東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百十七話 溺れる狸、藁をも掴む

 もう何本目になるのかわからない巻きタバコを咥え、お天道様にお早うございますと一人呟く。

 葉を巻く作業も唇に葉がつかなくなる程に慣れてしまい、煙管が戻ってこなくてもなんとかなるか、なんて思ってもいない事を徹夜明けで口にすると、声に気づいて起き出してきた姉妹。

 その二人に朝の挨拶と朝餉を食わせた後、昨晩に出て戻らない者を迎えに出ようか待っていようか尻尾揺らして悩んでいると、こっちを見ている妹の方に愛想突かされたねと笑われた。

 視線も合わせずにかもねと返して手早くタバコを巻いていると、姉のほうからもあれじゃ仕方がないと追撃されて、意識せずに巻いたタバコを握りつぶした。それでも気にしてないと言い返してみたが、尻尾の揺れが止まり下がっててわかりやすいと肩を叩かれ嘘がバレる。

 演技だと言いながら空元気を見せても騙しきれず、何も言われず肩を叩かれるとその勢いで少しだけ栓が緩んだ、ちょっとだけ漏れたのが見られたのか、最初は笑っていた妹にも慰められてしまい随分とやばかった。

 

 それから暫くよしよしとされて日が落ちかけた頃に帰っていった姉妹。

 二人が帰る間際にそういえばヴォーカルを一人捕まえたといつもの調子で話してみたが、今は鼻声で聞き取りにくいから雷鼓に伝えておいてくれと更に慰められた。

 赤い鼻先を少し下げるとまた来ると笑い帰っていった姉妹を見送りそのまま空を見る、少しだけ赤くなり、少しだけ腫れている目で山間に消えるお天道様を見やる。結構な時間慰められていたようで、もうすぐ完全に日が落ちる頃合いになっていた、それほど時間もないというのに、なんの準備も手伝わずに終わってしまった今日。

 

 準備段階で投げるのは不味いなと気を引き締めていると、玄関の戸に挟まれていただろう土間に滑り入った2つのビラが視線に入る、片方は直接頼んだ捏造広告。

 言った通りの宣伝文句を押し出してくれて、煽動するために時間が少しズレていた。

 もう片方は念写したらしいあたしの写真入りの広告、我ながら嫌顔で笑っているものだなと三脚が置かれた辺りの宙を見つめ似た笑みを浮かべた。

 内容自体はこちらも同じ文句で、時間だけがズラされている記事で大差のないもの。

 これでは頼んだ意味がないように思えたが2つの新聞に目を通して気がつく、里で準備を始めているのだから場所を濁す意味はなかったなと、勢い任せでお願いしたあたしより話だけを聞いた天狗の方が冷静だとは、尻拭いまでしてもらって出来る介護職員達だ。

 

 新聞のお陰で頭も冷え、少しだけ落ち着いた頃に女将の話を思い出していた、今晩のライブにお呼ばれしていたしこのまま一人で思いに耽る事になるのは嫌だ。

 楽しいライブで暗い気分を飛ばしてもらおうと、女将が出していた指の数よりも少ない頭数でライブ会場に向かってみたが、いつもなら始まっている時間なのに客もおらず演者もいない。近くを探しても見当たらず、山彦の方があの御仁にバレて南無三され突然中止にでもなったのかと、深く考えずに踵を返し岐路に着こうと右を向いた。

 慣れたつもりの一人歩きだったが、いつの間にか癖になった右から振り返りひと声かけて一緒に帰る仕草‥怪我のある腕よりも胸の内の方が痛む仕草、それに気がついてしまい暫くそこで立ち尽くしそのまま動けず少し悩み、とりあえず忘れて煙草でも吸うかと腰に手をやる‥‥が、こっちもまだ帰ってこないんだったと思い出してしまい、また思考がそっちに戻った。

 俯いて不意に視界に入った右の袖。

 まだ赤いままの袖を撫でると問題なく白に戻った。

 誰のお陰で綺麗に戻せるようになったのか‥‥袖を見たまま一人悩んだ。

 

 うだうだとした頭で数日過ごして何時の間にやら開催日の朝。

 話を広げただけで何もしてない主犯格のあたし、餅は餅屋と言ったわけだし餅搗きのための最低限のお膳立ては多分済んでいるはずだ、あれに任せた霊廟と誘っていない面霊気が気がかりだが、すでに当日を迎えてしまった。このまま向かえば呼ぶだけで手伝いなしかと色んな相手から罵られるだろうかもしれないが、今回は逃げ道を潰していたはずだ、致し方なしと風呂で念入りに首を洗い、珍しく覚悟して里へ向かった。

 

~少女移動中~

 

 里の入り口まで向かうとこちらへと走り寄って来る者がいる、今日の騒ぎのきっかけを作ってくれた人里の守護者と発明バカの二人だ。慧音からは来るのが遅いだとか話を膨らませ過ぎだとか少しだけ怒られたが、始まってしまったものを止める気はないらしい。

 外からでも騒がしいのが分かるくらいに随分と賑やかな、昼間のうちから大人数がいるのがわかるくらいに騒がしくなった人里、準備期間中の様子見すらもしなかったがどうにか丸く収まったらしく、中心を流れる川に櫓を組み、対岸沿いにテキ屋が並ぶ結構なお祭りとなっていた。

 喧騒を聞き安堵していると、アヤメの事だから話だけ振って後を投げる事も織り込み済みだと胸を張るにとり、お陰様で助かった、仕切りを任せて正解だったと真っ直ぐに褒めると少し驚くような顔を見せた。

