東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百三十五話 空回る

 中指立てて反旗を翻してはみたものの、何をどうしたらいいのか全く浮かばず、仕方がないから考えるのをやめた。考えて思いつかないならそれ以上は思考しない、腹も抜かれて気も入れ替えたし鬼を相手に嘘をつくのは少ない方がいい、とりあえず明日以降は天邪鬼を甘やかしに行くって事だけを考えてその晩は床に入った。

 気付けに飲んだ鬼の酒が効いたのか、それとも悪巧みもなく素直に寝たのがよかったのか、珍しく夢なんてものを見た。夢というより過去の自分を別の視点から見せられた、といったほうが伝わりやすいのかもしれない。

 

 大昔の、まだ唯の狸だった頃から追うように始まって、いつしか妖怪として成り果てていく自分を見せられるが、これと言って目新しい事もなく特に思うところはなかった。

 強いて感想を述べるなら狸として終わらずに良かったと安心できたくらいか、あそこで終わらずに済んだから今があるのだろうし。

 何故こんな夢を見たのか、夢の中でも冷静に考えられるくらい余裕があって訝しんだが、外の世界で殴られた同じ拳を再度見身に受けたせいかな、だから外の世界で過ごしていた頃の夢なんて見ているのか、と夢の中で頷いた。頷いてから視線を上げると場面が一気に動いていく、次は山の穴蔵で暮らし金貸しをしている頃に場面が映る。

 居着いてしばらくしている頃合い、もう直山の噴火に飲まれる集落が山間の谷間に見えるが…ここはもう納得したし何度も見たい景色ではない。やめてくれと誰ともなく願うと場面がすぐに変わっていった…散々泣いたしもうこれはいい、死んでいく里人の墓穴を掘る自分など何度も見たい姿ではない。

 

 次に視界が定まったのは幻想郷に来てちょっとやんちゃした夜の景色、お引越しのご挨拶に来てくれた吸血蝙蝠と楽しく遊んで食事を済ませた晩の景色が見えた。

 赤い月の下で子供のように笑んでいる自分、その隣には上半身だけを隙間から生やした幻想郷の大家さん。食事で汚れた口元を紫さんに拭われてご機嫌な顔をしている自分を見て、甘やかされるのに慣れていないなんてどの口が言うのかと、少しだけ恥ずかしくなった。

 この後は二人で少し話して不法滞在者であるレミリアに挨拶に行くんだったか、いきなり現れて面倒なお願いを頼んできてくれて、最初は乗り気じゃなかったが…

『どうせなら他の者にも声を掛けて皆で楽しく遊びましょう』なんて言葉を聞いて、素直に手伝う気になったのを覚えている。この時は言う通り楽しい遊びで悪くなかった、楽しみすぎて調子に乗って門番の気を引いたまではいいが遊びすぎて怪我をしたんだったか、同じような手口で戦う門番もいい手合だった。が、同時に面倒な時間稼ぎだったなとまた思い出す。

 

 また場面が変わって、次に見えた自分は両腕のない姿、この時は大家さんのお願いを聞き入れて地底に行ってちょっとした荒事をするハメになったのだった。

 怪力乱神に目をつけられて喧嘩を売られて、死んでもおかしくない弾幕ごっこに付き合わされたのが懐かしい。土蜘蛛や橋姫、覚なんかと知り合ったのもこの頃だったか。

 面倒なお願い事だったけれどお陰様で今でも付き合いのある友人を得られたのがありがたかった、喧嘩の後に腕がなくて不便そうだからと式を押し付けられた事もあった。思い返せば主にも式にも甘えっぱなしだ、少しどころか随分と恥ずかしい。

 頼んでもいないのに介護してくれてありがたい、なんてこの頃は考えていたがそれでも追い返さず好意に甘えたのはなぜだろうか、素直に信頼していたからだろうなと違う事にも気がついた。

 

 さっきから自分の夢であるはずなのに特定の人に関わる夢ばかりが続いている、これはちょいとおかしいと夢を見ながら違和感を覚える。

 以前に昔の夢を見た後は確か…

 

「おはよう。うなされていたから心配で手をとってみたのだけど、嫌な夢でも見ていたのかしら?」

 

 部屋の壁側である左手で布団を捲って目覚めてみれば、あたしの手を取り笑みを浮かべる、今は敵対しているはずの幻想郷の大家さんが横に座っていた。

 夢の様な夢ではないような懐かしい物を見せてくれて、過去の自分や昔の事をわざわざ思い出させてくれたのはやっぱりこいつだったかと睨む。

 けれど、睨んだところで取る手は離されず、少しだけ穏やかな笑みを浮かべる妖怪の賢者様。寝起きから手を取られて笑みも見られて、なんとなく毒気を抜かれてしまった。

 

