東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十四話 舌を打たされ笑みを得る

 暖かな春の日差しを浴びながら、赤い布の敷かれた長腰掛けでまったりとする卯月の頃。

 正面には川沿いに植えられた緑の柳並木が見えて間に数本染井吉野(ソメイヨシノ)も見える。視界に入る緑とピンクのコントラストが美しくいつまでも眺めていたい物だが、満開に咲いた染井吉野(ソメイヨシノ)はもうすぐ散り始めて柳の緑だけになるだろう。風に吹かれて花を散らし枝から川の水面へと染める場所を変えていく桜の花びら、潔い散り際も散った後でも美しいとは、有終の美を上回るなんて美にストイックで妬ましい。

 そんな妬ましいコントラストの姿だが、あたしの正面以外でも散り際が見られる、同じ長腰掛けに腰掛けて緑の葉に包まれたピンクの道明寺を口内へと散らしていくオッドアイが横に見える。

 追加で頼んでは散っていく緑とピンクの和菓子を見ながら自分も長命寺を頬張る、道明寺も長命寺もどちらも同じ桜餅だが形ともち米のつぶし具合が違うだけだ、粒餡の苦手な自分は生地がはんごろしになっている道明寺が苦手で食べるなら長命寺と決めている。

 またあたしの我儘で長命寺を作らせたなんて思われそうだが、今回はあたしの我儘ではない。道明寺は永遠亭が人里と繋がりを持ち始めてから作り始めた、平安の都で食べたあの和菓子が食べたいと我儘を言った何処かのお姫様のせいでラインナップに増えたものだ。

 長生きすると普通は丸くなるもんだが人外はちがうのかい?

 ここの爺さんに聞かれたが苦笑いするだけで何も言い返せなかった。

 小傘が最後に頼んだ五皿目を待っている今、すでに八個ほど食べて少しは満足したのか追加するのをやめた茄子妖怪、墓場に会いにいくつもりがいつかの正月の時と同じく甘味処の端に隠れていた。雪もなく身を隠す物もないから見える地雷となっていて驚かす事は無理だろうと眺めていたら、こちらに気がついて挨拶する前からこれでもかとどやされた。いつになったら迎えに来るのかと罵られて何のことかわからずにいたら、妙蓮寺に置き忘れている蛇の目の事でお怒りらしい。

 言われても思い出せず暫く悩んだが、そういえば面霊気を迎えに行った時に使った物があったなと思い出して、あれは寺に帰った時に使うと方便を説いてみた。寺住まいでもないくせに帰るとか言うなと輪を掛けて怒り始めたが、住職からはいつでも戻ってきていいと言われている旨を話すと、それでも置きっぱなしはやめてくれと泣きそうな顔をされてしまい、お詫びのつもりでそのまま甘味処で奢る事になってしまった。

 

「よく食べるわね、食欲に驚いたわ」

「お、本当に驚いたね? 今ので腹八分目くらいかぁ、もうちょっと食べたいなぁ」

 

 お茶を啜って腹を撫でツヤツヤの顔で笑う小傘、今の見た目だけなら人里のアイドルと言い切ってもいいくらいの笑顔だ。普段は何処で誰を驚かしても誰にも驚いて貰えず、腹を空かせてばかりいる唐傘お化け。最近は里の子供に対してベビーシッターなんて事もやっているらしいが今はいい、その辺の話は追々掘り返して笑ってやるとして今日は目的があるし、機嫌が良くなった今のうちに聞いてみよう。

 腹を擦ってげふぅと漏らす少し下品なアイドルと同じく、吸った煙をふぅと吐いてモヤモヤさせながら、あたしの内のモヤモヤを晴らしてもらう事にした。

 

「小傘、最近仕事した?」

「何? 毎日してるけど上手くいかない事ばっかりよ!」

 

「そっちじゃないわ、副業。特技の方よ」

「特技って‥‥何々儲け話? 巫女の話は散々だったからあれならなんでも作るわよ!」

 

 狙った食いつき方ではないが食いついてくれたのならそれでいい、小傘自身の口から巫女の名前も聞けた事で益々聞いてみる価値が出てきた。後は天邪鬼に対して仕事をしたのかどうか聞くだけなのだが、そう焦ることもないか。

