東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~EX日常~
幕間 お買い物


 死んだはいいがやることは変わらず、あいも変わらず暇を楽しむ為の何かを探す毎日。

 現世に帰ってきてから久しぶりに一人の時間を得て、何処でまったりと暇を楽しむか悩みに悩みながらぼんやりと夏空を舞って暇潰し先を訪れていた。

 入盆なんて狙いすぎた日に帰ってきたものだから、一昨日の送り盆が過ぎるまで寝ても覚めても雷鼓が離れてくれずに参った。

 完全に寝付いたなと思い布団を抜けだそうとしても尻尾抱かれて動けず、何も言わずに姿を消すことはないと言ってもくっつかれて動けず、心地は良かったがどうにもやりにくかった。

 送り盆が過ぎてもあの世に帰らない姿を見せるまで安心されなかったが、どうにか今朝になって一人での外出が許される様になった…

 あたしは子供か?

 我儘さと我の強さは幼子よりも酷い気がするが、ある程度は弁えるというのに、曖昧な体になってからの方が感じる愛が重くて困りものだ。

 

 そんなほとんど惚気話に近い話をしてみても、なんの反応も見せない男。今日もいつもの推理小説を読んでいるのかと思って訪れてみたが、今日は別のいつものを弄って静かにしているようだ。

 少女の片手に収まるサイズの八角形のアイテムをカチャカチャと弄る寡黙な男。機械のような魔法具のような、どっちつかずな何かを、別に用意した金属の八角形に移していく森近霖之助。

 カウンターに広がる部品を黙々と組み込んでいく姿、男にしては白い指先を器用に動かす様は中々にクールで、そそるものが感じられた。

 

「ソレも死ぬまで借りられているのかしら?」

 

 取り外した小さな部品を磨いている眼鏡男子に不意に問掛けてみた。

 けれどいつも通り返事はなく、本を読んでいようが誰かさんの愛用品のメンテナンスをしていようが、この男は変わりないなと、小首傾げてジト目で男の顔を眺めている。

 

「口も開店休業しているの?」

 

 一瞬だけピクリと眉が動いたがそれでも言葉を売り場に出さない店主。

 金属製の八角形から取り外して磨き終えた魔道具の部品を、表面が揺らめいて見える別に用意された綺羅びやかな金属の中に取り付けては、また違う部品を磨き始める眼鏡男子。

 構ってくれないのはいつもの事だったが、今日はいつも以上に反応が薄くて面白くない、何か取っ掛かりはないかと美男子の指先を見ていると、八角形の金属が少し持ち上げられて光があたしの目に飛び込んできた。

 唯でさえ眩しく輝いて見える金属なのに、太陽光まで反射されると余計に眩しい。

 大きく仰け反り嫌悪の表情で店主のかけた眼鏡の奥を睨むと、やっと言葉を店に並べてくれた。

 

「おっと、すまないな、今の君は幽霊だったね。眩しいのは苦手になったのかい?」

「今も昔も眩しいのは苦手よ、腹の奥が見透かされてしまいそうで嫌いだわ」

 

「光を透かすほど白い腹だったとは思えないが」

「黒い腹は熱に弱いのよ、光を集めすぎて熱くなりそう」

 

 そう言えば暑さに弱かったね、と意外とあたしの事を覚えていた森近さん。

 毎年涼むための日陰を求めて静かな店に訪れていたし、少しくらいは頭の何処かで覚えていてくれたらしい、時には伊達男になる寡黙な男の記憶に残っているのも悪くはない。

 照らされて傾いた機嫌だったが、素直に済まないと言ってくれたおかげで少しだけ戻った。確実にその気がないと言い切れるが、悪くないと機嫌を戻したわけだしこれ以上はいいだろう。

 無色透明な眼鏡をかける色男にコロッと騙された錯覚を覚えて、覚りの妹公認のジト目からいつもよりは眠気の見えない瞳になった頃、また言葉が売りに出された。

 

「死ぬ、というのはどういう感覚なのかな?」

「死ねばわかる、なんて言っても冗談にもならないわね…特にこれといってないのよね、気がついたら白玉楼だったし」

 

