東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ほんの少し血生臭い描写があります、苦手な方はお気をつけ下さい。


第百十六話 久々に騙す化け狸

 霧に霞んだお屋敷が雪に埋もれて新年らしいおめでたい姿になっている。

 住んでいる連中はおめでたいとは言いがたいがその辺りはどうでもいい。

 もうすぐ日も沈みきるしさっさとお屋敷の中へと入ろう。

 屋外続きで結構冷えたしこの時間なら文句もないだろう。

 雪が積もっても静かに佇み、動かない門番を見てあれは置物かと雷鼓に問われた。

 置物だけど柔らかいから突付いてみろと言ってみると、指先が西瓜に触れる寸前で止められていた、腕を置物に掴まれて騒ぐ雷鼓は放っておいて、それを捕らえている門番の意識を逸らし静かに近づく。

 あのつるぺったんと同じスイカなのにずいぶんと違うたわわに実った揺れるソレ、堂々と静かに近づく縞尻尾が門番の視界に入っているが、注意力は明後日の方向へと逸れていて不用心な立ち姿、真正面からスイカを突付くと無言のままであたしも捕まえる門番。

 顔は笑っているけれどおでこの辺りに血管が見えそうだ、小さくウインクしてみせるとニコリと叱られてそのまま手を引かれ屋敷の中へと拉致された。

 見慣れた玄関ホールに入ると少しの間も置かずに現れるメイド長、給仕服の裾を摘み瀟洒に頭を垂れる少女に同じく、コートを開いて瀟洒に頭を垂れた、そのまま視線を左に移すとあたし達に釣られてミニ・スカートを摘む相方、お前がやったらスリットから丸見えだろうに。

 つまみ上げる前に気がついたようで仕草を変えて、まるで執事かのように片腕を胸の前にして頭を垂れた、機転が利いてなかなか良い。挨拶も済ませたし本題に入るとするか、咲夜の顔を見るまで大事なことを忘れていたが、折角来たんだし言うだけ言っていこう。

 

「勢いで来てみたけれど、意味がなかった気がするわ」

「開口一番から仰る意味がわかりませんが?」

 

「人里での社会科見学、その宣伝に来たんだけど生憎昼間のお祭りだったのよね‥あたしとした事がやらかしたわ」

「それはまた意地が悪いですね、御嬢様方に聞かれる前にお帰りになられた方が懸命かと」

 

 遅いみたいと指で奥を指す、現れたの二人の幼女。

 妹の方はこの時間から起きていると聞いていたが姉も一緒だったとは仲が宜しくて妬ましい、皮膜の翼と宝石の翼を並べて歩く吸血鬼姉妹。

 似たような紅い瞳でこちらを見ているが姉妹で合わせている焦点が違うようだ。

 姉はあたしで妹は隣。

 そういや紹介していなかったな、異変の時のメイド長はあたしが追い返してしまったし、その後来たのもあたしだけだった、来たついでに面通ししておくか、放っておいて壊されでもしたら大変だ。

 

「姉妹揃って仲良しね、おはよう」

「最近は私もフランも日中から起きているわ‥それで、意地の悪い話というのは?」

「お姉様も早起きしてるのよ、赤い髪のお姉さんもこんばんは」

 

 ふわりと飛んで雷鼓の横へと降り立つ金髪の吸血鬼。

 仕込んだ通りの挨拶を済ませてほんの少しだけ微笑んだ。

 ちょっと見ない間に随分懐っこくなったものだ、と感心する間もないままに笑んで見せた妹、初対面から楽しげに話す二人。

 いくらあたしの連れだといっても、初めて会った見知らぬ妖怪相手に自分からそうできるようになったとは、最初の顔合わせのような物騒な気配の一切ない空気だ。知らぬ所で遊んでいるあたし以外のお友達はいい影響を与えているらしい、挨拶を済ませて赤い髪に飛びついている妹蝙蝠。

 そんな二人に見られないようにニヤニヤと笑んでいると、姉とメイドに睨まれた。

 赤い瞳でそう睨むなよ、可愛いのだからいいだろう?

 それとも別の理由で睨んでいるのかね?

