東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百九話 再会と出会い

 天に向かって真っ直ぐに向かい伸びる竹林の竹に囲まれた、上から見れば正方形に見えなくもないこのお屋敷、ここに住んでいるらしいお姫様が外の世界で住んでいた造りに似せて作ったお屋敷、外の言葉に宛てがって言うならば北対(きたのたい)といったところになるのか。

 従者の私室となっているのは正面の建物、長いから先ほど同じく寝殿(しんでん)と宛てがいそう呼ぶが、その寝殿から続く長い廊下を歩いて奥の突き当りがここのお姫様の自室らしい。

 

 紫さんにギリギリのところで拾ってもらってこの幻想郷に放り出された先、とある神社で聞いた竹林の話、住む物など誰も居ないと聞いていたこの迷いの竹林に住み始めて数ヶ月した今現在。いつの間にか我が家に居座りお茶を啜るようになった因幡てゐという妖怪兎、こいつと知り合ってから紫さんが話してくれなかったここの事を色々と知ることが出来た。

 竹林と神社以外殆ど知らないあたしに色々と話してくれたてゐ、表情からほとんど嘘だと察する事が出来たが、余所の地名らしいものがわかったのは良いことだった、そんな嘘混じりの助言から、あたしにとっててゐとの出会いは中々に悪くない出会いだったと思えていた、この隠れ屋敷にお呼ばれするまでは。

 紫さんの隙間からポイっと吐出された先、そこに建っていた神社を除けばこの幻想郷に住んでいる誰かの住まいに入るのは初めてになるのか。紹介してくれた自称因幡の白兎はここはやんごとない御方のお屋敷だから、何か失礼があれば従者に皮を剥がされるなんて脅してきたが、それほどの者が隠れ住んでいるとは思えない空気だ。

 時間が止まったような静寂としか言いようのない空間、ここにあるのに閉ざされているような違和感、これの原因がなんなのか気になるところだが、その辺の細かいところは会えばわかるか。

 あたしも元の世界ではそれなりに名が売れていたが、ここでは新参者の無名な狸だ、妖怪兎が言うように力のある者がここにいるとするなら上手く取り入りたいところだ、成功すればこっちで楽しく暮らす足が掛かりにもなるだろうし。

 とりあえず入ってみるか。

 

 因幡てゐに案内されて、素直に後をついて屋敷の中を歩いていく。

 歩いてみてもただの廊下にしか見えないが、なんだろうか? 外と同じく歪に感じられるこの屋敷の空気。内装もおかしなところなどなく至って普通に見える、歩く廊下からも何も感じない‥‥それなのに感じる違和感、違和感だけ覚えさえて尻尾を掴ませてくれないこの屋敷に少しだけ興味が出てきた。

 ちょっと歩いて通された部屋、四方を品の良い柄であしらわれた襖で囲われた部屋、その部屋の中に通されて、待ってろとだけ言うと静かに何処かへ消えた妖怪兎。

 待てというなら待ちますかね、どんな相手が来てくれるのか楽しみだ。

 

 紹介してくれたてゐが真顔で脅してきたからあたしもそれなりに身構えて待っていると、正面の襖が開けられた。

 開けられた襖の中央に立つ、なよたけのかぐや姫様‥‥輝夜? 何故ここにいる?

 それよりも何故生きている?

 本人ではないのか?

