文々。新聞 本日の天邪鬼その捌という大きな見出し。
何処よりも早く何よりも新鮮な情報をお届けする事をモットーに幻想郷中を飛び回る筆者がご購読し……
「この辺はいいわね」
ポツリと呟いて文章を指で追い、それっぽい特集まで読み飛ばした。
今日の特集も連日幻想郷を騒がしている反逆の天邪鬼について、筆者が独自のルートから仕入れたホットな情報をご愛読して頂いている皆様だけにお話し致します。博麗神社のお花見会場で突如宣言された第一回幻想郷追いかけっこ、あの妖怪の賢者八雲紫氏自らが提案し自身も参加している反逆者の大捕り物ですが、霧の湖で発見された初日から数えると今日で丁度八日目になり……
「聞いた通りね」
またポツリと呟いて座るソファーにペシッと置いた。
ザツニアツカワナイデ、という呪文が聞こえたが気にせず紅茶を口に含んだ。
荒く漉かれた半紙サイズの号外記事。
二枚とも透明な『らみねーと』という保護魔法を掛けた後に左側に丸い鉛筆サイズの穴を開けて、穴に魔力で紡いだ糸を通してそれぞれバインダーに閉じて保存しているらしい。
うちでは食材を保存する包み紙代わりで霊夢のところではよく燃える着火剤代わりにされる新聞だが、ここでの扱いは随分と良いもので配る側も喜んでいるんじゃないかと感じ取れた。
縦書の物を左手に横書きの物を右手に持って寝起きの一服をしながら眺めつつ、片方読んではもう片方にも目を通してと照らしあわせて読み取っていく。片方は面白おかしく捕物を騒ぎ立てていて、もう片方は生真面目で硬すぎるような文章だと読める天狗新聞。
『文々。新聞』
普段の記事なら幻想郷の食糧事情や永遠亭の新製品なんかを書いていたり、何処かの妖怪に直接インタビューした独占記事なんかが載っているもの。
少し前には人里にあるカフェーを特集してそれなりに人気を博し、購読数をほんの少しだけ増やしたりしていた。足で稼いでネタを拾い場合によっては自分から吹っ掛けてネタにする、なんて小狡い事をして最近の事件や流行りの取材対象を面白可笑しい者として書いている事が多い気がする。比喩や捏造もそれなりに多くて読み物としてどうなのかと思うが、その辺りは兎も角として人死になんかの血生臭い記事がないってところは評価できるかもしれない。
『花果子念報』
広義における新聞をいうならこっちの方が新聞と言えるかもしれない、普段から硬い文字使いで書かれており政なんかを書くと似合う文章だと感じられる。
扱っている内容も前者が幻想郷の面白い面に重きを置いているというなら、こちらは記者が考えた文章を纏めて最後には教訓として使えたり、誰かに対して警鐘したり出来るような文字展開をしているか。前者との違いは立ち位置にもある、あっちは妖怪目線、天狗を主体に捉えていて人間を軽んじたりする事もあるが、こちらの新聞は人が読んでもいいかもしれない記事が偶にあったりする。どんな記事? と言われてもこれってお勧めできないくらいに影が薄いのが残念な所だが、載せる写真は良い物が多い、料理関係が特にいい気がする。
そんな二つの新聞の号外記事、流行りの天邪鬼についての両者の文章を読み比べてみたが、昨日霊夢が教えてくれた事以上は拾えなかった。
読めて知れたのは新しく出てきた『人形』についてくらいか。
『鬼人正邪だと思ってぶっ放したら空飛ぶお人形さんだった、何を言ってるかわからないと思うが、私はありのまま起こった事を話しただけだぜ』
どちらの号外も一問一句変わる事なく書いてある、普通の人間の魔法使いから聞き出したというスクープ扱いのインタビュー。
