東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十七話 しっぺ返す

 身に触れる風も逸らして真っ直ぐ逸れずにかっ飛んでいく。

 今ならあの記者に追いつけるかもしれない、そんな錯覚も逸らして無心で飛んで拾った楽器。

 着いた時には皆倒れていたが呻いていたから問題ない。

 痛いというなら生きていて生きているなら丸儲けだ。

 お琴と琵琶の姉妹を両脇に抱えて一番でかいドラムは尻尾で巻いて抱きとめて、一人で担ぐには少し重いが選んで背負う者達ではないし少し踏ん張れば問題ない。

 ついでに言えば後は降って病院へと一直線に向かうだけだ、天守閣の屋根を踏み抜いて妖気を流して穴を開けそのままするりと飛び降りた。

 あたしに向かって伸びてくる迷いの竹を迷いなく逸らしてすぐに到着した緊急病院、腕も尻尾も塞がっているため戸にブーツを刺して強引に横に蹴飛ばした。

 靴も脱がずに上がろうかと片足上げて一瞬止まる。

 それはさすがに失礼だ、モゾモゾと両足を擦りブーツを下げていくがきっちり縛って編み上げた物は解けず、どうしたものかと悩むように顔を上げるとそこにいたのは永遠の主従。

 呼べば早かった‥‥

 

「何故そうなっているのか、話は後で聞くからそのままでいいわ」

 

 あたしの主治医の言葉を受けてそのまま上がり込み何も言われずベッドへと向かう。

 永遠亭にはマメに顔を出しているが、ほとんど来なかった永琳の診察室。つい最近強制入院させられるまで、中がどうなっているのかすらわからなかったが入院経験があってよかったなと実感した。

 何事も経験か、こうして力業で運ぶのも焦って声をかけるのを忘れるのも後々で恥ずかしい笑い話に出来ればいいなと強く思う。

 三人それぞれベッドに降ろして後は主治医に全て任せた、話は後でと言われたけれど実際の所は話せる事がない。天狗の記者の盗み撮りに映って焦って拾いに行って来ました、これくらいしか話せないがそれを話して何となるのか?

 よくわからずに小首を傾げていると、いつもの縁側辺りで優雅に座るここの主に声を掛けられた。

 

「私が死んでも嗤うだけなのに、身内が傷つくと慌てるのね」

 

 自ら望んで殺し合いを楽しんでいる元人間が何を言うのか、そっくりそのまま言い返すと偶に死なないと生きている実感が持てず、自身が何か別のモノに成り果てているんじゃないかと考える事もあるそうだ。

 悩みなどなさそうな永遠のお姫様らしくない弱気な物言いに目を丸くしていると、疎まれ恐れられ続ける限り生きて、忘れられたら終わりがある、終わりのある終わらない存在と言えるあたし達妖怪連中が少し羨ましいとも言っていた。

 他人から見れば輪廻を離れて不死という喉から手が出る身体だが、当人からすれば毎日が幸せというものでもないのかもしれない、楽しむものもなくなって暇を持て余す事しか出来なくなっても終われない、それも一つの地獄なのかね。

 いつか言っていた大罪人という言葉、終わらない刑罰が暇だというのならあたしでは耐えられないなと淑やかに笑む姫を見て少し真面目に考えていた。

 

 雅に微笑む姫を見ながら粋に煙を楽しんでいると仕事を終えた名医が戻る、連れ込んでからそれほど時間が経っていないが永琳が終わったというのなら無事に終わったのだろう。

 ありがとうと素直に述べると容態は聞かないのかと問われた、余程のことなら永琳から話してくれるだろうしそうなってはいないのだから大した傷ではないはず、だから聞かないと言ってみると血で汚れた白衣を脱ぎ捨てながら執刀医自ら経過を話してくれた。

 外傷自体は其程でもないが叩かれ方が厄介らしい、外から流れる雷鼓達の魔力。

 それを一時的に吸われて動けないようだ、原因として上げられるのは大本を作った物で物理的に叩かれたからという事らしい。

 ソレが何か知りたくないか、薄く笑んで問いかけられたが心当たりがあるから問題ないと突っ返すと、この間鳥獣伎楽の二人が入院していた時に見せた感心するような顔を見られた。

