東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百三十二話 煽る

 天守閣にでかでかと空いた、誰かが焦って踏み抜いた天井穴からお邪魔します。

 臙脂色のミニスカートと黒のロングスカートを翻し丸メガネと銀縁眼鏡を光らせて、ちんたら二匹で空を進んで入った先は逆さのお城。

 随分派手に壊れとるのぅ、姉さんが入ってきた穴を見ながらそう呟いたので、黒白のあれのせいと言ってみると魔理沙殿もやるもんじゃ、なんて黒白の事を感心していた。あたしは流行りの名所だった頃に来ていたし最近は気にしていなかったが、下から眺めているだけだった姉さんは入るのは初めてらしく、落ちない畳を触ってみたり原理はわからないが灯っている灯りに触れてみたりして、逆さまの炎で台座を燃やしていたりしていた。

 色の違う縞尻尾を揺らしていてもやる事も気になる事も同じようなものなのか、変わらないなと鼻で笑っていると、逆さのお城の最上部である地下の辺りで激しく争う音が聞こえ始めた。

 

 霊夢の勘は当たったようだ、聞こえる音に対して耳をピクリと動かしていると、姉さんから一旦別れて逃げられないように時期を見てハメようという策が出された。暴れ回る誰かさん達に追い詰めてもらい上と下から挟み掻っ攫う、霊夢がいるというのに大胆な策だが細かい事は気にせずにそれでいいやとテキトウに乗った。

 言い出しっ屁が先に行くかの、と上に向かって飛ぼうとした姉さんを引き止めて、上には注意を逸らして回るから下から追い詰めてくれればいいと追加の案を述べてみると、含み笑いであいわかったと頷きそのまま景色に化け消えた。

 追いかけるのは姉さんにまかせて上で待ってればそのうち来る、なんて楽しようとしたのはバレバレだったらしい。取り逃したら叱られる流れになったなと一人苦笑し、上部であっちこっちへと放たれている意識や視線をあたしから逸らして、暗い逆さのお城の中を地下を目指して上昇していく。同じような造りの逆さ部屋を眺めながら上っていくと、遠くのほうで紅い粒のような弾幕が見える。札や針という物が多い霊夢の弾幕だとは思えず他にも誰かがいるのかと警戒するように強く能力を行使して、どこぞの妹妖怪のように認識されにくい状態で静かに渦中へと近づいていった。

 

 対戦相手が見えるくらいまで少し登って滞空し、腕組みしながら先を見やる。

 お山で見た時よりも少し汚れて煤けていて、着ているワンピースがちょいちょい千切れている鬼人正邪は見つけられたが対戦相手がまだ見えない。見えない相手といえば河童か妹妖怪か、なんて考えていると左手に真作打ち出の小槌を携えて、正邪に向かい何かを言いながら戦う小さな姫が見えた。小さくて視認出来なかっただけらしい。

 霊夢にくっついてきて正邪を見つけて参戦し復讐でもしているのかと思ったが、よくよく見れば会話中のようだ。以前の仕打ちを罵っているのかと思い声が聞き取れるギリギリの距離まで近寄ると、二枚舌に向かって怒りと哀れみの混ざった複雑な表情で色々とぶつけていた。

 

――正邪、もう下克上は無理だよ、我々は闘いに敗れたんだ

 

 仕留めるというよりも少し痛くして足止めさせるような紅い粒の弾幕、それを盛大に放ちながら、言葉の方も大きな声だが何処か弱々しく聞こえる雰囲気で放っているお姫様。予想していた罵倒は聞こえず正邪を諭すような言葉が聞こえて、思わず言葉のぶつけられた先を見た。

 本気ではない弾幕を避けながら、ほんの少しだけ憂いのある下卑た笑みで姫に近寄り何かを言った二枚舌。

 

――いつだって支配下に

 

 という部分だけ聞き取れてこっちはまだ諦めていないのかと、しぶとさに少し感心した。

 煽るように近寄った正邪に対して弾幕を放つのをやめた針妙丸、攻撃がやんで戸惑っている正邪の胸元を姫が両手で捕まえて何かを小さく呟いたようだ。聞こえる雑音を逸らして口の動きに集中すると、声は小さく聞き取りにくかったが口の動きで補完できた。

 

――いいんだ、もう。一緒に降伏しよう、幻想郷の妖怪達は敵対したりしない

 

 反逆を諦めずに足掻き続ける異変の首謀者の顔を見上げて、泣き出しそうな顔で自首を進めるもう一人の異変の首謀者。騙された相手に何故そんな顔をするのか理解できず、素直に見れば慈しむような美しい景色のはずがとても難しい何かに見えて、そのまま眺めてしまっていた。

 二人とも暫く見つめ合っていて雰囲気からこのまま流れて終わりか、そう思った時に、上下逆さの胸のリボンを握りしめる姫を取り払うように腕を振るい引き剥がした後に姫に向かい二枚の舌を見せる小悪党。粋な悪党なら靡く場面でも靡かず三下の小悪党らしく説得してきた相手を嗤う反逆者。これで終わりと思ってからひっくり返されるのは何度目だろうか、隠密行動中でないのなら拍手を送るほどの格好の良さだ。

 正邪の嗤いと引き剥がされた事にショックの色を隠せない姫に向かい、正邪が右手で中指を立て舌を見せながらそれほど妖気を感じられない弾幕を集中して浴びせると、真正面からまともにくらって落ちていくお姫様。

 先ほど姫に見せていた顔から鑑みれば空元気にしか見えない煽りだったが、悪党なら悪党らしくを貫いて真っ向から裏切ってみせる正邪に再度感心し矮小な小者ではなく対等に扱ってもいいくらいだと、正邪の評価を改めた。

