東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十三話 甘くて苦い

 お琴の付喪神をゲストに迎えた霧の湖からの捕物同心組が二枚舌に舐められた後は、人里の喧しいのと静かに隠れる凸凹組が二枚舌に舐められたらしい。寺の参道で見かけたらしいが人里なんて視線の多い場所に何をしに来たのか、わざわざ姿を現して追跡者達を煽りに来たのだろうか。

 それともやられた赤蛮奇よろしく木の葉を隠すなら森の中だと、人里に隠れ場所を求めて現れたのかもしれない。

 

 どっちにしろ大胆な行動で、こちらを楽しませてくれるエンターティナーだと賞賛せざるを得ない、逃げる事に反逆して人混みに顔を出すとは天邪鬼らしい逃げ方だ。

 残念ながら話だけで姿こそ見せてくれないが、そのうち拝む事があれば舌を出して中指立てて褒め称えよう、言葉は素直に態度はらしく反逆してみせれば困惑してくれそうで楽しみだ。

 赤蛮奇が撃ち落とされた記事が一面を飾っている天狗の新聞を読みながら、普段よりも赤みが強い頬を歪めていると、頬の色という小さな変化を見られたのか、調子が悪そうだと心配された。

 最近の楽しみである妄想に熱を入過ぎたからか、あたしにしては珍しく知恵熱なんぞを出してしまい、普段の不摂生で培わえれた血色の悪い頬が相棒の髪色みたいになってしまっていた。

 多少気怠いくらいでそれ以外は問題なくあたしは気にしておらず、記事を読みながら寝起きの一服を済ませて着替えていると、立ち上がりスカートに足を通した辺りで少しふらついた。

 

 ふらついた所を大げさに支えられて、それからすっかり病人扱いで、母親かのように口煩くなってしまい出かける事もままならない。一面記事を飾った相手を小馬鹿にしに行くつもりで着替えたのだが、調子が悪いなら家にいるか医者にかかってからにしろと子供のように叱られた。

 随分と心配されてしまい嬉しいやら恥ずかしいやら照れていると、照れのせいで更に赤みの増した頬を見られて永遠亭に連れて行くと言い出したあたしの保護者。この程度では大事ないし医者にかかるほどでもないと言い返してみたが聞き入れられず、あれよという間に着替えさせられて近所で営業している年中無休の病院へと拉致された。

 

~少女搬送中~

 

 偶に患者を連れてくる事はあるけれど患者としてくるなんて、そんな事を微笑みながら言ってくれるのは構わないが出来れば手早く済ませて欲しい、そう伝えるとこの際きっちり見てもらえと保護者に叱られきっちり見られることになったらしい。

 ただの知恵熱でちょろっと薬をもらうなり注射されるなりで終わりと考えていたが、あたしは蚊帳の外らしい。こちらの言葉は全て無視されて保護者から言われた通り診察するから、前を開いて横になってと三台並ぶベッドの一つに促されて、素直に従うと瞬く間に枷をはめられた。

 患者として来たわけでまだ悪さはしていないし、なんでこうなるのかと鈍い回りの頭で悩んでいると、いつもは見ないような楽しそうな顔で診察を始めた八意女史。

 後は任せてくれて大丈夫と雷鼓を追い払ってから、舌を引っ張られてみたり喉を見られてみたりとそれっぽい診察が始まった、この辺りは熱もあるし診るのもわかるが、聴診器を当てながら色々と弄られたり瞳に光を当てられるのは何か意味があるのだろうか?