 永琳の顔を見て小さく笑う輝夜姫、初めて会った時の約束を守ってくれていて嬉しいわと、よくわからない事をのたまった。

 また要らぬ難題でも吹っ掛けられたかと真剣に悩みぼんやりと思い出した。

『永く私を楽しませてね、友人なら友人の頼みは聞くものよ』

 互いに名前で呼び始めた時にこんな事を言っていたなと、他者に対して感心する月の頭脳など珍しく滅多に見られない楽しめる面白いものかもしれない、それに気づいて姫と笑い合うと何の話と首を突っ込まれた。

 貴女が迎えに来る前にアヤメに課した難題の事、表情変えずに話す輝夜が大昔の口約束を得意の難題へとすり替えてきた。

 終わりの見えない難題など本当に無理難題だ、やり甲斐ばかりで堪らないなと輝夜と顔を合わせてウインクし返していると、小さく悩む天才の姿も見られるようになってこれも中々可笑しかった。

 不死の主従二人に笑われる事は多々あるが、姫と二人で天才を笑いものにする事などそうない、この時ばかりと笑っていると話題を変えるように月の頭脳が再度容態を語り始めた。

 

「魔力の供給源次第だろうけど、それほどかからずに動けるようになるわ」

「横から掻っ攫われて骨抜きか、正邪も案外お上手なのかしら?」

 

「後半は知らないけど、はっきり言い切るなんて珍しいわね」

「謎解きの最中だったから思い付くのも早いのよ、ついでに言えば次のお祭り会場もなんとなくわかるわ」

 

 霧の湖から始まり妙蓮寺の参道と続いて、迷いの竹林で騒いだ後また妙蓮寺の墓場に戻った天邪鬼、昨日現れたのは雷鼓達のいた輝針城。

 なんとなく法則がある気がしていた、人っ気のない湖から人っ気のある寺へと移り人気のない竹林から再度人里の寺へと戻って逃げまわる逃走経路、動と静をひっくり返しながら逃げ回っているのなら静かなお城の次は騒がしい所に逃げるはず。

 今騒がしいのは二度の襲撃を受けて警戒厳しい人間の里か、住んでいる連中総動員で警戒網を敷く妖怪のお山のどちらかだろう。二つに絞れてはいるがどちらに出るかは読みきれないってのが玉に瑕だ。

 あたしなら三度目の正直や二度ある事は三度あると考えて里に行くがそれをひっくり返せば妖怪のお山になる、警戒を強めた里を出し抜いて高笑いするのは気持ちいいだろう。

 けれどこれをひっくり返して考えれば? 警戒地域を増やしてやろうと妖怪のお山に顔を出すかもしれない、騒がしい場所が増えれば探さないとならない場所も増える、逃げるのならこっちのほうが都合がいい。

 どちらがより天邪鬼らしい考えなのか、難題について考えていると一つ思いついた。

 自分一人で考えて悩むなら他人に答えを任せてみよう、上手くいったら儲けモノでダメだったなら他人のせいだ、責任もなく気楽に楽しめる。

 

「二人に難題を出してあげるわ」

「なに? 急に」

「いいじゃない、偶にはもらってあげるわよ」

 

「人と妖怪、馬鹿にして笑うならどちらが簡単かしら?」

「単純に馬鹿にするだけなら人ね、馬鹿にし続けるなら妖怪相手の方が簡単だけど」

「同じく人よ、難題なんて言う割には難しくないわね」

 

「そうよね、やっぱり。ありがと、難題解けたわ」

 

 二人から当たり前の回答を貰えてスッキリしたところで出掛けてくると縁側から飛び立つ、飛ぶ背に向かいまた土産話を寄越せとぶつけられた。

 振り返りもせずに左手を振って答えそのまま答えの場所へと飛んだ、難題に慣れたお姫様と月の頭脳が言うのだからあたし程度の考えよりも正しい答えであるはずだ。

 

~少女移動中~

 