 そっちの理由については謝るからその目をやめてくれないか、主様。

 

「アヤメさん、この子可愛い」

「アヤメちゃん、このお姉さん綺麗」

「互いに気に入ったのならなによりだわ、フランちゃんと咲夜に連れられてお屋敷見物でもしてきたら?」

「周囲の物は打楽器か? ピアノならあるが他はないな‥それでもいいなら好きに回ってくれて構わない。咲夜、案内を」

 

 瀟洒な従者に連れられて、お手々繋いで歩いていく紅い瞳の妖怪二人、言ってみてから気がついたがこのお屋敷は赤い瞳や髪が多い。赤くないのは魔女殿くらいだがあれの魔法は七色だし、回りに浮かんでいる石に赤がいたな、召し物もピンク色っぽい‥‥ならいいや、魔女も赤扱いだ。

 屋敷も赤なら住人も赤くて主の好みも真っ赤な血、これだけ揃っているなら異変が赤だったのも頷けるというものだ、廊下の奥へと消えていった手持ちの赤をあたしのくすんだ銀の瞳で見送ると、白い皮膜の翼を大げさに広げ不遜な主が笑いかけてきた。

 人払いに乗ってくれた姉蝙蝠様、斜めに上がったその口角から何を吐いてくるのだろうか。

 

「友人からのプレゼントなら丁重に受け取るが?」

「お友達に自慢しに来ただけよ」

 

「ふむ、意地悪を言って物で釣ったのかと思ったが違うのか」

「大事な友人に飴と鞭なんてしないわ、するならどちらか一方だけよ」

 

 胡散臭く笑って右手で口元を隠すが、それでも不遜な態度を崩さない紅いお屋敷の主様。

 隠していた右手を少しだけ下げると一瞬で視界から消えた姉、左右を見ても姿はなく上下を探すと下にいた、少しだけ下げた右手のその更に下、赤いリボンが目立つ白いナイトキャップが見える。ドアノブカバーのように見えるソレに右手を伸ばすと、幼女の小さな手が絡んできた、人間で換算すれば見た目10歳になるかならないかくらいの幼女の手。

 こちらもお手々繋いでデートかなと気にせずにいると袖を力強く掴まれて、爪が腕に食い込み刺さる‥変に払えば裂かれてしまいそうで抵抗せずに腕を預けた。

 白のコートとシャツの袖先を赤く染めていく紅い血、次第に手の平に回り小指の先から数滴垂れ落ちると、刺されたままで指を引かれて流れる勢いが少し増した。中指まで濡らす勢いになっても笑んだまま動かない姉、おやつにでもされるのかと思ったがそうしてくれる気はないらしい。

 

「飲まないのなら無駄にしないで欲しいわね」

「人間でも生娘でもない相手だ、飲んだところで旨くもない」

 

 すっかり真っ赤に染まった袖を少し強引に引いて払う、予想通り深めに裂かれてしまい手を引いた広がった傷と勢いのせいで派手に血が飛んだ、裂いてくれた御嬢様に上手くかかるよう、わざと大げさに振り抜いたせいで姉と床に紅い弧が描かれる、ピンクのドレスと頬に血が飛び名前の通りの紅い吸血鬼となった姉。

 頬に飛んだ血を舐めてマズそうな顔を見せてくれた、味の方は冗談ではなかったのか。

 

「流し損の汚し損ね、クリーニング代位もらえるの?」

「ないな、今のは意地悪に対する仕返しだ、友人ならかわいい癇癪くらい大目に見てくれ」

 

「癇癪ね、ならあやす代わりに招待するわ」

「招待? 昼間に出てこいと? 日光でも逸らしてくれるのか?」

 

「それもいいけど何も見えなくなるのよね。もっと単純にするわ、夜の部への招待状を用意しましょ」

「人里のお祭りなんだろう? そんなに好き放題していいのか?」

 

「いいのよ、すでに好き放題しているし、どうせなら膨らませるだけ膨らませたほうが楽しいわ」

「膨らませすぎて腹を裂く、そうならないといいな。アヤメ」

 

 夜なら顔を出してやると言い残し屋敷の廊下へと消えていったレミリア。

 去った主を気にせずに止まりはしたがまだ血が垂れる右腕を振る、するとピッと綺麗な縦線が床に描かれた。

 自身の血ですっかり染まってしまったコートとシャツの袖先、傷は放っておけば乾いて固まるだろうし、袖は帰ってから戻せばいいかとそのままにして、屋敷の探検に出た者達の帰りを待った。

 禁煙区域の玄関ホールで少し待っていると血の匂いを嗅ぎつけた妹が飛んできて、乾き始めた右手を舐める‥味の方はお察しの通りで二回ほど舐められそれで終わった、惨状と吸血鬼の対応からあたしの血だと理解したのか少し機嫌の悪くなった雷鼓に、姉の方におやつ代わりにされただけと伝えると、目は怖いままだが納得してくれた。