「おはよう、昔の事なんて見せてくれてなんのつもり? また甘やかしに来てくれたの?」 

 

 夢のせいか反逆した事を完全に忘れて普通に返答してしまう、それでも気にせず手を取ったまま笑っている覗き魔妖怪。

 寝ながら能力が使えれば触れられる事も夢を弄られる事もなかったはずだが、そこまで器用に使えないし今更言っても六日の菖蒲ってやつか。ここで態度を代えても無意味だろうし、このまま空気の代えどころがくるまで過ごそう。

 

「甘やかされるのに慣れていないわ、なんて言葉を魔法の森で誰かに言っていたからちょっと意地悪をしたのよ」

「博麗神社の宴会でも意地悪だったし、ホントはあたしの事嫌いでしょ?」

 

 殴っても布団を殴っているようで殴り甲斐がない、そう言ったのはあたしの腹を穿った鬼っ娘だったか。

 殴り甲斐はないかもしれないがお布団はあたしの大好物だ、お陰で取られている手も心地よい…心地良いとマズイのだが実際気分が良いのだからどうしようもない。

 嫌いでしょ? なんて寝ぼけた頭で悪態をついたつもりだったがこれじゃ唯拗ねてるだけか、企む腹に穴なんか開いているせいでどうにも本音が漏れるらしい。

 

「そうね。思いついた楽しい遊びを皆の前で発表したのに、つれないアヤメは嫌いだわ」

「それなんだけど、一人は楽しんでないしもう一人は泣いてたのよね。そんな姿を見せられてあたしとしては楽しくない、気に入らないわ」

 

 意図せず漏れるなら素直に吐いてしまおう、そう思った。

 楽しんでいるのは鬼役だけで逃げ役のアイツは一人で必死だ、そんな必死な天邪鬼を思って泣いた針妙丸の気持ちはよく分かる、だからこそ針妙丸の願いを叶えてあげたいと思ったのだが‥‥遊びの発起人に言ってしまったのは悪手だっただろうか。

 気づいたところでもう遅いか、あたしの言葉を聞いて胡散臭い笑みに戻ってしまったし。

 

「そうだとして、それならどうするの? 見逃してあげてとでもねだる? また尻尾振っておねだりしてくるかしら?」

「逃げ役があたしだったならそうしてるわね、でも今回はあたしは…」

 

 言いかけた辺りで頬に手を添えてきて言葉を中断させられる、夢と現の境界の次は言語の境界でも弄ばれたのか、口をパクパクとさせるだけで声にならない。

 それ以上言うなって事だろうか、遊びには乗らない。皆で楽しく遊びましょうと誘ってくるのにそのせいで誰かが泣いた、だから気に入らないし今回は願いではなくお誘いだからあたしも断れるものだ。

 だから今回はあたしはのらない、寧ろ反逆者として逃げ役に肩入れして終わらないようにし続けてやろう、そう考えていたのだがそれは言わせてくれないらしい…敵対もさせてもらえない、本当に甘やかしてくれて、気に入らないほど過保護で困る。

 

「皆一度は遊んだだろうし、あまり長く逃げられても調子に乗られそうで困るのよ」

 

 皆遊んだ、か。

 萃香さんまで出張ったし残っていても数人ってところだとは思う、宴会の場にいながらまだ動きを見せていないのは聖人二人と天人、予め遅刻していけと伝えておいた吸血鬼くらいか。

 太子はよくわからないが、天子は暇潰しに使いそうだし聖は改心させて改宗せよなんて言い出しそうだ、レミリアはできればもっと遅刻してくれると嬉しいがそうもいかないのだろうな。

 

「私は今晩辺りに遊びに出かけます、アヤメはどうするの? 神社で誘ってからまだ返事を聞いてないのだけれど?」

 

 取られている手を払って口をパクパクとさせながら、親指で口を指して返答するからどうにかしろと示す。笑んだまま目を細める紫さんの顔にさぁどうぞと書かれてから、誘いの返事を述べた。

 

「紫さんからの誘いなら断らない、けれど参加するに中って聞いておきたい事があるのよね」

「話は聞いた、宴会ではそう言ってたと思うのだけれどなにかしら?」

 

 断れる誘いだったが断りの言葉は閉ざされた、それなら返事はこうなるだろう。

 曖昧なままでも答えは出ているが、はっきりと自分から遊びに関わると意思表示を示しておいた方がいい。

 それでもただ誘いに乗るわけではない、遊びの終わりはどうするつもりなのか?

