東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~ちょい甘話~
幕間 大戦争の少し前


 年始回りに訪れた赤いお屋敷の帰り道、ついでと思ってあたしを溺れさせてくれたお姫様を訪ねて二人で白い息を吐いている。お屋敷に入る前はそれほどでもなかったのに、出てきた今は随分と冷え込んでいてただいるだけでもだいぶ辛い。

 季節は冬場のど真ん中、おまけに水辺でついでに雪が積もっているがそうはいってもそれだけでは説明しきれない厳しい寒さ、天気は綺麗に晴れていて、お天道様が周囲の雪や水面に反射しキラキラと輝いている。

 映る景色は綺麗だが、輝いているのはそれだけではないらしい。

 水中の方が暖かいのか顔だけを出して空を見上げているわかさぎ姫、それと同じくフードを被り狭い視界で空を見つめるあたし、二人して見つめる先は雪景色や水面よりもキラキラと輝いていた。光の原因は二つくらいらしくて、どちらも自然界の物だろう。

 片方は冷たさを思わせる青い髪に青リボン、来ている洋服も白の半袖シャツの上から空色のワンピースを着ていて見た目に涼しい。足元も青と水色の混ざったようなストラップシューズを履いていて、頭の先から足先まで綺麗に青い、胸元のリボンが唯一赤いくらいか、氷の羽を背に生やし馬鹿笑いながら冷気をまき散らして飛び回る⑨ 霧の湖のガキ大将 氷精チルノ

 

 その⑨が氷の弾幕と纏う冷気をそこら中にばら撒いたせいで空気を冷たいものに変えていて、あいつが飛び回っていく先からキラキラと空気が凍っていく。

 細氷。ダイヤモンドダストという寒い時期に極稀に見られる自然現象の一つ。今日のようによく晴れた日の朝方に見られるらしいが、今はもう昼前だ、本来なら見られるような時間帯ではないのだが、あの馬鹿がはっちゃけているせいで少し前からこうだとわかさぎ姫が苦笑していた。

 紅魔館を出て遠巻きに眺めていた時は一人で何かを喚いていると思ったが、少し近寄り声を聞くと、どうやら何かを追いかけているらしい、氷精が発生させた輝くダイヤモンドダストの中を、光をねじ曲げている感じで違和感丸出しにして逃げ惑う何かがいる‥‥ように見える。

 ボケっとつったって眺めているだけでは寒すぎて耐えられず、テキトウに枯れ枝を集めて小さな焚き火にあたりながら見ていると、水生生物っぽい少女が陸に上がり寄ってきた。

 

「昼餉に焼き魚、なんてどう?」

「湖には魚はいないとお教えしたじゃないですか」

 

「いや、ほら目の前に」

「えぇぇぇ………出来ればやめていただきたいです」

 

「美味しそうって姫の友達も言ってたわよ?」

「影狼のせいでしたか、後でよく言っておかないと」

 

 焚き火にあたり、困り眉で微笑むわかさぎ姫を見つめていやらしく笑うと八の字眉の眉尻が更に下がる、蹲踞の姿勢で火を囲み、笑みを変えずに魚肉より獣肉の方が好みだと伝えてみると、それなら影狼の方がと友達を逆に差し出してきた。狸が狼を喰うなんて摂理に反すると反論すると、人喰い狸が何を言うんですかと口元を手で隠しながら笑われた、半分魚なのに口は一人前らしい。

 パチパチと鳴る枯れ木の残りが心許なくなったので再度拾い集めて戻ると、火にあたっている部分が乾いてしまったらしい、一度湖に戻る姫、難儀な体だと笑ってやると、難儀な性格に比べればマシなんて、誰の事かわからないが悪口を言って沈んだ‥‥その鱗剥がしてやろうか。

 