 汚して悪かったと咲夜に伝え、引き止めてきた妹も何とか抑えて一度帰路に着いた。

 

~少女帰宅中~

 

 自分のことのように騒いでくれる相方をなだめて真っ直ぐ帰宅し、卓に腰掛けて上着二枚を脱いでみれば綺麗に腕に走る筋傷、肘より少し先から数カ所パクリと口を開けていて、少し乾き始めた肉とかさぶたになり始めた血に染まったままの腕。

 尖い爪を食い込ませたまま躊躇なく引いたからか意外と綺麗な傷で済んでいる、これなら治すのも楽だろう、ちょっと確認するように押したり傷を開いたりしていると、言いつけ通りに留守番をしていた姉妹に嫌な顔で見られてしまう‥‥その顔が少し可笑しくてクスクスと笑うと、真面目な顔をしている雷鼓にキツく窘められた。

 

「ざっくり裂かれて笑うってさすがにおかしいわ、いくらなんでも理解できない」

「痛みに鈍いのと慣れのせいかしらね、でもこれくらいならどうって事ないわ」

 

 煙管咥えて煙を吐いて右手の傷に纏わせる、十数秒ほどそのままにして軽く払い煙を掻き消した、煙の消えた視線の先、そこにはすっかり綺麗になったように見える右腕。

 煙の妖怪混じりらしくこれだけでも傷を塞ぐくらいは出来るが、いくらなんでも瞬時に再生とはいかない、幻術も混ぜてそれらしく化かしただけだ。

 そのまま軽くグーパーとしてみせると姉妹はすっかり騙せたようだ、異変の時も楽に誤魔化せたが今も変わらず誤魔化せている、チョロい。

 問題なのはもう一人か、随分と怖い顔だ、些細な事でそう怖い顔をしないでほしい、顔を寄せながら睨んでくる紅い頭に向けて左腕を伸ばすが、その腕は強引に払われ勢いで奥へ寝転ぶ、そのまま隠したてでツヤツヤの右手を踏まれて強めに拗じられた。

 ビーター付きのブーツの踵で拗じられて表面に施した幻術がバレる、うへぇと横の二人から聞こえたが気にせずに足の主を見ると、酷く冷たい顔で怖い。

 

「折角誤魔化したのにバラすなんて、気に入らなかった?」

「気に入らないわね、自愛するって事を知らないの?」

 

「知っているけどこれくらい他愛も無い事よ、異変後の腕に比べれば傷のうちにも入らないでしょうに」

「アレは自分で使い捨てにしただけでしょ? あの時は傷口って感じじゃなかったし」

 

 更に強く踏まれる右腕、ギリッと捻られて畳を少しずつ赤く染めていく。

 痛み自体は我慢出来ない範囲ではないがこのままだと血痕が染みになり困る、服や体じゃないんだし畳までは戻せない。

 

「あの時もさっきと同じでそう見せていただけよ? あの時は何も言ってこなかったのに今回は突っかかるのね‥‥まぁいいわ、霊廟と屋台にも顔を出したいから足を退けてくれないかしら?」

「懲りずにまだ回るのね、それじゃ霊廟ってとこには行ってきてあげるからソレをどうにかしてよ‥‥さすがに気になるのよ、屋台に行くのはそれからにして」

 

「心配はありがたいけど本当に‥‥」

「黙って言う事聞いて、少しぐらい気にしてよ‥‥気に入った打ち手ばっかり先に……さないと言い切ったんだから、少し丈夫だからって見てる方の事も考えてよ」

 

 右腕を踏み込む力を少しずつ強めながら切羽詰まった微妙な表情で見下ろしてくる雷鼓、笑う顔やらよがる顔は常々見せてくれているがこうした真剣な顔は初めて見る。

 先に、か。

 周りに置いて逝かれる事に慣れてしまい、いつからかソレが当たり前になっていたから気が付かなかった‥ってのは唯の言い訳か、散々あたしのモノだと言いふらしていたのに、相手からどう見られているかなど考えていなかった。元は物だが今は者だ、意思もあれば感情も見せてくれてそれでも近くにいてくれる相手……お気に入りを失ってどう感じるのか、寺で思い出させてもらい散々泣いたはずなのに‥‥鈍いあたしでそうなのだ、あたし以外が同じ思いをすればソレ以上だとわかるのに。文との交渉の最後は文の気遣いかと思ったが途中からまた能力を行使してくれたのかね、恐れられらないと消えるなんてあたしが言ったものだから。

 

 あたしの返答を待つ愛しい赤い髪、そんなに瞳を潤ませてくれるなよ‥‥また笑って怒らせてしまいそうなんだから、この場では睨む側だろう?

