霜月ももうすぐ終わり、後十日も過ぎれば師走に入る冬の幻想郷。
今年も春のように微笑む大寒波がどこからか訪れて寒気を強化し始めたが、まだまだ雪を降らせるほどには至っておらず寒さが厳しくなってきた程度の幻想郷。
冷えてきた風が靡くそんな中、羽織っていただけのコートの前を締めてフードを目深に被り、すっかりいつものと言える乗り物になったバスドラムに腰掛け、お空の上で座っている。隣で肩寄せ合って腰掛かけているドラムの付喪神、その赤い髪が冬場の冷たい風を左手側から浴びてあたしの狭い視界に度々混ざると、白いファーと赤い髪が紅白を彩ってくれる。
そんな視界に入る紅白がこれから向かう先にいる誰かの格好を思い起こさせてくれた、想起ついでに、あの少女が今頃くしゃみでもしていればいいなと想像してみると意外と面白く、隣に気がつかれないくらいの小さな声で一人クスリと笑ってしまった。
北風のおかげか、その声は届かなかったようで、風に負けずにふよふよ漂い飛んで辿り着いたのは妖怪神社、真っ直ぐ境内には向かわずに長い階段の途中に降り立つ。巫女にはこれといった用事はなかったが、雷鼓を連れて人里へ買い出しに行った時に耳にしたある噂が気になり時を見て訪れてみた。どこが出処かは知らないが確実にないと言い切れる噂、博麗神社が繁盛しているらしい‥‥んなわけあるかと大笑いしたが、その時一緒に聞いていた雷鼓からもその噂の話を聞く事が出来た。なんでも、今年は
あたしが知らないのに一緒にいる雷鼓が何故知っているのか?
どこか遊びに行った先で天狗の新聞でも読んで知ったのか、そんな事を問うてみると、酉の市に九十九姉妹が遊びにいって随分楽しんできたらしい。あっちの姉妹は雷鼓に比べて随分とアクティブだと思う、が、細かいことはなんでもいいか、あっちもあっちでテキトウに遊んでいるようでなによりだ。
白のミニ・スカートと同色のロングコートを靡かせながら、だらだらと階段を上っていくと、視界に映っている大きな朱色の鳥居が更に大きくなっていく。
結構長い階段だと隣で文句を言うドラマーに、このまま歩いて近寄れば処々塗装が禿げて下地の木が見えている鳥居が迎えてくれるだろうと伝えると、さすがに神社の顔は綺麗にしてるんじゃないのかと聞き返されたが、それはないと言い切った。
偶には塗りなおしたりは‥‥しないのだろうな。
確実にやらないだろう、そんな事をする暇があるならお茶を啜ってるのがここの巫女だ、万一やったとしても、でかくなった飲兵衛小鬼がでかい刷毛で一塗りするくらいで終わりだろう。
そんな失礼な事を考えながら階段を上っていくと予想外に綺麗な朱の鳥居が迎えてくれた、つい最近塗り直されたような艶のある朱色で噂も変ならこれも変だと、立ち止まり鳥居を見ていると予想は外れねと微笑まれた。
微笑む雷鼓は置いておいて敢えて酉の市の開催日を外してきたのは何故か、後数日過ぎれば楽しい酉の市最終日なのにと、そう聞かれる前に語っておこう。
理由は簡単で、ただ少しゆっくりしたかっただけだった。
異変でやられた雷鼓もあれから会っていないらしく顔合わせぐらいしたいだろうし、巫女がお持ち帰りした針妙丸もまだいると思い少し会話がしたかった。
