東方狸囃子   作:ほりごたつ

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これまでで一番時間が進まない回かもしれません。




第百三話 天人三日会わざれば刮目してみよ 

 不意に目覚めを告げる揺れ、心落ち着く匂いと優しい暖かさの中で心地よく夢も見ずに丸まっていたというのに、ひんやりとした空気の中で突然起こされた。

 温かな布団の中で丸まっていた体を少しだけ動かし器用に頭だけ出して周囲を見る、少し揺れただけで何も景色の変わらない見慣れた我が家。それでも何かあるだろうと思い、隣で寝ている者がいる布団を睨む、最初に疑ったのは隣で静かに寝ているはずの重低音娘。こいつのバスドラムを地につけて響かせれば感じたような振動を響かせるだろうと、出した頭から白い吐息を立ち上らせて寝起きで睨む。けれど睨んだ先にあるのは布団が静かに上下する姿のみ、思いついた当たり先が真っ先に潰れてしまいやり場のない憤りを覚えるが、そのせいで余計に頭が回ってしまい完全に覚醒してしまった。

 寝間着で動くには随分と冷える真夜中、妖怪の時間。

 目覚めてしまったし仕方がないと、寝間着の上にコートを羽織り起こしてきたのが誰なのか確認するために玄関の戸を小さく開けた。

 

 開けた隙間から外を望むと、目についたのはあたしの視線よりも少し低い位置に浮いている桃、真っ暗な竹林の中に浮いている桃に気がついて翌々目を凝らして覗いてみる。

 寝起のぼやけた瞳の焦点が少しずつ合わさると、あれは帽子にくっついている桃だと理解できた。なんだ、空中に浮かぶ桃なら面白いのに唯の飾りだったかと、途端に興味を失い戸を閉める。

 が、閉まる瞬間に桃の持ち主の指を挟まれてしまい完全に締め切ることが出来ない。冬場の真夜中の空気は冷たく、指程度の薄い隙間からでも部屋の中を冷やしていくには十分な寒さだ。

 閉じられないなら仕方がないと手をかけ直して逆に開け放つ、逆方向に変わった力の流れに対応できなかったのか、指をかけていた誰かは戸の勢いと同じ速度であたしの視界から流れていった。

 これ幸いと再度戸を締め番を立てる、開けようとしてガタガタと揺れる戸を背にしながらコートを脱いで再度布団に入った。

 

 一度起こされて捲ってしまった羽毛布団は随分と冷えてしまってすぐに眠りに落ちるのは難しく、その冷たさと揺れる玄関の戸の音が重なりあたしの睡眠導入を邪魔してくれた。

 来るのは構わないのだがなんでこんな時間なんだ、いくらやんごとない立場のお嬢様でも少しは常識を身につけてもらいたい。そう考えていると寒気と揺れに合わさり騒ぐ音の中でも起きずに静かに眠る付喪神が視界に入る。こっちは起こされて不機嫌だというのに、クゥクゥと可愛らしい寝息を立てて穏やかに眠る赤い髪。

 可愛らしい寝顔だったが少しだけ苛立ったのでカンテラ油に火を入れて布団に足を引っ掛けた体で捲りあげると、身震いしながら一瞬だけ目を覚ました。ごめん寝ぼけたと心にもない謝罪をすると、勘弁してくれと布団をかぶり直した夢幻のパーカッショニスト 堀川雷鼓 

 それでも寝直すなんて豪胆ね妬ましい。

 灯りが着いたことに気がついたのか、外にいる阿呆が煩くなる。

『開けなさいよ! 寒いんだから! 早く!』

 なんて騒ぐ何処かの天上に住まう阿呆。

 こう五月蝿くては眠ることも出来ず致し方なしと戸を開けた。

 

「来てやったのに! なんなの!」

「帰ってくれていいわ」

 

「ちょ! なんでまた締め出すのよ!」

「煩い眠い煩い帰れ煩い面倒臭い付き合いきれない」

 

「煩いが多いのよ! 素直に入れれば騒がないのに!」

「時間を考えろって事よ、挨拶もない非常識を迎える事なんてないの」

 