 そうすると決めたのなら通してほしい、ブレたりすると誰かのように痛い目を見る事になる‥‥あんな思いはさせたくないし、それならばそうならないようここは煽るか。

 

「場所も相手も知らないのに、どうやって行くのか教えてもらいたいわね」

「知らないからこのまま聞くわ」

 

 向けられた気持ちを逸らして話の筋だけ返答すると再度見せてくれた怒りの表情、それでいい、そのまま睨む側としてあってくれたほうが痛みが少なく済むはずだ。

 しかし勝手に住まいを教えるのも太子に悪いしどうしたもんか?

 もう少し手酷くしてくれれば自然に吐く流れに出来るのだが‥‥なんて考えていると手首辺りに鋭い痛みが走る、ミシッと鳴って途切れない鈍い痛み、ヒビでもはいったか折れたのか?

 どちらにしろ都合がいい、自然に脂汗も浮くし騙すのに利用できる。

 さすがにこれ以上潰されては治癒に手間が掛かるし、痛みに鈍いとは言っても限界がある、心配そうに見てくれている姉妹の顔も青いし、雷鼓に本格的に目覚められては色んな意味で体が保たないし……折られたのだし折れておこう。

 

「命蓮寺の墓場で動く死体を探すか、壁に開いた穴に入れば多分着くわ」

「曖昧ね、嘘言ってない?」

 

「そろそろ離してほしいから自愛の心を表したつもりだけど、怒ってる割には色々してくれるのね」

「将来いい打ち手になるかもしれない有望な子供、それを泣かせるなって神様に言われたもの、言われたのはアヤメさんだけじゃないわ。傷口抉られても皮肉を言うバカと一緒に叱られるのはゴメンだし、私は私のために動くのよ」

 

「なるほど、墓場まで行けば多分わかるわ、ふわふわした邪仙様に会えれば話が早いはずよ。ついでにいるはずの能演者も誘っておいて」

「邪仙に能ってあの付喪神か、どちらも面識ないし‥‥荒事になっても困るから、証拠代わりに持ってくわよ」

 

 冷静に話しながらも表情は冷たいままで、これは本格的に怒らせたかなと少しだけ眉を潜めた。

 持っていくと言いながら腰の筒に手が伸ばされる、さすがにそれはと開いている左手を少し動かすが、ドラムスティックで畳に貼り付けられた。〆はスティックで打たれたし、これ以上抗っても後は互いに嫌になるだけだ、抵抗をやめて取り出された煙管を回す雷鼓を睨むが言葉はない。

 慣れた手つきでクルクルと回し最後に強めに足を捻って、何も言わずにバスドラムに乗って出て行った、踏まれた腕を動かすと、最後の捻りで傷が裂け広がりグーパーとするだけで少し血が滲み流れる‥‥愛撫にしては随分とキツ目だ。

 拗じられたせいで傷口も変に開くし、割れた白いのは見えるしと困ったものだ、土足のまま踏み躙られて泥の混ざった傷口を舐めてみたが鉄と土の味しかしない、愛おしくて堪らない者からの愛撫代わりだったわけだし、もう少しくらい甘くてもいいのだが‥‥感じるのは苦味ばかりで、これでは不味いと言われても仕方がないなと小さく嗤う。

 姉妹の視線が腕以上に痛いがそれは無視して、頭を振って跳ね起きてそのまま流しで傷を流した、痛みを我慢出来ている今のうちに、奥まで入り込んでしまった泥を爪でほじり流していく。

 正直に言ってしまえば切り落として生やした方が早いが、折角付けられたマーキングだしこれ以上九十九姉妹に青い顔されても困る、嫌悪感を見せる顔のまま畳をボロで拭いてくれる弁々と、ボロを洗い桶でゆすいでくれる八橋がいる前で手首から先を飛ばすのはさすがに悪い。

 傷を流しながら後で裏返すから血だけ拭いてくれればいいと言ってみると、帰ってきた時以上にドン引きされてしまった。

 

「あのさぁ‥‥せめて包帯とかさらしを巻くとか、隠すくらいの事はしないの?」

「我が家にそういった物は用意がないわ、近所にプロがいるから」

 

 その腕で笑うなと妹にも煩く言われるが、あたしとしては痛みよりもどうにか演じきったという達成感の方が強い、感覚のズレくらい誰にでもある。

 腕に痛み入る苦言をそれくらいに軽く捉えて、どうにか洗い終え随分と血の気の引いている右手を少しずつ握り込む、完全には拳を握れなくて一定以上指を曲げられない、やせ我慢せずにもう少し早く降参すればよかったか?

