東方狸囃子   作:ほりごたつ

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EX その2 神遊ぶ

 夏にしては少し冷えたような凪いだ風を頬に受け、今年もそろそろ実りの時期かと感じている人里での一幕。今年も今年で神輿を担ぎ、楽しそうに笑っては神輿の上の実りの神を敬い崇める里の人々を眺めている。

 豊穣を願い豊穣の神を呼び、今年の実りもよろしくお願いしますと、本来ならてんにまします神様を近くで拝みながら騒ぐ、人里の恒例行事。

 例年の事でこれといって真新しく感じる事もなく、同じく里に住んでいる者でも興味を示さない者達も少しだけいる。

 子供らがそれの筆頭だろう、農作業など童子共からすれば面倒臭い家事手伝い以外の何者でもない、親に捕まりつまらなささそうな顔でお祭りに参加する子供達。

 中にはうまく逃げた奴らもいて、そいつらは放課後の寺子屋で花札並べて遊んでいた、里の行事に目もくれず幼い頃から賭け事に興じる等将来有望で楽しみだ。

 少し話が逸れてきたので、本筋へと戻ろう。

 

 さて、毎年変わらず行われている豊穣祈願だが、今年はなんとなく新しい物を見ているように感じられるのは何故だろうか?

 死んだから?

 違うな、戻ってから一月ちょっと過ぎて随分と今のあり方にも慣れてきている。

 あたし自身に感じられないのなら他の事、例えば見ている景色に例年とは違う部分があるから新しい物として捉えられているのだろう。

 例年なら妹の秋穣子様だけが里にお呼ばれされて崇められている、秋の豊穣を願う小さなお祭り。今年はあたしの隣に穣子様のお姉様であらせられる秋静葉様がいらっしゃるから、なんとなく違うものとして見られるのだろう。

 

 妹の穣子様と同じく姉の静葉様も秋の神様なのだが、直接力を行使して秋の恵みをもたらされる方ではないから毎年呼ばれず、姿を見る事などはなかった。

 けれど、今年はお姿を見せて下さって一緒に祭りを眺めてくれている。

 去年に比べると今年は少しだけ夏が長く感じられて、風は涼やかだが日差しは強めで未だ残暑厳しい。本来であれば景色が少しずつ秋めいてくる頃合いなのだが、暦通りに季節が移ろわず、紅葉を彩らせるにはまだ少し早いのだと暇そうにお山を散策されていた静葉様。

 他にする事もなく暇を潰す事もないのなら、偶にはご一緒にいかがかと誘ってみたわけだ。

 一昨年くらいの豊穣祈願で言ったような気がするが、あたし個人は静葉様のあり方のほうが好ましく、静葉様の方も紅葉や秋の景色を愛でて楽しむあたしの事を気に入ってくださっているようで、顔を合わせると静葉様から話しかけてくださりそのまま立ち話をすることも間々あったりする。

 

「今年はいつ頃から染め始めるの?」

「そうねぇ、もう少し涼しくなったらかなぁ」

 

 人里の端にあるお社から出発した妹神様の乗ったお神輿を見送って、少しだけ寂しそうな顔をされる静葉様。

 ほとんどが赤で裾の辺りだけが黄色い、自身の司る紅葉のような色合いの、上下揃いのお召し物を凪ぐ風に弱くはためかせて、騒ぎとともに里の中へと消えていった妹を見る視線。

 なんとなくだが羨ましいというような、妬ましいと思っておられるような、仲の良い姉妹にしては少しだけ複雑に感じられる表情をされている。

 直接秋の実りを授ける妹様は重宝されて季節によっては崇められ、ご自身は木々の葉が終わりを迎えこれから寒くなっていく事を視覚で知らせてくれる神様。

 目で味わうという事も大事だとあたしは考えられるけれど、毎日の短い生を精一杯生きる里人には伝わりにくいのかな、なんて考えていると、遠くを見つめる秋神様がポツリと呟いた。

 

「誘ってくれたから来てみたけど、やっぱり来るんじゃなかったかなぁ」

「楽しそうな妹を見てるのが辛い? 神様としてはやっぱりちやほやされたかったりするの?」

 

「そういうわけじゃ…どうなんだろう?」

 

 頭の上で並ぶ三つの楓飾りを傾けて、少しだけ笑んで見せて下さる静葉様。

 穏やかな笑みを見せてくださってはいるが、楽しいといった笑い顔ではなく、二つ名の通り寂しさや切なさといった物が見える笑顔。

 ご本人に伝えたことはないが、儚さを感じられるこの顔があたしの琴線をかき鳴らすくらいに好ましく、偶に見たくて今のように意地の悪い言い方をすることがある、言う度に狙い通りの儚い笑みを見せてくださるのだが…今日はなんとなく嫌な気分になるのは何故だろうか?

 普段見ている妖怪のお山以外でお姿を見ているからだろうか?

 それとも人里という、本来であれば敬い崇めてくる者達がいる場にいながら、回りにあたし以外の誰もいない、本当に寂しい景色の中で見ているからだろうか?

