東方狸囃子   作:ほりごたつ

13 / 218
第十三話 館と魔女とオトモダチ

 カチャリと陶器同士がぶつかり小さく音が鳴る。

 白地で、縁と取手に血のような赤の差し色を入れた小さめのティーカップ。同じ色使いのソーサーと揃いのそれがカチャリと鳴り合うと、手元に配膳される。揺れる液面を見ればオレンジ色よりも赤みを帯びた紅茶が注がれていて、暖かな湯気を立てていた。

 

 カップを手に取り紅茶を少し口にふくむ。

 お茶といえば日本茶くらいしか普段は飲まない。そのため紅茶の良し悪しなどよくわからなかったが、これも風味や香りを愉しめばいいのか、と飲んでみて思った。

 

「飲む機会がないから馴染みがないけど、これは香りがいいね」

 

 出迎えからもてなしまでしてくれた、テーブルから少し離れて佇む使用人に感想を伝えてみたのだが、顔を少し下げ穏やかな表情のまま何も言うことはなかった。

 それなら代わりの相手、正面に座る魔女に目をくれてみるが、こちらからの反応もない。いるのに相手をしてくれないとは、今のこれはおもてなしではなくちょっとした罰ゲームなのか、そんな気がしなくもない。

 

 あたしの独り言と茶器が鳴る音。

 本のページをめくる音。

 それしか聞こえない空間でテーブルに置かれた魔導書を流し読みしていく。

 薄暗い魔力光の灯るライトに照らされた文字列を目で追い、それから少し目線を上げれば、どこまでも並んでいるように見える本棚が目に付く。ここの住人や司書も全てを把握出来ていないという蔵書の谷。山程あるってのが正しい表現だろうが、立ち並ぶ背の高い棚のせいで、谷の方が似合うように感じられた。

 これだけあればあたしでも出不精になるわ、と思える蔵書量だ。外から見える屋敷よりも明らかに広いと思えるこの大図書館、魔法かなにかでこうなってるのだろうが、魔法とはなんとも便利ものだ。

 

「もてなしはありがたいけど、使用人は主の許しがないと会話もできない?」

 

 もう一度、奥で佇む使用人に声を掛けてみる。

 

「そのような事はございません、ただ、お客様と話すという事にあまり慣れておりませんので。今までに当館を訪れた方は、会話よりも争い事が先のような方ばかりで」

「それはまた、野蛮な連中ばかり訪れるもんだ、お屋敷の色と一緒で血の気が多い連中ばっかりだったわけね」

 

 そう言い軽く笑うと、使用人も声を出さずに小さく微笑んだ。

 

「今しばらくお待ちくださればお嬢様もお目覚めになります。それまではこちらで紅茶を楽しんでいただければと思います」

 

 そう告げると使用人は音も立てず一瞬で姿を消した。

 

 以前の宴会で羽の綺麗なお嬢ちゃんがなにやらあたしを気にしていた。

 そんな事を美鈴から聞かされたのだが、思い当たるような事もないので直接伺ってみた。わけだが、吸血鬼の起きる時間よりも少し早めに着いてしまい、時間つぶしと親睦も兼ねてと、この大図書館に通され今に至っている。

 親睦とうたってはいるが、入館して席に着くまで従者から名前の紹介があっただけで、正面に座り書を読み続ける魔女は一言も言葉を発してはいないのだが。

 

 

「日本の昔話なんかもこの図書館にはあったりするの?」

「全てとはいかないけれど探せば大体あるかもしれない。興味もないし探したことがないからあるという確証は得られないのだけれど」

 

 魔女の方を見ることなく質問をしてみる。

 聞かれた内容に対する答えと追加でするつもりだった質問の答え。

 両方を一息で答えてくれる魔女が淡々と話してくれる。

 

「話せない、というわけではなかったのね」

「紅茶は私は専門外、本は私の範疇」

 

 軽口ではない独り言だ、返事が返って来るとは思っていなかったが思いがけず返事があった。

 

「なるほど、なら続きをいいかしら?」

「探すなら小悪魔を使うといいわ、司書のようなものよ」

 

「本当は魔女ではなく覚妖怪だったりする?」

「さっきまでの流れと続きという言葉から察したまでよ、心は読めない」

 