 そこかしこでカァカァワンワンと煩くなっていそうな集落、向かった先は地底に置いてきて完全に忘れていた天狗記者の巣。

 二人が人と言ってくれたお陰で悩まずにひっくり返せた目的地である妖怪のお山、来たついでにもし帰って来れているのなら謝っておこうと戸を叩くと機嫌よく迎えてくれた。

 花の咲くような笑顔で迎えられて鬼二人に壊されたのか、申し訳ないことをしたと謝ってみたのだがどうにも逆に気に入られた事が嬉しいらしい。

 鬼に気に入られて喜ぶ天狗がいるなんて、やっぱり壊れたのかと訝しんでいるとカメラに残した写真をいたく気に入られて上機嫌なんだそうだ。

 また知らぬ所でと文句を言うと、気に入られたのはいつか念写した日ノ本の原風景であんたじゃない、自意識過剰もいい加減にしろと窘められてしまった。

 返す言葉もなく気恥ずかしいが今以上に恥ずかしい事を言った気がするので気にせずに、謝罪ついでに念写を一枚お願いしてみた。

 

「なんでまた椛の居場所なんて、能力解けばすぐに来るんでしょ?」

「普段ならね、あんたと違って御役目中は相手をしてくれないのよ」

 

「椛に構って欲しいの? 萃香様じゃあるまいし」

「あの娘の側が一番手っ取り早いでしょ? はたての念写じゃ進行形で動く相手を追い切れないわ」

 

 謝罪し頭を下げた時に下がった眼鏡を戻しながらあの子の目を利用したい旨を話してみる、気楽にパシャッと一枚取って映った景色は河童と天狗の決戦場だった。

 天狗大将棋の対戦相手であるにとりはいないが崖の先端に剣を突き刺し両手で柄を握る椛が映る、凛々しい瞳で遠くを眺める白狼天狗。

 背筋を伸ばし山を望んでいる姿は堂に入っていて一枚絵の少女のように見えた、写真に少し目を奪われていると怪訝な顔でネタ帳を開いている記者から質問を受けた。

 

「追うって天邪鬼が来るって事? なんでわかるの?」

「捻くれ者同士分かるのよ」

 

「答えになってない、もう少し記事に出来そうな言い方してよ」

「そうね……天才の読みをひっくり返したから、そんな感じ?」

 

 大差ないわとパタンと音を立てて落書き帳を閉じるスポイラー、記事にしてくれても構わないがそれを鵜呑みにされて動かれてはあたしが動きにくくなる、それは面倒くさい。

 淹れてくれたお茶を啜りつつあの後地底であった事を少し聞いてインクの匂い漂う部屋を眺む、あの原風景の写真が写真立てに収まっているはたての仕事場も嫌いじゃないなと部屋を見回すと、昔撮られた色々な写真が飾られていた。

 が、今は時間もなくゆっくりしているといいところで逃げられそうだ、写真に集中するのは落ち着いてからにしよう。警戒するならあっちの記者の巣近辺を、そう伝えると言われなくともと返事が返ってきた。育ての親が二人もいれば妹烏が危ないなんて事はないだろう、保護者は大変だと言い逃げして生真面目天狗の元へと飛んだ。

 

 数分飛んですぐに着く見慣れた崖の決戦場。

 変わらずにある将棋盤と大きな赤い番傘の下に腰掛けて、崖から山を睨み白い尾が揺れる様を見やる、お山に吹く春風に揺れて揺蕩う綺麗な尻尾。

 集落に寄る前から能力使って逸らしたままで今もまだ気が付かれていない、千里を見つめる瞳には映っているはずだが注意すべきと意識されないあたしはやっぱりズルいのかね?

 自問自答しながら一服を済ませて将棋盤の角で煙管を叩く、カツンと乾いた音を聞いてピクリと耳が小さく跳ねた。

 今ので気がついたはずだが振り向きもせず声も掛けてきてはくれない、つれないだけなのか関わるとまた面倒だとでも思われているのか、わからないからあたしから絡んだ。

 

「今日もお仕事大変ね、探しモノはなにかしら?」

「昨日はたて様に苦言を呈されていたのに、懲りない方ですね」

 

「帰れと言われたり来るなと言われたりすると、来たくなったりするものよ」

「お尋ね者とかけた物言いをされても、私は何も申し上げませんよ」

 

 絡んでいっても構って貰えず真面目に御役目をこなす山のテレグノシス、他の天狗が走り回る中一人佇んで集中しているって事は観測レーダー代わりか。

 空を飛ぶ見慣れない烏天狗達と小さな仕草で連絡を取り合っている、下っ端と言われてはいるがこの子の能力は一級だ、その辺りは上司である烏共もわかっているようで入れ替わりに見知らぬ天狗が視界に入った。あっちこっちに飛び回り警戒するのは大変だろうに、あたしと同じようにこの子に目は任せてまったりする者はいないのかね?