 枯れ木を足して火を安定させながら空を見上げる、相変わらず弱まらない細氷。

 むしろ広がっているように見えてどうにかならないかと少し悩む。

 細氷と認識する前に氷霧だと認識していればあたしでもちょっかい出せたと思うが今更だ、火を絶やさず眺めるしか出来なかった。太めの枯れ木で薪を突付いて焚き火の形を整えていると、湖から顔を出して見上げている姫が何かに気がついたようだ。

 ⑨以外の何かが見えたし、⑨の獲物はなんだろうね。

 

「追いかけられているのも妖精みたいですね」

「虫っぽい羽と赤いスカートが見えたわね」

 

 ⑨の放った弾幕がカスリでもしたのか、一瞬だけ見えたもう一人。

 光を透かす四枚羽に赤っぽいロングスカートが見えた後、またすぐに消えた。

 話してみたり何か関わったりした事はないが、以前に何処かで見かけた妖精のシルエット。

 妖精など何処にでもいるし一々気にかけるような事がないので、どこで見かけたのか全く思い出せない、揺らめく焚き火を見ながら煙管を咥えて、少し悩んだ。

 

「囃子方さん、なんだか様子が」

「細氷の原因がこっちに向かってくるわね」

 

 レティさんの様に眼前全てを覆い尽くすほどの規模ではないがそれでも十分に寒い空気、それの中心にいる氷精がこちらに向かい突っ込んでくる。焚き火が勢いで消されぬようにあたしを中心にして能力を行使して、向かってくる風と氷の結晶を逸らしているとそれが鼻についたのか、向かってくる⑨に興味を持たれてしまったようだ、真っ直ぐに向かってくる。

 面倒だし押し付けようかと姫を見ると、目が合った瞬間に水中へと逃げたわかさぎ姫、‥‥ズルい、ジト目でいなくなった姫を見ていると冷たい好奇心が耳元で騒ぎ出した。

 

「あんた誰! どうして私の氷があたらないの!?」

「貴女のファンよ、近くで見たかったから当たらないようにして見てたの」 

 

「私のファン!? あんた妖怪のくせになかなかわかってるわね」

「でしょ? 近くだと眩しくて見られないから、出来れば遠くで格好いい姿を見せてほしいわ」

 

 言葉を受けて気持ちよさそうにふんぞり返ってくれるバカ。

 そのまま後ろにクルッと回り、見てなさいよと飛び立ってくれた。

 さっきまで暴れていた辺りに戻るとまた氷弾をまき散らし、元気よく格好いい姿を晒してくれている、あまりにも御しやすくて張り合いがない。

 冷気が空中へ遠ざかったのを感知したのか、再度顔出した姫をジト目で睨むと苦笑しながら潜られてしまい、そのまま湖の何処かへと消えていった、もう一度こっちに来てくれたら今度こそ鱗ひん剥いてやったのに。

 氷精の方はもう暫くあのままでも大丈夫そうだし、隣で火にあたるもう一人をどうするか、少し話して考えてみようかね、あたしを中心とした能力下の中で、体の半分だけボヤケさせて見えるそれに手を伸ばして足を捕まえ引き寄せた。

 

「ぅお! 何で見えるの!? 雨でもないのに!」

「雨?」

 

「見えてなかったのに捕まえたの!?」

「いや、あたしの能力が何かを逸らしてボヤケて見えてはいたのよ?」

 

 風と氷の結晶を逸らしたつもりだったが他になにか引っかけた?

 いやいや、何年使ってるんだ、間違えるはずがない。

 それならなんだろうか、この妖精に聞いても教えてくれないだろうしこれくらい自力でどうにかしたいが…寒くて頭が回らない、空中で見つけた時はくっきり見えて光が反射したように感じた、それからこいつがネタバレしてくれたのは雨‥‥?