 正邪を捕らえて処罰するまで終わりがないのか確認をしておきたかった。

 

「遊びの〆はどうなるの? 正邪を捕らえて殺してお終い? 遊びにしては物騒ね」

「それでも終わりだけれど、それで終わればもう一人というのがまた泣きそうだし…そうなったらアヤメが怖いからそれ以外もあるって伝えておくわ」

 

 怖いなどとこの口が言うのかと睨む、が扇子で隠された。

 此処から先はいつも通り胡散臭い物言いになりそうだ、それならばと体を起こして煙管を咥えこちらもいつもの態度で望む。

 扇子に向かって煙を吐くと数度仰がれてかき消されるが、おかげで口元がチラリと見えた。笑んでいるのかと思ったが少しだけ考えるような表情の紫さん。

 そんなに真面目な事を言うのかと内心だけ身構えると真面目とは真逆のことを言われてしまった。天邪鬼が謝ればそれで終わりでもいいなんてのたまう遊びの発起人、一瞬惚けて咥えた煙管を口から離すと小さく笑われた。

 

「逃げずに謝るか、宴会に出て酒で流すかしてくれれば良いのだけれど、傷だらけになってまで嫌がるなんてよくわからないわ」

 

 らしくない少女のような困った顔をする隙間妖怪、紫さんの友人がよく見せるプリプリと怒る可愛気のある表情でよくわからないと言い切られる。

 その表情があまりにも似合わなくて、あっけにとられていると真面目な顔から穏やかな笑みへと戻っていった。 

 

「…生死問わずで追いかけ始めたのに、そんな事で怒ってるの?」

「当然です、大事なルールだもの。もしかして忘れているの? 宴会で付喪神からは聞いていると聞けたのに…昔の事を覚えていてくれて嬉しかったのだけれど、全部は覚えていないのね?」

 

「何の…さっきの夢はそれを思い出させたかったの?」

 

 問掛けても返答はなく扇子の奥で目を細めるだけ、これ以上聞いても教えてくれないだろうし、さっさと思い出そう。

 宴会で話していた内容、あたしとの会話では覚えるとか忘れるとかそういった内容はなかったはずだ、デリカシーのない覗き魔は嫌いだってのは関係ないだろう。

 それならば別の事、宴会での追いかけっこ宣言の後何を話していたか?

 あたしでないとすれば別の者との会話、雷鼓との会話か。

 雷鼓と騒ぎに酔っている時にふらっと現れた紫さんが嬉しかったなんて言ってたか、なんだったか…あぁ、あれか、あまり派手にやると怖いのが来るって方の話か。

 吸血鬼異変の後にした立ち話の一節、よくある世間話の一つだったがそれでもただの世間話と言えなかった話し、幻想郷を思って発した言葉だったから強く脳裏に焼き付いた言葉だ。

 

~幻想郷は全てを受け入れるのよ、それはそれは残酷な話だとかなんとか

 それでもある程度のルールは覚えてもらわないとならない

 守らずにお痛をすると怖いのが来て朝眠れないなんて事になる

 遊びはみんなで楽しく~

 

 一言一句正しく覚えているか、そう問われると自信はないが八割くらいは合っているはず。 

 これに照らし合わせるなら…

 そういう事か、それで今のような逃げ役一人の鬼ごっこが始まったのか。

 

「全てを受け入れるけど、ルールに従わないと怖いのが来て追いかけられる、そうして朝も眠れず逃げ回る羽目になっている…って事なのね、今の正邪は」

「あらあら、やっぱり覚えてくれているのね。遊びはみんなで楽しく、こっちも昔に言った通りでしょう?」

 

「一人楽しそうじゃないのがいると言ったつもりだけど、それは見ないふりするのかしら?」

「ルールを守らない住人は排除するわ、外法には外法を…人里で誰かも言っていたわね、赤蛮奇さんだったかしら? あの子はギリギリセーフとするけれど天邪鬼は許してあげられないの、まだね」

 

 扇子越しに淡々と話す大妖怪。

 管理人としての立場を考えればわかる、わかるが気に入らない返答でもある。

 全てを受け入れるって方は無視しているように思えて、都合のいい面だけを強調する話し方で気に入らない。その辺りの返答も用意しているからわざわざ引っかかるように言ってくるのだろう、それも含めて気に入らない。気に入らないから素直に言おう、甘やかしてくれているのだしそれならそれを利用しない手はない。