 聞いてみたが答えは得られず、ぼそぼそと何かを呟いた後診察室の奥へと消えていった。さして時間は掛からずにすぐ戻ってきたのだが、楽しそうな顔のままで戻ってきた医者の右手にはフラスコが見える。ドクターの表情と手持ちの品を見比べてこれからそれをどうするのか、熱っぽい頭でもすぐにわかった。飲まされるのか注入されるのか、どっちにしろ摂取させられる流れにはなるのだろう。解熱剤だとは思うがこの表情が気になる、楽しい実験を前にしたような躍る瞳が怖い。何を言えば見逃してもらえるだろうか‥取り敢えず聞くか。

 

「永琳、それは?」

「漢方よ」

 

「飲むの? 打つの?」

「どちらでも、でも飲んでもらったほうが早いわね」

 

 こちらに見せつけるように首を握っているフラスコを軽く振る永琳、初めて見る楽しそうな表情と同じく初めて見る揺れる瞳。黒に近いような濃い藍色の瞳を揺らして、同じような色合いの漢方薬を振る月の頭脳。

 どこかの傾国を思わせる怪しくも色気のある瞳のままベッドの横の丸椅子に腰掛けた。このまま静かにしていては危ない、どうにか逃げ出したいが四肢は伸ばされて枷にはめられているし、尻尾もあたしの体で上手く抑えられてどうにも逃げ場がない。

 腕を引っ張りギシギシとベッドを揺らすとその音に合わせておさげを揺らし、再度フラスコも揺らして話しかけてきた。

 

「大丈夫よ、頑丈に誂えてあるし多少暴れても問題ないわ」

「それはつまりそういう事なの?」

 

 顔の横、首を振っても当たらないくらいの距離までフラスコを寄せられる。ベッドに近づいたタイミングで全身を使ってベッドを大きく軋ませると、フラスコの底にマットレスが当たりコポンと気泡を作りフラスコの中で弾けた。

 水よりも粘度が高いのか、ポコポコと気泡を溜めて小さくコポンと音を立てる黒に近い液体、やるんじゃなかったとあたしの内でもコポンという後悔の音が聞こえた。

 

「アヤメの為に作ったのに、溢したらどうするつもりだったのよ」

「出来れば全部溢したかったわ」 

 

「あら、信用してないの? 狼女やら夜雀やら連れてきては私に任せていくのに」

「信頼はしているけれど‥‥どうしても飲まないとダメ?」 

 

 全身全霊で瞳を潤ませて心から嘘偽りのみの涙を流した、ポロポロと涙を流して鼻筋を伝わりシーツに滲みた涙を見せると仕方がないわねと眉をハの字にしてくれた永琳。

 立ち上がりゴソゴソと白衣のポケットを弄ると取り出したのは太い注射器、これは悪化しただけではなかろうか。

 

「聞いてもいい?」

「何? 打つ前に聞いてしまいたい事?」

 

「痛い?」

「ちょっとチクリとするだけよ、飲んでも打っても薬が回れば眠くなるだけで心配ないわ」

 

 飲めるらしい薬品をつつっと吸い上げごん太の注射針に注入していくマッドドクター、手慣れた手つきで針先を持ち上げてクッとケツを押すと、先からタラリと垂れた液体。

 飲むにしても打つにしても普通はもっとこうピッと飛ぶ物ではないだろうか、静脈注射と言っていたが粘度の高い物を入れられてあたしは問題ないのだろうか?

 悩んでいる間に右手を取られて肘の内側をペシペシと二本の指で叩かれる、右腕を回して少し抵抗すると確実に何か言いたい顔で睨まれた。

 

「動かすと危ないし、間違っても危ないわよ」

「腹をくくる時間が欲しいんだけど」

 

「病人のくせに処方薬を嫌がるなんて何しに来たの?」

 

 ご尤もである、納得しきれないがもういいや、諦めよう。

 飲めるというのだし飲もう、打たれるよりはマシだろう。

 

「飲むからソレは勘弁して、お願い」

 

 子供でもあるまいし、怖いの? 里の子供でも診ているような顔でニコリと微笑んで尋ねられ、素直に首を縦に振った。医療の事なら全て任せて大丈夫、間違いなどあるはずがないのだが普段出さない熱のせいで不安を覚え永琳の言動と態度からその不安を煽られて心細い。こういう時は思った通りに素直にした方がいい、錆びついた野生の勘が教えてくれて首を振れた。