 

 落下する姫と正邪を見比べて悩んだが、お城のどこかにいるだろう勘のいい少女と姉さんに正邪は任せて落ちていく姫を拾い上げた。左手で抱えて適当な部屋の襖の間をするりと忍び、落ち着いたところで姫の様子を確認するとほとんど怪我のない姿。見た目以上に加減したらしく傷は殆どなかったが撃たれたショックで落ちたようだ。

 部屋に寝かせて、一息入れるのに邪魔な打ち出の小槌も離そうとしてみたが、気を失っても強く握り小槌を手放さない姫を見て引き剥がすのを諦めた…こっちもこっちで格好いい。

 小さくとも粋な姫様にクスリと笑わされた頃、正邪の飛んでいった上方面で爆発やらの反響音が轟いてきた、どうやら本命と小競り合いを始めたらしい。

 部屋から顔だけ出してみると、追い付いてきたらしい姉さんになんでまだこんなところに、なんて顔をされるが、親指で背後を指すと一度あたし達を見比べてそのまま何も言わず、再度景色に化けて溶けていった。

 種族と能力合わさって本気で化けるとこれほど自然なのかとマジマジ見ていると、拳だけ出てきてはよ行けと叱られた、殴られた脳天を擦り再度妹妖怪を真似るよう意識を逸らそうとした頃、意識を取り戻した姫が寝たまま小さな腕で袖を引っ張ってきた。

 

「おはよう、寝る時も小槌を手放さないのね」

「……正邪は? 私は……」

 

 開口一番で撃墜してくれた相手の心配とは器の大きいお姫様だ、伊達に毎日被ってない。

 心配している相手は今だ健在だと、引っ張られている右の袖を少し持ち上げ上を指さす、あたしから視線を戦闘音のする上へと向ける姫、ついでに袖を離してもらうつもりで持ち上げたのだが引き剥がせず…寝起きから切ない顔をして袖を引っ張ってくれて、あからさまに何かあると思わせてなんだろうか、間違いなく正邪の事だろうが説得に失敗して散々にやられたのに何があるのか。

 掴まれた袖を二、三度動かすが小さい腕の割にしっかりと掴んでいるようで剥がせない、さっきは剥がされて泣きそうだったし、また引き剥がして今度こそ泣かれても面倒だ。

 致し方なし、離してくれるまで付き合うか、これでは叱ってくる相手が増えそうだ。

 

「拾ってくれたのよね……ありがと、やっぱり世話焼きなんじゃない」

「どういたしましてよ、後で霊夢に拾わせるからそのまま寝てなさい」

 

 素直に言ってくれたありがとうに素直に返して一応怪我人なんだから寝ていろと促してみるが袖は離されず、むしろ力強くなっていき袖の皺を深くし始めた。

 これは本腰入れて話を聞いておくべきか、ソレくらいの空気は読める。腕だけ引かれて背を見せていた体を向きなおして、両足をペタンと床につけて座り姫の頭を腿に乗せると袖が離されて見つめられた。

 

「心配しないでいい、私は返り討ちにあっただけだからいい、大丈夫。心配してくれるなら代わりに‥‥正邪をどうにかしてもらえない?」

「泣きそうな顔で引き剥がされて撃たれまでしたのに、正邪の何をどうしてほしいのよ」

 

 あたしを見つめる瞳が強くなる、先程までとは違う何か強い意思が込められている瞳だ、真っ直ぐに見つめられて少しだけ照れるがそれを出せば折角読んだ空気が壊れる。

 強い瞳を優しく見つめ返し髪を撫でて次の言葉を促すと、瞳に光を宿らせて話し始めた。

 

「これも鬼から聞いたの、生きていれば勝ちなんでしょ? ならそれを教えてあげて、命あっての物種だって」

「言われなくてもあれはわかってそうだけど、わざわざ言うことかしら」

 

 撫でる右手の指を力強く両手で抱えて話す姫。

 花見の時にも言っていたし姿は見せないが神社に来ているのだろう、あの鬼っ子の言葉を素直に聞いてそれを例えにお願いをしてきた。萃香さんとの喧嘩で生き残り勇儀姐さんに言った言葉で、血塗れの雷鼓を笑ってくれた鬼共に言ってやったあたしの言葉だ。

 忘れもしないし違えもしない言葉。

 それをアイツに教えてこいとは随分と入れ込んでいるようだ、謀られ利用され今はこうしてしてやられたというのに何をそんなに気にかけるのか、ソレ次第では願いを叶えてやりたい、そう思わせるくらいに指がきつく締まり始めた。

 

「誰かに言われないとわからない事ってあるもの、それに正邪に感謝してる事もあるのよ……」

 

 話しながら指に回されている腕と腿に載せた頭が小さく震えだして、そのまま顔を横に向けられた。それから言葉に詰まってしまうが、上空から聞こえる爆発音で一際大きな音が聞こえた時、振り向き直して潤んだ瞳で真っ直ぐに見られた。

 

「異変の前の私は封じられた輝針城で一人だったのよ、外に出るきっかけをくれたのは正邪なの、騙されたし異変でも散々だったけど……今は霊夢もいるし一人じゃなくなったの」

 

 目尻のモノが零れそうだが気丈に振る舞い話を続ける輝針城の本来の主。

 魔力の嵐が収まれば元の世界に帰るかもしれない、そう言っていたのは雷鼓だったか、別の世界で一人城に取り残されてそこから拾い上げてくれた正邪。立場や状況こそ違うが、姫にとっての正邪はあたしにとっての紫さんのようなものか。

