降り続く粉雪が積もり積もってざざっと流れる
真冬真っ盛りの人里で季節物を静かに見つめてまったりとする昼下がり。
毎日毎日行列の絶えない蕎麦屋で早めの昼餉を済ませてみたが、それほどウマイと感じられなかった。噂にも尾ヒレ背ヒレがついて回るが評判の方にも尾ヒレ背ヒレがつくらしい、十人が旨いと太鼓判を押しても実際に口にするとそうでもない、こう感じるこれは多分種族の違いからだろう。
人間ならば評判も雰囲気も、並んだ時間でさえも調味料に出来るだろうが、前の二つは兎も角として最後の時間は調味料にはなり難い、有り余る長い時間、死なず変わらずのお姫様達や既に死んでるお姫様からすれば多分終わりのある生命、あいつらに比べればそれほど長くはないのかもしれないが、比べる相手が間違っているだけであたしも十分長生きだろう。
長い妖怪人生の中で金貸しや寺で修行する尼公など、色々と経験してきたつもりだがさすがに教師はした事がない、賭けに負けたのだから潔く顔を出すつもりではいるが何を話せばいいのやら、古典代わりに友人の話をしろと言われてはいるが、どこまで話していいものか線引が難しくて柄にもなく困っている。
全て丸っと話してもいいが子供らを怯えさせるだけだろう、なんせ大概が人喰いか忘れられているような者達だ、人に近しい友人の事を話してもそれは既に知っているだろうし、聞かせなくとも直接話せる相手ばかり、河童に天狗ついでに化け狐、蛍の少女も知っているだろうし夜雀はあれで意外と人を襲う、今でこそ商売の為に里に近寄り過ごしているが始まれば多分止まらないだろう。
陽気に歌い可愛く踊り、煌めく爪で肉を裂く。
そのまま喰らって微笑む姿はあたしからすれば可愛い少女にしか見えないが、喰われる側からすれば身の毛もよだつモノだろう、人と妖怪が近いからその辺りの境界線が曖昧だが、創りだしたアレが曖昧な境界線上にいるようなものだし、そう感じられても致し方ないのかもしれない。
ダラダラと考えながら啜りきったお茶、そのおかわりを頼んで素直に持ってくる店主の爺さん、人喰いだったと言ってみたがそれでも態度を変えない人間。
舐められているとも取れなくもないが、喰わないとわかりきっているからそうなのだろう、油断してはダメだと少しだけ忠告すると珍しく真顔で頷いてくれた、それでいい。
暫くまったり過ごしてから再度流れた
「忘れたわけではないのよ? ただちょっと‥‥」
「言い訳はいいからいつ来てくれるんだ? 既に話して子供達も待っているんだが」
「あたしってそんなに人気者だったの? それは予想外だったわ」
「ここの孫娘もいるしな、それに山彦と仲のいい子もいるし恋愛相談をしてもらった娘もいる‥私も少し驚いた」
座り直せと促され肩を押されて言われた通りに座ってみせると、正面に立ち両腕は肩を抑えたままで睨んでくれる先生、これはまた脳天に一撃もらうパターンかと少しだけ耐える姿勢で待っていると、コツンと頭に頭を載せられる‥‥いつものキレがないな、体調でも悪いのか?
頭を載せられ肩を抑えられて、どうにも動けずそのままにいると何かを話し始める教師、骨を響いて聞こえてきて、少しだけダブっているような、こもっているような声で話し始めた。
「女が廃るぞ、それでいいのか?」
「てゐから?」
「お前の相方だ、正月の時に聞いた。こう言うと頼みを聞いてくれると言っていたな」
「なるほど、一つ聞いてもいいかしら?」
「なんだ? 断る以外ならなんでもいいぞ」
「あたしが直接教えなくてもいいのよね? もちろん同席するけれど」
頭を離してこちらを見つめてくる、いいたい事が上手く伝わっていないような顔だ。
言葉を反芻して噛み砕いている顔で見ている半分白沢、なんでも知っているという半分叡智の神獣が悩む顔は中々にそそるものだ。
それほど難しい事を言ったわけではないのだが、何を悩んでいるのかね?