 いや、それでは騙しきれないしこれで済むなら安い物だ、完全に血の気が引いたわけではなく傷から血が少し滲むのは見える、これなら飛ばさなくてもそのうち治るなと薄く微笑むと、妹に壊れてるのかと失礼な事を言われた。

 至って冷静だし壊れてないから生きているのに‥‥この感覚が壊れているのか?

 そうだとしたらあたしはなんだ?

 傷も痛みも気にせずに嗤う者、痛めた部位は交換した方が早いなんて発想はあの動く死体に近いかね?

 文字通りに動く死体な芳香と話して大差ないと感じる部分もあったはずだし、案外そうなのかもしれない。

 それならそれらしくしてみよう、言われた事を腐った脳みそで考えていても仕方がない、言われただけの事をしようと、帰ってきた時に脱ぎ捨てたシャツを羽織ってコートにも手を伸ばした所で姉妹に止められた。

 

「あんたを見てればわかるけどさ、もう少し考えてやったら?」

「善処するわ、腕も出先でどうにかするから大丈夫。まだいるなら火は消さないけど」

「どっちかが帰ってきたら帰るわ~」

 

「ならそれで、悪いけど任せたわ」

 

 いってらっしゃいという声を背に受けて今日は少し駆け足で行く、膝は真っ直ぐなままに走りいつもの屋台へと着いた。ただいまと言って暖簾を潜りおかえりと笑顔で返ってくる屋台、毎晩のように通っているミスティアの営む小さな屋台だ。

 何も言わずに冷酒とおでんダネ三種が差し出されて何も言わずに受け取り食す、のがいつもの流れなのだが今日はそういうわけにはいかない、笑顔で差し出された冷酒と一緒に女将の両手も受け取って、瞳を潤ませてお願いしてみた。

 小首を傾げて笑んだままでいるあたしの料理の先生、手を握ったまま事のあらましを説明してみると条件付きで引き受けてくれた、その条件もオイシイもので付喪神のバックバンドを従えてライブがしたいとの事だ。快く了承して互いに納得した後に、実はライブのヴォーカルも頼むつもりだったと話してみると、それじゃあ条件を変えようかなと言い出されてしまった。叶えられる条件であればなんでもいいと返答すると、変わらず通ってくれればいいと可愛らしく笑ってみせた。

 それも報酬にはならないわと女将に似た笑みを見せて返すと、それなら明後日にやる響子ちゃんとのライブを見に来てと二本指立ててお願いされた、人間の里と妖怪神社の間辺りで不定期に開かれるゲリラライブ、あの天狗はノイズと騒音が凄いと言っていたが雷鼓辺りは気に入りそうだ

 楽しそうにライブの話をする女将の姿、その後ろに同じく重低音を響かせる誰かの姿を想像しちびちびと飲み進めた。

 

 程よく飲み食いして屋台を離れ、帰りがけに腕を医者に見せた、切れば早いわとあたしと同じ事を言ってきたが出来れば傷は残したいと言うと、きちんとした処理をしてくれる八意永琳。

 すぐに治るだろうけどそれが定着すると今後は傷毎生やす事になるわと、要らぬ苦言を呈してくれる女医さん、それは願ったりだと口角を釣り上げると病んでるわねと診断された、さっきから壊れているだの病んでいるだのと不健康優良体に向かって何を言うのか。

 とりあえず御礼を伝えてまたツケでとお願いしてみたが、あたしに対しては貸しでしか受け付けないらしい、死ぬ前には返済するわとテキトウに言葉を放つと、常に憎まれているから長生きしそうで安心ねと笑って返された。

 不死から打たれた太鼓判、あたしの太鼓に伝えたら喜んでくれるだろうか、伝えるのが少し楽しみだ。

 

 永遠亭に長居してそれから帰宅してみたが、はじめてのおつかいに出た者はまだ戻っておらず、あたしが帰って来るまで待っていてくれた姉妹も寝落ちしていた。

 起こさぬように灯りを消して、二人を布団に寝かし直して一心地。

 一服つけるかと腰に手を伸ばしたがあるはずの物がなくて体を少し弄る、そういや取られて戻ってないのか、仕方がないと半紙を千切り縁を舐めて簡易の巻きタバコで我慢する、いつものものとは勝手が違い咥える唇に少し葉が残ってしまう。

 早く帰ってこないかね、手元にないモノを想って暗い部屋で赤を灯した。

 


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