東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百十八話 逃げから逃げる化け狸

 眩しくたかれるフラッシュを少しだけ受けて写真として残ったのを確認した後、向けられている視線も意識も逸らして奔った。故か逸らせなかったこころやぬえ、櫓の姐さんと雷鼓に睨まれていはいたが気にすることなく竹林へと翔ける。

 誘った皆のお陰で表面上は上手くいった催し物、メインのところでしくじってあたしの企み事としては大失敗だ。後回しになどしなければ良かった、名前など出さなければ良かったと永遠亭で横たわるミスティアと響子ちゃんを見て後悔している。思い付きから始めたとはいえ詰めが甘すぎて、下手をすれば大事な者を失う所だった、後悔してもしきれない。清潔さの見えるベッドに横たわる二人が見られず、綺麗な床面を見つめているとその床に青と赤のツートンカラーが反射する。

 同じく清潔な白衣を纏い知的な笑みを浮かべる女医さん、同じ白い服だけど右側が真っ赤自分とは大違いな姿、何も言わずに床に映る名医を見つめていると、静かに患者の経過報告が始まった。

 

「どちらも問題なしよ」

「そう」

 

「夜雀の方は払われかけて危なかったけど、山彦は喉を切っただけ。もう少し遅かったら夜雀は危なかったかもしれないし、運が良かったわね」

「労いはいいわ、払うって? あの真言にそんな意味合いがあったかしら」

 

「夜雀を追い払うのに言葉、呪のような物があるのよ『大シラガ、小シラガ、峠を通れども神の子でなけりゃあ通らんぞよ、あとへ榊を立てておくぞよ、アビラ云々』という唱えみたいね」

「……なるほど、対夜雀の特効薬があったのね」

 

 唯の真言ですら危ういだろうにそういった物もあったのか、尚更危なかったわけだ。本当にどうにか間に合って良かった、が、元を辿れば自身の甘さが招いたものだ。

 目を覚ましてから何を言えばいい?

 素直に謝るだけでいいか?

 そもそも目覚めるか?

 存在を払われかけた原因と会話をしてくれるだろうか?

 あたしなら恨むだろうな、巻き込まれて死にかけたのだから当然そう考えるだろう。響子ちゃんも同じか、誘ったミスティアの近くにいなければこうはならずに済んだはずだ。それとももう少し早くライブ会場に顔を出していれば防げたのか?

 そうだとしても後の祭りか、どちらにせよ合わす顔がないな。

 

「‥‥永琳、後は任せても構わない?」

「医者として預かったからそこは安心していいわ」

 

「そう、安心ね」

「何を思いつめているのか知らないけど、貸しは返してもらうからそのつもりでいなさいよ」

 

「増えるばかりで返せる宛がないのが困るわ、それじゃあよろしくね」

 

 診察室を音もなく出てそのまま出口へと向かう途中鈴仙に呼び止められた、無事でよかったですねと微笑んでくれるのがありがたいけれど、ろくな返答も出来ず二三会話をして強引にその場から逃げ出した、背に向かい何かを言われているが聞き取れず悪いと思いながら竹林の中に消えた。

 終わりを告げて去ってみたが未だ騒いでいるらしい人里、開始から手を離れているのだから後は好きに騒いでくれていい‥‥そうしてくれた方が忘れて貰えてありがたい。

 雪深い竹林の中を何も考えずに帰路に着いた、雪積もる屋根が見えた頃住まいに灯りが灯っているのが見える、同棲相手が戻っているはずはないし何処の誰が中にいるのか。

 少しだけ警戒しながら玄関の戸を開けると一つの湯のみが浮いていた、久々に見る光景に少しだけ顔が綻ぶと、あたしの湯のみも宙に浮きお茶が注がれ湯気をたたえた。

 

「こいしも来てたのね」

「おかえりアヤメちゃん、なんだか顔が怖いよ?」

 

「本当は恐ろしい妖怪さんだもの、怖い顔くらいするわ」

「さっきは楽しそうだったのに、コロコロ変わって忙しいね」

 

「忙しくて少し疲れたのよ、寝るから一服したら帰ってくれる?」

「今日は一人で寝るの? 赤い髪のお姉さんは?」

 

 覗き見妖怪は一人ではなかったか、謝ることが増えてしまった。希望のお面を拾ってからくっきりしている事が多かった為油断していたが、そもそも無意識下にいるのだったな。それならば無意識で手放し元に戻っても当然だった、何から何までツメが甘いな。

 動きの悪い右手の甘い爪を眺め、湯気を立てる渋いお茶を啜っていると視線の先に気がつかれた。

 

「前足怪我したの? 近所に病院あるのに行かないって事は見た目ほど酷くないって事?」

「その病院から帰ってきた所よ、放っておけばそのうち治るわ」

 

「その割には痛そうな顔してるけど」

「腕より別の方が痛いって感じね、どうやって直せばいいかよくわからないから困ってるわ」

 

