東方狸囃子   作:ほりごたつ

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縁側で日に当たりながら昔の話を聞かせる
完全にお年寄りですね


第十二話 縁側、昔語り

 敷いてあるのかわからないと思っていたが、我が家の薄い布団でも多少の違いはあるようで、今この状態よりは幾分マシだなと思えた。左の頬に社務所の畳模様を映し両手を投げ出すという、少女としては醜態を晒し恥ずかしさを感じてもいい状況で目覚める。

 開け放たれた障子からは結構な日差しが感じられ、着物が日光を吸収し心地よいよりも少し暑いくらいになっている。半覚醒のまま体をひねり起き出すつもりが下半身、それも大事な大事な尻尾にいつも以上の重みを感じる。

 

 ああそうだ‥‥昨晩のスペルお披露目を終えてから始まった、博麗の巫女主催弾幕ごっこトーナメントを眺めながら萃香さんと飲み明かし、そのまま眠りについたのだった。昔話に花が咲き、珍しく何時もより酔った萃香さんがあたしの尻尾を抱きまくらにし始めてから、縁側から動くことができなくなり、いつの間にか寝こけたのだったか。

 とりあえず現状なぜこうなっているのかはわかったが、尻尾の重りをどうにかしないと身動きがとれないな。

 

「そこないらっしゃるのは博霊の巫女様ではございませんか、ぜひとも助けてくださいな。怖い怖い鬼があたしの自由を奪うのです」

 

 少し時代がかった小芝居をしながら、すがるような目で近くの巫女に声をかける。目を合わせてくれない霊夢に、尻尾の鬼をどうにかしてと乞い、寝起きの三文芝居で伝えてみた。

 

「やっと起きたの? で、怖い怖い鬼をどうしたらいいのよ」

 

 芝居までしているこちらを見ようともしない。

 縁側に腰掛け茶を啜る巫女。

 

「あたしの大事な物を抱え、あたしの自由を奪っているのです」

 

 気にせず芝居がかった口調で続けるが、やはり興味は持たれない。

 

「そうね、見ればわかるわ」

 

 ようやくこっちを見た巫女。

 

「ぜひともこの鬼を征伐していただきたいのです、きっと他にも被害を受けている者がございます。寝こけている間に征伐していただきたいのです」

 

 ここだと言わんばかりに感情を込めて嘆願する。

 

「わかったわ、それじゃ面倒だしそのままいくから。逃げられたら手間が増えそうだし、悪いけど尻尾は諦めて」

 

 そう言い陰陽玉と破邪の札を構える巫女さん。

 まずい、妖怪としての直感が祓う姿勢を感じるやいなや、無言ですっと起きあがる。そうして正面に見える境内に向かい強く尻尾を振った。その勢いに重りは剥がれ境内を転がっていく。

 

「おはよう霊夢」

 

 霊夢に並び縁側に立つ。

 昼前くらいになったお日様を浴び、なにもなかったつもりで目覚めの朝のご挨拶。

 

「おはようには少し遅い時間だわ。で、頭にもらいたい? それとも尻尾にもらいたい?」

 

 両手に構える破邪の武具をしまうことなく、表情や態度もそのままに佇み言い切る巫女さん。

 もういい、どうにかなったからそれはしまってくれていい。

 

「悪い鬼はお天道様が追い払ってくれたから大丈夫、手間かけさせる事はなくなったわ」

 

 そう言うと先程から向けられている細い目をさらに細め、呆れの溜息を付かれた。

 

「なんでもいいけど、神社で暴れるなら退治するわよ? 二人共」

 

 言いながら視線を境内に移す巫女、なにかが少し気にかかるようだ。巫女の視線を追っていくと頭に生やした角を振りながら起き上がる幼女が見える。目と目めが合うと調子でも悪そうに時間をかけて立ち上がり、にじり寄りつつ睨んできた。

 この顔は‥‥ご機嫌斜めだな、うん。

 

「久々に楽しめた酒宴だったってのに寝起きがこれじゃあ余韻もないね、もう少し起こし方に気を使っても良かったんだよ?」

 

 頬をふくらませずんずんと詰め寄ってくる、短めのお手々があたしに届く範囲まで来ると、襟首を掴まれ絞り上げられた。

 

「抱きしめて枕にしたいほど気に入ってくれているのは知っているし、そうしても構わないと言ってあるけど‥‥丁寧に扱ってって約束したわよね?」

 

 お怒り鬼の視界に入るよう大きく尾を左右に揺らす。

 我が身よりも太ましい大事な縞尻尾には綺麗な幼女サイズの凹み後が付いていた。

 

「約束破ったらお仕置きでもなんでも構わないと大見得を切ったのはどこの幼女だったかね?」

 