インタビューを読む限り空飛ぶお人形さんを使って正邪が逃げおおせたというのはわかるが、この人形がどういったものでどんな状況で使われたのかは書いておらず、痒いところに手が届かないモヤモヤとした記事になっていた。
痒い頭の中を掻く代わりに髪と耳を掻いてピクリと跳ねさせると、あたしの腰掛けるソファー横の椅子に座った、らみねーと記事の持ち主に行儀が悪いと窘められた。
金髪を光に透かして、細い小指を立て紅茶のカップを手に取りながらあたしに向かって苦言を呈する人形遣い、天狗新聞に人形という単語が載ってからあたしのように訪れるものが多くて、昨日から煩いとご機嫌斜めのようだ。
地底でもらった二本角の八つ当たりはあたしにも非があるらしいが、この人形遣いのストレスはあたしには全く関係がなくて正しく八つ当たりと言える物だが…
以前の里でのお祭りに飛び入り参加して盛り上げてくれた恩も感じているし、折角厄介事として扱ってくれているのだ、あたしの元ともいえるそれを流して捨てるのは勿体無いと、注いでくれた紅茶と共に厄介も含み腹に収めた。
機嫌が悪くとも冷静さは変わらないが、苛ついていて普段よりも饒舌なアリス・マーガトロイド
冷ややかな態度のまま放たれる愚痴と紅茶を味わい少しした頃、他にも用事があるし今日はもうお暇すると伝えてみると、文句だけ言われに来たのかと目を細める魔法の森の人形遣い。
ストレスはお肌に悪いしつれない態度で釣り上げられたし、もう少しだけ付き合うか。お暇しようと立ったソファーに座り直して静かに耳を傾けていると、言い返さないのが気になると更なる愚痴にノセて難癖もつけてきた。
「口の妖怪が言い返さないのね、それとも返す難癖を考えてるのかしら?」
「たくさんの厄介と愚痴を口に含んでまだ咀嚼中だから言い返せないのよ、それにアリスは関わりないんでしょう?」
「容疑者候補である私の言葉を素直に信用するなんて、難癖ではなく悪巧みを考えてるの?」
「何もないわ、珍しく苛ついてるから発散させてあげてるだけ。それに疑ってはいないわよ? もし共犯なら今頃スキマにポイでしょ? そうなってないのだから何かを考える必要がないわ」
細めていた瞳を戻し小さく息を吐いているアリス、八つ当たりしても暖簾に腕押しだと感じてくれたのだろうか。右手の中指と親指を鳴らしてあたしのカップにおかわりを注いでくれる、謝罪のつもりか、咀嚼を助けるつもりかね。
そらならさっさと飲み込んで話を切り替えよう。
わざと喉を鳴らして紅茶を飲み、咀嚼を終えて飲み込んだとアピールしてみせると、また目を細めて見てくれる人形のような少女。
「愚痴や厄介なんてペってしなさいよ、何でも口にしてお腹を下しても知らないわよ…厄介ついでに聞いてもいい?」
「食べ慣れているから大丈夫、聞きついでだし分かることなら答えてあげるわ」
目を細めて丸い舌をちらりと見せてぺっと何かを吐く仕草、そのまま細まった目をお腹に向けられて要らぬ心配までされる。あまり見ないからわからなかったがこれがアリスのジト目代わりか、もう少しわかりやすく表現してほしいものだ。
ジト目とはこうだと教える様にジト目妖怪の妹公認モノマネでジットリ見返すと、細くなった目を開いてくれた。そのまま見つめていると一瞬憐れむ瞳を挟んでからいつもの態度に戻り、ついでとやらを問いかけてきた。
「反逆者の見せた物が人形だと聞けば私の所に矛先が向くのはわかるわ、納得は出来ないけれど…他の容疑者のところにも行ったりしているの? 何か聞いてない?」
「だから疑っては……まぁいいわ、他のって言うと‥お山の雛様は捕まえられないと悔しがる皆から厄が集まって来て大変、なんて言ってたわね」
