東方狸囃子   作:ほりごたつ

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一番好きかもしれないキャラの話です


第十五話 楽と杓

 あらあらうふふと少女たちの笑い声がする。

 少女とは言ってもどこか落ち着いたような、心から笑っているとは言えない声だ。

 声は二つ、一つは聞き慣れたアヤメの声。もうひとつは無邪気さと妖艶さを感じさせる声。声とは別の音もする、コポコポと水を流すような音。

 

 茶壺(急須)に沸騰させたお湯を注ぎ器を温める。

 次にそのお湯を茶杯(湯のみ)に移し茶杯を温める。

 移しきれずに余った湯は捨ててしまって構わない。温まった茶壺に茶葉が入る。

 グラグラと、一度沸騰させてからほんの少しだけさました熱湯を茶壺に注ぎしばし蒸らす。

 蒸らした茶葉が水分を含み、摘まれた頃に芳せていた香りが立ち込めると丁度飲み頃。

 用意した茶海(ピッチャー)に、淹れた茶を全て注ぐ。茶壺から注いだ際に生じる味ムラのないよう一度茶海に移すのだそうだ。

 

 茶杯を受け取り香る、普段飲み慣れている日本茶よりも爽やかさを感じる。口に含む、爽やかな香りとほのかに甘い味わいが口内に広がる。そのまま時間をかけながら、茶杯が空になるまでゆっくりと味わい飲み切って、無言で余韻を楽しんだ。 

 

「素晴らしいね娘々。龍井(ロンジン)って言ったっけ、このお茶。普段のお茶よりも随分と時間のかかる淹れ方だけど中々どうして、待った甲斐があったわ」

 

 そう言い既に空になった茶杯をもう一度嗅ぐ。味わうのもよかったが残り香だけでも十分に楽しめるものだった。

 

「龍井は私の生まれのお茶ですの、日本茶に近い緑茶だから馴染みやすいでしょう? 幻想郷で手に入るか判らなかったのだけれど、こうして手元にあり楽しんでくれる方がいるんですもの、久々に淹れた甲斐がありましたわ。お気に召したのならおかわりもいいのよ、中国茶は同じ茶葉で数回楽しめるものだから」

 

 娘々と呼ばれた女性が微笑みながら、アヤメから茶杯を受け取ると軽くゆすいで水気を切る。

 

「今新しい湯を沸かしているからまた少し待てるかしら。待つ楽しみもわかるでしょう?」

 

 沸かした湯を再度茶杯に注ぎ温める娘々。

 慣れた動きながら優雅さも感じる手つきだ。

 

「待つのは慣れているから大丈夫よ。でも待った結果に起こる事を楽しむのは多いけど、こうして待つ事を楽しむ機会はなかなかないわね」

「あら、何事でも楽しめなくては長い人生損をしてしまいますわ」

 

 先ほどと同じように少しだけさました湯を注ぎ、微笑みながら二杯目の緑茶を注ぐ。

 湯気を薄く浴びる手がとても艶かしくそれだけで科を作ったような色気がある。

 

「さあどうぞ、二杯目も待ってもらった甲斐があると嬉しいわ」

 

 

 命蓮寺で持て余す暇を浪費した後、ふと寺の墓場で目に止まったものがあった。普段は何かを考えるといった行動とは無縁で、操者の命じたままにしか動いていないキョンシーが、寺の墓場で一人静かに佇み何か深い思考に囚われているような素振りを見せているのだ。

 さしずめ考える死体といったところか。

 しばらく眺めて見ていても特になにかするでもなかったため、本格的に死んだのかな?

 なんて思った時だ。

 持ち主が現れてペタペタとキョンシーに触れると、悩むこともなく札を張り替えた。

 すると、すぐにいつも通りの考えない死体に戻ったようで、持ち主の周りをウロウロし始めた。

 なんだ、いつもの光景に戻ってしまったと気を落とし、家路に着こうとした所、纏う衣をふわりと舞わせ近寄って来た持ち主に声をかけられた。

 

「あらあら、どなたに見られていたのかと思えば。珍しい所にいるのね、アヤメちゃん」

「ちょっとお寺で修行してきたのよ、少しは徳が高くなったでしょ? 娘々」

 

 着物の袖を指先で摘み、少しだけ科を作っておどけてみせると、あらあらと微笑まれた。

 会話の相手は霍青娥、邪仙である。

 先に述べたキョンシー操術など様々な妖術・仙術を操り、様々なモノを惑わしては日々楽しく生きている仙人だ。

 その身に纏う羽衣のようにふわふわとした笑みを浮かべ、長く享楽に走り続ける邪な仙人様。

 千年を超え世を楽しんできた人で、本来ならば天人や神霊といった高い位の者となっていてもおかしくないのだが、その楽しむという性質からか天人にはなれていない。

 その辺も気にせず逆に楽しんで見せるのだから大した人だ。

 