薄く微笑み次の言葉を待ってみた。
「それはつまり他の誰かにやらせるって事でいいんだな?」
「そう、悩むほど難しかったかしら?」
「いや、そんな事は‥‥危険はないか?」
「多分ないわね、というかあれよ? 本人を連れてくる必要はないって事よ」
「ん?」
「古典もやる、ついでに音楽と家庭科でもやりましょうか」
声には出さずに女が廃ると口だけを動かして、煙管をくるくると片手の平の中で回し宙を叩く、これで音楽は伝わるだろう。後の二人もだいぶわかりやすいと思うが思いつかないものかね、古典はちょいと舞ってもらうだけだし、家庭科は商売人であたしよりも旨いはずだ、餅は餅屋、どれも中途半端に齧っているだけのあたしよりも適任だろう。
「何をするかは分かった、音楽もわかるが後の二人は?」
「一人は寺にいるだろうし、もう一人は毎晩会っているから頼んでみるわよ」
「寺? 毎晩会っているって‥‥ミスティアか、しかし彼女は」
「あたしも喰った、それなのにその差は何かしら? 大丈夫多分そうはならないし、女将もそれほど力のある妖かしじゃないもの」
「力はともかく夜盲症がだな」
「誰に向かって話しているの? 寺子屋毎里から逸らしてもいいのよ? どうなるかはわからないけど」
胡散臭い笑みを見せて小さく舌を出して見せると、おでこを片手で支えながら頭を揺らす人里の守護者殿。人間に対して過保護になるところは変わらないが、少しは頭が柔らかくなったのかね、妖怪相手にやり込められて、素直にはいと言うなんて昔じゃ考えられなかった。出会った頃はもっと中身も外身も石頭だったはずだが‥‥まぁいいか今は関係ない事だ。
とりあえず教師の了承は得たし、早速頼みに行ってみるかね。
~少女移動中~
舞い散る粉雪を全て逸らして、ロングコートをはためかせ歩いていく、ポケットに両手を突っ込んだまま泥濘んで飛ぶ泥雪も逸らす、サクサク歩くのに邪魔な物を逸らして進んですぐに付いた妖怪寺、さすがにこの天気では掃き清めても無駄だろうしいつも元気な山彦はいなかった。
いないなら代わりにやるかと戸を開いて元気よく声をかける、おはよーございます! って時間じゃあないがそれでいいや、誰かに聞こえればそれでいい‥‥声を聞きつけて出てきたのは尼公、澄んだ青で綺麗な、少しウェーブのかかったセミロングの髪を靡かせて不機嫌な顔で詰め寄ってきた‥相棒はいないらしい、少し残念。
「煩いのよ、そんな大声出さなくても、普通に入ってきなさいよ」
「響子ちゃんがいなかったから代わりと思って、頭巾がない方が綺麗よ?」
「何? 急に褒めても下心が丸見えよ?」
「隠してないし下はいらないわ、こころが欲しいの。いるかしら?」
ぶすくれた顔で睨んでくれるがこころを呼び出してくれる妖怪寺の入道使い、いるだろう奥の方を向いて何度か呼んでいるがそれでも出てこない。
「いるはずだけど見てくるわ」
「どうせ上がるし一緒に行くわよ」
見てくると言ってくれたが、最終的に上がりこむわけだし、それなら一緒に行くとブーツを脱いで寺に上がった。粉雪吹いても開け放たれている廊下を過ぎて付いた先は聖の私室、こころの部屋へと向かうのかと思ったが今日はこっちにいるのかね、なんでもいいか、待っていても寒いだけだしさっさと入ろう。
一輪が声をかける前にガラッと障子を開け放つと、中にいたのは写経をしているご住職、聖白蓮和尚のみ‥‥あれ、目当てのお面は何処行った?
開け放った障子に手を掛けて止まっていると、ちょいと押されて中に押し込まれる、数歩よろけて振り向くと、軽くて手を振り去っていく一輪、尼さん二人にこうされる覚えは‥‥多分ない、何か叱られることでもしたっけか?
南無三されることなどないはずだが。
「おかえりなさい、冷えますし閉めませんか?」
「二人きりなんてなにされるの‥‥っていいわね、こころにお願いがあって来たんだけど?」
「あの子に? そうですか、今度は何をされるんです?」
「寺子屋で舞ってもらいたいの、客は子供ばかりだけど悪い舞台じゃないと思うわ」
「寺子屋で能とは、何か思うところが?」
「特には、楽がしたいと思ってたら不意に思いついただけよ‥里に馴染むにはいいんじゃないか、そんな事は考えてないわ」
一瞬呆けた聖だったがすぐにいつもの穏やかな表情に戻る、あたしは正反対の意地の悪い笑みを浮かべて互いに小さく笑い合う。本音を言えば楽がしたくて誰か使えないかと考えた結果たどり着いた思い付き、それに少しだけ甘い汁を混ぜてみただけだ。
うまい話で怪しまれるかと思ったが、何処にも損のない話だと気がついてくれたらしいし、寺のトップに素直に言ってみて良かった。思っていた通り悪い提案ではなかったようで、穏やかに微笑んだまま、こちらこそ他にも何かあれば協力させてくださいと言ってくれた。
こころ本人の許可を得ていないが取り敢えず外堀は埋めたし、今は製作者の方に面を出しているというから後ほどまた顔を出そう、いい返事が聞けるといいが、たとえ嫌だと言われてもこころの心を逸らすなりしてどうにかやり込もう。
‥‥‥次はそうだな、雷鼓に頼んでみるか。
~少女帰宅中~
静かなはずの我が家に帰ればドンチャン騒いでずいぶんと賑やかだ、中に入ってフードを外すとドラムの他にも楽器が来ていた、帰ってきたせいで演奏を止めてしまったようで、動きを止めた楽器たちの視線を一身に浴びてしまう。
こう見られては何かしないとと思い、左手でコートを開きスリットから足を投げ出してブーツを踵からついた、そのまま小首を傾げて尻尾を振りこれでもかと可愛い顔してウインクしてみせる、結果ドン引きされた‥雷鼓にも引かれてしまって結構なダメージだ。
ちょっとだけ泣きそうだがここで泣いたら負けだ、何事もなかったことにしよう。
「ただいま、姉妹と一緒にライブの練習? 精が出るわね」
「雷鼓、これの何処がいいの?」
「今のはちょっとないな~」
「あ~お帰り、雪だし寒いし帰ってこないし‥うちでいいかと思って」
さすがにドラムはよくわかっている、仕込んだ甲斐があってさらりと流してくれた。
代わりに琴と琵琶が辛辣だがまあいいさ、あたしは何もしていない。
けれどライブの練習ね、少しノセれば雷鼓以外の楽器も用意できるかね?
