東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百三十四話 翻る

 姉に代わって神に甘えて気分良いまま我が家で熟睡。

 珍しく朝から夜まで動き回っていたから疲れたのか、途中で目覚める事もないまま深夜に寝て夜に目覚めた。なんだか一日を無駄にした気がするが、春らしく春眠として暁を覚えなかっただけだと納得し、寝起きの一服を楽しんでいると、我が家の外が小さく揺れた。

 この揺れ方だとまたあの天人か。

 時間帯こそ早くなったがいつかの時もこうして来たな、生活改善したから昼間に来いと伝えたはずなのにまた夜に来るとは。人の話は聞くものだと窘めるつもりで玄関の戸を開くと、そこにいたのは同じくらい我儘だが頭に桃ではなく二本の角を生やした誰か、年中呑んでるへべれけ幼女が佇んでいた。

 

 寝起きのままの寝ぼけ眼で、珍しく我が家に来るなんて何用か、と尋ねてみると、地底で八つ当たりされた時以上に小憎らしい顔で突っ込んできて、そのまま奥の壁際まで押し込まれた。

 押し当てられた勢いで壁が揺れて梁から少しの埃が落ちる、そういや梁の上までは掃除していないなと見上げると、上げた顔を下げるように胸元掴まれ睨まれた。

 寝間着代わりの作務衣が掴まれ捻られて少し破れてしまったのと、何も言われずに追い立てられた事に少し苛つき強めに睨むと、掴まれた胸元をねじ上げられて持ち上げられた。

 下げられたり上げられたり忙しくて困る。

 

 小さな幼女の何処にあたしを持ち上げる力があるのか、こいつの事を知らない人が見ればそう感じるのだろうが、頭から二本角生やしたこの幼女は鬼だ、か弱い古狸一匹吊るし上げることなど造作も無いだろう。このまま皮でも剥がされて、今の見た通り釣り皮にでもされるのかね、建築は得意だと見知っているが皮なめしまで得意だとは知らなかった。

 そんなどうでもいい事を考えていると、あたしを持ち上げている右手とは逆側、左手で強く握りしめている物を眼前に突き付けられた。

 小さいが力強い拳に握りこまれていたのは、鬼の力でネジ曲がっているがあたしが正邪に押し付けたはずの煙管、なんでそれをこの幼女が持っているのか、押し付けた物がここにあるって事はそういう事かと理解するまで少し時間がかかった。

 

 腰の重い連中が動き出す。

 そういう読みを聞いていたし、この鬼っ娘も腰の重い連中の一人だ。今まで様子見していて動いていなかっただけで、隙間からのお願い待ちと正邪が鬼としてどうなのか、見定めている最中だと言っていたはずだ。鬼の瞳で見定めてそのお眼鏡に叶ったのか、古い友からの願いを聞いたのか、どちらかの理由で動いてあたしが寝ている間にサクッと打ち取りこれを持ってきたのかなと、眼前の煙管を見て結論づけた。

 釣り上げられる中で一人理解し納得していると、表情を変えられずにいるあたしが気に入らないのか、不意に地に降ろされてそのまま身体を引き下げられた。

 中腰くらいの姿勢に抑えられて鬼と同じくらいの目線になった時、ようやく鬼が口を開いた。

 

「聞かないか、聞かずとも意味がわかるってか。城でベラベラくっちゃべって気に入ってたようだしなぁ」

「城で聞いてたの? 霧だけじゃなくて埃にもなれるとは知らなかった、まぁいいわ、終わった事だし…そうね、萃香さんのせいで楽しみが減ったわ」

 

 色々と企んでいた楽しみ事。

 小さな姫の小さな願いと、それを利用する形で込めた自身の願い。

 あの隙間を引っ掛ける事。

 正邪に対しての意趣返し。

 あれが死んでしまったのなら全部オジャンで大失敗だ、あいつももう少しねばってくれればいいのに。あたしに対して見せた気概はこの程度だったのかと、突き付けられる煙管を見ながら正邪への興味がなくなる感覚を覚えた。

 それでも終わってしまったのなら仕方がないとして、次はどのように姫に謝るか?

 一緒に組んで動いていた姉になんと言うか?