 仕方がないわねとベッド横のスイッチを作動させてベッドの上半身側を少しずつ起こされる、月の科学らしいが随分と便利なものだ。丁度座椅子に腰掛けるくらいまで起こされて見上げていた永琳と同じくらいまで目線が上がる。

 上半身が起こされていく最中に飲む覚悟は済ませたが、両手を縛られたままでは自力で飲めない‥片方くらい外してくれないだろうか、逃げないから、逃げた方が後が怖いと知っているから。

 

「素直に飲むからどっちか、片手くらい解いてくれない?」

「ダメよ、逃げるし反動を抑えるのに必要なのよ」

 

「反動って、な‥‥」

 

『な』で開いた口にカポッとフラスコの口が充てがわれて、そのまま左手で顎を上に持ち上げられた、少しずつ傾けられて口内に迫る黒っぽい何か。覚悟はしたが味わいたくはないしこれを舌から逸らすか、そんな事を考えている間に顎とフラスコの角度が上がり一気に流れ込んできた。

 苦い、やたらと苦い。余程悔しい思いでもしなければ味わえないだろう苦虫の親分を噛んだような味、強引に流し込まれて全て口に含んだが飲み込めない。

 けれど覚悟をした手前もあり吐き出せず、涙目でマッド・サイエンティストを見ると楽しい実験に向かう顔で鼻を摘まれた。すぐに限界を迎えて喉を鳴らして飲み込むと、苦味が喉を過ぎるのが確認できてすぐに黒い何かへと意識を落としていった。

 

~少女昏倒中~

 

 音のない真っ黒な中で目覚める、背に感じるのは診察室のベッドの柔らかさだが、迷いの竹林の夜にしてはなんとなく違和感があった。

 違和感の元は匂い、薬の効果で熱は下がったようで利きの戻った鼻を鳴らすと、薬品類の匂いの中で微かに香る爽やかな花の香り。

 曼珠沙華?

 彼岸花の香りが漂うここは‥再思の道か?

 だとしたら死んだか?

 けれど少しおかしい。

 死んだのなら三途の河を渡るはずだが、ここは暗いし花と薬それと焦げた肉の匂いだけで川の匂いや音がしない。

 薬の匂いも鼻につくがこれは自分の腹の匂いかね? あの薬が何だったのか問い正したいが死んだのならそれも無理か? 死人に口無しなのだし、輪廻が巡り来世で出会えてそれでも覚えていたならその時は聞いてみよう。本来ならあるはずの説教裁判も気がつかぬ間に終わっているようで、これは真っ直ぐに地獄に落とされたかなと黒の中を寝起きで見つめる。

 しかし、小町も映姫様も最後くらい声を掛けてくれてもいいのに。小町はサボりでいなかったのかもしれないが、映姫様はお忙しい御方だから仕方がないのかもしれないが、せめて手続き中くらいは起こしてくれてもいいのに。

 まぁいいか、終わってしまった事を蒸し返しても仕方がない。落ちたならここはどこかね? 真っ暗だから黒縄地獄か? 暗くて黒いし縛られていたし、字面の雰囲気から考えてその辺りか。いや、過去の所業を考えれば何処も当てはまるな‥なら一番下の阿鼻地獄か、ここは?

 置いて逝かざるを得ないなんてズルい口説き文句を言ったばかりなのに有限実行してしまうとは、今朝のようにまた怒られそうだ‥が、もう会う事もないのか?

 今朝のように叱ってはもらえなくなるのか。

 死んだと知ったら右腕を踏んでいた時のようにまた泣きそうな顔をしてくれるのだろうか?