 うん、ダメだ、諦めよう。

 

「アレを呼び戻されるのと答えを教えるの、どっちがいい?」

「どっちも嫌!」

 

「そうやって煩くなるとアレに聞かれるかもしれないし、あたしも驚いて握り潰してしまいそうよ?‥‥どっちがいい?」

「教える方でオネガイシマス」

 

「そう、妖精なのに賢いのね」

 

 光の屈折を利用して姿を消したのだと教えてくれたので、さっそく光を逸らしてみる。

 全部を逸らすと宵闇の人喰いみたいになってしまう気がして少しだけ、曲げる程度。

 そうしてみるとボヤケて見える輪郭がくっきりはっきりとしてきた、少しだけ怯えを見せる青の瞳であたしを睨んでくる妖精、オレンジがかる明るい髪を頭の両側で纏めているリボンといい、着ているスカートや腰巻きといい、あっちの氷精とは対照的な赤い姿。

 頭の白いヘッドドレスが小洒落ててつい撫でてしまうと、瞳の怯えが少し薄らいだ。

 このまま少しだけたらし込むか、頭に手を置き優しく諭すように話す。

 

「突き出さないし食いもしないから、あたしが飽きたら消えて逃げなさい」

「あれ? 霊夢さんから聞いてた話と違う」

 

「霊夢? あの子が何か言ってたの?」

「スキマみたいな奴だから信用するな、捕まったら喰われるって」

 

「妖精なんて喰ってところで腹の足しにもならないわ、いい事を聞けたから逃してあげるつもりだし‥能力もなんとなく似てるからサービスしてあげる」

「そういえばなんで見えるようになったのよ?」

 

 妖精に光が届く前にあたしの方で逸らしていると教えてあげると、少しだけ瞳が輝いた、自分と似たようなあたしの能力が気になったのかね、少しは賢いかと思ったがすぐに好奇心に負けるか、その辺は単純な妖精らしい。

 ならもう少しだけ興味を惹いておくか、能力についてもう少し聞きたい、光を屈折させれば姿を消せるそうだが、どうにか逸らすで代用出来ればあたしにも出来るかもしれない、これは自分では思いつかなかった面白い使い方だ、後で試してみようかね‥‥上手く出来れば面白い物に出来そうだ。

 とりあえず今はいいか、そろそろ逃げ出したいだろうしあたしも寒さに飽いてきた。

 良いことをを教えてくれたし御礼代わりじゃないが、名乗って終いとしておこう。

 

「霊夢から聞いてるかもしれないけど名乗っておくわ、囃子方アヤメ。霧で煙な可愛い狸さんよ」

「おぉ、それは霊夢さんが言ってた通りだ」

 

「あらそうなの、あの子も意外と話を聞いてるのね」

「何の事?」 

 

「こっちの話よ、とりあえず今日はありがと‥後でまた色々聞けると助かるわ」

「えぇと?‥‥まぁいいや、用があるなら神社の奥に来て。逃してくれるみたいだし暇だったら相手してあげる!」

 

 捕まえていた足を離すとすぐに飛び立ち視界から消えた、器用に一瞬で消えてみせる。

 光の屈折率を操作して景色に溶けこむ自然の迷彩といったところか。

 かくれんぼしたり悪戯をして遊ぶにはうってつけの能力に思えるな、暗殺や奇襲にも向いているが無邪気な妖精には思いつかないだろう。

 仮に思いついて実行したとしても人の大人に負けるくらいだ、脅威のきにもなりゃあしないな。

 ぼんやりしてたら薪も切れたし、このままいても冷やすだけ。

 ⑨の意識を逸ら‥‥さなくてもいいな、気にせず放ったままで帰ろう。

 

 帰宅して少し温まり、雷鼓を相手にさっそく能力を使ってみる。

 日光の中でとりあえず全力からと光を逸らして見た結果、どうやら姿は見えなくなったらしい。

 が見えなくなっただけで、遊びにも荒事にも使い道はないだろう。

 湖で考えた通りで姿は消えたが丸くて黒いモヤモヤははっくりくっきり見えるそうだ、確認したいところだが、あたしの瞳にも光が届かなくて真っ暗で何も見えない。

 失敗ね、と何処かで笑う声がして、それらしくそーなのかーと返事した。


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