 あたしも日々楽しく暮らしているが、同じ言葉でも少し意味がちがう、あたしの場合は自身と共に周りも少しでも楽しめれば、と思う所も少々あるが彼女はちがう。

 心の底から自分だけが楽しめればいいという類の人だ、言ってしまえば吹っ切れている人だろう。そこまで行けるなら日々楽しく生きる事など造作も無いし、楽しさも一入(ひとしお)だろうと羨ましく思う事もあるが、真似は出来ない、する気もない。

 彼女ほど行動的ではない自分には出来ない生き方だとわかっているからだ、思えば出会った時から今のように全てを楽しんでいるようだった。

 

~少女帰想中~

 

 人の世の年号で伝えるならば時は飛鳥時代、倭国と呼ばれていたこの国が日本と呼ばれるのに慣れてきた頃、いつものように人に化け、今日は何を食わせてもらえるのかと都で吟味していた時だ。

 不意に耳に入った人間の噂話。

 この都の偉い人間が大きな寺を建てるらしい。

 今の時代よくある事なのだが少しだけ変わっていることがあり、なんでもその偉い人間が陣頭指揮をとり建立って話だ。宮中に篭もり、ふんぞり返って待っているだけの人間が多いのに、自ら矢面に立つとは珍しい人間、変わり者で偉いそいつに少しだけ興味がわいた。

 盗み食いして街人を化かすのも少々飽いたし、どれ、その偉い人間様を化かしてみよう、そう考え行動に移した。

 大きな寺を建てるという話だ、材料は多くて困ることはないだろう、山でヒノキを見繕って持っていけば建立地に紛れ込むくらい雑作もないはずだ。そんな思いつきから、さっそく山でヒノキを集めて繰り出すことにした‥‥のだが、最初の交渉から疑われるとは思わなかった。

 少し考えれば納得だ、あたしが人の形を取るとどうしても毛色の髪になるし、格好も庶民のそれとは遠い着物だ。ぱっと見なら、病気か何かで髪色の変わったかわいそうな貴族の娘辺りで通せるだろうが、そんな貴族の娘が材木なんぞ自分で運ぶわけがない。

 仕方なく一度逃げ戻り、日を改めて男を雇い材木を売りに行った。その際にも少し疑われたが、床に伏せる父に代わり頑張る健気な娘で押し通した。そうしてようやく目的地に入ったのだが、どれが探し人なのかわからない、楽しむことだけ考えて練りの浅い計画だったと今は思える。

 どうしたもんかと悩んでいたが、運が良かったのか悪かったのか、探し人の方からあたしに近づいてきてくれた。

 

「こんな所で昼間から、名の知れた霧妖怪とは珍しいですね」

 

 言われた瞬間冷や汗が流れた、何かしでかす前に看過されることなどなかったからだ。焦って逃げることも考えたが、下手に動いて捕まり狩られる訳にはいかない、と策を練っているといつの間にか近くに来ていた探し人に耳打ちされた。

 

「焦らなくても大丈夫、ゆっくり話してみたいから後でまた来なさい」

 

 焦りからか知らぬ間に接近を許し、さらに警戒したあたしがおかしいと思えるくらいに穏やかにそう告げ、建立地の喧騒の中に消えていった。

 その場をすぐに離れ冷静さを取り戻してから、告げられた言葉の意味を考える。

 話があるとはどういう事か?

 討伐するための罠かと考えたが、あの人間からは敵意や悪意は感じられなかったし、やる気があったのならあの場で騒ぎ立てていただろう。ならば言葉そのままに話があるというのか、あたしの正体をわかっていてそう言う人間。

 今までで出会った事のない種類の人間に強く興味を持った。

 

〆〆

 

「話があるとは何の事? 人間があたしに話す事なんてなにかある?」

 

 後で、と言われたが、早速その晩に声をかけられた場所へ向かうと、昼間と同じ姿のままの人間がいた。

 

「素直に来てくれて嬉しいわ。噂通りの妖怪だったら私もなにかされると思っていたけど、貴女から悪巧みが聞こえないから安心ね」

 

 聞こえない?

 何のことだろうか?

 

「私は十人の話を同時に聞く事が出来るの、まぁこの場合は話というよりも『欲』だけど。貴女から悪巧みしようという欲が聞こえてこなかったから、少しカマをかけてみただけよ」

 

 なるほど、この人間も特異な能力を持っているのか、そしてそれを教えてくれるくらいだ、昼間感じた通り悪意はないのだろう、なら話がしたいってのは罠ではなく本心か。

 

「呼びつけた要件は昼間に話した通りよ。妖怪の噂を聞いて気になっていたんだけど、実際に会えたから話してみたくなったの。このまま立ち話もなんだし私の住まいで話しましょう」

 

 そう言い背を見せて歩き出した人間。

 ここまで無警戒だと襲う気も起きない、話というのも気になるし、ここはついて行ってみることにしょう。

 

~少女移動中~

 

 変わり者の人間の後を歩み宮中の邸宅に招かれた。そうして奥の小さな座敷に通され少し待たされる、なにか罠でもあるか、と考える事も出来たが、ここまで特に悪意を感じなかったので素直に待つことにした。

 

「招いたのに待たせて悪かったわね、人払いをしていて少し時間がかかったの」

 

 昼間見た穏やかな笑顔で説明をしてくれる、人払いと言ったが隣の女は扱いがちがうのだろうか。それとも『人』とは少し変わっているから払う範疇外だというのだろうか。

 

「私は霍青娥、気軽に青娥娘々とでも呼んでくださって結構ですわ。そんなに睨まなくても皮算用はしていないから安心なさってくださいな」

 

 目が合うと話される自己紹介、なにも聞かずにあたしの正体を見破れるこの女、何者だろう?

