東方狸囃子   作:ほりごたつ

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第百四話 混ぜた結果の着地点

 昨晩突然訪れた招待状のないお客様、あの後はちょっとした話を肴にあたしの徳利を煽りながら朝まで話を続けてしまった。

 天子のやらかした神社を倒壊させた異変、誰かに構ってもらいたくて起こした異変、あれに偶々巻き込まれて神社で埋まって散々だったと言ってみると、あの時あそこに居たのが悪いと理不尽な事を言い切られた。それなら地震なんて起こさずに素直に構ってくれと頼めば良かったのに、そう返答してみると天人であり比那名居の娘である私が頭を下げて構ってくれなんて言えるわけがないだろ! と、我が家に来た時並に騒がれた。

 その声のせいで寝こけている付喪神が小さく唸って寝返りをする。起きるところまではいかなかったが、これ以上騒ぐと起きてしまいそうで口に人差し指を添えて軽く睨むと、言葉なく両手を合わせて軽く会釈する非想非非想天の娘。

 謝る頭はすぐに下げるくせに頼む頭は下げられないのか、意地悪に笑い問いかけてみると謝罪するときは心から謝罪するようにしたのだとほほ笑みながら返された。気まぐれで神社を潰しておきながら言う事は御立派だと笑ってやると、あの時ボコボコにしてくれた紫もヤバイ時には土下座した事があると、何処かから聞いたらしくてそれを少しだけ真似ているらしい。

 紫が土下座なんて、する時はするだろうが頭を下げてもいいくらいの対価を得られている時くらいだろうに。それをこの天人は何か勘違いをして心からの謝罪と捉えているらしい、それはそれでいいか、素直に謝ることが出来るのは功徳だ。

 仙人や聖人に近いが俗な心を捨てられない天人様、それが功徳を積むのは面白い。死を運んでくる死神を毎度毎回追っ払っていて輪廻の輪に戻ろうとしないのもある意味では功徳なのかもしれないな…悟りや涅槃とは程遠い輪からの離れ方だが。

 しかしこの不良天人が功徳ね‥‥そんな不徳な心を読まれたのか、一言ありがたい言葉を戴く。

 

『お前は在り方が偏っている、曖昧で漂い流されるのが当たり前になり過ぎている。煙なら上るもので霧ならいつか晴れるもの、それならそういう面も持つべきだ』

 

 地震の異変を起こした時に争った相手に言ったように、あたしに対してもそれらしい事を言ってくれる天子、小生意気だが少しだけ感銘を受け感心していると無い胸を張られた。

 張ってもペッタンコは変わらないと鼻で笑ってやると、ならペッタンコじゃないのを触らせろとセクハラされて押し倒される、テンションは高かったか酒も随分入っており、外もお天道様が朝の訪れを教えてくれる頃になっていた為、そのまま二人で倒れるように寝た。

 やんごとないお嬢様らしく寝ながら弄ってくるような面白いことにはならず、素直に隣で寝付くだけで何もしてこなかったが、強いて言うなら寝返りをうつ度に髪から香る桃の香りが甘くて、そのせいであたしの寝付きが悪かったくらいか。

 寝付きが悪かったせいか眠りも浅く、先に起きだした名ドラマーがあたしの布団を見ながら言った、なんで頭が二つあるの?

 その言葉と揺さぶりのせいで短い眠りから起こされてしまった。

 

「おはようアヤメさん、もう一人は誰?」

「おはよう、出来ればもう少し寝ていたかったんだけど‥‥これは桃の妖怪よ」

 

「桃の妖怪なんているのね、植物からなんて長生きなのかしら?」

「死神に早く死ねと命狙われるくらいには長生きね」

 

「なにそれ、長生きすると狙われるの? じゃあてゐも狙われてるのね」

「あれは運がいいから狙われてないわね、それに知り合いの死神は仕事しないから身構えることもないわよ、あいつは寝てばかりだし、あたしも眠いわ」

 

「今日は出かけるって言ってたから起こしてみたけど、起きないなら再度起こすわよ?」

 

 言うが早いかドラムセットに跨がりバチ、いやドラムスティックというのだったか。

 それを両手に構えて見せて、朝一番から気持よくビートを刻むといった顔で笑う付喪神。

 目覚まし代わりに使ったのは悪いとは思うがそれを目覚ましにされては随分とけたたましい事になってしまう、あっちが起きると煩いからそれは勘弁してくれと苦笑しながらお願いすると、起きたのなら勘弁するかと朝一番の名演奏は取りやめてくれた。