 会話もしない堅物、というわけではなさそうだ。質問も聞かずに答えてみせた。

 なんとも切れ者だ、話が早くてとても助かる。

 

「一つお願いしたい。かちかち山という昔話、有名な話だから一冊くらいはあるはずよ」

「貴女のスペルの元の話ね、今更読んでどうするの? 貴女なら本以上に話を知っていてもおかしくないと思うけれど」

 

 絵本だと尚ありがたいがそこまで期待しても仕方ないか、そんな事を思っていると初めて魔女から質問が来る。範疇内の話題を出したからだろうか、少しは興味が惹けたようだ。

 

「あたしじゃないさ、ここのお嬢ちゃんに一つ、と思ってね。あぁ妹の方だよ? 姉の方は興味がないと一蹴して終わりだろう?」

「そうね、聞くまでもなくそうするわね。では妹様なら興味を持つだろう根拠は何?」

 

「世間知らずの引きこもりはなんでもいいから知らない事を知りたがるもんだ」

 

 魔女の方からページを進める音が消える、あたしも書を閉じそっちを見つめた。

 

「誤解があるから訂正するわ。世間知らずは正しい。誰も教えてこなかったから。でも引きこもりというのはノーよ、外に出せなかったというのが正しいわ」

「出せなかったは正しくないな、出せると思っていなかった。そうだろう?」

 

 初めてこちらの顔を見る魔女に軽い笑みを浮かべそう告げると、魔女の目が微かに揺れた。

 

「‥‥そうね、それが正しいわ。妹様を外の世界に出しても大丈夫。そう考えることはできなかったし……しなかったわね」

「勘違いしないでくれよ。別に攻め立てに来たわけじゃない、そういう趣味も持っていないよ。ただこの前の神社の宴会。あそこでお嬢ちゃんを見た限り、聞いた話とは違うと感じてね」

 

 悪魔の館の吸血鬼、その妹は気が触れていて495年間ずっと幽閉されている。というのが一番多く耳にする噂で一番信憑性のある話だった。

 それがこの前の宴会には姉と一緒に参加して楽しんでいるようだったし、見知らぬ輩が周りにいても暴れだすような素振りも、感情が高ぶっているような気配も感じられなかった。

 感じられたのは、知らないものが溢れている知らない世界への強い好奇心と、知らないものをどう扱ったらいいかわからないという不安だけだった。

 

「ひと目見ただけでそう感付くなんて、貴女こそ覚なのかしら?」

「あたしは狸だ、あんなジト目と思ってもらっちゃ傷つくわ」

 

「そこはいいわ」

「なら話そう。まず一緒にいた姉の態度、監視というより見守るというものだ。噂通りなら当然あるはずの妹や周囲への警戒が見られなかった。そしてこれは単純な話だが、気が触れているなら連れ出したりしない」

 

「続けて」

「美鈴、あの子がお嬢ちゃんを見る目は愛しい者を見る目だ。監視対象へ向ける眼差しじゃない。異変で体験したんだ、その辺は覚えてる。これで足りないなら使用人の方も説明するが?」

 

「‥‥いいえ、大丈夫。そうね貴女が言った事は正しい。ここに住む者として、レミィの友人としてもそう思えるわ」

「そう、考察が間違っていなかったのなら重畳ね」

 

「それで話は終わり? 真相を聞いていない気がするけれど」

「ん、引きこもりの子供と結論付けた理由が聞きたかったんでしょう? ならお前が納得する所までは話したわ」

 

 考察を披露し終え、視線を書に戻し、紅茶を啜る。

 何か言いたげな魔女がじっと睨んでいるが目つきが悪いな、本の読み過ぎだ。

 

「パチュリーよ、パチュリー・ノーレッジ。お前ではないわ」

「聞いているよ」

 

 自己紹介まで随分と遠かったな。

 この魔女も姉妹もそうだが、もう少し社交性を持つべきだ。

 

「それでパチュリー、まだ納得してないといった顔だけど」

「言わなくてもわかるでしょ」

 

「言葉にしてもらわないと間違う、さっきも否定したがあたしは覚じゃあないよ?」

 

 癖なのか、愛想のない話し方をするこの魔女に意地悪く笑って見せる。

 