 何を驚くことがあるのか、ビジネスパートナーに対しては感謝や御礼はきっちりとするものだと話すと、なら私はパートナーに乗ろうとよくわからないことを言って喧騒の中へ消えていった。

 にとりの言葉の意味を考えたかったが時間も然程ないし、とりあえず寺子屋へと向かう。移動中横目で眺め歩いていくと、占いに並ぶ列や閑古鳥の鳴くガラクタ屋が見えた‥‥そっちの本番は夜だと伝えたのに昼間からとは、商魂逞しい少女達だ。

 

 よそ見するなと手を引かれてしまい、寄り道も出来ずにまっすぐ学舎へと向かう、庭に入る前から雅楽の調べと幼い笑い声が聞こえてきて、あっちも上手くやってくれたのだなと少しだけ安心できた。

 寺子屋の庭の小さな舞台上で、琵琶とお琴を左右に配しひらりひらりと華麗に踊る、何処からか聞こえてくる太鼓の音に合わせて着替えもせずに姿を変えていく能の踊り手、毎回背中側から眺めているだけだったが面と向かって眺めるとなんとも面白いものだった。

 土蜘蛛面で弧を描く糸を放ち客を魅せる直接誘えなかった面霊気、橋姫面では変わらないはずの表情に嫉妬を浮かべて魅せるこころ、何時の間にやら覚えたのか、それなりに似合う負の感‥‥誰を妬んで表したのか、そこまではわからないがあたしの心も惹きつけられた。直接誘うことは出来なかったがこうして舞って魅せてくれたのだ、落ち着いたら忘れずに謝礼を述べよう。

 それにしても、ちょっと見ない間に表現の幅が増えていて素晴らしい演者になっていて、あたしが思っていた以上に素晴らしい舞台にしてくれた。随分と抑えた重低音と雅楽器の調べにノッて舞う付喪神、物は違えども同じ種族らしく相性は良かったらしい。舞台役者達には拍手を送り、音だけ響かせて姿を見せない太鼓にも内心で感謝した。

 

 歓声はあったがこれは古典の授業としてどうだったのか?

 隣に並んで見ていた正規の教師に聞いてみたが、舞う姿をしっかりと見て理解し笑う声が答えだと言ってくれた、簡素な作りの小さな舞台を囲んで笑う童子共、寺子屋の黒板を睨むいつもの授業ではまず見られない光景だと、複雑そうな顔で笑う慧音がなんだか可笑しかった。

 そうしてその複雑そうな顔のままで、雷鼓と何かあったのかと世話を焼いてくれる先生、痴話喧嘩に混ざるのは野暮だと笑って返して、そういう優しさは子供らに向けろと舞台の余韻で笑ったままの子供の円へとむりくりに押し入れた。

 絡んでくる世話焼きをあしらってから手が空いた所で、舞台の感想と感謝を伝えようと思い面霊気を探してみたが姿がない、寺子屋の庭先でキョロキョロとしていると、これから家庭科でお世話になる突発の中華料理人が猿面のままでどこかに行ったと教えてくれた。

 家庭科の始まるギリギリまで待ったがそれでも来ない女将に代わり誰かいないかと探した所、夜の部で主が寛ぐスペース作りに昼間のうちから来ていた門番を見つけた。

 ちょっと料理の腕を見せてくれと頼むと自分でやれと窘められたが、言われた通りに右腕を袖から出すと仕方がないと引き受けてくれた。大層なテーブルやらを運んでいて忙しいだろうに、自分の仕事を放り出して引き受けてくれた事とお面の行方について感謝した。

 

 華麗な業で作られた中華料理が並び、子供らが我先にと群がる学舎の机。

 調理台にするには少し低いが筆記用具以外が乗るのもいいかもしれないなと、新しい授業でも思いついたのか微笑む世話焼き、子供らの高さなら丁度いいはずと返答をしてみると、こういう時だけ相手の立場に立つなと右肘を抑えられて叱られてしまった。

 言ってないのに何故分かるのか、姿を見せないのと料理を他人にお願いした事、取り分ける菜箸を左で使っていた事でバレたらしい、変に目敏くて困りモノだ。これも痴話喧嘩の結果だと笑うと、自愛しろよと誰かと同じ事を言われてしまった、あたしの歴史でも編纂したのかね、叡智の神獣とは恐ろしい。

 

 授業を全て終えた後にしばらく探しまわっても面も太鼓も見当たらず、それでもウロウロとしていると小腹が空いた。下ごしらえは手伝ったが、とりわけてよそっている間に料理はなくなってしまい食べ損ねた為、今朝からなにも口にしていない。

 いつもの寺子屋ならそろそろ授業が終る頃合い、昼餉を取るには少し早いが朝を抜いているし丁度腹の空く時間帯で、テキ屋でも巡り腹を満たすかとぶらぶらと歩いた。

 

 おかっぱ河童の屋台に顔を出して胡瓜を奪いボリボリしていると、笑みを浮かべたビジネスパートナーが奥から顔を出してきた、ちょいちょいと手招きされて誰に賭けるかと問われた、今回の場はトトカルチョらしい。

 人妖関わらず粒揃いが集まるのだし、これならバレても頭突きはないと狡猾に笑うにとり。

 ずらりと並ぶ名簿を眺めて我ながら呼びすぎたなと少し反省したが、『は行』の上の方で字を追う指を止めた、今回は裏方だからノミネートされても困ると言ってみたが、んなもん知るかと一蹴された。

