東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百十三話 はんごろし

 ついさっきまでは賑やかだったこのお屋敷も宴が終われば静かなものだった、喧嘩をしに来た焼き鳥屋は宴の終わりと共に帰っていったし、一緒に来た美人教師も連れ添って帰っていった。

 姫も焼いてゴキゲンだろうし、この後は世話焼きも熱くさせるのかと健康マニアに下世話な軽口を言ってやると、狸の丸焼きは旨いのかなどと物騒な事を言い始めてしまい、燃え始めた腕と熱くなりかけた頭を冷まして追い帰すのに少し手間取った‥‥狸を焼く暇があるなら早く帰って牛を焼けばいいのに、変な道草を食うな。

 そう思いながら焼き鳥屋の隣に立って苦笑している半人半獣の豊満女教師をジト目で見た、少しくらい熱くして減量させてあげた方が人里で胸へと向けられる視線が減っていいだろう、ライバルも減り好都合だと思うのだが、それともそんなのが好みだったのかね?

 自分はもう成長しないだろうし、隣の芝生が青く見えるから食んでいるのだろうか?

 偶蹄目の芝生を食む健康マニア、肉も草もバランスよく同時に食していて、自称する通り結構な健康マニアだ。

 

 開幕から下な話題なんてどうかと思うが、不完全燃焼なのだから仕方がない。

 しっとりと唇を重ねたあたしのお相手は不死人同士の喧嘩を見ながらの名演奏で燃え尽きてしまい、随分前から静かに寝ているし他所様で叩き起こしてまで襲う気にはならない。

 少しばかり悶々とするが自業自得だから致し方無いとして、このままでは眠れそうにないし‥‥どうしたもんかね、他人様のお宅で一人慰めるのもなんだかなと思うし‥‥

 ちょっと前までは枯れ切っていたはずだが一度火が入るとこうなるものかね?

 完全に枯れていたが元は狸でついでに煙だし、火を入れられればこうなるか?

 元はといえばあの一本角のせいなのだが、枯れ木に花を咲かせるのは人の爺の役割であって鬼はコブを取るものだろうに‥‥なんてよくわからない八つ当たりをしてみたけれど、これも自分で撒いた種だった、悪いのは全部あたしだ、それならば仕方がないな。

 悶々としているがこうなったのも廻り合わせだろう、どうにかして寝よう。

 

 寝ようと思えば眠れるもので、あの後は意外とすんなり眠りに落ちた、初夢も見られない深い眠り、霧の部分で頭を冷やせたのかもしれない、都合の良い体の在り方で助かる。

 それでも初夢くらいは見ても良かったか?

 ここには収集癖のある主が溜め込んだ財宝もあるし、それに肖った宝の夢でも見られるかと少し期待したがそんな事はなく、良くある静かな晩に終わった。味気ない目覚めだと思ったが、あたしが目覚めても起きない隣の者を見て考えを変えた、夢なんて見られなかったのがかえって良かったのかもしれない。初夢なんて見たら見たでそれを気にしてしまいそうだし、元旦早々悪い夢も見たくない、それなら夢なんて見ないほうがいい、期待が大きければ叶わなかった時のダメージもでかいだろうし、何かを負うくらいならない方がマシだ。

 現実でほしいモノ、手放したくないモノが既にあるのだからこれ以上を望むのは野暮だろう、これ以上何かを望んで手に入れたところで矮小なあたしの器じゃ受け切れないだろうし、器が割れてしまっては元も子もない‥‥そうならぬよう程々でいい、それだけで十分だ。

 何事も程々に、破った約束もそうだったし湖で誰にでもなく言い放った苦言もそうだったな、目の前に積まれていく白い山を見て、程々とはなにか少し思い出していた。

 

 朝一番から目の前で搗かれては増えていく餅の山、赤目の兎が昨晩張り切ってたらふく用意したもち米、それを盛大に蒸かしてくれた悪戯兎詐欺のせいで手下の兎が大変だ。

 人型を取れる若い妖怪兎が二人組で頑張っているが、ニ組目になってもまだまだ残るもち米。

 元軍人はニ升を頼んだつもりだったが何故かニ俵用意されてしまったもち米、その内の一俵の半分を蒸かしやがった腹黒兎詐欺、間違いなら断ってもいいと霧雨の旦那は言ってくれたらしいが、量が量だしさすがに悪いと太っ腹な姫様が全て引き取ったようだ。

