東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百三十話 謀る相手は選ばない

 朝もはよから花見酒。

 自前の酒で酔う事などないが、腿の上で楽しそうに酔っていた十寸くらいのお姫様と、珍しくお酌してくれた紅白に酔わされて気分良く花見を楽しめた。

 陣中見舞いが済んだ後に本命の見舞いをと考えていたが、酒臭い息では赤髪の眠り姫に口吻も出来ないだろうなと、酔い覚ましをするつもりで神社の社務所で少し寝た。

 深夜帰りの次の日に朝早くから出かけたからか、思っていた以上に寝不足だったらしく、目覚めてみればすっかり夜で腹に姫を乗せて社務所で大の字になっている。

 天邪鬼が逃げ始めてから生活リズムがひっくり返り、夜の墓場で思いに耽って見たり深夜まで他人様の屋敷で紅茶を味わったりと、これでは悪戯兎詐欺に忠告される前の生活に戻っているんじゃないかという気がしてきた。

 

 生活改善をするべきだ。

 悪戯兎詐欺の忠告を真に受けて昼型生活を心掛けてみたが、よくよく考えれば夜に活動するのが妖怪だった、それならこのままでいいのかもしれない。

 やりたい時にやりたいようにやって、やりたくないことや面倒臭い事は他人に押し付け他力本願、できる物は出来る者にお願いしてそれらしく楽しんでもらい、あたしはついでのおこぼれでも楽しんで笑えればなんでも良かったはずだ。

 あたしの呼吸に合わせて上下する小さな眠り姫を見て思う、ついでなどと口悪く言ってみたがそれでも感謝してもらえる、それならついでも悪くはないのかなと。

 

 腹で寝こける姫を起こさぬように顔だけでキョロキョロ周囲を眺めると、卓袱台の上に片腕立てて小さくあくびをする巫女さんが見えた。

 顔を回した拍子に揺れたあたしの耳の鎖の音でこちらに気が付き片手を上げる紅白、同じように片手を上げて起きたと告げるとお茶を淹れ始めた。

 おめでたい巫女が台所に立つ姿なんていつ以来に見るのだろうか、思い出せないって事はそれくらい前の事かね? なんでもいいか、後で聞こう。

 

 お湯を沸かしてお茶を淹れ一人で啜り外を見る巫女。

 あたしの分はと問いかけると起きても寝ている物臭の分はないと、暖かそうな湯のみを口に当てたまま冷たくあしらわれてしまう。

 それならこのままでもいいかと天井の木目を眺めて姫を上下させていると、退治してくれと頼んでこないのか、そう問われた。

 

「また依頼されるかなって待ってるんだけど」

「依頼? 寝てるだけだしそのうち起きるでしょ、ならこのままで構わないわ」

 

 着物の帯に沿って寝こけていて、上からあたしと姫を見れば漢字の『十』に見えなくもない寝姿、横棒が随分と短いが長いと重いし姫くらいのサイズなら重さも感じず可愛いものだ。

 四肢を真っ直ぐに伸ばしている小さな行き倒れを見ながら返答をしてみると、本当にあの狸なのかと何時の事かわからない頃と比べられて言い放たれた。

 巫女から聞けた言葉だけではいつのあたしと比べているのかわからなくて、悩むのも面倒だと素直に聞いてみる事にした。

 

「あのってどの事?」

「宴会終わりの朝もそうだったし、この間の梅見物の時にも言ってきたわ」

 

 梅見物の時ってのはこの間だから思い当たるが、宴会終わりに退治依頼なんてしただろうか、あぁしたな。門番と弾幕ごっこをやらされた神社の宴会後、社務所で萃香さんと飲み潰れて尻尾に抱きつく萃香さんを投げた朝、湯のみ分の昔話を話した時か。

 あれと比べられても困る、一緒に飲んで一緒に寝ると毎回必ず尻尾に抱きついて萃香拓を残されるのだ。あっちは毎度の事だからあたしも鬼っ娘も慣れたもので、放り投げた後に叱ってそれに対して可愛さアピールを返されるまでがお決まりの流れになっている。

 何度叱っても懲りずにあたしの愛らしい尻尾に幼女跡を残すのが悪い、それがわかっているからあの人も素直に叱られてくれる。ちょっとした挨拶や遊びも兼ねていて誰かに気にされる事でもないのだが、気になる事でもあるのか、お茶を啜りこちらを伺う博麗の巫女様。

 言われて思い出したのだし、シチュエーションも似たようなものだ。

 少し遊んでみようかね?

