん、これがあれか、パルスィがあたしの手を取って来た理由か。

 あたしも雷鼓もお世話にしかなっていないはずなのに、余計な方面で心配し勇儀姐さんに対して少しだけ憎らしいような気持ちを感じる、これが嫉妬心ってやつだろうか?

 余り気持ちのいい感情ではないが、さてはこうなるとわかっていたな?

 妬まれに来たのか妬みに来たのか、なんて事を言っていた気がするがなんだ、きっちりと妬み成分回収するつもりだったんじゃないか橋姫さん…今もこちらを覗き見ながら瞳だけで笑んでくれているし、してやられたわ、頭の回る策士で妬ましいな。 

 住まいを出る前に浮ついてた雷鼓の仕草もコレを懸念してだろうか?

 あたしが嫉妬する、という事はいない間に浮気でもしてくれたか?

 しかも相手はこの鬼だろうか、だとしたら気に入らないが諦めざるを得ないな、雷鼓が喧嘩して勝てる相手ではないだろうし、いなくなったあたしがそもそも悪いのだろうし…

 なんて慣れない嫉妬心に身も心も委ねていると、組まれている肩を揺らされて嫉妬の海から豪快に釣り上げられる。

 

「パルスィみたいな顔してくれるのはちょっとした驚きだが、お前さんの忘れ形見に手を出しちゃいないさ、向こうから泣きついては来たがね」

 

 勇儀姐さんに言われてから自分の顔つきに気がつく、目を細め睨むような恨むような者でも見る表情で勇儀姐さんとパルスィを見比べていたようだ。

 自分の事をこう言うのもなんだが、いくらなんでも鈍すぎやしないだろうか?

 自身の事はよくわからないと人里に隠れる、雷鼓に似た髪色の妖怪に言った事もあるにはあるが、ここまで気づかず鈍いとは思わなんだ。

 他者の心を揺さぶって騙して化かす事を生業としてきたというのに、自分の事となるとこのザマでは、その、なんだ、立つ瀬がない。

 

「…胸を借りたって事にしといてあげるわ、揃って甘えっぱなしね、立つ瀬がないわ」

 

「どっちに似たのか知らんがそれはいいさ、瀬がないなら酒に溺れて忘れちまえよ。それでも、珍しく嫉妬なんてしてくれたんだ…泣いてくれる者くらいは大事にしてやれよ」

「そのつも…そうするわ、大事にする第一歩として、まずは約束から消化しましょう。あんた達も、いつまでも聞いてないで混ざってきなさいよ」

 

 そうすると言い直したことで、勇儀姐さんの瞳が随分と優しい物になる。

 そのまま組まれ、掴まれていた肩から感じる圧力もなくなったので、隣から勇儀姐さんの胡座の上へと移動して、隣の小上がりとの仕切りとなっている一枚板の衝立を逸らして動かす。

 横を向いていた衝立がゴツンと音を立てて縦になり、聞き耳を立てていた連中の顔が望めるようになると、勇儀姐さんと二人でこっちへ来いと手招きをした。

 呼ばれてゾロゾロと来る五人の中で二人ほど動きの悪いのがいたが、髪も目も赤いのはあたしの隣へと座らせた…元々赤い目を潤ませているのはなにか、聞けばちょっと思い出していたのだそうだ。

 メソメソとし始めたあたしのお嫁様を見て、また泣かしたと言ってきたのは妹妖怪。

 いつからいたのか知らないが、余計な事を言ってくれて、更に思い出し泣きの勢いが強くなり、このままでは面倒見切れない。

 とりあえず泣き止めと、頭を撫でて目尻を拭い赤い頭を抱き寄せた…そのままの姿勢で、ジャケットの胸元に腕を突っ込み、そのまま泣き止まないのならこの場で別の意味で鳴かすと揉んで伝えるとどうにか泣き止んでくれた。

 言って聞かないのなら体に言い聞かせる、回りからの視線は痛いが嫁を愛撫して何が悪いのか、文句があるなら言ってきて欲しい…同じく体に言い聞かす準備はある。

 両手の指をワキワキとさせ、空気を揉みながら、ある程度騒いだらこのまま皆で姉妖怪を小馬鹿にしに行くと、妹妖怪に伝えると、捉えきれない緑の瞳を楽しそうな物へと変えて同じ緑の瞳に絡んでいた。

 あたしと同じく弄り癖があり手癖の悪いこいしちゃんだ、どんな方法で小馬鹿にするのか、なんとなく察してくれだろう。

 

 ついでにもう一人の緑の瞳、動きの悪かったもう一人のパルスィだがこっちもこっちで涙目だ、あんたが泣くような事なんてあっただろうか?

 衝立を逸らした時にゴツンといい音がしたが、聞き耳を立てるのに近寄りすぎていたのが悪いのだ。

 人の思いを無料(タダ)で味わい腹を膨らまそうとするからそうなる、あたしは兎も角泣いている雷鼓を見て嬉しそうに笑んでくれた罰だ、死者を思う心すら嫉妬と捉えて糧にしたのだから、これくらいいいだろう。     

 たんこぶが出来たと尖り耳の上を抑えて騒いでくれるが、地霊殿の風呂に浸かれば問題ないはずだ。

 治った前例(ぬえ)がいる、だから気にするなよ。




おまけ枠なのに続くかもしれません。
なんということだ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。