 今は幸せというものもわかる、今朝過ごしていた人形遣いの家であたしも実感した事だ、あたしの場合昔もそれなりに幸せで今は昔以上にいいものだと思えているが、姫の場合は今のみ。正邪に引っ張られたココが幸せだと感じる場所なのか。

 だからこそ入れ込んでいる、だからこそのお願いか……言われた言葉を噛み締めて姫の思いに耽っていると、指先をきつく抱きしめられた痛みと濡らす何かで引き戻された。

 目尻のモノは盛大に溢れて肩まで揺らしてもあたしを見据える事をやめない少名針妙丸、溢れるものを左手で拭うが止まらずに、涙と共に言葉も止まらなかった。 

 

「これって遊びなんでしょ? それなのに正邪だけ一人で、誰もいなくて、一人ってイヤよ? アヤメにわかる? 孤独ってイヤなの、正邪のおかげで一人じゃなくなったのよ? それなのに……」

 

 溢れて止まらない言葉も途中から言葉にならず、耐え切れなくなったのか無言で静かに泣き始め、顔を背けることなくポロポロと流し続ける涙で腿を少しずつ濡らし始める。

 一人はイヤだ、孤独は嫌だ、あたしにも痛いほどに分かる思いだ。あたしは逃げた結果一人になり泣く羽目になったが、姫は逃げないために泣いて一人にしたくないと口にした。思いは近いが形は別だ、あたしは終わった後の諦めから、姫は前に進むために……同じ思いを味わったあたしは、逃げたせいで受けた報いを罵倒に変えて使ったというのに‥‥いつも一人常に一人などと、理解者なんて誰もいない常に孤独な天邪鬼などと散々に言い放ったのに、真逆の事をあたしに願うのか。

 あたしとはまるで逆な針妙丸の思い、救ってくれた正邪を真っ直ぐに見て助けてやりたいと一人でいる事から救ってやりたいと願うか‥‥

 自分一人では成せず他の誰か、その手の事に長けた誰かを頼り強く願う‥‥なんだ、普段のあたしじゃないか。ならこの涙はあたしの涙か、泣かないように逃げてばかりのあたしに代わり姫が流してくれただけ、まだ間に合う所で気がついて踏ん張った結果の涙か。それならそれらしく姫の願いはあたしの願いとしよう、あたしならあたしらしくきっちり笑えるように返そう。

 声を上げる事せず静かに泣く針妙丸に向かい、姉さんから太鼓判を押された笑みを浮かべて言葉をかけた。

 

「針妙丸の望むものとはいかないかもしれないけれど、それなりになるようにしてあげるわ。願いを聞く代わりにあたしの願いも叶えてもらう事になるけど」

「……本当に? 信用していいの? 願い?」

 

「心から信用されると困るわ、あたしは狸で嘘をつく者だというのを忘れてはダメ…それでも、少なくとも今みたいに泣くような結果にはしないと約束してあげる。お願いは後で、そろそろ行かないと後の祭りになりそうよ」

「ありが‥‥」

「それはどうにかなってからよ、まだ早いわ。もう行くから後は一人で泣いてなさい、泣くだけ泣いて飽いたら、後は好きにしたらいいわ」

 

 表情とは便利なものだ、そう見せるだけでどんな感情をしているのか押し付ける事が出来る、今のあたしは意地が悪く映っているのだろう。

 声なき声を漏らしながら泣き続ける針妙丸の涙を止めるくらいには底意地悪く映ったはずだ、言った言葉を咀嚼して冷静に返せるように戻るくらいには嫌な顔だったのだろう。

 心情は別として顔色一つでスムーズに話が進むようになったし、あたし自身も考えることなく言葉が出た。意識した事はないが、この顔ならこう言うだろうという思い込みでもしているのだろうか、まぁいいか後回しだ。

 腿から見上げる濡れ顔を起こして静かに寝かせた時に転がったお椀を雑に被せた、重ねていた視線が逸れるとまた小さく振るえるお姫様、小さくしゃくりあげる声がするが聞こえない体で踵を返し、静かになり始めた上からの意識を逸らし移動した。

 

 少し上昇するとすぐに見え始めた大捕り物の中心地、隙間を探すのも大変に思える量の弾幕を正邪に向かい放ち続ける巫女の姿が見える。

 うわぁ、としか言えない破魔札の結界を放ち少しずつ正邪を包囲していくが、いつもと違って動きが悪い。いつも以上にやる気がないように感じるのは気のせいか?

 触れれば弾ける破魔の札や刺されば穿たれる針の威力や勢いはいつも通りだが…

 霊夢も姫の話でも聞いたか?

 いや、聞いたところで自分でやれと一蹴して終わりか。

 眺めているうちに包囲が狭まり完全に逃げ場を失った鬼人正邪、右手を背に回し対峙する巫女の色と同じ球体を握りこむと、ひび割れた陰陽の印を背負って包囲内からすぐに消えた。

 

「邪魔をするな、博麗の巫女! お前だって人間だろ! 支配される側だろうに!」

「知らない、そういう文句は紫に言って」

 

 霊夢の背後に現れた陰陽の印から再度姿を現して怒鳴るように大きく叫ぶが、全く相手にされていない。そりゃあそうだ相手が悪い。

 今までの相手とは違って幻想郷の人間の中で最も敵対してはいけない者が相手だ、正邪の言葉を借りるなら確実に支配する側になるんだろうがそれも正しいとはいえない。

 あの子は中庸だ、支配もせず支配もされずひっくり返そうが変わらない、変わらずお茶を啜り変わらず異変解決するだけ。

 陰と陽のうち陰に傾き切ったあたしや正邪でどうにか出来る子ではない…のだが今日は解決する素振りが見えない、形だけ追いかけて見せて何がしたいのか。

 

