東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百十九話 真っ向勝負の化狸

 本気を出して二日で完治、とそこまで都合良くはいかないが、取り敢えず握り込めるようになったあたしの可愛らしいお手々。本気で殴ったりしなければ問題ないくらいに回復してくれたが、質より早さを選んだせいかいつもの様に綺麗に治らずざっくり残った傷の跡。

 自分で残るように願ったのだからこれでいいのだが、実際にこうして残ると感じるモノもある。

 けれど残ったお陰で視界に入る度に脳裏に浮かぶ者も出来たし、耳の鎖と合わせていい具合に枷となってくれるだろう、残してくれた傷をまざまざ見せつけてアイツを抱く、どんな顔と音色になるのか今から楽しみで堪らない。

 右腕掲げて返してみたり握ってみたり、目を細めながら動きの確認をしていると湯治宿の女主人があたしの部屋へとやってきた、帰り支度をすっかり済ませて窓辺に寄りかかり一服していると、さきほどまとめたあたしの荷物を見つめる三つ目。

 少し切なげな三つ目に片手で逆立ちできるくらいには治ったと笑って見せてみると、余計なおせっかいをするんじゃなかったと聞き取れないくらいで呟いた。

 

「すぐに帰っちゃって寂しい、そう言ってくれないとわからないわよ?」

「そんな事はありませんよ、無事に治って何よりです」

 

「本当に帰るけど、泣いて引き止めるなら今よ?」

「またすぐに来るのでしょうし、毎日泣き顔見せるつもりはありませんよ」

 

 三つ目を見慣れたジト目へと変えて淡々と返してくる地底の読心者、言った通りまた来るだろうしそっちはもういいか、しかし毎度思うのだが、何を言われるかわかっていてそれに対して答えるだけなのだから、読み合いも何もなくてつまらなくはないのだろうか?

 それとも手の平の上で相手を転がすほうが趣味だったのか?

 そうだとしたら考えを改めないとならない、いつか一緒に眠ったがあの時も何をされたのかわからないし、これで意外と手が早いって事も有り得る。気持ちの良いところもバレバレで伝わるだろうし、そういったものを探る楽しみもないのかこの姉妖怪は、それはそれは可哀想な事だ。

 

「勝手に落胆されるのはいつもの事なので構いませんが」

「何か?」

 

「誰かと違って手が早い事などないですし、そもそもそういった趣味は‥」

「ないならこれからなるのもいいわよ? ペットがもっと愛らしく感じるかもしれないわ」

 

「いえ、愛でるというのも意味が‥もういいです、またいらして下さい」

「いってくるわさとり様、帰ってきたらまた背を流してあげる」

 

 エンリョシマスという謎の呪文を背に受けて地霊殿を後にする、背に浴びる視線も心地よく景気をつけるのには悪くないものだった、門で帰りを見送ってくれる大きな黒猫に頬ずりして、大きな猫の小さな額に軽く口吻をし頭を撫でで微笑んだ。

 口吻した瞬間にピクンと鼻先をひくつかせる猫ちゃん、見せてくれたピクンという動きで一つわかった事がある、どうやらこの子は雄だったようだ、初心な坊やで可愛らしい、後で一緒に風呂に入ろう。そうして後々で人型を取った時どうだったか詳しい所を聞いてみよう、この反応なら色々と面白そうだ。

 

 地獄の提灯街道を帰る途中で鬼神二人が並んで歩く姿を見かけた。

 朝から見せつけてくれて妬ましいとからかうと、橋姫よりも鬼の方が面白い顔をしていた。

 そんな顔をしなくとも今は本命がいるから冗談だと伝えると、惚気けてくれて妬ましいと本家の妬みが反ってきた。後で連れてきて自慢するからその時はもっと妬んでほしいと頼むと、拒否する言葉を腹の底から吐き出してくれた橋姫、エネルギーの補充をしに来てやるというのに何が不満なのかわからない、思慮が深すぎて読みにくいわね妬ましい。

 

