東方狸囃子   作:ほりごたつ

128 / 218
~常日~
第百二十話 名は体を現すのか


 連れ回しても冷やかされ一人でいても冷やかされて随分と恥ずかしかったがもう慣れた、どうせならぐるっと回って自慢しようと方方回って季節も回った。

 とはいっても桜見物には早い初春といった頃合いの今、ぐるっと回って忙しかったので少しまったりしたいと思い、桜の代わりの花でも見物しようと赤い鳥居を潜ったところだ。

 すっかり雪もなくなった石造りの階段から続く参道をコツコツと歩いていく、賽銭箱はこの下にありますという看板の下に袖から出した小銭を投げた、カコーンという心地良く響く音を聞いてから、きっちりと二拝二拍手一拝済ませて社務所の方に顔を出す。

 

 未だに出されているこたつ布団に足を突っ込みのんきな顔してお茶を啜るここの巫女、珍しくいい茶葉で淹れているようで近寄るだけで少し香った。

 少し手を上げて袖を揺らすと炬燵に乗せたままの手の指先だけが小さく上がる、手を上げることも億劫なのか、面倒くさがり極まるなとほんの少しだけ笑んで返した。

 挨拶も済ませ、縁側に腰掛けて、もう少しで春告精が飛びそうな空を眺める、すっかり暖かくなったなと煙管を咥えて見上げていると、隣に腰掛けてきた巫女がこれまた珍しく湯のみを差し出してきた。のんきな顔のまま差し出してきた湯のみを受け取り少し啜ると、上等なお茶の香りが口内に広がり鼻から抜けていった。

 縁側に湯のみを置くと置いた方の手先にチクリと何かが刺さる、輝く針を構えて睨むちいさな姫様と目が合った、こちらにも軽く手を振ると少しだけ目に力を込めて再度指先をチクリとされた、随分と嫌われたものだ。

 

「霊夢、神社で争いはご法度だったのよね?」

「そうでもないわよ、始まったらきっちり退治するだけで」

 

「それなら姫を退治してくれない? チクリと襲われて困ってるの」

「寒の内は仕事をしない事に決めたの」

 

「それって節分までじゃなかったかしら?」

「寒い内って言い換えておくわ」

 

 手元でうるさい姫を無視して、足を掬ってあげても転ばない空飛ぶ巫女さん、揚げ足取りなんて聞こえてないような態度の、お茶を啜るだけの紅白に本業をお願いしても動いてくれないし口も減らないし、いつ来ても変わらない困った少女だ。

 あたしもゆっくりお茶に浸るかと湯のみに向かい右手を伸ばすと再度チクリと襲ってくるお姫様、痛くはないから構わなけれど指先を穴だらけにされては困る、輝く針先が触れぬよう少し逸らして湯のみを手に取り、火種を処理して左手で姫を捕まえた。

 天邪鬼に騙されて凹んでいたから元気づけようとしただけなのに、あれからずっと嫌われたままだ、そろそろ許してくれても良いと思うのだがまだダメらしい、腰を摘んで持ち上げると離せ降ろせと小さく騒ぐ、昨年よりは少しだけ育って片手サイズから両手乗りくらいになった針妙丸。

 軽く謝りながら言われた通りにあたしの腿の上に下ろすと、針に光を反射させて腿に突き立てようとプスプスと頑張っている、残念だが今日は着物で生地が厚い、小さな鉢かづき姫の力では足まで届かず諦めて、攻撃をやめて口撃してきた。

 

「何しに来たのよ」

「ちっこくて可愛い針妙丸と花を愛でに来たの」

 

「ちっこい言うな! 小槌に力が戻れば‥‥」

「でっかくなるの? どれくらい?」

 

「お前の膝丈くらいには‥‥」

「中途半端に小さいわね」

 

「うっさい! それで花見? 桜はまだだし梅には遅いわ」

「自分から言い出したのに怒るなんて変な姫ね、花も咲き誇ってないからこそいい所もあるのよ? 満開も見応えがあるけど、散る間際も儚くていいものだわ」

 