 一度は脱出して見せた正邪だが再度包囲されていく、霊夢を中心にして破魔札が360°全てに飛び交い何処に逃げても逃げられないようなこの状況、レジスタンスを自称する反逆者がどうやってひっくり返すのか、逸れて薄めた気配を纏い横槍を投げ入れるタイミングを見ていた。

 ギリギリで体を捻りねじ込み翻して、360°全てに汗を飛び散らして逃げまわる鬼人正邪、霊夢の破魔札を折れ曲がった誰かの煙管でギリギリ逸らして全身全霊で逃げて追い詰められて、そろそろかと磨いている槍を構えた時、上空へと逃げながら見慣れない紫色の妖気を纏うボロ人形と、ヒビの入った陰陽玉を取り出してそのまま札の波に消えていった。

 

「来るのが遅い、逃げられたじゃない」

 

 いい引き際だと賞賛していると、仕留めに来た(てい)で仕留めるつもりのない巫女からお叱りを受けた。破魔の爆風に飲まれた正邪からあたしへと視線を移しお叱りを放ってくる巫女。

 いつから気づいていたのか知らないがいつも通り隠れる意味が無いで相変わらずの規格外だ、けれど後の為に能力は解かずそのまま言い逃れをすることにした。

 

「姫に泣かれてあやしてたのよ、文句ならあっちに言って」 

「針妙丸? ってあの話ね、自分でやれないからってアヤメにも頼んだの?」

 

 冷ややかな目であたしを見下ろして遅刻の理由を問いかけてくる異変の解決者、退治は済んだというのに正邪を見るよりも冷えた視線だ。

 機嫌を損なう事などしただろうか、特に理由が思いつかずこういう時は一服だと煙管を取り出すと、煙管の先に針を刺された。

 本当にご機嫌斜めのようだ、とりあえず謝っておこう。

 

「悪かったわ、来る前にも色々あったのよ、霊夢と同じくらい怖い人に呼ばれてたの」 

「あっちの化け狸? 二匹でつるんで何考えてんのよ?」

 

 眼差しは変えずに上方の風景を睨む勘の鋭い女の子。

 人里では?化した姉さんに気が付かなかったらしいが、能力使って空を飛び世界から浮いているから気がつけるのかね。

 その割には飛んでない時でもあたしを見つけたりするが、よくわからんし今はいいか。

 霊夢に並んで煙管を差し出すが針は抜いてもらえない、けれど吸うには困らないし気にせず、刺された針のおかげでいつも以上に長い煙管を気怠く咥えて火を入れた。

 

「ただのデートよ。それより手遅れみたいだけど、これはあたしのせいじゃあないわよね?」

「知らない、頼まれたんならさっさと来ればよかったのよ。また嫌われたらいいわ」

 

「言う割にやる気なさそうに時間をかけて正邪を追いかけて、なに? ストレスでも溜まってた? 若くてもお肌に悪いわよ」

「あんた、河童の賭けの配当知ってる?」

 

「最初に捕まえたらってやつよね、興味が無いわ」

 

 張るには張ったが誰が儲けて誰が負けようが興味はない、上の空だと伝えるように煙を天へと向かって吐くと冷ややかな目からいつものやる気ない瞳に戻してくれた。

 怠く咥えている煙管の針をテキトウに引きぬき懐にしまう巫女さん、嫌われたらいいと釘を刺してくれたから針は必要ないとでも思ってくれたか。異変時の姫の事といい今といい、果たしてどっちが世話焼きなのか…五十歩百歩か、飛んでいるのに歩いているなんておかしなもんだ。

 パッと思いついたくだらない冗談で一人クスクスと笑んでいると、小さくため息を吐いていいからこっちを見ろと知らせてきた。

 

「あんたに賭けてた奴がいるのよ。折角捕まえやすくしてやったのに、それなのに見てるだけで捕まえないんだもん、依頼もないのに退治しそうになっちゃったわ」

「誰の事かわからないけどあたしになんて賭けるのが悪いのよ、荒事に混ざるわけないじゃない」

 

「荒事じゃないわ、これって遊びでしょ? 遊びならあんたも乗るだろうしまた儲かるかなって思ったのに、勘が外れたわ」

「残念ね、代わりに後でイイ事してあげるからそれで許して?」

 

 両手を開いてやれやれと示す霊夢にバチコンと目尻から星を飛ばすと払われた、手を取って喜んでと言われても困るがつれないのも面白くない。

 期待を裏切った代わりは後で仕掛けるとして、そろそろ引いて貰えるとありがたいのだが…勘が奔ったのかあたしの思いが届いたようで、未だ浮いているボロ人形を見ながら別れのセリフをポロポロと捨て始めてくれた。 

 

「あの太鼓とやってなさい……これなら紫のご褒美貰ったほうが良かったわ、くたびれ損したからもう帰るけど、あんたは?」

「デートと言ったでしょ? 廃墟探索していくつもり、帰るなら姫を拾って頂戴」

 

 暗く乾いた逆さのお城で一番湿っぽい部屋を煙管で指すと、ジト目で睨んでから下降し立ち昇る埃の中へと姿を消していった紅白の衣装。消えていく背を見送っていると誰かの泣く声が小さく響いてその声が遠くなった。