 

「そこないらっしゃるのは博霊の巫女様ではございませんか、ぜひとも見てやってくださいな。可愛い可愛い姫様があたしの自由を奪っているのです」

「そうね、見ればわかるわ」

 

「ぜひともこの姫をどかしていただきたいのです、きっと他にも……」

 

 芝居の途中で動かれてしまいセリフを噛んで止まっていると、猫でも抱くように両手で姫を持ち上げてそのまま隣の部屋に運んでいった。

 襖を開いて先にあるのは大中小のサイズの布団、柄はそれぞれバラバラだが枕は全部南向きで三人並んで川の字かとクスリと笑うと睨まれた。

 一番端の小さな布団にネコける姫を寝かしつけ足音静かに戻ってくる巫女、この子も意外と優しいところがあるんじゃないかと笑んで眺むと卓袱台に湯のみを増やされた。

 さっさと起きて相手をしろとの仰せらしい、どこの家でも主様は我儘で困る。

 卓袱台に戻った巫女と目を合わせながら体を起こして、湯のみの置かれた対面へと座る。

 ジト目で見てくる巫女さんに、とりあえず起きたことを伝えてみた。

 

「おはよう霊夢」

「あんた、次は何処いくのよ」

 

「言って信じてもらえるなら教えてあげるわ」

「あたしの勘と同じ場所なら信じてあげるわ」

 

 正直全く浮かばない、そもそも今日の四人が何処に行ったのかすらわからないくらいだ。

 テキトウにカマかけてあたしのカンではここなんだけど、なんて流れになるかと思えば更に追い詰められただけ、正邪に意趣返しは済ませたし小槌の破壊も済ませてスッキリしてしまい何も考えていないのが現状だ。

 あっちの主(レミリア)はそろそろ重い腰の連中が動き出すなんて言ってたが、小槌を手放しても取り返そうとはせず素直に逃げた正邪を間近で見られたお陰で、まだ知らない手札があるんじゃないかとあたしは踏んでいる。

 この巫女さんもまだ動かないし逃げるのに疲れ果てるまでもう少し時間がかかるんじゃないのか、なんて考えで敢えて動かず他者に勝手に追い込んでもらおうと踏んでいるんだが…

 勘を頼りに動く巫女さんが動かず、あたしに対して居場所は何処かと聞いてくるような予想外の流れになっている。

 まぁいいか、これはこれで面白い化かし合いだ。

 何と言ったらこの巫女が納得するか、それに頭をつかうのは非常に面白いものだ、惜しむらくは既に返答待ちでそれほど時間は掛けられないって事か…ネタがないが、どうしようかね。

 湯のみ越しに対面する巫女に見つめられて何も返さず頬杖をついていると、湯のみに口をつけたはしたない姿で思いがけない事を教えてくれた。

 

「輝針城って気がするわ」

「なんでまた? って聞くだけ無駄よね」

 

「勘だもの、なんとなくよ」

「そうよね、それなら輝針城だと納得出来るように考えてみるわ、ちょっと時間をもらうわよ」

 

 好きにしたらと言いながらお茶のおかわりを淹れ始める巫女さんに、それじゃあ早速と伝えて縁側まで出ていつもの姿でまったりと煙管を燻らせ始めた。

 この巫女さんの勘が輝針城だと言うのなら十中八九間違いないだろうが、このままでは結果だけで面白い過程がないままだ。紅い屋敷の魔女じゃあないが過程というのは大事な物だ、ここでとちればこの間のあたしのように大事な物を失うなんて事になり兼ねない。

 そうならぬようにはどうするか、納得できる過程を作るか?

 あたしが納得できて巫女が頷くような都合の良い過程を考えてみるか。

 しかしなんでまたあの城なのか?

 湖から人里へ、ついで竹林から人里へと戻った、その次が輝針城で昨日はお山か。

 以前のあたしの読み通りなら今日は静かな所へ行っているはずだが、今日は何処かで見かけたという話も一切聞いていない。そもそも遊びに出かけた少女達の行き先も聞いていないし、向かった先で正邪と出会えたのかすらわからない。なんかこじつけるネタはないもんか、今日の天邪鬼なんて特集記事ではなくてもいいから。

 記事といえばそういや新聞の発行が再会したのだったか、天邪鬼速報として毎日書いては飛び回って撒いているらしいが、この神社にも届けているはずだ。

 新聞を読むのか薪を燃やす火種代わりにして終わりなのかは知らないが、とりあえずあるのかくらい聞いてみよう。

 

「霊夢、煩い方でも喧しい方でもどっちでもいいから今日の新聞なんて残ってない?」

「それで沸かしたお茶を啜ってるの、どっちもよく燃えて重宝するのよね」

 

「重宝するって伝えてあげれば喜ぶわよ? 燃やす前に読んだりしてない?」

「言っといて。あんまり覚えてないけど冥界で今日の連中が遭遇したって書いてあったような、人形がどうこうなんて魔理沙のインタビューもあったと思うわ」

 

 話して乾いてしまった舌を湿らせるように天狗茶を啜る博麗の巫女さん。

 覚えていないというがあたしにとって大事なところはしっかりと覚えていれくれた、それどころか聞き慣れない人形なんて単語も飛び出した。

 正確なところは家に帰れば新聞が突っ込まれているはずだ、購読していないのに毎日届けてくれてありがたいが、文々。も案山子もお試し期間中かなにかなんだろうか?

