東方狸囃子   作:ほりごたつ

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4日目の朝


第百二十三・五話 思いに耽る朝

 頭も体も肝まで冷やしてもらってスッキリとした気持ちで我が家に帰り、元気になったところで保護者面から可愛らしい顔に戻してやったその晩に、静かに眠る雷鼓を置いて一人訪れた妖怪神社。遅い時間に訪れたからこっちも寝ているかと思ったが寝ておらず、本来の住人である鬼っ娘に代わり、おめでたくないカラーリングの魔法使いがいてあれやこれやと話していた。

 ガールズ・トークの内容は聞かずとも分かるもので流行りの遊びについての事だったが、今夜の議題は少しばかり方向性が違う内容だった。

 紫さんや幽々子、文とマミ姐さんの後はめでたいのとめでたくない少女達もあの天邪鬼にしてやられたという、なんとも面白い話で聞いた瞬間に指を指して嘲笑ってしまった。

 神社の縁側に腰掛けて社務所の二人を嗤っていたら、頭上に開いた気色悪い空間から扇子が出てきて脳天に一撃されてしまい、今度はあたしが指を指されて笑われた。

 お通夜のような雰囲気から、一気にいつもの神社の空気に戻ってそれを見てから煙管の先を灯らせた。二度ほど煙を吐いた頃、扇子の持ち主からひとつの提案をされた。

 

「追えないのかしら、それとも追わないの?」

「聞いてくると言う事は‥紫さんもダメなのね」

 

 何をとは言わずとも互いに考えていることはわかる、長く使って染み付いているはずの自分たちの妖気や匂い。人間は兎も角妖怪の持ち主達なら当然感じ取れるはずの物だと思うのだがそれが感じ取れないのだ。広くて狭い箱庭である幻想郷だ、外の世界にでも行かなかれば誰かしらのアンテナに掛かってもおかしくはないはず、それなのにあたしも幽々子も紫さんすらも気が付けないとはどういう事なのか。

 そもそも紫さんの能力に引っかからないというのが可笑しい、一箇所にいながらどこでも覗き見出来る便利なスキマに映らない天邪鬼。ひっくり返すにしても境界なんて中庸の物をひっくり返せるはずもない。それなのにスキマの生中継に映らず人里やら霧の湖やら、はてはあたしのお膝元である迷いの竹林で暴れて無事に逃げおおせている。どんなからくりがあるのか、ぼんやりと考えてみた。考えたそれに対して一つの仮説を立て確認するために博麗神社に来てみたのだが、紫さんがいるという事はあながち間違っていないのかもしれない。取り敢えず話してみて纏めてみるか。

 

「すでにあたしの物じゃなくなった、とすれば追えなくても筋が通るんだけど」

「そうねぇ、でもそうすると逸したりスキマを開いたり出来る理由が消えるわね」

 

 そこである、元の持ち主、つまりあたし達の持ち物として存在するから持ち主の能力を扱えるのだと思う、あたしの言うように正邪の物になっているならひっくり返すくらいにしか使えない気がするのだ。ここで盗まれたと騒いでいる黒白のマジックボムやマミ姐さんの身代わりになるお地蔵様、文の弾幕を消せるカメラならそもそもの用途として含まれているからわかるのだが、持ち主の能力依存の物を持ちながら持ち主に感知されない理由がわからない。普通ならそこで終わりなのだが前回の異変、あの天邪鬼が首謀者となり起こした異変で考えていた物を思い出し、どうにかこじつけられないかとここのお姫様を訪ねてみたのだが、どうやら既にお休みらしい。

 

「取り敢えず日を改めるわ、尋ね人は寝ているし」

「一寸の姫‥‥面白そうね、少し教えて下さいな」

 

「白々しいのは嫌いって言ったじゃない、むしろあたしが教えてほしいわ」

「あら、何のことかしら? まだ起きたばかりで寝ぼけているからわからないわね」

 

 最近は胡散臭いと思うより白々しいと感じることばっかりの紫さん、そう考えて笑みを見ると胡散臭いよりも全てわかられているような、それでも知らん振りを貫く白々しさを表に出した笑みに見える。手の平で転がされているとまでは言わないが、尻尾を見せてくれずに掴ませてくれないつれない雰囲気で焦らされている感覚を覚える。これなら以前のがマシに思えるが今は雷鼓で発散出来るしお陰で燃えるから良しとしている。

