東方狸囃子   作:ほりごたつ

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ぽんぽこ ぽんの ぽん


第百六話 とあるお寺の囃子方

 昔々鈴森と呼ばれていた地があった、その鈴森という土地は迷いの竹林のように鬱蒼とした竹林が広がっていて、真っ昼間でもお天道様の日が届かなかった。

 薄暗くて陰気臭い、妖怪でも出るんじゃないかという気味悪さを持った土地。

 実際に妖怪が見られるという噂もあり、人によっては一つ目小僧やろくろ首、あずき洗いや垢舐めなんて妖怪を見たと騒ぐ者達が出るくらいだった。

 茂る竹林の影響もありほとんど人間が訪れない、動物や植物たちがでかい面して生きる人の住まない土地だったのだが、その竹林には一件の寺が建っていた。以前は寺に住み修行し本尊を祀る僧達もいたのだが、寺の周囲で毎晩聞かれる妖怪話のせいからか、訪れる参拝者も少しずつ減っていき最後には僧侶もいなくなった。

 このまま寂れて廃れていくだけかと思われた竹林の寺だったが、不意に訪れた一人の僧侶のおかげで少しずつ流れが変わっていった。何処か高名な地で修行でもしてきたのか、高い力を宿す僧侶、そんな僧侶が現れてから少しずつ妖怪話は減っていき寺を訪れる参拝者も戻り始めていた。

 

 これを良く思わなかったのが竹林で面白おかしく暮らしている妖怪達、偶に訪れる人間を驚かして楽しく暮らしていたのに邪魔をされては面白くないと、どうにかして寺から僧侶を追い出そうと考え始めた。

 ここで少し矛盾が発生する、妖怪のくせに偶にしか訪れない人間数人を驚かすだけで腹が満ちるのかと。はっきり言えば問題なかった、妖怪達は本当のところは妖怪ではなかったからだ。妖怪の正体見たり化け狸、ろくろ首や一つ目小僧は竹林に住まう少しだけ長く生きた狸達だった。化け狸とはいっても彼らは普通の狸に近くて狸らしい獲物が食えれば問題なく生き抜くことが出来た。

 妖怪変化はただの楽しみ、毎夜化けては訪れる奇特な人間を驚かすだけで十分だった…はずがいつの間にかこの竹林は我らの者だと思うようになってしまい、狸たちからみれば寺を盛り返していく僧侶は住処を荒らす新参者にしか思えなかった。

 最初は様子見していた狸達だが少しした頃、増えた参拝者を驚かして笑っていた頃に一つ手を思いついた、あの僧侶も驚かしてやって、逃げ出さざるを得ないように仕向ければいいと。

 

 思い立ったその晩から早速動き出した狸達、化け慣れた妖怪変化に姿を変えてあれやこれやと僧侶を驚かすが、そんな妖怪変化を見ても僧侶は驚くことなく小さく微笑むだけだった。

 しばらくは毎晩化けて僧侶の寝室で暴れてみたり、座禅修行中の本堂内を走り回ってみたりしたがそれも気にせずにいる僧侶、今までの人間のように驚かすだけでは逃げ出さない僧侶、初めて出会う驚き逃げない者をどうしたらいいか?

 狸たちが輪になり悩む中、竹林で一番の力を持っていた大狸が一つの策を思いついた、驚かすことが出来ないなら騒ぎ立てて寺に住んでいられなくしてやろうと考えたのだ、狸といえば腹太鼓。

 まん丸い腹を鼓に見立てて次の満月の晩から僧侶に対して囃し立ててやることとなった。

 

 すぐにやって来た満月の夜。

 腹太鼓の打てる者は陽気に叩いて音頭をとり、太鼓を打つには少し細い雌狸たちは音頭に合わせて唄を歌って、満月の夜をステージライトに見立ててた狸のライブが始まった。

 真夜中の月明かりの中で面白おかしく陽気に騒いで歌い踊っていると、寺の障子が少しだけ開き寝ていただろう僧侶が顔を出した。やっと釣れたと楽しくなってしまい、最初の目的であった追い出すことは二の次となってしまった狸たち、釣れた釣れたボウズが釣れたと陽気に騒いで楽しく歌っていると、僧侶が寺から何を携えて出てきた。

 縁側に腰掛けて携えたもので何をするのか?

