東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十二話 投げられた投網を見やる

 桜東風に吹かれて春宵を流麗に彩る花びらの中、誰が手柄を立てるのかと皆で予想し騒いだ神社での宴会。いの一番に名乗りを上げて私が見つけると息巻いたのは言わずもがな、お前が騒ぐと寒いし桜が散ると巫女に一括されていた。

 そんな巫女の声に乗り早さなら負けないと息巻いたのは黒白少女、言葉を聞いてなんとなくショートボブの方の烏天狗を見たが相手にせず鬼っ娘と酒を飲んでいた。相手にせずというより相手にできないといった方が正しかっただろうか、ツインテールは先に酔い潰されていたし、辞めた上司のパワハラに付き合うなんて組織に属していると大変だ。

 それから数人名乗りを上げていく中で、発明大好き河童ちゃんが誰が一番最初に捕まえるか賭けようと皆を煽って仕切り始めた。昔の上司も賢者もいる宴会場、果ては天人もいる場であいつもよくやるなと関心していると、隣の赤い髪が悪戯に笑っていた。お前がノセたのかよくやった、帰ったらこの場に負けない楽しい事をしよう。

 

 いつも通り唐突に始まった掛け事というお戯れ、その一番人気は安定の巫女、妖怪退治ではないが全力全開生死問わずというなんでもありのかくれんぼでもあれの人気は変わらずで妬ましい。

 次いで人気は先ほど息巻いた黒白とそれをあやすメイド長、最新の異変解決の実績があるからだろうか、半分庭師と風祝にほんの少しだけ差をつけての二位三位だった。

 さすが異変解決組は人気者ばかりだなと笑んでいると、あたいが一番で最強だと寒いのがまた騒ぎ出して何処かへと飛び出していった、今日は呼ばれていないどこぞのサボり魔じゃないんだから、私なのかあたいなのか、そこだけはっきりしてからいなくなってほしかった。

 

 それで他の人気だが、人間少女から下はどんぐりの背比べで、身内の多かった寺の住職がやや高いところにいたがあらあらと笑うだけでやる気があるのかわからなかった。

 それから集計を始めて、最後の辺りにあたしは誰に賭けるのかと発明お馬鹿に問われて悩む、悩む中で視界に入った相手から一つ思いついてそいつに賭けた。張った相手は紫さん、言うだけ言って自分では何もしない事ばかりなのだから偶には動けと軽口を言うと、仕方がないわねと少しだけやる気を見せた。

 褒美がなくなると回りに煩く言われたが、ならそれより前に見つけてどうにかしろと嗤って話すと士気を上げて息巻く者が増えた。どうせなら楽しいお戯れが見たい、あたしが賭けてもどうせ負けるのだし、それなら紫さんに賭けておいて誰かの勝ち姿が見たい。ついでに発破を掛けられて重畳だ。アレを捕まえるのが誰になろうが構わないが、賭けの勝者が誰であろうと楽しいお遊戯を見せてほしいものだ、煩くなった夜桜見の中で盃を置いて徳利毎酒を煽り呑んだ。

 

 そんな宴会から少したった今日、あちらへ行けば天邪鬼はいないか、こちらへ行けばアマノジャクを見ていないかと探して歩く者達が増えて人も妖怪も春らしく浮かれている。あの晩に妖怪の賢者から直接聞いた者達も当然探しまわっているし、どこから聞きつけてきたのか知らないがお呼びでない木っ端者達まで褒美に釣られてその辺を闊歩している。おかげで何処に行っても騒がしく、まったり出来るのは我が家とこの店くらいになってしまっている。

 他者が顔を合わせる所、集まるものが人でも妖かしでも構わないが誰かが顔を合わせればあいつは何処だとうるさい幻想郷だというのに、まるで切り離されたように変わらない静寂を保つ店。

 いつものように不意に訪れてぼんやりとしているが、何も買わずにあたしがこうしているのに慣れたのか、最近はいらっしゃいも帰れとも言わなくなった店主 森近霖之助。ブーツと床が立てる音と、店主の捲るページくらいしか音がしない居心地の良い空間の中で静寂を楽しんでいると、売り物の静寂を無料で楽しむなと店主の方から話しかけてきた。