「閻魔様のお裁きは受けなかったのかい?」

「映姫様が仰るには裁く必要がないらしいわ、お白州やお裁きというものとは縁がないみたい。変な事を聞いてきてどうしたの森近さん? 己の死期でも悟ったの?」

 

 随分前から動かない古道具屋として見ているが、実際の年齢など知らないしこの店主は妖怪ではなく半妖だったなと会話をしながら思い出した。

 親の種族が何なのか、それが分かれば多少の指針を得れるかもしれないが他人の死期等デリケートな事に突っ込めばデリカシーのない何処かののぞき魔に同じになってしまうだろう。

 紫とは違うと霊夢に言われているし自分自身違うとも感じている、それならば深くは突っ込めないなと目の前の餌を指を咥えてみていると餌の方から口に突っ込んできた。

 

「これは僕が使っていたものを与えたのさ、貸したわけじゃないよ」

「ふぅん、魔理沙にしろ霊夢にしろ甘やかす相手が多いと大変ね。あの子達に振り回される為に店を暇にしているの?」

 

「天狗の新聞で読んだんだけど、君は天邪鬼を甘やかす為に死んだらしいね。それで良かったのかい?」

 

 話題になり思い出したが、逃してやった天邪鬼だが今も元気にどこかにいるらしい。

 死んでも顕在だと後で追跡して笑ってやれるように、煙管をご褒美代わりに押し付けたのだが、墓前に供えてくれるとは考えていなかった。

 あたしが死んだ後も続くかもしれなかった逃亡生活を乗り切るのに使ってくれる、そう踏んでいたのだがどうやら逃亡生活は終わったようだ。天邪鬼w捕まえたあたしの願いを、あの遊びの発起人は叶え続けてくれているらしい。

 白玉楼で紫と顔を合わせた時にも互いにその事には触れなかった、言う事はない、というのが紫からのある種の返答のように感じられていた。

 

「正邪とはまだ会えていないからわからないけれど、良い悪いって事でもないと思うわよ? 敢えて分けるならそうね…涼しくて快適になったというのが良い部分で、偶に壁や物をすり抜けてしまうようになったというのが悪い部分ね」

 

 良い部分を話すなら今時期は涼しくて非常にありがたい、抱きまくらにされる事もありそれもまた非常に心地よい…のだが抱きつく側は涼しいだろうがあたしは微温くなっていく一方で、互いに心地よくはならないというのが玉に瑕だ。

 逆に悪い部分だが、これが結構困りもので未だに慣れていなかったりする。寝起きの寝ぼけた頭で動いたりすると湯のみを持てなかったり、逆に突き抜けるつもりで玄関の戸口に鼻をぶつけてみたりしている。

 目覚めてしばらくすれば違和感なくどちらにもなれるようになったのだが、寝起きだけは未だに駄目だったりする。

 

「それは善悪というよりも利便性じゃないかな、僕が聞きたいのは後悔とかそういった内面的な事だったんだが」

「それならないわ、どうでもいい事だもの」

 

「死んだ当人はどうでもいいと言い切れるんだね、君が死んだ後は騒がしかったのに、その辺りの事は聞いたりはしていないようだね」

「それこそどうでも良くなったのよ、いないところで何を言われても気にならない…いえ、気にならなくなったというのが正しいかしら」

 

「以前は気にしていたような口ぶりだね」

「死ぬ前は以外と気にしいだったのよ? 言われた事を真に受けてみたり、言われたのならそれらしくあろうとしたりね」

 

 生前のあたしなら、誰かにあたしはこうだったと言われる度にそれらしくあろうとしていたはずで、それを面白いと感じたり気に入らないと感じたりしていた。

 けれど一度死んで輪廻の輪から離れた今は少しだけ心境に変化があった、そうしたほうが面白いと感じられた時には当然それらしく振る舞うが、気に入らないと感じればそれに対して抗ってもいいかも、なんて事を考えるようになっていた。

 死ぬ間際に抗い続ける誰かさんの背を見送ったからだろうか、理由なんてなんでもいいのだろうが一度気になるとそれに対して思い悩むのがあたしだったなと、それならあたしらしく考えてみるかとカウンターについていた両腕を戻し、体を起こしてウロウロし始めた。

 

「君は霊としてはなんなんだい?」

「さぁ? 亡霊に近いらしいけれどあたしはあたしで化けて出た狸さん、それだけとしか思ってないわ」

 

 言われてみて少し疑問に思う。

 関心を示さないこの店主が気になるくらいの事なのだ、それなら自分も気にしてみるのもいいのかもしれない。

 今のあたしはなんなのだろう?