 ちなみに代わりにしているとかそういう気持ちは全くないので問題ない、はず。それについて叱られたらそれはそれで燃えるだろうし太鼓に打たれるというのも中々に乙なものだ、話が逸れたので元に戻す。

 

「可愛い妖怪さん、ヒントが欲しいわ」

「ヒントって言ってもねぇ」

 

「お願い紫さん」

 

 尻尾を振り振りしながらこれ以上ないくらいに可愛らしさを瞳に込めておねだりをしてみる、きかないのはわかっているが形は大事だ。おねだりならそれらしくしないと相手にもされない、昔は口だけでお願いして邪険にされてきたが、いつからかこうすれば話は聞いてくれるようになった。人差し指を顎先に添えて悩む振りを演じる妖怪の賢者、くれてもくれなくてもおねだりに対してはいつもこうだ。可愛いお姉さんにしか見えない仕草だが中身は古狸も毛皮を脱ぐような相手、読めないから読むのをやめた仕草の一つだ。

 

「物々交‥‥」

「いいわ、やっぱり」

 

「即答ね、冗談よ。私も掴みきれていないけれどヒントなんて必要ない、そう思うわよ」

「そう、必要ないのね。後で何か振る舞うわ」

 

 期待しているわと言ってあたしの咥えている煙管を見ながら白々しい笑みを貼り付けてスキマに消えていく暗躍する賢者様、去り際にバチコンとウインクされて同じくウインクして返すと、やっと帰ったと背中側で話し始めた。口を挟んでくれてもいいのだが、紅白にしろ黒白にしろ構ってくれなくてつれない少女達だ。けれど話の内容が気になるようで、胡散臭いのが一人消えて手薄になった所を攻めてきた。

 

「何の事かしら、何が聞きたいのかよくわからないわね」

「紫と何を話してたの? 教えてくれたら今日は退治しないであげる」

「そうだな、話してくれたら笑ってくれたのは忘れてあげてもいいな」

 

 飛べる部類の少女達らしく随分と高いところからの物言いで聞き取りにくい、問い詰められても特に教えられる事がないしどうしたもんか。仮説と紫さんの言葉から思うところがなくもないが話した所で纏めていないしなんと言って誤魔化すかね、理解も納得も得られずに場を濁すだけにしたいのだが。瑞々しい少女二人に見つめられて心地よいが出来ればもっと可愛らしい姿の方が‥それでいいか。

 

「あたしが紫さんにしたおねだり、見てたのよね?」

「尻尾振ってたのは見たわ」

「見てたけどアヤメってプライドはないのか? あれじゃ藍に飛びつく橙と変わらないぜ?」

 

「ほくそ笑むためなら些細な事よ、それに折れなければいいの。ただでさえ逸れるんだし、緩めたり曲げるくらいなんちゃないわ」

「御託はいいから話を進めて」

 

 やはり何からでも浮く巫女さんは逸れてくれない、黒白は自分から話を逸らしてくれたのに紅白は逸れてくれない、手札がバレていて尚効かないとはやりにくくて困る。

 ならいいか、逸らさず素直に真っ直ぐ逃げよう。都合よく真っ直ぐ睨んでくれているのだから‥紫さんに見せた瞳で巫女を見つめる、あざとさを瞳に描いて見つめると眉間にお堀を掘って視線を逸らされた。博麗の巫女とはいっても中身は少女か、初々しくてそそるものがある。視線を逸らした巫女と黒白の視線を逸らす、一度逸れたのだから今は逸らせると自信を持って言える。

 能力にかかりあらぬ方向を見ているはずの瞳、斜視のようにはなっていないが真っ直ぐ見ているつもりでも別の視界が脳裏に映るのは気持ちが悪いらしい、何処を見ているのか知らないが二人とも眉間だけ彫りが深い。今のうちに逃げ出させてもらおう、煙管をふかして煙で己を成す。形だけで動くことのないもう一人の自分を縁側に腰掛けさせて俯かせた、神社から飛び立ち少し離れてから能力を解くと俯くあたしに罵声を浴びせる黒白。紅白の方は今のあたしと目が合っているが追ってくることはないようだ、二枚舌に続いて縞尻尾にまでしてやられたのに追ってこないとは。見逃してもらえたと考えるべきか、おねだり顔でのおねだりが通じたと考えるべきか。後者にしておくか、その方が巫女の事をもっと好きになれそうだ。