 返答がないため畳み掛ける。

 機嫌の悪い鬼に悪手と思えるが、あたしもあちらも本気で怒っていたり機嫌を損ねていたりしないはずだ。掴み上げられた襟首に手をかけると緩む鬼の手、そのまま流れで襟を但し、不機嫌のお返しと言わんばかりにぶすくれ縁側に座る‥‥これでいつものになるのだけれど……

 

「それはほら、ちょっと嬉しくなっちゃってさ。久しぶりで加減がわからなかったんだ」

 

 えへへと笑い、上目遣いでこちらを見つめてくる子鬼。やらかした時は毎回この調子だ、可愛さアピールなのだろうが使いすぎて効果が得られなくなっている。

 

「久しぶりに会うと毎度こうなんだからさ、あたしは萃香さんの母じゃあないんだ。少しは学習しろって叱るのにも飽きたよ」

 

 毛並みが凹む尻尾でやらかしてくれた奴の頭をポンポン叩く、軽く二回叩いてから尾を揺らして見せると、二人ともいつもの調子を取り戻した。ここまでの流れがひさしぶりに会うと必ずやらかす萃香さんとあたしのやりとりだ、いつからこうなのかもう思い出せないが、なんでか毎回こうなる。

 

「綺麗に萃香の跡が付くのね、魚拓ならぬ萃香拓って感じ?」

「毛並みの乱れた尻尾をそうも見つめられると少し恥ずかしいんだけど?」

 

 いつもの流れを済ませていると、巫女にまじまじ見つめられた。言った通り少し恥ずかしいので、揺らしていた尻尾を背中に戻し、視線から遮ってみる。

 

「恥ずかしいってそういうもんなの? 尻尾って」

 

 何事にも淡白な巫女さんが何かを気にかける姿も新鮮だ、何かしら言えば同意を得られそうだし、合いそうな言葉を探してみる。

 

「騒いだ夜の次の日、朝目覚めて着替え人里まで行ってからさらしを巻くのを忘れてた事に気が付くと、そんな感じに近いかね」

 

 巫女さんの胸元を見ながらそう呟いてみる。

 

「それは‥‥確かに恥ずかしいかも。今日は出かける予定もないから、別に忘れてるんじゃないわよ。洗い替えがないからそのままなだけ」

「年頃の女の子の割にその淡白さはなんとも。まぁ、締め付けない方が育ちがいいかもしれないし、本人がいいなら言うこともないか」

 

 後数年も経てば考えも変わるだろうか、その頃には妙齢となり色々気になり出すお年頃になってくるはずだ‥‥それでもこの巫女さんはずっとこのままな気がするが。

 

「とくにほしいとは思わないけど、あって困るものじゃないわよね」

「そのうち育つさ、そっちの幼女と違うんだ。手遅れになるにはまだまだ早い」

 

 あたしと自分を見比べて小さな息を吐く紅白、その横で話を聞いていた幼女がまたプンスカとわめき出すが、二人共気にすることなく縁側で茶を啜った。

 

~少女一服中~

 

 寝起きから軽い冗談を言い合っていると小腹が空いてきたので、昨晩の残リものを三人で片付けて一息つく。食器の後片付けは悪さをした群体鬼がしてくれるらしいので、縁側に腰掛け茶を啜り煙管を燻らせていると、巫女さんから質問を受ける。

 

「宴会でも弾幕ごっこの時も煙管咥えてたけど、それってそんなにいいものなの?」

「いいか悪いかと言ったら体には悪いんじゃない? 人には百害あって一利なしなんて言うだろう?」

 

 言いながらぷかっと吐き出す、ゆらゆらと風にのり煙が消えていく。

 

「妖怪には良い物のような話しぶりね」

 

 漂い消える煙を目で追って、あからさまにテキトーな素振りを見せる。

 きっと目についたから聞いてきたくらいで、大して興味ないような事だろう。こちらも特に考えず、湯のみを口から話さずに物を言う相手に言い返した。

 

「そうは言ってないさ、あたしにとっては欠かせないものの一つではあるが」

 

 一吸いし、頬をトントン。

 軽く小突くと輪っかの煙が大小四つ。

 少し進んで掻き消えた。

 

「あっちみたいに常に吸っていないとダメな中毒者?」

 

 あっち、お片付けを済ませて社務所の畳で横になる誰かさんを指しつつ問うてくる。

 一緒にしないでほしい、あっちは食器を片付けただけで洗わずにを横になり、瓢箪を煽って朝からほろ酔いになっている年中酔っぱらいだ。あたしはこれでも吸えない場所では我慢する事があるのだから。

 

「半分当たりってところか、中毒者だがそれだけじゃない」

 

 葉が燃え尽きたので、縁側でカツンと一叩きし燃えカスを捨てる。

 弾いた音に一瞬巫女の眉が動くが何かいうことはない。

 

「あたしの妖怪としての成り立ちに少し関わりがあるのさ、ちょっとだけ昔話に付き合う?」

「暇だしちょっとだけなら聞いてあげるわ」

 