 

 一羽思い付く者がいるがあれは住まいから出てこないか、生真面目で苦手だと言う割にこの子のピンチには現れるオカン天狗。今は椛以上に心配なのがいるしこっちには姿を見せないだろうな、なら代わりにこっちは見ておくか、目を借りる御礼代わりだ腕でも足でも頭でも貸して押し付けよう。真剣な表情を崩さない椛に向かって煙を吐く、背に辺り広がって尾で散らされて更に周囲に撒かれる煙、構ってくれない天狗様に煙を吹いて嫌がらせしながら再度絡み始めた。

 

「椛レーダーに反応がないとつまらないわね」

「何もない事が重畳なのですが……これは?」

 

「厄を振りまく春神様でも見えた?」

「現れました、私も‥‥」

 

 飛び立とうと地を蹴る瞬間に煙で巻いて緩く捕縛すると牙を向いて睨まれた、邪魔をするなと吠える狼殿。捕食者に睨まれて随分と恐ろしいが縛を強めて口角を上げると、お願いしますと耳を垂らして頭も垂れた。らしくない御役目放棄をしかけたから止めたというのに、お願いではなくありがとうではないのかと椛に言うと難しい顔をされてしまった。

 

「観測点が動いちゃダメよ、偶には上司をこき使ってあげなさい」

「しかしそれでは」

 

「ただの烏なら替えが利くわ、万一の事があれば天魔も神様連中も動くでしょうし、真面目に御役目は守りなさい。ついでに少しあたしに付き合いなさいよ」

「そうなってからでは遅いのですが‥‥」

 

 縛を解けずに諦めの千里眼で睨んでくれる白狼、笑みを変えずに睨まれていると視線があたしから空の方へと向けられた。椛の視線を追って見上げれば腕組みしている伊達男が遠くに見える、この子の配置はあの時の大天狗の考えか、悪くない手腕を振るうじゃないか。煙で囚われ動けない白髪と、それを捕らえるあたしの灰色の髪を見比べ何か片手で仕草をしてすぐに飛び立ちいなくなった。

 

「離していただけませんか? 待機と言い渡されたのでもう動けませんし」

 

 言葉を受けて煙を掻き消す、軽く両袖を払い座を組んでその場にしゃがみ込む椛。

 

「そういえば何が見えたの?」

「天邪鬼と交戦する狸殿、囃子方様のご同胞の方が侵入し去っていったようです」

 

「マミ姐さん? お山の狸達の様子見にでも来て出くわしたってところね、きっと」

「そのようです、天邪鬼を捕らえに来たわけではないようですが……化け狸とは皆そうなのですか?」

 

 全員が全員そうではないと思うが少なくともあたしと姐さんは捕まえる気があまりない、あたしは逃げまわっているのも見ているのが面白いし、地蔵を盗まれた姐さんも宴会では儂もしてやられたと笑っていた。 

 狸の御大将を化かして愛用品を盗み出す天邪鬼なんて姐さんが気に入りそうだと手に取るように分かる、さっきのも出くわしてやられたから応戦した程度でそれっぽい形を見せただけだろう。

 その辺はなんでもいいさ、後で聞けば良い話だ、返答待ちだしテキトウに答えて次を探してもらおう。

 

「全てとは言わないけど姐さんとあたしは椛の考えた通りだと思うわ、それより天邪鬼の動きは?」

「狸殿を撒いてからは‥射命丸とはたて様二人を相手に逃げているようです」

 

「あの二人を同時に相手取るなんて、やるじゃない」

「正確には追い詰めない二人を馬鹿にして……大天狗様が合流したようですね」

 

 追い詰めないというより追い払っているだけなのだろう、攻めずに守るなどあの二人らしくないが守る相手がいるのならそうもなるか、本当にお母さんは大変だ。

 それよりさっきの色男が合流したか、これで流れが変わるか? 出来れば出会う前に盗品を消耗させてくれるとやりやすいのだが、こころを連れて出会った時に見せてくれた風の拳なら多少は、多分。