 今後は慰める事も出来ずそんな顔も見られないようになるのか、それは嫌だな。

 なんて考えていると、少しずつ目が慣れて見慣れた天井が視界に広がってきた。

 

 寝ていた場所は変わっていないが、周囲にはいつもの薄いカーテン代わりに厚い暗幕が垂れ下げられておりこれが光を遮っていたらしい、音まで遮るような厚い暗幕を払いガバっと起きて手足を動かすと枷が外されている事に気がついた。自由になって体を伸ばし頭を振ると感じる耳の違和感、奥のほうまですっぽりと耳栓を突っ込まれているようで、聞こえない原因はこれかと少し安堵した。指を突っ込み取り出しながらアイツらしい手の込んだ悪戯だと声に出して笑うと、声を聞いたのか誰かの声が開放された鼓膜に届く。

 

 普段なら堅苦しい言葉を吐く口が、痛みに耐えるような苦しそうなうめき声を吐いている。管が繋がれている包帯だらけの体に少し焦げた衣服、焦げた匂いに少しだけ混ざる曼珠沙華の匂い。なんでまたこうなっているのか、里での捕物は先日の事でその時には無事だったはずだと苦しげな慧音を見下ろして一人悩んだ。寝起きで得られた情報が多すぎて、あまりに唐突な景色過ぎて悩んでも何も思いつかずにいると、兎の飛び跳ねる足音が廊下の奥へと消えていった。 

 

 耳栓をスカートのポケットに突っ込みベッドを降りて、丸椅子に畳んで置かれたインナーを着こむ、様子見にでも来て置いていったのかと悩まずに着替えて診察室を出た。

 廊下に出るとすぐに誰かの声が聞こえてきた、正月に寝泊まりした部屋の方から聞こえるようで少し進むと声の主と灯りが目に入った。苦笑いをしている悪戯兎詐欺、それに向かって座るジャケットを脱いだ黒いシャツ姿の赤い髪、その横には眉間に皺を寄せる健康マニアの姿があった。暗がりから覗いたつもりだったが、雷鼓の前で難しい表情でいる性悪兎詐欺に見つかってしまい、こっちへ来いと可愛らしい手で招かれた。

 仏頂面で部屋へと入ると神妙な顔をしている雷鼓が両手を合わせて仕草だけで謝ってきた、謝る頭に手を置いて強めに撫でてソレで終わり。

 取り敢えずこいつはいい、体調崩して連れてきてくれただけだし感謝はすれども文句を言うつもりはない。文句はあっちの永遠亭の年増にあるが、そんな難しそうな顔をされていては嫌味も言えず毒気が抜ける。毒を用いずに言い返すには何から言うかと頭を掻いていると、兎詐欺の方から体調を聞いてきた。

 

「おはよう、よく眠れたかい?」

「お陰様で、暗幕と耳栓のおかげでぐっすりだったわ」

 

「そりゃ良かった、隣に患者が増えちゃってね。起こしちゃ悪いと思って色々した甲斐があった」

 

 薬? のおかげで体の火照りはすっかり冷めて赤みの引いた頬を見ながら言ってくる、足先から頭の先まで舐めるように見て小さく嗤う妖怪兎詐欺。この雰囲気ではやり込めないし何が何だかわからない、このまま話を続けてもいいが目だけ合わせてすぐに逸らした挨拶もしてこない妹紅が気になる。てゐと雷鼓に聞いてもいいがご機嫌斜めな方を弄るか、何にお怒りなのかはわかるが何故ああなっているのか聞いてみたい。

 抉るつもりは毛頭ないが聞かずにいて二の舞いとなり、眉間に皺を寄せる側にも寄せられる側にもなりたくはない。

 

「何があったのか、聞いてもいいかしら?」

「お尋ね者にしてやられたのよ」

 

「やられてって、あれにそんな力はないと思うんだけど?」

「三人で追いかけて一度は追い詰めたんだけど‥」

 

 三人と聞いて首を傾げると縁側の方を指さす妹紅、そこに腰掛けていたのは花の香りを下げた尾から漂わせる、身綺麗な狼女が座っていた。こちらで会話をするたびにピクリと動く下げた黒耳、宴会にもいたし竹林住まいのご近所さんで初対面ではないはずだ。

 気にする事なくこちらに混ざればいいと思うが離れる理由が何かあるのか?