「ならうちの温泉がオススメよ? ほら、一緒に来たよくわからない妖怪のたんこぶも治ったもの」

「ぬえ? たんこぶなんて‥あぁ萃香さんの瓢箪もらって出来たあれか」

 

 ぬえと二人で鬼二人をからかって笑ったあの晩の事。

 散々煽って笑ってやって酒以外で顔を真赤にした萃香さん。いいかげんにしろとあたしに向かい振り回された伊吹瓢を逸らして、そのままの勢いでぬえに当たった時のたんこぶ、瓢箪もらって頭を抱え転げまわるぬえを三人で笑ったのを思い出した。

 その笑い声で探検に出た皆や一度眠ったはずの古明地姉妹も起きだして、朝方まで再度の宴となったんだったか、飲み直して皆で笑い汗をかいたからと風呂も皆で入り直したんだったな、髪を洗うぬえがたんこぶができてると騒ぎ出してそれもまた可笑しかった。

 傷を治すなら温泉だと勇儀姐さんにとっ捕まって沈められた後、たんこぶを撫でて治ったと笑うあいつの体もよくわからなかった。

 

「よし、じゃあ帰ろう」

「今から?朝になってからでも‥‥」

 

「ダメよ、赤い髪のお姉さんが帰ってきたらまた始まるんでしょ?」

「多分帰ってこないから大丈夫だ‥‥」

 

「えっ! アヤメちゃん振られたの!? それなら尚更急がないとダメね」

「パルスィにでも言って笑いの種にする?」

 

「傷心ついでに治すのよ、傷心旅行って言うんでしょ?」

「さとりの本の読みすぎね、甘い話ばっかり置いてあるんだから、あの書斎」

 

 それが何かと睨んでくるジト目が見えた気がした、そう言えば今年はまだ顔を出していなかったな、温泉は兎も角として新年の挨拶回りついでに行ってもいいか、地上にいるよりは居心地もいいだろうしあっちにいれば顔を合わせなくて済む。

 お茶を飲み干し湯のみを洗ってくれたこいしにせっつかれて出かける準備を整え始めた、年始の挨拶なら着物かなと思い、取り敢えず着物も荷物に突っ込み後は何も持たずに出る。無意識化にいるこいしに手を引かれて、それに合うよう他者から向けられている意識を逸らして静かに通い慣れた大穴を降りていった。

 

~少女達移動中~

 

 誰にも気がつかれないままにステンドグラスに迎えられる、扉を開いてもらい能力を解除すると慌てて出てきたのはでかい鳥、新年の挨拶を済ませて軽く嘴を撫でようとしたが動かせる左手は繋いだままで、右手はあまり動かしたくない。微妙な顔で目付きの悪いハシビロコウさんを見つめていると、珍しく頬ずりなどしてくれた、本当に気遣いの出来る案内係で参る。

 左肩から下げていたかばんを咥えられてそのまま先を歩いていく、飛行のが得意だという大型鳥類、いつか飛んでいる所を見てみたいが、この子が話してくれるのとどちらが先か怪しいものだ。

 案内などいらないくらいに慣れてはいたが形式とは大事なものだ、後を付いて書斎をノックした、ガチャリと開けられ迎えられると手を繋いだままで軽く手を振ってみせた、相変わらずにジト目で睨まれるがすぐに中へと促された。

 

「連日通って来る事もあれば、とんと来なくなってみたり、そう気まぐれだと困るのですが」

「それなら暫く置いてくれない? ゆっくり治したいのよね」

 

 こいしの手を離して右の袖を捲り上げる、少し動かしてからマジマジと見ていなかったが随分な酷さだ、完全に血の気の引いた肉が見える部分、にピースの欠けたジグソーパズルみたいな白部分、気にしていなかったせいか感じていなかったがこうしてみると随分痛む。

 さすがに動かなくなるなんてことはないだろうが、そうなったら永遠亭に通えばいいだけだ、その頃には鳥獣伎楽の二人もいなくなっているだろうし、どうせなら借りられるだけ借りておこう‥‥貸付出来なくなるまで借りたら少しずつ返せばいい、何かしら目的がないと消え入ってしまいそうな気分なのだから。

 

「ソレについては何も言いませんよ‥滞在はいつもの事ですし構いませんが、代わりに条件があります」

「飲めるものならなんでも、家事やら力仕事は治ってからだとありがたいわ」

 

「何かあるなら口に出してください」

「読めるのにわざわざ言うの?」

 

「はい、アヤメさんは覚りではないですからね‥口にしないとわからないでしょう?」

 

 あたしの為に口に出せと?

 何のために?

 わざわざ言葉にして蒸し返したくない事ばかりで、出来れば勝手に読んで勝手に理解して欲しいのだが、こういう心理的なモノを転がして糧を得るのが覚りだったと思っていたが、口にさせる理由はなんだろうか?

