東方狸囃子   作:ほりごたつ

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最終話 帰る

 朝から強い日差しが照りつけている迷いの竹林、青々とした竹の葉を夏の風に晒してサラサラシャリシャリと音を発てている。

 傾斜した地面からランダムに生えた竹が風に揺らされて葉を鳴らす中、それ以外の音が小さく竹林の中で鳴り響いている。

 

 音の発信源は一件のあばら屋。

 いつもであれば、ここからは薪を割る音や竈で火を起こしている音などが少しだけ聞こえてくるだけなのだが、今日は他の音や動きも見られる。

 赤い髪を揺らして柄杓と水を汲むための桶などを携えて、大きなバスドラムにバランス悪く腰掛けた。以前は隣にもう一人腰掛けて飛んでいたのだが、今は隣に誰かを乗せることもなく、一人だというのに二人並んで座るような感覚で腰掛けているドラムの付喪神 堀川雷鼓。

 向かう先は霧の湖方面のようで、隣に座っていた誰かを真似るようにゆっくりと幻想郷の空を飛んでいった。

 

 少し飛んで着いた先は何処を見ても紅いお屋敷。

 ゆっっくりと庭に降りるバスドラム、周囲の森から聞こえてくるクマゼミの鳴き声を聞きながら花壇の手入れをしている誰かに声をかけた。

 お屋敷の門番と少しの会話をし始めた雷鼓。

 関わりなどないような二人だが、以前に訪れた際にこの屋敷の主である吸血鬼の妹と気が合ったようで、その流れから門番とも仲が良いようだ。少しの会話を済ませていると門番から何かを手渡される雷鼓、笑顔で受け取ったそれは季節外れの花菖蒲。

 真夏、もう葉月の半ばだというのに何故か咲いている花菖蒲。

 受け取った花を大事そう抱え、そのまま屋敷の中へと歩んでいった。

 

 屋敷に入るとすぐに出てくるのはこの屋敷を取り仕切るメイド長、摘まれたばかりの花を受け取り一瞬だけ消えると花束に誂えて雷鼓に手渡した。

 花束を受け取り礼を述べると瀟洒な態度で頭を垂れる人間の少女、夜になったらお嬢様を連れて墓前に参りますと小さく話していた。

 迎えに行くから墓にはいない、来るなら住まいの方にしてと、墓の主に似た文言を返す雷鼓。

 あまり会話することのなかった付喪神と人間少女だったが、その言い草が似ていて可笑しいと互いに笑っていた。

 花束を受け取り飛び立つ付喪神、離れる前にここの主である吸血鬼から変な事を言われていた。

 待チ人来ル、だから頬でも張ってやれという言葉。

 待ち人は数ヶ月前に消えたはずで、誰の頬を張ったらいいのかわからない雷鼓だった。

 

 空に上ったお天道様の動きと逆行するように東のほうへと移動するバスドラム。

 住まいを出た時よりもほんの少し早く飛び、魔法の森を飛び越えて人里へと向かって行くと途中の空でツートンカラーの一団と出くわした。

 黒白と青金の魔法使いに緑白の風祝。

 顔を合わせればやれ退治だ弾幕ごっこだと始まる黒白と緑白だったが、携えた柄杓と桶を見て何かを感じたのか、今日は荒事にはならなかった。

 荒事にはならなかったがかわりに青金から何かを手渡された、渡されたのはお人形。

 白いコートを羽織って黒いスカートを履いている、大きな灰色縞柄の尻尾を生やしている誰かに似せた人形。特別仲が良いとは聞いていなかったが、追いかけっこの途中で疑われたストレスの発散と、別の人形(メディスン)に対してしてくれたお節介の礼代わりなのだそうだ。

 知らない所で知らない事をしてばかりで困ると笑う雷鼓だったが、今更言ってもと他の三人に笑われてそれもそうかとまた四人で笑っていた。

 三人に暇なら一緒に行くかと訪ねていた名ドラマーだが、誘いは丁寧に断られた、なんでも今晩に博麗神社で宴会があってこれからそれの準備に走るそうだ。墓参りが終わった後に誰かと騒ぎたいのなら来い、一人で泣きたいのなら来なくていい、と余計な心配をされていた。

 気が向けばと色のない返事をして三人と別れた雷鼓、そのまま真っ直ぐに人里へと飛び進んだ。

 