 てゐの態度と焦げた慧音からなんとなくわからなくもない空気だが、さすがに読みきれない。

 黒髪と白髪を見比べているとてゐが白髪を誘って診察室の方へと歩いていった、この間に残した方から聞き出して整理しろという事か。気を利かせてくれたのだしここは乗っからせてもらおう、少しだけ手を伸ばし引き止めようとする雷鼓の手を払い縁側へと腰掛けた。

 

「石鹸変えたの? 曼珠沙華はやめたほうがいいわ、縁起でもない」

「うん、そうする」

 

「元気ないわね、慧音と一緒に落とされて意気消沈してる‥にしては綺麗な格好ね」

「本当は私がああなってたはずなんだけど‥」 

 

 ぽつりぽつりと話し始めた竹林のルーガルー。

 今日の昼間、丁度あたしが泣かされて眠りに落ちた頃に先日やられた赤蛮奇の見舞いにと人里を訪れたらしい。その時に慧音と会って形だけのお目付け役として一緒に行動し、そのまま二人で竹林へと戻ったそうだ。今泉くんは帰るだけ、慧音はお目付け役兼妹紅の所へ顔を出すために一緒に戻ったらしい。ここまでは口の滑りも良かったのだが、此処から先は話さない今泉くん。

 脅せばすぐに話してくれるだろうが、さすがに凹むご近所さんを虐める気にはならない、隣で待っていればそのうち話すかと思い煙管を取り出して咥えると驚き顔で睨まれた。

 

「それって……あれ‥‥?」

「何? 煙管が何か?」

 

 火種の灯る筒先とあたしの顔を見比べて深く悩む顔をする狼女、この間の紫といいなんだというのか?

 

「それって何本も持ってるの?」

「愛用しているのは一本だけよ、普段から手入れしてるし新品みたいに綺麗でしょ?」

 

 多分雷鼓も聞いているし、預けて失くしたから別物を成したとは聞かせたくない。

 煙草を楽しむ時間から争い事まで幅広く使えってきた物で、それなりに大事にしていたし愛着もあるにはあったが、煙草が吸えれば失くしたあの煙管でなくとも構わないし、実際自分で折って見せたりもしている。妖怪に成り果ててから一番長く共にある相棒で、霧や煙さえあれば出すのも消すのも増やすのも自由自在なあたしの一部、それの何が引っかかるのだろうか?

 

「一本だけなのね、なら見間違いなのかな」

「見間違いはないと思うわ、トレードマークのつもりで長めにしてるし」

 

 腰の筒に納めれば腿の半分弱くらいの長さになる煙管、既成品ではまず見ない長さでマミ姐さんの物よりも長い物だ。知る人が見ればわかる一品物で見間違うことはないだろう。

 葉が燃え尽きた辺りで縁側でカツンと一叩き、火種を捨てて左手でくるくると回して手渡した。受け取ってしばし眺めてから立ち上がると、今泉くんが妖気をほんの少し放って弾幕を形成する。何をするのかと見ていると浮かばせた弾幕に煙管を突っ込んだ、あたしの大事な物に何をしてくれるのか。

 

「あれ? 逸れない?」

「雑に扱ってくれて、何がしたいのかしら?」

 

「天邪鬼が似た煙管で妹紅さんの炎を逸らしたのよ」

「あいつが逸らした? 煙管を使って?」

 

 二人で竹林へと戻り別れる前に天邪鬼を追いかける妹紅を見つけて合流した、までは良かったのだが囲んで追い立てていると、何かこう宙に向かって似た煙管を振るったら天邪鬼を中心にして円を描いて弾幕が逸れたらしい。

 三人でアイツを取り囲み、逃げ場のない弾幕を撃って追い詰めている最中にいきなりやられて避けきれず、本気でやばいと身構えた所を慧音に庇われたのだそうだ。

 なるほど、失くした煙管はアイツが持っていたのか。紫さんやマミ姐さんに気が付かれず盗みを働けたのは煙管で意識を逸らしたからか?あたし本人ならやれなくもないが、長く使った一部だとは言ってもそれほどの物だっただろうか?