 変えない顔の裏側でそんなことばかりを考えていると、寝間着を引かれて息が顔にかかる距離まで寄せられた。考え中に酒精の漂う息は嗅ぎたくない、さっさと離せと少し睨むと、小憎らしいまま言葉を吐いた。

 

「私に対して恨み事の一つでもあるかと思ったが、言い訳を考えるのに必死か? それ以外思うことはないのか?」

 

「遊んだ結果でしょ? それなら文句はないわ、それ以外って何かあった? 正邪は終わってしまったし、それなら…」

「嘘をつくなと言ったはずだ、私はお前の事をよく知ってるよ。面倒くさがりの割に変な所だけ律儀で我儘な古狸、見えない所で悪戯していつも影から覗いて笑ってたな。誰かを笑い飛ばして突き放したかと思えば仲良さげに擦り寄って、中途半端に他者と関わってばかりだ」

 

 まだこの鬼に嘘はついてはいないし中途半端というよりも程々と言ってもらいたいが…それはいい、言い返さず真摯に噛みしめよう。

 力の頂点である鬼らしく横柄で我儘な物言いがなんとも気に入らないが、よく知ってると言うだけある。口振りはあれだが、言っていることは言われた通りで否定できず何も言い返せない。

 必死に逃げ続ける正邪に中途半端に肩入れして泳がして、そいつをどうにかしてくれという姫の願いを中途半端に引き受けて、返してやろうと考えた物も中途半端なままに終わった。

 地底で名を例えに使われた言葉、六日の菖蒲十日の菊じゃあないが今更になって中途半端だと説教されても、時期が遅すぎてなんの役にも立ちゃしない。

 だからこそ、そこは考えず次の事を考え始めたというのに、この鬼は蒸し返してくれて何だというのか、見せつける用事が終わったのならさっさと消えてしまって欲しい。

 

「理解者がいてくれて嬉しいわ、ありがたいお説教だけど忙しいから帰ってくれない?」

「嫌だね、あいつを見定めてる途中だってのに中途半端に手心加えやがって‥神社の神から聞いた、神頼みってのは何のつもりだ? 天邪鬼の逃亡の手助けのつもりか?」

 

 鮫のような鋭い歯を剥いている鬼族の頂点、帰れと言っても聞き入れられず逆に煽りをいれてきた。思惑は別として、結果としてはこの鬼の言う通りで言葉も無い。

 だがそれが何だというのか、この鬼が歯を剥いて怒るような事か?

 あたしのお遊びのためにちょっと利用しただけだ、それが悪い事…鬼からすれば悪いのか?

 やたらと一対一の喧嘩に拘る種族だ、神様に喧嘩を売る天邪鬼は気に入ったが、神様に手心加えてくれと裏で動いたあたしが気に入らないってところか?

 もしそうならあたしも言い返したい事がある、鬼の矜持を笠に着て言ってくれるのはいいが、まだ途中ってのはなんだ?

 言う割に自分も中途半端じゃないのか?

 煙管見せつけてミスリードを誘ってくるのはいい手だが、嘘を嫌う鬼らしく言葉としては誤魔化せないってか?

 中途半端な姿勢で口喧嘩吹っ掛けてきたこの幼女が気に入らない、気に入らないからちょいと利用しよう、手始めにどうしようか?

 とりあえず言い分を聞くか、何を考えてるか知らないが聞くだけなら無料だ、言われた通り嘘はつかずに突付いてやればいいことがあるかもしれない。 

 

「思惑は別として結果そうなるわ、けどそれが何? 必死なアイツが面白くて気に入ったから逃してやりたい、この考えの何が悪いの?」

「お前の思惑なんぞ知らん、ただあいつの喧嘩に横槍を入れたのが気に入らん。コレだってそうだ、いらんもん押し付けやがって」

 

 少し口で返すと口と行動で返答をくれる不羈奔放の鬼。

 眼前に掲げ上げられていた煙管を完全に握り潰し、パラパラと落ちた破片を踏み潰す幼女の足。ガボンという音を立てそのまま床板も抜いてくれて、綺麗に幼女の足型で抜けた我が家の床。

 無表情なあたしに合わせて冷静に話してくれているが、あたしの分身とも言える煙管を潰して踏み抜いて、これくらい怒ってるんだぞと態度に滲ませて教えてくれた。

 遠回しに教えてくれなくても、捕まっている今なら存分に殴れるはずなのだが、気に入らない相手は力で殴り飛ばしてきた鬼のくせに、直接あたしに拳を向けないのは何故なのか?

 拳での喧嘩が大好きなくせに、あたしと口喧嘩なんてして何を考えているのか?