 里に降り立ち向かう先は妙蓮寺。

 参道を掃き清める山彦と挨拶を交わして寺の中へと歩を進めると、既に準備をしていたぬえとマミゾウと出会う。携えた花束を二人に見られて夏場に花菖蒲など何処で手に入れたのか問われていたが、内緒だと笑って誤魔化していた。

 少し会話し桶に水を組んで三人並んで奥へと歩む、寺の正面からは見えない裏手に回ると視界に映るのは世を去った者達終の棲家。

 墓石が立ち並ぶ端の方に小さく誂えられた誰かの墓があった。

 角のない丸い墓石で、誰に対してもいい顔をしていたあやつには丁度いいと丸石を選んだのは二ッ岩マミゾウ。若いのばかり先に逝ってと少し切なそうな表情で線香を上げていた、マミゾウと並んで手を合わせていたぬえが墓石の後ろに備えられていたモノに気が付く。気が付き手に取った物は墓の主が生前愛用していた長めの煙管で、誰がこれを供えていったのか、マミゾウ以外の二人にはわからなかった。

 それがあるなら迎え火代わりにしてみるかと、供えられていた煙管を咥えて燻らせるマミゾウ。

 二度三度と大きく吸って大きく吐いて煙を漂わせて、雷鼓の持ってきた花束へと薄く烟らせる。

 花菖蒲の葉を使いそれを使って元の持ち主のような何かを形取っていくマミゾウ、煙管の元の持ち主に化けさせた葉を燃やし、迎え火として空へと飛ばして行った。

 色こそ違うが縞柄の尻尾といいメガネ姿といいどこか仕草の似たマミゾウ、その仕草に変な懐かしさを覚える雷鼓が風に流れる煙を眺めていくと、視界の先で煙が萃まり始めた。

 

 ゆるりと萃まっていく煙草の煙。

 大きな縞尻尾から形として成っていき、続いて灰色の煙が白い着物へと変じていく。

 着物に刺繍されたバラ柄がはっきりと見え始めるとそこから手足が生え始め、最後には部分的に白混じりの灰色の髪と耳が生える。

 煙から成ったとは思えないコトンという音がブーツと墓場の石畳から聞こえると、最後に少し残った煙から愛用の少し眺めの煙管を取り出して、見慣れたやる気のない顔で気怠げに咥えた。

 銀縁の眼鏡に夏の日差しを反射させて眠たげな銀の瞳を隠し一服する姿、少し肌が白くなっているが墓参りしている三人がいつも見ていた誰かの姿がそこに現れた。

 

~少女一服中~

 

 現世に戻りまずは一服、娑婆で吸う煙草はやはり良いものだ。

 あっけにとられた顔でこちらを見ている三人の顔を肴に一服している今現在、分の悪い賭けに張ってどうにか勝てたなと安堵の一服を済ましている。

 一度霧散しその後現世で顕現するにはどうしたもんかと悩んでいたが、力の源と名の付いた花、ついでに同じ種族の姉の力を利用して上手い事顕現出来たようだ。都合のいい事ばかり重なったが賭け以外での引きはいいし、こうなるように運命でも操られたのかもしれない…

 その辺りは後々考えて礼でも言いに行こう、とりあえず今はこっちが優先だろう。

 まったりと煙を味わい吸いきって、自分の墓石で煙管を叩いて燃え尽きた葉を捨ててみたのだが、未だ状況が飲み込めない三人。

 驚きを提供できてあたしとしては大満足なのだが、これはどうしたもんかね?

 二人は兎も角姉さんまで騙せたとなると本気で死んだと思われていたはずだ、その辺りから少し話すか。

 

「うらめしや」

 

 お化けだと思われているのならそれらしく、そう思って述べてみたが何の反応もない。

 ちょっとした冗談を言ってみても反応したのは小さく笑みを見せた姉さんだけで、残りの二人は口を開けたまま見つめて止まっている。

 

「今まで何処におったんじゃ?」

「冥界よ、幽々子の所で紫と映姫様に叱られて散々だったわ」

 

 唯一会話出来そうな姉さんと少し話す、今まで何をしていたのかと問われてあの世に逝っていたと素直に述べた。もう少し正確に話すと、紫の前で霧散してからすぐに白玉楼に出て、そこでまったり過ごしていたというのが正しいか。