 まぁなんでもいいか。斜め読みしただけでも綺麗どころは十二分にいるし、幼いのが好みな変態相手も対応できるくらいにそっち方面の名前もある。間違っても上位はないなと笑っていると、私はお前に賭けたからなんかやれと脅された‥‥それこそ知るか、好きに負馬に乗れ。

 それ以降の言葉は聞き流して、程々に仕切って楽しめと言うと誰かに賭けないのかと問われる、裏方で親だからあたしが賭ければ不正が怪しまれる、ソレを伝えると理解してくれたようだ‥‥同じ『は行』の下の方で張るか迷ったのがいたが、運の悪いあたしが賭ければ負けると思いやめておいた。

 

 動きの悪い右手をポッケに突っ込んで再度ブラつくと、住まいの神社とは正反対な盛況さの占い屋さんが目に留まる、やる気なさそな顔のままで小さな鉢かづき姫を使って札を捲り話している巫女、足元を彷徨いてるのは二本尻尾の火車。

 老若男女でごった返し大儲けの占い屋に火の車がいるとは滑稽だ、忙しくて首が回らないから猫の手でも借りているのか?

 ならついでにろくろ首にも手伝わせたらいいのに、あいつがいれば回らない首もスルスルと回るはずだ、里の空を巡回する赤い首だけを捕まえて列の制限をするよう伝える。なんで私がと訝しげな顔をされたが、手が足りない巫女に恩を売っとくチャンスだと伝えると渋々動き始めた。

 態度の悪い店主に軽く睨まれたが、引かない客足を捌くのに手一杯であたしに対して睨むしか出来ない紅白、残念ながら手の多い友人はいないからそこは自分でどうにかしてくれ。

 暫くの間は遠巻きに眺めていたが小さな姫に針を突き付けられた、威嚇せんでも近寄らないよ、占いには興味ないから。

 

 巫女の行列を背に振り返れば里の中央、霧雨の大道具屋。

 里一番の大店も空気を読んで大売り出し中だ、日用品から用途のよくわからないものまで揃っていて見ていて飽きないバーゲンセール。

 巫女の次に客足が多いのはここだろうか、あの動かない男性店主も手伝いにかりだされていて見るからに忙しそう、普段は客の相手などしないくせにテキパキと切り盛りしていく半妖眼鏡、店は違えど暇なのも忙しいのも捌くとは汎用に動けて器用な男だ。

 大店のバーゲンワゴンから丁度見えない位置に開いているガラクタ屋を覗くと、客足などなく店主すら逃げ出していて閑古鳥が群れていた、少し覗いたが、売れ残りが売れ残っているだけの面白くもないガラクタばかりだった、唯一使えそうな物は錆びていない糸切りハサミくらいか。

 色合いもおめでたくない葬式のような色味のテキ屋、売る気はないのだろうが話に乗っかってくれた礼もある、礼金代わりにハサミを買い銭を放置した、盗まれても知らないがあたしは払った、文句は言わせない。

 

 ハサミを握りチョキチョキと動かしていると、視線の先に試し切りに良さそうなビラが数枚落ちているのが目に留まる、糸切りで紙を切ると繊維が切れなくなるらしいが、あたしは裁縫はしないし気まぐれで買っただけだ、ちょうどいいとビラに目を通しながら刃を当てがった。

 刃先を入れるか入れないかの辺りで目に留まったビラの謳い文句『縁結びは守谷神社で』写真入りのビラで、使われているのは風祝を中央にして三柱並ぶ家族写真。

 遠足の思い出作りじゃないんだからと緩く笑んだが、二柱からすれば大事な娘との思い出作りなのかもしれない、なら縁を切るのは忍びないなとハサミを入れずにコートの内ポケットにしまい込んだ。懐にしまう姿をお山の風祝に見られて親指を立てられたので指先を少し上げて返答してみる、台座に乗って何かを話していたがこちらに歩み寄りもう一枚寄越してきた。

 同じ物二枚もいらないと断ったが先日神社に連れて来た相方にも渡してくれとの事だ、縁結びのビラなら験担ぎになるかもと、こちらも受け取り懐にしまった。

 ええじゃないかと騒いでいた時にもこうやってビラを撒いていたが、騒ぎの中でも随分と通る声の守谷の巫女さん、遠くからでも何処にいるのかわかるわね、そう小馬鹿にすると外では合唱部にいたので声には自信有りとの事だった。確かに祝詞を上げている時の声色は透明で美しいものだった、カエルみたいな神様の子孫らしく唄にも自身がありそうだ。

 

 そのまま他の屋台も見て回ったが、残りは騒ぎにノッてきた人里の非公認テキ屋くらいしかないようだ、文句など言わないがそっちにあたしが顔を出すと気まずくなってしまうと思い、人目を避けて墓場へと歩んだ。

 珍しく静かな寺の参道を歩く違和感、今日も山彦はいないらしい、それどころか寺の皆も姿が見えなくて、何かあったのかと気にしたが、こころは来てくれたし、よくわからない。

 考えた所で仕方がない、誰かを見かけたら聞いてみようと頭の隅に追いやってテキ屋以外の通常店舗に顔を出した。通い慣れた甘味処で店番していた孫娘から小腹を満たせる物を買い、ちんたら歩いて墓の上。里の誰かの終の棲家に腰掛けて、無意識で巻紙を舐めていると遠くで漂う死体が見える、あたしのご同類に声でもと思った辺りで、墓穴に空いた大きな穴から楽の師匠が現れた。

 

「あらあら、楽しそうな事をすると聞いて期待しておりましたのに、主犯が楽しそうには見えないのはどういった事なのでしょう?」

「つまらなそうなあたしをからかって娘々は楽しい?」

 

