東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十六話 5日目のアヤメ、灯火する拳を思う

 朝一番から来てみたけれど、いつもと違って騒がしい。

 あっちを見れば烏天狗が飛び回り、こっちを見れば白狼天狗が地を駆ける厳戒態勢の妖怪のお山、水辺の警護は河童連中が任されているらしいが森の景色に擬態した河童も中にはいて、目にも耳にも煩い変な景色が視界に入る。

 本当であれば逸らすなどして姿を見せずに動いたほうがいいのだろうが、普段静かな天狗衆が騒ぐ妖怪のお山というのも面白くて、いつも通りに逸らさずにいたらあれよあれよと囲まれてしまった。生真面目白狼のグループではなかったようで、剣と葉団扇を突きつけてくる面識のない天狗が多くて些か困ってしまったが、後から現れた天狗記者のお陰でどうにか容疑者扱いから逸れてさっさと帰れと開放された。

 

――文から聞いているくせにわざわざ怪しまれに来るなんて、何考えてんのよ!

 

 頭から生やした茶色の二本尻尾を揺らして叱ってくれる救世主様。

 危機を救われ助かった、丁度いいところに来てくれたと心にもないお世辞を述べると偶々見つけただけだとカメラを握り教えてくれた。文に撮らせた写真でも見たのかね、古狸の悪巧みについてこっちの記者も興味があるらしい。 まだ何も企んではいないが期待してくれるのなら煙らしく斜め上に浮かんで期待に応えたい、もう一人の喧しい記者とは違って真正面から叱ってくれるお優しい天狗様に、これから遊びに行かないかとデートの誘いをしてみると随分と悩んでくれた。

 文のネタを横取り出来るが上司からの命令もある、そんな所で悩んでいるのかね。体を揺らして黒い袴をひらりひらりとしながら悩む今時の念写記者、視線が気になるならいくらでも逸らす、そう言って釣餌を増やすとすぐに食いついてきた。

 誘ったあたしが言うのもなんだが上司の命令はいいのかと問うと、普段から外に出ないから御役目なんて振られない、頭数にすら入ってないと天狗らしくないお言葉を頂いた。

 それでいいのかと訝しんだが、本人がそれでいいなら特に言うこともない、行き先を教えない楽しいデートと洒落込もうと少し飛んで目当ての大穴。

 後ろをついてくる天狗記者の事は気にせずさっさと行こうとすると、ちょっと待ったと手を取られて結構な力で引き止められた。

 

「あんたの行き先って地底? さすがにちょっと」

「何か問題が?」

 

「お山の中くらいならって思ったんだけどさ」

「ならいいわよ? 初々しいスポイラー記者さんは篭ってネタが降ってくるのを待ってればいいわ」

 

 引き止める手を払い一人でだらだらと降っていくと暫くしてから追いついてきた、ちらりと顔を覗くと何やら顔色が悪い。いなくなったはずの上司がいる幻想郷の地底世界だ、顔色が悪くなっても仕方がないのかもしれない。

 

「ねぇ、その逸らすってのはどこまで効くの?」

「あたしが逸らせると考えるものならなんでも、お山でも視線を感じなくなったでしょ?」

 

「それってつまり見られなくなるって事よね?」

「ちょっと違うわ、見られても気にされなくなるって事かしら。あの木桶みたいに目が合っても気にされなくなる感じよ、あたしから触れたらバレるんだけどね」

 

 降っていく最中先ほどすれ違ったキスメを見上げて指を指す、いつもなら襲撃という名の歓迎をされるのだが今回は目的の姐さんに会えるまでは能力は解かずにサクサク降りていくつもりだ。

 木桶をスルーし土蜘蛛の罠も避けながら、ちゃっちゃと辿り着いた地の底でフラッシュを焚いて景色を取っていく新聞記者、いつか譲ってもらった原風景の写真ではないが文よりもはたての方が景色や物を撮るのが上手いと思える。

 数枚撮っていく中で少し覗き見してみたが映っているのは苔が緑や青に淡く光る洞窟内の幻想的な風景写真ばかり、景色を切り取ったというよりも構図や角度を考えていて瞳に映るよりも良く写しているように見られた。