 こういう喧嘩も好きだったとは知らなかったが、こっちの勝負で負けてやるつもりはない。

 まだまだお付き合い頂こう。

 

「いらない物と言うけど正邪は大事に腰に挿してくれたわ。利用するあたしも利用する、どんな手を使っても生き残った者が勝ち。あいつはそう言い切った」

「そう言うように仕向けたのもお前だろうに。地底でも外でもお前が私に言った言葉だ、誰に言わされたのかなんてすぐ分かるさ、煙管くらいは許せたが…気概まで押し付けるな! 余計な茶々入れなんてしやがって! 成りきれん鬼を笑い者にしてくれるな!」

 

 身内をバカにされたように怒る鬼の御大将。

 こっちの鬼も正邪を気に入っていたようだ、気に入ったからこそ同族のように扱って、一対一で争って、煙管奪ってうちに来た‥そんなところかね。

 自分の言いたい事だけ言い切ってくれて、あたしの言い分なんてまるで気にしない。

 己の言い分だけ通せなど幻想郷の少女らしい我儘な物言いだ、立場も思いも違うが神様相手に我を通した昨日の自分と同じようで全く以て笑えない。

 …いや、同じではないか、あたしは己の利の為だけに言った我儘だ、この鬼は種族としての矜持を貫くための我儘、あれにも貫いてほしかったと考えての我儘で他者を思う我儘だ。

 だとしたら同じに扱うのは失礼か、あいつの行動だけを利用するつもりだったが、萃香さんから見れば気概も利用し笑ったとしか見えないのだろう。

 そうにしか見えないように騙したのだからそこは何よりだが…

 

「黙るなよ、得意の口喧嘩だろう? なら早く騙してみせろ、あの天邪鬼の様に私も騙して笑ってみせろ!」

 

 鬼の叫びと共にぶん投げられて、玄関の戸を破り外へと転がされる。

 床板といい玄関といい人の住まいを何だと思っているのか、腕や足と違って生やせないというのに、気軽に壊されてしまって余計に気に入らない。

 荒くれ者の鬼も気に入らないが、こうなる事まで予見せず安易に動いた自分も気に入らない。

 地底で萃香さんから話は聞いていたくせに、天邪鬼にだけ気を取られてすっかり忘れて鬼の怒りを買っている。お説教通り中途半端なやり口で、今になって反吐が出そうだ。

 

 転がったまま頭の中で後の祭りを囃し立てると、ない胸張って傲慢な笑みで歩み寄る畏怖の象徴が目に留まる。笑えという割にはおっそろしい態度で寄ってきて、いつまでも寝てないでさっさと騙してみろと再度の脅しをしてくる萃香。

 嘘が嫌いな鬼を騙せってのも結構な難題だ、天邪鬼に関わってから難題ばかりで楽しめていたが、他の難題はその天邪鬼の終わりと同時に解けずに終わってしまった…という流れ。

 茶番も茶番だがまぁいいか、折角鬼っ子がくれた難題だ、これを解いて気を紛らわそう、真正面から騙してやって狡猾に笑えれば何故か変えられないあたしの表情も変わるだろうし、鬼の難題も解けて万々歳だ。

 少しだけやる気も戻った、まずは何から仕掛けるか?

 嘘だとバレずに騙すなんてのは無理だが、ここでこいつに嘘をつけばそれこそ現世とサヨウナラしそうだ。それなら騙す相手を変えるか、自分を騙して驚きを提供するか…その為にまずは煽って、いつも通り相手をノセてからだ。

 

「お説教も飽いたし、自分で仕留めた身内の尻拭いをする鬼の相手にも飽いたわ」

「さっきまでの話を聞いてないのか? 騙してみろって言ってやったんだが、人の話も聞かないくらい我儘に成り果てたか?」

 

 転がされてうつ伏せのまま、顔だけ上げて鬼を見上げる。

 飽きたと聞いて眉を潜ませたが、騙して欲しいと言ってくる割にノリが悪くて扱いに困る。

 慣れない口喧嘩に飽いて少しイライラし始めたのはいいが、もう少し突付いてやらなないと手心加えられそうでマズイ。どうせなら蟠りはないようにしておきたいのだが…このままでは利用している天邪鬼のように成りきれなくてお互い格好がつかない。

 