 空になった湯のみを差し出すと湯のみに半分ほど茶が注がれる。

 これくらいの時間はおとなしく聞いてくれるようだ。

 

~少女回想中~

 

 生を受けた年なんぞ覚えていない。

 元々が野山を駆ける狸だ。

 人の決めた暦など興味がなかったし、理解するような頭もなかった。

 覚えている古い記憶は、今よりも規模の小さい村しかないが服を着て火を起こし、田畑を整えて稲を育てていた人間がいたって事くらいか。米を盗み食いしようと村に入り狩られて食われる寸前までいったのは、あたしにとって苦い記憶として残っているからだ。運良く逃げることが出来なきゃあれで終わっていただろうね。

 

 親も兄妹もいたはずだったが、気がついたらいつの間にか一匹で暮らしていた。普通の狸なら番で暮らし子を設けるそうだが、知り合う同胞は皆あたしよりも先に死んでいくばかりで置いて行かれる事が常となった。どうせ一匹になるのなら最初から一匹でいい、そう思うようになり群れや同胞たちから離れて暮らすようになった。

 

 妖怪として力に目覚めたのは丁度この頃だったと思う。

 人が少し増え、大きくなった町でいつものように盗み食いして逃げる時に、あいつらの姿になれたら逃げるのも楽なのにと思ったら、小娘の姿をとれたからだ。

 最初は飲み食いだけに使っていたんだが、長く生きるとそれなりに知恵もつき、同時に時間も持て余し暇になった。ならこの力を使って暇つぶしでもしてみよう、そう考えた。人で遊ぶならどうすりゃいいか。考えた結果が人の姿で盗み食いしてわざと捕まり、人前で別の姿になって逃げてみようっていう思いつき。

 

 結果としては叫び散らして逃げ回る人を見られてさ、それはそれは滑稽で楽しかった。ぶっつけ本番の一回目から成功してさ、調子にのって暫くは続けていた‥‥ら、そのうち恐れず立ち向かってくる輩にあった。

 普段は逃げられてばかりだったから面食らってね、山の住処まで逃げたが捕まり退治されるところだった。食われる寸前に覚えた、死ぬって感覚を久々に味わったよ。その時も運が良くてさ、お天気に恵まれたのさ。深い霧が立ち込めている夜でね、あたしという獲物を持った人間が足を踏み外して山を転げ崖から消えてった。

 助かったと同時にこういう騙し方もあるのかと新たな遊びを教えてもらったようだった。それからは町での盗みと同じくらい、山で霧に乗じて人を騙すようになった。

 続けるうちに霧の濃い日しか遊べない事に不満をおぼえたわけさ、好きな時に遊べないってね。そこであたしは閃いた、人間の使う火には霧のような煙が常にあるってな。

 思うが早いか早速試してみたよ、結果煙に紛れて化かすのにも成功しあたしは火があれば何処でも好きに暇を潰せるようになった。

 

~少女帰想中~

 

「それからは色々とあってね。町が都になった頃には、『霧の夜には山に行くな、古い狸に化かされて崖から突き落とされるだろう。』『火遊びするな、煙にのってやってくる悪い狸にイタズラされる。』 なんて言われるようになり、あたしの妖怪としての形が固まっていったわけ」

 

 気付けばまた煙がプカリ、だが煙は消えず霊夢の足元で狸の形を成しコロコロと転げている。

 

「へえ、煙草中毒の化け狸ってわけでもないのね」

「霧の怪異、惑わす煙。土地によっては明神様なんて呼んで祀ってくれた所もあったらしい、祠を見に行った事はないから眉唾だが。まぁ何言われてもあたしゃ狸なんだがね」

 

 飲み干された湯のみを縁側に置き足元の狸を目で追っている巫女、あたしが煙管を縁側で弾くとその音とともに霧散した。  

 

「そうそう、霧の怪異なんて呼ばれてちょっと名前が売れてたんだ。私を差し置いて霧の怪異だなんて生意気だってんで、探してちょっと喧嘩を売ったのが懐かしいね」

 「ちょっと喧嘩なんて可愛いもんじゃなかったろうに、三度目の死線だったがあの時はさすがにダメだと思ったわ」

 

 いつから聞いていたのか、萃香が横から口を挟む。それを遮るようにパンパンと手を叩く。

 

「茶も飲み切った、今日はここまで。何か感想でもあるかね?」

「口先三寸で煙に巻かれる、なんて萃香が言ってた理由がわかったわ。まあ暇が出来たら続きを聞いてあげてもいいわね」

 

 湯のみを逆さにして巫女に差し出すと、それを逆手で受け取り感想を述べてくる。

 意外と素直な反応に軽く笑い、気が向いたらそのうち話すと伝えると、何もない境内から空に向かって視線を泳がせた。


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