 言いながら注連縄が締められた立派な梅の木を見やる、あたしに釣られて腿の上のお姫様も梅の木を見始めた。嫌ってくれる割には会話もするしあたしの言葉も聞いてくれる、輝く針の持ち手らしく態度の方はツンツンしてるがまぁいいな、無関心ではどうにもならんが嫌悪されるなら見てくれているって事だ、それなら謝っていれば態度もそのうちに丸くなるだろう。

 焦ることもないし本題を楽しむかね、姫をからかうのも面白いがそっちは一旦後回しにして枝ぶりの素晴らしい梅見物をしばし楽しもう。左手に携えた煙管の柄で針を捌いてちゃんばらごっこに興じながら花よりも葉が目立つ梅を見ていると、巫女から少し説明された。

 

「あの臥竜梅には御神体として来年もしっかり咲いてもらって、しっかり客寄せしてくれないと困るんだけど」

「臥竜梅? 今度は梅を御神体にしたのね、だから注連縄なんて締めてるのか」

 

「紫が名づけたのよ、立派な梅だと褒められたからそれならと天神様を祀ってみたの」

「ふぅん、妹紅が見物に来たら白玉楼の桜みたいになりそうで見てみたいわ」

 

「学問の神様だし、あの蓬莱人って慧音と仲いいんでしょ? ならそっち方面で気が合いそうに思えるけど」

「ご利益は兎も角として藤原さんとは相性が悪いのよ、天神様は藤原さんが恨めしくて堪らないはずだから」

 

 天神様といえば学問の神様である菅原道真公だろう、日の本の国の平安貴族で藤原さん達に追いやられた先で死んだ人間、追いやられた事を恨み人の身ながら朝廷の者達を祟り殺す大怨霊へと成り果てた、あんまり恐ろしいものだから学問の神様として祀り上げてどうにか鎮めた素晴らしい神様だ。

 先代も祀っていたことがあった気がするが幻想郷で学問成就など意味がなく、信仰されずに忘れ去られたはずだが何か残っていたのかね。

 

「相性って何の事?」

「元は藤原さんを恨んで成った大怨霊だもの、祀っているのに知らなかったの?」

 

「へぇ、うちには学問の神様としか残ってなかったわ、無知な仙人もいれば物知りな妖怪もいて変な感じ」

「国は違うけれど怨霊とか好きそうだし、邪仙なら知ってそうだけど」

 

「そっちじゃない」

「あぁ、ならあっちね」

 

 仙人と言われてパッと思いつくのは邪な方が先だ、もう一人の方はどうにも仙人として見きれない、升酒煽って笑っている現役ヤンキー時代の印象が根強いからかね?

 人の徳利取り上げて勝手に飲みだすような人だったのに、今ではすっかり諭す側で180°路線が変わってしまっているがあれか、太子のところの二人のように丹でも飲んでみたのかもしれない。

 いや、それはないか、あの人の場合はほとんど振りだ、口悪いのが口煩いに変わっている振りをしているし、丹でも飲んだ振りくらいかね‥‥なんでもいいか、それよりもあの人が天神様を知らないなんてないと思うが。

 神様本人がご存命の頃に同じ世界にいたのだから知らないはずは‥‥祀られたのは姿を消して随分経ってからだったか、それなら知らなくても無理はない、のか?