 ゆっくりと起き上がり埃を払って顔色変えずに子鬼を見やる。

 感情を乗せない瞳で見下ろしてやると、少し固めに握られた右拳が見えた。

 握った中指辺りから少しだけ赤い液体が垂れていて、そんなにあたしが気に入らないのかと思ったがどうやら違うようだ。

 下ろした視線の端で握られていた寝巻き代わりの作務衣を見ると、点々と残る赤い血の跡。

 煽りをくれてやる前からの傷らしい、この鬼っ子が怪我をするなどよっぽどの大事だ。

 誰がやったのか知らないがソイツも面白そうな輩に違いない、騙しきって生きていたら是非とも会ってみたいものだ。

 相変わらず思考が逸れるが気にせずに思いに耽ると、再度捕まり囚われる。

 先ほどといい今といい雑に握られて息苦しいが、下手すりゃこのまま息の根っこが抜かれるだろうし、それなら今のうちに現世の空気を味わっておくかと、大きく吸って大きく吐いた。

 吐いた息の音を聞いて小さく舌打ちをする萃香、呆れのため息ではないがそう聞こえたなら利用しよう。しかめっ面の鬼に向かって表情変えず煽りを追加した。

 

「気に入った相手を殴り殺して終わらせた事を蒸し返す、矮小な天邪鬼でもないのに同じように小さな事を気にする鬼。まるで成りきれないあれみたい、器が小さくてそっくりね。その形に合うようになったじゃない、萃香さん」

「もう一回言うか? 騙せと言ったんだ、開き直って煽れなんて言っちゃいない」

 

「そうやって小さな事に拘る矮小さが似てるって言ってるのよ? 見定めるなんて言ってたけど、定める必要ないくらいに似ててお似合いだわ。口喧嘩なんて吹っ掛けてきてやりたい事もよくわからないし‥気に入らないならよくやる様に殴ればいいのよ」

 

 売ってきた口喧嘩を突っ返すように殴れば早いと得意な方面で煽る、似合わない周りくどい事なんてしないで…と考えた辺りで腹に感じる強い衝撃、ズブリと嫌な音を立てて、じわじわと熱くなっていく脇腹からは小さな幼女の肘から先が生えている。

 怒り顔の割に眉を潜めていてよくわからない表情の鬼が、黒く染めきれなかった脇腹に拳を撃ってそのまま背まで抜いたらしい、腹の奥からこみ上げる血を吐いてから、思い切り良くやってくれたなと理解した。グポンとこれまた聞きたくない音を立てて引き抜かれ、それとともに再度喉から逆流する血。紅茶に混ぜられた従者の血と比べると酷くマズイ味が口に広がるが、軽く吐いて紛らわせて残りは気に掛けないことにした。

 内を回る痛みを逸らして痛くないと自分を騙す。そのまま痛いと感じる意識も逸らして気にしないようにし、再び口内に貯まった血を鬼の顔面にかかるように吐いた。

 少し黒ずんだ不健康でマズイ血を浴びせて、残りを口の端から垂らしながら意地悪く笑む。してやったと見下ろしてやると、血塗れの眉間に小さな大江山の谷が浮かび上がった。

 黒く成りきれなかった気に入らない腹を殴り抜かれて、言葉通り騙してやって、やることやってあたしはスッキリとしたが…鬼っ子の方は晴れない顔のままだ、スッキリすると思ったが怪訝さを見せてなんだい、その顔は?

 

「言われた通りに騙し笑ってやったのに、ついでに殴らせてやったのに浮かない顔ね」

「なんでわざと殴らせた? 手段を誤ったと謝るだけで済む話だったろう?」

 

「強欲は身を滅ぼすって言われたし、嘘つかせるのも悪いと思って」

 

 先ほどとは違う意味で眉間を狭める萃香さん、少し前の地底での話だと思い出せるように促すと、あれかと呆れてまた舌打ちをした。舌打ちを聞いて小さく笑むと、有言実行させられた事が気に入らないとまた我儘を言ってくる幼女。

 それならば本心を話そう、腹も割られたし隠し事は出来そうにない。

 

「さっきのはついでの冗談よ。口喧嘩で勝負吹っ掛けて来る萃香さんも、そうさせた自分も気に入らなかったの。一度ぶち抜いてもらって、黒く成りきれない腹を割って貰いたかったのよ」

「頭ぶち抜かれるってのは考えなかったのか?」

 

「多分ないと思ったのよね。見定めている『途中』と言ったし…中途半端な、気に入らない関り方をしているあたしの頭飛ばして終わらせるつもりはないんじゃないか? そんな読みに賭けてみたってとこね」