市の当日では騒がしくゆっくりなんて出来ないだろうし、下手をすれば客引きをさせられる、祭も客引きも嫌いじゃないが見知らぬ相手に尻尾振る気はなかったのでそれなら騒ぎの前に、それくらいの理由だ。思いつきで来たからか会話の中身なんて考えていないが、そんな事を常日頃から考えて話す者なんてほとんどいない、行き当たりばったりにテキトウにからかって笑えればそれでいいと思っていた。
考え事をしながら階段を上がるともう天辺の鳥居前、鳥居のど真ん中を潜ろうとする雷鼓の手を取り一瞬引き止めようとしたが、付喪神も名の通り神様なのかなと思い直して引き止めようと伸ばした手を離した。小さな疑問を浮かべながら見つめ返してきた雷鼓になんでもないとだけ言って、二人並んで手水舎で清める。これで穢れを払うんだと簡単に説明すると妖怪なのに払っていいのかと、正論で反論された。
今まで払われたことがないし、指先ぐらいならすぐ生えるから問題ないとテキトウに答えて、ついでに雷鼓は外の魔力で生きているから問題無いはずと言ってみると、おっかなびっくり柄杓に触れていた。
変な所で可愛らしい。
それほど広くない庭先を埋めるようにして配置され、地面に折りたたまれているテキ屋の屋台を横目にしながら二人並んで五円玉を投げ入れる、聞き慣れたカコンではなく金属同士のぶつかる小さな音がした、銭同士で縁をぶつけ合わせて鳴り合うなんて、生意気ね妬ましい。
二拝二拍手一拝は教えなくても知っていた、柏手を打つ等少しでもリズム良いものはそれなりに知っているらしい、本当は
一度どこかで祀られたらしいからねと、詳しい理由をテキトウに答えると、神様だったのかと驚かれたが、その気はないし神気もない名亡実亡の唯の狸だと言い返しそれ以降は答えなかった。
あたし達のそんな声を聞いてきたのか、本来なら神社を掃き清める為の物に跨る少女が社務所から現れて声を掛けてきた。
「どうせ来るなら市の日にしろよ、そして私の店で金落としていってくれ」
「神社だとあたしが払ってもらう側なんだけど、それに魔理沙と違ってガラクタ集めの趣味はないわよ」
「おいおい、霊言あらたかなマジックアイテムだぜ? 買っておいて損はないさ」
「元、でしょうに。小槌に釣られても成りきれなかった哀れなガラクタ、ちがう?」
「商品見もせずなんでバレるんだよ、少しくらい化かされてくれてもバチ当たらないぜ?」
「狸を化かそうとするなんて将来が楽しみね‥泥棒が売るなんて盗品かガラクタよ、魔理沙の盗む類の物なら売らないだろうしそれならガラクタしか残らない。バチなら雷鼓で間に合ってるわ」
「雷鼓って‥‥おぉ、異変で騒いでた太鼓か。アヤメにくっついて毎日叩かれてるのか?」
「毎回乗られているけど叩かれてはいないわよ、人間?」
確かにまだ叩いてないし乗ってるだけかと会話に納得していると、少しずつ頬を紅潮させていく黒白の魔法使い。赤いのはお前さんではない方の異変解決少女だと思うのだが、自分で言い出した事で赤くなるなんて可愛いな、雷鼓の言った『乗っている』は別の意味だがそっちで捉えるとは興味ありかね?