 目覚めたついでにあたしの布団をひっぺがして代わりに太鼓の布団をかける、なんで入れ替えるのか問われたが桃の匂いが移れば心地よく眠れると返答すると、桃妖怪は匂いも桃なのかと鳴らない鼻を鳴らしていた。

 

 睡眠時間は兎も角とりあえず目覚めたし着替える事にして、寝間着を脱ぎ捨て下着とスカートを履いていると途中で雷鼓に問いかけられた、寝間着の下には履かないのかと、はっきり履かないと言い切ると何も言われずそれで終わった。

 少し前まで素っ裸で寝ていたからかあまり下着が好きではない、今の下着は布面積が少ないからそれほど違和感無くいられるが、横になる時はなるべく身につけたくないため誰かがいようと履いて寝る事は滅多にない。見られるような状況には悲しいかな同姓しか居ないし気にすることでもないと考えていた。

 とりあえず下な話題はこのへんでいいか、変なところで声を掛けられたからか朝だというのに上半身が丸出しだ、同姓しかいないが露出趣味はないしさっさと着替えて出かけるとしよう。

 

 出立前に雷鼓から今日はどこに行くのかと聞かれたので素直に妖怪のお山だと答えると、銀杏拾いの時の自分の匂いでも思い出したのか、嫌な顔をしながら今日はパスすると言い出した。

 今日は拾い物ではないと追加で伝えてみたがそれでも態度を変えずバスドラムに腰掛けて、軽く手を振りながらお山とは逆の方向へと飛び立っていった。方角的には人里や妖怪神社のある東の方向、場合によっては太陽の畑辺りかね、好きに遊びに行ってくれるようになりなによりだ。

 雷鼓は見送ったし桃は起きてこないし、あたしもそろそろ出るとしよう。

 

~少女移動中~

 

 冷たく澄んだ空気を少しだけ体に受けながら気持ちのよい青空の中を飛んでいく、今日は呼ばれているわけだし視線や意識といったものは逸らさずに、この身に感じる寒気だけを少しだけ逸らし飛行している。

 向かう先は妖怪のお山の麓の川縁、何が原因で起こったのかわからないが突然地滑りが起きてしまって川がせき止められてしまった所を目安に飛んでいく。

 随分前に河童がやらかした山を削ってのダム作りに何処か似ている気がするが、今回は自然が勝手に地滑りしてせき止めているだけで河童は直接的には関わっていないらしい。

 なんでまたそんな何もない所へ呼ばれていて素直に向かうのかと問われれば、察しのいい人なら気がつくだろう、敬愛する土着神に呼ばれているからだ…言っている間に見えてきた御姿、カエルのように両手をついてしゃがみ込む名存実亡の神様の御姿。

 せき止められた川を見つめてしゃがみ込む祟り神様の背後に降り立つと、振り向きもせずに何かお話になられた。

 

「もう少し早く来れば慌てる仙人の姿を見られたのに、惜しかったね」

「あの人が慌てるのは偶に見るもの、そう惜しい物でもないわよ?」

 

「なんだ、それならからかう事なんてなかったな。ダム計画の真の目的がわかったなんて言うからさ、少し問い正してやっただけなのに‥‥随分慌てて面白かったんだよ」

「真の目的って信仰を得る以外に何かあるのかしら? 慈善事業? そんなワケないわよね」

 

「入りが違うからか話が早いなアヤメ、その通り。私達が信仰を得る以外で動く事などそうないね」

「そうよね、仙人様はなんて言ってきたの?諏訪子様?」

 

「あっちは神奈子の言ったエネルギー革命を怪しんでさ、それから考えたようだがそれなりには確信に近い物があった。さすが…」

「さすが仙人、ね?」

 

 横顔しかお見せになってくださらないがそれから見える片目だけでも表情は十分にわかる、言いかけた言葉を遮るように仙人と被せた瞬間、一瞬だけ蛇のような鋭い目になる洩矢神。

 一瞬見せた冷たい視線にゾクッと背を舐められる感覚を覚えるが、すぐに穏やかな瞳に戻られてダムを見つめ直される諏訪子様。

 カエルなんだか蛇なんだかよくわからない祟り神様、こっちは狸で喰ってきた側だというのにまかり間違えば取って喰われてしまいそうでなんとも恐ろしく面白愛おしい神様。

 

「今日は一人なの? 信仰稼ぎの為に作ってるダムなら神奈子様もいるかと思ったんだけど」

「東奔西走しているよ、人里での会議も控えてるし神奈子は結構忙しいようだ」

 