 二人と別れて素直に帰る、いつもの辺りでは木桶と土蜘蛛には会えずそのまま帰るつもりだったが、出口の間際で二人と会えた。

 里の騒ぎの中にいたらしくて中々いい催し物だったと褒めてもらえた、次にやるならもっと上手くやると薄く笑って返答するとその時は誘えとも言ってもらえた、ヤマメは兎も角キスメは何をするのだろうか、次は夏場にでも仕掛けてろくろ首と組んで万国びっくりショーでもやってもらい、空気を冷やしてもらうのもいいかもしれない。

 

 さくさく帰ってきれいな我が家、中に入ると数日開けた割には新鮮な空気で満ちている。

 荷物を置いて解いていると卓に腰掛けている悪戯兎詐欺が面白い顔をした、抜けた顔など普段は見られないからきっちり脳裏に焼き付けておいた、そのまま何も言わずに荷を片付けて卓の対面に着くと、お茶も同じく無言で差し出される。二口ほど啜った辺りで悪戯兎詐欺が舌打ちをした、感心するほどの綺麗な舌打ちで思わず兎詐欺の顔を見た。

 

「師匠の読みが外れるなんて思わなかったわ」

「帰ってこないと思ってた? 半分正解ってところだわ」

 

「半分?」

「もう半分はこれから探しに行かないと、それよりも鳥獣伎楽の二人はまだいるの?」

 

「山彦は看病通いで来てるし夜雀ももうすぐ退院、謝りにでも行くのかい?」

「謝ってリハビリの場を提供しようと思ってるのよ、丁度いいでしょ?」

 

「探しに、それとリハビリねぇ」

 

 悪戯に嗤いかけると少しだけ関心したような顔を見せる竹林の支配者。

 感心されるような事を言ったつもりはないが何か琴線に引っかかったのか、あたし以上に悪戯な笑みを浮かべるてゐ、引っ掛けた線はわからないままだが悪戯の先輩がこう笑ってくれるのだ、これから始めるあたしの悪戯もてゐ好みの可愛らしい悪戯だと認めてもらったようなもの。

 おかげで何も気にせずに悪戯準備を進められる、さっさと行ってとっとと頼もう、我が家の管理は兎詐欺に任せて、引き続き掃除をお願いするとあたしゃ家政婦じゃないと断られたが、団子八本でどうかと言うとあっさりと手を打ってくれた。

 いつかのお留守番交渉で提示された数、さすがに自分で提示してきたのだから断らないとは思ったが、予想以上にすんなりと決まった、数日開けただけだが掃除をしてくれていた御礼代わりだ、戻る時には忘れないようにしよう。

 

 すくすく伸びる竹を習ってまっすぐ進み、すぐに着いたは永遠亭。

 診察室の戸を勢い良く開けてお邪魔しますと中に入る、入った先には触診を受けている女将とそれを見る医者、少しだけ驚いている永琳と頬を赤くし今にも声を上げそうな女将に詰めより、声を出される前に可愛らしい嘴をそっと右手で摘んだ。

 雀のくせに豆鉄砲を喰らったような顔をしている女将に対して、空いた左手の指をワキワキとさせると嘴を摘まれたままで首を横に振ってくれた、そのまま左手の人差し指だけを立てて唇の前につけると静かに頷く歌姫夜雀。

 返答を受けてニコリと嗤って、こちらを見ている主治医に彼女の経過はどうなのかと詳しく尋ねた。

 

「もう歌えるのかしら?」

「歌えるはずよ、歌ってくれるかは知らないけれど」

 

「それならいいわ、ミスティアと響子ちゃんにお願いがあるのよ」

 

 問いかけてみても返事はない、摘んだままだから当然か。

 薄い桃色の嘴から指を離すとまたうるさくなりそうな気配がしたので、つまんでいた親指と人差指を舐めてから見つめなおす、何を言っても逃げられないとわかってくれたのか、八の字眉の苦笑を見せて指に対して苦言を呈された。

 

「浮気すると雷鼓さんが怒っちゃうわ」

「残念ながら今はフリーに近いのよ、ミスティアに慰めてほしいわ」

 

「あらま、寝てる間に面白そうな事になってたのね、それでそれで? フラれたの? フる‥わけはないわね」

「フラれかけてるってところね、首の皮一枚残りって感じかしら? そういえば、巻き込んじゃってごめんなさいね」

 