 勘が外れたなどと言って様子を伺ってくれたが、それに引っかからず聞き流したのが良かったのか素直に引いてくれた巫女。その素直さが何処にかかってくるのか気になるが人払いは出来たしこれでいい、後は厄介者同士で仲良くやるさ。

 

 戦闘で舞った埃が少しずつ晴れていく中、誰かが化けた瓦礫を見やる。争い事が終わっても漂っているボロ人形の背景が揺れて、見慣れた縞尻尾が景色から浮き上がってくる。

 ボロの人形を腕組みして見つめている化かしの師匠、こちらは見ずに奥の瓦礫に向かって手招きをしているがやっぱりいたか…それもそうか、残り少ない使える盗品を回収せずに逃げはしないだろう。重なる瓦礫に向かって数枚の木の葉を飛ばし貼り付けると指を鳴らして瓦礫を破壊する姉さん、はたて柄の布に包まり落ちる瓦礫の中から現れた正邪に再度手招きをして煽り、興味を惹いて話し始めた。

 

「霊夢殿も帰ったし、もう取りに来てもええぞ」

「何故狸にはバレるんだよ」

 

「なんじゃ、アヤツにもバレとったんか。存外隠れるのが下手じゃのぅ」

「何処を見て…あっちの狸もいるのか? 二匹で捕まえに来たのか!?」 

 

 アヤツと言いつつこちらを見やる不遜な姉、見えてはいるが気にならない様になっているはずなのだがなんでか毎度バレている。逸らせないはずはないのだが…あれか、あたしが見てほしいと、気にかけてほしいと認識しているから逸らせないのか?

 まぁいいか、後で考えよう。何処だとキョロキョロしてあたしを意識し始めた正邪を放っておくと煩いし、今のままであたしが顔を出せば話を始める前に逃げられてしまいそうだ。

 任せてみろと表情で語る姉に暫く任せよう、小さく手を振り委ねると伝えてみるとアピールが届いたようで、天邪鬼が頭から垂らす赤い舌を舐めるように見て、御大将の口三味線が始まった。 

 

「言うた通り盗品を上手く使うようになったのぅ、やるもんじゃ」

「また邪魔しに来たのか、次はなんだ? お前らと違って私には振る尻尾はないぞ」

 

「褒めてやったと言うんにそう煽るでないわ。なに、そろそろ腰の重い連中も動き始めるぞぃ、なんて忠告をしに来ただけじゃ」

「忠告だと? 前といい今といい何がしたいんだよ」

 

 一度のお節介のお陰か少しは聞く耳があるらしい、あたしの時とは違って随分と冷静でまともな会話だ。心落ち着くいい音色の口三味線で妬ましいわ姉さん。

 忠告と聞いていつでも逃げるという構えを解き少しだけ警戒を緩めた天邪鬼、騙す前に持ち上げるよくある手であたしが叱られる時の逆の手口だ、大した事は言わないのに丸め込まれる狡い手段。さっき爆ぜた木の葉が欠片となり漂っているから余計に化かしやすいのだろうか、化かしや騙しなど葉っぱ一枚あればイイと言われているようで、年季や格の違いを感じる。

 達者なバチの手腕に感心ししていると更にかき鳴らされる口三味線、後学のために見逃さぬよう集中して音色を聞いた。

 

「忠告しに来たと言うたじゃろ? それ以外にはない、がこのままでは明日明後日には捕まってしまいそうでのぅ。それはつまらんとこうして姿を見せたんじゃ」

「あ゛? 私はまだ諦めない、最後まで足掻いて反逆し続けてみせる! 八雲に遊ばれてあの狸にも見逃されたまま……このままあいつらに! あいつらに舐められたままで終わらせてたまるか!」

 

「ふむ、あれらは底意地悪いからのぅ。気に入らんのか?」

「気に入るわけがないだろ! こっちは必死で逃げてんだ! それを遊びだと言いやがって! 私には一人で何も出来ないなんてのたまいやがったくせに、あいつらだって自分で何もしないじゃないか! 異変だって巫女に任せて! 山の時だって天狗に任せて嗤いやがって!」

 

 余計なのと混同視されてあたしとしては複雑だが、とりあえず気持ちが良いくらいに嫌ってくれていてなによりだ、稀代の憎まれっ子に憎まれるなんて、お陰様でまだまだこの世で意地悪く嗤っていられそうで堪らない。

 混同されているのもそうだが別に予想外のものもある、異変後に話してやったお説教を覚えていてそれを原動力に逃げてくれているとは思わなかった、意外と気に入られているのか?

 異変の前に誘いに来るくらいだし、あれか、風祝が言っていた『つんでれ』ってのはこういう事を言うのだろうか?

 なんだ、意外と可愛い所があるじゃないか、後で早苗に詳しく聞いておこう。

 あたしの見ている前で別の縞尻尾に飴を渡されて、あたしの鞭に対して牙を見せる天邪鬼に拍子を変え始めた口三味線が鳴る。

 

「ならばどうするんじゃ? アヤツらに意趣返しするんにしてもこのままじゃとジリ貧じゃな、霊夢殿からくすねた陰陽玉も割れて壊れかけの人形も拾いに戻るくらいじゃ、後がないギリギリなんじゃろ?」

「まだ手札はある、あの売女のせいで小槌での修理は出来なくなったがまだ……」

 

「強がらんでもええ、この場で捕らえる気はないと言うたじゃろ? しかし、売女とはまた辛辣じゃな、あれはひねくれてるだけじゃ。身内を馬鹿にせんで貰いたいのぅ」

「何が悪いんだよ、お前にも八雲にも誰にでも尻尾振って靡く売女だろうが」

 