 映姫様曰く、本来の経路なら三途の河へと飛ばされ是非曲直庁にて裁きを受けて地獄行きとなるのだろうが、それは人間が死んだ時のお話で…定命の者というには歪な妖怪さんであるあたしには、当てはまらないのだそうだ。

 心残り満載したままで逝きたくないと全身全霊で地獄行きを拒否し、あるべき道から逸れるように願っていたから過程をすっ飛ばせたのかもしれない、そのあたりの事をこっ酷く映姫様に叱られた。叱られるだけ叱られてその後地獄へ拉致されるか、なんて思ったが、裁判という面倒な過程を飛ばして輪廻の内から逸れていて、すでに映姫様の管轄外にいる事になるらしく地獄に落とす必要もないそうだ…

 ついでに言えば映姫様の仰っていた尊い行いってのをしていたらしく、それなりの徳を積んだから情状酌量の措置アリだというお話だ。

 特に何をしたとは思わないのだが、元は己の為に動いた事でもその行為が他者の為になれば功徳であたしはそれがちょっと多くなったらしい、言われても実感がなくて困る。

 

「冥界って…死んだって事?」

「死んでいるって方が正しいけど、死んだでも間違ってないしどうでもいいわね」 

 

 マミ姉さんに話した事を深く思い出していると別の者から問掛けられた、赤と青の何かを背から生やしてあたしの右手を取るぬえ。

 死んだと言われても間違ってはいないのだがそれは数ヶ月前の話で、今言うならば既に死んでいるが正しい、そう訂正すると確認するように手を取ってきた。

 おぉひんやりだ! と騒ぐぬえが手をおでこや頬に宛がうと結構気持ちが良いようだ、こちらとしても久々に触れる暖かな人肌が心地よい。 

 逝っていたと先に述べた通り、今のあたしは死に体で正しく死人として成っていて言うなれば亡霊に近い、肌も透き通るような白さになっているし体温も前よりは幾分低めなはず、お陰で真夏が余計に辛い。

 

「触れられるし話せるのね、本当に死んでるの?」

 

 ぬえが動きを見せたからか、もう片方の手を取りマジマジと見ては問いかけてくる雷鼓。

 少し驚いてもらおうかなと思い雷鼓に取られている左手を薄くさせる、元ヤンキー仙人の右手じゃないが雷鼓に握られてクシャッとガス状に散ったあたしの左手。

 それを見て、おぉ! と騒いだのは雷鼓ではなくぬえの方、驚きを提供したかった方はほとんど反応がなく手のあった辺りをニギニギとさせては何かを確認していた。

 不機嫌さと悲しさを混ぜたような複雑な顔をしてくれているが、なんだろうか?

 

「暑さにでもアテられてご機嫌斜め? それなら丁度いいわね、今のあたしは涼し…」

 

 言いながら左手を戻すと強く握り返されて、ちょっと強いと文句を言いかけたが…途中まで言いかけた辺りで言葉に詰まってしまった、静かに俯いてポツポツと石畳に染みを作り始めた雷鼓。

 あたしとしては無事、でもないが生還、もしてないな、とりあえず以前の通り変わらずにいられて、寧ろ確実に雷鼓を置いて逝けなくなって、これ以上ないくらい重畳なのだが…

 泣かれるとは思わなかった。

 助けてくれと右手を掴んでいるぬえと笑んでいる姉さんに目で乞うが、泣かすな馬鹿と罵られてぬえのよくわからない能力を使われて寺の奥へと消えて行かれてしまった、泣く子をあやすのは苦手なのだが‥身から出た錆か、どうにかしよう。

 

「泣かなくともいいのに、雷鼓との約束は守るわよ?」

「死んでから帰ってくるとは思わなくって…また騙されたと思ったのに」

 

「騙す時は正面切って騙すって言ったじゃない。逝ってはいるけど、置いては逝っていないしご覧の通り未だ顕在よ?」

 