「ええ、楽しいわ。あら、巻煙草なんてまだ戻ってないのね‥焦らされて疼くでしょう?」

「‥‥娘々の仕業だったの? あんまり酷いと‥‥」

 

「酷い? 私は少し助言しただけですのに、押してダメなら引いてみろと、少しだけ入れ知恵しただけですわ」

「あたしの場合、あんまり引かれるとすぐ諦めるってのは教えてくれなかったのね」

 

「諦めきれないくせに嘘はいけませんわ」

 

 穏やかに笑いそう言われる、いつもの事だがこれも楽しまれてしまうか、この体たらくでは少しだけ出した怒気を払われて何も言い返せない。

 巻いたタバコを咥えて無言で睨んでみたが、嫌悪の視線を浴びてもあらあらうふふと微笑む邪な仙人様、何でも楽しむのだと教えてくれた通りに、今はあたしで楽しく遊んでいるらしい。

 娘々を探せなんて言うんじゃなかったかとほんの少しだけ後悔したが、済んだ事を気にしていても仕方がないと思い直し、言われた事を噛み砕いた。言葉を信じるなら今は押してダメだったから引かれている最中って事だ、それなら愛想をつかされたわけではないらしい。

 なんだなんだ、未だ変わらずにモテモテじゃないか、心配して損したと娘々に見られていてもお構いなしに惚気けて微笑んだ、大きな安堵感に包まれ心地よいがその顔は長く続かなかった。

 

「すぐに安心してはダメよ、アヤメちゃん」

「これ以上あたしの何処を笑うの? 素直に教えてくれたからおしまいかと思ったのに」

 

「おしまいだなんて、女はこれからが怖いのよ‥‥あの付喪神の怒りは結構な物でしたわ、泣きそうな顔で芳香ちゃんをボロボロにするくらいの憤怒、激しいのもいいものね」

「悪いとは思うけど謝らないわよ? そうなる前に止めない娘々が悪いんだもの」

 

「謝ることなんてありませんわ、芳香ちゃんを直すのも楽しいもの」

「楽しそうな所で悪いけど、話が見えないわ」

 

 とりあえず雷鼓が未だお冠だというのはわかった、けれどそこからなんの話に繋がるのかフワフワとしていて捉えきれない、この邪仙は何が言いたいのか?

 こうやってあたしをイラつかせて遊んでいるだけならそれでいいのだが。

 

「好いているけど伝わらないって不憫ですわ、ですからこっちの方にも少しだけ助言して差し上げましたの、意思を得たのだから自分から離れる事も出来るはず、と」

「そう‥‥身から出た錆だから何もないわ」

 

「身から出た錆ね、昔なら錆びつく程浸らなかったでしょうに‥でもわかりますわ、自分を中心に見てくれて離れずにいてくれる相手がいるって素晴らしいもの」

 

 大した理由もなく自分の意思も軽薄なまま墓場の端を漂っている者、宮古芳香を愛おしい者を見る目で眺む娘々、はたから見ればあたしもあんな顔をしているのだろうか、見つめる相手は随分と違うがそう見えるなら少し嬉しい。

 

「それで、次は何に気をつけたらいいかしら?」

「聞かなくともわかるでしょう? 離れてほしくないなら繋ぎ止めればいいのですわ、一度壊して好きに作り直すのが一番ですがそれは嫌なのでしょう?」

 

「作り直すのは面倒くさいわ、それなら逃がさないように抱き寄せて、離れられないようにすればいいだけ」

「アヤメちゃんは面倒くさがりね」

 

 変わらないでしょ? と促すと変わりませんわねと嬉しい返事。

 戻らない理由もわかったし朝とは打って変わって気分は上々だ、まだ取り戻せる辺りにいるというしそれならたぐり寄せるだけ、一度交わった線なのだから手繰ることなどわけないだろう、夜になればそれに長けた友人も姿を見せてくれる。

 自分一人で取り戻せないなら猫の手でも蝙蝠の羽でも借りよう、癇癪は招待でチャラなのだから対等な友人らしくしないとならない、クリーニング代を請求しないと、貸しっぱなしの金貸しはやめたのだから‥‥夜になるのが待ち遠しいなんて何年ぶりかわからない。

 

~少女食事中~

 

 お日様とお月様の交代勤務をきっちりと見届けて、これからが本番だと川に蓋をするように組まれた櫓の上から叫ぶ。昼間のまったりとしたテキ屋の雰囲気とは様変わりして、どこもかしこも騒がしくなりだした、行灯並べて提灯を灯して、どこのテキ屋も元気のいい声が飛び交い始めた。

 一部悲鳴のように聞こえ始めたのはあの亡霊姫のいる辺りか、次から次へと運ばれて並べられては消えていく皿、決して早いとは言えない優雅な食事風景なのだが、何をどう食べ進めればああいった食事風景になるのだろうか。

 隣に腰掛ける半分庭師と何かを話して食事する幽々子、嫋やかに食事しながらあたしに気がついて、お箸の持ち手で手を降ってくるが‥‥それは少し行儀が悪いとお箸を動かす仕草を左手で取ると、片目を瞑り舌を出した‥‥あれで一番の保険なのだから困りモノだ。

 

 幽々子を見ながら隣の黄色い声援に耳を傾け、そのまま視線もそちらに移した、視界に広がるのは可愛い人形が彩る舞台。

 誰かから聞いたのだろう、飛び入りで参加した魔法の森の人形遣いが薄く微笑み人形達を繰っていた、櫓で始まった人形劇舞台の前に子供の姿も結構見えるがあたしは怒る立場じゃない、夜間がダメなら慧音が仕切るだろうと気にせずに暫く眺めた。