 

「君は探しに出ないのかい? ご褒美ありの楽しい遊びなんだろう?」

「叶うかは兎も角おねだりはいつでも出来るし、ご褒美なんてどうでもいいのよ。むしろ長く逃げ続けてくれた方が楽しみが続いていいわ」

 

 何度読み返しているのかわからない推理小説を読み進めながら、あたしを見ずにあたしの事を話し始める優男、そんなつれない店主さんにカウンターに寄りかかり、手元の推理小説を覗き見ながら返答する。

 いつかの雨宿り以降こうして覗き読みしているが、本当に大事な所だけ抜けていてる書物で盛り上がり所がないものだ。物語の主人公である姉に対して、犯人である妹の憎悪が芽生えそうな前フリが書いてあるページ、ここから数ページ先が抜け落ちている落丁本、丁度間に何があって妹が殺害行動に至るのかが抜けていて、毎度覗きこんで思うがなんともむず痒い推理小説だ。

 むず痒いなんて考えたのが伝わったのか、眼鏡を指先で直しそのまま高めの鼻先を軽く掻きながら何か問いかけてきてくれた。

 

「日和見していると捕まえる瞬間を見逃してしまうんじゃないのかい?」

「あれはまだ捕まらないわ、それに捕まえる瞬間よりももっと面白いモノがないか、探してみるのも楽しいものよ」

 

 返答に対してふむ、と1枚ページを捲って栞も挟まずに書が閉じられる。

 パタンと聞き慣れた音を立てて読み進めていた物語からこちらの世界に帰ってきた男。

 珍しく視線を合わせてきた店主、あたしに興味を持つなんて珍しい事もあるものだと薄く微笑った。小さく漏れた笑い声を消すように目を見つめながら何かを問うてくる店主殿。

 

「わからないな。捕まらないと言い切るのも、捕物で捕縛以外に楽しめる場所があるというのも」

「そうねぇ、結末よりも過程を見ている方が今は面白い。そう言えば伝わるかしら?」

 

 閉じられた小説に視線を移してそう答えると瞳を閉じて何かを考えだした森近さん、わかりやすく答えてみたつもりだったが伝わらなかったか?

 顎に手を添えて考える姿は中々に様になっており、草食系男子にしておくにはもったいない姿だ。あの黒白が熱を入れるのもわかるなと、思いに耽る美丈夫に焦点を合わせていると眼鏡に店の灯りを反射させながら見つめ返された。

 見つめてくれているのに瞳は見せてくれない角度にいる色男、つれない。

 

「本とは違って一回こっきりで捕まったら二度目はないと思うよ、それなのに追いかけないのかい?」

「天邪鬼に会いたいなんて考えてたら会えないのよ、体感したからわかってるわ」

 

 普段は店に並ばない商品である疑問なんてものを顔に貼り付ける店主さんを見られて少し楽しく、淑やかに笑むと難しい顔をされた。正確には疑問というよりも疑惑といった表情だが、天邪鬼については実際その通りだったのだし、気にすればするほど会えないのだからしても仕方がない。

 疑惑の糸が解けるかはわからないが少しだけお話しよう、静寂と表情の代金代わりに獲物を探さずまったりしている理由でも払っておこう。

 

「褒美を求めて全力で追いかける人妖の皆々様、それから逃げるなら逃げ続ける方もきっと全力よね?」

「そうだろうね、見たという話は新聞で読んだけど、どれも逃げられているようだし」

 

 カウンターの奥にある畳部屋に打ち捨てられた紙ゴミを見て呟く森近さん、丸められて中は読めないが元は天狗の新聞だろう。霧の湖でお琴と⑨と姫が見かけて追いかけたが無事逃げ切られたという記事が発行されていたはずだ、読んではいないがそれ自体は知っていた。遊びの開始を告げられてから躍起になった皆のおかげで着々と狭まる包囲網、仕掛けたその網の中で最初に掛かった場所は記事の通り霧の湖だったはず。

