勢いで書いて自分でもよくわかっていないので
もし暇なら読んでみてください。
「もういいわ、巣にお帰り。これ以上離れると縄張り荒らしだと思われて羽むしられるわよ」
並んで飛ぶ烏にそう告げるとカァと一声鳴き、言われたとおりに帰路に着いた。
育ての親に似ず素直な子だ、あまり素直すぎるといい烏天狗になれないぞ。帰る姿を見送りながらそんなことを思った。
文が雛から育てている烏。
巣から落ちたのか、なにかの理由で親に捨てられたのか、地面に落ちて一羽でぴぃぴぃしている所を文が保護したそうだ。
忙しく飛び回る文が子育てなんて出来るのか?
と、聞いた所、引きこもりの友人に留守の間は任せて、帰山したら迎えに行く生活だと話された。
働く母親は大変ねと関心したが、誰が母親か! たまたま見つけた同胞だから独り立ち出来るまで面倒見ているだけよ! と、すごい剣幕で捲し立てられたのが懐かしい。
口煩く言いながらもあの子を見つめる眼差しは優しく、少しずつ餌を食わせる姿は母せ……姉性にあふれるものだった。
姉と引きこもりが世話した甲斐もあり、立派に巣立ったのだが、文の家から離れることはないようだ。姉の友人が家に近づくと鳴いて知らせ、帰りを見送るなんとも出来た妹ができたわね。そうからかうと頬を赤らめてうるさいとだけ言って逃げられてしまった。否定しないで逃げるのだ、つまりはそういうことなのだろう。
ただの烏だったはずが文達の妖気を浴び続けたせいか、烏の寿命をゆうに過ぎ化け烏となっているあの子。いずれ天狗になるのだろうが、なった時にどんな姿をとるのか、先で待っている楽しみの一つだ。
珍しく飛んでいる理由の一つが先ほどの妹烏だが、もう一つは隣にいる旧友、封獣ぬえのせいである。何の事はない、歩くのは面倒だからだそうだ。
妹烏とわかれて少ししてから、空で声をかけられて一悶着あり今に至る。自分の浅知恵が原因でからかわれたのに機嫌が戻る事なく命蓮寺が見えて来てしまった。
仕方がないのでご住職に話し、少しお灸を据えてもらおう。
〆
「お~い! アヤメ」
不意に空で呼び止められる。
狸が空で呼び止められるというのも変な話だが、狸が飛んでいる時点で十分変だ。それなら呼び止められるのも変わったことでもないのか。呼び止めてきた声の主を少し忘れて物思いにふけっていたが……
「返事くらいしなって!」
今度は強い声で呼ばれる、思考を邪魔されていささか気分を害したが放っておくと更にうるさくなる手合だ、そろそろ相手をしてやろう。
「おや、誰かと思えば白蓮さん。こんな空で会うなんて珍しいこともあるもんだ」
声をかけて来たのは命蓮寺の魔住職 聖白蓮だった。腕組みし少し反るような胸を張っているような姿勢でこちらを睨んでいる。
「えっ聖!?」
ご住職がご住職に驚きながらご住職を探す姿は中々に滑稽だ、本人では見る事が出来ないだろう慌てる姿が実に可笑しい。
「お前はいつまでも素直だなぁ、少しは能力以外で驚かす事も覚えたらどう? ぬえちゃん」
そう言うとご住職の姿がモヤモヤと変化し、活発そうな黒のショートカットに少し丈の短い露出度の高めな黒のワンピースを着た少女に変わっていった。
封獣ぬえ、背中によくわからないなにかを生やした、よくわからない妖怪である。決してバカにした紹介ではない、よくわからないという妖怪がぬえなのだ。
「何よ、見えるにしてももう少しなにかあるでしょ!」
プリプリと怒りながらあたしに詰め寄ってくる、そう言われてもそう見えてしまったのだから仕方がないだろう。
「いきなり声をかけられて驚いたから能力使ってあんたを見たの、そうしたら住職に見えたのよ、仕方ないじゃない」
あたしの『逸らす程度の能力』がぬえの『正体を判らなくする程度の能力』に干渉した結果だろう、多分。素直にかからずぬえの今見たくないものがあたしに見えた、そんなところじゃなかろうか。
「えぇ~‥‥じゃあなんて声かければよかったのよ。というかなに? ぬえちゃんって? 可愛く言っても似合わないわよ?」
