東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百三十三話 甘える

 周囲で漂う埃の中でも変わらずに舌を出す、期待している反逆者を見送り一息ついて外に出る。

 入った頃は明るかったが、光を照らすお天道様もあくびをし始めたようで、後数刻も経てばお月様が顔を出しそうな時間帯になっていた。

 最後に別れた狸のお姉さんから時間稼ぎをしろと命令を受けているが、あの逆さの現場にいたもう一人、怖くて可愛い少女の戦闘のせいであたしの体も随分と埃臭い。

 思いついた構って欲しいお相手達は、神社に行くにしろ天界に行くにしろ、どちらに行っても清浄な空気溢れる場所にいるし、このまま埃で汚れた体で行くのは少しばかり座りが悪いと考えて、一旦戻って身を清めるかと自宅に戻り風呂に入った。

 

 体と髪を雑に流して湯船に浸かり少し和む、立ち昇る湯気を見ながら和んだ頭で今の状況を見つめなおすと少しの疑問が浮かんできた、なんの為の時間稼ぎなのか?

 正邪を逃がすための時間稼ぎと考えていたが、よくよく考えれば開き直って喧嘩を売りに回る流れになっているのだ、稼がなくてもいいんじゃないか?

 それに逃げ役である正邪の場所も、煙管のお陰で程々にわかるし、最悪横槍を入れて逃げられる流れを作ってやればいいだけだ。

 いや、それでは隙間と事を構える事になるか?

 あれか、考えが纏まらないのは朝っぱらから真面目に化かして、サボり好きの頭をフル回転させたからこんな風に頭が硬いのだろうか。

 朝一番、魔法の森の人形遣いから始まり、流行りのお尋ね者まで騙した緊張感のある一日。

 随分と頭を回した一日で、湯船で振り返り一息つく事も出来た。

 ここらで一度頭を緩めておくのもいいかもしれない。

 そんな事をほんの少しだけ思ってしまい、それに火がつき止まらなくなってきていた。

 けれどこのまま緊張感を失くすのはマズイとも感じている。

『私を煽って気合を入れたくせに、お前はまたそうやって!』

 と二枚舌が元気に動く姿が目に浮かび、どうやって緊張感を取り戻したもんかと、少し悩んでまた思いついた。浮かんだのは神様二柱、威厳のある旦那様と畏怖を覚えるお嫁様。目上の御方と会ったりすればどうにか緊張出来るかも、ついでにこれから喧嘩を売りに行くだろう天邪鬼について、少しの神頼みをしておこうかなと思いついた。

 

 行けば神頼みしそうで格好が悪い。

 日中はそう思ったがなんでも使って笑うと宣言したし、格好悪いをひっくり返して格好良く神頼みしようと思いついた。思いついたが吉日だ、それならばこれから目上の御方にお目通りするわけだし、汚いままでは失礼だと考え、洗い終えていたが再度身を清めた。

 尻尾まで手を抜かず二度洗いして身を清め、久方ぶりに昔の着物、無地で灰色一色の物を引っ張りだして、白い方の着物と一緒に貰っただけで一度も着た事がない、白の襦袢と一緒に肩口広げて身に纏う。神様に願うならそれらしく柄のない質素な姿の方がいい、そんな事も思いついて昔の物を引っ張りだしたが、このまま悪戯心に身を任せると緊張するよりも更に緩んでいきそうだ、そんな悪乗りしていく自分には気が付かない振りをしてやりたいようにやり始めた。

 久々に袖を通した着物を見て、これならそれなりに歩き巫女らしく見えるか、中身の方は純粋な穢れしかないが身形(みなり)だけは身綺麗な旅女郎のように見えるかな、なんて考えながら大昔の神の使いを真似てみた。

 神様達に気が付かれなかったらどうしようもないが、ただの気分でやった事、怒られたなら緊張できるだろうし、気づいて笑ってくれてもそれでいい。悪乗りするなら最後までしようと一人笑って支度を済ませた。

 

 身支度の方はこのくらいとして続いて用意するのは奉納品。

 こっちは特に気取らずに十六本ほど煙草を巻いた。

 一本一本丁寧に心を込めてきっちりと巻いて、一本ずつでも立つ程の硬さに仕上げたそれをイ草で編んだ網袋に詰めていく。これに大した意味合いはないが相手を敬う心を込めればモノはなんでも構わないはずだ、本当ならば脳和えでも用意したいところだが、今から鹿狩りなんて面倒臭い、昔の神事を真似るのだから細かいことも気にしない事にした。