「こんばんは! 早く入れて! そろそろ寒い」

「寒いのはあたしも一緒‥‥とりあえず入れてあげるわ」

 

 寝付く前まで着けていた燃え残りの炭に火をつけて火鉢を動かすと、灯りに群がる何かのようにそれに飛びつき小さくなる非想非非想処である天界住まいのお偉いさん 我儘娘 比那名居天子

 さっきまで自身で揺らしていた玄関の戸でもないくせにガタガタと震える不良天人、そんな非礼非常識な我儘天人を視界に捉えながら竈に火を入れ鉄瓶を火にかける。

 沸いた鉄瓶でお茶を淹れて天人に手渡さずに一人流しにより掛かり啜っていると、赤い瞳で睨んでくる、涙目にでもなっていれば可愛さに負けて注いであげるが、元から赤いこいつじゃ判断が出来ず渡せなかった。そんな天人様を横目にしながら二口目を啜ると、あたしの態度に耐え切れなくなったのか更に煩くなった。

 

「私のは!? 寒いって言ってるでしょ!」

「火鉢を独占させてあげてるのに、贅沢ね」

 

「いいから寄越しなさいよ!」

「お願いしますが聞こえないわね」

 

「お茶くらいで‥‥」

「お願いします」

 

「‥‥下さい、お願いします」

「これじゃあの人も大変なわけね」

 

 飲んでいた湯のみを手渡すと両手で受け取り暖を取る、日が出てから来てくれたなら迎えてやるし素直にお茶ぐらいだしてやるのに。謝る素直さがあるのだからもう少し回りを見てほしいものだ。本当に、と穏やかに微笑み帽子の触角を揺らす姿が脳裏に浮かぶ、あの時に頂いた忠告通りに余計な御礼を言うのはやめておこう。

 これ以上調子付かれては面倒くさいを通り越して呆れることしかできなくなる、そうなったらぶん投げてでも放り出したくなるがそれをやったらさらに手間だ。あぁもう、力ばっかり強くて他人の事を考えないこいつがいかに面倒くさいか‥‥同族嫌悪だとは思いたくない、さすがにここまで厚顔無恥ではない。

 はず。

 

「それで、こんな夜中に総領娘様は何しに来やがって下さったのかしら?」

「敬うのか馬鹿にしてんのかどっちよ!」

 

「両方よ、一言で済ますならこうなるでしょ?」

「…夜中に来たのは謝るから、起こしたのも謝るから普段通りにしない?」

 

「何を仰りやがるんですかね? 普段通りに小馬鹿にして差し上げてやってますが?」

「あぁもう! ごめんなさい! これでいいんでしょ!」

 

「謝るなら最初からこんな時間に来なければいいのよ、天子?」

「前はこの時間なら飲んでたでしょ!夜雀の屋台を覗いてもいなかったからこっちに来たのに」

 

 溜息ついて私は悪くないとでもいいたそうな表情を見せる非想非非想天の天人崩れ、悪いなんて思ってもないくせに謝るなんて天人にしては随分と頭が柔らかい。

 それでも言われて納得する事はできた、確かにに天子の言う通りで以前のあたしならこの時間は夜雀の屋台で管を巻いていた時間帯。なるほど、以前に話した事があるあたしの生活時間帯に合わせて遊びにきたのか、それなのにあたしにテキトウにあしらわれて五月蝿くなったと。

 それは申し訳なかった、素直に謝ってもいいところだ‥‥が眠りを邪魔されたのは別問題だしどうしたもんか、とりあえず何しに来たのかくらい再度聞いてみるかね。

 暇つぶしとはいっても何かしらの目的ぐらいはあるだろう、何もなく誰かの所へ邪魔しに行く狸じゃああるまいし。

 

「生活改善を始めたのよ。おかげでお肌の調子もいいし、やってよかったわ」

「そんなに利くの? 私もやってみようかなぁ」

 