 幻想郷のあちこちに残しに残した心残りを元に成ったのなら亡霊と呼べるはずで、自分でも気がついていない恨みから成ったのなら怨霊と呼べるはず。

 恨みなどあっただろうか?

 あるとするならば鼓膜が破れるんじゃないかと言うほどしつこく説教かましてくれた映姫様と、それに乗っかりお説教垂れてくれた紫に対しては少しだけあるが…映姫様は兎も角として紫に対してはいつでも言い返せるしそれほど気にしていないはずで。

 恨みではないのならなんだ?

 幻想郷という土地に住む者に心残りがあるのだから地縛霊なのか?

 その割には捕らえている感覚もないし、この店に向かってくる時も少しばかり空を飛んだ。

 いや、これは地に縛されるという意味合いが違うのか。

 だとすれば…

 

 バァンという音で深い思考の海から水揚げされた。

 亡霊らしく静かな空間で静かな男とまったりしていたのだが、黒白ツートンカラーのお転婆さんの登場で一気に騒がしくなる香霖堂。

 店舗の正面扉を細い足で蹴り開けて入ってきた普通の人間の魔法使い霧雨魔理沙。

 もう少し静かに入ってきなさいと店主に窘められて、少しだけ土で汚れている鼻先を軽く手の甲で擦りながら快活に笑い近寄ってきた。

 

「なんだ、まだ終わってないのかよ。さてはそっちの幽霊が邪魔してたんだな」

「手を止めたのは森近さんの意思よ、あたしは口を挟んだだけ。ついでに言うと幽霊じゃないわ」

 

「お? だってお前は死んだって聞いたぜ? ならお化けじゃないか」

「お化けと一括りにされると何も言い返せないけど…訂正するのも面倒だしいいわ、なんでも」

 

 なんでもいいなら幽霊でいいな、そう言ってあたしの解禁シャツの襟やらカウンターについている両手やらを取っては触れられる確認をし始めた魔理沙。

 服やら手やら触っては頷いて、死んだあたしに本当に触れられる事に驚いているみたいだが、今更に過ぎる反応で少しだけ面白い。

 この少女は長い事亡霊の姫様している幽々子や、船幽霊である水蜜の事をなんだと思っていたのだろうか?

 少し気になるし聞いてみるか。

 

「驚いてくれるのは嬉しいけど、幽々子や水蜜と同じような感じになっただけよ?」

「頭じゃわかってるんだ。でもさ、実際死んで帰ってきたって知り合いは初めてなんだよ」 

 

 そう言いながら履いているロングスカートのスリットを掴み、チラリと持ち上げてくる黒白のセクハラ使い。

 唯一の異性はカウンター越しにいるから覗かれる事はないのだが、見せるつもりのない相手に生足さらけ出されるのは気分が良いとは言い切れない。

 足に視線を感じることがないというのもいい気がしないし…反応しない草食系男子といい、他人の恥じらいを気にも留めない黒白といい、本当になんだろうか、この二人は。

 

「足もあるんだな、本当にお化けなのか?」

 

「枕元にでも化けて出れば、お化けだとわかってくれるのかしら?」

「私の部屋にアヤメが立てるほどのスペースはないな」

 

「そう自慢気に言う事じゃないよ魔理沙、掃除するなり返すなりしたらどうだい?」

 

 魔理沙が訪れた事で再度ミニ八卦炉を弄り始めた森近さん。

 カチャカチャと音をたてて手早く部品を外しては『ヒヒイロカネ』で出来た新しい外側の中へと部品を移していく、元々は自分の物だったというし慣れた手つきだと感心していると、その手の動きをあたし以上に感心して見ている黒白。

 メンテナンスくらい自分で出来るようにしておいたほうが楽だと思うが、これを来店理由の一つにしている事は態度や仕草から理解できるし、わかっていてそれを突くのも野暮というものだ。

 組まれていくミニ八卦炉とそれを組んでいく店主を嬉しそうに見つめる人間少女、チェック柄のリボンなんて帽子に巻いておめかししているが、逢瀬の誘いにでも来たのかね?