 小さな人形が櫓の上から飛び出して宙で始めた剣戟の先、いつか相談事をしてきた少女と端正な顔立ちの男の子が手を繋いでいる姿が見える、あれから呼び出しはなかったが上手く収まる事が出来たようだ、ほんの少しだけあの子の縁結びに関わったのだし今後を考えると験担ぎにいい二人。

 あたしもあれにあやかりしっぽりしたい、こちらを見つけた少女に向かって尻尾揺らして挨拶すると、繋いでいる手を上げてきた‥‥見せつけてくれて妬ましいな、もっと妬ましくなるといい。

 

 子供を妬んで力を蓄え、次の舞台の場所へと移動。

 河童に無理を行って作らせた1段高い櫓に飛び移る、上で騒ぐは騒霊姉妹に付喪神、霧の湖近くにある洋館で演奏は聞いたし人形達の姿は見たが、本人たちとは久しく会っていなかった。

 けれどどうやら覚えてくれていたようで、黒い長女に会釈をされて次女と三女に手を振られた、軽く手を振り答えるとそのまま後ろの付喪神へと視線を走らせる、両脇に琵琶とお琴を並べ中央を陣取る大きなドラム。

 九十九姉妹は手を振り返してくれたが、真ん中だけはこちらを見ない。

 何を拗ねているのかね?

 少し悩んで思いついたのは、用意すると約束したのに未だに来ないヴォーカルがいない事くらいだろうか、個人的な感情もあるだろうが今は奏者としてここにいるのだろうし、昼間の授業では姿こそ見せなかったが約束通りに演じてくれた‥‥私は約束を守ったのだからお前も守れって感じだろうか、それなら本気で探そうか、既に始まったお祭りの舞台、それほど時間もないし見つけ出せる運命をあたしの糸に結んでもらおう。

 

 寺子屋近くの赤絨毯にいた探し人、里に似つかわしくない白のダイニングテーブルに腰掛け、テキ屋の屋台メシを頬張る吸血鬼姉妹。テーブル上にはテキ屋のB級料理が並び、貧相な物で豪勢に埋め尽くされている、近寄りながら手を振ってみると頭にあの希望のお面をつけた姉妹が揃って返してくれた。

 絨毯に降り立つと頭を垂れてくれるメイドと門番、こっちも頭に希望を見せている、毎日のように割っていた皿の代金が痛いとは言っていたが‥‥太子、これでいいのか?

 一瞬浮かんだ太子の事はすぐに忘れて二人にも軽く挨拶を済ませ、さっそく弄んで貰う事にした。

 

「楽しんでいるようでなによりね、もし暇なら運命を弄んで欲しいんだけど」

「自分から弄られに来る輩などお前くらいだな、弄らなくとも交わったままに見えるが?」

 

 重低音を轟かせている櫓の方を眺めながら鋭利な八重歯を見せる運命の操り手、嬉しい一言ではあるが交わる程度では微温い、絡んで解けないようにするために足掻いているし、これ以上手っ取り早い方法もない。

 急いて事を仕損じたとしても善は急げだ、祭りの最中なのだし後の祭りになりたくはない。

 

「色々と動き疲れたのよ、あっちから近寄らせる為に弄んで欲しいの。誰かさんに汚された服のクリーニング代代わりと思って、こうちょちょいと」

「あれは招待する事で‥‥いや、言い争う時間も惜しいのだろう? クリーニングなんて詭弁はいい、中々楽しめているし少しだけ見てあげるわ」

 

 仰々しく右手を掲げ手の平の上に何かあるような仕草を見せる御嬢様、はたから見れば欲しいものに手を伸ばしているような雰囲気。本来なら変えられない運命を操るのに、何かを欲する仕草をするとは中々の役者だ‥‥手など伸ばさなくとも操れるだろうに、格好をつけてくれる赤い月。

 

「ふむ、探し人だが二人とも近くにいるな」

「二人? 一人はわかるんだけどもう一人って誰の事?」

 

「わからない」

「わからないって、今は逸らしてないけれど‥‥それでも見えないって事かしら?」

 

「正確に話そう……真っ暗で何かに囲われた部屋の中、その中央に二人いる。背と耳に羽を生やした一人は横たわり、もう一人はそれを何かから遮るように折り重なっている誰かとしか見えない、後はそうだな『アビラウンケン』なんとかと聞こえた、心当たりは?」

「あるけれど何故それなのかはわからないわ。それにしても曖昧ね、本当に見えたの?」

 

「これはアヤメが原因なんだがな、いいか? 今見たのはお前のすぐ先の未来だ、ということはお前が見るだろう事象を先に盗み見ているわけだ。つま‥‥」

「もう一人が誰なのかを今のあたしが認識していない、だから先のあたしの視点からも見えない」

 

 ご明察、と言う声を背に聞き走る。

 感謝は後で取り敢えず探し出さないと不味い事になった、探して欲しいと考えていた女将が伏せる姿など聞きたくはなかったが、愚痴を言っている暇もない。

 アビラウンケンなんて真言以外に聞き覚えがない、それも地水火風空を表す大層なお言葉だ、何かに囲われたその中央で横たわるって事は、動きを封じられて真言浴びせられているって事だろう。

 それなりに力を宿した妖かしでその手の事に長けた者なら呪詛返しも出来るだろうし、あたしなら言葉を逸らすか相手の舌を逸らすなりして黙殺出来るだろうが、あの子はそれほどの力はない。

 今でこそ人を襲い喰らう事もあるにはあるが、ミスティアの成り立ちからすれば視界を奪うか歩けなくさせる程度の可愛らしい悪戯妖怪だ、誰かに遮られてはいるらしいが同じく捕まる程度の妖怪‥‥こっちは誰だ? 山彦か?