 何度かはたてに顔を寄せて液晶部分を見ていると不意に画像が切り替えられた。

 カメラを操作し何を写すのか見ていると、人里の騒がしい夜の中で楽しげに笑う灰色髪と赤い髪が画面に表示される。

 こっちの記者もあっちの記者も記事の写真には使っていないが保存はされているようだ、後で焼き増ししてくれとお願いするとダメだと断られてしまった。

 昨日の亡霊姫のようにイーッと歯を噛みあわせてケチと呟くとそれもパシャリと念写される、眉間に浅い谷間を作り隣の顔を少し睨むとそれも撮られて笑われた。

 

「こういう顔もするんじゃない、頼んでも薄笑いしか撮らせてくれないんだから」

「言ってくれれば泣き顔でもなんでも見せるわよ?」

 

「作った顔じゃダメなのよ、こう、自然な被写体を撮るのがいいの」

 

 普段とは違う伝統的な烏天狗の装束に身を包み胸を張って写真を語ってくれる、一芸に秀でたものがそれについて語る姿は様になり見ていて面白いものだ。

 朗らかに笑んで構図がどうこう光の指し方がどうこうと色々と話してくれて、これが自然な表情かとじっくり見ていると鼻を鳴らしてくれた。暗い洞窟内でふんぞり返る引きこもり。

 これはこれで絵になるなと思い、もう一人の記者がよくやる両手の親指と人差し指を長方形にする印を組み片目を瞑って覗いてみた。

 顔を入れようとすると下半身が映らず手を捻って印を立てても景色が入らず難しい、距離を取れば綺麗に収まるかと後ろ飛びして少し離れると背中にトンと当たるモノがあった。

 洞窟の鍾乳洞にしては柔らかい、あたしの腰より少し上くらいまでしかない柔らかな何か、振り向いても何もおらず気のせいかと再度振り返ろうとすると印を組む手に小さな手が掛けられた。

 

「天狗を撮るなんてどんな遊びだい? 私も混ぜてくれよ」

 

 掛けられた手に引っ張られてファインダーを下げると被写体として収まったのはこちらを見上げるへべれけ幼女、いるかもと思っていたが案の定こっちにいたらしい。

 見上げて笑う幼女を覗いている方の瞳を瞑ってシャッターを切ってから、印を解いて全景を見ると洞窟の苔も真っ青な顔になった今時の新聞記者が見えた。

 

「写真について先生からご高説を拝聴していたの、結構面白そうね、写真って」

「先生ねぇ‥‥私にも教えてもらえるかい、姫海棠?」

 

 身体に似合わぬでかい瓢箪を煽って酒気たっぷりの息を吐く幼女、素面でいる所を見たことがないからこれがいつもの姿だが今日はいつも以上に楽しそうだ。

 昔可愛がっていた部下を見つけて面白がっているのかもしれない、絶対的な何かを感じ取れる狡猾な笑みではたてを小さくしていく鬼っ娘。何もしていないのに恐怖を煽って何がしたいのか、何が楽しいのかを少し聞いてみた。

 

「瓢箪煽るより天狗を煽る方が楽しいの?」

「煽っちゃいないさ、こいつらが勝手に畏怖してるだけだ」

 

「何がそんなに怖いのかしら? まぁいいか、あたしにはわからない事だろうし。萃香さん、勇儀姐さん見なかった?」

「勇儀? いつもの所で騒いでたが‥‥なんだい、また勇儀か! たまにゃ私を構ったらどうなんだ?」

 

 いつものところで騒いでたって事は既に宴会でたらふく飲んできたって事か、酔っ払って絡んでくるんだ、随分と回って気持ちがいいらしい。

 さらりと構ってくれと甘えてみたり普段よりは確実に酔っ払っている酒呑童子、甘えるなんて見た目通りに可愛いなと、にこりと笑むと米噛みに小さな筋を立てて右手であたしのシャツとインナーを引っ張り始めた。

