東方狸囃子   作:ほりごたつ

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鐘を撞いて払われる前に そんな話数


第百七話 恒例行事は変わりなく

 薄く積もった初雪のせいで夜中だというのになんとなく明るく感じられる迷いの竹林、林を見上げれば緑の竹にすこし積もる白が映えて見た目に美しい姿となっている。雪自体は降り止んでいるが葉に積もった少しの雪が偶に吹く風に飛ばされて、量も場所もランダムに降ってきている。

 我が家を出る頃には既に降り止んでいてコートを羽織って前を締めるだけで出たのだが、その不意に降ってくる雪が首筋から入って背筋を伝わり肩を竦める事になったので、今はフードも被り視界悪く歩いている。フードに付いた白いファーのせいでいくらか視界が悪くとも、ここはあたしが幻想郷に来てからすぐに住み着いた歩き慣れている土地、名の通りに迷ってしまったりする事なく、通い慣れた獣道を人里方面に向けて歩んでいる。

 

 毎年恒例となっている八雲の式とのサシの愚痴吐き飲み会、夏頃に主にフラれてからそれ以降は主も式の方も顔を合わせることもなくて、今年は無い物だと思っていたが、数日前に式の式が例年よりも早めに言伝を届けてくれた。届けてくれた橙に礼を言って予定日まで何事もなく過ごしていたが、いざ当日となると少しだけ足取りが重い。

 主にはフラれたが式には直接フラレていない、例年通りなら今夜も式しか来ないのだし気にする必要もないとは思うのだが‥‥それでも結構気になっていて、誘いだけで本人がいなかったり式にもフラレたりしないか、不安なままに屋台に向かっていた。

 あの時に余計な事を考えなければ、秘めたモノは秘めたままにしておければこんな風に悩むこと等なかったのかもしれない、いつもいつも曖昧な物言いしかしないくせに、慣れない誓いなど立てるんじゃなかったと、珍しく悔やんでいる。

 足を動かす度に立つカサカサという足音、これみたいに乾いた感情で常にいたつもりだったが、いつの間にか変わっていたようで‥‥あたしの感情も竹葉の上に降り積もった雪のせいで湿気ってしまったらしい。煙のくせに、心に宿るモヤモヤとしたモノを鬱陶しく感じてしまい、どうにか晴らしたいなどと考えている‥‥晴れれば少しは楽になる、そんな保証もないというのに。

 

 心を曇らせる霧が晴れぬまま歩いていくと見慣れた赤提灯が見えてきた、けれどいつも先にあるはずの九尾の姿はなく、屋台の長腰掛けには誰も座っていなかった。始まりも気まぐれで交わした口約束だったし、終わるときも気まぐれで終わるものなのかね?

 結局式にもフラれたかと、何故か分からないが席にいない事に素直に納得し、屋台の暖簾を潜った。

 

「ただい‥‥ま?……なんでそっち側にいるの?」

「おかえり。女将がお揚げを切らしてしまってな、買い出しに出るというので炭を見ていた」

 

「買い出しなら貴女が行けばいいじゃない! いつもなら気を利か‥‥」

「なんとなくだ、どうした? そんなに慌てて」

 

「慌ててなんて‥‥」

「いないと思って慌てたか? そんなに気にしてくれているとは思っていなかったな」

 

「‥‥そうね、いないと思って諦めて自棄酒でも‥‥そう思ってたのにいるんだもの」

「本当にどうした? 何も言わずに交わした約束を破るほど紫様も私も狭量ではないぞ?」

 

 いないと思って気を落とし姿を見て動搖を隠せないあたしを見ることなく、パチっと音を発てている炭を眺めながら正論を吐いてくる 金毛九尾の狐 八雲藍

 暖簾を潜る姿勢そのままで固まってしまっているあたしに座らないのかと、まるでこの屋台の店主かのように促してくる。促された言葉には返答出来ず、指定席である長腰掛けの一番右端にどうにか腰掛けて、かぶっていたフードを捲り上げてから軽く頭を振ると、耳元で鎖が鳴る。

 最近は当たり前に聞いている音だから意識していなかったが、藍に心を乱されていつもとは違った心境になっていたからか、久々に聞こえた枷の音を意識する事が出来て少しだけ落ち着くことが出来たが‥‥それでも冷静さを取り戻せるほどではなく、取り繕うこと等出来ずに本音を漏らしていた。

 

「口約束だったし、紫さんにはフラれたし‥‥もうないと思ったのよ」

「フラれた? 紫様相手に色仕掛けでもしたのか?」

 

「聞いてないのね‥‥ならいいわ、忘れて」

「私は忘れても構わないが、後ろの者は興味津々といった顔をしているぞ?」

 

「後ろって……おかえりなさい」

 

「ただいまアヤメさん、藍さんも助かりました」

「いや、私の方こそすまないな、炙ったお揚げが食べたいなど無理を言ってしまって」

 

「ん? 女将が切らしたって‥‥」

 