 そっくりさん‥‥にしては似すぎている。

 少し試すか、覚えているなら返してくれるだろう‥‥あの頃の性格そのままだったなら。

 

「お目にかかれまして大変嬉しゅう存じます、なよたけのかぐや姫君」

「貴女がてゐの言った私のお友達かしら、なんだか変な表情だわ」

 

 あいも変わらず歯に衣着せぬ姫様だ、こっちは面食らって真顔だというのに変だなどと、しかしどうやら本人のようだ、聞いた噂通りに月へ帰ったと思っていたがまさか幻想郷にいるとは。

 後から聞いた帰らなかったという迎えの牛車、あれも真実だったようだしその辺りの事‥聞いてみたいところだがすぐには無理か、昔話に花を咲かせたいが奥に控える従者の視線が怖い、あれをどうにかしてからだな。

 

「久しぶりって言えばいいのかしら? それとも卑怯者と呼べばいいのかしら?」

「両方でいいわよ、どちらも正しいもの」

 

「そう、じゃあ卑怯者でいいわね。でもいいの? 隣にいるお姉さんの目が怖いし、襖の奥の殺気も怖いわよ?」

「私がいいと言ったからいいのよ、実際逃げたわけだしね」

 

「そうね、課された難題の答えを見つけて戻ったらいないんだもの」

「それについては謝るわ、後で理由も話してあげる。ちなみにあの時の答えは見つかったの?」

 

「見合うものなら見つけたわよ、でも教えてあげない」

「誘い受けをして教えないとか酷いわね、しばらく会わないうちに性格が悪くなったんじゃない? アヤメ」

 

 ダメだ、限界だ。

 不遜な態度でそれらしくしているならまだ耐え切れたが、名前を呼ばれて緊張の糸が切れた。

 堪え切れない、怖い従者をどうにかするまでと思って真顔で耐えていたがもう無理だ。

 なんで白塗りなの? なんで麻呂眉なの?

 紅を差すのも唇の中央にほんの少しだけだし、出会った頃だったなら皆が皆そうだったから違和感ないけれど、その紅は今の流行りではないぞ?

 あ、本格的にダメだ‥‥抑えきれない。

 

「あのね、なんで‥‥いや、変に捉えないでよ? なんでその化粧で‥‥」

 

 言葉にならない程の大笑い、腹を抱えて輝夜を指指しながら一人でヒーヒー言っている。

 笑い泣きなんて何年ぶりだろうか、難題の恨みなんて吹き飛ぶほどに可笑しくて可笑しくて‥‥

 あたしに指差されても不遜な態度を崩さない姫様だったが、あまりにもしつこく笑ったから堪忍袋の緒が切れたらしい、丸く短い片眉を持ち上げると、側に控えていた従者と襖の奥に隠れていたもう一人から十字砲火を浴びせられた。

 けれど正面から風を切って飛んでくる矢も、襖を穴だらけにして放ってくる銃弾もあたしから逸れて屋敷の内装を傷つけるだけ‥‥当然だ、気持ちの良い殺気を浴びせてくれたのだから、ソレに対してなにもしないわけがないだろう?

 逸れる矢の雨を見て訝しげな顔をする銀髪の従者、考えのうちになかった景色が広がっていて怪訝といったところか、いい顔だ、輝夜の笑いから冷めさせてくれる小気味よい嫌悪の表情‥‥堪らないな。

 

 無意味だと理解したのか矢を放つのをやめてくれた従者、襖の方はまだやる気のようだが銃声が少し煩い、音を逸らしてもいいが、少しだけ実力行使して見せておくかね。

 止まない銃弾の嵐の中で優雅に煙管を燻らせて煙を纏う、本来禁煙だったのかも知れないが先に手を出してきたのだから気にしない。

 纏った煙を部屋全体に広げて相手の視界を奪う、そのまま煙の触れたモノを感知して動く、狙いは正面にいるはずの二人以外、頭に耳を生やしている二人のうちの大きい方。

 煙に紛れ近づくと赤い瞳で睨まれる、そう睨むなと強制的に視線を逸らして右手で両目を塞ぐように締め上げ持ち上げた、腹やら胸やら蹴られるが、受ける衝撃を足元へと逸らして流していく。

 落ちるまでもう一握りという辺りで煙の奥で誰かが動き、捕まえていたはずのモノが手元から消えた‥‥何だこれは?