 

「あたしには甘いのに、ちょっと反抗されたからって好き嫌いはダメだと思うわ。幻想郷はなんでも受け入れるんじゃなかったの?」

 

 言い切ったところで扇子の奥の顔は変わらない、案の定この問いかけに対しても答えがあるのだろう、それならばその辺りをきっちりと聞いておきたい。

 真っ直ぐに細められた瞳を見返す、すると少しだけ扇子を上げて視線を遮るようにされた。それも気に入らないので扇子の開いている方向を逸らす、真横から縦方向へと開こうとして扇子の芯が軋みだすと、諦めて扇子を閉じる妖怪の賢者。

 ほんの一瞬だけムッとしてくれて、少しだけ意地悪が返せたようで心地いい。

 

「なんでも受け入れてあげますわ、今の幻想郷を愛してくれるのであれば、ね…ひっくり返して壊そうとする者も、ひっくり返された幻想郷も私は受け入れないわ」

 

 久しぶりに見る悲しい顔、幽々子が桜に下に埋まっているものが気になった時に見せた顔。

 あの時とは違って殺気こそないが、今回はあの時よりも内にくるものがある、人攫いくらいしかしていないがこれでも幻想郷の成り立ちに関わった者だ。

 今の顔と言葉にどんな思いが込められているのか、言われずとも痛いほどに理解できる…というより成り立ちに少しでも関わった者としては理解せざるを得ない部分だ。

 どんな思いで言葉にしたか理解できるからこそ、異変の前にあたしを誘いに来た正邪は一蹴し、一度断ったのだが…

 

「アヤメに甘い、と言うけれど…外での人攫いや八雲の使いとして地底へ出向いてくれた事…汚れ役や憎まれ役を押し付けても文句も言わな…」

「それを言うのは狡いわ、あたしが好きに動けなくなる。我を通せなくなったら妖怪として終わるからやめて」

 

 手のかかる子供と古い友人を同時に見るような、慈しむ瞳で見つめてくる幻想郷の大家さん。

 隠す扇子をどかされたから表情で隠しているのか、本心からそんな顔をしているのか、長い付き合いでなんとなくわかるが…今わかってしまうとマズイ、反逆する理由が奪われてしまいそうで途中で言葉を挟んで誤魔化す。

 いつもの胡散臭い笑みではなく、消える前に見せてくれた顔。あたしの反骨心を降りには最適な友、人へ向けるような穏やかな笑みを浮かべている紫さん。

 

 気持ちはありがたいけれど…今はただの住人として、中指立てて姿勢を示した反逆者として話を聞いている体…なのだが、さっきのような事を言われては敵対も出来ず、素直に天邪鬼を追うことも出来ず。

 中途半端が気に入らないと言われたが、こんな心境の時はどうしたらいいのだろうか?

 あちらを立てればこちらが立たずで悩ましい状態を打破するには?

 どちらも立てずに傍観する、のは無理だし、自身がそれを許さないな‥気に入ったものは甘やかす事にしたと鬼と約束してしまったから嘘には出来ないし、針妙丸のお願いも叶えてあげる、あの時のようになく事にはならないと約束してしまった。

 なら逆にどちらも立つように両方につくか、誰にでも尻尾を振る自分にはそれが打ってつけかもしれないし、どちらについても嫌な思いをするのなら、両方についてから失敗して嫌な思いをしよう。

 正邪を仕留める以外の手がないわけでもないのだし。

 

「お山や寺の墓場でしてやられているし、あたしも遊びに混ざるけど少し聞いてもいいかしら?」

「宴会で流れは話しました、それ以外は内容次第ね」

 

「ご褒美って何が貰えるの?」

「天邪鬼に関わるもの、それ以外で答えられて幻想郷のルール内なら何でも、と言っておくわ」

 

 真正面から釘を差されたが悪くないお返事が返ってきてまずは上々、曖昧にぼかしてくれて正邪をどうにかするというお願いは聞いてくれないらしいが、とりあえずそれはどうでもいい。後々でどうにかしよう。 

 

「理解したわ、まだいいなら…紫さん、今晩どの辺りに遊びに行くの?」

「続く言葉次第で返答が変わるのだけれど、先に聞いてもいいかしら?」

 