「厄神? 雛人形って事ね、それなら鈴蘭のあれは?」
「コンパロ人形はノータッチよ、さすがに毒はぺって吐くわ。それに花のお嬢さんと薬剤師さんが日替わりで張ってておっかないもの、近寄りたくないわ」
アリスの仕草を真似て毒を吐いてみせると、一瞬戸惑い小さく破顔した。八つ当たりと会話で多少のストレス軽減が出来たなら何よりだ、おかげでやりやすい。
雛様は回っていた、いつも通り笑顔でいつも以上に回っていた、それだけだ。
可憐なお嬢さんの方はあれで意外と優しいところもあって新参の花仲間を気にしているのと、人形に群がってくる血気盛んな連中で楽しい事をしているらしい。
幽香だけが一方的に楽しんで、真っ白な鈴蘭畑を赤くしたりしているそうだが、そんな話を聞いて行く者なんて死んでも死なない奴らくらいだろう。
その死んでも死なないお医者様はメディスン目当てというよりも、借りている鈴蘭畑に被害がないか様子見してそのついでにメディスンも見ている、って感じだろう。
八意永琳自らが動く事などそうないが、自身の研究材料が危ないと聞けば動くこともあるのかもしれない…というのが少しの事実からこじつけたあたしの思い込みだ。
実際のところはほとんど知らない、雛様は先日見たが他はまるっと嘘だ。幽香の方はいるらしいが鈴蘭を木っ端者の血で汚すような事はしないだろうし、永琳はあたしの連れ込んだ患者を診てくれていて今朝も顔を合わせたばかり。
人形と聞いて思いついたメディスンの事を診察中に聞いてみたが、あれが何かで死んでも鈴蘭畑はあるしそれほど問題はないと言っていた。怪我をしての治療ならするが怪我をしないように見るのは私の仕事ではない、そう言い切る八意先生が頼もしくて少し怖くて、目覚めるまでよろしくお願いしますと再度頭を下げてみたが、何度もしつこいと窘められた。
任されたのだから診てあげる、でないと貸し付けられないわと笑う永琳に口にはせず感謝し、今日はこの家経由で遊び回る予定になっていた。
「風見幽香と永琳がいるのね、それならあの子も心配ないか」
この後の事を考えると是非とも外出して貰いたいのだが、二人の名前を使ったのは悪手だったかもしれない。あの二人が近くにいるなら余程のことがあっても何もない、そう確信した表情で紅茶を口に含む七色の人形遣い。
次のデート相手に森の人払いをしてから来いと言われているし、どうしようか。
いいや、月の頭脳と毒人形を繋げたあいつをダシに使おう。
「兎詐欺もいるらしいから綺麗な鈴蘭畑が落とし穴だらけにならなければいいけど‥あの子なんて気にするぐらいなんだから人に聞かないで自分で見に行けばいいのに、あたしはお暇するからこれから行ってあげたら?」
残った紅茶を一息で飲み干して、背中にチョットという魔法の言葉を受けながらお暇した。
魔法の森の奥へとゆっくり歩み始めた頃、森の上空を飛んで行く青金の本体と人形2体の影が見られた。
あの性悪兎詐欺が幽香がいると分かっていて花畑を掘り返すわけがないのだが、観察眼を逸らせれば引っかからずに素直に聞いてもらえて楽だ。
あの人形に向ける気持ちがまっすぐだから逸らすのも楽だったのかね、それくらい真っ直ぐに
言われた通り人払いも出来たしさっさと向かおう。
これからのデート相手達はあまり待たせるわけにはいかない、怖いから。
何もなければもう少しゆっくりしても良かったが、残念ながら今日は先約が二つある。
一つは昨日の帰りがけに霊夢から言われた、暇なら輝針城に来いというつれない巫女からの嬉しいお誘い。飽きるまでは輝針城にいる、そう言っていたからまだ暫くは余裕があるはずとこちらはとりあえず後回しにしている。