 注文はまだ揃いきらないし件の天邪鬼も未だ姿を見せない、読みが正しければ次に来るのはまた人里だと思うのだが‥そっちも焦ることでもないか、まだまだ元気そうだし盗品も使いきっていない。何かしらの力で一時的に使えるようにしているのだろうから、それが切れて焦れた頃にユルユルと顔を出して褒め称えられればそれでいい。とりあえずまずは小傘だ、すんなり引き出すなら儲けの話が一番かね。

 

「儲け話か、残念ながらこれといってないのよね」

「なんだ、また里で騒ぐのかと思ったのに」

 

「そういえばあの時は見なかったわね、何してたの?」

「事八日の後始末よ、巫女のせいでやりきれなかったお仕事を納期遅れで頑張ってたの」

 

 事八日、人間の言う行事名に合わせれば針供養・八日吹き・薬師払いなどと言い伝えられている日にちの事。嘘払いなんていい方もされていて吐いた嘘を帳消しにする意味合いもある日だ、あたしにとってもありがたい日。放っておいてもついた嘘をなかった事にしてくれるなんて素晴らしい日だ、四月朔日(エイプリルフール)もそれなりに楽しめるが午前中だけ許されて午後はお預けなど焦れったくて堪らない。と、また話がそれ始めた、本筋に戻す。

 それで小傘の言う事八日だが、小傘達の種族らしく言えば一つ目の妖かし共が力を増して年で一番力を高められる日にちと聞いている。小傘は可愛らしいお目々が二つあるが片目は髪色と同じ色合いで、目と認識しなければ赤い方の一つ目唐傘お化けと見えなくもない‥大分苦しい気がするが、当人がそのつもりなのだからそれでいいのだろう。

 そんな力の増す日には人間相手に営業のドサ回りをして仕事をもらい、その年の暮らしを賄うだけの儲けにありつこうと躍起になるらしい。普段は気弱で追い返されてばかりだが、この日はそれなりに強くなり我を通して仕事を受けられるのだそうだ。しかし我を通す相手が悪かった、今年はあの紅白から仕事をもらえたらしいが針だけ取られてその針で散々な目にあった、というのが文から聞いた噂の真相。

 随分と不憫なお話だ、あたしでなくとも哀れに思い和菓子の一つや二つ奢ってやりたくなるというものだ。自力でなった付喪神なのに何故か力の強くないアイドル妖怪 多々良小傘。

 力はないが特技はある、ついでに言えば煽てに乗りやすくあれに利用されるには絶好の妖怪だと言えよう。縄張りが少し特殊で視線が多く力ある聖人住職のお膝元というのがネックだが、あたしの起こした騒ぎの間なら視線もないし人気もない。

 昼間に訪れた時には動く死体とその作り手くらいしか墓場にはいなかったが、本番である夜の内、集まり騒ぐ皆に反逆し静かに小傘に近づいて言葉巧みに依頼した‥

 そんな読みで来てみたわけだがどうやら外れか?

 納期遅れというくらいなのに、突発で入った見知らぬ妖怪の話に乗るだろうか?

 儲け話だとしても年に一度の稼ぎ時、やらかせば翌年からは貰えない仕事の中で追加で受けるだろうか?

 いくら煽てに乗りやすい小傘でもないと思う、取れるだけ取るような狡猾さはこいつにはないしあったとしても実行する相手が違う。実行するならもっとわかりやすい相手、見知った相手から始めるはずだ。太子のお目覚めのせいで集まってしまった木っ端の心霊共の退治を他者にお願いするくらい腕に自信のない唐傘お化けなのだから、いくら儲け話といえども知らぬ相手から切羽詰まった時に依頼を受ける余裕なんてないだろう。

 ならこの説も見当違いか、致し方ないが今日はいいとするか。こいつも最近相性のいい付喪神だ、恩を売って仲良くしておけばそのうち良いことがあるかもしれない。

 あの時はギリギリで危なかったと笑顔で語る驚天動地の唐傘お化け、人を謀り驚きを糧にする妖怪として、人間からの依頼で満足感を覚えるのはどうかと思うが仕事に対しての矜持は見えるし素直にそこを労うべきか

 

「大変だったのね、一本足で蹈鞴(たたら)を踏むのも疲れるでしょ?」

「そうなのよねぇ、この間の異変みたいに小槌の力で勝手に動いてくれると楽なんだけど」

 

