東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百二十一話 遊び始めはいつも唐突

 朝早くから呼び出されて何をさせられるのかと思えば何もない、あるのは台所仕事をしている少女たちを見つめるだけの簡単なお仕事。

 いつも背に背負っている切れぬものがあんまりない二刀から、切れ味の悪い神社の包丁へと持ち替えて材料の下ごしらえをする白玉楼の半人半霊庭師、その隣では持ち込んだ割烹着を着て頭の天辺に二葉を芽吹かせた鍋の味を見る風祝。そうして出来上がった料理は、皿を持って消えては現れる赤いお屋敷の従者が運んでいて、本当にやることがなくあたしは煙管咥えて見ているだけの狸の置物となっている。

 さすがに調理している横で煙草を吸う気にはならないが、見ていろと言われた手前があり抜けだして一服する気にもならず、暫く前から暇を持て余している。見ていなくとも手際は良いし三人いれば手数も十分だと思う、むしろ狭い台所に密集しすぎていてあたしは邪魔以外の何物でもないと思うのだが、あの賢者は何をさせたいのだろうか。

 

~博麗神社の桜も咲いたし花見をするから来て頂戴~

~皆集まるし出来れば台所仕事をお願いね?~

~見ててくれればそれでいいから~

 

 そう言われ来てみたけれど本当に見ているだけになるとは思わなくて、暇で暇で困っている。

 妖夢に手伝おうかと聞いてみても大丈夫ですと断られて、早苗に味見するかと聞いてみても出来上がってからでと断られる。それなら料理を運ぼうかと手を出してみたら、伸ばす先から時を止めて運びだされた、本当に何なんだろうか‥‥嫌がらせにしては中途半端で良くわからない。

 

 三人の手際が良くて何もせずとも揃っていく料理、これなら本当にやることがない。

 朝からぼんやり突立って何もしないままにそろそろ宵の口、いくら気が長いあたしでも何もしないをし続けるのには限界がある。

 気の長いあたしといえどさすがに暇に負けて耐えられず、台所から逃げ出そうとしてみると、仁王立ちする八雲の式に見つかってしまい捕まった。昼間から何度もこうして捕まっていて、その度に九本の尾を揺らしていつのも腕組み姿勢で悪戯に睨んでくれる藍、さすがに暇だから時間つぶしに付き合えと言ってみると仕方がないと相手をしてくれた。

 

「あんたの主に呼ばれたのはいいんだけど、する事ないし暇で死にそうだわ」

「そうか、紫様の悪戯にまんまとかかって暇を持て余しているのだな」

 

「悪戯って何の事? 見てろというから見てるんだけど」

「出来ればと仰っていなかったか、出来ないなら見ている事もないんだぞ」

 

 睨む瞳を穏やかなものに変えて、してやったりといった表情になる雌狐。

 やられたのなら仕方がない、あれの言葉を真に受けるんじゃなかったと少し反省し、文句ぐらい言ってやろうと主の居場所を問いただした。

 

「あぁそう‥‥紫さん来てるのよね? 外にいるのかしら?」

「幽々子様と並んでおられるのは見かけたが、その後は見ていないな」

 

 藍の言葉を聞いて早速抜け出しスキマを探す、着物の裾と暖簾を払って居間へと入るとその場の者らにチラリと見られた。丸いちゃぶ台に腰掛けているツートンカラーと台の上にいた一寸姫の三人に少し聞いてみたが、社務所の中にはいないようだ。

 それなら外かとブーツを脱いだ縁側へと向かうと、揃えて脱いだはずのブーツが見当たらずキョロキョロと回りを見渡しても見つからない、仕方がないなと靴も履かずに宙へ浮くと、口煩い天狗の二人に絡まれた。

 

「もうすぐ始まるけど何処行くのよ」

「別に引き止めたりしないけど、戻った頃に酒がなくても知らないわよ?」

 

「外に出るだけよ、あんたらあたしのブーツ見たりしてない?」

 

「あんたの靴なんて見てないわ」

「どれぇ、念写してみましょうか」

 

 パシャッと一枚取ったカメラを三人で顔を合わせて画面を見てみると、いつもなら妖怪寺の墓場にいる死体が腕を伸ばして一足ずつ持っている姿が写った。皆集まるとは聞いていたが芳香まで来ているのか、という事は娘々も近くにいるはずでブーツを取って来いと芳香に命を出しているはずだけれど‥‥しかし、なんでまたブーツなど?