 引っ張ったまま手を捻られてプチっとボタンが二つ程飛び幼女の顔に当たる、不意に当たったボタンを避けようと片目を瞑った時に腕を摘んで少し睨むと口角を上げて下衆に笑う顔になり始めた。

 悪酔いしてるらしい、勘弁してくれ。

 

「お、構ってくれるのか。珍しいねぇ、何時ぶりだ?」

「身が保たないから勘弁してよ、それより用事があるんだけど‥‥」

 

 そう言うなよと左拳が振り上げられてそのまま顔面に向かい飛んでくる、逸らしたところで掴まれていては逃げ切れない。仕方がないと煙管を取り出し受けて流しそのまま煙管を右手にねじ込んだ。煙管を折る勢いで梃子で回してシャツとインナーを破り縛を解くとやるじゃないかと高笑いする悪酔い小娘、ロリババァの癖に酒に飲まれて暴れるなど年甲斐がなくて困りモノだ。

 一度こうなるとひと暴れするまで止まらないだろうしさっさと逃げて押し付けよう、幸い居場所は聞いているし酒の肴を持ってきたと煽ればどうにかしてくれる‥かもしれない。

 

「はたて、本気で逃げるわ」

 

 青い顔で固まったままの天狗の記者に声をかけるとそういやいたなと標的を変える伊吹童子、はたてのお陰で目標が逸れて逃げるのが少し楽になった、ありがたいそしてすまない。

 表情を青くしたままのはたてに向かい伊吹瓢がぶん投げられるが、少し逸らして装束を削る程度で済んだ。ちぎれた右腕の袖を見て気が戻ったらしく青い顔に赤い瞳であたしを睨み旧都に向かい先に飛んだ。

 逃げるなら逆だと思うがお山に逃げても捕まるだけだと踏んだのか、写真を撮る事に夢中になっていて気が付かなかったが意外と旧都の近くまで来ていたらしい。

 バック飛行で逃げながら入り口の橋へと下がっていくと、追いかけて来ていたはずの幼女の姿を見失う。撒けた?

 なんてことはないなと少し曲がった煙管を咥えて煙を漂わせて周囲を警戒すると、背を預ける欄干の上辺りにあたしの煙ではない霧が萃まるのを感知できた。

 右の肩から頭だけを実体化して体制など関係なしに振るわれる鬼の豪腕を、能力で逸らすと橋毎振り抜かれて足元が爆ぜた。

 早さと勢いのせいで殴られた場所だけが削り取られたような跡を見せる橋、こんなのもらってたまるかと空へと逃げて再度煙を漂わせた。

 あたしを包むように煙を撒いて簡易の結界を敷く、感知結界の中で次は何処から来るのかと警戒を強めると、橋の朱色以上の赤で真下が真っ赤に染まっていく。

 可愛い地獄烏ほど高温にはならないがこんなのもあったなと、下方に煙を集めて壁を作り耐えると開いた上から降ってくる鬼の暴力。

 指二本くらいであたし一人隠れられそうなサイズの拳が降ってくるが、あたしの身体に触れることなく吐いた炎と煙の中に突っ込んで地面に当たらず霧散していった。

 

「防戦一方だなぁ、殴り返してくれたほうが楽しめるんだが」

「手待ちの受け身が持ち味だもの、ブレなくていいでしょう?」

 

 普段よりも密度の薄い透けて奥が見える鬼の四天王、口内に生やした牙を見せて煽ってくれるがやる気はない。酔客相手の女郎でもなし、まともに構っていられないがどうしたもんか。

 捌くくらいならいくらでもやっていられるが霧を晴らせるほど拳に自身はない、酔いが覚めるまで付き合うにも今も嗤って煽っているし…

 薄い萃香を睨み斜に構えて見せる、殺りあう時の基本姿勢を取ると口角を上げて色を濃くしていくお山の御大将、上げられた口角に合わせて煙管を差し出し強く握って二つに折った。

 

「萎えるねぇ、それとも余裕かぁ? あまり小馬鹿にするなよ」

「勘弁してって言ってるでしょ? やる気はないのよ、酔っぱらいの相手なん‥‥」

「それが小馬鹿にしてるって言ってんだぁ!」

 