 先日の妙蓮寺にもいなかったしライブ会場にもいなかった、先日のは偶然かもしれないが今日墓場に行った時にもいなかった、レティさんのお陰で雪は止んでいて、いいお天気にも関わらずだ、それなのに読経も挨拶する声も聞こえないのは少し可笑しい。

 寺の皆がいなかったのは響子ちゃんを探しに出ていたのか?

 こころだけはあたしからの依頼を済ませた後に合流した‥‥だから舞台終わりですぐにいなくなったって感じかね?

 とりあえずもう一人の目星は付けたが何処を探せば‥‥

 近くとは行っていたが曖昧で動くに動けない。

 せめて距離や方角くらいわかれば‥‥小町‥‥

 は誘っていないし、操ってもらうにも場所も方角もわからない。

 今から三途の川まで行っていてはお祭り自体が終わるだろうし、後頼れるのは衣玖さんか?

 空気を読んで探してもらう?

 いやいや意味がわからないな、それにこれから踊ってもらう予定も入っている。

 柄にもなく焦っているのが自分でも分かる、大事な物が壊されないように気をつけなさいと言われていたのにこのザマか、大事な物が一つだという思い込み、手の届く範囲の大事な者は誰にも渡さないつもりだったがなんとも不様だ。 

 

「声も出さずに一人で煩いわよ、アヤメの開く宴だと聞いたから遊びに来たのに主催者からは『後悔』と『どこ?』しか聞こえないし、耳が痛いわ」

 

 悶々と悩みながら声の聞こえた方を睨む、忙しいのだから軽口に付き合う‥‥

 いいところに頼りになるのがいた。

 頭によく似た希望の面をつけて顔にも希望を湛えた聖人、笏を持った右手と剣を携えた左手でヘッドホンを抑えているが、抑えるならそっちじゃないだろうに、その頭に生やした髪っぽい耳を抑えたほうが静になるんじゃないか?

 

「だからこれは耳では‥‥それより『どこ』はもういいの?」

「よくないわね、太子、この辺りで真言が聞こえたりしないかしら?」

 

「真言? 正直に言うと人通りが多すぎて煩すぎるのよ、何かを聞けるような‥‥」

「面倒だから一旦太子の耳に届く音全てを逸らすわ、里を中心に逸らすから範囲は曖昧だけど、少しずつ範囲を狭めていくから聞こえ始めたら教えて」

 

「そんな○○○□□□‥‥」

 

 口をパクパクとさせてあたしに向かって何かを言ってくるが、太子に向かう音がこっちに響いてあたしが聞き取れない。太子とあたしに限定してもいいがそれではお祭りの流れが掴み難い、そう考えたがこれでは大差なかったが、まぁいい、このままでも仕事はしてもらえるはずだ。

 しかし消さずに逸らすだけなのだから致し方ないが、二人分の音を拾うだけで頭の中が喧しい事この上ないな、毎日これでは大変だ。

 周りには動いているものもいるし、櫓には喧騒を囃子立てる楽しそうな調べが聞こえるはずの人里だけれど、今は正確に聞きとれず違和感しかない轟音の里、我ながら気持ちの悪い空間にいると思うが探す為だし一瞬の我慢だ。音の流れがおかしいと認識出来たのか、竜宮の使いが舞う舞台にいる楽器連中や騒霊は一瞬こちらを見てきたが、今はいい‥‥もしもがあっては困る。

 あたしの顔に叱っ目面が張り付いて眉間の渓谷が深くなり始めた頃、笏を指し方向を示す太子様。

 どうやら見つけてくれたようで、会話が出来るくらいに音を逸らした。

 

「真言、聞こえたわ、大シラガ小シラガというのも聞こえたけど」

「後半は後でいいわ、方角くらいはわかる?」

 

「方角も何も、里の外れにある社の地下だとはっきりわかるわ」

「地下って事までわかるの?」

 

「何年地下にいたと思ってるの? 反響音で部屋の広さまでわかるわよ? 社の下に四間ほどの空間、三間くらい下がった辺りね」

「三間って事は地下一階くらいか、ありがと太子、能力を解くからそのよく聞こえそうな耳を抑えたほうがいいわ」

 

 能力を解除した瞬間に太子の髪っぽい耳がビクンと揺れる、ヘッドフォン越しでも余程煩く聞こえるようだ。強めにヘッドフォンを抑えて片目を瞑っているが、開いている方の目は少しだけ涙目だ‥気持ちはわかる少しだけ体感出来たし。

 静寂に慣れてから一気に喧騒の中に戻されたのだから仕方がないだろう、両手を合わせてごめんと頭を下げると軽く手を振り構わないと返答してくれた。

 能力を解き音を戻したことで気が付く、先ほどまでは雅楽の二人と騒霊姉妹も鳴り響いてたのだが今は雷鼓の重低音しかしない、どうやら衣玖さんの人里ナイト・フィーバーが終わってしまったようだ、次に奏でる段取りになっていたのはミスティアと響子ちゃんのライブだったが、未だ当人達を探せていない。

 雷鼓が止まれば終わりだが汗だくのままで一定のビートを刻み続けてくれる雷鼓、まだ終わらせないということか。なら代役を宛てがうからもう少し間を保たせて欲しい、あたしを睨む元気があるのだから誰かをリズムにノセるくらい造作も無いのだろう?