そういった物に手を出すには少し発育が足りない気がするが、青い蕾が好きな手合もいると聞く、咲く前に散らせるなど無粋で、あの花妖怪辺りからお叱りを受けそうだが‥‥ソレが好きなのもいるし、そういった情事はいつになっても難しいものだ。
黒白で赤い顔の人間と赤い頭でよくわかってない白黒妖怪は放っておいて、縁側で寛いでいる久しぶりに見た二本角にも挨拶を済ましておくか、見慣れていないだろう白コートにフードも被っている今の状態、近寄ってもぱっと見ではわからなかったのだろう、睨む目つきがちと怖い。
背に隠していた尻尾を振ると、すぐに目つきが穏やかなものになった。
「髪なんて括ってイメチェン? 可愛いわね、萃香さん。似合ってるわよ」
「お前こそ着物はどうした? 綺麗な白だが全身それじゃあちと目に痛いな」
「あたしはイメチェン、見立ては勇儀姐さんとあたし…そう睨まないでほしいわね、そんなに眩しい?」
「おうさ、ツヤッツヤで眩しいね! あいつも着せたり脱がしたり‥‥いつもいつも勇儀とばっかり楽しんでくれて」
「覗きなんて趣味が悪いわ、出てくれば混ざれたんじゃない?」
「曖昧な言い草だなぁアヤメ? まぁ仕方ないか、半分お前は寝てたしな」
「それじゃ萃香さん相手にして思い出そうかしら、同じ鬼だし似たようなもんでしょ」
「胸元見ながらそう言うんだ、覚悟は出来てるんだろうな? アヤメさんよぉ」
また覗いていたかもと少しカマをかけてみたが案の定覗いていたようだ、どうせなら顔を出してくれたほうが色々と楽しめたと思うのだが、鬼二人相手じゃ壊されて終わりかね。まぁいいか、機会はそのうちまたあるだろう、ソレはその時に考えよう。
あたしの軽口に対して頬を膨らませて答えてくれる、長い髪を一つに結って上げている不羈奔放の鬼、伊吹萃香
着ている黒系の着流しを腰の帯で引っ掛けているだけの艷姿、隠す必要もないくらいの絶壁に晒しを巻いただけの上半身は、そういったモノを好む輩がみれば堪らない姿なのかもしれない、あいにくあたしの趣味ではないが。
そんな大草原をニヤニヤと、意地の悪い笑みを浮かべて見つめていると笑ったままで拳が振られる、能力使って拳を逸らして笑みを崩さず顔を寄せると、ぷんすかと更に頬を膨らませる幼女の後ろに誰かが立つ。
つるぺったんな幼女の絶壁から視線を上げていくと、後ろに立つ誰かの顔を拝む前に鬼っ子の頭に乗せられたちびっ娘が目に留まった、腕組みし小さな体でふんぞり反る鉢かづき姫‥‥いや自称一寸法師だったか、また間違えるとうるさそうだし少しばかり注意しよう。
視線を姫の上に戻すと、幼女の背にいたはずのおめでたい誰かは何も言わずに下がっていて、姫を頭に乗せ終えたらちゃぶ台に戻りまたお茶を啜っている。嫌われているという助言はくれたのに嫌う相手を押し付けてくるとは、相変わらず何を考えているのかわからない巫女さんだ。
まぁいい、今日の尋ね人だしとりあえず少し構うか。
「久しぶりね。少し育った?」
「お陰様で変わりないわよ、わかってて言うの?」
「わからないから聞いたの、わかれば聞かないわよ?」
「なにその態度、また馬鹿にしてるでしょ?」
「あら、素直な態度のつもりよ? あたしは針妙丸の事がわからないのに、貴女はあたしの事がわかるなんて素直に驚いてるの」
「のらりくらりと…また馬鹿にしに来たのなら‥」
「ちがうわよ? 正直忘れていたくらいだもの、こんなにちっこくて可愛いのに忘れるなんてごめんなさいね」
「忘れ‥‥それにまたちっこいと‥‥あったまにきた! そこになおれ! 成敗するわ!」
はいはいと返答しながら、笑う鬼っ子の隣に腰掛けて頭の上に右手を差し出す。
腰に差した輝く針を抜き放ちあたしの手の平に思い切りよく突き立てようとするが、あたしの能力で逸らされてあちこちへ向かう針先に振り回される針妙丸。