 演奏し歌いながらもボウズに注目する狸たち。そんな少しだけ同様してズレてしまった音頭を立て直すように、肩に担いだ鼓を打ち始めた僧侶、その音を聞いた大狸、狸相手にお囃子勝負を仕掛けてくる僧侶を面白がってしまい、腹太鼓と鼓の打ち合い、音頭の取り合いとなってしまった。

 しばらく続けても決着がつかずに体力が限界に達すると、今晩はこれまでというように一斉に引きを見せる竹林の狸達、僧侶の方も感づいたらしく、最後の一匹が寺から逃げるのを見送り誰もいなくなった庭で一つ、ポンと打って本堂へと戻っていった。

 それからさらに三夜続いて、その度に狸たちと僧侶の音頭の取り合いは続いた、どちらも面白がってしまい追い出すことも退治することも考えていない者達、そのうちに互いに微笑んで太鼓を打つようになっていた。

 

 しかし4日目の晩に変化が起きる、そろそろ来るだろうと鼓を携えて待っている僧侶だが狸たちは一向に現れない。不思議に思いこっそりと寺から抜け出すと腹を射られ血を流す瀕死の大狸を見つける。場所は毎晩演奏をしていた庭の塀を越えた辺り、今晩も演奏をするつもりで来たところに運悪く軍場通いの参拝者でもいたのだろう…矢を受けて血を流し弱る大狸、そんな姿の狸を不憫に思い僧侶が寺へと連れ帰った。

 意識なく最早手遅れと思えた大狸だったが翌朝には何故かピンピンとして庭先で横になっていた、大狸自身も何故生きているのか不思議に思ったが毛皮に残る燻されたような匂いから、寺内で清められ法力か何かで助けられたのだと悟った。

 

 それからしばらくして更に力を蓄えた大狸、すっかり一端の化け狸となり人の姿も取れるようになった頃、あの時に生きていた僧侶は既に亡くなっているだろうがそれに関わりある者がいれば、その者に恩を返そうと再度寺を訪れた。物売りに化けて寺を訪れるとやはり僧侶は死んでいたようで、後を預かっている僧侶によく似た尼公にある物を格安で売りつけた。売りつけた物は唯の茶釜、そこいらの町に行けばいくらでもある唯の茶釜を狸はこう言って売りつけた。

 いくら汲んでも尽きない茶釜、小さな力だが参拝者に振る舞うには最適な茶釜だと言って尼公に売りつけた。言葉巧みに売りつけられた茶釜だったが尼公は綺麗に騙されたようで、小さな事でも参拝者にはありがたいものだ、福を分けるような茶釜だと言ってこれを分福茶釜だと銘をつけて、今後寺で大事に使わせてもらうと穏やかに笑み狸に礼を言った。

 物売り狸も返事に喜んだが少しだけ約束させた、使う時は夜に茶を沸かす事と直火にかけてもいいが必ず蓋は閉じるようにという約束。それくらいならいつまででも守れると笑む尼公を信じて物売り狸は寺を出た‥‥ように見せかけた。その晩物売り狸は寺に忍び込み売りつけた茶釜に宿った、売りつけたものとそっくりだが横に一筋縞の入る茶釜。

 狸の恩返しとは尽きない茶釜を売ることではなく、茶釜に化けて力の続く限り寺を守り続けるという物だった、一度は失いかけた命、それを拾ってくれた縁者に返し守るのなら誇りある化狸としてやり甲斐があると考えての事だった。

 しばらくの間は狸の約束も守られていたのだが、寺の尼公が集まりに呼ばれしばらく留守をしている時に一つの約束が破られてしまった。

 直火でも構わないが必ず蓋を閉じるという約束、修行に来ていて茶釜を任されていた小僧がこれを忘れて蓋をせずに火にかけてしまったのだ。いくら力のある化狸だといっても、自身の定めた用法以外で使われてしまうと妖力で庇いきれない部分がある、この大狸は蓋を閉じてもらうことによって自身の力を内に閉じ込めそれをお茶に変えていた。