辛辣だ、だがまあいいだろう。互いに幻想郷に来る前からの友人だ。多少のことを言われてもどうとも思わない。
「最近出来たお友達に教わったの、幻想郷では友人はちゃん付けして呼び合うんだとさ」
嘘は言っていないし使い方も間違ってはいない、けれどぬえのあたしを見る目が少しだけ冷めているように感じる。
「ああそうなの? でも新しい友達とか、アヤメちゃん意外と積極的に動く事もあるのね」
特に疑う事なく素直にあたしの言った事を聞くぬえは本当に素直だ、そういうところが可愛くて長く友情を育んでいる理由かもしれない。
「で、どうしたの? またなんかやって逃げてきたとこ?」
ぬえが命蓮寺の連中と一緒じゃない場合は大概なにかやらかして逃げてきた時だ、今日もきっとそうだろう。
「ちがうわよ! 聞いてよ村紗のやつひどいのよ! 一緒に始めたのに自分だけ先に逃げちゃってさ!」
ほうら、予想通りだった。
〆〆
「座禅というのはいいものだね、心を落ち着かせ自然や空間と触れ合い一体となれる気がするわ。自分はひとつの存在だが同時に世界とも共存している、未だ輪廻の内にいることを教えてくれる素晴らしい修行だと思うよ、修行といえばここのお寺は毘沙門天様をお祀りしているそうだね、あのお方は素晴らしい神様だ、確か七福神の一樽にも数えられる財宝の神様でもあったはずだ、俗世を捨て輪廻の輪から解脱し自由を得ようとお教えするお寺で、祀り奉る神様にどこか俗っぽさを感じる財宝神を選ぶ当たり、皮肉に聞こえなくもないがきっと思うところがあるのだろうね。そうか、あえて俗世に近い神様を崇め奉ることで自らを律しようというのか、なるほどそれは徳の高いことだ。徳が高いという事で思い出したんだがこの寺の参道を掃除しているあの子、なんと言ったか山彦のあの子さ。あの子なんて非常に徳の高い行いをする子だね、本人は寺から命ぜられた修行の一環、御役目として掃除しているのかもしれないが、そんな事を知らない他人から見れば毎日毎朝笑顔で挨拶を返し参道を掃き清め、通る人が気持ちよく怪我などしないように掃除しているように思える。この子は思いやりに長けた子だと見えること請け合いさ、実際中々出来る事じゃない。大したもんだと思うけど、どうやら叱られることもあるようだね。掃除しながら般若心経を唱えるのはいいが意味を理解し唱えなさいと、立派なお経だ意味を理解しろと説くのはわかるんだが、般若心経ってのはあれだろう。この世は虚しいもんばかりでたまらない、だけど生きなきゃならない、なら細かい事を気にして生きるのはやめてみよう、先のことなんてどうせわからないんだ明るく生きて実感を得ようってお経だったか。それならば楽しそうに般若心経唱えてる彼女は意味を知らずして悟っているわけだ素晴らしいとは思わないかい、褒められこそすれ叱られるようなことではないと思うんだが、その辺の解釈は毘沙門天様はどうお考えになるんだろうな。いや、そうだね。元を正せば神様なんて存在するか曖昧な者を、人間がそうあって欲しいそんな存在がいればいいと思い描いて出来たものだって話もあったね、ならあたし達妖怪と変わらないものなのか。なんだ意外と身近な存在だな神様、まあそうだよな、収穫のために直接お願い申し上げることができる豊穣の神様が、その辺の空で漂ってるのを見かけるくらいだ。とても近くて届かない隣人程度のものなのかもしれないね。秋神様といえば豊穣の妹さんは直接的に里の実りに力を授けるからさ、毎年祭りで崇められているけれど、お姉さんの方はあまりそういった祭りごとで姿を見ないよね。なぜなんだろうね、紅葉を過ぎ葉が落ちて大地に力を落とすから実りのための力が大地に蓄えられるっていうのに、目の前にある恵みはよくよく見るくせに、その恵みがどこから来ているのかまで見るような人間はとても少ないね、悲しいことだと思うがきっとそれが人間なんだろうさ、人間といえば幻想郷の人の少女はたくましいのが多くて困る、ああ勘違いしないでね、全員じゃないよ、飛ぶ奴ら限定の話さ、なんであの子らは顔を合わせれば勝負をふっかけてくるのか、ちょっとお転婆が過ぎると思うんだが聖はどう考えるよ、ああ聖も人間ではあったね、それなら彼女たちの気持ちもわかるのかな、気持ちと……」