 なんでも楽しくなんて言っていたがあたしのブーツでなにをするのだろうか、さすがに嗅いで笑っていたら付き合い方を考えねばなるまい。

 

 天狗二人と話しているとその二人の丁度間に霧が萃まり始める、これは不味いと言いながら翼を出して風になった烏天狗達、翼を出すほど本気で逃げるとは、今でも上司は怖いらしい。取られたブーツは後で取り返せばいいとしてとりあえずこいつにも聞いてみよう、数少ない紫さんのお友達なわけだし神社のどこで何をしているのか知っているかもしれないから。

 地に戻り縁側から足を投げ出して煙管を取り出し燻らせる、白狼天狗と河童が敷物を広げていて狼女とろくろ首がテーブルやらを並べている光景が見える庭先、変な集まりだと嗤っていると同じく嗤う鬼っ娘が顕現した。

 

「暇そうな割には楽しそうに嗤うじゃないか」

「なんでかしら? 今更嗤う相手でもないんだけどね」

 

「楽しく笑えりゃなんでもいいんじゃないか、気にする事じゃあないね」

「そうね、なんでもいいわね。そういえば紫さん見なかった?」

 

「紫? 外にいたはずだけど」

「ありがと萃香さん、後で撫で回してあげるわ」

 

 言いながら頭を撫でくり回す、今じゃないかと怒られるが隙があるのが悪いと嗤うと、私に正面から嘘をつくのはお前くらいだと笑い返された。後でまた撫でくり回すから嘘でもないと言い返すと、なんでもいいからさっさといけと外へと突き飛ばされた。

 強めに押されて体を反らせながら空中へと飛び出してしまい、勢いを殺すようにくるりと縦に一回転すると体制を戻す頃にはいなくなっていたへべれけ幼女。言い返す相手がいなくては軽口も返せない、仕方がないから後回しにして言われた通りにそのまま外を探してみた。

 探すなら見渡せる高い所からと思い、ちょっと高度を上げるだけですぐに見える妖怪神社の屋根の上、そこにいたのは胡散臭いのではなくて不遜な態度の神様二柱。分社もあるしここにいてもおかしい事などないが、二人揃ってこっちの神社にいるとは思わず少し驚いていると、小さい方の神様に笑われた。

 

「何を驚いているのやら、そんなに珍しいかね」

「早苗もいるし分社もある、驚く事でもないと思うが」

 

「守矢神社以外で見るのが新鮮なのよ、紫さんなんて見かけてない?」

 

「八雲の? いや、見てないが」

「少なくともここには私達だけだな、なにかあったか?」

 

 大した事じゃないわと返答して屋根の上から庭を見る、卓の準備は終わったようでその卓に食器が並び始めていた、蓬莱ニンジャと世話焼きが皿を並べていく中でアホの子がコケて皿を割っていく光景が目に入った。持ち込んだ自前の皿を割ったようで見ていた太子が難しい顔をしている、その横にはブーツを持った芳香と娘々。

 あそこにいたのかと指を差して動き出すと、彼女達を隠すように集まり掃除を始める妖怪寺の皆、あらあらと割れた皿を集める妙蓮寺の連中に九十九姉妹とあたしの太鼓、いないと思ったら姉妹達と一緒だったか。

 忙しそうなそっちに視線を取られて娘々を視界から外した一瞬の間に足元に何かが転がる、コトンと音を立てて誰かから届けられたあたしのブーツ。ブーツの両脇に一瞬だけ見えたピンク色のリボンが誰からの返却か教えてくれる、あの人は本当に何がしたいのだろうか?

 屋根に腰掛けてブーツを履き、モヤモヤと晴れない思考の霧の中を歩いていると隣に飛んできた誰かに霧を晴らされる、今日の昼間の天気のような澄んだ空色のスカート履いた非想非非想天の娘様だ。紫さん主催のお花見にこいつが顔を出すなんて思わなかった。

 

「あら珍しい、紫さんがいるのに顔を出すなんて」

「今日は呼ばれたのよ、夜桜見ながら宴会するから暇なら来いってさ」

 

「ふぅん、まぁどうでもいいわね。それにしても皆来るとは聞いてたけど天子まで呼ぶなんて、本当に大勢ね」

「ちょっと、までってのはどういうことよ?」

 

「言葉の綾よ、思うところはないわ」

「あぁそう、なら気にしないであげる。しっかし本当に色々いるのね、知らない奴の方が多いわ」

 

 言いながら回りを見る総領娘様、あんまり出てこないし関わらない者も多くいるのだろう。

 会場の端に腰掛ける霧の湖の姫やそれをからかうマミ姐さん辺りは知らないだろうな、逆にその近くの氷精や別の卓に陣取っている赤い屋敷の者達は異変でも顔合わせしているし、我儘御嬢様同士で気が合うかもしれない。

 しっかし本当にメンツが多いな、唯の花見でこれだけ集めるだろうか?