 余っても兎の餌に出来るだろうし、姫様の能力下にあるここなら悪くなる事もない、本来なら永遠亭の住人が暫く我慢すればいいだけだったのに、目覚めが少し遅かったせいで逃げ出せず、調理だ処理だとなんだかんだで巻き込まれて随分と災難だった。

 

 笑う姫様から餅搗き休憩をしている者達全てでどうにか調理して、白い餅の山に黄色の黄粉餅や、昨年の春に摘まれた母子草を混ぜて搗いた緑の草餅とが混ざっていく。よもぎの方が良かったがこっちしかなかったのだから仕方がない、正月早々母と子を臼と杵で搗くなんて縁起が悪いが、誰も産んだ覚えがないから特に気にしないことにした。

 餅搗き組が三組目に変わった辺りで残りのもち米も少なくなったため、残りははんごろしにしてもらい粒餡で包んで牡丹餅を拵えた、わかりやすく牡丹餅と言ってみたが季節に合わせて言うならば北窓になるのか。 春の牡丹餅、秋の御萩と同じ和菓子でも季節で名を変える面白い菓子、ついでに言っておくと夏は夜船という。

 それぞれ由来もあったはずだが細かい事は覚えていない、後々で気になったら人里の頭でっかちにでも聞いてみようと思う。

 

 蒸かしたもち米を消化しきって一息ついた後、加工せずに残しておいたお餅を焼いて、昨晩に仕込んでおいた鴨出汁と合わせて振る舞ってみたが、評判は上々でそれなりに喜ばれた。

 鴨肉を炙り香ばしさを足した物を煮切り酒と醤油で煮ただけの簡単な出汁だったが、同じく焼いた葱と入れ子にして椀に盛るとそれなりに匂いも見た目も良くなった、セリもあるから臭み取りに、なんて輝夜は言ってきたが出来れば季節の物で調理したい。

 輝夜の能力下にあるおかげでこの屋敷では食材の傷みが遅い、それがあるから昨年の春の七草なんて摘んで取っておけるのだろう、焼きネギだけでも臭みは消えるし、鴨らしい匂いは嫌いじゃないので輝夜の言い分は無視したが、結果美味しく出来たので問題はないはずだ。

 朝餉も済ませてそろそろお暇しようとした頃、お年玉は強請らないのかと尋ねられたが興味がなかった為遠慮しておいた‥‥寄越してくれるなら難題の方が面白い。

 

 皆で作って皆で喰ったがそれでも余る色とりどりの餅群、土産代わりにそれぞれ持たされたが雷鼓と二人で食べ切れる量ではない、我が家に戻り有り余るコレをどこの誰に押し付けようか考えて、雷鼓の分は同じ付喪神に押し付ける事にした。

 雷鼓と同じく初めての新年を楽しんでいるはずの姉妹に押し付けて来いと言い、四種類に包み直した風呂敷を差し出すと、素直に手を伸ばして受け取ろうとする名ドラマー。

 素直に渡さず手を引き抱きとめて、唇の横に少し強引にキスをした、夜には帰って来てくれないと姫始めにならないわと、ちょっとだけ期待させると、テキトウに帰ってくると微笑んで荷物を受け取り飛んでいった。焦らしたつもりだったがサラリと流されて、これはあたしが焦らされたのかもしれない、可愛い割に意外とやり手でそれが堪らなく、少し疼いた。

 風呂敷抱えた背中を見送り考える、残りの半分はどうしたもんか…

 

~少女移動中~

 

「それで、なんでウチに来た?」

「白いお餅を見てて思いついたのが貴女の足だったのよ、小豆粥代わりの北窓もあるし‥いらなかった?」

 

「いや、食うけどさ‥‥餅の色だけて‥‥安直過ぎないか?」

 

 包み直した四色のお餅を手渡して今は縁側に座り込みお屠蘇代わりに徳利を煽っている、ここの者達も元は日ノ本の国生まれだがその教えから元旦を祝うことはしないようだ。

 小さな灯籠とランタンがそこそこ並べてあるくらいで、日の本らしいお節や縁起物といった物は見当たらない‥小豆粥も喰った形跡がないがこれからか?