「気付いていたのになんで…ってさっきの嘘ってやつかい? 変なとこだけ律儀で相変わらず馬鹿なやつだ」

 

「殴るのが面倒臭いあたしを殴れてスッキリしたでしょ? こっちもストレス発散出来たしもういいわ。ちょいと刺激が強すぎるけど血も滴るいい女ってのも需要あるかもしれなし、悪くないわ」

 

 血塗れの拳を見ている鬼にもういいと伝えてみると、スッキリした顔を見せた。有言実行させられて気に入らなかったらしいが、その辺は後で考えてくれ、こっちは一応怪我人だ。

 殴るまでが面倒くさいなんて、霊夢から聞いたあたしの評価を口に出すと、またしても舌打ちされるが反論はなかった。

 鬼が巫女に言った言葉を嘘にされて黙る幼女に、あたしに口で勝とうなんて500年早いと血反吐吐きつつ言葉も吐いて、ちょっと歩くとふらついた。

 倒れる前に支えられ転ぶ事はなかったが、ふらつく原因に支えられるのもおかしな話だと笑うと何も言い返されずに背負われた、そのまま小さな背におぶさり住まいへ戻って一息入れる。

 卓を囲んで少し気が緩んだのか、抜かれた腹がちょいと痛いが、もらう覚悟をしていたおかげで不意打ちでもらうよりは幾分マシな心境だ。

 痛いって事は生きてるって事だと強引に納得させて、差し出された瓢箪を煽って紛らわせた。

 酒で流して手打ちは済んだし、聞きたい事も結構ある、その辺りを少し聞いてみよう。

 

「手打ちは済んだみたいだし、聞いてもいいかしら?」

「構わないが、腹は?」

 

「幼女の拳サイズくらい問題ないわ、それよりもわざわざ煽りに来たのは何?」

「すぐに軽口吐きやがって、腹より口を割らせた方が良かったか? 言ったろう、中途半端が気に入らないんだよ。お前も半端にやられてわかっただろう?」

 

「…程々も悪く言えば半端か、理解したわ」

 

 少しずつ湧いてくる血を瓢箪煽って酒で腹に戻す、喉を鳴らして飲み込んでから口を割られたら垂れ流すだけだと返答すると、変わりないから意味が無いと言ってくれる口の減らない幼女。

 人の事を悪く言えるような手合でもないくせに何を言うのか、小生意気で気に入らないと笑うと同じように声を上げて笑い出した。そのまま少し笑って企み事について聞かれて、何も気にせず全て吐いた。

 姉と始めた隙間に対する意趣返し、その途中で姫の願いを引き受けてそれを利用し動いた事、結果正邪も利用する為に憎まれ役を買った事。

 つらつらと話すと前提から勘違いしていると、思ってもみない事が幼女の口から飛び出した。

 

「手の平に引きずり出すというが、はなっから紫も舞台上にいるだろうに。盤上に引っ張り出した奴が何言ってんだ?」

 

「うん? どういう事かしら?」

「お前が賭けて引っ張り出しただろうに、紫は見てるだけのつもりだったらしいが、賭けられたなら仕方がないと遊びにノッてきただろう?」

 

 なるほどと感心半分、そう言われてみればと自分に対して憤り半分ってのが正直な感想だ。

 前提から間違ってたって事ならこれまでの全部が空回りって事か、遊ばれていたわけではなく最初っから一緒に遊んでいただけだったわけだ。

 直接隙間で正邪を狙わないのは、遊びで反則はしない、もしくは逃げ回るあれを見て楽しんでるってところか?

 直接動かずに幽々子や萃香さんを動かして遊びを盛り上げて眺める、遊びにノった手前もあるし最後くらいは自分で持っていきそうだ、自分で〆れば褒美もないから手間がない。

 回らない頭でちょっと考えただけでも胸糞悪くて堪らないが、これをあたしに話してしまっていいのだろうか?