 色濃いままに大きく育っていく大江山酒呑童子、なんでこんなに怒っているのか? 本当に構ってほしいだけならここまで悪酔いしないと思うが、なんて考えている余裕はなさそうだ。

 育ちきってふんぞり返り右手をゆっくり回し始める巨大幼女、この雰囲気は確かあれだ、三歩なんたらとかいう四天王奥義ってやつだ。

 勇儀姐さんの場合は三歩進んでぶん殴る、こいつの場合は三発殴るだったか? 大昔に三発目で死にかけてそれ以降は知らないから三度殺すまで殴り続けるだったらどうしようかと少し悩む、悩んでいる間に拳が迫るがあたしに触れずに空を殴り拳の甲を紅く染めた。

 あたしの血でも鬼っ娘の血でもない、でっかい拳が空気の抵抗に勝って摩擦熱で炎を散らしただけだ。空気を燃やして拳が一瞬松明のように燃えて見える勢いとは、本当に規格外で厄介だ、全く何度も見たいもんじゃあないなんだが‥大昔はこれに気を取られて三発目で殴り散らされたが一度見てればなんちゃない、こうして逸らしていなせる分姐さんの拳よりは怖くないし今も逸らして確かな確信を得た。

 この拳はあたしには届かない。

 

「一方的な嬲り合いなんてらしくないわ、持ち合わせがないから買わないって言ってるのに」

「酔っぱらいだからわからないね! 酔った勢いで間違う事くらいあるだろうよ、いいから付き合え」

 

「見た目幼女の我儘に付き合うほど暇じゃ……」

 

『―――――――!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 旧都を彩る町並みの屋根を吹き飛ばすほどの大爆音、見上げても見えない地底の屋根を声だけで揺らしてパラパラと土を落とさせる鬼の雄叫びが地底に轟く、大気を震わせる身内の声を聞いて二発目の拳を振り上げていた鬼酒呑の拳が止まった。

 全身にビリビリと奔る咆哮をまともに聞いて随分と耳が痛いが、それを無視して多分声のしてきた酒場の方を見やる。目が合いニコリと笑う一本角、止めに入るのが遅いと睨んでいると酒場の奥から両耳抑えた天狗が出てきた。

 青い顔して怪力乱神の後ろから見上げているはたてに手を振ると、パシャリと一枚撮って睨まれた。

 

「そこまでにしときな萃香、八つ当たりならあたしが受けよう。ちょいと騒ぎすぎだ」

「勇儀まで私が悪いってのか! こいつもあいつも勇儀ばっかり!」

「こいつはあたしとして、あいつって誰の事よ? それより八つ当たりって聞こえたんだけど」

 

 うるせぇと叫び瓢箪を煽るつもりで口先へと持ち上げていくと、本来なら飛ばない物であるはずの欄干が飛んできて綺麗に瓢箪に当たり幼女毎飛んでいった。

 光の届かない暗い何処かでダポォンと音を立てたのを確認してから、見上げる皆の元へと降り立ち悪酔いの理由を聞いてみた。

 

「なぁに、それじゃ本当に悪酔いして八つ当たりしてただけなの?」

「ちょっと前にあいつが来てな、久々に顔見せて酒のランクを上げてくれなんて頼んできたのさ。その時の話をしたらあのザマだ」

 

「勇儀姐さんばっかりってのはそういう事なのね」

「お前も萃香と遊ばずにこっちに来てあたしと遊んでばかりだからなぁ、構って欲しい本人に八つ当たりなんて可愛いとこもあるだろ?」

 

 勘弁して欲しいわ、ぼそっと呟くと背中をバンバンと叩かれて豪快に笑い飛ばされた、こちとら死んでたかもしれないというのに笑い飛ばすとは、これだからお山の全員から疎まれて目の上のたんこぶ扱いされるというのに。

 まぁいいか、生きていたから今回もあたしの勝ちだ。はたても顔色は悪いが無事のようだし鬼っ娘相手の喧嘩後にしては上々か、とりあえず酒場に入って何か食おう。子鬼と大鬼から漂う酒気が昨晩から何も食ってない腹に響く。