 雑に突っ込まれて少し焦げた煙管を取り上げて、再度燻らせて煙を纏わせ元に戻す。綺麗に戻った煙管を眺めていると、背中から冷たい声を掛けられた。

 

「本当に? 騙したりしてない?」

「騙すなら正面切って騙すわ、知らぬ所でやられても笑えないじゃない」

 

「本当に肩入れしてないのよね? そうやってはぐらかすから‥」

「くどいわね、信用出来ないって事? ならどうするの? 慧音のように焼いてみる?」

 

 肩を掴まれて強引に体を回される。

 振り向き対面すると、燃やす事が得意なくせに随分と冷たい目で見つめてくれる炎の蓬莱人。

 敵意まで感じられる冷えた眼差しを薄笑いで見つめているとそのまま胸ぐらを掴まれるが、今泉くんに止められて無理やりに引き離された。

 怒りを向ける相手が違うだろうに、その気なく慧音を傷つけて原因かもしれないあたしに煽られて、やり場のないモノでも燃え上がってしまい発散先が見つからないのか?

 なら少しだけお付き合いしよう、炎と煙で相性も悪くない。

 

「殺すつもりで追いかけて、逆に身内が死にかけたら怒るのね。わからなくもないけれど」

「なに? はっきり言いなさいよ」

 

()りに行ったら()り返された、そんな事は退治屋時代にもあったはずでしょ? 今回は偶々返ってきたのが慧音だった、それだけの事でしょうに」 

 

「なんでそこで煽るのよ、妹紅さんも‥‥」

「その通りだけどさ、それでも逸らされて火傷なんて‥‥」

「逸らされて? 言う割には誰かの煙管が悪いようにしか聞こえないわ、自分に返ってくるのはいいがそれが身内に向くとは考えなかったの? 年寄りの割に浅はかね」

 

 口角を上げて笑むと両手に炎を纏わせて殴りかかってくるが拳は逸らされて炎は庭へと飛んでいくばかり、一発くらい殴らせれば頭も冷えるかも知れないが輝夜が爆ぜた妹紅の拳だ、さすがにマトモに貰いたくはない。

 庭先に躍り出て妹紅と対峙するように斜に立ち煙管咥えて煙を纏う、全身に不死鳥の炎を纏って捨て身で突っ込んでくるが、あたしに逸らされて背後の壁を灰燼と化すだけに留まる焼き物上手。

 殺す気で対面すると随分と恐ろしい相手だ、これで殺しても終わらないのだからタチが悪い、文字通り捨て身で突っ込んで一撃毎にボロボロになっていく妹紅だが炎の勢いは弱まらずに強まるだけ、どうにも面倒だし煽って早めに燃え尽きてもらおう。

 

「これだけ燃えているのに、愛しい相手を傷つけて燻っているなんてちぐはぐで滑稽ね」

 

「いいから黙れよ! 私のせいで‥‥」

「そうね、妹紅のせいで傷ついた。そう思っているなら他人のせいにしない方がいいわ」

 

 十数回ほど突進を逸らしていなしていると妹紅が肩で息をし始めた、さすがに死なないとはいってもスタミナは死ぬらしい、そろそろかと再度煙管を燻らせて濃い煙を周囲に漂わせる。

 あたしを睨みながら煙に対して真っ直ぐに突っ込んでくる妹紅、最後に残った炎の右拳に対して煙を集めて真正面から受けた。

 

「さっきから誰を殴りたいのよ? あたし? それとも自分?」

「うるさいよ! いいから黙って殴られてよ!」

 

「妹紅のせいで怪我をした、けれどそうなったのは誰のせい? 少なくともあたしじゃないわ、逆恨みなら似合うのがいるじゃない」

 