もう一つはちょいと顔を出せという、あたしよりも太く見える縞尻尾を揺らす御方からのお誘いで、魔法の森の奥地にある内緒の集会場で待っているというものだ。
どちらも嬉しいお誘いで不意にしたくはないし、万一不意にしたならどちらも後が怖い。物理的・精神的にという違いはあるが泣かされるのが目に見える二人からのお誘いなど、矮小なあたしが断れるものではなかった。
とりあえずその辺りの事は割愛しよう、人払いも出来て魔法の森にも来たわけだし、尻尾繋いでデートと洒落込もう。
慕う相手からの嬉しい誘いで晴れやかな気分、なのだが歩く地面も漂う瘴気も相変わらずジメジメとしていて湿気った場所を進んでいく、まだまだ元気なお天道様がお空の上で笑っているのに少し踏み入っただけで随分暗い。
漂う空気は淀んでいてあたし好みだとは思うが、薄暗い雰囲気の方は好みではないしジメジメとして気分を下げるような景色も好まない。背の高い原生林が鬱蒼と立ち並び、お天道さまの恩恵が当たらない地面のそこらを見れば茸だらけ。
地を歩く振動でポフンと弾けて胞子を飛ばす茸もあり、それがさらに空気を淀ませていっている。好き好んで踏み入るような森ではないがここを気に入り住んでいる者達もいる、先ほどもてなしてくれた幻想郷の種族魔法使いや普通の人間の魔法使い辺りがそう。
毒気なのか瘴気なのかよくわからない淀んだ空気。そんな、体に悪いモノしかないこの魔法の森を気に入って住処にするなんて、魔法使いは陰気臭いところが好きなのだろうか。
同じく陰気臭いがまだあっちの動かない魔法使いがいる図書館のほうがマシだと思える、掃除なんて二の次な喘息持ちの管理人のせいで少しばかり埃臭いが、ここの瘴気よりは積もった埃のほうがまだ体にいいだろう。
文句を言うなら帰ればいいし普段ならすぐに帰るが、今日はそういうわけにはいかない。直接言われたお呼び出し、以前のこっくりさんのような曖昧なものではなく逆らえない相手からの来いという命令に近いものだ。
呼ぶなら寺でもいいんじゃないかと思わない事もないが、わざわざ人気のないところを選ぶのだ、なにか理由があるのだろう。まぁ理由なんてなんでもいいさ、慕う姉に来いと呼ばれたのだから妹としては逆らわず素直に顔を出すとしよう。
常に腹にナニかを抱えたあたし達化狸の御大将、二ツ岩マミゾウ親分に呼ばれて好ましくない空気の中、溜まる落ち葉を踏みながら魔法の森の奥深くへと向かい一人で歩いた。
もう少しで指定の場所という辺りで数匹の同胞の姿が見えた、まだ人の形は成せないが妖気は感じる化け狸達。わざわざ迎えに来てくれたのか、来るのが遅いと文句を言いに来たのか、言葉を話せぬ同胞達だが種族は一緒だ、意志は通じる。
顔を見せてくれた数匹の同胞達、三匹は歓迎してくれたが一匹は遅いと文句を言ってくれた。文句を言ってきたのは一番若そうで生意気さを感じさせてくれる若狸、抱き上げごめんねと謝ると腕の中で丸くなる若い雌…生意気で血気盛んだ、これから先が期待出来そうで少しだけ気に入った。
あたしの歩く数歩先を案内するようにちょこちょこと歩く二匹に連れられていくと、魔法の森では珍しい少しだけ空が見える場所に着く。ほんの少しだけ明るいところ、そこに見えるは大きな縞尻尾。日を浴びる切り株に腰掛けて、こちらを見ながら薄く笑みを浮かべている呼び出してくれた張本人、抱いていた同胞を離し軽く手を振り近寄ると同じく手を振り返して、よう来たと迎えてくれたあたしの大事な姐さん。
「呼び出してすまんかったのぅ、ちょいと待ったが来てくれてありがたいわぃ」