「付喪神の使う物が付喪神化してたの? 中々面白い状態だったのね、見てみたかったわ」

「打ち出の小槌でも持ってればまた動くんだけど‥私は作れないのよねぇ、あれ」

 

 棚から忘れ傘が開いて降りてきてくれた、打ち出の小槌が他にもあるのか。しかも小傘でも扱えるらしい代物だというが本物ならあのお姫様にしか使えないはずだし、あの代償はどうするんだろうか。用途も効果も同じ物ならその代償も同じはずだ、気楽に言えるようなものではないとあのお姫様の様子が語ってくれたのだが‥聞けばわかるか。

 

「打ち出の小槌って言っても、あれは一寸のお姫様くらいしか使えないんじゃないの?」

「そこはあれよ、贋作だもん。偽物なら使い手が偽物でも使えるわ」

 

「へぇ、贋作なら代償もなかったりするの? 本物の持ち主は代償払ってちっこくなってたけど」

「なんか、食い付くね‥‥もしかして疑われてる? このままさでずむな流れだったりする!?」

 

 破顔した顔から一点赤と青の瞳に怯えを描く臆病な忘れ傘、空きっ腹の時には人のことを叱りつけてきたくせに腹が満ちると頭も働くのか一応おっかない妖怪だと認識してくれているようでなによりだ。仰る通りこのままさでずむな方向へ行くのは簡単だけれど同じ驚きを提供して愉悦を味わう者だ、出来ればそっち方向でさでずむな流れにしたい。このまま泣くにしてもどうせなら笑い泣きの方が見たい、そんな手も降ってこないかね?

 燻り始めたさでずむ心を抑えようと、煙管咥えて煙と共に高まるさでずむを宙に吐いていると頼んだ最後のお皿が届く。涙目で少し怯えている小傘へと伸ばされる皿を受け取り薄笑い、皿と笑みを見比べる視線を確認してから瑞瑞しさを見せる桜餅を摘み一つ頬張る。ゆっくり咀嚼してまた薄笑いを浮かべると、本来小傘の腹に収まるはずだった桜餅を思ってか瞳にじんわりと涙を浮かべ始めた。

 泣くほどの事ではないと思うが可愛い顔が泣き出す瞬間は誰であっても堪らない、早く零せと煽るように口角を上げると口角以上に耳の鎖を持ち上げられた。

 

 持ち上げてきたのは皿を運んできたここの孫娘、イジメは良くないと寺子屋で教わったばかりのようで、溢れんばかりの義侠心を握る鎖に込めて持ち上げられて耳が取れそうだ。ここの爺さんといい孫娘といいあたしを何だと思っているのか、オッドアイに負けないくらいの涙目で睨むが幼い少女らしくない真っ直ぐな瞳に負けて、両手を開いて見せるとどうにか開放してくれた。二度ほど手を叩きながら払い、あたしが受け取った皿をぶんどると小傘へと突き出す孫娘。形はまだまだ幼いが立ち振舞はどこぞの世話焼き教師まんまで涙目ながら小さく笑うと、次は不意打ちでげんこつをもらう。拳の持ち主は言わずもがな、殴られた所を撫でながら拳の持ち主を睨むとこちらも腕組みした姿勢が誰かさんにそっくりだ。石頭の教育は昔から続いていてしっかりと行き届いているようでなによりだが、こういう形で確認したくはなかった。頭突きでなかったのがまだ救いか、慧音とは違ってクッション代わりの毛がない爺さんだ、慧音以上に響くかもしれない。

 世代の違う人間に睨まれて涙目になるあたしに驚いたのか、すっかり涙を引っ込めて腹を擦る唐傘お化け。自身の驚きでも腹が満ちるのか、どこぞの嫉妬お化けも自身の嫉妬糧に出来るようだし案外オイシイのかもしれない。

 

「‥‥お望み通りさでずむな流れになったわね、満足した?」

「へっへっへー、涙目で嫌味言ってもなんちゃないわ! 大満足ね、わちきパンパン!」

 

「……後で覚えてなさいよ」

 

 負け惜しみを言ってみてもカラカラと笑うだけの唐傘お化け、菓子を平らげたあと以上にツヤッツヤの、搗きたてのモチ肌で快活に嗤う姿に対して大きく舌打ちをくれてやると、右目を瞑り可愛い舌を出してあっかんべーと嘲る少女‥これ以上言っても後は恥を上塗りするだけだ、ここは可愛いさに負けた事にしてさっさと逃げよう。