 大昔の風習に合わせれば何をやっても神事になるし、奉納する物品にケチをつけるほど器の小さな方々でもないはず、気楽に扱って大したものじゃないと見せれば、また何かしに来たかと興味を引くには十分だろう。

 下準備は此れ位にしてさっさと行くか、遅い時間に行っても問題なく起きているし本来眠るような事はない。娘の生活時間に合わせて保護者らしく過ごしているだけで、時間など然程関係ない世界の人達なのだから。

 

 春宵の闇に紛れて視線を逸らし漂う雲のように気にされない存在となり、昼間との温度差からうっすらと靄のかかる妖怪のお山を歩く。

 神社の鳥居に向かい歩いて、昔の巫女が呟いた言葉を吐く。

 『巫女の口ききなさらんか』と、小さくぼやきつつ参道を登る。

 さっさと飛んでいけばいいのだが身形(みなり)に習いそれらしくしようかと、なんとなく歩いている。

 本来ならば時間のかかる登坂も、夜霧というあたしの為の天候と巫女気分のお陰で楽々登れて、腹時計の針が天辺を指す前に大きな注連縄の目立つ鳥居へとたどり着けた。鳥居を潜る前に一服済ませて煙を纏う、漂う煙を耳と尻尾に集めて見えないように誤魔化した。これでよりそれらしい気がする。一秒くらいの短時間だが頭を垂れて鳥居の端を歩き、手水舎できっちりと手と口をお清めする、麓の神社でも思うが何故これで払われないのか。あっちは兎も角こっちはちゃんとした神様がいるのだが…数秒考えてここで水を吸い上げている御方も祟り神で雰囲気だけは穢れっぽい、だから平気なのかと納得した。

 正式な参拝まで済ませて遅い時間だが呼び鈴も鳴らす、ガランガランと大きく鳴らして遊びに来たと伝えてから、頭を垂れて瞳を瞑り姿に習い言葉を吐いた。

 

()けまくも(かしこ)き 守矢神社 八坂神奈子 神社(かむやしろ)大前(おほまへ)(をろが)(たてまつ)りて (かしこ)(かしこ)(まを)さく…」

 

 穢れに塗れた巫女もどきの姿で、大昔に聞いただけの祝詞を上げる。拍手と一拝の後に上げるとか間に上げるとか細かい作法が会った気がするが、元より今はもどきで気にならない。

 ぶつぶつと呟いている中で、形だけの言葉は嫌いだと以前に祟り神様に言われた事を想い出し、これはやらかしたかもと口が止まる。中途半端に覚えていた部分まで奏上した祝詞を受けて暫くすると集まる神気、遅い時間にごめんなさいと思いつつ、顕現された神様を拝んだ。

 

「そこな歩き巫女、我の社に何用ぞ?」

「…この続き、何だったかしら?」

 

「お前それは…巫女に化けて来るから神様らしく出てやったというのに、アヤメの方からそれでは格好がつかんぞ?」

「懐かしいでしょ? 見てただけにしてはそれっぽく出来たと思わない? 神奈子様?」

 

 祝詞の奏上など聞いていた事があるだけで、それほど興味があるものではなかったし、これから先は覚えていなかった。随分と中途半端でどうしようもない状況だが、それでもあたしの仕掛けた神遊びに乗っかりそれらしく出てきてくれたのだ、親しみやすくてありがたい。

 輪廻の輪のような注連縄を背負い胸元の真澄の鏡に月を映す、立膝ついて心からがっかりしてくれた守矢の祭神八坂神奈子様。

 大きくため息をついてから、まぁ上がれと仰ってくれて社務所の卓に対面するように腰掛けた。神様自らポットのお茶を淹れてくれてありがたく啜り一息入れた後、今日はなんだと笑って促してくれた。

 

「訳あって参れない相手に代わり、困った時の神頼みをしに来てみたのよ」

「うん? 代理参拝なんてお遍路じゃあるまいし。妖怪が功徳を積んで何をするんだ?」

 

「特に何もないわよ? 徳なんて積んでもあたしは得しないし、細かいところは気にしないでほしいわ、本当に神頼みしに来ただけよ」

「信者には聞かせられない言葉だがアヤメらしい物言いだ、話を聞いても何がしたいのかよくわからんだろうし、今は良しとしよう。それで、頼みとは?」

 