「人払いついでに厄介払いなんてしたからついつい、姐さんに呼んでもらえるなら何処へでも行くわ、出来ればもう少し明るいところのほうが好みだけどね」
「遅れてきたからと世辞を言わんでええ、場所については身内以外に聞かれたくない事もあるんじゃ、偶にはええじゃろ? まぁ座れ」
言いながら動き切り株にもう一人分の枠を空けてくれる、言われるがままに腰掛けようとすると、座面に当たる辺りに数枚の葉が敷かれた。黒のスカートを気遣って座布団まで用意してくれて、それほど気にすることなんてないのに。
何も言わずに好意に甘え隣に並んで腰掛けると、前なら大袈裟に何か言ったが村紗の言う通り姿と共に気持ちも変わったかと笑われた。姐さんに対しては昔から変わらないはずだが、自身では気がつかない小さな事でも変化として見てくれる、目にかけてくれていると感じられ少しだけ恥ずかしくなった。
「恥じらいも思い出したか? あやつに尻を追いかけられていた頃みたいで懐かしいのぅ」
「あやつって才喜坊の親父さんか、また随分昔のことを言うのね」
「帯解かれて追いかけられて、何度涙目になって儂に泣きついてきたか」
あたしの残してしまった外の世界での黒歴史、佐渡ヶ島に陣取る二ッ岩の大親分の手足となって動く四天王狸の内の一匹『潟上湖鏡庵の才喜坊』
姐さんに呼ばれてはこのエロオヤジに見つかって、ひん剥かれそうになり子を産めと追いかけられて何度泣きついたか覚えてない。
これが身内以外に聞かせたくない話だというのならさすがに怒るが…いくらなんでもそれはないだろうし本題はなんだろうか?
「周りの皆に聞かせる話じゃないわ姐さん、小馬鹿にするのに呼んだのかしら?」
「いやいや本題は別にある、懐かしいと感じただけじゃて。昔話を語れるもんはこっちじゃお主とぬえくらいしかおらんでな」
「それでもあたしの恥ずかしい話には変わりないわ。ここには身内しかいないけど、少女としては困るわね」
「本気で恥ずかしいと思っとる輩は自分で言わんな、少女が言うにしては老獪な物言いじゃのぅ」
「老獪でも狡猾でもなんでもいいわ、霧で煙な可愛い狸さんには変わりないもの」
自分の口で姐さんに対して初めて言ったこの言葉、求聞史紀にも書かれたしぬえや他の寺住まい辺りからいくらでも聞いているだろうが、やはり面と向かって言うと緊張するものだ。化け狸として接してくれていつも面倒を見てくれた愛する姐さん。
霧だ煙だなどとごまかして、と叱られるくらいならいいが拒絶されれば随分堪える。泣けないくらいには堪えるだろう、それでも自分から言いたかったあたしなりの意思表示。嘘はつかないと旧知の阿求に言った手前、それよりも古い知己である姐さんに言わないわけにはいかないと考えていた。
言って数秒静かな時間、あたしからすれば数秒どころか数時間にも感じられる緊張した時間だったが、止まったモノを動かすように姐さんの手が頭に乗せられた。
「緊張している姿も懐かしいのぅ、何をそんなに固くなる?」
「わかってて言うのは狡いわ、言わずに伝わっているのだからそれでいいじゃない」
「他人には言われんとわからんなんてのたまう割に、己に対してそれは当て嵌めんのか?」
「当然除外するわ。どこのぬえから聞いたのか知らないけれど、姉に似てあたしも狡いのよ?」
自前の煙管を咥えて悪戯に睨む姐さん。
咥えられている煙管よりも長いあたしの煙管をコツンと当てて、同じように一服しながらそっぽを向いて返答するとカラカラと笑い出した。
「それでええ、それでこそじゃな。化け狸らしい物言いで笑っとるほうがお主らしいわ」
「狸でいいのかしら? 最近曖昧でもいいかもなんて考えてるのよね」