 動搖を隠せない瞳で藍を見つめてそう言うと、片側の口角を上げて瞳を輝かせる妖獣の頂点…どうやら綺麗に化かされたらしい、珍しく傾国の美女らしい妖艶さを見せてくれた。

 藍にしてやられる事なんて長い付き合いの中で一度もなくて、少しだけ長く呆けてしまった、目を泳がせて口を開き呆けるあたしはマヌケな顔でもしているのだろう、怪しく笑う九尾の女将とその横で楽しそうに笑う夜雀の女将。

 静かな竹林の中に広がる夜雀の綺麗な笑い声がどこまでも響いてしまっていそうで、それがあたしの失態からの笑いだと気づいて‥‥人間であれば耳まで真っ赤になるほど紅潮してしまった、酷く動搖してしまい俯くことすら出来ず、二人の視線と笑い声に耐えられなくなりそうなところまできて急に落ち着けた、恥ずかしさに負けて自衛のスイッチでも入ったのか、開き直った気になったらしい。

 自身のことなのにらしいなんて曖昧だが、自分でもここまで恥ずかしさを覚えることなんてなかったためらしいとしか言えなかった、それでもいつまでもこのままでいてはそのうち逃げるように立ち去る自分しか見えない、とりあえず開き直ったのならそれらしくと考えたが頭が回るはずもなく‥‥気がつけば気分に任せて思いを曝け出していた。

 

「‥・しかったの」

「声が小さくて聞こえないな、なにか言ったか?」

 

「嬉しかったのよ! フラレて見なくなったのに言伝は変わらず届いて、来たら藍は座ってなくて…すっぽかされたと思ったらいるし、藍は聞いてないって言うし」

「おぉ、アヤメさんが変だ‥‥いや、いつも変な事しか言わないんだけど」

「言い得て妙だな女将‥‥文法も何もあったものではないぞ、少し落ち着け」

 

「いいの、もうスッキリするまで言いたい事を言ってやりたいようにすると決めたの‥‥面倒くさいとか知らない、藍のせいだし最後まで面倒見なさいよ」

「最後まで? また介護してほしいのか? 今はあの付喪神がいるだろうに」

 

 開き直ったつもりが再度藍の言葉で揺れる、しかしこの搖れは別の揺れだ。

 あたしは阿呆か‥‥何で知っているのかなんて聞かなくてもわかる。

 藍の主は覗き魔妖怪だった、姿や気配を感じなくても何処かから見ていたのだろう。

 知り合って何年経ったのかわからないくらいなのに、時には一緒に覗き見したり仕事をしたり、世界作りなんてのもしていたのに……何故今の今まで気にしていなかったのか?

 式になってもいいと言ってみたがフラレてしまったし、愛しい幻想郷をひっくり返そうとしたアレを二度も逃しているから呆れられたと‥‥顔を合わせる必要もなくなったと、勝手にそう考えていたがそうではなかったのか?

 いかん、顔が綻んでしまって止まらない‥まだ席についただけで一滴も飲んでいないのに顔も熱くて耐えられない。

 酔った振り‥‥徳利は……置いてきた、ダメだ逃げ場がない。

 このままだと先ほど思った通りになりそうだ、藍の顔を見られない。

 笑う二人の声を逸らし、向けられる意識も逸らしているのに全くもって効きやしない‥‥使えない能力だ。

 手がない‥‥限界か、逃げるか?

 ‥‥いや、開き直ったはずだった。

 既に自分で逃げ場を潰していた、もう‥‥どうしよう?

 

 いいや、やっぱり逃げよう。

 

 どうすることも出来ずいたたまれず、素早く席から立ち上がり掛けた時にいつもは端に座る九尾が隣りに来て、肩を抑えられてしまい再度着席させられた、抑えられて座り直したあたしの隣に座ってきた藍、腰から生えている尻尾をあたしの尻尾に絡ませてくる‥‥これは‥‥本格的に逃げられなくなってしまった。

 

「最後までと言ったのはアヤメだったはずだが、何処へ行こうというのだ」

「耐え切れないから逃げる、つもりだったんだけど‥」

「そうですよ、年一回だけなんだからちゃんと落としていって下さいな」

 

 そうだった、年に一度の事だった。

 今日を逃せば奢りの酒は来年の今頃まで飲めない。

 それに主から何も聞かされずに来ている藍からすれば愚痴を吐く相手が理由もわからずにいなくなってしまう事になる。少し取り乱しすぎたと自分でも理解している、けれど逃げ出したい程嬉しくて‥あれほど胡散臭いだの、顔を見れば帰れだの言っていたのに、いざ見捨てられていないとわかるとこうも嬉しいものか。

 だめだ、今はこっち方向の事は忘れよう。

 浮ついてるのには慣れきったつもりだったが案外そうでもないものだ。

 とりあえず…飲むか、タダ酒たらふく飲んで忘れよう。

 

「女将、雀酒‥一升枡で」

「最初から飛ばしますね、それに普段は頼まない雀酒なんて‥後で知りませんよ?」

 

「今日は高い物から空ける事にしたの、効果の方もどうでもいいわ。最後まで面倒見させるし、藍も付き合って飲みなさい」

「確か踊らずにはいられなくなるんだったか? 霊夢や霧雨のが酷いことになっていた覚えがある、構わんがいいのか?」

「いい、付き合いなさい」

 