 姐さんの奢りでたらふく食って高楊枝、食後の一服でもと腰に手を伸ばしたところでさっき折ったなと思い出す。

 一本角の隣で煙管咥える若い鬼に色目を使って近寄らせ煙管を奪って突き飛ばした、誘ってくれたのにそりゃないぜ姐さんと戯ける鬼を笑いながら煙を吐いて中から愛用の煙管を取り出した。

 おぉ~っと関心の声を聞きながら上機嫌で煙管を咥えて再度煙を漂わせて、吐いた煙と吐息に乗せて若鬼へと煙管を返すと関節キスだとまた戯け始めた。

 

「喜ぶのはいいが今は本命がいるらしいぞ、手を出すのが遅かったなぁ。お前じゃ勝てない別嬪さんだ、諦めるんだな」

「まだ連れて来てないけど、何処で見たのかしら?」

 

「そこの天狗、姫海棠って言ったか。そいつのカメラに収まってるやつだろう? 可愛い顔して笑ってくれて、妬けるねぇ」

「あの写真‥‥見せたの? はたて」

「鬼の宴会なんて止めらんないもの、注目してもらうのに使わせてもらったわ」

 

 紹介なしとは冷たいねぇ、そう言ってあたしの頭を力いっぱい撫でくり回す怪力乱神の鬼。バサバサと髪を振られて身体まで揺れると、姐さんの横で胡座をかく若鬼からまたおぉ~と関心の声が上がった。

 視線を追って身体を見れば悪酔い小鬼に破られたままのシャツとインナーからポロンと零れた瓜一つ、胸元を注視する若鬼と視線を重ねてニコリと笑んで服を撫で元に戻すとあからさまにがっかりされた。

 揉めないなら見るくらい‥そこから先を吐く前に一本角に殴られて胡座をかいたまま窓から飛んでいった若鬼、煙管の御礼で見るくらいならと考えていたが姐さんの気遣いもあったし少し思い直そう。

 

「そう気楽に晒すもんじゃないなぁアヤメよぉ、その写真の赤いのがパルスィみたいになったら困るだろう?」

「それはそれで‥‥いや、今でも十分激しいからいいわ」

 

 お箸を置いて右の袖を折り返して見せると翌々見られて傷物にされたかと豪快に笑われた、人によっては病んでるだの壊れてるだの言われたが笑い飛ばしてくれて清々しくてありがたい。

 隣に座るはたてを横目に見たがこれは写さないらしい、写真に撮るほど綺麗でもないし、あたしとしても残してほしいものでもない。まぁいいか、そろそろ本題に入ろう。

 

「そう言えば姐さん、ちょっと聞いてもいいかしら?」

「うん? なんだ、知ってる事しか話せないよ」

 

「打ち出の小槌、なんて持ってない?」

「鬼ヶ島、じゃなくって一寸法師のあれか? さすがにないな、鬼違いだねぇ」

 

「そうよね、そこまで都合よくないわよね」

「おっと早まっちゃダメだなアヤメ、鬼違いだが知ってる奴なら知ってるな」

 

 鬼の秘宝の盃を煽り空になった所であたしに突き出してきた、手元にあった一升瓶を取り注ごうとしたがそれじゃないと笑んで拒否される。銚子をとっても違うと言われるが他にはないしどれだろうか? 少し悩んで出た思い付き、銚子を煽って口に含みこれかと指差すと腿を叩いて笑われた。これでもないなら一体なんだというのだろうか?