 人の事を記事に書くと言う割には書かないし、それともあれか、お試し用と購読用で中身が違う物があったりするんだろうか。

 いいや、その辺は後で直接聞こう、とりあえずネタをこじつけてみよう。 

 

 冥界で遭遇したって事はあたしの読み通り静かな所へと向かってくれたわけだ、読みやすいな天邪鬼、もう少しひっくり返してくれてもいいぞ。このまま読み通りなら明日は騒がしい所へと向かえばすんなりと会えるはずだが、今騒がしいのは警戒厳しい里とお山か。

 ここまでの実績からアリそうな気がするって事はこれはないな、二度あることは三度あるや三度目の正直なんて以前考えたあたしの読みは外れて、永遠の主従の答えをひっくり返したお山に現れたはずだ。裏を読んで失敗してるしこの線はないとして逆さ城は何からこじつければいいかね、これは結構な無理難題だ。

 随分前に燃え尽きていた煙草を叩いて落とし、二度目の煙草を込めていると、隣に腰掛けてきて思いついたかと問われた。

 

「前のは数日考えたし、さすがに短時間じゃ思いつかないわ」

「なんだ、紫みたいに答えを知ってるわけじゃないのね」

 

「答えを知ってたら時間をくれなんて言わないわ、多分」

「そうよね、同じじゃなかったわ。紫ならそれらしい事を曖昧に言って投げていくもの」

 

 言われてみればわからなくもない、むしろその通りだと肯定できる物言いだ。

 後付後出し大好きでうんと言ってから本題を話してくることが多い、胡散臭い妖怪の賢者。

 八雲の使いとして地底の流行りを見てこいという時もそうだったし、外の世界での人攫いも後から条件やら博麗の巫女やらを話してくれた気がする。

 それに比べればあたしはマシなはずだ、曖昧にぼやかして話すのはそう変わらないが、あたしの場合は思い込みという曖昧だが迷わないで済む理由を得てから動いて話している。

 思い込みで動くというのもこう考えると随分酷いが、この巫女さんの様にカンを頼りに動けるほど若くもないし行動力もない。そういう勢い任せの行動は出来る人にお願いして、あたしはあたしらしく斜め上や斜め下辺りからこっそり拝めればそれでいい。

 思考通りに煙管を斜め上に堂々と咥え煙を吸って少し溜めてから吐いた頃、隣の巫女が鳥居の先を見つめながら話し始めた。

 

「昼間のお節介も考えてこうだと思ったから言ったのよね? わざわざ魔理沙を吹っ掛けて無駄撃ちさせてとか言ってたし」

「お節介になればいいんだけどね、お節介を活かすかどうかは当人次第だもの。昼間の話なんてどうしたの? さっきの紫さんから繋がらなくて何が言いたいのか、よくわからないんだけど」

 

「紫とは違うけど頭は回るなと思ったのよ」

「褒められた気がするけど、まだ要点がわからないわね」

 

「あんたは嘘ばかりで信用ならないけど、昼間みたいな物言いだけは信用してあげるって言ってるのよ。胡散臭いのと同じくらい、ちょっとだけ信用してあげるわ」

「胡散臭いって飾り言葉のせいで素直に喜べないけど、霊夢に気に入られるなら重畳ね。でもそれくらいでいいわ、毎度信用されたら面白くないし」

 

 人間にも妖怪にも優しくもなく冷たくもない平等な巫女さんに信用してやると言ってもらえる、これはこれは予想外でなんとも堪らないものだ。

 紫さんをどれほど信用しているのか知らないし興味もないが、少なくとも話を聞く価値があるとは思ってもらえたらしい。

 期待は裏切る物だという考えはやめないが物事には例外があるし、平等な巫女さんにちょっとした例外扱いされたわけだし、本腰入れてこじつけるか。

 いや、ココは一つあたしらしくこじつけて返すかね。

 信用するという言葉に対しての意趣返し、それならあたしもまるっと信じてみる事にしよう。

 いつもは胡散臭いやら厄介者やらとしか言わないからか、言いにくい事を言って少し気恥ずかしそうな霊夢に可愛らしい思い付きを述べてみた。

 