「わかりましたから、もう今日の座禅はこれまでと致しましょう」
穏やかな表情でこちらを見つめるこの妖怪寺の魔住職 聖白蓮に促され命蓮寺の本堂を後にする、慣れない座禅なんぞさせられ足は痺れるわ、冷たい床にずっと横たえていた尻尾には少し癖が付いて角ができているわと、いいことがない。
本来であればあたしではなくぬえが座禅を組むべきなのに、どうしてこうなったのか。
〆〆
ぬえの話が長くなりそうなので、里の甘味処でおやつでも食べながら愚痴を聞くことにしたのだが、食うもん食って言いたいこと言ったら逃げて行きやがった。
こうなると捕まえるまでに時間がかかるので先に外堀をうめておこう。そう思って命蓮寺に向かっていると遠くからぎゃーてーぎゃーてー聞こえてきた。
お、いつものが頑張っているなと近寄り、山鉾と一緒になってぎゃーてーぎゃーてーと唱えていたら、ここの和尚に捕まってしまい少しのお説教を受けてから坐禅修行に移った次第である。
和尚の後をついて行く時も入道付きの尼公に笑われるわ、入道の方にもなんか睨まれるわ、今日は何も悪いことをしていないと思っているのに、本当についてない日だ。
唯一の救いと言えば本尊とセットでいるはずの探しものが得意な聡いネズミがいなかったことくらいか。
「火の始末を忘れないで下さいね」
優しい声色で茶を振る舞ってくれる和尚。
気遣いできるなら尻尾に癖がつく前に見せて欲しかったわ、などとは思わず。
「それくらいはわかっているよ、覚えたてのガキじゃあるまいし」
「ガキだなんて、もう少し仰りようもありますのに」
母親のような物言いをされたので口悪く返事をすると、おっとりとした口調で少しのお叱りを受けた、母親というよりも祖母に近い言い様だ。
「口調一つでガラッと変わるようなことなんざ世の中そうはないだろう?淑やかな言葉で話せば皆が皆手を取り合えます、なんてことはないはずだ」
この和尚からそう言われても違和感はないなと少し思ってしまうが。
「そうですね、仰るとおり。難しいものですね」
何を言っても穏やかな表情を崩さない、それがこの御仁のいいところの一つだろう。
「‥‥何だか言いたそうな空気だけど、あたしは思う所がないわよ?」
少し前にべらべらとテキトウ連ねて話しておいて、どの口が言っているのか。
「いえ、先程の。本堂での話ですが」
やはりそれか、真面目な人だ本当に。
「あれは方便さ、そんなに真面目に取られると知らずに化かせたようでなにやら嬉しいね」
ぷかぷかと煙を漂わせてそう述べる。
「方便ですか? ですが」
「寺の子と一緒に立派なお経で遊んだようなもんだ、それなりの罰はうけてもいいかと思ったわ。でもねさすがに長すぎ、足は痺れるわ、尻尾に変な癖付くわ、煙草吸いたいわ、こんな所マミゾウ姐さんに見られたら何を言われるか、と思ってね。テキトウ言って折れさせて、後は素知らぬ顔で暇つぶしするための方便さ」
そう言うとフフッと笑い口元を隠す和尚。
愚直さが目立つ彼女だが冗談が通じる柔らかさもある。
「それでも」
「くどいよご住職、方便だと言ったはずさ。それでも少しは言い過ぎたかなと思っているんだ。笑い飛ばして少し叱って。それで終わらせてくれるとありがたいんだけれども」
「そうですね、ならさきほどの座禅修行で終い。そう致しましょう」
そう言い柔らかく微笑むと、後ろで聞いていたのであろう寺の修行僧を呼ぶ。
「一輪、雲山。今日の修行は切り上げて後は休みと致しましょう」
聖の声に反応し二人分の気配が近づいてくる。
姿を見せたかと思うと聖に詰め寄り尼公が口を開く。
「姐さん、いいの? 本堂の話もここでの話も聞いていたけどこいつ反省なんかしていないわよ」
雲居一輪といったかこの娘。
聖の柔らかい面を補佐できる固い面が見えて良い同居人だ。
連れた相棒は硬さとは無縁だが。