「そう難しい事じゃないの、いつも通りの片膝立てている座り姿、その御姿でい続けてくれればいいのよ」

 

 お前は何を言っているのか、言葉にされなくても潜められる眉だけで通じるものがある。

 今の神奈子様の気持はよく分かる、あたし自身よくわからなくて困っているからだ。さすがに真っ正直に鬼人正邪を見逃してほしいとは言えず、遠回しに頼む言葉も見つからず、何も思いつかないからよくわからない事をして煙に巻ければ、なんて考えたが大失敗だ。

 これから何をどうするか決めていない、無計画な自分を鑑みて神奈子様のように眉を潜めていると、とりあえずその袋はなんだと話題を振ってもらえた。

 

「奉納品よ、前回は諏訪子様宛だったから今日は神奈子様へのプレゼント」

 

 網袋毎卓においてそのまま滑らせ手元に届ける、奉納というには雑な扱い方だが名前と形を借りただけで実際はただのプレゼント、袖の下という方が正しいのかもしれない。

 外の世界で構ってくれていた時は煙管を楽しんでいる姿も見られたが、こっちに来てからはとんと見ていないから禁煙でもしたのか、なんて思ったが早苗の体に障るからただ吸わないでいるだけらしい。誰かに物を送るのならば自分が貰って嬉しいものを、そう思って煙草にしたが娘の事を考えて吸わない親に渡すなど、完全に悪手だったかもしれないが…渡してしまったしもう遅い。

 

「煙草? 十六本とは、御柱にでも掛けたつもりか?」

 

「そうよ、丹精込めて巻いたのだから是非味わってほしいわね」

「禁煙している私に煙の素を送るなど、小正月にでもやられたら天に帰れって皮肉にもなるが…その気はないな、表情でわかる。アヤメ、お前さん何も考えてないだろう?」

 

 ニコニコと渡してみたが結構危ない橋だったらしい、小正月にしめ飾りを燃やしてその煙で神様を天に還す、そんなのもあったなと神様ご本人から言われて思い出す。

 ん?

 神様だからご本柱なのか?

 これだと五人になってしまうか?

 よくわからんしまぁいいか、忘れよう。

 とりあえず何事もなく受け取って貰えたし、頼みはあるがどう頼むかを考えていないとバレたのだ、考えなしに話を続けてこじつけ先を探してみよう。

 口は禍の門なんて嫁神様からご神託を頂戴したが、旦那神様の方からは曲げない覚悟を持っているのは手強いと褒められたのだ、実際はよく曲がるのだが今日は曲げずに言ってみるかね。

 

「それで、本当に何をしに来たんだ? 歩き巫女なんぞ真似て正面から参拝するくらいだ、用事があるのは諏訪子ではなく私なんだろう?」

「正確には二柱両方に、だけれど…神奈子様、二柱は今回の紫さんのお遊びって楽しい?」

 

「天邪鬼を捕らえたらってあれか、遊びに乗る気も外へ出向くつもりもないよ。私も諏訪子も」

 

 卓に転がる煙草を立ててトントンと葉を詰めながら、その気はないと仰る独立不撓の山の神様、パンパンに詰めたから叩いて詰まることはないと思うが、喫煙者ならそれでもしたくなる仕草だ。

 しかし折角のご褒美なのにいらんとはなんだろうか、手っ取り早く信仰を稼ぐにはこれ以上ないと思うのだが、少し気になるし伺ってみようか。

 

「あら、てっきり信仰を得るとか、信者が欲しいとか言うと思ったわ」

「信仰ってのはそういうモノじゃないのさ、誰かから授けられる物では形として歪だ。持ちつ持たれつでないと意味がない」

 

「歪? 需要と供給って形は崩れないように思うんだけど?」

「その形では成り立たないのさ、人が私達に何かを願いそれを叶える。叶えた私達に対して感謝する心というのが信仰心だ、押し付けられる形で得るものではない」

 

 こちらを見ずに煙草を立てては詰めてを繰り返し、あたしの問に返してくれる信仰される山の神。

 誰かが欲した物を誰かが用意してそれを与える。

 その関係性にも感謝する心はあると思うのだが、何が違うというのか?