 友人の隠し事なんて素直に話すような鬼ではないが…鬼だから隠せないのか、矜持に拘りが強いのも難儀なことだ。

 

「そういえば見定めてる途中じゃなかったの? あたしの相手してないで追っかけたらいいのに」

「もう済んだ、鬼と認めるほどじゃないが…それなりに気に入ったから私はもういいのさ」

 

 瓢箪煽ってゲップしながら右手の甲を突きつけてくる、小さなお手々の中指の先が綺麗に一枚剥がれている。嬉しそうな顔をして剥がされた指先を見つめる鬼っ子にしてやられたなと悪戯に言うと、してやられたと豪快に笑い始めた。

 

「押し付けられた気概の割に頑張ってる哀れな鬼人正邪。利用されて可哀想だし軽く殴って終わりにするかと思ったが…生爪ひっくり返されてこのザマだ、素でも意外とやるじゃあないか、あいつ」

 

 剥がされた指先見つめて瓢箪を煽る少女を見ていると、だから逃がした、と最後に付け加えられた。軽くひねるつもりが正邪の力だけでひっくり返されてそこに矜持を見た、だからこそ気に入って、だからこそあたしが気に入らなかった。

 なんとも面倒臭い鬼の矜持だがわからなくもない、思っていた以上の力を示し鬼の御大将に認めさせた、成りきれない天邪『鬼』

 矜持を気にする鬼が矜持を見せられたのだ、気に入って当然だ。

 

「霊夢からも逃げているし、あたしも一度はやられているし、やる時はやるのよね」

「素直に褒めるなんて珍しいな、太鼓といい一寸法師といい、あれもこれもと増やしすぎると本当に身を滅ぼすぞ?」

 

「滅びないわ、まだまだ甘やかし足りないもの。萃香さんとは違って、気に入った相手は甘やかして愛でていたいの。萃香さんも可愛いわよ?」

 

 いつもの様にグリグリと頭を撫でくり回すといつもにように払われる、素直に好みだと伝えてみたがつれない素振りで可愛くない。

 ちょっと放置すると構って欲しいと暴れるくせに、こっちが構って欲しい時には相手にしてくれない、なんとも我儘な鬼様で困る友人だ。

 ワガママっぷりを楽しんでニヤついていると、真剣な顔で真っ直ぐに見られる、らしくない真面目な事でも言ってくれるのかね。

 

「それでこの後どうするのさ? 宙ぶらりんでお終いってのは許さないよ?」

 

「ちょっと考えたんだけど、本腰入れてあたしらしくする事にしたわ、どんな手を使っても笑えればそれでいいと正邪に言い切ったし、そうするだけね」

「アヤメらしくってのがどうなるのかわからんが…気に入ったあいつに正面切って言ったのなら、さっきまでのお前みたいにがっかりした顔させないようにしてやれよ?」

 

 勝手に期待してくれた鬼に言い返そうとしたが、軽く咳き込こんでしまいむせていると、さっさと医者へ行けと言いながら霧散して消えていく痛みの元凶。

 毎回毎回格好をつけようとすると様にならないのは何なのか、偶には格好いい事を言い切って胸を張って見たいのだが、そうならないのもあたしらしさかと一人納得し煙管咥えて火を入れた。

 一人になって思いに耽る、あたしはがっかりしていたのか。あれを利用するだけのつもりがいつの間にか期待していた?

 何に期待…何でも利用して反逆し続ける正邪に寄せる期待とは?

 

 しばらく悩んで思い付いた。

 自分では出来なかった事を成そうとする正邪に、あたしは期待しているのか。

『逃げる事しかしなかった、昔のあたしとの違いを見せてみろ』

 あいつを煽った最後に考えた事。

 昔も今も面倒事から逃げ続ける自分には出来なかった、抗って勝ちを得るという事。

 これに期待してそれが果たされなかったと知ったから落胆したのか、小者一匹に自分を重ねるなんて滑稽だが元々あたしも小物の三下だった、それなら同列か。

 逃げ続けて消えかけたあたしには紫さんがいたが、今の正邪には針妙丸が言う通り誰もいない…一人は寂しいと体感してわかっているし、正邪が理解者を欲しているのも知っている。

 気に入った相手は甘やかすと鬼に言い切ってしまったし、それならやる事は一つか、とりあえず立場を明確にする為に形にしておこう。

 見ているのか見ていないのかなんて知らないが、形は大事だ、やっておこう。

 

 何もない天上見上げて煽りたい相手の笑みを真似る。

 そのまま血塗れの舌を出し右手掲げて中指立てた。

 舌先から血と唾液がぽたりと垂れた時、小さく隙間が開いて見慣れた右手だけが生える、優雅に指を動かしてあたしに対して払ってみせる。

 やめておけ、なのか、小物が粋がるな、なのかわからんが真正面から煽られたし気合も入った。


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