そんな事を考え頭上に浮かぶピンクの雲を眺めると、雲には本来ない顔がこちらを向き目が合う。
雲居一輪の相棒、見越し入道の雲山だ。
目があったのでウインクしてみせたのだが反応がない、少しくらい反応してくれてもいいのに。そう思っていたら襟首摘んで持ち上げられた。その摘み方はどうかと思う、あたしは猫より犬に近いんだが。
「ね、姐さん。尼寺で人の相棒に色目使うようなやつよ、素直に帰しちゃっていいの?」
納得出来ないのかしないのか、なかなか粘るなこの娘。
「良いのですよ、この方になにか言ったところで何も変わりませんもの」
口調はとても穏やかだが、内容はあたしにとって穏やかじゃない。
「許可が出たなら降ろしてくれる?」
再度ウインクをし入道を見る、表情は変わらないのに残念な物を見る目だというのはわかった。
ぱっと離され地に降りる。
「そういえばやけに少ないけど、葬儀でもあって出払ってるの?」
妖怪寺と言ってもありがたい本尊の祀られる寺だ、そういったこともしているかもしれないので聞いてみる。
「いえ。星とナズーリンは少し失せ物探しを、ぬえはきっとマミゾウさんの所ね」
本尊様はいつもの日課か、それでも一人足りないな。
船幽霊だけでやるような事があっただろうか?
「水蜜は少し反省中」
表情から察してくれたのか一輪から補足が入った。
しかし反省ね、ぬえが愚痴っていた妖怪らしくって話かな。
「正しく船幽霊しただけよ、柄杓は割れて穴あきだから人死にはないけどね」
少し呆れたように話す一輪、どうやらいつもの事のようだ。
「妖怪が正しく妖怪としてあって反省させられるとは、なんとも生きにくいが本来妖怪を払う寺住まいの妖怪だ、生きにくいのはわかってるのか」
カラカラと笑うと一輪が乗り出してくるが聖に止められる。
「人の意識に頼られる事なく自己を保てる高みを目指す事が出来れば、生きにくい事などなくなるのですけれども。今は致し方ありませんね」
変わらず微笑んではいるがほんの少しだけ影が差したように見えた。
「まあそのうちなんか見つかるかもしれない、気長にやればいいのさ」
そう言って軽く笑うと、一輪に噛み付かれる。
「あんたねぇ、姐さんは妖怪も人の事も思って日々努力しているのに‥‥」
そこまで言わせて途中遮る。
「努力したけりゃお好きにどうぞってな、褒められたくてやってるなら続かず飽きるさ」
同じようにカラカラと笑う、一輪は納得はしていないようだが反論はなかった。変わりに聖が答えた。
「そうですね、時間はおかげ様で作れるようになりましたから」
妖怪から少し力を分けてもらって、人であることをやめた僧侶。
中々難しい立ち位置だと思う。
本人曰く、虐げられる妖怪を匿っては少しの力を分けてもらっている。
守る等と言う私のほうが妖怪を頼っているのかもしれません、なんて言っていたが何をするにも需要と供給があるからなりたっているわけで、足りていなかった需要を埋めて少しの報酬を得ているだけだ。
何も恥じるようなことでもないだろう、生きていくなら必要な事だ。
「もう既にそうなったんだ、後は好きに楽しんだらいいじゃないか。それくらい軽く考えてたほうが助けてもらう妖怪も気が楽ってもんだろう」
少し深めに吸い込んで小さめの雲山を形取る、本人の前に浮かべてウインクさせた。反応はない。
「そうですね、好きに致します。当分は今まで通り好きにしてゆきますよ」
そう言うと今までどおりの笑顔を見せる聖。好きでやってるなら長続きしていいもんになるのかもしれないね。
「じゃああたしは帰るね、本当ならぬえから聞いた愚痴内容をバラす気でいたんだけど気が変わったわ」
そう告げ一輪と聖に見送ってもらい立ち去ろうとした時に、また雲山と目があった。
今度こそと思い、さよならのウインクをするとウインクを返された、最後にとっておくとはやるじゃないか頑固親父。
寺を出て煙管をふかし、そのうち帰ってきたぬえが愚痴があるようですねと聖に詰め寄られる所を想像してほくそ笑みながら家路に着いた。