永遠に変わらない者達とその従者の住まうお屋敷。
それを外界の目から遮るように囲い空へと伸びる緑色の無数の筋、その葉に積もった雪が風に煽られて舞い飛ぶ姿、それはまるで花びらのようで見とれるほどだ。
何十年かの周期に一度だけ、枯れる間際に一度だけ咲かせる竹の花。
本来なら薄いピンクと紫の間くらいの艶やかな色味の花だが、今あたしの視界をうめつくすのは穢れのない白の花弁雪、穢れを嫌う元月人のお屋敷で見とれるにはこれ以上ないくらいに似合いの物だ、それに気づいてうっとりと眺めている者が、穢れより生まれ穢れを纏うあたしだってのがまた皮肉で堪らない。
屋敷の周囲を囲う壁添に帷子雪を積もらせる庭。
その中に造られた小さな池、池に架かる赤い曲橋、その欄干に大きな番傘を括りつけてその下で片足立ちで凛と立つ銀のおさげを揺らせる従者、雪舞う冷たい庭先だというのに片足で背筋を伸ばし目を瞑り、両手で軽く支え口に宛てがった横笛を奏でている今の姿。
同姓でも惹かれ見惚れても仕方がないと言い切れるだろう、それ程に美しくこの景色の主役となっている。惜しむらくはその姿を一枚絵として見られないことか、今は主役の引き立て役として隣に立つ永琳の横で手すりに背を預けて小さな鼓で合いの手を入れている。
――遊びに来たなら戯れなさい
あたしの赤い鼓と並んで縁側に腰掛ける、やんごとないお姫様から放たれた不意の一言。
寄越せといっても寄越さぬくせに自分の思い付き次第で無理難題を吹っ掛けてくるお姫様、どうしたもんかと少し悩み従者に助けを求めてみた結果が今のお戯れ、似たような髪色二人が並び、笛と鼓を奏でる橋の上の舞台。
客は上司とその家来、もう一人の付喪神は本来奏でる側なのだが偶には見るのもいいものよと、姫に止められ静かにこちらを見つめている、全く知らない笛の旋律を片目を瞑り聞きながら、律に合わせて軽く打つ、打ち合わせ等なく唐突に流れた笛の旋律だったが何故か自然に合わせられた。
それが雷鼓の手助けから出来たことなのか、今まで培ってきた囃子方としての自力でなのかはわからない‥‥けれど、最初の合いの手で目を合わせてからそれ以降視線を交わらせてくれない相方、目が見えず心中はわからないが悪くないとでも思ってくれたのかね、それならば重畳だ。
笛に合わせ音色に任せ小さく打って主役を囃し立て、最後の〆だと感じられる笛の調べに合わせて〆を打つ、数拍おいて静寂の後、小さい拍手が耳に届いた。
数は少ないが心地よい拍手、それを受けて視線を上げれば微笑む相方。
それに向かい無邪気に笑えた。
屋敷に戻り飲み直し、雰囲気は小さな打ち上げといったところか。
演奏の主役だった永琳を中心にして笑う声が聞こえて、良い団欒だと横で酒を煽る。
正月らしく枡で飲むお酒、中身は自分のお酒だが空気が変われば味も変わる、今日はいつもよりも甘みを感じる気がするのは何故だろうな、理由は気にしないがウマイ酒に舌鼓を打っている。
煽り飲み切り手酌で注ごうとあたしの徳利に手を伸ばすと、珍しい相手が酌をしてくれた。
「白兎が白徳利持ってるわ、飲んだらあたしも白くなる?」
「あたしもお前も中は真っ黒だよ、ちょっとくらい入っても灰色にもならんね」
そりゃあそうだと無邪気に笑い、注がれた酒を啜っているとイタズラ兎が悪戯に笑む。
酒にイタズラでもしたかね?
珍しくてゐが酌をしてくれたのが少し嬉しく、こちらは上機嫌で飲んでいるだけなのだが。
「話を聞かないなんて思ってたけど訂正してあげる、助言はしてみるもんだね」
「お陰様で、改善されて肌ツヤもいいわ」
そっちじゃないと更に笑う意地悪兎、言葉に含まれていたのは生活改善ではないらしい。
コレではないというならしっぺ返しの方かね、そっちに関しても礼を言っておくべきか‥‥
ほとんどが自爆だが痛い目に会って気がつけたこともある。
「しっぺ返しも受けたわ、泣くほどとは言えないけどね」
「泣いてないならまだ返ってきてないだけよ、さっきのはそれでもないし」
笑みを薄れさせ少しだけ真剣な、それでも意地の悪さを残している表情で見つめてくるてゐ。
てゐに対し素直にわからないと頭の上に? を浮かべて見つめ返していると、表情を変えずに視線を移す白兎。
それに釣られて目で追うと視線の先には輝夜と話す赤い髪、雷鼓が何だというのかね?