 

「早まるなと言ったろうに、素直にお願いって言やぁいいんだ。そっちの酒はあたし用じゃないだろう?」

 

 萃香さんなら兎も角として勇儀姐さんに謀られるとは思わず、口にお酒を含んだまま目を細めて軽く呆けるとパシャリとフラッシュが焚かれた。

 ゴクリと喉を鳴らして飲み込みはたてを睨むと鬼と同じように笑ってくれた、青い顔をしていたくせに何時の間にやら明るい笑顔。してやられたがまぁいいか、酒宴で飲んでもいないのに青い顔なんて笑えない。

 

「じゃあ改めて、知ってたら教えてくれない? お願い」

「さっき派手に飛んでった奴が知ってるはずさね、ほれ、いい女になって帰ってきたあれだ」

 

 盃で店の入口を指すとそこには水も滴る冷えた萃香さん、最後に聞こえたあれは橋の下を流れる川に落ちたのか。全身濡れて酔いも覚めたらしくいつもよりも落ち着いた表情で歩み寄ってきた。

 隣に立って雫を垂らす幼女を見て笑むとフンと鼻を鼻を鳴らしてそっぽを向かれてしまった、確かに姐さんの言うように可愛いところもあるらしい。

 濡れたままの手を取ってあたしの胡座に幼女の尻を収める、シャツやスカートに水が染み移ってくるが気にせずに使っていた升を手渡すと不機嫌顔で受け取ってくれた。

 そのまま酒を注いでいくと不機嫌顔でため息一つ、胸元辺りのある頭に手を載せてポンポンと優しく叩くと一気に煽ってポツリポツリと愚痴を零す。

 

「なんだい、同情されてるみたいで惨めじゃないか」

「構ってほしいなら遊びに来ればいいのに、毎日暇なんでしょう?」

 

「ハンッ イチャついてるのを見るほど暇してないやい」

「あたしもあれも恥ずかしがり屋だから、誰かの前でなんて‥‥あんまりないわよ」

 

 横目で天狗を睨んで黙っとけと伝えてみると小さく頷いてくれる、黙って合わせてくれた方が楽だということが伝わったようだ、小鬼の濡れ髪を撫でながら再度酒を注ぐと煽ってげふぅと一息吐いた。一緒に悪いものも吐いたようでいつもの態度に戻り始めた、空いた枡を持ち上げられてお酌を要求してくるが素直に注がずに焦らすように少し問いかけた。

 

「おかわりは質問に答えてくれたら、ね?」

「お? なんだなんだ、私でいいのか? 勇儀ならそっちだぞ?」

 

「萃香さんがいいのよ、打ち出の小槌なんて聞いた事ない?」

「神社にあるだろ、お前がいつもからかってるちびっ子ハウスの屋根についてるじゃないか」

 

「それの他にない? 偽物なんて知らないかしら?」

 

 ピクリと揺れる二本角、首を捻ってこちらを見てくるがその顔はよく見るな狡猾な笑みだ。

 知っているけど教えてくれない、そんな表情に見えるが何が言いたい?

 

「偽物なんて探して何に使うんだ? 場合によっては‥」

「何もしないわ、姫の成長を妨げてるみたいだし‥場合によっては壊すくらいかしら」

 

「ハッハァ、やっぱり気に入ってるんじゃないか。あれも太鼓もなんて強欲は身を滅ぼすぞ?」

「太鼓一人抱くだけで十分、姫は思い付きのついでよ」

 

「言い切ったな、騙すなよ? 偽物の小槌はあるな、昔の身内が数本作ってたはずだ。何本あるかは知らんが少なくともそのうちの一本は幻想郷に流れてきてる、持ってるのは‥‥」

「逃亡中の反逆者、だったら面白いんだけど」

 

 両眉上げて睨んでくれる狡猾の鬼の御大将、どうして知ってるのかなんて顔をしてくれるがそれはこっちのセリフだ。幻想郷中に広がってほとんどを網羅しているのは知っているが、気がついていて何故動かないのか。

 素直に問いかけてみると、どこまでやれるか見たいというのと紫さんからのお願い待ちという事だった。そういやこの人も紫さん側の人か、どこまでやれるか見たいってのはあたしと同じで面白がっているだけかね?