 俯く頭を撫でつつあやしてみるが一向に泣き止まないあたしの付喪神、真夏の炎天下でこう泣いては乾いてしまいそうで心配だ。

 普段であれば横に並ぶとあたしが見上げる側になる背の高い雷鼓。

 今は肩を落とし俯いていて赤い頭を見下ろしている形だ、こうして見下ろす視線も悪くないなと気がついた時にちょっとした悪戯を思いついた。

 一辺死んでいるわけだし、生前とは少し趣向を変えた悪戯をしてみようと思いついた。

 両手で頭を撫でつつそのまま頬に両手を添えて顔を持ち上げる、唯でさえ赤い瞳を更に赤くしている顔。久々に見る愛らしい顔で、これでもう少しロマンの感じられる場所と時間だったならこのままオイシく頂くのだが、さすがに蝉しぐれの響く墓場ではロマンも何もない。手を出してもいいが、顕現したばかりで慣れておらず雷鼓を突き抜けてしまいそうでちょっと怖い。

 それでも触れたい気持ちは抑えられず前髪を撫でてかき上げた奥、汗のの匂いとうっすら雷鼓の匂いのするおでこに小さく口吻だけして、どうにか自分を誤魔化した。

 

「汗臭くて萎えるし続きは今の体に慣れてから弄ぶわ、ひんやりしているから夏場のうちの方が抱き心地がいいだろうし、急いで慣れるからもうちょっと我慢して」

「自分だって線香臭いくせに…全く、入盆にうらめしやと帰ってきて言う事がそれ? もうちょっとこうないの? 死んだと思ったら急に帰ってきて…心配したのに」

 

「死んでもこうして帰ってきたというのに随分な言い草ね、誰の為に帰ってきたのかわかってるのかしら?」

「自分の為でしょ? もういいわ、泣かされた私が馬鹿みたい」

 

 生前であればここでご明察だと答えてお終いなのだが、それで終わらせては面白くない。

 泣く寸前の顔は見ていたが、可愛らしい泣き顔を見せてくれたのは初めてだったし、そのお礼代わりにあたしの見せていない面も見せておこう。

 馬鹿みたいだと言って少し拗ねて顔を逸らした雷鼓の顔を再度正面に戻す、不機嫌そうにふくれている太鼓にニコリと笑んでゆっくりと述べた。

 

「これでも大事に想っているし真面目に愛してるのよ? ちょっと伝わりにくいだけで」

 

 心配したと語ってくれる赤い瞳に向かい真正面から不意打ちで、追いかけっこ中に姉に褒められた底意地悪い皮肉な笑みを浮かべて、普段では口にしないだろう言葉を言ってみた。

 また疑われるのか、訝しい顔でもするのかと歯を合わせ犬歯を見せて笑っていると、一瞬ほうけた後に上目遣いで甘えたような表情を見せてくれた、コロコロ変わって面白い。

 伝えた本心に対して何が返ってくるのか、次の言葉を待つように手櫛で髪を梳いていると表情を変えず甘え顔のままぼそっと呟いた。

 

「言い方が狡い、本当に狡い」

 

 言うだけ言ってまた顔を背け静かになった堀川雷鼓。

 一言本音を伝えてみれば、恥ずかしがってくれて酔ってもいないのに頬を染めてくれた。

 誰かに言われないとわからない事もある、なんて事を輝針城で聞いていたのを想い出し真正面から言ってみたが、こんなに効果があるのなら偶には言ってみてもいいかもしれない。

 言うだけは無料なのだし、今後も常套句にならないくらい程々に言ってみよう。

 その度にどんな顔をしてくれるのか、随分と楽しみだ。

 そのまま大人しく恥ずかしがっておけと言うように、見せていた犬歯を噛合させてカツンと音を鳴らしてみるとピクッと揺れる髪と瞳。

 

 いつもよりも反応が大きくて、それが可笑しくて鼻で笑うと、狡いと再度大声で言われ俯いていた体も真っ直ぐに起こされた。普段の見慣れた見上げる形になってしまったがまぁいいか、色々と表情を見られて気分が良い。

 頬に添えたままの両手に雷鼓の手を重ねられて心地よい体温が伝わってくる、夏場でこうなのだから冬場になればもっと心地よく感じられそうだ…

 寒いと文句を言われそうで少し怖いが。

 

「冷えてていいわ、演奏後にも良さそうね」

「妖夢の半霊よりは温かいみたいだけど、冬場に困るわね。布団から蹴り出されたら今度はあたしが泣きそう」

 

 雷鼓の体温を奪い、程よく温くなった手を頬から離して煙管を咥える。

 自身の言葉で甘くなった口内を洗うように煙草を楽しんでいると、吐いた煙を目で追う雷鼓。

 ふよふよと漂う煙草の煙を眺めてから何か思いついたように笑んでいるが、なんぞ面白い事でも思いついたか?