「それでケロちゃんは暇だからあたしを呼んだ、と」

「それだけでもないけどそれでいい、暇だから話相手になりなよ」

 

「ダム見物なんて素敵なデートのお誘いありがたいわ、開発予定地案内でもしてくれるのかしら?」

「残念ながら開発自体が中止なのさ、今回は場所選びが悪かった」

 

「下流にある人里の事?」

「そう、万一結壊でもしたら信仰心を得る為の人間が減ってしまう、神奈子に乗っかり勢いでやってみたけどもう少し考えるべきだったね」

 

 反省しているような事を口では言うが内心全く反省していなさそうだ、そりゃあそうだろうさ、ダム決壊という恐怖心を植え付けてそこから信仰心を得る。

 そういうやり方もあるし、この神様は大昔そうやって信仰心を得ていた。下手に共存なんて考えないで一方的に上から押し付けるやり方、古い諏訪信仰の正しい布教方法。

 この祟り神様からすればこっちの方が手っ取り早いだろう、それでも中止にするのは今は表の祭神様じゃないからかね?下手を打てば表の祭神様がやり玉に挙げられて信仰が消えて外の二の舞いになる。本来なら奉納される側におられるくせに二の舞い舞って消えるなんて神様としちゃあ滑稽だ、その辺気にしてやりたいようにやらない古代の祟り神。

 種族に関わらずどこでも身内には甘いらしい。

 

「我慢しちゃって辛そうね諏訪子様、ここはあたしが慰めてあげればいいのかしら?」

「本当は私がお前を慰めるつもりだったんだが、中止になったし慰めてもらおうかな」

 

「本当は? どういうこと?」

「いやなに、ここが機能すれば水力発電もって話だったんだ」

 

「発電、てことはエネルギー革命の一部だったって事よね」

「そうさ、ここが発電施設として機能すれば他が必要なくなる‥て事は?」

 

「あたしが狙われることがなくなる、か。確かにいい慰み話だったわ」

「な?『だった』だろう? 中止になって御慰み、お前も変わらず狙われて御慰み。いい笑い話だ」

 

 ケロケロと心から底意地の悪い声が聞こえて思わず視線を神様の背中から逸らすと、せき止められたダムの奥の方で何かを建設している河童連中の姿が目に入った。冬場に入ってすぐだといってもそれなりには寒い季節、そんな中でも水に濡れて作業するおかっぱ河童と白髪の河童。

 良く知る発明馬鹿なんて上着まで脱いで気合をいれているし、情熱注いで入れ込んでるから寒くないって事かね。なんにしろ精が出ていて元気なことだ。

 そんなに気合を入れて何を造っているのかと見れば、素材も河童らしい見慣れない金属製の物を使いそれを台座として組んで何か催し物でもやれそうな広めの舞台のような造り。その舞台の上部には、何か書き込めるような看板らしい物も取り付けられているし本格的に催し物用の舞台らしくなっているようだ。

 それでもこんな所でなにを見せるのか、一部削って滑り台でも備え付けて河童の川流しでも執り行ってくれるのかね?

 小さく聞こえる工事の音に耳をピクリとさせて枷を鳴らしていると、疑問を問いかける前に敬愛する神様がこれの正体を話してくれた。

 

「手前は元に戻すけど、奥は残してお堀にするのさ」

「お堀?釣り堀でもやる?」

 

「いやいや、見世物用の小さなものだ。河童の住処で見つかった怪魚がいてね」

「万歳楽か、あれを人寄せパンダに使うのね」

 

「パンダにしては瑞々しいがそういう事だ、中止にはなったが全部捨てなくてもいいと思ってね。奥は潰さずに置いておいた」

「そう‥‥なら名前は置いてけ堀って感じかしらね。ここは」

 

 上手い事言うじゃないかと褒められて上機嫌、確か実際に外の世界であったはずの七不思議かなにかのお堀、それが置いてけ堀だったはず。釣った魚を持ち帰ろうとするとどこからか『置いてけ』と聞こえるお堀、声の正体は河童だという説もあるし置いて行かれた魚は万歳楽の餌にちょうどいいし、ここはまさしく置いてけ堀だろう。

 我ながら上手く言えたと鼻を高くしていると、代わりの発電どうしようかと忘れていた事を思い出させてくれるありがたい洩矢神。実験されるくらいならあの舞台で万歳楽と一緒にショーでもやった方がマシ、そう思えたお山の初冬、祟神様と過ごすと良くあるほくそ笑む事のできる一時だった。 




タイトルが落ちでした。

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