 取り敢えず帰るかね、雷鼓をたたき起こして曲がった矜持を直してもらおう。少し強めに叩いてもらえればすぐに元に戻りそうだ。

 

~少女帰宅中~

 

 叩き起こしたせいで少しばかり機嫌が悪かったのか、少し修正してくれるくらいでよかったのだが随分と激しかった。胸やら鎖骨やらに歯型まで残してくれて、マーキングなどされなくとも他を相手にすることなどないのだが‥まぁいいか。

 朝になったが目覚めない昨晩のあたしの奏者はそのまま寝かせておいて、寝ぐせ頭で下着とインナー姿のまま寝起きの一服を済ませてもらったヒントをこじつける。

 必要ないとはどういう事か、考えても答えが出ないなんていうことはないだろう。あの人が掴んでいるのか掴んでないのかなんて胡散臭くてわからないからそこは考えなくてもいい。

 では改めて必要ないとはなんだろか、おねだりしてソレをくれたのだから何かしらの意味があるはずなんだが欲するものに対して必要ないと答える場合とは?

 ヒントが必要ないと言ってくれた、ならば答えを知っている事になると思うがどれがその答えだろうか。あの時考えていたのは打ち出の小槌の事で、小槌の力で物に力を宿せれば持ち主を変えても能力はそのままに出来るんじゃないだろうかという仮説だ。

 けれどこれは穴だらけで説にならないはず、小槌を使えるのはあの小さなお姫様だけのはずで小槌の魔力も未だに回収期の中だ。姫も大きくなっていたから魔力も戻っているのかもしれないが、小槌の燃費がわからない以上どれくらいの代償でどれくらい益を得られるのかもわからない。

 さすがにざっくり過ぎるぞ紫さん、今も見ているならもう少しヒントが欲しいところだ。

 

「覗き見しているなら代金分くらい教えてほしいわね」

 

 言ってみたが現れない、さすがにおねだりしてすぐでは出てきてくれないか。なら別の物で釣り出すか? 餌にするなら何がいいか、式とは違って油揚げでは釣れないしお揚げさんの代わりになる物‥精進料理なんかだと代用品として油揚げを使うこともあるらしいが、代用品の代用品なんて思いつかない。似て非なる物を考えるのもまた難しいものだ、同じ大豆なら雁に似せて豆腐で作るがんもどきなんてのもあるけれど、あれはあれで違う食材だし油揚げよりも個人的には好みだ、おでんや煮物に重宝する。

 そういえば季節も変わってしまって屋台でおでんが食えなくなったな、出汁から教わり試してみたがどうにも同じ味にならない。聞いた通りの物を使い教わった通りに作るけれどなんでか足りないもう一味。あれか、女将の出汁とかいれてるんだろうか。雀酒なんて復刻させるくらいだし雀出汁なんてものもあるのかもしれない‥いや、ないな、さすがにそれを売るほどあの子は汚れてはいない気がする。

 さて、何を考えていたっけか。いいか、取り敢えず一服して落ち着こう。手の平で葉を纏めて煙管の先で受け取る仕草、目を閉じていても受けられるくらいに慣れた物で煙管が変わっても問題なく出来る仕草だ。そういえば前のは掃除をサボっていたから詰まり気味だった、失くしてくれて新しく成したからかこっちはもう少しサボったままでもいけるなと、二本目の煙管を眺めてふと気がついた。スキマに消える間際に何故煙管を見たのか、これがヒントか?

 しかしそれでもざっくりだ、ヒントであってヒントでない。むしろ紛らわしくて厄介だ、聞くんじゃなかったかね。後で何か振る舞うなんて面倒が増えただけで何の益にもならないが、約束してしまったし破ると更に厄介な事になるだろうし‥煙と一緒にため息を吐くとそれを目覚ましにでもしたのか、赤い頭が起きてきた。

 

「おはよう」

「おはよ、早いのね」

 

「痛くて起きたのよ」

「そうしろって言うから‥‥まぁいいわ、お腹空いた」

 

 寝起きで言うことがそれかと睨むと子供のような無邪気な笑みでねだってくれる、ちょっと前は保護者面だったはずが可愛らしく戻しすぎたか? まぁいいやと気にせずにテキトウに食材を漁った。最近は二人で屋台に通うことが多く碌な食材がない我が家、すぐに食べられそうな物は残っていた干ししいたけに昨日永遠亭からくすねてきたおにぎりとアクを抜いただけの筍、ついでにくすねた干した川海老二尾くらい。