 雰囲気は隣の人間と変わらない穏やかなものだが。

 

「そう警戒しないでくださいな、私は清の仙人。こちらの豊聡耳様の手助けをするためここにいるの」

 

「失礼。紹介が遅れました、私は豊聡耳神子、この国の政治家です。青娥については彼女の言うとおり、私の願いを叶える為に協力してもらっているの、私達の紹介はしたわ。名前くらい教えてくれてもいいんじゃないかしら、霧の怪異さん?」

 

「どうやらそちらの仙人には正体もバレているようだし、今は素直にするわ。あたしは囃子方アヤメ。霧だ煙だ言われちゃいるが化け狸よ」

 

 自己紹介も済ませて少しの世間話から人間について、妖怪について、仙人について、と各々の得意分野を話す、軽い冗談を交えた情報交換をして行く中で数点気になる事があった。

 

 一つはあたしの事。

 なるほど、やはり噂話はアテにならないのね。

 なんて事から始まったのだが、聞けばあたしは霧や煙の妖怪だと思われていたようだ。確かに化かすのに多用していたが本来は狸だと訂正しておいた、必要な訂正だったかわからないが。

 話ついでに、なぜあたしに声かけたのかも聞いてみた。太子が言うにはそれなりに力を持った者でないと冷静な会話をするのは難しいと思った、騙し化かせども人を食い荒らすという話は聞かなかった事。後は娘々が会ってみたいと話した事、これがあたしを選んだ理由だそうだ。

 あたしについてはほぼほぼ正しい見解で否定することもなかったが、娘々の方はただ名の広まった妖怪とはどんなものなのか、という単純な興味だったそうだ。

 好奇心旺盛過ぎていつか痛い目を見そうな仙人様だと感じた。

 

 二つ目は青娥娘々の事。

 太子と娘々の話を合わせて聞くと少し違和感が出てきた。協力関係という話だったが娘々が与えるばかりで、どこに旨味があるのかわからなかったからだ。

 遠回しに聞いてみたが、色々と楽しんでいるからいいのよ、と、楽しみの糧本人の前で臆す事なく直球で教えてくれた。それを聞いた太子も気にするような事はなく頷いていた、本人が良いならそれでいいのだろう。

 

そして三つ目、太子の願いの事。

 

「この世に同じく生を受けたのに、死んでいく側の者と続いていく側の者に分かれているのが太子は面白くない。だから自分も続いていく側になりたい、こういうことでいいのかしら」

「悪意のある物言いだけどそうね、間違っていないわね。その為に青娥に協力してもらってるの、続いていく側になるためなら私は政治でも宗教でも、なんでも利用するわ」

 

 妖怪に善意を求められても無理な話だと思うが、その発想は中々愉快だ、もし善意から生まれる妖怪を知る事があったら太子に伝えよう、反応が楽しみだ。

 

「政治だ宗教だは興味がないからどうでもいいわ、あたしとしては人間を導く立場の人間が私欲のためだけに頑張る姿が見られてとても面白い」

「アヤメちゃんもそう思うのね、豊聡耳様も後の楽しみの為に頑張っていらっしゃいますし、良ければたまにこうして色々話せると楽しいわ」

 

「娘々は楽しめればなんでもいい感じね、関心するけどそこまでにはなれないわ‥‥でも楽しみは必要だし、手出しはしないから太子が願いを叶えられるか、近くで見ててあげるわよ」

 

 願い通り死を乗り越えても面白い、願い叶わず絶望する人間を見るのも面白い。長い生の少しの間の楽しみが出来た。  

 その後しばらくは太子や娘々と、今日と同じように情報交換という名目のお茶会を重ねて行くのだが……

 丁度太子が体を壊したという噂が流れ始める頃、あたしも鬼に追いかけられて都を離れることになり、この幻想郷で再び顔を合わせるまで会うことがなかった。

 

〆〆〆

 

「遠くを見てどうしましたの? 呆けてしまうほどのお茶を淹れられた、というのなら満足なのですが」

 

 そう言い楽しそうに笑う娘々。

 他の面々は幽霊のままで復活しきれてなかったり、生前の狡猾さが嘘のような足りない子だったりするのだが、娘々は変わらないな。

 

「そうね、呆けて昔を思い出してしまうくらいのお茶だったわ。何か入ってるのかしら?」

 

「まぁひどい事を仰いますのね、まだお茶以外は入っていないわよ?」

「後から入るモノが堂とか想いとかならうれしいわ、娘々」  

 

 娘々に負けない色気をひねり出し笑ってみせると、同じように色気の感じられる笑みを浮かべながら三杯目の茶の準備をしてくれた。

 


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