東方狸囃子   作:ほりごたつ

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~正月色話~
第百八話 二度目のお正月


 昨年末から新年を迎えた今も雪が降り続いている、昨年は綺麗な夜空の中での年越しだったが今年は寒い中での新しい年のお迎えとなった。年始を迎えたのは昨年と同じく妖怪寺の縁側、静かに振る雪の中で三人で新年を迎えていた、その時のことを語ってもいいが今は割愛しておく、少し気恥ずかしい思いもしたし両手の荷物を早く下ろしたい。

 

 少しだけ雪が舞う竹藪の中を風呂敷携えてちょこちょこと歩いている、白と緑が綺麗に半々くらいに見える迷いの竹林、未だ雪は降っているが蛇の目を差さずに歩みを進める。

 雪降る中で傘も差さないなんて阿呆かと思われそうだが、ここ迷いの竹林では傘がなくともそれほど苦にならない、鬱蒼とした竹の壁と無数に重なる竹葉屋根のお陰で蛇の目を差さずにいても然程問題がなかった。それでもさすがに持ち歩かずにいられるほど遮ってはもらえないので、隣を並んで歩いている重低音娘に傘を二本持ってもらいあたしは小さめの風呂敷で包んだ少しの正月料理と、あたしの着替えを入れた風呂敷をそれぞれ両手に持って歩いている。

 歩いていると偶に落ちてくる雪塊、重なりあった竹葉屋根に積もった雪が葉では支えられなくなり、そこそこの量に纏まって時々ドサッと落ちてくる、が、能力を行使してこちらには当たらぬように逸らしてちんたら歩を進めている。これまで雷鼓にあたしの正確な能力を見せた事も話した事もなかった為、始めは真上から降ってくる雪があたし達を逸れて落ちる様子を見て驚いてくれたが、数回も見るとすっかり慣れたようで驚く顔は見られなくなった。

 行使する範囲をあたしだけにして雷鼓には雪を被ってもらう、そうしてやれば再度驚く顔が見られるかと思ったが、これから人様のお宅に上がるのだし正月早々濡れ姿では少し失礼かと思い考えただけでやらなかった。確実にいるだろう軍人兎の服を借りられれば濡らしてもいいのだが、雷鼓に着せればあたし以上に胸回りがキツイだろうし、それを見て人様の家で悶々とするのもなんだかなと思い行動に移せなかった。

 

 年始のご挨拶らしく着物を着込んで来てみたがコレは失敗したかね?

 天気のせいで足元が泥濘んでいて積もった葉と雪が合わさり滑りやすく少しだけ厄介だ。

 足元の雪と土が混ざった泥が白の着物に跳ねないように踵からついて小股で歩く。

 そういえば昨年も‥‥季節も場所も相手も違うが隣に付喪神を連れてこうして歩いたなと思い出し、声にならない声で一人微笑む。他愛無い世間話の最中に不自然なタイミングで笑ったからか、何? と尋ねられた。

 笑んだままなんでもないと返答したがそれでも気になるようで、素直に付喪神の事を考えていたと話してみたが納得せず、どれ? と更に追求された。元々が長く一人の奏者に使われることが多い楽器らしく独占欲も強いのかね、独占しようとしてくれるのが嬉しくなり無言で笑みを強めると、よくわからない難しい顔をされてしまった。

 興味を持つ範囲や好奇心はそれなりに強いと自負しているが、独占欲といったモノには疎いあたし、それでも雷鼓の今の表情がどんな感情から来ているのかは聞かなくともわかる。そういう時は妬ましいのだと教えてみると、あたしがよく言っている妬ましいとは少し違う気がすると言い出した。ソレはソレでコレはコレだとケラケラと笑っていると、難しい顔のまま悩む元和太鼓‥‥思ってくれて難しい顔で真剣に悩む姿、あたし自身がちょっとした難題にでもなったようで可笑しかった。

 

 足元眺めてつらつら歩いて着いた先は永遠亭、両手の塞がるあたしに代わって隣の太鼓に戸を叩いてもらい小間使いを呼んでみる、戸を開けて迎えてくれたのは想定していた方とは別の兎詐欺、元旦早々と睨まれるが隣にいる雷鼓に気がついて一瞬でしおらしくなり、快く迎え入れてくれた。

 臆病で親切な兎詐欺の化けの皮は剥がれていないらしい。

 

「囃子方さんに堀川さん、元旦から来てくれるなんて‥‥新年おめでとう、嬉しいウサ」

「昨年もてゐちゃんにはひとかたならぬご厚情をいただたわね、深く感謝してあげるわ‥本年も懲りずによろしく」

「明けましておめでとう、遊びに行くって言うからついてきてみたわ」

 

 新年初顔合わせを玄関口で済ませて三者とも挨拶した後で、隣の雷鼓に気がつかれぬように意地悪く笑いてゐを睨んでみる。笑みに気がついて一瞬だけ口角を上げたがすぐに可愛い兎詐欺の笑顔に戻り、雷鼓にだけ愛嬌を振りまいて手招きしながら屋敷の奥へと子走りで駆けていった‥‥あれの中身を知らなければ本当に可愛いだけの姿だ。