「本当に意地が悪いわね、直接的な分あの隙間より意地が悪い」

「何の事だかわからないわ、正面切って悪口が言いたかっただけ?」

 

 胡散臭く笑ってみせる、最近板についてきた気がして酷く嫌だ。 

 ピリピリした張り詰めた空気が流れ始める中、気配もなく消えた使用人が、同じように気配もなく現れた。

 

「大変お待たせ致しました、お嬢様方がお目覚めになられましたのでお迎えに上がりました。ご案内させて頂きます」

「丁寧にありがとう、一つ提案があるんだがお嬢ちゃん達にここに来てもらうってのはダメなのかい?」

 

 綺麗に礼をし、返答を待つ姿勢で佇んでいる使用人に一つ提案を言ってみた。

 

「お嬢様に確認を取りませんとお答えできかねます」

「お二人共、こちらまでお越しくださいます。そのままでお待ちくださいませ」

 

「念か何かで会話できるのかい? 最近の人間は便利になったのね」 

「はい、最近の人間は囃子方様が知るよりも少しだけ便利になりましたわ」

 

 特に動く気配も見せてないがあの姉妹に許可を取ったらしい。

 能力を使ったんだろうが今は興味がなかったのでテキトウな事を言ってみるも奥面もなくそう答えられた、つれない使用人だ。

 

~少女待機中~

 

――宴会ぶりだな、狸

 

 あたしの座る椅子の真後ろ、図書館入口の方から声と共に三つの影が近づいてきた。どれに言われたかなど、少しでもこの館の姉妹を知っていればわかるだろう。

 コツコツと歩くメイドを従え、ゆっくりともったいぶったように歩いてくる。全身が見える距離になると大きく翼を開き、夜に輝く赤い瞳であたしを強く睨んでいる。

 紅魔館の主にして吸血鬼 レミリア・スカーレットだ。

 

「宴会ぶりね、お嬢ちゃん」

 

 振り返り声を掛けると、姉に隠れるよう少し後ろに立つ妹の姿も見える。姉と使用人の陰に隠れてはいるがこちらから見える位置に立ち、不安な表情を浮かべたまま俯く少女。

フランドール・スカーレット。

 

「羽の綺麗なお嬢ちゃんも宴会ぶり」

 

 声をかけてみると一瞬目があったのだがすぐにまた俯かれてしまった。

 

「何やら友人の機嫌が悪いように見えるが、何かあったのかな。狸」

「いいや何も、さっきまで言葉遊びをしていただけよ」

「そう、少し劣勢だっただけ」

 

 正面の魔女になぁと促すと、先ほどの張り詰めたものをしまい冷静さを取り戻した声で呟く。

 

「遊びか、ならいい。パチェが劣勢とはまた珍しい事があるものだな」

「苦手な分野で畳み掛けられたのよ」

「そういう事さ、お嬢ちゃん。誰にでも苦手はあるものよ」

 

 口では納得出来たようなことを言うが、態度が納得していないとまるわかりなので、二人でそう答えた。

 

「そうね 私も日光が苦手だし、狸にはなにかあるか?」

「そうね、あたしは酒が怖い」

 

「酒? あれだけ飲んで、今も肩から掛けているのに?」

「酔っぱらって記憶がなくなりゃ怖い。悪酔いして気持ち悪くなったら大変ね、中毒症状が出るようになって、酒なしじゃまともに暮らせないような体になるのも怖いわ。だからあたしは酒が怖いの」

 

 怪訝な表情を見せる姉のほうと何か察した魔女に、身振り手振りを加えながら笑ってそう答えた。

 

「酒をやめる発想はないのね」

「酒は血みたいなもんでやめられない。ま、そこは重要なとこじゃないな」

 

 そう言い自慢の徳利を持ち上げて軽く左右に振ってみると、呆れる表情を見せてくれたお嬢ちゃん。

 

「ん、ではどういう意味だ?」

 

 頭の上に? が飛んでいそうな抜けた表情を見せるが、それを見て笑ったあたしを睨む。素直というか、表情豊かで本当にからかい甲斐のあるお嬢ちゃんだ。

 