手の平の上でくるくると振り回されて袖を翻させる小人族のお姫様、優雅とは言えないが小さな舞台で真剣に舞い踊るようにも見える手乗り姫‥‥遠くの空で始まっていた弾幕ごっこの振動に足を取られて、真剣な舞の途中でこけてしまったがそんな仕草も……なんとも、可愛らしくて堪らない。うっとりと見つめていると隣に腰掛ける鬼酒呑に笑われてしまい、微笑んだまま視線を笑い声の方に移した。
「可愛い顔をして私の前で忘れたなんて嘘をつくな、気に入ったのなら素直に言やぁいいんだ」
「半分は本当、こんなに可愛いって事を忘れてたんだもの」
「私を無視すんな! あ、煙草吸うな! 余裕か!」
「余裕ね、多分飲んでも刺さらないわよ? 飲むより目に入れたいくらいだけど」
「ッハン 入れてもらえよ針妙丸、私の前なんだし有言実行してもらおう」
「今年は兎も角、来年からは嘘つくのをやめるわよ」
「お、なんだいきなり? ま、なんでもいいさ。私に向かって宣言するんだ‥意味はわかってるんだろうな?」
「萃香さんこそ何を言うのよ、もう笑ったでしょ? だから言ってあげたのに」
「さっきから何の話!? いいからこっち向け! アヤメ!」
あたしの返答に少し悩む素振りを見せる小さな百鬼夜行、なんて事はない冗談だがその一言を噛み砕いている姿を眺めるのはいい。永遠のお姫様から頂戴する難題と比べれば本当に小さな事だが、それでも今はあたしの言葉だけを真剣に考える姿‥形は少し違うが独占欲とでも言うのかね?
直接的ではないが目の前で思ってくれている、この景色は中々に悪くない‥‥いつかも思ったが愉悦って感覚に近い、手の平の姫にしろ、こっちの子鬼にしろ、小さく可愛い者に思われてあたしは幸福者だ。
携えた煙管の火種が燃え尽きて縁側で一叩きした頃、何か思い当たったのか、広角を上げて再度笑みを見せる鬼っ娘が返答をしてくる、右手で暴れる小さきお姫様を鬼の頭に摘み返して、辿った答えを聞いてみた。
「私が鼻で笑ったから来年の話ってか」
「そういう事よ、今も微笑んでくれているし、来年も気持ちよく嘘つけるわね」
「全くもって口が減らん、勇儀はこんな輩の何がいいのかね」
「あらあら嫉妬してくれるの? そういう時は妬ま‥‥」
ケラケラと鬼を笑っていると、煩いと一言言われて売れ残りの熊手で頭を小突かれた、能力使って逸らしているあたしを誰が殴れるのか、誰かなんて言うまでもない。
さっきまで静かにこちら見ていた紅白の巫女さん、いつの間にこっちに来たのか。何からでも浮く能力使って近寄り殴られたんだろうが、体感すると本当に酷いなこれは。
気がつかないし手が出せない、出せたとしても相手は巫女さん、厄介なんてもんじゃない。
幸せを招く縁起物で五番目に縁起がいいあたしを小突くとは、初夢に出てやろうか?
それに煩いなんて随分だ、あたし以上に煩いのが空で遊んでいるだろうに。
あっちには何も言わないのかね?
いつの間にか始まっていた金髪黒白と赤髪白黒の弾幕ごっこ、こちらに向かう音を逸らして小粋な会話を楽しんでいたというに、不意の一撃をもらってしまい能力解かれて全部パァだ。
ドンドンゴロゴロと耳と体に心地よい振動を響かせてくれるドラム、それに対して無数の星を空に流す魔法使い。耳も体も視界もすっかりそれに奪われてしまって、もういいやと会話を切り上げ皆で眺めた。
準備も終わり静かなはずの酉の市最終日その前々日、今日あたりなら静かに過ごせるだろう、そう思って来てみたが賑やかな少女が集まるこの神社では静かに過ごすのは無理らしい。
祭の中日の小さなお祭、それを見上げて小突かれた頭を撫でた。
掘り返した単行本を読み返したせいで書籍ネタが続いてしまった。
そろそろ何か違う物を、なんて考えています。
胡散臭い丸サングラス萃香が可愛い。
登場キャラの多い回でしたね、誰がどこにいるのか完全には見つけきれておりません。