 煙をかき消して呼び出してきた者達を見ると、捕まえていたはずの兎を抱えた従者と姫が立っていた。

 

「やられたからやり返してるのに、取り上げるなんて酷いんじゃない?」

「見誤ったわね、たかが狸と過小評価していたわ」

 

「そう、それほど間違ってないわよ。矮小な狸だもの、間違っていないわ」

「矢も銃弾も当たらない、綺麗に円を描いて逸れる‥‥厄介ね」

 

「褒められて嬉しいわ、お姉さんこそ迷いのない矢で堪らなかったわよ?」

「殺すつもりだったのだけど今は無理ね‥‥私は八意☓☓、言いにくければ八意永琳と呼んでくれていいわ、お姉さんと呼ばれるほど若くないから」

 

「じゃあ永琳、その子を渡す気は? ないわよね」

「聞くまでもないわね、姫様の力まで使う事になるとは少し予想外だったわ」

 

 輝夜の力ね‥‥唯の長生きってわけではなかったか、さすがに。

 煙の中にいるあたしに関知されず獲物を奪える能力とは?

 認識阻害?

 意識的な物への干渉もしくは肉体への干渉、または両方?

 他にも色々と浮かぶがキリがないな、そして対処の仕様がない、従者二人は兎も角として一番厄介なのは輝夜か、再会した友人と事を構えたくはないがどうしたもんか。

 少しだけ斜に構え身構えると、その気はないと小さく両手を広げてみせる旧友、両手に合わせて構えを解くと少しだけ謎の答えを教えてくれた。

 

「口だけかと思ったら意外とやるのね、見直しちゃった」

「見直しついでに教えてくれる? どうやってソレを奪ったか」

 

「他者に認識されない時間があるのよ、その時間を使ってゆっくりと受け取っただけ」

「時間か、さすがに逸らせる気がしないわ」

 

「矢も銃弾も逸れたのはそういう事、イナバの瞳もそれで?」

「真っ赤な瞳で睨むんだもの、明後日の方向を見つめてもらったわ」

 

「大概ね、迎えの者達にいなくてよかったわ」

「自分を棚に上げてよく言うわ、そういえば迎えに来たのに帰らなかったのね」

 

「というのが再開した時の流れ、あたし格好いいでしょ? 惚れ直した?」

「うーん? 姫様には手も足も出ないって事はわかったわ」

 

 先に輝夜と話していた雷鼓にいかに昔のあたしが格好良かったか話したつもりだったが、上手く伝わらなかったようだ‥‥実際に輝夜には手も足も出せないのだが、輝夜もあたしに干渉できないらしくどっちもどっちという曖昧なモノになっている。

 同じく時を止める人間もいるがあっちは安全に止める為、止めた時間の中のモノには干渉できない自発的な不干渉だが、輝夜の場合は認識できないだけで流れている時を集めたもの、時は流れると認識しているあたしの能力はその須臾の中でも変わらず働いており、何をやっても逸れるらしい。

 イタズラでもしようとしたのか聞いたところ、化粧を笑われたのが本当に気に入らなかったらしくて同じ顔にするつもりだったそうだ、持ってて良かった逸れる力。

 そういえばあと一歩で仕留められた鈴仙だがその後しばらく顔を合わせてくれなかった、あの後何度も訪れてその度に生きていたんだから良かったじゃないかと言ってみても、波長が長いから少し油断しただけと突っぱねられてしまったが、長いのならそれに巻かれればいいと、輝夜や永琳に呆れられるほど通ってからかい続けた結果、今のような気安い関係で落ち着いている。

 そうして思い出しついでだが、あの時いつの間にかいなくなっていた兎詐欺は何をしていたかというと、穴掘りをしていたそうだ、何を埋めるつもりだったのか問うとお前の予定だったと話してくれた、随分と用意周到な兎詐欺さんだ。

 それでも仕返しはしなかったし考えもしなかった、あの時運良く鈴仙の殺気に気がつけなければ今頃その穴の中だったわけだし。

 


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