「結論から言うなら、こんなくだらない、実もなく終わりもない、取り留めもない世間話は楽しいって事よ。お嬢ちゃん」

「は? え? 何が言いたいのかわからないんだけど」

 

 胡散臭い笑みを浮かばせながらそう告げると正面に座る魔女から小さく溜息が漏れた。

 お嬢ちゃんの方は理解出来てないのか、変な顔で止まっている。そういう顔が見たくてやってるフシもある。

 

「ただの言葉遊びよ、終わりそうにない話題を振ってみて互いに言葉を交わすだけ。勝敗を決めるとするなら話が進まずイライラしたり結論を急いだ方が負けね。なに、大概の事には確実に正しい答えなんかあるわけがないんだ。気の長い方が有利な楽しいお遊び」

「そういうことみたいよ、レミィ。私の機嫌が悪かったのはこいつの話の着地点をどうにか作ってやろうと思ったのだけれど、思いつかなくてイライラしていたから。その時点で負けらしいわ」

 

 胡散臭い笑みを顔に貼り付けたまま説明すると、声に苛つきと呆れが同じ量入っている魔女が補足をしてくれた。

 

「ま、ちょっと長く生きてる者の暇つぶしさ。話の取っ掛かりに使ったものがひどかったのは謝るわ、すまなかったわね。それでもノッてくるあたりパチュリーは嫌いじゃなさそうね? そっちの使用人にはフラれてしまったけど、少し残念だわ」

 

 少し趣味の悪い遊びに興じているとこの図書館の司書だろうか、コウモリの羽を四枚生やした赤髪の娘が寄ってくる。青白の使用人ほどではないがそれでも凛として業務に携わる羽根付き娘から、本を手渡された。

 

「時間がかかってしまい申し訳ありませんでした、お探しの本です。二冊ほどあったので両方お持ちしました」

「あぁ、ありがとう。待ってなんかいないわ、というよりも探していてくれたことにびっくりするわね。礼は貴女? それともパチュリーに?」

 

「小悪魔でいいわ、私は命じただけ」

「あぁそう、ありがとう司書さん」

 

 ニヤっと笑って魔女を見るがすっかり呆れられたのか、諦めたような表情で本の世界へ帰る魔女。

 司書殿に礼を述べた時だけ顔を動かし、そういう時だけ素直なのね。とも言いたげな表情を本に隠す魔女の顔を見て薄く笑った。

 

「さて、待ち人も来たしそろそろ本題。羽の綺麗なお嬢ちゃんに呼ばれて来たんだけど、一体なんの用事?」

「フランが? 接点なんてあったかしら?」

 

 未だ一言も離さない妹を見つめ質問してみる。

 それでも変わらずダンマリか、代わりに姉の方から質問をされたが受け付けず、妹を優しく見つめてみた‥‥しばしの無言の後ようやく妹が話し始める。

 

「あのね、前の異変で美鈴と殺しあったのになんでどっちも仲良しなの?」

「簡単な事だ、羽の綺麗なお嬢ちゃん。どっちも生きてる。で先日あったのは楽しいお酒の席だった。笑って話すにゃ十分だ」

 

「じゃあなんで殺しあったの?」

「それは殺りあわないといけないような場所で出会ったからかな」

 

 聞きにくい事を聞いている、そう理解はしているのだろう。表情の不安は隠せていない。素直に答えを聞かせてみるが理解されるか怪しいものだ。

 

「じゃ……」

「ストップね、羽の綺麗なお嬢ちゃん。初めて会ったら挨拶して自己紹介をするものよ。誰かに教わらなかったかしら?」

 

 言いかけたのを止める、少し怯えられたようだが気にしない。姉とはちがう意味で素直な子だろう、ゆっくり緩めていってみよう。

 

「誰も教えてくれなかったよ?」

「それじゃあ仕方ない、まずはご挨拶。こんばんは、話すのは初めましてだ。あーいやおはようございますなのか? まあどっちでもいいか、おはよう。あたしは囃子方アヤメ。ちょっと長生きの狸のお姉さん」

 

 妹の放つその言葉を聞き姉と魔女、二人が表情を少しだけ変える。思うところでもあるのだろうが、それはそれとして今はいい。あたしはなぜお姉さんと言った時に睨まれたのかそっちのが気になるくらいだ。出来ればそちらを突きたいが、妹さんがあたしを待っているようなので平手を向け促そう。