 煙の中で少しずつ消えていく妹紅の怒り、消化しきったのを確認して煙を薄めて縛を解いた。

 抑えて殺した勢いでは殴るとは言えず、左頬にコツンと充てがわれた右の拳。逸らさずに受けたことで殴ったと認識したのか、少しずつ拳を下げて瞳も見慣れた物へと戻していく妹紅に再度煽りをいれた。

 

「八つ当たりしてスッキリできた?」

「全ッ然すっきりしないけど……殴る相手が違うって事はわかったわ」

 

「なら重畳ね、殴る相手から外れた事だしこのまま少し聞いても?」

「何を? あぁそれと悪かったわ、ありがとう」

 

 謝辞への返答は相槌だけで済ませて煙管以外の事を聞いた、はたて柄の布とあたしの失くした煙管、ソレ以外で何か使って逃げなかったのかと。

 聞くことが出来たのは三人で追い詰めたはずなのに、折り畳み傘を開いてその中に姿を隠した瞬間に三人の背後に現れ弾幕を放って来たと言う事。これは多分紫の傘か、スキマ妖怪でもないただの天邪鬼がスキマを開くなど愛用品を使ってもムリだろう、なら何かしらのタネがあるはずだ。持ち主の能力を物を媒介にして発現させる、か。

 思い付くものができて次に向かう場所にもアタリを付け微笑んでいると、先ほどまで燃えていた蓬莱人に何か問いかけられたがこれも聞き流した。

 縁側からこちらを見つめて並んでいる二つの頭、その内の赤い方を瞳の中央に捉えて問いかけてくるのだ、何が言いたいかくらいわかるけれど口にはしなかった。

 静かな夜の竹林の庭先を明るくする炎、それが燻り煙を立てる中で微笑んだまま佇んでいると消火作業に忙しくなり始めた。このままここにいては邪魔になるし下手を打てばまた犯人扱いが待っているだろう。

 そうなる前に向けられる視線と意識を逸らして先ほど抜け出してきた診察室へと戻ってみると、慧音の様子を診る永琳の姿があった。

 慧音が床に伏せる横の小さなテーブルにはあたしが飲まされた漢方入のフラスコ、粘度こそ液体のそれだが怪我人にまで飲ますのかと慧音を憐れんでいると、それを飲みながらあたしを見やる八意先生。

 表情も変えずにすんなりと口にされて何も言えずに黙ってみていると、中身について教えてもらえた。

 

「苦丁茶ってあの苦いお茶よね?」

「そう、お茶。解熱作用があるのよ、苦いけど」

 

「本当にただのお茶なの?」

「しつこいわね、雷鼓が苦言を呈しても聞いてくれないと嘆いていたの。それなら苦汁を味わってもらおうかなって、肝も冷えてスッキリしたでしょ?」

 

「触診と暗幕、耳栓は‥‥」

「診察は雰囲気作り、アヤメが泣き顔見せるなんて芝居した甲斐があったわ。他はてゐの演出よ、聞かないなら聞けないようにしてやれなんて言ってたわね」 

 

 あたしが思っていた以上に真っ直ぐに想われているらしい、慣れてない真っ直ぐな気持ちのお陰でまた赤くなりそうだ。無意識に頬を抑えていると飲んでいたお茶を差し出された、何も言わずに受け取ってぐいっと煽り飲み干し眉間に皺が寄る味を噛みしめる。

 そのままカップ代わりのビーカーを突き返すと味について聞かれたが、苦くてたまらないと返答するとそれ以降は何も言われず患者の様子を診る名医へと姿を戻していた。

 あたしの治療は終了でこれ以上言う事はないから後の苦言は雷鼓から聞けって事かね、あたしから話はしないが聞くくらいならいいか。以前言葉にしたせいで悩む羽目になったのは記憶に新しいし、口は禍の門だと祟り神から忠告もされた。 

 なら誰にも言わず内緒のままで程々に守り通す、置いて逝かない渡さないという約束。

 過去に交わした約束はどれも守れず破り続けて来たけれど、あたしの腹鼓もあっちの太鼓も誰にも破らせはしない。


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