「お客さんだと思って油断した私達が悪いから気にしないで、それでアヤメさん何したの?」

「死にかけた割に軽いノリなのね、最近の妖怪は皆こうなの?」

 

 キャッキャと病床でガールズトークに花を咲かせていると、すっかり枯れ切った蓬莱の医者に横からメスを投げ入れられた、これが猟銃だったなら二人とも撃ち落とされていたかもしれないが、メスでは雀も狸も捕らえるまでにはいかない。

 捕まって解剖実験される前だったならまだしも、捕らえる段階では使うものではない、ノリがわからない古い不死人は放置して女将の方を口説き落とす、せっかく話を聞いてくれそうな雰囲気になったのだしこのままうまく丸め込もう。

 

「逆に何も考えてやらなかったから離れていってしまいそうなのよ、まだまだ未練タラタラだし、ミスティアに助けてほしいの」

「往生際が悪いわねアヤメさん、あんまりしつこいともっと嫌われちゃうわ」

 

「そうなったら更に押して諦めてもらうわ、あたしのモノなら持ち主に似て諦めは早いはずだもの」

「フフッ雷鼓さんも変な信頼を得てるのね」

「とりあえず診察は終わったから服を着たら? 女の子が冷やすものじゃないわよ」

 

 折角不用心で可愛らしい小山を愛でていたのに、主治医が余計な事を言ってくれたものだから完全に隠されてしまった。隠す仕草をニヤニヤと笑って眺めていると言いつけてやると言い返された、見ていただけで手を付けてないのに。

 言いつけるなら手を出すわと脅迫材料を作り女将にぶん投げると、いつもの屋台で見るような微笑みを見せてくれた通い先の名物女将、いつもの笑みを確認してからベッドに座り直して、額をシーツにこすりつけ再度ごめんなさいと伝えると、無事で済んだし間に合ってくれたからいいわと髪を撫でながら話してくれた。

 軽めに流してくれたけれど死ぬ思いを味わった事には変わりない、なんと返せばいいのか悩み顔を上げずに次の言葉を探していると、耳の鎖を持ち上げられて無理やり頭を上げられた。

 久しぶりに引っ張られて思い出した存在感、スイッチを切り替えてくれた女将に感謝しながら再度お願い事を話し始めた。

 

「退院して喉の調子を見てからでいいわ、バッチリだったら歌ってほしい」

「私は大丈夫だけど響子の方が‥」

 

「響子ちゃん? ミスティアより軽傷だったはずよね?」

「喉を切ったから少し怖いみたい、今も隣で聞いてるはずだけど何も言ってこないでしょ?」

「治療は済んでるのよ、心因性のものね」

 

 なるほどご尤もだ、軽傷だったが響子ちゃんにとっては命と呼んでもいいものが傷ついたのだ、自身をそうあらんとしている喉が傷ついたのだから、多少病んでしまってもおかしくない。

 よくよく話を聞いてみれば普通の会話は出来るらしいが、山彦らしい張りのある声を出すのが不安で怖いらしい、それならばあたしの出番だ、病の原因として一肌でも二肌でもいくらでも脱いでスッポンポンになろう。

 今も隣にいるらしいしまだまだ外は冷える季節だ、ならこのままここで始めればいいか。

 

 カーテン一枚で隔てられた隣に向かい、聞こえるか聞こえないかわからない声でやっほ~と呟く、声を聞いて垂れ耳がピクリと動いたのを確認して、先程よりも少しだけ大きくやっほ~と呟く。

 あたしの声と同じくらいの声で帰ってくる山彦、そのまま少しずつ声量を上げていって山彦を釣り上げていく、何度か繰り返して大きめの山彦が帰って来たあたりで、両手で耳を塞ぐ仕草を見せて女将と女医さん二人に耳を塞いでもらう。

 何をするのか察した八意女史が三人分の耳栓を出してきたが、あたしは受け取らずそのままにあらん限りの声で叫んだ。

 

『やっほ~!!!!!!!』

 

〘やっほ~!!!!!!!!!!!〙

 