 

「おはよう、初めまして。私はフランドール・スカーレット、吸血鬼でお姉様の妹よ」

「よく出来ました。じゃあフランドール、言いかけたのは何かしら?」

 

「じゃあ……殺しあったのになんでどっちも生きているの?」

 

 先ほどとは似たような、でも少し変えた質問だ。

 

「そうね、トドメまでやる時間がなかったというのもあるし、美鈴がタフだったってのが一番の理由ね、殺すのが面倒事だと思えるくらいタフでイヤになったわ。それと、ついでに言っておくけど、あたしが戦闘向きじゃないってのもあるわね」

 

 どの口が言うのか、とレミリアの目が言ってくるが事実ではある。身体的にも頑丈ではないし能力も殺傷力があるわけでもない。少しばかり妖力の扱いに長けているのと小狡いのは認めるが。

 

「それじゃあ、すぐに死んじゃうの?」

 

 そう言うとゆっくり右手をあたしに向けて、顔の高さまで上げ握りこむ。

 バチュン、風船が破裂するような音が鳴りフランドールの膝に返り血が飛ぶ。

 床や本棚にも血飛沫が程々飛んでいたが、姉や魔女、時間を止める使用人も止めようと動くことはなかった。動く理由がないのだ、当然だろう。あたしに対し以前の異変での禍根はあれど助ける義理など彼女らにはないはずなのだし。

 しかし体が動く事はないが表情には動きがあったな。皆一様に驚いたような信じられないといったような顔で、同じような表情で一箇所を見つめてくれている。フランによって目を壊され血飛沫となり弾けるはずのあたしが、変わらず座って涼しい顔をしているから、かな?

 

「何かするなら一言くらいあってもいいんじゃないか、フランドール?」

 

 特に避ける素振りもせず座ったまま話しかけるが、その姿は少し足りなくなっていて組んで座った足の一本がはじけ飛び、右スネから下がなくなっている。おかしいのは血が流れていないということか。

 あれ? っと握った右手を開きあたしと交互に見ては不思議そうな顔をしている。何かが起こったのか、いや起こせていないのか、わかっていないようだ。

 

「フランドールのおっかない能力は知っているよ、前の異変でチラッと聞いたしその後の話し合いでも改めて聞いているわ。なんであたしが弾けてないのか、答えがほしけりゃ答えるけれど?」

「なんで? 壊れないの、あれ? なんで? なんで? なんで壊れないの? え?」

 

 答えが欲しいか、優しい笑みを浮かべ問うているが、あたしの雰囲気は随分と変わっているようだ。顔を伏せていた使用人のこちらを見る目が厳しい‥‥なんとも心地良い視線で、騙し甲斐のある連中だと思える。

 話した相手も質問なのか自問なのか、よくわからない事を呟いているが、今のは自分から振ったものだし、答えてあげるがいいだろう。

 

「あたしの能力はなんでも逸らせるんだ、フランドール。例えば後ろのメイドが時間を止めて隙間なくナイフで檻を作っても逸れてどっかに飛んで行くだろうし、後ろの姉の運命を操るってのはよくわからんが、多分姉の見るものと違う所に話が進むんじゃないか? それでだ、肝心のお前の能力だが‥‥」

 

 あたしが話を続けていると妹がさっきよりも早く手のひらを構え拳を握る。が今度はなにも壊れない。

 

「フランドール、その手で拳を握ってもあたしの目は潰せない。潰されるのは嫌だと言って逸れてどこかに逃げてしまうもの。フランドール聞いているかい? じゃあ今度はあたしから質問してもいいかな?」

 

 どこかに行くとは方便だ、フランの体のどこかに目が移動しているだけだろう。干渉は出来ても無効化は出来ない、そこまで便利なもんじゃない。

 テーブルに頬杖を突き、浅く座って体を倒しながら告げる。目があったが返事は出来そうにないため話を進めることにした。

 

「能力使って壊せないものを見つけた気分はどう?フランドール・スカーレット」

 