「手を引くより背負ったほうが安心出来るって言っただろう? 背負ってもあいつは火傷してない、予言通りであたしゃ満足ウサ」
「‥‥そうね、大事に背負って手放さない。手元に置いておきたいと思えるようにもなったわね」
自身の事には疎く気がついていなかっただけだったが、言われて気が付いた少しの独占欲、姫と笑いあっている赤い髪があたしの視界で揺れる度に何故か落ち着く、これは悪くない感覚だ。
それを肴に酒を飲む、飲み干し小さく息を吐くと隣に座っている者が知らぬうちに変わっていた、一瞬見ていただけのつもりがそんなに長い時間みつめていただろうか、まるであたしだけ時間がズレているようだ。
そんな事を思っていると、隣の時間を止めた従者が酒を注ぎながら何か言っている。
「気に入られちゃったわよ、私から姫様に言ってあげましょうか」
「大きなお世話よ、きちんと持って帰るから大丈夫」
「真っ直ぐ見つめてるのに今度は嘘じゃあないのね、読み間違えたのかしら」
視線を移さないままで注いでもらったお酒をちびちびと飲んでいると、微笑みながら昼間の読みを考察し始める永琳、間違うことなどあんまりない月の頭脳が思いに耽る姿、顎に人差し指を宛てがい首を傾げる格好が似合わなくて悪戯に笑ってしまう。
あたしの笑みを見て微笑みを強める先ほどの相方、そう笑われると少し気恥ずかしい。
「さっきといい今といい可愛く笑っちゃって、読めないわね」
「お天気は気まぐれだから読めないのよ?」
「灰雲さんだから? それなら明日の朝には掻き消えてしまいそうね」
「そうなったら集まる薬でも作ってもらって撒いてもらおうかしら? それくらいすぐ作れるでしょ?」
どうかしらねと笑んだまま返され、持っているグラスを差し出してくる女医殿
言葉には何も言い返さず酒を注ぐ、枡とグラスを小さく合わせ無言で飲んでまったり過ごす、特に会話もないままに。
似たような髪色が見つめる先は似たような所、視界の中央にいる者は違うが見ている景色はほとんど同じ、愛しい主と愛しい相手、立場は違うが想いは近い。
これも似てると言えるかね?
問いかけはせずに隣を見る、少しだけ首を傾げ薄く微笑むだけ。
その笑みに薄笑いで返した。
二人で飲んで笑っていると見つめる先で話していた話題が変わったようだ、手招きされて二人共呼ばれる。
呼ばれて立ち上がり雷鼓と姫の間に座る、姫を右に雷鼓を左に、狭い隙間に割入るように少し強引に腰掛けて話している内容に混ざった。
話の内容はどうやらあたし、昔からいかにテキトウだったかを入れ知恵しているようだ、言っている事の九割は正解だから何も言い返さずに否定せず聞いていたが、一部聞き逃したくない話題になった、少しだけ訂正しておこう。
「雷鼓も気をつけなさい、こいつは飽きっぽいからすぐ目移りしてふらふらするわ」
「飽きっぽいのは否定しないけどふらふら漂うのは仕方ないわよ」
「性分だっていうんでしょ? ね、こうやってすぐ逃げ道作って曖昧にするの。首輪付けとくといいわよ」
「狸に首輪なんて似合わないわよ? 多分こっちにつけたほうが似合うわ、ね?」
そう言って隣に座る雷鼓の首に尻尾を緩く巻きつける、随分と太くて顔の半分以上が隠れる毛皮のマフラー。
ちょっとなんて少しだけ声が漏れる、吐息が少しむず痒くて尾を引くとそのまま引いて体を倒してしまい、あたしの腿に赤い頭が乗る、形は丁度膝枕、尾の緩い縛りを解くと起き上がろうとするのでそれを手で抑えて髪を撫でる。
少しだけ気恥ずかしそうにしてくれたが、構わず髪と頬を撫でていると諦めたのかされるがままになってくれた、太鼓の膜らしくもう少し反発してくれてもいいのだが、可愛いからいいか。
「私と話している間はもっと賢い感じで、永琳みたいだったのにおとなしくなっちゃって」
「可愛いでしょ? お気に入りなの、あげないわよ?」
「最初は土産物なんて言っていたくせに」