 カーテン一枚では遮っていないも同然で、耳どころか全身にビリビリと来る響子ちゃんのチャージドヤッホー。

 能力で逸らすこともせず、頭の中がキーンと鳴ったままでカーテンの影を見つめていた、するとザッとカーテンが開けられて、両目尻に涙を溜めた響子ちゃんが飛び付いてきた。

 口を開いて何かを言っているのはわかるが耳が麻痺してて言葉は聞き取れない、だが泣きながら笑んで飛び付いてくれたのだから怒ってはいないのだろう、胸に抱きつかれ頭を撫でてあやしていると、こちらを見ていた永琳がゆっくりと口を動かしているのが目に留まる。

 口の形を読み取る限りこんな事を言っているはず『やるじゃない』

 

 貯まり始めた仮受金を少し返すことが出来たらしい、少しずつ聴力が戻って会話が聞こえ始めた頃確認してみたが、読み取った通りだそうだ、煽てるのなら返済に充ててくれと言ってみると、教えていないショック療法を用いてみせたし返済一つに充てると言ってくれた。 

 永琳が言うショック療法だがそれが実際はどんなものなのかは知らない、けれどこんなに簡単な事なのに月の頭脳が試さないとは思えない、推測だがあたしがやらなければ永琳が代わりに試みるなり、別の方法で引っ張りだすなりと色々治療法はあったのだろう。

 予想外の早さで帰ってきて何かをやりそうだからとあたしは泳がされただけ、結果患者を治療したから貸しを一つ返してもらった体にしてあげる、こんなところだろうな、きっと。

 

 まぁその辺りのことはいいさ、ミスティアも無事で響子ちゃんも声を取り戻せた、あたしは二人にライブを頼めて永琳は患者が完治する場に出くわした、方法はともかくとして収まるところに収まったのだから、後はあたしの隣と腰に収めるモノを収めに行くだけだ。

 何処にいるのか検討はついている、永遠亭の月見窓から望めるあの場所、少し前までは最新の観光スポットだった逆さまのお城、多分あそこにいるだろう。

 確信はないがあたしは古狸だ、一度マーキングした自分のモノの匂いくらいなんとなく分かる気がする‥‥けれどまだ動き出すには早い、この間は準備を怠り不覚を取ったのだから今回はもう少し考える。

 釣り出す手段は得たし糸を垂らす場所もわかる、なら次は逃げられないようにしっかりと外堀を埋めよう、外堀を埋めるのに何をするかね?

 

「アヤメさんが久々にイキイキとしてるわ、悪い事考えて楽しそう」

「これってイキイキしてるの? 性格の悪さしか見えないけど」

 

「難題解いてる時の顔と同じね、もらわなくてもあるんじゃないの。姫様に出してあげる事ないって伝えておくわね」

 

 三者三様で好き放題に言ってくれるがどうでもいい、身から出た難題をどうやって解くか悩んでいる最中だから他に割く頭はない。秤量攻めも思いついたが、雷鼓の場合は外の使役者から魔力を得ているしソレを断つのは難しい、というか断ってしまい万一があればそれこそあたしが立ち直れない。ならば他の手は?

 首の皮一枚だけ繋げたままにいてくれる相手を釣り出すのに最善の手は?

 あの時は約束を守れず帰って来なかったのだったな、ならば今度こそ約束を守るか、一度は違えたけれど取り消したわけではない、詭弁にもならない唯の屁理屈だが、失せ物を拾いに行くだけなのだからそれほどの理由はいらないはずだ。

 なんやかんや文句を言われたらその時は黙らせればいいし、とりあえず釣り出し広告を打つかね。

 

「出かけてくるわ、続きはまた後でね」

 

「はいはい、いってらっしゃい」

「誘った通りに次は二人でライブに来てもらわないと」

「え!なんで二人はわかってるの!? また私だけ置いてきぼり!?」

 

 こっくりさんの時と同じ流れだとしたらこの後はまた響子ちゃんが煩くなるな、そうなる前にさっさと出よう、何も言わずにすぐに部屋を出て聞こえる音を少し逸らす、それでも結構な声で『説明して』と聞こえてきた。