 完全に話が逸れたが撒いた種だし気にもなる、素直に聞けば教えてくれそうな流れだからこのまま少し聞いてみよう。 

 

「何が違うのか、わかりにくいわね。もっと簡単に話せないの? 神様なんだからこうパパっと叡智を授けてよ」

 

 神の御業を以ってこうさらっと叡智を授けてほしいと素直に願う、すると煙草を立てる作業をやめてあたしを見つめてくれる神奈子様。

 何か間違っただろうか、神奈子様から仰り始めた信仰心の意味が知りたいだけなのだが、ちゃっちゃと授けて貰えるなら互いに楽が出来るはずだが。

 見つめてくれているご尊顔に向けてバチコンとウインクを押し付けるが全く気にされず、神眼を細めてゆっくりと言葉を発し始める八坂様。

 

「パパっとて…アヤメ、お前は私を何だと思っているんだ?」

「八坂と湖の権化、あたしのお慕いしてやまない敬愛する一柱であらせられる御方、元は天津神で日の本の国では建御名方神様、場所によっては八坂刀売神様と崇められていたはずね。水の神様だとか風を鎮める神様だとか言われてて、軍神としても崇められていたかしら。あたしとしては豊饒の神様ってのが一番似合うと思うけど、豊満だし。後は確か‥」

 

「いや、そこまでで結構。わかっているならいい…十分だ」

 

 天上の御方からの命を受けその通りに言葉を返す、まだまだ触りで語り足りない気もするが十分だと仰られるならこの辺りでやめておこう。

 苦手としている割には詳しいなんて思われそうだが、苦手だからこそ詳しいし、苦手なだけで好きな御方に違いはない。思いつきの巫女の真似にノッてくれる愛嬌もあるし、予定外の皮肉になりかけた奉納品にも文句を仰られる事はない。技術がどうこうと始まらなければ諏訪子様と同じように心からお慕いできるのだが…なんて考えているとその心について語って下さった。

 

「違うとすれば心に込めるモノ、感謝という心がどこを向いているか、と言えばいいのかね。アヤメの言う道理では物さえ満たせれば済む場合もあるだろう?」

「そうねぇ、例えば書物をしていてインクが切れたら買い足す。店主に対してありがとうとは言うけれど買わせてくれてありがとう神様、とはならないわね」

 

「例えば、米を実らせる為に人が豊穣を願う、それを私達が叶えて実りを授けるとそこに私達に対する感謝が生まれるわけだ。その生まれた感謝が心であり信仰心と呼べるものだな」

「ふむ、何かを成してそこから得られる感謝が大事って事ね…それで、ご褒美としてそうあるように願わないのは何故なのかしら?」

 

 仰りたい事はここまででわかったが、本題であるご褒美がいらない理由がわからない。

 いや、完全にわからないという事もない。感謝という心が欲しいのでそれを得るには己で授けないと真の感謝にはならない、信仰という物だけをもらっても意味がないって事だとは思うが、なんというか言葉にできるほど理解出来ていない。

 それにこれはあたしの考えであってはっきりとした答えではないし、ここまで聞いたのだからついでに神奈子様の口から聞いておきたい。

 

「わかってて聞くのは良くないが語りついでだ、褒美で押し付けられるのを私達がそれを良しとしない。それだけの事だ。私達が自ら授けたという形とそれに感謝するという形が重要なのさ、他者から押し付けられた感謝は仮初に過ぎず、その時だけ濁して終わってしまう」

「差し入れはあくまで差し入れで、主食にならずおやつにしかならないから必要ない、か」

 

 問掛けに対してわかりやすく仰ってくれたので、それを咀嚼してあたしらしく例えてみると、困ったような表情を見せてくれる神奈子様。

 ご褒美に対して宛てがうならこんなもんだろうし、米に例えてくれたのだからあたしの例えもわかりやすいと思うのだが、何か間違っただろうか?

 呆れて物も言えない顔でいる神様に、間違いがあるなら訂正してくれと小さく首を傾げて見せると、言葉でなく心の部分で訂正された。

 

「その例えはちょっと、俗に染まり過ぎてはいないかい?」

「技術なんて俗っぽい事大好きな神奈子様に言うなら丁度いいと思うけど? それは兎も角として、タメにはなったわ。ご神託、確かに頂戴致しました」

 

 卓を離れて腿に手を揃えて頭を垂れる、悪い悪戯を思いつき仕掛けた事に対する謝罪ではなく、悪戯心を許し知恵まで授けてくれた事に感謝の心を込めて深々と頭を下げた。

 時間にすれば数秒だが深く思えば時間など関係ない、素直にありがとございますと思いを込めたしそのままそれを念じてみると、解説頂いていた時よりもお優しい声色で話しかけてきてくれた。