 竹林で川海老なんてと思ったが、人里を流れる川の上流でも採れるし妖怪のお山で結構採れる。海にいる海老とは違って体が細くて手が長いが味は大差ないし、気にせずこれでいいか。海老としいたけをそれぞれぬるま湯で戻している間に筍を薄く切りそのまま細くテキトウに切る、戻したしいたけも同じくらいの大きさにしてまたサイズを揃えた二つをテキトウに炒める。海老も海老でテキトウなサイズに刻み後から入れた少し炒めて、戻した汁を少し足して具材と絡めて少し煮詰めた。軽く塩を摘んで味を整えた後片栗を挽いた粉でとろみをつけて、焼いて少し焦がしたおにぎりにかけて終わり。

 料理名なんてないテキトウな物だが、食えればなんでもいいだろう。くすねてきたおにぎりも五つほどあるし、昨晩使ったエネルギー補給に炭水化物はいいかもしれない。

 椀によそって手渡そうとすると、雷鼓が受け取る前に小さなスキマから腕だけが生えてきて椀を奪われすぐに消えた。後でと言ったが昨日の今日か、どうせならもう少しまともな物を作った時にしたらいいのに。別の椀によそって渡すとスキマの消えた辺りを見ながら手を伸ばしてくる、気持ちはわかるが気にしたら負けだ。 

 

「八雲紫? また覗いてたの?」

「またじゃないわ、常に、と考えていたほうが気が楽よ」

 

 そんなに暇じゃあないけれど‥もう少し濃い目の味付けのほうが好みね、なんて文句と嫌味でも言いながら奪った朝餉を食う姿が見える気がする。紫さん用に作ったものではないし朝餉だ、改善されて昼型にはなってきているが朝から濃い目の味付けで食えるほど元気ではない。薄めの味をかっこんでいると住まいの外で風の鳴る音がした、新しい記事が出来たのか、それともネタ探しに来たのか。どっちにしろ朝から喧しくなりそうだ。

 

「おはようございます、今朝も新鮮な情報をお届けする清く正しい射命丸です、さっそくお聞きしたい事が‥朝餉中でしたか、済んでからにしましょうかね」

「おはよう文、朝餉は済ませた?」

「朝から元気ね、文さん。おはよう」

 

 天邪鬼のせいで朝も昼も食べる暇がないという清く正しい射命丸、湯のみとは違ってさすがにお椀まで多く置いてない。ちゃっちゃっとかきこみ咀嚼しながら使っていた椀を洗って残りをよそい差し出した。鳥は使ってないと伝えながら手渡すと両手を合わせて食べ始めた、流しに腰掛けて食後の一服を済ませているといつの間にか流しに返ってきている奪われたお椀。いただきますもご馳走様もないがいつもの事だ、煙管咥えて洗うと赤い方も食べ終えたらしい。

 ついでに洗うからと手を差し出すが、目覚めた位置から動かずに下半身は布団で隠したまま腕だけを伸ばしてくる。さては昨晩のまま寝こけたな、ニヤニヤしながら記者を見るとしかめっ面で雷鼓に睨まれた。まだ言わないから安心して欲しい。

 無言で箸を進めてすぐに食べ切った文と合わせて二つ、煙管咥えて洗っていると似たような髪型二人で天邪鬼の話を始めた。他の進捗状況はどうなのか少し盗み聞きしよう。

 

「湖、寺、竹林と来て次は何処でしょうねぇ」

「妖怪の山とか、同じ所で見てないし」

 

「ふむ、確かに怪しいですね。雷鼓さんは今日はどちらへ?」

「最初にやられた身内の様子見、今日明日辺りには動けるようになるって永琳さんから聞いてるし」

 

 三箇所逃げまわり次は何処で見つかるか、順当に考えれば雷鼓の言う通り新しい場所に行くだろうがそうやって素直に逃げるだろうか?