 それも聞いてみたがこっちの理由は別らしい、頭に小さな角を生やして見た目は近いが成りきれない半端な天邪『鬼』。こいつが一人でどこまで出来るのか、同じ鬼を冠する者として気になるのだそうだ。

 なるほどわからなくもない、成りきれないのか混ざっているのかよくわからないが確かに名も種族も『鬼』だったな。力はないが頭はある、気に入られても仕方がないのかもしれない。

 空いた枡に酒を注ぐとなんの話で盛り上がっていたのかと問われる、また冷やかされるのかと言いつぐんでいるとはたてが動いて写真を見せ始めた。

 内緒で連れてきた仕返しか? 勝手に自慢されているようで悪くないがあまり見せびらかされては照れる、そろそろやめてと伝えてみると最後に今何してるのか念写しろとパワハラが始まった。

 さすがに止められず、言われたままに念写するはたてを眺めていると、画面を見たはたてが焦り始めた。

 

「ボロボロだけど、何か聞いてる?」

 

 カメラを奪って鬼二人と一緒に覗きこむ、そこには暗いお城の中でボロボロになり佇む、赤い髪を更に紅く染めた雷鼓と九十九姉妹が映し出されていた。

 一瞬思考が止まったがすぐに原因も思い当たった、今日は元の居城でひと暴れしたのか、ついでにその場にいた付喪神をとっちめて高笑いをしたのか。

 やるじゃないか天邪鬼とクスリと笑うと腿に収まる鬼と盃を煽る鬼二人も口角を歪めて酷い笑みを見せてくれた、その笑みはどんな笑みかね?

 

「こりゃまた不様に負けたねぇ」

「アヤメに習って言うならぐうの音も出ないってところかねぇ、楽器に言うには打ってつけ、なんてなぁ」

「惜しいわね萃香さん、血塗れだけれど生きてるわ、あたしに習って言うなら生きていれば雷鼓の勝ち、よ‥さすがに心配だからもう帰るけど」

 

 殺しにいっているのだから殺されることもある、けれど今回は壊されてはいない。

 あたしに頼らずに追いかけて反逆にあいボロボロだが生きている、生き延びて不様な姿を晒しているが生きているなら雷鼓の勝ちだ。

 紫さんの始めた遊びの範疇に宛がうなら一回戦で負けただけ、あれが捕まらない限りどちらかが死なない限り本当の負けはない。

 傷ついたのなら癒やす楽しみがあるし泣くのならあやす楽しみがある、初戦で壊されていたならそれまでだったが一度見たなら次は大丈夫だろう。

 可愛らしく鳴く姿しか見せてくれないが、腕の時のような激しさも知らない相手をノセる敏い面もある愛しの鼓だ、二の鉄は踏まないだろう。

 

 とりあえず迎えに行くか、妹紅に言った手前強がってみたが内心不安でたまらない。

 銭も出さずに立ち上がり出て行く瞬間背に声が掛けられる、顔だけで振り向けばあたしの胡座から鬼の胡座へと乗り換えた鬼が笑んでいた。

 

「言う割に大焦りか、随分と歪んだ好意だねぇ。壊されてからじゃあ遅いんじゃないのかい?」

「壊されそうならどうにかするわ、壊されては天邪鬼を壊さないとならなくなる、それは面倒で勿体無いもの」

 

「面倒臭がるのはいいが手遅れになっても知らないよ、十日の菊って知ってるかい?」

「言わせたいから後半だけなの? 追いかけ始めてまだ五日目、六日の菖蒲と言うにはまだ早いわ‥‥それに置いて逝くなとあたしに言って手酷く傷物にしてくれたのよ? ならそれらしく残ってもらわないと困るわ、愛し甲斐がないじゃない」

 

 勢いに任せて言い切り店を出る、何か恥ずかしい事を言った気がするが気のせいだ。

 今は考える時間が惜しいしさっさと向かってさっさと拾おう。

 一言くらい言ってくれればこれほど焦ることもないのに‥

 頬が熱いのは地底のせいだな、お空が頑張りすぎて地底の気温が高くなっているのだろう。

 ジト目の屋敷にも顔を出して背を流すなんて思っていたがそれはやめよう、ペットの管理も出来ない主を労っても仕方がない。

 いつも通り困った時には人のせい…にするには勿体無い気もするが恥ずかしいしそれでいい。

 




六日の菖蒲十日の菊という故事成語があったりなかったり

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