 負け惜しみは吐いたわけだし、後は尻尾を巻いて逃げるだけだ。

 

~少女移動中~

 

 ヒーローにやられて捨て台詞を吐いた三下らしく、悪の幹部の元へと帰るつもりで向かった先は寺の墓場。邪な親分を探してみたけれど見当たらず、視界に映るのは同じ戦闘員の動く死体が漂っている姿のみ。今日も今日とて教団の縄張りを守るように彷徨うキョンシーに軽く手を振ると、ピンとまっすぐに伸ばしたきりの腕でブンブンと返してきた。覚えたのか札に身内とでも書いてあるのかよくわからないが、そこは気にせずにおこう。

 暫く待ったが幹部は戻ってこないので、お日様も傾き始めた事だしそろそろ帰るかと腰掛けていた死んだ誰かの別荘から降りて立ち上がると、隣にふわりと誰かが現れた。

 姿を見せたのはひらひらとしたお召し物とあらあらと笑む姿は似ているが、本来ならばお墓とは無縁なはずの亡霊のお姫様、冥界の住まいから出てくる事など…結構あるが人里で見る事など‥この間もいて飲食店に暴食という死を届けていたか、まぁなんだ、なんでまたここに来た?

 

「お墓に入るくらいなら私のお腹の方が居心地良いわよ、アヤメ」

「三下は死なないってのが相場なのよ、残念ね」

 

「三枚おろしになっても死なないの? それじゃあ一枚くらいいいじゃない」

「噛み合わないからもういいわ」

 

 ケチ、と言い放ち歯を噛みあわせてイーッと吠えるお姫様、いいとこの御嬢様がする表情ではないと思うが胡散臭いあれの親友なのだし、変わっていても仕方がないか。少し冗談交じりに話して教えてくれたのは紫さんからのお願いで顔を出しただけだという事。

 宴会の人気投票でも一票従者がいれただけで本人もやる気はないらしい、発起人の隣で微笑んでいたのだからそれも当然か。やる気はないが今日は親友のお願いでふらふらと人里を歩いているようで、買い食いまで禁止されて少しだけ不機嫌だったらしい、会話の始まりといいやっぱり会話できる食料だと思われているんだろうか。 

 数匹の蝶々をあたしに向かって悪戯に放っては微笑む亡霊姫、逸らして体に触れる事はないけれど気軽に死をお届けしないでほしいものだ。言いつけを守り食べていないのか獲物を見る目で見られても困る、紫さんには盗み食いされたが年が明けてから幽々子には振る舞っていないしここは帰って何か作るか。今から帰って作り始めれば幽々子の散策帰りに間に合うだろう。

 

「帰りに寄るなら何か作るけど、リクエストはあるかしら?」

「た‥‥」

「今のは忘れて、またね。幽々子」

 

「もう、気が早いわよ? 筍がいいわ、紫が美味しそうに食べていたもの、私の分はないのに一人だけよ? ズルいと思わない?」

 

 はいはいとテキトウに会話を切ってさっさと帰る、また後でと踵を返して尻尾揺らして朗らかな顔で里の商店で食材を仕入れた。買い足したのは多めの野菜と厚揚げに数人分の朱鷺の正肉、前者は盗み食いしたやつの式から、後者は今朝食べていった記者から思いついた食材で、なんとなく目について買った物。

 誘った手前だ、出費は気にせず手持ちで買えるだけ買って大荷物抱えて沈みかけたお天道様に向かい飛び、ふらふらとしながら家路に着いた。帰りに考えた献立は筍というリクスエストから永遠亭でくすねた残りの数本分を使った筍ごはんと含め煮くらい。筍が掘り出してすぐなら刺し身もいいがいつ掘ったのはわからないし、三枚おろしと聞いた後で刺し身を出すのは縁起が悪い。

 獲物としてみるのは諦めてくれと言い含めてコトコト煮ようと考えた、幽々子が来るならまたあっちも来そうだし、少しばかり本気を出してきちんと旨いと言わせてみようか、小傘のお陰で仕入れられた小槌の件もあるしそっちを考えるのも楽しみだ。

 家に戻ると灯りが見える、玄関の戸を開けずとも聞こえてくる雅楽器の音で誰が来ているのかはわかった。両手が塞がり戸が開けられないのでブーツで蹴って帰りを知らせて、姉楽器に開いてもらった。そのまま荷物の片方も渡してついでに仕込みも手伝わせる、なんで私がと文句を垂れたが妹の快気祝いなら手料理くらい振る舞えと強引にこじつけると、少し悩んで渋々手伝い始めた。

 いつもよりも時間は掛かったがそれなりに出来上がり後は来訪を待つだけとなったが、日が落ちて怪異の時間が訪れても一向に姿を見せない亡霊の姫。釣ってかかった筈だったが針の返しが甘かったかね?