 烏天狗に支持を出して忙しそうな椛の実況を聞きながらまったり煙草を味わっていると、大盤振る舞いしている天邪鬼の姿が目に浮かぶ、多勢に追われて閃光弾をばら撒き紫の傘で位置を変えていく天邪鬼。

 幽々子の提灯や姐さんの地蔵は既に種切れのようだ、文達にやられたかそれよりも前に使い切ったか。小槌で変えた元のアイテムまで使い切らせたのは誰なのか、少しだけ気になった。

 

「もう直に肉眼で見えるように‥‥来ます!」

 

 数十羽の烏に追われ玄武の沢からの援護射撃を受けている天邪鬼が見えた、右手に持った紫さんの傘を使い空間転移し烏団の背後に回り河童との同士討ちを計ってみたり、左手に携えた誰かの煙管で弾幕の雨を逸らして烏へと向かわせる大泥棒。

 上手く使うなとクスリと笑うと目の前で同胞が落ちて我慢しきれなくなった椛が吠えて空へと駆けた、咆哮に気がついて椛を見つめる鬼人正邪。

 椛の背中越しに見えた二枚舌と下卑た笑い。

 先日墓場であたしに見せた可愛さ余って憎さたっぷりな表情だ、楽しそうに笑ってくれて何よりだ。大天狗と椛で挟み下からにとり達に打たれるこの状況、あたしが混ざれば四面楚歌ってところか? ならまだだな、逃げ場がないとひっくり返されたらあたし達の逃げ場が死ぬだろう、三者のどれかが落ちてからいくべきか。

 

 番傘の下で派手な花火を見上げる、爆風とお山の風でスカートがはためき乱れるが気にせず見上げて薄笑い。

 風の拳を振りぬいては天狗のカメラでそよ風以下に抑えられていく、人間の言う円月殺法のように空を切り『の』の字に見える弾幕をばら撒いて上司のフォローをする白狼天狗。

 二人の隙を縫うように岩を穿つほどの水圧に高められた水をばら撒く河童団、それらに追われてだんだんと逃げる先を誤っていく天邪鬼。これなら出番はないかもしれないな、葉が燃え尽きて盤で叩き新しい葉を煙管の先で受けた頃、天邪鬼が姿を消した。

 

 陰陽の印を今の今まで居た宙に残して消えた天邪鬼に気を取られた椛、その背後にこれまた唐突に浮かぶ陰陽の印。二つの印を見比べて止まる椛に背後の印から大きな小槌が振り抜かれる、綺麗な白髪が散らされそうになるその瞬間に小槌を受けたのは風を腕に纏わせた大天狗様。両腕で受けた一瞬は天狗と正邪で拮抗し静止したが、小槌の質量と勢いに負けて河童連中の元へと撃ちぬかれて墜落していった。

 一度で二枚を落としてほくそ笑む天邪鬼が椛に振り返り二枚舌を見せると、舌を裂く勢いで見えない刃が二人の間を駆け抜けた。愛する妹はもう一人の育ての姉に任せてこっちに来たらしい、格好良く主役が来たところだ、そろそろ脇役も舌を出しに行こう。

 

「あやや、先ほどの瞬間移動は素晴らしいですねぇ、早いとは感じませんでしたがこの私の目でも捉えきれないものでした。是非ともタネを教えて欲しいですねぇ」

「三流記者に話す舌は‥」

 

「霊夢の盗品、かしら?」

「あんた、私の忠告は‥‥いや、今言う事じゃないわね、盗品といい姿を見せた事といい後で色々聞かせてもらうわ」

 

 椛を下がらせて小悪党と対峙する黒い主役に並んで二枚舌に代わり答える。

 眉を潜めてあたし達を睨む天邪鬼を見ながら、文へと向かう意識を逸らしてあたしだけに意識が向かうように話し始めた。

 

「三下は何処にでも現れるのよ、ねぇ正邪? 細い体の何処にしまってるの? 胸の膨らみは陰陽玉? それとも爆弾? 硬いとお相手にがっかりされるわよ」

「私にやられて色呆けしたのか? 情けないなぁ古狸! 昨日の付喪神連中の方がまだ口が達者だったぞ」

 