 ほんのり耳が痛いが気にはしない、あたしの心情はともかくとしてそれはそう見えて当然だ、だから今はいいとしよう。後で直接訂正してやればいい。辛辣だと少しだけ注意してくれたしそれでいい、あたしをダシにして正邪の引き出しを抉じ開けているだけで、気にするなと尾を揺らしてくれている。

 確実にごまかされているが後で甘えて癒やしてもらえばいい、今はまだまだ続く口三味線を聞き逃すほうが勿体無い。

 

「まぁええ、本題に入ろうかの。正邪よ、何故逃げる?」

 

「あぁん? 話しただ‥‥」

「そうではない鬼人正邪よ、何故八雲から逃げる羽目になった? 異変を起こしたくらいで命を狙われるなど、そうはあるまいて」

 

 一度話した逃げる理由、気に入らない相手に歯向かう気概。その気概に被せて別のモノを聞き出す手口、雰囲気に任せてするっと切り替えるだけでなんちゃないが表情と一緒で雰囲気ってのは重要だ。

 吊り橋で恋に落ちやすくなるあれと同じで雰囲気だけで揺らしてみせた、一度話していると錯覚しているからさらっと話してくれたりする、ちょっと話してちょっとつついて相手を化かすだけ、手際が良くて妬ましい。

『化けさせる程度の能力』なんて謙遜して言っているが、外で信仰されて片足神霊に突っ込んでるんだから程度と言わず司るの域でもいいと思うが…

 慕う姉の匠な化かし合いを盗み見ていると、少し悩んで見せていた口三味線の観客が思いがけないことを口走り始めた。

 

「わからん、ひ……一寸法師を見捨てて逃げてからこうなっただけだ、小物が下克上なんて企んだ腹いせだろ」

 

 幻想郷をひっくり返す下克上を企んだ、作り上げた愛する世界を壊されかけてお怒りだ、だから遊びなどとノセて褒美で釣り上げて皆を動かした。

 ってのが紫さんの考えだとは思うが、あの隙間にしては器が小さい考えだ。

『幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ』

 なんて包容力満点に言う割に、自分の愛する世界をひっくり返そうとしただけでそこまで腹を立てるだろうか?

 厳密に言えば壊そうとしたわけではない、立場を返そうとしただけだ。むしろ紅霧異変や終わらない夜の異変の方が人と妖怪のバランスを壊しかねないもので、あっちのほうが危なかった気がする。

 それでも他の異変首謀者は受け入れられて暮らしている、皆と正邪の違いとは…わからんから後で聞こう、考えるより聞けば早い。 

 

「わからんのなら今はええわぃ、最後にもう一つ話をしようかの」

 

「もう一つだと? まだ何か‥‥」

「そっちは儂からよりも適任がおるでな、そろそろ来ているはずじゃ」

 

 自分の気になる部分は聞いた、後はお前のやりたいようにしてみろと尻尾を上下させて背景に溶け込んでいく姉さん。

 口三味線で暖められた舞台に上がって来いとのご命令だ、出来ればこのまま裏方で通して勝ち馬に仕立てあげられた二枚舌に乗りたかったが…先ほどの姫との約束もある、そっちは姉さんに任せられないし任せたくないものだ、それならば続きのお囃子は引き受けてそれらしく舞台を〆よう。

 尾を揺らして消えた姉を見て警戒する正邪に対し、煙管咥えて煙を撒いていつかのように簡易の陣を敷く、動きを感知する陣を敷いて逃げ道を潰してから隣に並んで声を掛けた。

 

「お山ぶりね、鬼人正邪。元気そうで何よりだわ」

 

「お前いつから!? 最初っからか!? 身内と組んで復讐にでも来たのか!?」

「呼ばれる前の事は知らないし雷鼓も生きているから問題ないわ。強いて言うなら正邪のせいで抱けなくて、疼いて困るってくらいかしらね。なに? 代わりにお相手してくれるの? 二枚舌なんて楽しみね」

 

「いけしゃあしゃあと……で、何なんだよ? さっきの狸の助言に免じてお前の話も聞くだけは聞いてやる」

 

 思ってくれている通りの態度で応じてあげると舌打ちしながら唾を吐き盛大に嫌悪を見せてくれる、普段とは違い警戒が緩くて御しやすい。

 先ほどまでの口三味線演奏で頭が緩んでいるせいか、雰囲気だけ整えた煙舞台から逃げられないと踏んでくれたらしい。捕まえるつもりなどなく、ただ動きだけを感知する薄いものだが、そう感じてくれるならありがたい。

 ハッタリがバレて逃げられる前にさっさと話して上手くノセよう、小槌の事やら煙管の事やら聞きたいことはあるが、とりあえずそれはノセてから、本題はそれからだ。

 

「まずはそうね、遊ばれているってのは理解してるのよね? 今この場ではなくて逃亡劇の方よ?」

「八雲の話か、褒美がどうだ賭けがどうだってのは知っている。なんだ? 捕まえて八雲に尻尾を振ってご褒美もらうのか? ならさっさとしろよ」

 

「その気はない、と言っても伝わらないのでしょうし‥‥態度で見せれば伝わるかしら?」

 

 指を弾いて煙の陣を掻き消す、捕縛する気はないと形として見せると周囲を見回してから再度こちらを睨んでくる捻くれ者。

 態度こそ変わらずつれないが雰囲気自体は落ち着いていて、睨む瞳も幾分安堵が見える。安心するような相手ではないだろうに、油断してくれてありがたい。

 まぁいい、まだまだ持ち上げ始めた最中だ。逆さま大好きな者らしく少しずつ逆上せてもらい、後で冷めて頂こう。

 