 一度飛び上がりぐるりと見やる、探しているのは緑の頭、壁に寄りかかり可憐な壁の花となっている奴ではない緑を探す、稼ぎ終えた紅白と物が一つだけ売れたと喜ぶ黒白二人のすぐ隣、彼女達と一緒になって楽しそうに笑っている緑の二葉頭をとっつかまえた。

 いきなりなんですか!? と騒ぐから、それに負けない声で合唱部の凄さを見せて欲しいと少しこちらで煽てておく‥‥少し考えてソレならばと瞳にしいたけのような光を宿す風祝。

 櫓に投げて雷鼓を見やる、小さくウインクするだけでそいつを使えと伝わったようだ、ドラムスティックの拍子に合わせて再度始まる一夜のライブ、ドラムだけの音律に少しだけ飽き始めていた者達も再度リズムに乗り始めた。

 これでもう少しだけ時間が稼げる、その間に掘り返す。

 

 櫓からそのまま社まで飛び、着地と同時に妖気で穿つ。

 力がお社に向かわぬよう流した妖気の衝撃方向を逸らして、アルファベットの『Ç』のようにお社だけを避けるように抉れて弾ける地面。

 結構な音がしたが発生した土砂の音を里の外へと逸らした瞬間に、間奏代わりの激しいドラムソロが聞こえた、こっちの尻拭いまで考えてくれているとは、何から何まで頼れる太鼓だ。

 

 再度蹴り上げ地を飛ばす、後で頭突きを貰いそうだがそれはその時考えればいい。

 未だ見えない地下の空間。

 なれない穴掘りの為随分と加減していて拉致が開かない、三度目を蹴ろうと足を振り上げるとパラパラと揺れて地に落ちる地面、誰の揺れかと周囲を見やると不遜に嗤う我儘天人様、そう言えば誘っていたか、何も言わずにお手伝いとは本当に変わったものだ。

 天井代わりの地面が落ちた辺りに着地を考えずに突っ込んだ、地に着いたと同時に両足と両腕で受ける衝撃を周囲へと逸らして、本来あたしに来るはずだった衝撃力を地に放つ、結構な振動が周囲に伝わる。

 横たわっているミスティアと彼女を覆うように庇っている響子ちゃんにはさほど被害がないが、立ち並ぶ結界用の燭台には効果があったようだ、破魔の札を連ねて織った糸を繋いでいる燭台は全て揺れ倒れて、二人を閉じ込めていた封は途切れた。

 封印が解けた瞬間から聞こえ始めたのは、喉を痛めたのかすっかりしゃがれた響子ちゃんの大きな歌声、結界で閉ざされた中で叫び続けて、少しでも真言を紛らわせようとしていたのかもしれない。声が響くようになった事に気がついて周りを見る響子ちゃんと目が合った、放たれる真言を逸らして歩み寄り頭を撫でるとスイッチの切れる山彦マイク。

 二人を寝かせて振り返り、意味のない戯言をほざいている輩に嗤いかけた。

 

 直接あたしを狙うかと思っていたが、記事に名前を載せた力ないミスティアを狙って邪魔してきたのか、ライブの夜にでも仕掛けて響子ちゃんも巻き込んだのだろう、手札は多くなるしあたしの鼻を折るには一石二鳥だろうな。中々狡猾で好ましい手だが…手段自体は好ましいがそれをやられて好ましいと言えるかどうかは話が別だ。

 部屋にいる五人の全てから向けられる殺気と憎悪、破魔の紙くずも戯言も逸れて届かず睨むことしか出来なくなった憎らしい人間。邪魔をしてくれたのはいい、想定内だから何も思わない‥‥けれど、手段を選ばずに来たのはマズかったな、因果応報という言葉がある。

 襲われないはずの里の中に篭もり、鳥獣伎楽の二人が力尽きた頃にのうのうと出てくるつもりだったのだろう?

 その頃にはメインで予定していた物が潰れてしまい、失敗に終わったあたしを嘲笑うつもりだったのだろう?

 残念だが見つけてしまった、嗤うのはあたしのようだ、仕掛けたお祭りは皆のお陰でどうにか上手く回っている、始まってしまえばあたしは必要ない流れにするためにあちこちへと回ったのだ、はなっから見当違いでご苦労様な事だな人間。

 もう少し嘲笑ってもいいが睨まれ罵声を浴びせられるのにも飽いたしどうするか?

 襲われないと思っているのだからそこを返すか?

 殺さずとも一人二人手足をもげば静になるだろうし脅しにもなろう、考えるのも面倒だし二人を早く医者に見せたい。

 一番遠くにいて一番怯えの見えない者、生を諦めてしまい瞳の虚ろなアイツでいい、少し痛くすればまだ生きていると思い出すだろうし、諦める事もダメだと教えておこう、ゆっくりと歩み寄り右手を首へと伸ばす、敢えて傷を見せてこれからこうなるかもしれないと言わずに伝わり都合がいい。

 

 周りの者が帯刀していた刀を振るってくるがこの身には届かない、無様な姿を晒す同士を見つめる瞳、その瞳を見つめながら静かに嗤い右手を細い首へとかけた。

 あたしよりも小さな体躯、女か…まぁどうでもいいな、少しずつ頭を持ち上げてつま先立ちのまま地から足が離れ掛けた頃、女の瞳に誰かが映った。周囲に様々なお面を浮かばせてジト目で見てくる面霊気と、その周りには見慣れた寺の者達、肩で息する皆が映った瞳に少しだけ生気が戻った気がした、残念ながらお前の助けにはならないと思うぞ?