 何かやらかすつもりかね、幻想郷の大家さん主催でやるような事ってなんだろうか?

 各勢力の天辺まで呼び出してやるような事とは? うん、わからないしなんでもいいや。

 裏などなく唯のお花見かも知れないし、何かあるなら言うだろうし、そうなってから考えよう。

 あの人がやることなら何事でも楽しく笑えそうだ、面白く笑えるものであれば何事でも構わないしとりあえず紫さんを待つか。

 

 メンツも揃って酒も料理も出揃って巫女の乾杯が済んだ頃、博麗神社の鳥居の上に唐突にピンクのリボンが現れた。二つのリボンが少女二人分くらいの感覚を開けて宙に浮き、その間の何もない空間がパクリと開く、割れるように開いた中は気色の悪い瞳がギョロギョロとしている空間で、その瞳に見られて現れたのは白玉楼の亡霊姫と妖怪の賢者。腹ペコ姫はニコニコと覗き魔大家さんは口元を隠すいつもの姿勢で現れて、やっと主催者が出てきたかと皆の注目を一身に浴びながらの登場となった。

 口元を隠していた扇子をパチンと閉じるとその音で注目と静寂を得てそのまま静かに語り始めた、なにやら仰々しいが何を言うのかね。

 

「この幻想郷で名を轟かせる人妖から、静かに隠れ住み異変に利用されてしまった可哀想な妖怪まで、皆様今宵は集まって頂いてありがたく思います。まずは‥」

「ねぇ紫、話が長くなるのなら先にお食事をしたいわ」

 

 相変わらず緊張感のないお姫様だ、折角格好をつけて話し始めた紫さんなのに出鼻を挫かれて小気味よいな。

 

「長くはならないから待ってくれない?」

「少しだけよ」

 

「‥‥では、簡潔に。皆でかくれんぼをしましょう」

 

 さすがに簡潔すぎてわけがわからない、かくれんぼと聞いて一瞬全員で惚けてから同じタイミングであ? と声を出す者が多数、楽しそうに反応したのは氷精くらいか。

 氷精が誰が鬼でもあたいは捕まらないと飛び回るが、蓬莱ニンジャのうるさいからちょっと落ち着こうという声と炎に負けて席に戻った。⑨が戻ったのを確認すると再度口を開く幻想の管理人さん、わかりやすく離せと紅白に睨まれてやっとこ詳しく話し始めた。

 

「先の異変で幻想郷をひっくり返そうと企てた反逆者、あの天邪鬼を相手に皆でかくれんぼを致しましょう。鬼は皆様で逃げるのは天邪鬼一人、最初に捕まえた方にはご褒美がありますわ、どんな手段を用いても構いませんので見事捕らえて下さいな」

 

 妖怪の賢者の放った言葉を受けて一瞬静まり返ってからすぐにがやがやと騒ぎ出す様々な人妖達、最初にやる気を見せたのはあたいに全部任せなさいと声高に叫ぶ⑨。そのバカの雄叫びを聞いて褒美は私のもんだと言い返したのは発明馬鹿、一人二人と騒ぎ始めてついには皆が乗り気になり神社の庭が喧しくなってしまった。

 右隣に座る雷鼓にノセたのか問うと何もしていないという返事、うむ、聞くまでもなかったか、雷鼓の異変を最後にそれ以降大した異変は起きていない、人間少女達は解決に動いて楽しんだようだがそれ以外は久々に遊びを見つけたようなものだ。幻想郷の大家さんから提供された唐突な遊戯は皆のテンションを上げるには十分だったわけだ、甘い汁から先に話して皆をノセるとは上手なやり方だな紫さん。

 

「皆やる気になって下さって嬉しいわ、けれど捕まえるに中り問題が一つあります」

「口以上に手癖が悪かったのよねぇ」

 