 

「言いようはあれだが…うむ、その感謝は紛うことなき信仰心。お前も社があれば私達の気持ちもわかるのだろうが…昔の事だな、なんでもない」

 

 授けて頂いた知恵に対して感謝してみれば信仰心として届く、言われた通りにしてみればそれなりに届いたようだ。八坂の名の通りに傾いていた困り眉がよく見る神様らしい上がり眉に戻っている、不遜な態度だけれど何処か気安い山の神様。

 気安く感じるのは乾なんて身近なお空を司る方だからなのか、仰る通りほんの一時だけ信仰されて片足の小指程度身近となった事があるせいなのか、その辺りはよくわからないが今に満足しているし、戻らない過去を話されてもどうしようもない。

 気軽に思い出したくないし、蒸し返されると辛い。

 それからは話を逸らしておこう。

 

「いらないわ、面倒臭い。持ちつ持たれつよりも一方的に貰う側の方がいいもの」

「神相手に神格などいらぬと言い切るか、不心得もここに極まれりだな」

 

「それじゃあ不心得者らしく神頼みするわ、天邪鬼が参拝に来たら死なない程度、程々に作法を教えるくらいにしてほしいのよ、そうしてくれたら心から感謝してあげるわ」

 

 神様とは真逆にいると言葉で伝え、不遜で偉大な目上の御方に無礼千万な笑みを見せる。

 笑んだままで願ったのは、素直になれない誰かさんに万一がないようにという願い。

 煙管の軌跡を追って考えれば明日か明後日にはお山に来るだろう、途中でちょいちょい追えなくなったりしているが動きが点として感じられる。あのはたて柄の布に包まれていると追えないのかね、輝針城でもあれを纏って薄れていったし‥自前の物にも便利なのがあるようだ、手札が豊富で妬ましい。

 話を逸らすつもりがいつの間にか思考が逸れて神様放って悩みかけ、頭を振って切り替えて、参拝作法を知らないだろう天邪鬼の面倒見を遠回しに再度お願いしてみると、参った時の不遜な態度に戻り返答を述べてくれた。

 

「信仰心を楯にして神を脅すか、まさしく不心得者だ…怒りに触れてもいい覚悟で言ったのだろうが、御柱の奉納も受けたし巫女としての祝詞も受けた。それに免じて願いに込めた心次第では考えてやらない事もない、我に申してみよ。正直にな」

 

 さて、込めた心とはなんだったか、色々と絡まりすぎてよくわからない。表面だけを見れば正邪の心配なんてモノになるが、利用する駒を気にかける気は毛頭ない。利用しようとしている相手に温情なんぞかけていたらこっちの身が持たない…

 のだが、これはあたしだけの願いとして考えた物ではないはずだ。

 正邪に泣かされた小さなお姫様。

 あの子の願いを利用したあたしの願い、それが心だとは思うが、正直にとは仰るが言ってしまっては正邪に心にもない煽りをしたのが無駄になる。あいつがここに来た時にバラされては全部おジャンで、憎まれ役にも成りきれず遊びの発起人へのしっぺ返しも大失敗になる、それは困る。

 けれど嘘をついた所でいずれバレるか嫌だと言われる、昼間から難題ばっかり降ってきて面倒な日で本当に困る…

 が、おかげで楽しみが増えた、賢者を騙すつもりなのだしついでに神も騙しておこう、まずは手始めに神様の言う通り正直に述べてみようか。

 

「泣いた誰かから受けたちょっとしたお願いを叶えてあげる為の神頼みよ、元は他者に願われたモノだけど、今は自身の願いでもあるわ」

「正直に申せと伝えたが…自分の願いを誤魔化してモドキにしなくてもいいんじゃないかい?」

 

 不遜な神様モードを解いてよく知る愛しい神奈子様の顔になり、正直に話せと再度のご忠告。

 言葉は偽りばかりだが願った思いは真っ直ぐなものだ、隠したところで伝わるのだろう、本当に狡い神様ってのは。だが口にするつもりはない、内情がバレども直接話していなければバレた内には入らないという屁理屈を通す。

 訪れた時の歩き巫女よろしくはなっから謀っているのだ、あれを笑って許してくれるのだから、神頼みも偽ったまま許して聞いてくれてもいいはずだ、まだまだ自分の我を通す。

 