「あたしらしく嘲笑いに行くだけよ、それ以上は乙女の秘密…って言いたいけどあたしも正邪と遊びたい、紫さんの後ならあいつも疲れているだろうし最後がいいわね」

「私で終わらせるなって事かしら?」

 

 ニコニコと笑みながらニヤニヤと笑む相手と問答を続けていく、どっちも腹黒さに定評のある者だが本気でやれば多分勝てないだろう。

 そんな事はわかっているから本気でなんか当たらない、紫さんの前でも後でもそんな事もどうでもいい、紫さんの前でやらかすことが出来れば後はその場でどうにかしよう。その為には同じ時同じ場所で正邪と三人で出くわしたい。三人で出くわすために後で会いたいという餌を撒く、釣れようが釣れなかろうがどうでもいい。その気があるよという姿勢だけ伝わればそれでいい、とりあえず後で会いたいってのを押していくか。

 

「発起人がトリだなんて出来レースだと思われるわ、境界弄って逃しているかも? そんな疑いを晴らしてあげるって言ってるの」

「疑うなんてそんな酷い事を言うのは誰かしら、アヤメの言い掛かりという線を消してくれる者はいて?」

 

「証拠になるかは五分だけど紫さんを怪しんでいるのはいたわ、早い方の記者がそう。お山が襲われる前に紫さんが誰かとグルになって、なんて裏を取りに来たわ」

「素直に話してくれたのは嬉しいけれど、アヤメの話だから確実ではないのよね」

 

 紫さんに反逆して裏切るつもりが普段の自分の言動に裏切られてしまい、全く信用されない。

 ただこれも振りでどうでもいい、文には悪い気がしなくもないが完全な言い掛かりではないし、新聞記者として名が売り込まれたと思ってもらうようにしよう。

 後々で藍辺りに追い掛け回されるのだろうが、足の早さなら負けないだろうし逃げ足の早さは信じている、頼りになる友人がいてくれてありがたい。

 

「狼少年だって最後には真実を話すのよ?」

「最後というのが気になるわね、お腹、そんなに酷いのかしら? 萃香に貫かれただけで死ぬような事もないでしょう?」

 

 普段通りの物言いから普段通りに甘やかす心を引き出す、ただの軽口で心配などされていないのかもしれないがそこは紫さんを信じてみよう。

 ちょっと腕がないくらいで藍を寄越すくらいの過保護さだ、血の足らない白い顔で最後なんて匂わせれば、少し甘えたお願いを聞いてくれるかもしれない。

 って手口を考えたが実際血が足らず頭が回りきりそうにない、考えるのもちょっと面倒になってきたし、そろそろ真正面から伝えてみよう、甘やかしてくれるなら全力で甘える。

 神様には通じたし、こっちも多分通じる気がする。

 

「甘やかすなら騙されて、こう言えば騙されてポロッと教えてくれるかしら?」

「相変わらず空回りが好きね、最初から甘えてくればいいのに、無駄に頭を使うのは使うべき時にしなさいな…とりあえず高い所へ行く予定、あいつ(天子)もアヤメと一緒で遊びに乗らない我儘娘だから叱りに行くわ」

 

 自分が納得する為に必要なプロセスだったのだから仕方がない、拗ねた態度でそう言うと軽く笑って隙間を開くあたしの保護者様。

 一対のリボンの間に開いた気味の悪い空間からポロポロと包帯やら降ってくる、夜出かけるならどうにかしておけという事らしい、顔色が悪いくらいでこっちの心配は必要ないのだが甘やかされるのに慣れるには丁度いい。

 素直に受け取り帯を解くと隙間に沈まず帰らない覗き魔妖怪、甘やかすという用事は済んだのだろうしさっさと帰れと文句を言うと紫さんは消えてくれたが、代わりに尻尾の多い方が降ってきた。割烹着を着てお玉片手の八雲藍、命は受けていないが急に吐出されたのと帯を解いて腹の穴を見せつけながら包帯を手渡すと、一瞬睨んでから渋々包帯を巻いてくれた、押し付けてくれたから使ってやったのに態度の悪い式で困る。 

 ちゃっちゃっと巻いて終わりかと思ったが、帰りの隙間は開かない。

 お玉見つめて切なそうな顔をする藍に朝餉の献立を聞いてみると、お揚げとネギの味噌汁だったのにと弱々しく答えてくれた。

 九本の尾を下げて問に答える妖獣の頂点。

 少しだけ可愛そうだと思ったが、何も言わずに頭を撫でた。


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