 皆が騒ぎ始めて乗り気になった頃後出しで何かを口にし始める賢者様、大昔からある常套手段だが効果もあるし今なら絶好の頃合いか、何を追加で言い出すのやら、この場のほとんどの者に促す注意とは何か、多少の事は気にならないメンツのほうが多いように見えるが‥‥再度扇子を開いて口元に添える仕草、目だけが笑っているように見えて口はどうなっているのか見せない姿、こういう時に言い出す事はほぼ確実に厄介な事だ。

 

「あれ自体は力ない者です、ですが‥心当たりのある者も中にはいると思いますが、天邪鬼は皆の愛用品を盗み出しそれらを上手く使ってひたすらに逃げていますわ。恥ずかしながら私の折りたたみ傘も盗まれてしまいました」 

「私も提灯盗まれちゃったの、困るわぁ」

 

 ふむ、幽々子と紫さんの二人から愛用品を盗み出すとは随分とやるじゃないか、ぜひとも手段を聞いてみたいものだ。二人の恥ずかしい失敗談を聞いてから私も盗まれたかもしれないと言い出したのは文、昔使っていたトイカメラがいつの間にかなくなっていたらしい。

 あたしの左に座るマミ姐さんに皆やられて不様なものねと微笑んで話しかけると、儂もやられたと微笑んで返された。笑顔のままで固まってそのまま顔を右側に向けると後頭部に徳利をぶつけられた、馬鹿にしてごめんなさい次は小馬鹿にする程度にします。

 しかし本当にあの正邪がここまでやるとは、自分の力では何も出来ない小者だと罵ったが一人でも十分出来るじゃないか。二度逃してその度に興味もなくなっていたが毎回好奇心を再燃させてくれるな、面白い捕物になりそうで色々見られて楽しみだ。

 クスクスと後ろのマミ姐さんに聞こえない声で笑んでいると、正面の雷鼓に楽しそうだと笑顔で言われた。

 

「人の不幸が面白い? まぁ面白いのよね」

「違う笑みだけどそうね、面白いわ。文や幽々子は兎も角として姐さんと紫さんまでやられるなんて、小者なんて評価を改めないと」

 

「それで、褒美ってなにが貰えると思う?」

「ん? あぁ何かしらね、そっちは‥‥」

 

「興味ないって言うんでしょ? 私は欲しい物があるし勝手に探すけど」

「好きにしたらいいわ、あたしは眺めて肴にするだけよ。あれに盗まれず戻ってくればなんでもいいわよ」

 

 欲しい物とはなんだろうか?

 手に入る物なら少しは手伝うが、あたしを誘ってこないということはあれか、以前に話していた道具達の楽園ってヤツの事かね?

 今も漂う逆さのお城を拠点にして紫さんへ褒美として願う、幻想郷を覆すような物であれば断るだろうが思惑も場所も抑えている今何もしてこないのだから、これは紫さんの許容出来ることなのだろうな。

 まぁなんでもいいさ、やりたいようにやったらいい、手元から離すつもりはないがいなくなるわけではないし束縛するつもりもない、持ちつ持たれつやれればそれで良い。

 

 程々に頑張れと伝えると期待に応えると元気に笑う付喪神、頬を撫でそのまま髪も撫でていると、演説を終えたらしい胡散臭いのがいつもの空間から上半身だけ生やしてくる。

 料理の並ぶ卓の上に開いた気持ち悪い空間から乗り出すように生えてきて、取り分けた料理の残るあたしの取り皿へと箸を延ばす妖怪の賢者。スキマの狙う箸先を料理から逸らして代わりにあ~んと箸を差し出すと、素直に口を開くあたしの介護者の主。

 こちらを見ながら怪しく笑うスキマ妖怪に、同じような笑みを返すとチラチラと見比べてくる隣の赤い頭。雷鼓は一旦放っておいて正邪にしてやられたわねと軽口吐いてもいいが、左隣の姐さんに聞かれるとまた怖いし今はやめておこう。取り敢えず冬眠明けの今年初顔合わせだ、挨拶してから嫌がらせの意味を問うか。

 

「おはよう紫さん、聞いてたわよ、演説お疲れ様」

「おはよう。それでアヤメも一緒に遊んでくれるのかしら、今回はお願いじゃなくてお誘いよ?」

「今は遊びのお話よりも昼間の嫌がらせの方が気になってるんだけど」

 