 逆さま大好きな捻くれ者だ、それなら同じ場所にでも顔を出すかもしれない。だとすればまた人里かね、湖組は今日明日で動けるようになるらしいし、昨日の今日で竹林は注目されている。それなら寺のある人里か、あたしならそう動く‥がこの考えをひっくり返して新しい場所に逃げるかもしれないし、うむ、考えるだけ無駄だ。

 無駄な事を考えるならそれ以外を考えよう、朝方一人で考えていたのはなんだったか、口から煙を漏らしていると左手に視線を受けながらブン屋のインタビューが始まった。

 

「あやや、煙管を変えたんですか? 新しい物のようですね」

「失くなっちゃったから二本目よ、失くした方は天邪鬼が持ってるみたいね」

「え?」

 

「その話、信用しても? 何故知っているのか、聞いてもよろしいですか?」

「話の出処は永遠亭に行けばいるわ、雷鼓も気にしなくていいわよ。おかげで楽しい逃走劇を見られているから、むしろ褒めたいくらいだわ」

 

 かわいい丸文字で書かれたよくわからない羅列が続く記者の手帳、卓に戻り可愛い字を盗み見してクスリと声を漏らすと背後に隠す天狗記者。ネタの提供をしたのだから笑いのネタくらい提供してくれてもいいのだが、文をジト目で見ているとあたしは赤い方からジト目で見られた。褒めたのにジト目で返してくるなんてなんだろか。

 

「昨日も不思議に思ったんだけど、それって失くした煙管を戻したんじゃなかったの?」

「本数で言えば、二本目になるかしら」

 

「‥私も騙されてたの? 昨日の人間も騙したの?」

「嘘は言っていないわよ? 雷鼓には『いつでも形取る事が出来る』と言っただけで、永遠亭では『愛用しているのは一本』と話しただけ。特に肩入れもしていないし、どう捉えたのかは知らないけど結果騙せたみたいね」

 

「朝から椛も食べない喧嘩など、やめていただけませんかね」

 

 睨む雷鼓と目を細めるあたしの間に割って入ってくるお山のわんこの飼い主、やる気を削がれたのかツンとそっぽを向く嫁さんは放っておく。文がいる限り布団から逃げられないだろうし、逃げれば激写が待っている。回避できない覗きは兎も角写真に残されるのはさすがに嫌なのだろう、お陰様ですんなりとバラせてありがたい。

 騙したと怒られてまた逃げられては堪らない、本当にいいタイミングでネタばらしが出来た。

 安堵の一服をしようと煙管を咥えると、それを見ながらまた二人でなんやかんやと話し出した。

 

「綺麗に騙されましたね雷鼓さん、お怒りはご尤もですがこのバカと付き合うなら深く考えない事ですね、付き合いの長い者からのアドバイスです」

「その方がいいみたいね」

 

「このバカは楽しければなんでもいいのです、それが例え貴女相手でも変わる事はないでしょう‥‥ですが、直接言葉にはしないかもしれませんが大事にはされているようですよ? 私達に土下座して記事を書かせるくらいには想われているようで、おぉ熱い熱い」

 

 少し考えて言葉の意味を理解したらしい雷鼓に呆れ混じりの色のある視線で見られるが気にはしない、代わりに伝えてもらえたしわざわざ言う事でもない。

 それよりも良い発想を得られた、同じ物でも他者から見ればそれぞれ別の違う物に見えるということだ。失くした煙管もそれを象っている手元のこれも同じものだが、元の物が真作だとすればこれは贋作だ。

 あいつが盗んだ物達が、手元のこれと同じように贋作として作り直されていたらどうだろうか? 持ち主はあいつに代わりあたし達の手元を離れれば追えない理由になるかもしれない。

 何らかの方法で作り上げて同じ力を発現出来るよう作り直すことができたら?

 まともに考えれば無理な話だがひっくり返して考えれば、そう無理な事ほど楽になる。今までで使ったと聞いた物は布と傘とあたしの煙管だ、他の物も未だに持っているのだろうが使われたという相手に会っていない。

 なら他は置いておいて使用済みの物に一旦絞ろう。布も出先がわからないし一旦除外する、残った紫さんの傘とあたしの煙管、これらを作り直すならどうするか?

 河童連中なら作れそうだが、なんてそんな事を考えているとパシャっと一枚フラッシュが焚かれた。嗜好の霧の中に身を投じる前に晴らしてくれたフラッシュ、こちらに構わずもう少し雷鼓を構ってくれていればいいのに。

 笑わずに悩む真剣な表情、それが珍しいのか卓を囲んだままの近距離でフラッシュが焚かれて目に痛い。

 光で惑う目を細めてフラッシュの原因を睨むとまた煩く始まった。

 

「古狸の悪巧み、天邪鬼の写真が取れなかったらこれで行きましょう。今日はもうすぐ戻らないとなりませんし」

「天邪鬼の姿を収めたいのね、そうよね、文字だけで姿を写した記事がないものね」

 