お琴の妹の方はチョロそうだが姉の琵琶が少し面倒くさいかもしれないな、どうするか?
落ち着けるはずの我が家で頭をつかうのも面倒くさいし力技でいいか、数の力でゴリ押ししよう。
「雷鼓、演奏してくれない? 舞台は人里、お客さんは将来楽器に興味を持つかもしれない有望な子供達」
「構わないけど人里でやるの? あの守護者が煩いんじゃない?」
「それは既に了承済み、ついでに言えば踊り子も用意するつもりだし派手な舞台に出来るかもしれないわよ? 姉妹も来る?」
「ふむ、面白そうね‥私は話に乗ったけど二人はどうする?」
「私はいいよ~」
読み通り雷鼓と八橋を引っ張り込めたし弁々も悪くなさそうな表情だ、恩人と妹が一緒なら来ると思うがもう一押しいるかね、なら追加で何か言ってみようか、ドラムとサイドギターは引っ張りこんだしメインギターとして楽しめそうな物、ヴォーカルを宛てがってみるか?
寺の協力も得られているし、あの山彦も話せばノッてくるだろう、意思の疎通が出来る楽器達と一緒に聖公認で歌いませんか、そう言えば多分ノッてくるはずだ。
「里で知名度のあるヴォーカルも用意するし、やりようによってはメインギターとしてヴォーカルを食えるかもよ?」
「うまい話すぎて素直に聞き入れられないのが」
「ならいいわ、別の相手を見繕うだけよ‥騒霊三姉妹辺りにでも声を掛けてみるわ」
「プリズムリバー三姉妹? あれも呼ぶの?」
「まだ何も言ってないから来るか来ないかわからないけど、アテがなくはないわね」
「うーん‥‥仕切りがアヤメっってのが癪だけどいいわ、私も乗ってあげるわ」
乗ってきた、代わりに少しばかり話が大きくなってしまったがその辺はいいや、白玉楼か最悪紫さんにお願いしてみようって今は冬眠真っ最中か、なら代わりの式でいいな。
むしろ藍の方が話が早そうだ、変に引っ掻き回されないで済みそうだし都合がいい‥‥しかしどうやって呼び寄せるかね、この時期の藍は結界の維持に忙しく動いてて里で油揚げ撒いても連れないだろうし‥‥結界か、少し頼んでみるかね。
儲け話をチラつかせればもしかするとすぐに呼び寄せられるかもしれない、言ってみるのはタダだし話をするだけしてみるか。
「取り敢えず纏まったし、次に行ってくるわ」
「アヤメさん、私達以外にも話して回ってるの?」
「これから回る感じね、ちなみに次は神社で夜になったら夜雀の屋台に顔を出す予定」
「ついていってもいい? 練習といっても最後の打ち合わせだったし暇なのよ」
「構わないけど寒いわよ、乗っけてくれれば雪くらいは逸らしてあげるけど」
「いつもの事じゃない、二人はどうする?」
「寒いから待ってるわ」
「同じく姉さんと待ってるわ~」
打ち合わせをしていたからかそれなりに温まっていたのだろう、動きを止めて寒くなってきたようだ、そりゃあそうだ、火鉢に火も入れず竈も動いていない、軽く指を鳴らして火鉢に残る薪を燃やして、竈の方にも火を入れた。
薪の在庫の位置だけ教えて帰ってくるまで見ててくれと頼むとあっさり了承してくれた、思っていた以上に素直な姉妹になっている。異変の後からあちこち遊びまわって色々見てきたのかもしれない、これだけ気安いなら頼むこっちも安心できるし、後は任せてとりあえず行くか。
大きなバスドラムに腰掛けて肩寄せ合って飛んで行く、次なる先は博麗神社。
話が早いとありがたいが、相方もいるしどうにかなるか。
リズムにノセた口三味線、聞き入ってもらいましょう。
この後の話ですが上書き保存の操作を間違えてしまい、綺麗に消してしまいました
やる気が戻るか復旧でき次第投稿したいと思っています