「あぁそうだ! 先に行っててなんて人に押し付けて何してたの!? 」
「笛吹き名人とホラ吹き話しをしてたのよ、おかげで土産話を話さずに済んで楽だったわ」
「それが狙いで連れてきたのね、なら献上品らしくこっちにいようかな‥‥姫様のが大事にしてくれそうだし」
「あら? アヤメ、フラれたわね? 私はいいわよ、雷鼓をからかうのも面白いし」
ね、なんて言いあって笑う二人。
そのうちのあたしの膝に乗る赤い頭の方、その両頬に手を添えて真上を向くよう軽く押さえる。
吐息のかかる距離まで顔を近づけて一言。
-少しうるさい、渡さないわ
と言いながら騒がしい口に唇を合わせた、口づけした瞬間は話している時よりも煩かったが、舌を絡ませて黙らせると途端に静かになってくれた、少し長く唇を重ねて、雷鼓の吐息が漏れそうになった辺りで唇を離し、伸びる糸を舐めとる。
すっかりしおらしくなった頭の前髪をかきあげるように撫であげた、本当に可愛らしい。
髪色と似た色になっている頬を撫でていると、部屋の入口辺りで何かの割れる音。
振り返ると足元に落として割れたグラスを片付けている軍人兎の姿、丁度真後ろで見えないだろうに、何を想像したのかね、なんでもいいかどうでもいい。
「大胆ね、焼けちゃうわ」
「どっちに?」
「アヤメに」
「モテて羨ましいわね雷鼓、それでも渡さないわよ?」
あたしの腹側を向いておとなしくなった雷鼓の頬を再度軽く抑える、恥ずかしそうにする割に抵抗はしないようだ、これなら再度見せつけても‥‥と考えなくもないがそうはせずにおいた。
喜ばれるのは嬉しいが見世物にする気はないし、抑えただけで手を止めると強めに尻尾を握られた、皆に見えないところへの小さな反発‥‥期待に応えてくれる愛しい太鼓だ、本当に。
「あら、続きが見られるかと思ったのに」
「狸の腹鼓なんて見せたら化かさないとならないもの、面倒くさいわ」
「偶には化かされてあげてもいいって言ってるのに」
「そんなに暇じゃあないくせに、そんなに浮ついてると今夜は上手に焼かれるわね」
言いながら視線を流す、見ている先は先ほど演奏をしていた庭の方向だが、見ているのは壁で隔たれたその先の者。てっきり人里でしっぽりしていると思ったが、元旦から殺し初めという流れのようだ、お年玉にしては殺伐としているが、どちらも気兼ねなく殺せる相手だしタマを落としなれているから気にもならないのだろう。
壁を飛び越えて来るかと思ったが玄関口で話す声がしている、正月くらいは礼儀正しく来るらしい、迎えに出た鈴仙に連れられて部屋に入ってきた歪な人間、灰色頭がまた増えた。
「新年おめでとう、蓬莱ニンジャさん、殺し合いの前はやっぱり礼儀正しいのね‥奇襲は最初の一回だけって掟があるとかないとか聞いたわ」
「おめ、え? 忍者って何それ、ってかなんでいるのよ?」
「妹紅って忍者だったの、長い付き合いだけど知らなかったわ」
「いやだから何の事?」
気合を入れて鼻息荒く意気揚々と輝夜のタマを落としに来た竹林の蓬莱人 藤原妹紅。
第一声を本来いないはずのあたしに潰されてテンションだけが空回りしている、疑問という顔のままあたし達を一瞥しそれは? と指差し尋ねられた。
指している先は赤い髪、差された雷鼓に代わり返答しようと口を開きかけた時に永琳の手で口を塞がれた、そのまま代わりに返答したのはてゐ、アヤメのモノだと代わりに言ってくれる‥‥外堀を埋めてくれてありがたい兎さんだ。
一瞬だけ悩みすぐに理解したらしい、別の意味で鼻息を荒らげて輝夜とあたしの間に座る健康マニア、見た目は若いが死なずの人間で中身はいい年のくせに、こういう話にはすぐに飛びついてくるが‥‥仕方がないか、妹紅に限らず幻想郷の少女は皆こうだ、それならそれらしく少し自慢しよう、愛しい鼓を自慢気に話し、少しだけ恥ずかしいが気にしない。
今一番恥ずかしいのは多分あたしではないから。