「縛は解いたわ、これで少しは話を聞いてくれるのかしら?」

「お前は信用しない、あっちの狸も信用はしない…信じられる者などいない」

 

「信じなくてもいいわ、少し話を聞いてくれればいい。耳を借りる代金代わりにこれをあげる、気に入らないなら捨てなさいな」

 

 口元近くで携えていた煙管を正邪に向かって放る、睨みながら受け取り一度持ち上げて固まったがそのままの形で下げて、憎さを込めるように強く握ってくれる。折って笑うかと思ったが今この場では捨てる気がないようだ、出来ればそのまま持って逃げてほしい。

 数本目となったあたしの煙管を持ちこちらを睨んでくる正邪に両手の平を見せつけて、今仕掛けている手はない、手の内などないと示してみた。そのまま開いた平に視線を逸らして注意を向けてから両手で弱々しい弾幕を放つ。

 左手で握る煙管に向けて放ったそれを煙管で逸らしていなす正邪、問題なく使える物だと認識したのか、素直に腰の逆さまリボンに挿してくれる。

 

「何のつもりだ? 私にまで尻尾を振って、何があるっていうんだ?」

「白玉楼で四人に追われたんでしょう? あの子達には少し助言をしたのよ、鬼役にだけ助言して逃げ役に何もしないのは不公平だと思わない?」

 

「やっぱり売女だったな。八雲にも人間にも尻尾振りやがって次は私か、見境ないなぁ、古狸」

「今は一途だからそうでもないわ、少しだけ訂正するならあたしはいつでも自分の為に尻尾を振っているだけ、紫さんの為に尻尾を振った事はないわ」

 

 正邪に向かって盛大に尻尾を振ってみせると、言っている意味が伝わらないといった怪訝という文字が頬に張り付いた。眉間にしわ寄せて睨むか下卑た嗤いしか見せなかった正邪が、初めて見せる表情に変えてくれて堪らなく面白い。

 けれど表情は変えずあくまでも煽らず不遜な姿勢は崩さずに話す、表情を変えないあたしを訝しんでいるのか狐疑する姿勢で見てくる正邪。狸に向かい狐疑するなど滑稽で堪え切れずクックと薄く笑ってしまうが、そのおかげで空気が変わり再度睨み直してくれた。また上から笑いやがって! という視線で見てくれるなら見られているように話そう、変えた空気に合うようにそれらしい答えとなるように追加を述べた。

 

「面白くなればなんでもいいのよ、鬼人正邪。謎解きの為に紫さんに尻尾を振っても、こうして正邪に尾を揺らして見せても‥‥どんな手を使っても笑えればそれでいいの」

 

 恩着せがましく見えないように話題通りに尾を揺らす、ここで煙管を捨てられては元も子もない、捨てずに逃げ始めてくれないとあたしが煙管を感知できず正邪の居場所がわからなくなる。

 小槌のなくなった今正邪だけでは直せないはずの妖器、それなりに使える物のはずでそれは実感してくれているはずだ。今も大事に腰にあるしそのまま長く大事に扱ってくれれば、それだけあたしも逃亡劇を楽しめるというものだ。

 

 あたしの言葉を咀嚼し理解してくれたのか、笑んだ表情を変えずにいるあたしに対して真っ赤な舌を見せる正邪、大嫌いな上からの物言いで表情も戻ってきたし雰囲気も反逆者らしくなってきた、この雰囲気なら今日のお話はここまでかもしれないがこのまま逃がすつもりはない。助言代わりのプレゼントは済んだが、まだ少しのお節介をしただけで姫の願いを伝えていない。

 正邪の勢いを殺さず姫の願いも同時に叶える、ついでにあたしが楽しく笑えて遊びの範疇に収めるか…これはまた無理難題だ、色々絡んで面倒臭いがこれが解ければ堪らない。

 お節介などしたせいで変に落ち着きあたしに靡いたひっくり返らない天邪鬼に、こいつが嫌がる笑みを見せて表情だけで少し煽ると、促した通りに態度を戻し憂いのある顔で睨んでくれた。

 それでいい、姫に見せたその顔にあたしは言葉を吐いてやりたかった。

 

「逃げ役への助言は此れ位にして、もう一つ…誰かさん泣いてたわよ、救ってくれた正‥‥」

「煩い‥黙れよ! お前も姫も…今更理解者など求めていない! 私は一人だ! 一人でお前らに反逆し続けるひっくり返す者(レジスタンス)なんだよ…騙してやったんだ、姫も怨めばいいんだよ」

 

 笑んだままで頼まれた思いを放つ、途中で叫ばれて遮られるが何が言いたいのか伝わったようだ。

 最初こそ耳に痛い声だったが後半は違うところが痛いと教えてくれる声色になり、顔も背けられてしまう。誰かから真っ直ぐに見られた捻くれ者は対外こうだよく分かる、これからどうなるかはこいつ次第だがここで落ちてもらっては困る。まだ(あいつ)を引っ張り出せていない、あたしの仕掛ける意趣返しの為にもう少しあたしの手の平で踊ってもらいたい。

 また煽って喝をいれるか、その為の言葉を考えていると背けた顔をこちらに戻し少し笑んで問いかけてきた。 

 

「……どんな手を使ってもと言ったな、これもその手の一つか? 姫をダシに使って私を見て‥‥それを見てまた嗤うのか!?」

「そうよ、楽しく嗤ってあげる。必死に逃げる正邪も悩む正邪も、全部眺めて嘲嗤ってあげるわ」

 