「それならそれでええんじゃよ、霧でも煙でも最後に付くのは狸なんじゃ。毛色の違う狸なんていくらでもおるわぃ」
周りに集まる茶色の同胞達とは一匹だけ毛色の違うあたしの髪、それをワシワシと撫でてくれる姐さんの手。いくらでもいると言ってくれるが外でもここでも異質な毛色、撫でられて視界に映る度に姐さんとの違いが気になるがそんな気は別のモノで散らされた。
いろんな人が同じように引っ張るあたしのスイッチ。左耳にハメた銀のカフスから伸びた鎖、誰も彼もが同じように何かのスイッチのように引っ張ってくれるこれ。
優しく引かれる度に頭が左に揺れて最後に強めに引っ張られる、勢いに負け体が傾き姐さんの肩に頭が乗ってしまう。
肩に乗ったあたしの頭をそのまま鎖を引いて腿の上へと移動させる姐さん、膝枕なんて初めてで随分と恥ずかしいが逆らう気にもならず、そのまま身を委ねると後頭部で触れる腹が動いて何かを言ってくれた。
「今日はちょっとした相談事でもと呼びつけたんじゃが、それは少し後で。でいいかの」
「相談事? あたしでどうにかなるならいくらでも乗るけれど、後でと言うならその時でいいわ」
「うむ、気まぐれに身内を愛でるのもええもんじゃ」
「甘やかしてくれるのは嬉しいんだけど、後の話ってのが気になって素直に甘えられそうにないわね」
「遅れはしたがホイホイと来る割に態度はつれんのぅ、気まぐれに乗っかってもええじゃろうに。付喪神や巫女達は甘やかすくせに甘える方は慣れてないんか?」
「甘えられる相手より甘やかす相手の方が多いもの、慣れようにも機会が少ないわ」
「なら練習代わりに丁度ええな。一度は知らぬ間にいなくなったんじゃ、偶には姉の我儘に付き合うんも妹の努めじゃろうて」
痛いところを突いてくる、外の世界での事は狡い。姐さんと交わした約束を破ったと思い込み姿を消して逃げた事、破った事を謝りにも行かず心配を掛けたのに詫びも入れず、身勝手に逃げ続けてそのまま力を失って消えかけた事。
会って謝り頼りたいと思っていたのに、いらない意地を張って自滅しかけた時の事。紫に拾われたはいいが都合よくその事を忘れのんきに再会した時の事、寺で叱られ思い出し柄にもなく泣いた事…それを引き合いに出されては何も言い返せない。
思い出すと同時にまた泣きそうな自分に気がつく、あの時にも全部曝け出して泣き腫らした。今回の涙の理由はなんだろうか?あたしを泣かす相手は誰だ?
考えずともわかる事だが甘やかされて泣くなど格好がつかない、少し瞳が赤くなったがそれは茸の胞子が目に入ったのだと思い込み、先ほど言われた相談事へと話を逸らすように促した。
「それで相談事って何かしら? 面白い話なら嬉しいんだけど」
「また泣かしてやろうと思っとったのに、話を逸らすでないわ」
「泣くと頭が回らないからイヤよ、姉なら妹の我儘も聞くべきね」
「口の減らんとこは似んでええんじゃが…仕方がないわな。あの天邪鬼じゃが、なんで追いかけられてるのか気にならんか? それとも知ってて放置しとるんか?」
カンラカンラと嗤ってくれて表情はわからないが確実に笑んでいるとわかる、あたしを真っ向から煽ってくる大親分。
確かに言われるまで気にしていなかった、遊びを始めまーすという先生の声にはーいと返事しただけで何故遊ぶのか気にかけていなかった。
境界でも弄られて気が付かれないようにされていた?
ちがうな、あの宴会で宣言した後にすぐにこっちに来た。
深く考えさせないように軽口を言って意識を逸らされたってところか、お願いではなくお誘いなんて言ったのも余計な事を考えさせるためかね?