 いくら耳栓をしていても不意打ちなら効くだろう、女将は慣れているかもしれないが永琳があれを受けてどんな顔をしたのだろうか、気になるがそれは後で聞こう、屋台で飲む時にでも聞ければいい肴になるはずだ、とりあえず移動するか。

 

~少女移動中~

 

 右肩に小さな体を止まらせて上機嫌、甘えた声でカァ~と鳴かれて嘴を撫でて更にご機嫌だ、来てみたけれど案の定いない天狗の記者に代わり妹の方と戯れて待つ、振られそうで困ってると話してみるとカァと短く鳴いてくれるが何と言ってくれたのか。

 慰めてくれたのか励ましてくれたのか、言葉が通じずわからないが、甘えるばかりではなく気遣いも出来るようになったと鳴き声で教えてくれた。姉がいないと甘えてくるのに近くいる時にはしっかりしている振りをする可愛らしい化け烏、飛ぶのもままならない頃から見ているからか、すっかり懐かれ可愛いものだ。

 あたしに止まる時は必ず右肩で一服の邪魔をしない賢さも見せる聡明な子、何処かに出かけて道に迷い偶に帰ってこれなくなるのが玉に瑕だが、それも手のかかる事だと思えば尚愛らしい。

 あちこちへと飛び回り迎えに奔る姉烏、あいつの事をこの子が人型を取れるようになった時になんと呼ぶのか、今から随分気になっている‥‥姉か母か、それとも名前か、色々と想像できてそこもまた面白い。

 

 暫く時間を潰して日が落ち始め、烏が鳴くから帰ると里の子供が言い出す頃合い、三本目のタバコを指で弾いて踏み消した頃に帰ってきた嘴煩い姉烏に、開口一番で怒られた。

 先の夜に写真は取らせたが何も言わずに消えた事でネタ拾いが出来ず、記事に起こせていないのが文の鶏冠にきたらしい、烏の鶏冠とはどんなものか、見てみたいが今はどうにも眺められない、三指ついて頭を下げて文の巣の樹床を見つめているからだ。

 帰宅とともに始まった烏一羽の合唱会、さすがに煩くて堪らず面倒だからと土下座をしている。

 それでも静かになってくれなくて母親のように叱ってくれる友人、ちょいちょい鳴いてる妹にも八つ当りして本当に煩い、形だけは誠心誠意謝っているのに何が気に入らないのかね、肩に止まった妹に聞いてみたが鳴くだけで言葉がわからない。

 あんたは黙ってなさいと言って妹を追い払う辺り、許してやれと援護射撃をしてくれたのかもしれない‥‥本当に、早く話せるようになってほしい子だ。

 何を言われても頭を上げずにいたら少しの無言の後でため息が聞こえた、吐いた吐息の白が消えた頃に頭を上げて再度の交渉に入った。

 

「そう謝られてもネタの旬は帰ってこないのですが」

「それなら再度旬を味わえるようにすればいいのよ、その為に来たわけだし」

 

「再度とは? また人里でバカ騒ぎをされるんですかね? 何のためにするのか教えてもらえるんでしょうか?」

「煙管がないと不便だし、出ていったモノを呼び戻したいのよ」

 

「ふむ‥モノってあの付喪神? なに、あんたあれに熱入れてるの?」

「そういう事よ、大事な者に大事な物を持っていかれてどちらも戻らなくて困ってるの」

 

「それで土下座までして頼んできたと、でも私に話していいの? 今の話だけでも記事にできるけど」

「頭くらい安い物でしょ? それに記事にするなら写真が必要よね、どうせならツーショットの方が絵になると思うのよ」

 

 ネタ帳と記者の顔をしまって悩む清く正しい瓦版屋、営業用の不機嫌な表情から、友人として見せてくれる機嫌斜めの顔になり悩んでくれる射命丸文。

 乗りかかった船だしこいつも煩いから今回だけね、とどうにか折れてくれた、全く効果のない土下座はともかく妹烏の援護射撃は結構利いたようで、愛でて慣らした甲斐があった。

 追われた空から肩に戻った妹烏の頭をコショコショとかくと耳元で小さく鳴いてくれる、烏のくせに猫なで声など器用な声帯をお持ちで、口煩い姉よりあたしのがいいか?