 あれの後について先に行っててと、てゐを見つめて微笑む雷鼓に言うと素直に後をついて行く‥‥いつバレるのか少し楽しみだ。言った通りに屋敷の奥へと歩いていく雷鼓の背を見送り、兎詐欺の消えた方とは別の診察室の方へと顔を出しに行くと向かう途中、もう一人の兎に見つかり声を掛けられた。

 

「あ、いらしてたんですね、明けましておめでとうございます」

「明けましておめでとう、鈴仙。昨年はお世話様、今年もよろしくね」

 

「なにかありましたっけ?」

「覚えてないならいいのよ、また評価を改めるだけね」

 

 昨年の異変で溺れた後お世話になったからその感謝を述べてみたが、忘れでもしたのかね?

 人里でのろくろ首を抑え切る動きやその後の竹林の会話からこの子の評価を改めて随分と買っていたのだが、忘れるなんて見誤ったか?

 見慣れない薄笑いを浮かべてなにかありましたか?なんて、随分と忘れっぽい兎さんだ‥そんな笑みはあっちの兎詐欺の顔だろうに、少し呆れて見ているとすぐに笑みを変える鈴仙、薄笑いからいつも見ている明るい笑顔に変えて、さっき浮かべた薄笑いの意味を話してくれた。

 

「冗談ですよ、少し真似てみただけです」

「真似? てゐを真似ても性格悪くなるだけよ、真似るなら師匠の方にしときなさいよ」

 

「てゐを真似るなら語尾にウサってつけますよ、さっきのはアヤメさんです」

 

 微笑んで指を差してくる鈴仙、指で差されて呆れていたことを忘れてしまい思薄く笑ってしまった、コレを真似するとさっきのような意地の悪い笑みになるのか、鏡に向かって笑ったことはないから自分の笑みなどわからないが、てゐと勘違いできてまだ良かったと少し安心する。

 以前のあたしならあっちの胡散臭いのを思い浮かべていたかもしれない、あれの胡散臭い笑みに比べればてゐの笑顔はまだ可愛い、しばらく顔を見ていないから薄れて離れてくれたのかね、それならありがたいが‥‥安心はできなか、そもそも鈴仙はそれほど関わりのない相手、完全に安心するには不安が残る。

 なら初詣ついでに巫女で試すか、胡散臭い笑みなど自然に出せないが巫女をからかっていればそのうちに浮かぶだろう、指を差している鈴仙を無視するように目の前で考え事をしていると、差し出されている指でおでこを押されて我に返った。

 また油断していると溺れますよ、なんて中々言ってくれるじゃないか。

 嗜好の海で溺れる前に釣り上げてくれた鈴仙に感心していると、屋敷の奥からイナバと呼んでいる声が聞こえてきた、声に呼ばれて奥へと歩み出す鈴仙に師匠の居場所を訪ねてみると、案の定診察室にいると教えてくれた。

 また後でねと別れて今日は終わりの見えている廊下を進む、永遠亭の入口から左に入った診察室、そこから漏れる灯りを見て元旦からまた何かしているのか、なんて思ったがさすがに元旦から仕事はしていなかった。

 何かを書き留めている永遠亭の名医、覗いている頭を見つけると手を止め軽く指先を上げる、同じように軽く手の平を上げて、診察室に入りながらこちらにも年始の挨拶をした。

 

「先生にはご機嫌よく新年をお迎えのことと存じます、土産話を持って来たわよ」

「それは姫様への土産でしょう? 私には返す物くらいしかないはずだけど」

 

「正月くらい忘れてよ、それに遅くなったから悪いと思って土産物も一緒に持ってきたのよ? 今頃てゐに連れられて姫様に届けられてるわ」

「はいはい、姫様に差し出すなんて返ってこなくても知らないわよ? 気に入ったらしつこいんだから、あの子」

 

「確かにしつこそうよね、そうなったらどうしようかしら? 近所だし預けていってもいいけれど」

「嘘はダメよアヤメ、視線を逸らさずに言ってもバレるものはバレるの‥‥万一の時には返すように言ってあげるから安心なさい」

 

「いつも思うんだけど何でバレるの? 心を読める薬でも作った?」

「少しカマをかけただけよ? 大概の嘘つきは右上に視線を逸らす事が多いの、けれどそれを知っている大嘘つきなら真っ直ぐ見つめながら嘘をつくんじゃないか‥そう思って少しカマをかけたんだけど、当たりみたいでよかったわ」

 

 なんて事はないわと冷静に話してくれる月の頭脳 八意永琳。

 随分前にこの女医から聞いた話、人間が嘘をつく時は見た事も聞いた事もない話をテキトウにでっち上げて話すために、頭の中で言葉を作って嘘話を組み立てるのだそうだ。人がついた嘘の話が不自然といえるほど自然な作りになるのはこのためで、己の中で納得し理解しやすく纏める言葉だから自然過ぎてバレるのだという。