 捕まえる事は出来なかったが最初の目撃者となったお琴の付喪神から、その時の事を色々と聞く事が出来ていた。八橋から聞くことが出来たのは、殺すつもりで全力で放ったはずの逃げ場のない弾幕を、天狗記者のスカートみたいな柄をした布を使い避けられたという事。

 捕物なのにライバル候補に頭だけ入れているあたしに話していいのか、八橋が話し始めてすぐはそんな事を考えて素直に聞いてみたが、どうにもライバル視をしてはいないらしい。油断していると足元を掬うと忠告してみたが、雷鼓の邪魔はしないでしょ? と笑顔で言われて何も言い返せなかった。雷鼓が何を願うのか聞いていないが確かに邪魔はしないなと納得していると、姉妹は雷鼓の手伝いなんだと話し始めた。全員道具の楽園創りという目標もあるし、多分それかと再度納得して話を流した。 

 

 話を戻して、そんな逃げられた事を悔しそうに話す八橋には悪いと思いながらも、これを聞いてあたしは完全に見方を変えた。色々と盗み出した愛用品を使って全力で逃げるかと思ったが、知らないアイテムも持っていた鬼人正邪。使えるものは何でも使って逃げ延び生き延び続ける小者だと思ったが、知らない物も使うとは底がわからずに面白い。

 八橋の話を聞いているだけでもあたしの心を擽ってしまい、今はもっとやれもっと見せろと密かに応援している。何故密かになのかは赤い髪が怖いからだと一言だけ言っておくとして、取り敢えずいい男の方を相手取ろう。

 手を取ってはくれないが珍しく伊達男が構ってくれているのだから、中途半端にしては女が廃る。

 

「逃げはじめたばかりで元気な天邪鬼、追いかけても盗品があるし多分捕まえられないわ」

「それでまだ捕まらないと、なるほど…大勢盗まれたらしいね、それも名のある大妖ばかりが狙われたと聞いているね」

 

「やっぱりそこが気になるわよね」

「落丁本に例えたのはそこかい? それなら捕まえて聞いたほうが‥」

 

「それは勿体無いわね、折角のお戯れよ? もっと盛り上がるようにどこまでも逃げてもらわないと面白くないわ」

 

 言い切りフフンと少しだけ胸を張ると、少しだけ顔を傾けて貶みを込めて見つめられた。

 色男にこんなに見つめられては気恥ずかしい、紛らわすようにカウンターで頬杖ついまま唇だけで投げキスしてみるとため息をつかれた。避けられなかっただけマシだと考えて悪戯に笑むと、再度ため息をつかれて視線を逸らされた、あたしを釣っておいて本人はつれない態度とは、イケズなお方だ。 

 

 視線も逸らされたしこの辺で自己整理、正邪を応援する理由はここにもある、というかこっちが本命でどうやったのかと楽しく悩んで手口を考えている。直接被害者に聞いてもいいがその前にある程度仮説を立てて遊んでいるのが楽しい、折角降ってきた拾い物の難題なのだから色々と考え妄想に浸りたいのだ。

 例えば文や幽々子から盗み出す事、この二人ならなんとなくだが千歩以上譲って考えればなくはないのかもしれない、前者はほとんど巣にいないのだから、出払ったその時に巣から持ち出せばいいだけだ。妹烏や白狼天狗が煩いかもしれないが、鳴き声をひっくり返すなり千里眼をひっくり返なりして何も見えないなんて事に出来れば盗めない事もないだろう。

 後者は何かにご執着の隙を狙えれば盗み出せない事もないかもしれない、例えば今の幽々子の流行りである食事に向かう意識、それ以外をひっくり返して食事だけに集中させるとか、そうすれば庭師の方も食事にご執心している主のせいでせわしなくなるだろう。

 万一見つかった場合が恐ろしい事にしかならないからあたしだったらやらないが、それでも頑張って生死でもひっくり返せば大丈夫かもしれない、実際出来るかどうかはわからないテキトウな暴論だが、自己申告の『程度の能力』なのだから完全にないとは言い切れないし、億が一にもあったならそれは堪らなく面白い。

 

 こんな風に有る事無い事をテキトウに考えられる今が楽しくて堪らない、要らぬ事を全力で考えるなど空回りにしかならず、少々イタイかもしれないが細かいことはなんでもいい。