 いやいや仮にも仙人を名乗っているのだからメジャーな神様くらいは知っていて欲しい、ましてや現役の頃に名を売っていた人間が成った神様なのだし。

 巫女も姫も放り出してこの場にいない説教の鬼を思い出していると、空いた湯のみにおかわりを注いでいる巫女に物理世界へ引き戻された。

 

「あんた、本当に顔が広いのね」

「霊夢に言われたくないわね、それに狸にしてはシュッとした小顔で可愛いつもりよ?」

 

「減らず口ばっかり、胡散臭い雌狐狸で嫌になるわ」

「言うならどっちかにして欲しいわ、狐まで足されたら益々面倒くさくなりそう」

 

 どこぞの狐の主のように嗤うと眉を寄せて見つめられた、偶にこうして皺を寄せて見せるがいくら若くても頻繁では本当に皺が残りそうだ。

 姫と戦う左手と違って暇をしている右手の人差し指と親指で眉間を伸ばすと手で払われた、そのせいで更に深くなる眉間の谷間。谷間がほしいのはそこではないだろうにとクスクスと笑むと、戦いを制して左手を抑えた姫が問いかけてきた。

 

「やっと討ち取ったわ、さぁ神妙にしなさい」

「退治されちゃったし素直になるしかないわよね。参りました、ごめんなさい」

 

「やけに素直ね、輝針城で摘まれた時は悪態吐いてきたのに」

「それも悪かったわと思ってるわ」

 

「ついでにちっこいって言わないで」

「はいはい、もう言わないわ」

 

「鬼でもないのに一寸の姫に退治されて大変ね」

 

 そう思うならあたしの退治依頼を聞いて姫を止めてくれると嬉しかったのだけれど、退治された後に言っても遅いか、三度の謝罪を受けてちっこいと呼ばないと取り付けたからか、少しだけ上機嫌になる針妙丸。

 大した謝罪ではなかったけれど臥竜の前で三度謝ったから上手い事いったのかね、名が付けばそれらしくなるのが(うつつ)の理だ、名は体を現すってか?

 自分で言っててよくわからんがまぁいいや。

 

「巫女が助けてくれないからチクチク刺されて大変よ、指先ばっかり狙ってくれて」

「治るし消せるしちょっとくらいはいいんじゃないの、血の気が引いて倒れても甲斐甲斐しいのが家にいるでしょ」

 

「怪我やらするとうるさいのよね、手酷くやってくれた割には」

 

 チクリチクリと数箇所刺されて指先数カ所から少しの血を滲ませる左手と、数滴垂らして赤く汚した自分の着物の腿を見る、血痕と呼べるほどの染みではないが、見られ煩く前に消しておくかと右手で撫でて赤い染みを消すと、それを見ていた姫が見上げてくる。

 あたしの顔と消えた染み、差した指先を順に眺めて小さな声で何を発した。

 

「ちょっとやり過ぎた、待ってて」

 

 腿から飛び立ち社務所の隅へと飛んでいく小さなお姫様、待ってろと言うが何が出てくるのか。

 大した物のない博麗神社の社務所の中をアチラコチラと飛んで歩いている、暫く飛び回り何かの箱を開いて潜り込んだ、ガサゴソと小さく揺れる赤十字マークの描かれた箱、竹林の医者が人間相手に用意した置き薬用の薬箱。

 元気よくあったと聞こえると同時にパタンと閉じる上の蓋、一度閉まると外のぼっちに返しがかかりそれを押さねば開かない作りになっている。そんな箱の中、罠にかかった雀のように中でぴーちく騒ぐ姫様が可笑しくて、箱ごと縁側に運び少し眺めてから出してあげた。

 数枚の絆創膏を抱えて気まずそうにする姫に左手を出してみた、ペリっと包を破るのはいいが中身を出すのに苦労する針妙丸、空いた右手で包みの逆を摘んで抑えついでにゴミも預かった、自分でやったほうが早いなとクスクス嗤うと怒られた。怪我人は黙ってろとうるさい、怪我をくれた本人に言われて理不尽だと感じるが、不器用に指を撒いてくれるスクナビコナが可愛いので言われた通りに静かに待った。

 数枚巻かれて治療は終了、笑んでありがとうと伝えると少し俯き口を動かした針妙丸。

 何か言ったみたいだが、隣の巫女の啜り音で言葉は上手く聞き取れなかった。

 




スクナビコナは薬だか医療だかの神様でもあるそうで

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。