 普段は屋台の飾りにしかなっていない一升枡、それを手に取り女将に差し出す。

 苦笑して受け取り一度水で流してから並々と注がれる夜雀女将特製の雀酒、女将が数百羽もの雀達を手懐けて復刻させた、伝承にある最古のお酒だ。女将が言うには天帝様から直々に許された由緒あるお酒らしいが今は割愛する、語れば頭が冷えてしまいそうだしそうなったら本気で逃げ出してしまいそうだ。

 そうなる前に酔っ払ってしまいたい、枡いっぱいに注がれ水面を煌めかせる雀酒を少しずつ吸い、持てるくらいまで減らして一気に煽り飲み干した。

 味はよくわからない、とても美味しいお酒のはずなのだが今はよくわからなかった、何も言わずに三度枡を突き出してその度に注がれ飲み干す、自棄酒にするには勿体無い上物だが、この際仕方がない。

 藍にも付き合わせて同じように飲ませていると、五杯目で女将がノセてきた。

 

「いい飲みっぷりねお二人さん、おかわりは?」

「フゥ‥‥おかわりよ! もういいの、今日は面倒くさいを極めると決めたの‥それにあれよ? 普段囃子立てる事しかしないあたしが舞うなんてレアよ? 滅多にないわよ?」

「五杯続けて一気とは豪快だな。しかし前者は兎も角として後者は見てみたいものだ、人に色を覚えろと言うのだ、それらしいのを見せてくれるのだろうな?」

 

「あら、そっちが知りたいなら床で踊る事になるけど‥珍しく付き合ってくれるの?」  

「紫様からは戻らなくともいいと言われているし私は構わんが、付喪神に嫉妬されても私は責任とらんぞ?」

 

「そうなったら雷鼓も混ぜるわ、多分嫌いじゃないはずよ? 興味あるみたいだし」

「そうなのか? それはそれは‥‥昔を思い出してしまいそうだな」

「私は遠慮しますね、狸と狐に喰われるなんて冗談にもならない」

 

 勢い良く飲んで酒に飲まれたからなのか、互いに早くから酔ってしまったらしい、普段はノッてくることなんてない藍が縦の瞳孔を開き輝かせる、怪しく輝く九尾の瞳とそれと同じく光らせるあたしの瞳。

 片方はいつも冷静沈着で乱れることとは無縁の従者、もう片方は常にやる気のない眠たい瞳をしているあたし、六杯目があたしの枡に継がれるとそれも一気に煽り微笑んで見せる、それに釣られて藍も枡を煽り、更に注がれたおかわりも同時に煽って飲み干した。本来ならこれくらいで酔うはずもない二人だが、あたしは酔うと決めて飲んでいるためいつも以上に回りが早いようだし、藍も愚痴を吐く相手が潰れる前に一緒に潰れる算段のようだ。

 付き合わせている女将には申し訳なく思うが、偶にすら見せない溺れる姿を晒しているのだ、その代金としては十分だろう、謝罪代わりの心づけじゃあないが後で蓬莱ニンジャやいい香りのする狼女にでも話して笑い話にでもするといい、今夜は阿呆でいくと決めたから後でどうなろうが知ったことではない。

 

 六杯目の雀酒を飲み干して七杯目からはちびちびと飲む、肴に出されたおでんタネを少しつまみながら、共通する誰かに対しての愚痴も忘れずにこぼしながら。

 グチグチネチネチとあたしがこぼすとその全てに対して訂正する藍、九本の尻尾を揺らしてそれはこうだあれはこうだと返してくれる、何を言っても返してくれてきちんと話を聞いてくれる八雲の式様、まかり間違えば同僚になっていた相手。

 二人で話して女将が笑う空間の中、ほんの少しだけ残っていた冷静さで考えた、あたしはフラれたのではなく、愛しい式がこうやって愚痴をこぼす為の外の手飼として残したのではないのかなと、それならいいなと。

 

 女将の用意していた雀酒を飲み干して他の酒に切り替え、それも飲み干して四銘柄がなくなった頃、時間で言えばもうすぐで夜明けという頃合い、最初に飲んだ雀酒の影響が出始めてもおかしくない時間帯まで二人で飲み明かし、そのまま主の元に帰さずに持ち帰った。

 正確には二人で肩を組み千鳥足だったのだが細かいことはいいだろう、帰宅すると案の定穏やかな寝息を立てていたドラマーを叩き起こして、三人で一つの布団に潜り込んだ。寝起でよくわかってない雷鼓を二人で取り押さえ好き放題に始めた辺りで、酒に当てられた意識が曖昧になった。

 翌日目覚めて覚えていたのは、叩かれるより噛まれる方がイイらしい‥‥という事くらい。

 

 余談だが、屋台から帰る最中に、

『今晩借りる』と隣に聞こえないように呟くと、

『一晩だけよ』と何処かから返答が聞こえた。

 例年より早い八雲からの誘い、もしやと思って呟いてみたがまだ起きていたようだ。

 返答した相手が誰か、わからない振りをして帰宅した。  

 







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