 

「煙草の煙で戻ってきたんだし、煙草よりも温かいのって取り込めないの? 火鉢の煙とか竈の煙とか、湯気とか暖かそうなやつでも取り込んでみたら?」

「いくらなんでもそれは…帰ったら試すわ」

 

 霧散しても誰かが覚えていてくれればまた集まれるかも、というあたしの発想も大概だったが、それに続いて雷鼓の方も大胆な発想をするものだ、いい目の付け所で面白い。

 後で風呂を沸かした時にでも早速試してみよう、暖も取れて涼も取れるなら年がら年中抱きついていても文句も言われないだろうし、雷鼓の方からくっついてきてくれるかもしれない。

 毎回こちらから手を出してばかりなのだから偶には求められるのも…なんて考えているとぬえと姉さんが消えた先、寺の方が騒がしくなり始めた。

 百ヶ日の法要がどうだとかあれに年忌法要なんてしても極楽浄土にいくわけがないなどと、小さな賢将殿とここのご本尊様が話している声がする。

 いないと思って好きに言ってくれるネズミ殿とそれを窘める毘沙門天様、後ろで浮かぶピンク色の時代親父殿はあたしに気がついているようだが言葉を介さない人で良かった。

 しかし好き放題言ってくれるナズーリンをどうしてくれようか?

 折角帰って来たのだからどうにかして驚かしたいのだが…寺に席を置きながら寺に住まない不心得者に仕掛けるならなんだろか?

 白い着物の袖で鼻先まで隠して意地悪く笑み、何をやろうか企んでいると口元に宛てがっていた袖を引かれて下げられた。

 

「悪い顔してる、またなんか企んでるでしょ?」

「これから企むんだけど、ネタが思いつかないのよね? なんかない?」

 

「また人を頼って、やっぱり狡いわ」

 

「誰に向かって言ってるの?」

「霧で煙な小狡い狸さん」

 

 そう言われて少し悩む、果たしてそのままでいいのだろうか?

 肉体も変わって気分も変わった、亡霊という新しい面も増えてしまったし、それならもっと適した言回しがあるのではなかろうか?

 散々待たせて入り盆を狙って亡霊として出てきたのだし、それを宛てがって新しく考えてみるか。

 

「霧で煙な可愛い亡霊狸さん、とかちょっと長くて面倒よね?」

「長いわ、亡霊って言っても触れるし死人ぽくはないわよ?」

 

「そうよね…なら化け狸でいいわ」

「化けて出たからって事? 遠回りして結局そうなるの?」

 

「帰ってきたしそっちも原点回帰する、また訂正して回らないと」 

「どうでもいい事に拘るのね、面倒臭いって言われてもしらないから」

 

 それでこそあたしだと言い切ると、そうねと返答を受けた。

 面倒臭いという言葉も聞けて上々だ、雷鼓と二人墓場で楽しく笑っているといつの間にか法衣姿の寺の皆に見つかってしまった。

 なんでいるのかという驚きに満ちた目でこちらを見てくる面々、何もせずとも驚きを提供できてこれはこれで面白い。 

 隣で同じように笑い声を上げている雷鼓の声を掻き消すように大声でゲラゲラと嗤うと、両手を合わせて念仏を唱え始める魔住職。

 成仏しろという事だろうか?

 それならばと少しずつ体を霧散させ煙と化して消えて見せた、心配そうに眺めてくれる雷鼓に大丈夫だと伝えるようにウインクしてから完全に姿を消す。

 聞こえていた念仏を唱え切り最後に静かに南無三と呟く聖、それに合わせて顕現し同じ姿勢で南無三と述べると訝しげな表情が見られた。

 小さな事ではあるがやはり誰かを騙したり小馬鹿にしたりするのも楽しい、肉体が変わった今も楽しいと感じるものは変わらないようだ。

 次は誰を小馬鹿にしに行くかね、まだまだこの世で楽しめそうだ。  




これにて一旦本編終幕。
短い間でしたが、お付き合いくださいましてありがとうございました。

ちょろっと活動報告に本作についてやらアヤメの設定やらを乗せてみました、お暇な方は見てみてくださいまし。
それでは。

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