 訪ねてみたら文の肩に飛んでいった、その素直さを少しは姉に分けてあげてほしいものだ。

 さて、こっちは引っ張り込めたしもう一人も引っ掛けるか。

 下手をすれば今も覗き見しているかもしれないから、あっちのほうが少々厄介だ。

 

 依頼内容を烏の姉妹に話して了承を得た後、そのまま二人に見送られて妖怪のお山を後にした‥‥(てい)で向けられる視線と意識を逸らして再度烏天狗の集落へと降りる。

 烏の中に狸など違和感しかないはずだが警戒も注意も明後日の方を向いていて、あたしから話しかけなければ不自然に紛れていても自然と溶け込める、我ながら狡い能力だと思うが中々どうして性に合っている。

 文の家とは真逆の方向、集落の中心地から少しだけ離れた一軒家がお目当てである引き篭もり烏の巣、数回ノックをしてから返事を待たずに中に入ると、机に両足を掛けて椅子の背もたれに体重をかけた姿勢で斜めになっている記者がいた。

 椅子の隣で立ち止まり裾を払って綺麗に膝を畳む、こちらの記者もあちらと同じく怒っていたが、三指ついて頭を下げる前にこちらを向いてくれた、形だけならいらないしさっき見たから必要ないと椅子を鳴らしてこちらを向くはたて、見られていたなら話が早い。

 

「何? 文の次に来たのに話す事なんてないわよ?」

 

「やっぱり見てたのね、なら話が早いわ…手を貸して欲しいのよ」

「文だけで十分でしょ? わざわざ私に頼む理由がないじゃない」

 

「外堀を埋めるには土砂は多いほうがいいのよ」

「真剣なのねぇ、もっとテキトウかと思ってたわ」

 

「真剣も真剣よ、傷物にされてポイなんて許さないわ」

「惚気はいいわ、ご馳走様。上手くいったら目線貰うから笑えるように練習しといて」

 

 右袖を捲り証拠をアピールするとリストカットみたいだと笑われた、そっちは病んでいないが別の方は患っていると素直に述べるとパシャッと一枚取られた、相談される側の狐狗狸が誰かに相談なんて冗談にもならないと、取った写真を見つめて笑むはたて。

 どんな顔で取られたのか気になり覗くとカメラを隠されてしまった、写真映りのチェックくらいさせてくれてもいいのに、カメラの画面を眺めながら仕方がないと折れてくれるツインテールの天狗記者、格好に似合うキャピキャピとした仕草で何をしたらいいのか聞いてきた。

 

 里で予定していた鳥獣伎楽のライブを再度執り行なうから、料金分だけでいいから欄外にでも書いて欲しいと伝えてみた。メインヴォーカルは言わずもがな、バックバンドはあの時の付喪神で開催場所はまだ組まれたままの里の櫓、そっくりそのまま日にちだけをズラして再現して執り行う予定で、その為に付喪神達の了承を得ずに勝手に企画し刷って届けてもらう。

 日取りを決めてビラが出来上がり次第刷ってもらって、二人に購読契約していない逆さ城にも届けてもらう算段だ、ノッてこない可能性もなくはないが、約束を無効にされていなければ多分ノッてきてくれるだろう。賭け事に対しての運は全くないあたしだが今回は賭けにでてみた、あっちに少しでも気持ちがあればノッてくれる、ノッてきてほしいという願いも込めた分の悪い賭け。

 

 文に話したのと同じく、次回発行分の新聞に失せ物求むとして広告を出してくれればいいと伝えると、大々的にやらないのかと問われた、本来なら逆さ城に投函される事がない新聞の端に載せてもらって、少しだけの存在感アピールがしたい。

 外の情報を得る新聞に載せてみてどれくらい気にしてくれているのかを調べたいと話すと、素直じゃないとまた笑われる。笑うとは失礼な事だ、恥も外聞もなく素直に求めているからこそ、こうして外堀を埋めて逃げられないようにしているというのに。

 まぁいいか、賭けに勝てれば重畳で失敗したなら赤っ恥、どちらにしろ馬鹿笑いの出来る手で中々に楽しいはずだ、日取りが決まったらまた来ると伝えると、文と二人で住まいに顔を出すから言葉を考えて待っていろとの事だった。