 作っただけでお預けもなんだしと楽器組には先に食べ始めてもらい、再度墓場へと迎えに戻った。

 

 戻って見れば墓場の入り口から確実に一悶着あったなというのがありありとわかる状態だ、墓場を囲う壁は穴だらけで壁という役割を放棄している。十数カ所ほどランダムに開いた仙人の抜け穴が少しずつ埋まって戻っていく中飛んでいるのは桜の花びら、風もないのに桜吹雪などと思ったがよくよく見れば弾幕の花びらでどデカい扇を背負い誰かを追い詰めていく幽々子が見える。青と赤の螺旋の弾幕と花びらの弾で夜中なのに明るく見せる弾幕の量が、今日がかくれんぼの終わりかなと思わせてくれた。

 

 幽々子が追う者などアイツ以外におらず出会った鬼役が悪かったなと、死後を管理してくれるお姫様が自らお迎えに来てくれたのだから素直に逝け、そのうち冥界へと褒めに行ってやる。美しい死の扇を眺めながらニヤついていると弾の灯りに照らされて一角の赤が目についた。身に届けられる死の弾を逸らして寄ればバラバラ殺人の事件現場となっていて、何かに殴殺されたように四肢を弾けさせた芳香のパーツをせっせと縫っていく邪な悪の幹部が見える。

 

 近寄り話を聞こうと思ったタイミングで幽々子の弾幕と扇を掻き消す光が瞬いた、黄色い球体が爆ぜるまで視認したはいいが、マトモに光を見たせいで目が眩み視界が奪われてしまい動けず、さすがにマズイと能力を行使して向かってくる矮小な妖気を全力で逸らす。何かが風切り音を上げて立っていた墓場の砂利へと振りぬかれると地を砕く音がした、飛び散る砂利が体や頬を逸れて飛んでいくのがわかる。少しずつ戻る視力で捉えたのは、下卑た笑みから出される赤い舌と地を叩いた衝撃で揺れる赤い一房の前髪。

 生意気な二枚舌を見せて再度丸い球体を放ると、放物線を描いて落ちる球体の白いリボンが地に触れた。それが起爆のスイッチとなり再度光と音を周囲に響かせ光の中へと消えていた天邪鬼。 

 爆風と轟音は逸らせるが光を逸らせば視界が死ぬ、そう思い光は逸らさずにいたが悪手だった。既に半分死んでいる視界を守った所で意味は無い、結論付けたタイミングで足元の球体が爆ぜ輝いた。二度の閃光で完全に視界を奪われて追うに追えず逃げるに逃げられず、どうにか生きている耳を頼りに奴を探すが脳に響く高笑いが一瞬聞こえてすぐに静かになった。

 

 死後の静寂を取り戻した墓場の何処かで周囲を警戒しながら立つ、鼻と耳に集中しながら爆破の熱で温められた頭を冷やすように少しだけ思考する。白い視界の中でさっきの嗤いはなんだったのかと、動けず見えないあたしを仕留めずに逃げるとはどういう事かと。

 

――あらあら、見逃されましわね

 

 聞き慣れた邪仙の声が耳に届いた、淑やかで楽しそうな落ち着きのある声のお陰で今の自分がどうなったのか理解できた。

 大きく舌打ちしながら声に出さず吠える、あたしも二枚舌に舐められたのか、隙だらけの中で撃墜もされず嘲笑われて見逃されたのかと‥

 あたしを化かして嗤ってくれるとは想像以上で堪らない、高嗤う声が消えていった方向を見えぬ目で睨むと態度が違うと注意を受けた。

 

――見逃された悪役ならば嗤って次回の復讐を叫ぶものよ?

 

 そういえば三下だったなと、悪役ならば悪役らしくしよう。

 仕留めなかった事を後悔させよう、消えた相手に向かい道化のように声高に嗤った。


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