「思いついたって程でもないけど、聞いてみる?」

「聞くだけ聞いてあげるわ、何処だと思う?」

 

「輝針城、根拠は霊夢の勘よ」

「なにそれ? 馬鹿じゃないの」 

 

 言葉に対してかぶせ気味で馬鹿と罵ってくれる、しかめっ面の博麗霊夢。

 あたしが思っていた以上に期待してくれていたようで、霊夢の勘に真っ向から乗っかってみたら予想以上に引かれてしまい辛辣な言葉まで頂いてしまった。

 折角評価を改めて貰ったというのにこのままではまたつれない霊夢に戻ってしまう、上手くやれば笑顔くらい見られそうな空気だったが退治されてもいい空気になってしまった。

 こういう時に雷鼓がいてくれればテキトウにノセてもらって上手い事丸め込めるのだが、あいつの重低音は鳴りを潜めてしまい今頃すやすや寝ているはずだ。

 あたしのモノなのに欲しい時にいてくれないとは、早いとこ元気に叩いてくれないだろうか。

 異変の時の様に力いっぱいドラム叩いてもらって、霊夢に煩いと言わせたい。

 その流れでも結局退治されそうだが…ふむ、煩いか。

 これでいいか、放っておいても下がるだけ下手を打っても下がるだけなのだし、あたしは馬鹿なのだから馬鹿でも思い付くようなテキトウな理由でいいか。

 後は口でどうにかしよう、霊夢が勘に頼る人間ならあたしは口を頼る妖怪だ。

 しかめっ面の中央にある浅い谷間に人差し指を宛てがい、寄り目になる霊夢に早速口撃を開始した。

 

「ついでにもう一つ根拠を言ってあげるわ、静かな冥界の次は異変で騒がしかった輝針城へ行く、これで納得して」

「納得してって何よ? それに騒がしかったなんて過去形じゃダメなんじゃないの?」

 

「そこはひっくり返して考えればいいのよ、騒がしくなったをひっくり返すなら?」

「これから騒がしくなるって事?」

 

「そういう事よ。質問に質問で返すのはなんだけど、そもそも騒がしくなるって霊夢の勘が囁いてるんでしょ? なら間違いないんじゃない」

「それはそうだけど、納得するには無理がない?」

 

「あたしからすれば納得出来ない勘なんてのにこじつけてるのよ? それなら納得出来ない根拠くらいしか思いつかないわ」

「納得出来ない勘を納得させる為に、納得させたい根拠を建てたって事よね……化かされてる気がするけど真面目に考えると馬鹿みたいだからいいわ、これで」

 

 あたしの弄した詭弁に対して一瞬だけ勘を働かせるが面倒臭さに負けたようだ、それならこのまま納得してもらおう。

 人差し指を挟む勢いで眉間の渓谷を深くする楽園の素敵な霊夢に、胡散臭いのと面倒臭いのどっちがマシか、霊夢に習い少し前に話を戻して問いかけてみた。

 大差ないと一周されて結果としては同列になってしまうが、誰かに似せた気色悪いと罵られる笑みで眉間の渓谷を広げると、指は払われずに再度大きなため息をついて、谷間を平原に戻しながら期待するんじゃなかったわと呆れ顔を見せた。

 

 本腰入れてこじつけたつもりだったがそれでも期待を裏切るとは、これならはなっから気合を入れてこじつけようとするんじゃなかったかね。自分で弄した詭弁に対して少し真面目に考えようと、あいている片手を口元に宛がうと着物の袖で口元が隠れたように見えたのか、真似はやめろと叱られた。

 はいはいと人差し指で眉間をついて謝ると一瞬惚けてから鼻で笑い、懐からチラリと針を見せる妖怪退治の専門家。愛くるしい笑顔を拝むとまではいかないが鼻で笑う程度には笑ってくれたわけだし、これ以上からかうのはやめておこう。あたしをとっちめたヒーローが作った針なんてもらったら堪らない、指を弾いて三度目の煙草に火をつけ大きく吸って深く吐いて、霊夢の足元に二匹の仔狸とお椀の姫を成し足元で謝らせた。ペコペコと謝りコロコロと転げまわる煙達を見て、ほんの少しだけ表情を緩くしたように見える霊夢。笑ったのかと確認したかったが、誤魔化したのが無駄になると思いそれは聞かずに静かに煙管を燻らせた。

 お人形さんのような煙姫を見ながらぷかりと漏らして首を傾げて思いに耽る。

 なにか他にも考えるような事があったな、完全に忘れているなと。




詭弁を考えるのって楽しいですよね

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