 煙管と太鼓の失せ物求む、これだけでいいと言ったのだが押し切られてしまいとりあえず了承し、里に顔を出して土産を買ってそれからこの日は我が家に戻った。 

 

~少女達準備中~

 

 天狗に頼んで数日たった今、鳥獣伎楽の二人もすっかり癒えて天狗の二人の新聞を届けた本日、里の櫓で待ちぼうけしている。

 櫓にいるだけで何もしないあたしを見て笑う外野が煩いが、音は逸らさず声に手を振る。姉ちゃん頑張れやら来るといいなという煽りの声援に尻尾を揺らして答えていると、授業を終えた子供らにまで応援された。子供と一緒に様子を見に来た慧音の話では、毎日日替わりで三人のうちの誰かが遠巻きに様子を見に来ているそうだ。

 ならばそろそろ頃合いだろう、あまり焦らしても飽きられては困るし、これ以上はあたしのほうがはち切れそうだ、もしかしたら煩くなるかもしれないと慧音に伝えると一瞬睨まれてしまったが、すぐに柔らかな表情になり煩くなるといいなと言って去っていった。

 守護者の許可も得られたし、後はテキトウに騒ぐだけ、ちなみに今回はあれ以上の協力者を募らなかった、あれから静かで何もされていないがさすがに懲りた、両手で数えられるくらいの方が一人で守りきるにはいい。

 ばら撒かれた新聞を読みながら来るのを待つ、失せ物広告に書かれた文句を読み返し少し気恥ずかしくなるが、あたしもあっちも追い込むには丁度いい文句だ。

 

『愛しい雷鼓と大事な煙管が戻ってきません、消え入りそうで耐えられないので見つけた方はあたしまで。

 里の中心でお待ちしています。 囃子方アヤメ』

 

 欄外一行分の依頼料にしては随分と書いてくれたものだ、欄外全てに書かれていて誰が見てもわかりやすい、おかげで里人からもニヤニヤと見られてしまい、掻いても掻いても頭がむず痒い。

 強めに掻いて鎖を鳴らし恥をかく覚悟を済ませて、大事な物を持ち逃げした者が訪れるのを咥え煙草で待ちわびた、待っている途中色々と茶化してくる者達が多くて困った、寺の皆やら人間少女やらと皆笑いながら声をかけてくる。

 腕組みして笑み、縞尻尾を揺らしている姐さんと目があった辺りで恥ずかしさに負けて、誤魔化すように煙草を咥えた。

 

 お天道様がさようならして里が静かになり始めた頃、黒い衣装に身を包んだヴォーカル二人が準備を終えた、響子ちゃんの大音量の声色で突然始まった人里での爆音ライブ。

 始まったかと住まいから出てきた里の者達に大げさに囃し立て、以前の祭りの再現を知らせた、そのまま少しずつ人が集まり何処からか妖怪連中も集まり始めた、遠巻きに睨んでくれる慧音には後で土下座でもするとして、そろそろ来てくれないと困る。

 先ほど一瞬だけ見えた薄紫の二本縛り、どうにか釣り出して来てくれると嬉しいのだが。

 

 二曲ほどアカペラで歌ってもらって歓声を浴びる二人だが、まだまだ盛り上がりが足りないなと感じる‥‥仕方がないと保険で持ち込んできた鼓を取り出し構えた頃、最初の一手を打つ前に何処からか恋い焦がれた重低音が響いてくる。

 雷光纏って照明いらずで登場したバスドラムと、それに合わせた琵琶とお琴、鳥獣伎楽の後ろに降り立ちドラム・スティックの拍子から始まった打ち合わせのないぶっつけライブ。

 それでも一つのリズムに纏まる素晴らしい騒音の波、腹に響く重低音と胸を打つ熱い二人の熱唱。

 

 無意識のうちに櫓を離れ、向かいの民家の屋根から望む。

 舞台の演者全員が見える位置に陣取り、微笑みながら煙草を吸った‥‥なんとも言えない至福の時間、曲目が変わると演者が増えた、飛び入り参加の面霊気が曲に合わせて華麗に舞う。