「嫌がらせなんてしてないわよ、可愛い悪戯じゃなかったかしら」

「意味がわからないと嫌味を言う気にもならないのよ、なにがしたかったの?」

 

「特にないわ、強いていうなら人が寝ている時に楽しそうな事をしたアヤメに意趣返しをしたのよ。ちょっとだけ悔しいから、少しだけ蚊帳の外にしてあげたんだけど気に入らなかった?」

「あぁそういう事、紫さんを誘えなかったのは残念だったけど文句ならあたしじゃなくこっちに言ってよ、帰ってこないのが悪いんだから」

 

 例年通りに冬眠明けの挨拶を済ませて、スキマの持っていた盃にあたしの徳利の酒を注ぎながら話すと、表情を変えずにクイッと一口で煽ってくれた。自然に注げて自然に飲み干されたのが何故か嬉しくて、誰かに似た笑みから少し明るい笑みに表情を張り替えると、それを見比べるようにあたしの言葉をスルーして視線を左右させる雷鼓。

 先程から何かを確認するような視線だが、なにか思うところがあるのなら言ってみたらいいのに。

 

「ここの巫女が言う通りなのね」

 

「アヤメに似た可愛い妖怪さんって事でいいのかしら?」

「紫さんに似て素敵な妖怪さんって事だと思うわよ?」

 

「胡散臭い笑みってこれかと再確認しただけよ」

 

「アヤメ? どういう教育をしているのか教えてもらえる?」

「白白しいから教えてあげない、デリカシーのない覗き魔は嫌いだと言ったでしょ?」

 

「意地悪ねぇ、それなら付喪神の方に聞くからいいわ。私の紹介は必要かしら?」

 

「必要ないわ、知っているし聞いているから」

 

 あたしの顔を見ながら聞いていると言うがなにか話したっけか、特に言ったこともないし聞かれた事もないはず。少し悩むが言った事を思い出せず、小首を傾げているとそのまま放って置かれて二人で話し始めた。

 

「何を聞いているのか、良ければ教えてほしいわね」

「あまり派手にやると怖いのが来る、私の時には来なかったけれど確かにそう言われているわよ。八雲紫さん」

 

「あらあら随分と昔の事を覚えていてくれるのね、嬉しいわ」

 

 初めて雷鼓に会った時に忠告代わりに言ったものか、確か大本は吸血鬼異変で呼ばれた時に紫さんから言われたものだ。特に意識して覚えていたものではない、唯言い様の意地の悪さと小気味良さを気に入り覚えていただけの紫さんの言葉。

 板についている胡散臭い笑みから、誰かのような少し明るい笑みに変えてあたしと雷鼓を見比べる紫さん。さっきから二人でジロジロと見てくれてバツが悪い、紛らわせるように煙管を取り出し咥えると少し瞳が変化する覗き魔妖怪。

 違うものだと気がつかれたのか?

 今バラされると少々厄介な事になり気がするし、ここはあれだ、胡散臭い笑みに戻る紫さんにまだ内緒にしてくれるよう、直球ぶつけて場を濁すとしよう。

 

「煙管が何か、紫さん?」

「なんでもないわ、巻紙を舐める可愛い舌が見られないのは残念だと思っただけよ」

 

「舐めるならこっちのほうがオイシイわ」

 

 惚気なら散々見ているからもういいわと、小さく指先を振りながらスキマの中へと消えていく隙間女、消えると同時に何処かでやっときたという声がする。食べ物が足りないだとかお酒が足りないだとか穏やかに話す幽霊の声を聞きながら、舐めるつもりだった相手の頬を見る。

 この手の事もすっかり慣れたようで何? といつもの態度であしらわれてしまい、それを受けてやる気が削がれなんでもないと言い返すとそういえばと更に返される。

 紫さんの散々見てるとは何か、何かがナニかだとわかっているのだろう怒り顔で問い詰めてくる雷鼓に問われ、そのままだと答えを述べるといつからなのかと追求された。多分最初からだと思う、言った瞬間に強く尻尾を握られて変な声が出てしまう。

 声を聞いて手を放してくれたのはいいのだが、代わりに逆隣から家でやれと再度小突かれた、まだ悪いこともしていないのに散々だ。

 幽々子の隣で従者に酒の追加を命じているコレの元凶を睨むと悪戯に笑われる、可愛い悪戯だとは言うがちっとも可愛く感じられなかった。

 


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