「モドキでもなんでもいいの、あたしはあたしの我儘を通したいのよ」

 

 甘い顔を見せてくれたのだから全力でそれに甘える、細かいことは気にしない。後々でお嫁神様に叱られそうだがそれはその時に考えよう、うんと言わせればそれは守ってもらえるだろうし、神奈子様へ信仰を届けたと知れば栄養源代わりに生き延びられるかもしれない。

 我の強い不心得者らしく自分でも反吐が出るような笑みで神を見つめる、冷めた視線で見つめ返されあたしの我儘三昧に裁定が下される。

 

「私相手に我を通すか、筋を通すお前らしくはないが、今日は不心得な歩き巫女モドキだったな。曲げない覚悟も見られたしそれならばそれでいい、元より乗り気でもないし守矢の祭神として巫女の神頼み聞き入れよう。ひねくれ者から得られる真っ直ぐな信仰心も心地良い、諏訪子にも言い聞かせておくよ」

 

 蛇が出るか蛙が出るか、どっちにしろ出たらお終いか、身も清めてきたし捧げられるには丁度いい、なんて少しだけ覚悟してみたが杞憂に終わって助かった。

 甘える事には慣れていない、だからどこまで他人に甘えていいのかわからない。あたしの中では無理なお願いだったのだが、相手からすればそれほどの事でもないのかもしれない。

 相手があたしをどう見ているのか、その辺もよくわからないが、その辺りはとりあえず良しとするか、甘えられる相手が増えたって事がわかったのだ、これはこれで嬉しいものだ。

 

 気が付くと頬も緩んでいたようで、見つめてくる神奈子様の目がとてもお優しい物になっている。早苗を見るような瞳で見られて少しばかり恥ずかしい。

 さすがにこのまま帰るわけにはいかないし、少し気分を変えておこう。神様相手に我を通す無茶をした我儘娘らしく、次の返答も我儘に返そう。

 

「我が強すぎるのは仕方がないの、閻魔様のお墨付きだもの、誰が相手でも通し続けるわよ…ありがとう神奈子様。そう言えば諏訪子様がお見えにならないけど今日はいないの?」

 

「要件が済んだらすぐに諏訪子か、私に信仰を届けながら他の神を求めるとは器用というのかなんというのか…だが、あいつも祭神には変わりないし…偶には私だけを敬う事もだなぁ」

「あら、巫女として二柱とも変わらずお慕い申し上げているだけですわ、今後も()(ため)(いそ)しみ(はげ)(さま)()ぐし…」

 

 話の〆だけ巫女面するな、うちの巫女が真似ると面倒だ。

 軽く笑って言い放ちながら、あたしの頭に神の裁きをごツンと落とす愛すべき山の神、裁きを受けた拍子に化かした耳の術が説かれる。

 ポフンと煙を立てて現れた耳、ピクリと跳ねさせるとニヤリと笑われた。

 化かして仕掛けた神騙しの種も割れてしまったし、残った尻尾の変化も解いて大きく揺らすと、顕現されたお嫁様に強く握りしめられ無言で窘められた。

 口は禍の門ってご神託を体現されているのだろうか、形だけの言葉は嫌いだというしここは素直に謝ろう。悪乗りして謀った事を心を込めてすみませんと述べると、謝罪しながら感謝するなと笑ってくれて尻尾の縛も解かれた。

 尻尾に感じた祟りから少しばかりヒヤリとしたが、緊張感を得るには十分だったし、神頼みもどうにか出来たし、時間稼ぎには十分だろう。

 何の為の時間稼ぎか、そんな事を考えたが正邪を逃がすための時間稼ぎではなく、正邪に泣かされた姫が立ち直るまでの時間稼ぎだと考えれば、気合を入れて稼いでやる理由にはなる。

 来てよかった、お陰で緊張感と動く理由ついでの保険も得られた、後は正邪が参拝しその後上手く逃げてくれれば…考える内に、何だかんだとあれを気にしている自分に気が付く。

 手酷く振って知らぬ所でいらぬ心配など。

 これも『つんでれ』ってやつだろうか、やはりよくわからない。




信仰やら大和言葉やら調べれば調べるほどドツボにハマった気がします。
諏訪信仰を歩いて広める歩き巫女さんてのがいたらしいですね。
旅芸人や遊女を兼ねていて、旅女郎のような格好をしていたそうな。

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