 よくわからないがなんとなく気に入らない、誘って連れ出した手前もある、ここは一つ違う顔も見させて頂きたい。

 とりあえず、何をどうするかね?

 

「静葉様もお神輿乗りたい? 柄になさそうだけど」

「う~ん、楽しそうだけど見てる方がいいかなぁ」

 

「そうよね、似合わないもの」

「似合わないかぁ、明るく騒ぐのは穣子の方が似合うのよね。おかげで振り回されて大変よ」

 

 大変という割には楽しげに話してくれて、先程までとは違う顔で笑ってくれてたおやかな笑みがお似合いで妬ましい。

 それでもまぁいいか、ほんの少しだけ明るい笑みを見せてくださったわけだし、後はこの辺りを広げてみたりほじくってみたりしてどうにか笑いに繋げてみせよう。

 神様相手に一亡霊が何かしでかすなど大それた事以外の何でもないが、生前から失礼千万働き続けているのだし、怒られたらごめんなさいと言って冥界にでも逃げればいいだけだ。

 寂しさと終焉の象徴相手になにかしても、終わりの先に来てしまったあたしならさして困ることもないだろう。

 

「なぁに? ニヤニヤして、楽しい事でも思いついた?」

「思いつこうとしているからニヤついてるの、静葉様もちょっとは考えてよ」

 

「楽しい事ねぇ…葉を塗るの楽しいわよ? 綺麗に塗って染め上げるの」

「どちらかと言うとその後の方が楽しそうよね、いい顔で紅葉を蹴り散らす御姿、あたしは好きよ?」

 

 もうやめてよ、とあたしの肩をトンと押してくる秋のお姉さん。

 軽く小突かれただけでなんちゃないが、穏やかに会話している時よりもいい笑顔を見せてくれる、これは口で言って強引に表情を変えるよりも体で見せて顔色を変えた方が楽かもしれない。

 恥じらいながらも褒められて悪くないといった表情になり、儚さに押し倒され気味だった機嫌も幾分良くなったようだ…まずは上々か、後はこのまま明るい笑みでも見せてくだされば御の字なのだが、何をすれば朗らかに笑んで下さるだろうか?

 

「アヤメさんと、紅葉の神様? 珍しい取り合わせですね」

 

 秋の終焉を告げる神様に肩を揺らされて、耳の飾りから垂れる鎖を揺らしていると、頭の触覚を揺らしながら話す少女に声を掛けられた。

 ピコピコと揺らしてくれて相変わらずあたしの視線を捉えて離さない触覚、その下からは上目遣いでこちらを見てくる瞳、会う度に毎回こうで互いに慣れたものだが今日は…この子も同日に呼ばれるとは、今年は珍しい豊穣祈願になりそうだ。

 

「リグルも珍しいんじゃない? 普段は穂が実ってからお願いされてるのに」

「季節がズレてる感じがするんで、私へのお願いもズラしたらしいです」

 

「お願いって…あぁ、虫食いを減らしてってお話ね。穣子は蟲のくせにって言うけど、リグルちゃん達虫だって生きてるのにねぇ」

 

 静葉様のお言葉を受けて困ったような笑みを見せるリグル。

 葉と虫なんて犬猿の仲かと思われそうだが真逆で、この二人は随分と仲が良い、食うものと食われるものを司り操る二人なのだから嫌いあっていそうなものなのだが…

 方や葉を食し成長していく、冬場では枯れ葉のお布団に守ってもらって越冬し最後には木々の栄養になっていく者達。

 もう一方は葉を食われ幹に穴を開けられて枯れさせられる事もあるにはあるが、それ以上に花粉や種子を運んでもらいテリトリーを広げるのに一役買ってもらっていたりする。

 正確には葉ではなく紅葉の神様だけれど、リグル達のそういった在り方を痛く気に入り愛でている静葉様、あたしを気に入ってくれているのも、四足だった大昔にオナモミ体にくっつけて撒き散らしていたからなのかね?

 理由なんてどうでもいいか、詳しい所を掘り起こして根を晒しては枯れてしまう、それに二人を見て少しだけ思いついた。

 

「しかし、穣子様以外は暇よね。リグルも一言お願いって言われるだけでしょ?」

「形としては儀式というか契約というかあるんですけど、そう言われると身も蓋もないですね」

 

「なら暇よね? それなら少し付き合いなさいな、静葉様も一緒に来て」

 

 えっ、という同じ反応をする二人の手を取りそのまま腕を組んで、ちんたらと歩み始める。

 人里の端にある小さなお社から腕を組んだまま別の端っこの方、逃げた童子共が集まる寺子屋の方へと足を運んでいく。

 豊穣祈願がどうたらこうたら、穣子ちゃんがどうたらこうたらと左右から小言が飛んできて両耳に痛いが気にせずに、二人に体重を預けながらダラダラと進んで童子共の賭場へと混ざる。

 以前やらかした社会科見学のお陰で寺子屋のガキ共とは面識があり、狸のお姉ちゃんやら手抜きのお姉ちゃんやらと、好き放題に言ってくるガキ共の輪に三人で突っ込んでいく…手抜きのお姉ちゃんとは上手い事言うものだ、慧音の仕込みか口癖だろうか?