 不遜な笑みを浮かべて問いかけてみた。後々思い返して格好つけすぎたと一人悶々とするのはもう少し後の話だ。

「ん、よくわからない……初めての事だし‥‥わからないの」

 

 思った以上に冷静な妹を見つめ少し誘導してみようと思いつく。話の流れでどうなるものか、気になってきたところだ。

 

「なら好きなだけ考えなさいな、時間はたっぷりある。わからなければ聞いてもいいわ」

「最初の方の質問美鈴にもしたのよ、同じような事を言っていたわ。でもちがう事も言っていたの」

 

「ちがう事とはどれだろう?」

「なんで仲良しなの? って聞いたら美鈴はお友達だからって答えたわ。全力で戦ってお互い生きていて、その後に会って笑えたからあの人は大事なお友達。そう言っていたの」

 

 わからなければ聞けばいい、簡単なことだ。

 そんな簡単な事を教えてあげるとこちらを見つめ小さく呟く。話される事はまたも門番。昨日拳を交わらせ、翌日会えば分かり合った友だと、そんな封に言ってくれたか。そこまで武術家の真似事をするとは筋金入りだな美鈴、嬉しい話ではあるが。

 

「なるほど、友達か。確かに美鈴とは良い友人かもしれないな。でフランドールはそれの何が気になったの」

「壊そうとしても壊れなかったわ、じゃあお姉さんが私を壊せなかったらお友達になれる?」

 

 ふむ、なるほど。

 

「そうだな、それでもなれるかもしれない。でもあたしはフランドールを壊そうとはしないよ?」

「壊さないの? なら私にお友達はできないの?」

 

 ここまで話さなくても何が言いたいのか誰だってわかるだろう。向かいでこちらを睨む魔女も、妹の後ろに立つ姉と使用人も恐ろしい目で睨んでくれている。

 それでもあたしから言い出したりはしない、身内可愛さで甘やかし歩み寄ってあげたくなるのは仕方ないかもしれないが、生憎あたしは他人だ。それなら保護者目線では教えられない事を教えてあげるのもいいだろう。

 

「美鈴の時に話したろう、壊れないから面倒だったってさ。あたしは面倒事は好かないんだ、だから少し飛ばして話を進めてもいいんじゃないかと思ってる。フランドール、そろそろ質問は終わりだ。次は質問ではなくお願いをしてみないか? 何かお願いごとがあるなら話を聞いてあげるわよ?」

 

 体を起こしフランドールと視線を合わせ手を差し出してみる。

 

「お友達を教えてほしい……」

 

 出された手にそっと自分の右手を添え、消え入りそうな声でそう呟く。

 

「いいわ、お姉さんが教えてあげましょう。まずはなにから知りたいかしら?フランドール」

 

 手を握り返し引き寄せると、思った以上に軽かったため勢い余りあたしの体により掛かる姿勢になった。

 

 

~少女歓談中~

 

 

 それから数時間、まだ太陽が登る時間には早いが日付は変わっており、時計の針が天辺を過ぎて結構な時間が立つ、がいまだに大図書館にいる。

 お友達って何を聞くの? って漠然とした質問から始まり、あたしの事やあたしの友人達の事等色々と質問をされて答えていたらこうなった。

 寝ている間に勝手に住まいに入り勝手にお茶を飲みあたしを起こすこともしないまま帰る、そんな事をする妖怪うさぎの話をした時は外野の姉がそれは友達じゃないわ! と強くてゐ正する姿があったが、そういう友情もあるのよとフランドールには伝えておいた。

 ある程度の質問が終わり宴会の時の話になって、あたしのスペルカードの話題が出てきた。

 ちょうど司書から預かった本があるので、これがスペルの元の話と読み聞かせてみたが、狸は酷いのね、アヤメちゃんも酷いの? と素直な質問をされたが、あたしは酷くないだろう? と笑顔で聞き返すと、今のところ酷くないねと笑顔で返された。この子はカンがするどいかもしれない。

 それ以外にも他愛無い話を色々として、話題が出尽くす頃にはあたしの腹に顔を埋めるフランドールの姿があった。

 

「しかし、アヤメ『ちゃん』は中々にいいな。似合っているぞアヤメちゃん」

「そうね中々心地いいわ、フランちゃんも可愛いし」

 