 昨日譲ってもらった新聞を手に取り卓に放る。赤蛮奇がしてやられたという記事で、一面を飾っているろくろ首は見慣れた赤い洋服部分よりも肌色の部分が多く写っている。

 何処からか聞きつけて取材に向かったらしいが時既に遅くボロボロになったデュラハンと、同じく焦がされた響子ちゃんしか見つけられず、仕方なしに目を引く色っぽい方を一面の写真にした記事だ。

 

「まるで次に出る場所が分かる言い草ですねぇ、本当に肩入れされてはいないんでしょうか?」

「雷鼓の邪魔はしないわ、他はどうでもいいけど」

 

「ふむ、歯型も隠さず惚気も見せて私にネタを押し付けてきますねぇ‥無料より高い物はありませんし、私から何を聞きたいんでしょうか?」

「河童連中以外で手先の器用な者っていたかしら? 針仕事や鍛冶仕事が上手な誰かなんて知らない?」

 

 モノ作りで思い付くのは発明バカくらいだがあの河童のにとりも追う側だ、にとり以外で誰か協力者がいるという線も否定は出来ないが、紫さんのご褒美の方がオイシイと理解しているだろうし、わざわざ危ない橋を渡る程愚かな連中じゃない。

 ならば彼女達以外で傘や煙管を作れそうな者、例えるなら縫製や彫金に鋳造に長けた者辺りだろうか。河童以外で針仕事や鍛冶仕事に明るい者がいないか知りたい。

 

「鍛冶仕事なら小傘さん、針仕事なら‥形は違いますが道教の仙人様なんてどうでしょうか?」

「……布ではないけど芳香も縫い物の一つか。小傘の方は初耳ね、あの子にそんな特技あったの?」

 

「伝聞したところですが霊夢さんの針を打ち直したとか、金銭を得られるくらいの出来だそうですよ」

 

 伝聞記者の言う事だから眉唾な部分もあるだろうが信用してもいいかもしれない、娘々の方は見知っているし小傘の方も話しの中に巫女がいる。

 妖怪と繋がりがあるというマイナスイメージがある噂だ、あの巫女が知れば火消しをするだろうが口の早いこいつが知っているという事は消す理由がない、真実だから消せないという事かもしれない。

 なら聞きに行ってもみるのもアリか、娘々も鬼役だが墓場に居る事が多いし忘れ傘のついでに何か聞けるかもしれない、少し顔を出してみるか。

 

「そういえば戻るなんて言ってたけど、お山で大人しくするつもりなの?」

「癪ですが上司からの命令ですからね、雷鼓さんの仰る通り次はお山に来るかもしれない。その為の警戒を皆でしなければならないのですよ」

 

「普段は気にせず飛び回っているのに、素直に聞くなんて珍しいわね」

「誰かさんのように荒らさず居るだけなら目を瞑る事も出来るのですが、荒らされるとわかっていては警戒せざるを得ないのです」

 

「それでも抜け出して来るのね、うちに来た所でなにもないでしょ?」

「遊びの始まった当日、発起人と何かを話していたのは見逃していませんよ? 賭けの件からグルかと思い少し泳いでもらったのですがどうやら違ったようですし、今は時間もなくなりました‥後でまた遊びに来るわ」

 

 最後だけ普段の顔を見せて立ち上がる新聞記者に、子守り頑張れと伝えると煩いバカとだけ言い返されて笑顔で帰っていった。

 お山が荒らされて可愛い可愛い妹にもしもの事があれば、なんて素直に言えば可愛気もあるのに。人の事を直接言葉にしないバカなんてどの口が言うのだろうか、お互い様だろうに馬鹿烏。

 烏が泣く事がないようにさっさと帰った文のお陰で少しだけ仮説が立証できそうなネタも貰えた、早速行ってみたい所だが悪戯顔でこちらを眺めている赤いのはどうしようか。

 文が帰ったのに着替えずにそのままでいるパーカッショニスト、騙してごめんなさいと言葉にすれば許してくれるらしいしさっさと謝っておこう。三指ついて綺麗に土下座しそのまま素直にごめんなさい、ヨシと言われて頭をあげようとするが後頭部を撫でられて寝癖を直され動くに動けない。

 出かけるつもりだったがもう少しこうしているのも悪くない、昨晩の激しい修正も良いが曲がった髪を優しく直されるのも心地よい。


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