 今も読んでいるだろうに何も言ってこない地底の主、既に始まっているって事かね。

 

「意図が見えないわ」

「私の会話の練習に付き合え、そういう事ですよ」

 

「お燐やお空でいいじゃない、なんでわざわざ馬鹿にされる相手を選ぶのかわからないわ」

「あの子達は気を使ってくれるので練習にはなりませんね」

 

 心を読む妖怪が心にもない事を言うのか、いつの間に冗談がうまくなったのか。最近は外に出て他者と関わる事が増えてきたらしいがそのおかげかね、目つきは変わらないが口ぶりは随分と丸くなった気がする。

 まぁいいか、そうしないと置いてもらえないわけだし、あたしとしても口が錆びつかずに済む。リズムに乗らない相手を乗せる練習、その相手が読心妖怪というのならリハビリ相手に丁度いいはずだ。

 

「それで気を回さないあたしが相手って事ね‥いいわ、今は納得してあげる」

「それと、後もう一つ忘れてました」

 

「後出しなんて狡いわね、読んでから答えるからいつも後だしなんでしょうけど」

「そうやって皮肉を言う時は以前のように笑う事、今の怖い顔よりは意地の悪い笑みのが似合いますよ」

 

 今意地悪く笑っているのはどちらの方なのか鏡で写してやりたいところだ‥‥写してやればいいのか。

 片側の口角だけを上げてほんの少しだけ瞼を下げる、さとりよりもひとつ目が足りないがそこは気にせず同じ表情で笑む、これを見たジト目が一瞬だけ優しい雰囲気になったのは気のせい、ではない気がした。

 それから少しの会話を済ませてほとんど私室に近い部屋を宛てがってもらう、慣れた手つきで着物を広げるつもりが不器用な右側が掛けられず少し困った、なければないでそう過ごすのだが、あるのに使えないとは不便なものだ、それでも自分で決めた事だしとどうにか広げて壁にかけた。

 荷解きを済ませて一心地、窓を開けて葉を巻いていると部屋の扉の開く音、バサッと鳴った夜空柄のマントを翻し金属音の足音を立てる者など一人しかいない、振り向かずに誰かに話しかけた。

 

「一服済ませたら早速湯治といきたいんだけど」

「お風呂、仕事も終わったし一緒に入ろう」

 

「そうね、ゆっくり温まりましょうか」

「うん、アヤメどうしたの? 元気ないよ」

 

「ちょっと疲れたの、暫くいるから毎日一緒にお風呂に入ろうか?」

「おぉ、暫くっていつまでいるの?」

 

「ほとぼりが覚めるまで、かしらね」

「それは変、後の祭りも楽しむっていつものアヤメなら言うのに」

 

 ふむ、確かに、この(うつほ)の言う通りか。

 始める前に考えたはずだ、失敗したなら盛大に笑われて視線を浴びて苦笑いをすればいいだけだと。

 それがどうだろうか、自分の企み事のせいで大事な友人を失いかけたと気にして逃げかけた、こいしに連れ出されなければ外の世界の二の舞いだったかもしれない、拾ってくれる紫は夢の中だし今度こそおしまいだったかもしれない。

 何度思い知れば気が済むのか、得意の空回りをしては地底で思い直す、すっかりあたしのテンプレートになっているな、誘ってもいい友人達を逃げ場に使い残しておいた狡猾な馬鹿。

 また誰かに慰めてもらいに来たのか?

 誰かに肯定してもらいそれらしくなれば満足か?

 言われた通りの姿を取ってそれらしくなっているのがあたしだっただろうか?

 そんな事はないはずだ。

 受け身の手待ちじゃ飽きられると言われたし、言われた事を考えすぎて空回りしてるのはらしくないとも言われたはずだ、ならそれに対して意趣返しと洒落込もう、まずははっきりと言ってもらって景気をつけるか。

 

(うつほ)、ちょっと聞いてもいい?」

「なんでも聞いて、教えてあげるよ」

 

「あたしの事嫌い?」

「うん、いまのアヤメは嫌い! ウジウジしているからなんか嫌だ!」

 

「そうね、自分でも嫌になったから少し見直すわ‥そろそろお風呂に行くから準備して行くわよ、着替えとか取ってらっしゃいな」

 

 うん! と答えてその場で消える愛らしい地獄烏、こんなに手のこんだ事をしてくれなくても昔よりは素直になったのに、言われた通りに言葉にして話すつもりだったのだが、随分と大きなおせっかいだ。

 まぁいいか、それなりに吐き出す事もできたわけだし背でも流して感謝を伝えてみよう、わざわざ想起してくれたフル装備の霊烏路(うつほ)、窓の外には先ほど仕事を終えて装着していた制御棒を外しているお(くう)

 バレバレの姿まで使って元気づけようとしてくれたのだから、元気にならんといけないな、内も外も綺麗に治し早いとこ女将に叱られよう、そうしてあたしの誘いにノッたのだから仕方がなかったと諦めてもらおう、生き延びたから私の勝ちね、そう言ってくれるように再度化かして騙してみよう。

 都合がいいがそんなものだ、あたしは騙す側なのだから。

 


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