――嗤いついでに遊びだなどと誘ってきたあいつ――

――全部わかっていそうな誰かさんに楽しい姿を見せつける――

――遊びで誰かを泣かしたあいつに見せつけられたら堪らない――

 

 そう繋げて言い切ってやりたかったが思うだけで言葉は呑んだ、伝えたならもっと憎んでくれそうだがそうなってしまっては意味合いが変わってしまう。正邪の反逆は彼女だけのものだ、あたしの意趣返しに利用はするが彼女の気概まで利用するつもりはない、行動だけ利用させてもらい最後にはこいつにも嗤ってもらいたい。

 姫を泣かせたつれない女、そんな(せいじゃ)に返すなら姫と一緒に笑わせる。これが姫の願いにのせたあたしの意趣返しだ、その為に今は憎まれよう。姫でも何でも使ってやって逃げる原動力らしくなってあげよう、全部終わったその後にこいつがあたしをどう見るか?

 今のように憤怒を見せるか?

 笑みを消さずに思考に浸っていると、静かな憤怒を言葉にのせて二枚の舌が動き出す。

 

「…そうやって私も使って笑うのか、私にも八雲にも尻尾を振って一人で笑って‥‥今更擦り寄ってきやがって!…‥気に入らない! 本当に気に入らない!!」

「気に入らないならどうするの? また逃げる? あたしの気が変わらないうちに逃げるのかしら? それしか出来ないのならそうしなさいな、どこまでも逃げて一人で生きて、卑屈なままで死になさい」

 

 揺らすを尾を止め胸を張る、顔を上げて不遜に笑んで尊大に赤い前髪を見下ろすように、こちらは高みにいますよと言葉でなく態度で見せる、後は勝手に勘違いしてくれるのを待つ。

 こんな態度が嫌いなのだろう?

 自分と同じように他者を使って事を成すあたしが大嫌いなのだろう?

 利用するだけで相手を見ず同じように他者を頼れず、代わりに人の物を奪ってそれを頼りに逃げまわって、比較して悔しく思うそれを原動力にして逃げているのだろう?

 

 それならさっさと返してみせろ、これからお前を利用すると言い切ってやったのだ…促してやったのだからさっさとひっくり返して利用して見せろ。そう出来るように心にもない煽りをくれてやったのだ、姫の願いは互いに手を取って歩く事だろうがこいつに言っても聞きはしない、ひっくり返して離れて終わりだ、それならあたしは突き放す。逃げる事しかしなかった、昔のあたしとの違いを見せてみろ。

 

 言葉を聞いて少しだけ俯いていた正邪だが、見下ろすあたしを引きずり下ろすように足元から二枚舌で舐めて睨んでくる。憤怒から憎悪の表情へと張り替えた表情で、小さな声色から少しずつ勢いを増して話し始めた。

 

「黙れ、言いたいことはそれだけか? ならいいさ、もういい‥利用したいなら利用されてやるさ、もう吹っ切れた! 逃げも隠れもしないぞ、全てを敵に回してやる!! 押し付けられたこれだってなんだって使って生き延びてやるよ! どんな手を使っても、生き残ったもんが勝ちなんだよ!」

 

 冷静に話していた空気から、いつも纏っている気を逆立てる下卑た空気に変わると、はたて柄の布を身に纏い景色の中へと薄れていく鬼人正邪、天に向かって真っ直ぐに中指を立ててこれでもかと舌を伸ばす稀代の反逆者。薄れていなくなる瞬間に意地の悪い笑みを見せると、舌を出したまま強く眉を潜めてくれた、応援をひっくり返した小さな煽り、気に入ってくれたようでありがたい。

 

 預けた煙管が遠のいて完全に離れたのを確認出来た頃に姉が消えた背景を望むと、捻くれ者めと小さく叱られたが同時に否定せんですまんかったと謝ってくれた。

 気にしていないと大きく尾を揺らして見せると、安堵するのはまだ早いと窘められる。巫女はやる気がなかったが厄介なのがまだおるから安心するなと声だけが響く。

 腰が重いのが動いておらん、そう聞いて確かにと笑むと、寺は時間稼ぎだけするから後は好きにやれと手だけが伸び頭を撫でてまた景色に消えていった。

 

 寺はって事は他の所でチョッカイ出して回れって事だろうしどうするか?

 逃げも隠れもしないと宣言したのだから、あいつはその通りにするのだろうか?

 それともひっくり返して…

 いや、吹っ切れたのだから言葉通りに行動しそうだ、それなら次は何処へ行く?

 大勢と遊んで敵に回した後だ、それならまだ遊んでいない者の所へ行くか?

 

 まだ天邪鬼で遊んでいない者とは…墓場近くの宗教家達は寺に含むとして、遅刻しろと言っておいた姉蝙蝠も気になるし、まだ動かず揺れを見せない天人と鬼の我儘コンビも気にはなる。

 後は…まだお山にも残っていたか、腰は重いが片膝立てていつでも立ち上がれる姿勢の旦那とその嫁さん。思いついた『つんでれ』も確認したいが…今行けば神頼みしてしまいそうで格好がつかない。

 ならいいか、気楽に会える人にしよう。構って欲しいと言ってくれた相手を構って時間稼ぎだ。

 思考だけなら反逆者側、すっかり天邪鬼側にいる気がするが直接敵対してはいない。

 文句を言いにも現れないって事はまだまだ手の平の上にいるという事だ、そう思い込み何もない誰もいないあたしだけの空間で誰かに向かい舌を出し意地悪く笑んだ。


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