 それで視線だが、人間が記憶に頼らずに何かを考えたり言葉を組んだりするのは左側の脳で、左脳は身体の右半身を動かしているらしい。そうすると無意識化で左側、左脳の司る右半身側に視線を向ける事が多いのだという‥‥もっと細かく話してくれた気がするが細部までは覚えていない。

 全く、それを踏まえて裏をかき真っ直ぐ見つめてあげたのにこの天才にはまるで通じない、口だけで千年以上も過ごしてきたのにそれをカマかけ一つで崩さないで頂きたい。

 まぁいいか、何を言っても論破されるのは目に見えるから言い返す必要もない、この話は兎も角として大事な鼓を返してもらいやすくしておきますか、いつまでもぶら下げていても重いし物々交換の先渡しをしておこう。

 

「訂正するのも面倒だからそっちはいいわ、とりあえずお年始を受け取ってもらえるとありがたいのだけど」

「あぁそういえば、おめでとう。お年始なんて珍しいわね、どうしたの?」

 

「蓬莱山のお宅に元旦から遊びに行く、それに持参するのは手製の蓬莱飾り、正月らしくて洒落てると思わない?」

「くわいのお煮しめはいいとして、金柑の甘露煮といい搗ち栗といい‥大事な鼓と交換する財宝代わりって事かしら?」 

 

「ご明察、あの鼓は譲る気ないもの。手塩に掛けた財宝で足りないならどうにかしてでも持ち帰るわよ?」

「姫様の気に入りそうな財宝だし大丈夫だと思うわ、ちょろぎでも入っているかと思ったけどそういう皮肉はやめたのね」

 

「酸っぱいものは好きじゃないの、酸いも甘いも噛み分けるより甘い汁だけ噛みしめたいわ」

「甘いだけだと麻痺しそうだけど、煙草で麻痺してるし今更かしらね」

 

 昨年誰かに似たような事を言われた気がする、あの時は舌の方が自信があるなんて返したが、永琳にそう返したら切り取られて調べられてしまいそうだ。切られたところで腕や足のように生やせばいいのだろうが、生えるまで話せなくのは困るし血の味以外しなくなりそうで酒も煙草も楽しめないだろうな。

 そもそもきちんと生えるのかね?

 腕や足は常に見られているからあたしの姿として定着していて戻せるが、舌なんてよく見てるのは雷鼓くらいしかいないはずだ、だとしたら記憶に定着していないかもしれないし、場合によっては形が変わってしまいそうだ‥‥雷鼓にも散々嘘付いているし、まかり間違えば二枚舌で生えそうでそれは噛みそうで嫌だ。

 二枚舌なんてどこかの小憎らしい天邪鬼じゃあないんだ、前髪の一部だけ赤く染まっても困る、真剣に悩んでいるともう一つの風呂敷包みも取り上げられて開かれる、そっちはあたし達の着替えくらいしか入ってないが、そう笑うのは何かね?

 

「あら、泊まり? 近所なんだから帰ればいいのに」

「帰ってもいいんだけど、折角だし偶にはね。ダメ?」

 

「患者もいないし台所仕事は楽になるだろうし、それでよければ構わないわよ」

「鈴仙任せの上げ膳据え膳とはならないのが癪だけど、兎のついた餅を調理するのも面白そうね」

 

「明日の朝には雪も止むし、お雑煮はそれからね」

「心の次は天気も読めるのね、その次は何を読むのかしら?」

 

「天気は私が変えるのよ? 年末から降る雪のせいで輝夜がご機嫌斜めなの、寒いって煩いのよね‥それで、うちの上にある雪雲を散らす薬を作ってみたの。 一応飲めるように作ったけど飲んでみる? 灰雲さん」

「‥遠慮しとくわ、本気で散らされそうだもの」

 

 言いながら一つのフラスコを手に取り軽く振る永琳、真っ青で綺麗な薬に見えるが揺らされるとほんの少しだけ煙を立てた、少しだけモヤモヤと漂う青い煙、雲を散らして青空にするからその色なのだろうか?

 気になるが追求はしない。

 余計な事を言って飲まされたりでもしたら、それこそ顔が青くなりそうだ。




少し補足。

蓬莱飾り
関西の方ではおせち料理をそう言う事もあるらしいです。
ウィキペディアさんが教えてくれました。

くわい
百合根みたいな食感の植物です。
最初に大きな芽が一本出ることから「めでたい」にかけたものらしいです

金柑
皮ごと食べる小さいみかんといった感じの物。
財宝としての「金冠」とかけているそうです。

搗ち栗
搗ち栗は「勝ち」に通じることに由来、栗きんとんです。
きんとんは「金団」と書きまして金色の団子という意味で、金銀財宝を意味しており金運を願ったものと記されていました。

ちょろぎ
しそ科の植物、その根ですね。
酢の物で出すらしいですが、漬物が苦手なので食わず嫌いしています。
「長老木」「千代呂木」あるいは「長老喜」なんて漢字をあてて長寿を願うそうです。

それぞれよくあるお節の食材です。
おせち料理はゲン担ぎで色々意味があって面白いです。


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