 口は悪いが腕はいい蘇我の娘さんだから旦那様に合わせて作るのかもしれないな、一片死んでから蘇った今も添い遂げ続けるなんて妬ましいわ。

 しかし少しは祝ってもいいのに、祝い事なら何でもいい日本人らしくないがここの者が学ぶ道教に照らし合わせればまだ小正月にも早いから祝ったりはしないのか、あっちだと本番は翌月だったっけかな‥‥ならその頃に再度来てみるか、娘々の淹れてくれたお茶もまた味わいたい。

 娘々の生まれた土地のお茶と言っていたがなんという銘柄だったか、思い出せないが言えばまた淹れてくれるか?

 それならありがたいな、漂う羽衣をどこかで見かけたらお願いしてみよう、お裾分けという名の押し付けに思いついただけだったが来てみるものだ、先の楽しみが出来た。

 取り敢えずその辺りの事はこのくらいにしておいて、続きは翌月にでも考えよう、あまりほうっておくとこいつはすぐに煩くなるし。

 

「娘々と芳香は兎も角として太子と布都もいないのね、置いてけぼりなの?」

「あ゛? うるせぇ、あたしは留守番だよ‥‥太子様と布都は形だけの新年回り、青娥はその辺ほっつき歩いてるよ」

 

 白魚のような綺麗な足先をふよふよとさせて、悪態をつきながら質問に答えてくれる神の末裔の亡霊、そういえば昨年訪れた時に思いついた悪戯だが無事に実行することが出来た、あたしに向かって奔る稲光を逸らしながら追い回して、苦なく足を撫で回すことが出来た。

 温度は亡霊らしくひんやりとしていたが頬ずりするのに丁度いい冷たさで、太子がこいつの膝枕を好むのもわかった、肌触りの方は予想以上にスベスベで驚かされた、あっちの半霊はプニモチっとしていたが全霊のこいつはスベスベで心地良い物だった。

 気に入り暫く撫で回していると不意に見せた昔の顔、あたしを見つめ瞳を潤ませる姿が可愛くて縛を緩めてしまい、捕まえる前よりも酷い雷光が降り注いできて、苦笑しか出来なかったのを覚えている。

 

「そうだ屠自古、おろし金って余ってない?」

「おろし金? あんなもん余るもんじゃねぇだろ」

 

「そうよね‥‥うちのやつが錆びちゃったのよ、帰りに買っていかないと」

「あん? 来たばっかりで帰るのか?」

 

 怪訝な顔でこちらを睨む蘇我氏の亡霊、あたしなら帰れと言われても太子の帰りを待つ、そう考えての返答だろうが今日はすんなり帰るつもりだ。ここで楽しく過ごしてもいいが今日は帰らないと別の相手から雷を落とされる、それはそれで気持ちいいかもしれないが今日は焦らされているし、受けよりも噛みつきたい気分だ。どちら側でも美味しく戴けるが昨年受け身だと言われたし、姫初めくらいは攻めておこう‥そっちの方がきっとオイシイはずだ。

 とりあえず目の前にいる方の雷娘の帰ると伝えておくか、買い物もしなければならないし。

 

「帰るわよ? 想い人の帰りを待たないと」

「フンッなんだ、古狸のくせに、春にゃあ早いぞ」

 

「獣だからいつでもいいの、お裾分けも出来たしおろし金と大根買って帰るわ」

「‥‥てめぇ、人の足見て思いついたってそれか」

 

「本当は褒め言葉よ? 生きてた頃はそういう意味だったでしょ?」

 

 いつものセリフ『上等だぁ皮剥いで三枚に下ろしてやる! やってやんよ!』

 十八番の言葉を吐きながら立ち上がるとあたしに向かい稲妻が奔るが、何かに吸われるように明後日の方へ逸れていった。パリパリと電気を身に纏い、眉間に皺を寄せる恐ろしい怨霊がそれを眺めイラつく姿を楽しむ、結構面白いもんだとクスクス笑いながら電流を逸らして、軽やかに庭先へと飛び出す。

 光と音もド派手な物で結構なお怒りだ、文字通りあたしに雷が落ちる前にさっさと逃げることにしよう、光量から当たれば半殺しでは済まないとわかるし、追いかけてくる表情も鬼の形相だ。

 半殺しに鬼か‥‥ふむ、買っていくのは鬼おろしでいいか、水分少なめのシャキシャキ大根をお餅に乗っけて舌鼓といこうか。

 次は金物ではなく竹製がいいな、錆びないし竹林で搗いた餅ならそっちのほうが合うだろう。

 


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