 偶に空回りして痛い思いをするのだから、この際先に回せるだけ回してしまおうという思惑もある、この思惑自体が空回りだと言われればどうしようもないが、思い込みってのが大事な物だとあたしは考えている。はなっから空転していれば途中で回されても変わらずにいられるはずだと、ちょっとした思い込みのために滑稽に滑車を回して楽しんでいた。

 

 思考が逸れて帰れなくなりかけてニヤニヤと笑んでいると、物言い待ちの優男が揺れ椅子を鳴らして引き戻してくれた。取り敢えず仮説が立てられる二人の事はいいとして、残りの被害者連中の方が気になる部分だが‥これも後にしよう。

 また放り出してしまうところだった、口角を上げて笑むあたしを見る目が痛いしそちらに気を回そう。

 

「君の相棒が頑張っているのに手伝ってやらないのかい?」

「おねだりしてきたらいつでも手伝うけれど、今は自分達だけで頑張っているからその時ではないんじゃないかしら?」

 

 自身のほしい物の為に頑張る姿というのは輝いて見える、思い悩み無駄に動くこともあるかもしれないが、そうして汗を流す姿は雷鼓に限らず美しいものだ。全力で逃げまわり汗だくになる正邪もきっと美しいのだろう、追いかけて追い詰めながらそれを見るのも悪くない。が、今はまだ早い気がする。記事で読む限りだが、紫やマミ姐さんから盗み出したアイテムを使ったという話が出ていない。

 少しの手の内を見せておきながら残してある余裕のある状態が今だ、アレも考える頭はあるしそっち方面では非常に賢い気もする。そのような相手を今追いかけても軽くあしらわれて終いだろう、それなら使いきった頃合いをみて追いかけ始めたほうが効率が良い。

 場合によっては途中で手数を増やすかもしれないがそれはそれで面白いものだし、謎解きが増えてあたしとしても楽しめる。楽しい妄想に少し浸りクックと声が漏れた辺りで、眼鏡男子のから吐き慣れた幸せばいばいの吐息が聞こえた。

 そう言えば会話の途中だったな、こいつは何を考えてるのかと悩む顔を見せてくれた半妖男子、そういう顔は大好物で堪らない。

 

「森近さんがそうも悩んでくれるなんて、女冥利に尽きるわね」

「これは‥‥いや、なんでもないよ。それで、相棒は放っておくのかい? 新聞ではあんなにべったりだったのに冷たいものだね」

 

「悩む顔を見つめるのも乙なのよ、今の森近さんも素敵だわ」

 

 悩む美男子の頬に手を伸ばすが相手にされずまた書の世界へと帰ってしまった色男。

 本当につれないお人だ。

 閉じた本を再度開いて読み進める流行らない店の主。

 開いたページは閉じたページよりも少し前辺りだろうか、主人公に対して盛り上がり始めたばかりの殺人犯の心情が少しずつだが語られ始める頃合いの文字の羅列。

 ただ拗ねてむしゃくしゃしたからやった、なんて犯行動機だったら面白いかもしれないと、カウンター越しという姿勢は変えずに森近さんの読むスピードに合わせて目で追い考えていた。

 ちなみにあたしから手助けしない理由だが、ご褒美目当てにお尋ね者を探し回っている雷鼓に放って置かれて拗ねているわけではないと、誰に向けてかわからないが少しだけ釘を差しておく。

 むしろ放って置かれて焦らされたほうが疼くというものだ、悩みに悩み抜いている顔を見ているのも心地よいし、その後にあるかもしれない手助けをしてどんな顔をするのか。

 その辺りを考えるのも面白い、成功して笑んでくれるか失敗して呆れられるかわからないが、どちらにしろ見て欲しい相手に見てもらえるなら面白く気持ちが良いものだ。

 何でも楽しむという教えに一歩近づけているような気がするし、赤い屋敷の魔女が言った過程を大事にするというのも理解できている錯覚を覚える今、楽の師匠のようにふわふわ漂うところまではいけないが、一箇所に留まり思いに耽るのも偶にならいいと気がついた。


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