 動き自体は能のそれだが不思議と合っているように見えて、曲の終わりと共に拍手を送った、次の曲でも変わらず舞って華麗に踊る面霊気、それを引き立てながらも存在感を見せる声色と演奏。

 曲の流れを確認し終わりに近づくいい頃合い、あたしに向けられている瞳を見つめ返したままにゆっくりと櫓に降り立った、こころに手を取られ少しだけ舞ってみたが、慣れない動きが滑稽で見ている者達から失笑を買う、これで視線は集められた。

 そのまま視線を背に背負い、曲の終わりを雷鼓の背で待つ、最後の歌詞を歌い上げ、後は伴奏が流れば終わりのはずだが、いつまで待っても終わらないドラムソロ。

 

 こちらを見ずに叩き続ける手の邪魔にならぬよう、頭だけを抑えてこちらに向けた。

 少し拗ねたような顔、目が合うとすぐに逸らす瞳。

 どうすれば止まるかわからなくもないが拗ねるこいつも可愛らしい。

 背から腕を回して耳元で小さく呟いた。

『帰ってこないとあたしが困る』

 言葉を聞いて少ししてから演奏をやめてこちら見てきた、これじゃあ足らないと言いたげな目だ、あっちから寄ってきてもらうつもりだったが路線を変えよう、これ以上は面倒くさい。

 抑えたままの姿勢で止まっているし丁度いいか、強引に引っ張り顔を寄せてそのまま口吻をした、回りと下が煩くなったが気にせず、離れようと抵抗する雷鼓も気にせずにしばらくそのまま唇を重ねた。

 フラッシュ焚かれてチカチカと眩しく表情がよくわからないが、抵抗はしても逃げはしないのだからそれでいいだろう‥‥カメラの光が落ち着いた頃、口を離して微かに呟く。

 

「これでまた逃げられたら、本気で置いて逝かざるを得ないわ」

「言い方が狡い」

 

「誰に向かって言ってるの?」

「霧で煙な小狡い狸さん」

 

「わかってるじゃない、なら返事は?」

「あ~あのね? 本当はあの後すぐに帰っても良かったんだけど‥‥」

 

「え」

 

 煙管を失くした、だから帰らなかったらしい。

 失くさぬように大事に持っていてくれたらしいのだが霊廟を出た辺りで、失くした事に気がついたのだそうだ、些細な事過ぎて思わず声を上げて笑ってしまった、それならそうと言ってくれればこんなに手の込んだ事をしなかったのに。

 わざわざ恥ずかしい思いをしてまでやらかしたのはなんだったのかと、あたしを見つめる雷鼓に伝えながら煙草を咥えて煙を吐く、煙の中から取り出したの見慣れた物、少し長めのあたしの煙管。

 目を見開いて驚く雷鼓にこれくらいならいつでも形取る事が出来ると伝えると、髪の毛以上に頬を赤くしていた、本当は以前の物とは違う、新品で同じ形の別の煙管なのだがそれは伝えず、恥をかかせてくれた雷鼓に対する意趣返しとして少し騙して成してみせた。

 長く使って愛着もあったがまぁいいさ、拾った誰かが代わりに使ってくれるかもしれないし、ごめんなさいと謝るこいつが可愛らしいしどちらも戻ってきたのだから。

 ついでに観衆に見せつけられてきっちり外堀も埋められたし、大方狙い通りで上々というところか。

 

 後はこの場を〆ればいいのだが、どうやって〆ようか? 目的は達成してしまいもうやる事がない、赤い頭を抱き寄せたまま悩んでいると、女将が笑って人差し指を立てているのが見える。

 アンコールのつもりかね、どうするかと赤い瞳を見やると瞳が閉ざされ少し上を向いた、誘ってくるとは堪らない、誘いにノッて再度重ねた。

 再度視線と歓声を浴びて随分と心地よい、唇離して微笑むと同じような顔で笑んだ。

 目線! と言われて二人で振り向き二つのフラッシュを浴びた。

 光で瞳が麻痺してしまい隣の顔がまた見えないが、どんな顔をしているのか今は分かる。


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