 それが蓋をされずに火にかけられては力が流れてしまい、妖気は流れ、水は沸騰し続けて枯れていき、最後には茶釜本体を焦がすことになってしまった。たまらず変化を解いてその場は逃げた大狸、火傷が癒えてどうにか戻れる頃に再度寺を訪れてみると、狸の力などない先に売りつけた茶釜を使う尼公の姿があった。

 恩を返すつもりが騙すだけになってしまったと落胆し、全てを正直に話そうと再度物売りの姿を成し尼公に向かって懺悔した大狸、全てを聞いた尼公は騙されたと激高すること等なく、十分に恩は返してもらったから後は好きに生きてくださいと謝る狸を許した。

 仇で返してしまった物を再度恩で返されては立つ瀬がないと、今後も寺を守り続けると尼公に向かい誓った大狸。

 それならばと尼公が言った事、自分はもうすぐ都へと出立してれに戻ることは叶わない、私の代わりに寺を守ってくれるならそれ以上の恩返しはない。

 そういって狸に向かい頭を垂れる尼公、そんな姿に心打たれた狸は何があっても守り通すと誓いを新たに尼公を起こした、しばらくして尼公が旅立った後、大狸はあの時の誓いを守りその後も寺を守ることになった。

 

 

「…なんて話だったらどうする、小鈴?」

「とりあえず聖さんに鼓を渡しますね」

 

「冷静ね、面白くないわ」

「いえ、読み聞かせていた話と随分違うので信憑性が」

 

「あら、事実は小説よりも奇なりっていうじゃない」

「それでもですね‥事実って‥‥え?」

 

「おっと、滑らせたわね」

「どれなんです? アヤメさん? ねぇ?」

 

 二人で並んで見守る舞台、舞台の内容は分福茶釜。

 小鈴が里の子供に読み聞かせていたものを舞台にしてやってみようという思いつきから始まった物、狸の話と聞いて小鈴と並んで遠巻きに眺めている。

 話の主役、祐天上人に扮したのは妖怪寺の魔住職 聖白蓮和尚。

 この話の和尚役をやるにはうってつけだろう、人間達の間では法力の高い修験僧だと言い伝えられていて、その通りに書物や絵本になっているが、実際は僧侶喰いという妖怪に身体を乗っ取られてしまっていて、外見は人間のままだが中身はほとんど妖怪だった‥‥という体にしていたはず。

 まぁいいか、細かいとこは気にしない。

 聖の方に話を戻すとして祐天上人も言うなれば妖怪僧侶、成り立ちは違うが今の聖とは近しい存在だろう、伝わる話が怨霊退治やら幽霊退治ばかりしかない事を怪しく感じたあの九代目が、住まいの書物を調べ直してみた結果わかった事だ‥‥テキトウにはぐらかして伝えておいてよかったと今実感している。

 それにしても悪くないキャスティングだ、自分で言うのも何だが真似されてもそう悪くない相手だと思える、いつも冷静で笑みを絶やさない辺りなんかそっくりだ。敢えて違いを述べるなら、あのライブで披露したのは分福ロックではなかったって事くらいかね。

 それでもその辺りが聖らしさか、響子ちゃんの鳥獣伎楽も表には出さず応援しているようだし、自分もあんな風にやってみたかったのかもしれない、さすがに三味線掻き鳴らして念仏唱えるまではしないが、三味線ロックもそれなりに楽しそうだ。ああやって楽しんでくれるなら、あたしの黒歴史もそう悪くないと思えた。

 寺を大狸に任せた後にマミ姐さんの所でうっかり口を滑らせてしまい、身内を謀るとは何事かと大層叱られて大泣きさせられたのはあたしの黒歴史だ、あの時は素直に泣いて謝ってどうにか許してもらえたが、再度口を滑らせてしまい隣で煩くなってしまったこの子はどうするかね?

 

 ふむ、真似されたんだしあたしも真似するか。

 三味線は鳴らせないが、口三味線は十八番だ。


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