「そっちの御礼も言わないとね、あたしの鼓を下手に叩いてくれてありがとう。御礼は何がいいかしら?」 

「お前の? あの煩い太鼓か、躍起になって煙管を狙って来たなぁ‥失せ物を取り返してこいとでも命令したか? 強者さんよぉ」

 

「すでにあたしの煙管じゃないし、上手に使ってくれているからそのままあげるわ」

「あぁん? ならあの太鼓は犬死にか、ザマァないなぁ。私の小槌に吸われて栄養だけくれたってわけだ、美味かったと伝えておいてくれよ」

 

「知らない所で食べられてあの娘も浮気症で困りものね、元気になったら叱らないと‥その為に小槌の魔力、返してもらうわ」

 

 右手に小槌左手に煙管を携えて心から煽ってくれるがそれどころではない、煙管狙いとは初耳だ。取って来いとも言っていないし失くした事を責めてもいない、なんでまた取り戻そうなどと?

 正邪を放置し左手に持ったままの煙管を眺めていると、舐めるなと小槌を振りかざしてあたしに迫る矮小なる反逆者、逸らしもせず薄笑いのまま眼前に迫る小槌を見ていると、あたしに触れる前に何かに阻まれた。

 轟々と風切り音を立ててあたしの髪や頬を切る風の盾、天邪鬼の細腕ででは抜け切れず大きく弾かれ小槌に体を持っていかれてそのまま手放した。

 二枚の舌で大きく舌打ちし小槌を追いかけ手を伸ばすが、あたしに逸らされて小槌は揺れて手元から逸れていく。そのまま瓦礫の目立つ玄武の沢へと着水し大きな水柱を立てて沈んでいく小槌を三人で眺め、あたしへと視線を戻した所で知恵熱出していた中で考えた褒める仕草を取って見せる。

 お疲れ様だ天邪鬼、下卑た笑いを見せてくれるのはいいが本当に舐めていたのは誰だったのかね、仕草で教えてやるように右手の中指を立て頬を伝う血を舐めて、三下の道化らしく意地悪く笑んだ。

 再度舌打ちが聞こえた後陰陽の印が浮かびそのまま消えていく鬼人正邪、顔を逸らされていた為表情はわからなかったが、驚きを提供したわけだし出来れば笑んでいてほしい。

 お尋ね者が逃げるのを一緒に見ていたあたしの友、黒い翼を二度羽ばたかせて隣に佇む頼もしい友人がこれでいいのかと問いかけてきた、文こそ捕まえなくていいのだろうか?

 

「返してもらうって聞こえたからそうしたけど、捕まえなくていいのね?」

「文こそいいの? ご褒美でるわよ?」

 

「あれがいればネタに事欠かないもの、あれがご褒美みたいなもんよ」

「そう、あたしも似たようなものよ。面白い物は長く楽しみたいじゃない、気に入らないところは潰すけどね」

 

 小槌が水没した辺りを見下ろすと水面に浮かんで沢の苔石に引っかかり浮いている小槌と、それに手を伸ばしては逸らされて沈んだり回ったりしている河童と大天狗が見える。

 あれに撃ち抜かれてもすぐに動ける色男と、爆心地にいたはずのにとりやおかっぱ河童達、あれくらいで死にはしないだろうがそれでも元気なものだと笑んでいると、集まり始めた烏天狗に囲まれてしまった。

 気がつけば文はおらず輪の中にはあたしに対して剣先を向ける生真面目天狗、ウインクすると顔を背けられてしまい相変わらずつれない態度を見せてくれた。

 今は御役目通りに動いて捕物に混ざっているのだろう、それなら偉そうに言った手前もあるし椛にお縄を掛けてもらおう。

 

 葉を込めただけで火を入れていない煙管に火を入れて咥える、空いた両手を椛に差し出すと訝しげな顔で両手を括り始めた。下の方で妖術をやめろと煩い大天狗がいるが、その声は無視して椛毎下降し縛られた手で小槌を拾い上げた。

 両手に風を纏い逆巻せて寄越せと脅してくるが風向きを逸らして散らし、科を作ってイヤと戯けてやる。どうにかしろと縄の先を掴んでいる天狗に命令するが、椛がどうにか出来るならどうにかして見せてほしいものだ。

 魔力の感じられないスッカラカンな小槌を尻尾の代わりに振って、ぼんやりと考えていた。


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