「天子がやっても変わらないわよ? 毎日毎日桃しか喰ってないのに桃のような柔肌とは真逆じゃない」

「頑丈なだけで柔らかいわよ! 毎回毎回そうやって、桃ねじり込んでやりたいわ!」

 

「桃は難易度高い気がするわ、痒くなりそうで困るわね」

「何言ってんの?」

 

「うん、そういうところが天子の可愛さよね。それで何しに来たの?」

「褒められた? そんな事ないわね、いや、何か異変の元凶がいて一緒に暮らしてるっていうじゃない。行けば暇つぶしになりそうだなって」

 

 お目付け役の緋の衣なら引っ掛かって返してくる言葉でもこの娘は気がつかない、まだまだ初心だなんて言える年齢でもないくせに箱入り娘はこれだから困る。

 外界とは関わらない天界住まいだから仕方がないのだと思えるが、俗っぽい事が気になる崩れ天人様ならもう少し知っていても良さそうなものだが、空気を読んで敢えて教えないのかねあのお人は。それならいいか、あたしから知るよりあの人の口から聞いたほうが色々と恥ずかしい事になりそうで笑えそうだ。 

 

 それよりも今日の目的暇つぶし、元凶に会いに来たと言われて思うのはこの間のひっくり返る異変、その追加で起きた未だ目覚めない異変の元凶を見やる。灯りもつけて横で会話もしているというのに一向に起きる素振りを見せない雷鼓、本当に気がついてないのだろうか?

 狸寝入りしているだけではないのだろうか?

 狸の住まいに居候しながら狸寝入りなんて格好通りに洒落てるじゃないか、折角会いに来てくれたやつがいるというのに布団の上下する感覚を変えない付喪神。

 こちとら起こされて相手をしているというのにリズムを乱さない寝息を立ててくれて、細かい音はその耳には入らないのかね?

 都合が良くて妬ましいわ。

 しかし、起こしても起きないしどうしようか?

 代わりに紹介ぐらいしとくか、折角顔を見に来たのだし。

 

「そこで寝てるの、起きてこない赤いのがその元凶よ」

「起こすつもりで揺らしたんだけど、起きないのね?」

 

「演奏すると重低音響かせて回りを揺らしてるから、慣れてるのかもね」

「そんなもんなの?付喪神って聞いたけど皆そうだったりするの?」

 

「さぁ、あたしは狸だからわからないわね。起きれば聞けるけど起こすのもねぇ」

「私はもう起こさないわよ、これ以上やると今度はアヤメにボコられるもの」

 

「手荒な事は‥‥するかもしれないわ。で、それでさっきは揺り起こす程度の地震だったのね、聞いてる通り随分とおとなしくなったわね、天子ちゃん」

「ちゃんなんて気持ち悪いからやめてよ、これでも少しは気を使うようになったのよ? それなのに閉め出されるし寒いし」

 

 己の能力のままに神社を倒壊させた時には暇つぶしで人の事を埋めてくれやがってと気に入らない天人様だったが、今になってこうして話してみれば会話の出来る普通の少女だったか。

 以前に話した生活時間を覚えていてそれに合わせて行動し、テキトウにあしらわれても少しばかり煩くなる程度で、力業でどうこうしようという感じは見られない。気質を集める剣は今は持っていないらしいがそれなりに空気が読めるようになったのかね、付き人扱いされているあのお人の影響でも受けたか?

 それなら良い変化だ、出来ればそのままお淑やかになってくれると見た目通りのお嬢様になるのだが‥‥そうじゃないから天人崩れなんだったな、ならどうでもいいか。

 

 感心しながらお空の模様が映る綺麗なスカートに目をやるとどこ見てんのよと叱られた、履いているスカートのように気まぐれに怒り気まぐれに笑う有頂天娘。

 このへんが我儘天人と言われてしまう所以かね?

 態度もデカけりゃ力もでかい比那名居天子。

 そのデカさがもう少し胸元にいけばもっと魅力的になるのに、そう考えながら胸元見つめてニヤついてるとグーで殴られた、硬いんだから加減してくれ。




やっと出せた総領娘様、黄昏作品繋がりで新作に出たりしないかなと一人期待してます。


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