 何も言わずに響子ちゃんとミスティアを抱えて飛んでいく入道使い達、一緒に飛んでいったのは星とナズーリンか、ネズミ殿なら顔が広いし永遠亭の連中と見知っていても不思議はないな。

 着地の際に無茶したからか傷が開いて再度血を流す腕、持ち上げる為掲げたからか肘辺りから血を滴らせている。血の滑りと傷のせいで握りは甘いが人間一人持ち上げ続けるくらいは余裕だろう、背に視線を受けながら女の足に左手を伸ばすと、こころに左手を捕らえられた。

 そのまま体もぬえに抑えられて自由が効かなくなる、それなら尻尾でいいかと少し揺らすとあたしと女の間に錨が投げ入れられる、皆で邪魔をしないでほしい。

 

「響子ちゃんを探しに来たんじゃないの?」

「そうですが、方方(ほうぼう)探しても見つからず、一度集まった所で土煙を見まして」

「なにその真っ赤な袖、まだやらかしてないのよね!? 真っ赤だけどこいつらは怪我してな‥‥アヤメちゃんの怪我なの!?」

 

「お陰様でまだよ、ぬえちゃん‥‥見つかって良かったし残りは後始末だけだから離してくれない?」

「骨見えてる、痛くないの?」

 

「痛いから早く済ませたいの、すぐに済むからこころも離してくれる?」

「離したらどうにかするんでしょ? ここが何処だかわかってる?」

 

「人里、それが? 殺しはしないわ、死にたいと思うくらいにはするけれど」

「そっちのが質悪いわ、化かして騙して終わりじゃないの? とりあえず二人は無事だったし里の守護者にでも任せれば‥」

 

「化かされたからこそ意趣返しよ? 水蜜だって偶には本気で沈めたくなるでしょ?」

 

 話を続けていても拉致が開かないし万一逃げられると困る、殺さないのだから構わないと思う‥‥極論だがルール内だ、もしもアウトなら地底に引っ込むか紫に差し出せ‥‥置いていくなと泣かれそうになったな、それじゃあこれ以上はダメか。

 しかしこのまま引くのは気に入らない、落とし所がわからずに回らない頭で悩んでいると血で滑り女を開放しかけてしまった、足のつく高さまで下ろしてしまったがまだ逃すわけにはいかず、動きの悪い右腕に少しだけ力を込めた。

 虚ろだった女の瞳が大きく見開かれると、抑えられる全身の力が強まり完全に動けなくなった、細首を掴む右手だけが動く中、あたしの右手親指に破魔の札が張り付いた。

 打ち止めかと思ったが誰が?

 なんて決まっているか、ここは人里だった。

 

「そこまでにしないと見逃せなくなるんだけど」

「すでに見逃してもらえないくらいだと思うんだけど、霊夢?」

 

「退治依頼も受けてないし、まだ人間を捕まえてる妖怪を見つけただけよ」

「周りが助けてくれと煩いけど?」

 

 救世主のように現れた博麗の巫女を縋るように見上げて、助けてくれだの早くどうにかしてくれだのと喧しい、面倒で能力なんて使っちゃあいない。これだけ騒いでいるのだから聞こえないワケがないはずだが、これは引き際を作ってくれているのか、誰にも肩入れしないと思っていたが何のつもりだろうか。

 

「さぁ? 助けて、と、どうにかしてくれってのは聞こえるけど」

「聞こえているけどいいのね? それで」

 

「あたしの仕事は妖怪退治、人助けじゃないわ」

「……わかったわ、今は諦めるから札と周りをどうにかしてくれる?」

 

「周りは自分でどうにかして、それなりに儲かったから今夜だけよ」

 

 親指に貼られた札を元気良く剥がされて綺麗に爪と皮膚を持っていかれる、少しだけ血煙を上げた親指では余計に力が入らない、頼りない握り方では女を支えきれず血が潤滑油となり落としてしまった、崩れ落ちて咳き込む女を見下ろしていると体と腕の縛も解かれた。

 解かれた瞬間能力を発動して触れられないように、向けられる縛を全て逸らす、咳き込む女の髪を握り顔をあたしに向けさせて、小さく呟いた。

 

――次は一人で待っているわ、楽しみにしているから早く来て――

 

 銀の瞳に怯える女を映して静かに言ったこの願い、出来れば叶えてほしいものだ。

 穴を這い出して櫓を見つめる、合間を頼んだ現人神の姿はなく静かに鼓の打たれる音だけが響く人里、雷鼓にしては落ち着く音だと様子が見えるように飛ぶと、ぐったりとする奏者の間にあたしと似たような尾が揺れていた。

 最後の手を打ち一瞬静かになると櫓を見ていた者達から歓声が上がり、その歓声が終わりを告げた、敢えて話さず眺めてもらうだけにするつもりだったのに‥結局最後に頼ってしまった。

 出来の悪い妹で申し訳ないと頭を下げたが、笑って手を振るだけだったマミ姐さん。

 手を振る姐さんの動きに気がついてこちらを見てきた者が一人、真冬だというのに額に大粒の汗を浮かばせている赤い髪。

 一瞬目があったがすぐに逸らされてしまう、約束は守れなかったし仕方がないか。

 今日は潔く諦めよう、けれど次の機会は必ず作るしその時は捉える‥そして離さない。

 手を振った最後の舞台役者からあたしに皆の視線が移ったのを確認し、天狗記者二人のフラッシュを浴びながら今夜の〆を大声で告げた。


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