そこはいいか、重要じゃない。
大事なのは紫さんに化かされたってところだ、神社にいた全員を化かして遊びにノセた、あたしもノセられて紫さんに賭けて煽る片棒を担がされたって事になる。
ちょいちょいヒントを寄越してきたのは謎解きしているのを見て楽しんでいたのかね、難題を解く姿を見るのは堪らない、体感したからこれもわかる。
これは参ったな、式に続いて主にまでしてやられるとは笑える、が気に入らない。
言われた言葉を煽られた通り素直に咀嚼すればこうなるが、だからといって紫さんに仕掛けるつもりは毛頭ない。恩を仇で返す、なんてやらかしたら紫さんどころか煽ってきた姐さんにまで愛想つかされるだろう、それは心の底から困る。ならどうするか、煽ってくるのだから何かあるのだろうしソレを聞いてみるか。
最後に燃やした煙草を深く吸い込んでゆっくりと吐き切った後、煙管を切り株に叩きカツンと言わせて返答をした。
「そう言われれば気になるし、知らされてもいないわね」
「ふむ、何かと使われておるくせに大事な部分は教えてもらえんのじゃな。それで面白いんかのぅ」
「綺麗に化かされて面白いけど、やられっぱなしは気に入らないわ」
「そうじゃな、化かす儂らが化かされて手の平の上で遊ばれとる。アヤメの言う通り綺麗にやられて面白いが遊ばれっぱなしは気に入らん…が八雲と事を構えるんは悪手じゃのぅ、こんな時アヤメならどうするかのぅ?」
聞くつもりが難題になって帰ってきてしまった、楽がしたいという下心はバレバレだったか。
まぁいい、難題は解いてこそだ、頼れる相手から課されたお題なんてこれ以上ないくらいに面白い。それに言葉の端々に答えが載っていてわかりやすい、難題の
仕掛けた遊びの手の平で楽しそうに転げ回るあたし達を眺めて嗤う、そんな手合に対する意趣返しなど簡単な事だ。
「そうね……眺めているよりも手の平の上の方が楽しいと見せつける、こんな感じでどうかしら?」
心地よい温かさを提供してくれた腿に別れを告げて起き上がり、手の平にお招きしたい相手の笑みを借りて嗤う。借り主と同じように声は出さずに口元は開襟シャツの大きな襟で隠して。
少し瞳を大きく縦の瞳孔を収縮させて睨まれた後、同じように見つめ返すとタイミングを同じくしてクスリと嗤いそのまま声を上げた。
一笑いした後丸メガネを光に反射させながら頭を撫でてくる姐さん、撫でながら難題の答えを話し始めた。
「良い顔になったのぅ、誰かを甘やかそうが変わらず意地悪く笑うんがお主じゃ。よう似合っとる…儂もそう思っての、色々と盗品を持っとる癖に片手を遊ばせるなと天邪鬼にお節介をしてみたが、そろそろ捕まりそうで勿体無いと思っとるんよ」
「お山で姿を見たのはそういう事ね、ならあたしもそうしようかしら。鬼役にだけお節介して逃げ役には何もなしなんて不公平よね」
「見ておったんか、目敏いのぅ。まぁそこはええな。ただな、お節介をしようにも天邪鬼に会えんと始まらんし、八雲にバレては面白くない。なんか策やらアタリやらはあるかの?」
「紫さんは大丈夫真っ向からひっかき回せば出てこないわ、捻くれ者だから。天邪鬼もアタリどころか十中八九会える場所があるわ、巫女の勘って太鼓判が押された所が浮いてるわね」
「妹がそう言うならそっちは任す、天邪鬼も霊夢殿が言うなら間違いないかの、待たせると怖い巫女さんじゃ。早速……」
「飽きるまでいるらしいし、遅いと叱られれば大丈夫よ。だからもうちょっと我儘に付き合ってよ、姉さん」
天辺に登るお天道さまに向かって人差し指を立てながら、再度心地よい腿へと帰還する。腹に顔を埋めて心から甘えられる匂いを嗅いでいると甘えるのは慣れてない、そう言わんかったかと笑われるが、これから行く所に宛てがってらしくひっくり返しただけだと述べると、頬を撫でながら顔を上に向けられてニンマリと笑みを見せてくれた。
笑みに対して褒められた笑みを見せると胡散臭いからやめろと窘められる、ついさっき褒めたくせにと両眉がくっつく勢いで寄せ睨むと先程以上の気持ちのいい笑みが返ってきた。
やはり化かしじゃ勝てそうにない。