 それならあたしは邪魔者だろうし、今日のところはこのくらいで帰るとするか…二人と違って時間に追われる事はなくなったのだし、後は生きる者同士仲良くしたらいい。

 

「帰るわ」

「お、もう帰るのか? なんか用事か? どうせ暇だろ、茶くらい出すぜ」

 

 カウンターから姿勢を戻し二人に帰ると言ってみると、お茶を淹れるからもう少し居ろよと、気を使った相手の方から引き止めてくる。

 ちょっと待ってろと言いながら店主の奥へと回りこんでいく黒白、森近さんに止められるのも気にせずに、奥の茶の間へと上がり込んでそのまま更に奥へと消えていった霧雨の一人娘。

 女化しこんで来たように見えたからてっきりそういう気分で来たのかと思ったが、態度はいつも通りのようだ。

 ズケズケという足音を立てて、この建屋の一番奥へと消えた小さな少女の事を考えていると、ズケズケと上がりこまれた方の男が小さな声で話しかけてきた。

 

「ここを何だと思っているんだろうね、あの子は」

「少しくらいいいじゃない、偶にいる客にお茶を振る舞おうとしているだけよ? 可愛い通い妻なんて羨ましいわ」

 

「そういう目で見る事はないと言わなかったかい?」

「聞いているけれど、それも含めていいんじゃないかって事よ。そうなれとは言わないし、そうしようともしないわ」

 

 あたしの返答を聞いて、忙しなく流れていた手つきを少しだけゆっくりにしてみせる店主殿。

 戯言だと聞き流し姿勢から、また少しだけ話を聞いてやってもいいというような、手つき以外にも気にかけてもいいよと態度で示してくれる優男。

 生前のあたしであれば面白おかしく囃し立てて、無理くりにくっつけようと画策したのかもしれないが、今の心情からそうする気にはならなかった。

 死んで終わりを迎えたと思い込まれ、サメザメと泣かれてしまった経験からくるのか、死んで気を入れ替えたから心変わりでもしたのか、判断するにはまだ慣れない我が身だが…

 どっちであっても構わないかと考えていると、話の続きが気になるらしい店主殿が続きの文言を売りに出すようにと、ミニ八卦炉の部品が並ぶカウンターに言葉も並べて売りはじめた。

 話を振った手前もあるし懐にも心にも余裕がある、お茶もまだ出てこないしもう少し売る商品の少ない店で売り買いしていくか。

 

「よくわからない事を言うね。君の事だから魔理沙に何かを言って、厄介事を増やしてくれるのかと思ったが」

「他人の恋慕に横槍入れる程野暮じゃないわ、成就しようがしまいが好きにしたらいいのよ」

 

「横槍を入れないという割に口は挟むんだね」

「魔理沙には言わないから安心していいわ」

 

「僕にだけ? それもわからないね」

「置いて逝かれる側の方が辛いのよ、経験者は語るってやつね…どっちも経験してみたけれど、逝く側の方が気楽だったわ」

 

「急になんだい?」

「死ぬって感覚、聞いてきたのは森近さんでしょう? 不意に思い出したから言ってみたのよ」

 

 得意の笑みで言うだけ言って店主の顔を覗き見る。

 ヒヒイロカネの光が店主の眼鏡に反射していて、どんな瞳でミニ八卦炉を見ているのかわからないがまた静かになってしまう店主殿。

 いらぬ知恵を押し付けて機嫌でも損ねたのかもしれない、そう感じてやっぱり帰ると伝え背を向けてみると、ご忠告どうもと、あたしの背に向かい珍しい商品の嫌味を放ってきてくれた。

 好ましい商品を投げ掛けられてそれに対して買い言葉を返しても良かったが、そうしている間に魔理沙が帰ってきて、ついつい口を滑らしてしまったら、今度は顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまいそうだ。

 どうせ買うなら喝采や心意気の方が良い。

 これらを買うにはどうしたもんかと、首を傾げて店を出た。 


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