 アヤメちゃんと親しげに、笑いながら言う姉の方は見ずに返答を済ませる。フランの髪を撫でるとくすぐったいのか体を小さくよじる。

 アヤメちゃんなんて呼ばれているのはどうやら美鈴が『幻想郷の子どもたちはお友達通しお互いに「ちゃん」付けして呼び合っているみたいですよ』というありがたい入れ知恵をしていたからだ。

 フランは美鈴ちゃんと呼んでみたようだが、私は友達ではなく妹様にお仕えするものです。いつかお友達が出来たら呼んでいいか聞いてみてください、とやんわりお断りを言われてしまったそうだ。

 そんな話を聞かされてから無碍にするのも忍びなかったのでアヤメちゃんが出来上がったわけである。私もちゃん付けがいいとお願いされたので、気にすることなくフランちゃんと呼ぶようになったのだが、始めて呼んだ瞬間の姉の顔は中々楽しい物だった。

 

「さて、フランちゃんも寝てしまったしもう用事もないわけだが‥‥大事な大事な箱入り娘でも挨拶や紹介くらいは教えるもんじゃないのかい? そんな事も知らないのなら美鈴が教えたお友達がわからないのも納得出来るわ」

 

 普段は見せない少しだけ真剣な声色で魔女と姉を交互に眺めながら静かに告げる。驚かれたが、姉の方が口を開いた。

 

「挨拶や紹介をするような相手が出来ると思わなかったのよ」

「これからは『思わなかった』と否定からはいるのではなく『いるかもしれない』くらいに考えてあげるといいんじゃないかしら」

 

 ふむ、魔女と同じような物言いだ、自覚があるのだろう表情は少し暗い。

 それだけ伝え紅茶を口に含む、オレンジのような柑橘系の香りが口内から鼻に抜ける。最初に淹れてもらったものとは別の茶葉なのだろうか、後で少し譲ってもらえないか使用人に聞いてみよう。

 

「それでもし‥‥また壊れるような相手だったとしたらあの子が傷つくわ」 

 

 妹が傷つく事が耐えられないのか、傷つく妹を見ているのが耐えられないのかまではわからないが、なんともお優しい保護者様だ。

 

「その時は慰めるのが身内だろう? 身内だけで泣き止まないならその時はお友達が手伝ってやるさ。子守なんて何時ぶりか覚えてないから上手い事あやせる自信はないが」

 

 そう言って笑って見せると、二人も初めて優しい顔をあたしに向けた。

 日の出の時間が近づき本格的にフランが寝始めたので使用人に彼女を任せ、姉と魔女にまた、と告げた。

 歓迎はするわ、と返答を受け図書館を後にした。

 館を出て茶葉の件をお願いしていないと思いだしたが、戻ってまた相手をするのも面倒なので諦めた。

 お天道さまの光を浴びて久々に素面のままの夜明かしだ。と一人愚痴を呟くと聞かれたのか、花壇の手入れをする美鈴に笑われ呼び止められた。

 図書館であったことをざっくりと話したが、失った足とあたしの表情をみた美鈴から丁寧な礼の言葉を頂いた。

 面倒な友人が増えたと笑ってみせると美鈴はいい笑顔で返してくれた。

 去り際にまたね美鈴『ちゃん』と呼ぶと、苦笑いをして一瞬悩んだ後にアヤメ『ちゃん』と呼ばれ見送ってもらった。お互いに地雷だった気がするが痛み分けということでいいだろう。

 失った足を見て、鬼に関わるとどっか吹き飛ぶ運命にあるのか呟いきつい尻尾を触ってしまった。これは足掻いてでも死守してみせよう。

 

 ここからは余談になるのだが、

 足が飛ばされ下手をすれば死んでいたアヤメ、悪趣味な言葉遊びに付き合わされたパチュリー、妹の事で不安と心配に押しつぶされそうだったレミリア、自身の話が元でそう呼ぶように言われた美鈴ちゃん、それなりに傷ついた人が多い夜だった。

 が、主から大慌てで図書館にあるのかもわからない昔話を探し出せと命令され、

 吸血鬼姉妹の発する強い殺気に当てられて、

 泡を吹いて倒れた小悪魔が一番の被害者だったのかもしれない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。