 いや、多分阿求辺りだな、あの小娘ならそんな事をいいそうだ。

 

「あんた達、種銭は? ちょっと混ぜなさいよ」

 

「アヤメちゃん、子供相手に賭け事なんてさすがに」

「そうですよ、いくらなんでも」

 

「あたしはそうね、負けたらおやつ作りでも手ほどきしましょう。こっちのお姉ちゃん達は楓の樹液と大っきなカブトムシを賭けるって…さぁ、どうする?」

 

 またしても吐かれた、えぇっ! という声を完全に無視して勝手に話を進めて始まる小さな賭場。

 あたしと静葉様の文字通りの餌に食いついてきたのは女の子達、メープルシロップというらしい楓の樹液はとても風味が良く甘い、あれを使って里のカフェ-にあるような何かを作る、それなりに楽しい事になると感じたのだろう。

 シロップ自体は静葉様よりも穣子様の管轄な気もするが二人で秋姉妹だし、その辺はテキトウでいいだろう。

 男の子達はでかいカブトムシというよくある餌に食いついてきた、リグルからすれば身内を子供らに献上するような事で快くない感じがしそうだが、嫌悪感はそれほどでもないらしい。

 大人たちからは田畑を荒らすとして嫌われてばかりの虫達、けれど子供らにとっては大きなカブトムシなんてのは自慢するための物で、鼻高々に自慢される身内を見るのも悪くないという事なのだそうだ…同胞が褒められるのはいい、気持ちはわかる。

 

「乗り気になったようだし話は決まりね、親はあた…」

「アヤメちゃんが親はダメよ、確実に悪さするわ」

 

「遊びでサマをする程野暮じゃないけど、当然信用はされないわね。ならいいわ、お誂え向きなのが中にいるだろうし、誰か呼んできて」

 

 人の事を手抜きのお姉ちゃんと言ってきた生意気そうな男の子に、寺子屋の中にいる不正や不純が嫌いだという真っ直ぐな石頭を連れてくるように指令を出す。

 自分で行けよ、なんてガキ大将らしくあたしに命令してくるが、手抜きのお姉ちゃんだから自ら何かを成すことはしないと格好良く、偉そうに言い切ると舌打ちしながら走っていった。

 子供相手に、なんて視線を秋神様と虫妖怪から感じるが、ダメなものを見る視線など浴び慣れていて今更どうと思う事もない。

 煙管咥えて煙を吐いて、吐いた煙で猪鹿蝶を形取り、子供らや無理やり参加させた二人の回りを動き回らせていると、ガキ大将に連れられた人里の守護者が現れる。

 もうすぐ満月を迎える頃合いで、歴史編纂をするための何か難しい書物を用意する途中だったようで、少し疲れたような不機嫌そうな顔であたしを睨んでくる慧音。

 

「話は聞いた、子供相手に賭け事など吹っ掛けて…この子たちに悪い影響でもあったらどうするつもりだ?」

「何言ってるのよ、妖怪が人間にいい影響を与えるわけがないじゃない」

 

「それはそうだが、そう言われると私の立場がだな」

「あたし達との間の子(半人半妖)なんだから審判しなさいな、あたしが何かやらないか見てるといいわ。一人で机に向かってため息つくより、こっちで息抜きしなさいよ」

 

 むぅ、と一言で不承不承だと教えてくれる忙しいはずの寺子屋教師。

 それでも連れだされてしまったし、子供らの餌に釣られたやる気ある表情をみて致し方ないと諦めたようだ、私が見るのだから裏表なく真っ直ぐに審判すると仕事を忘れて混ざる決意を吐く慧音。

 それでこそだと薄笑いし、子供ら相手の賭け事に興じる。

 賭け事での運が全くないあたしだ、今回も当然のように負けるのだろうがそれはそれでどうでもいい、勝ち負けよりも静葉様の楽しそうな顔が見られればそれでいい。

 猪のような真っ直ぐさで審判を務める慧音に見守られ、紅葉の神様を鹿として虫を操る蛍の少女を蝶に見立てた、菖蒲に八つ橋という札の名を冠するあたしから仕掛けた花札勝負。

 勝った所で子供ら以外はメリットなどないが、遊びなんて子供が主役だ、それでいい。




(農)<タイトルから守矢の二柱だと思った? 残念、可愛い可愛い秋姉妹でした。
花札なんてもう何年遊んでないのか、わかりません。
ちなみに静葉様に宛てがった10月の鹿ですが、無視する(シカトする)の語源だったりします。
そっぽを向いているように札に描かれた10月の鹿、鹿十(しかと)だそうな。
ムシだからリグルと絡ませた、というわけでもないですが、ムダ知識として一つ。

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