東方狸囃子   作:ほりごたつ

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お持ち帰りの土産 そんな話


第百一話 土産

 夕焼け小焼けのなんとやら追われてみたのはつい昨晩。

 地底の温かな地獄街道の一角にある酒場で仕掛けてやった意趣返し、ちょっとした意趣返しのつもりだったあの酒はいい酒だったと笑顔で言ってくれた。鬼の言葉に随分と満足しその空気に釣られて随分飲まされて、足腰立たないほどべろべろにされて機嫌よくお姫様抱っこされたまでは記憶にある。その後に目覚めて気がつけば、いつか火傷で動けない時にお世話になった鬼の住まい。

 やり返したまでは覚えているがその後が全く思い出せない、自分の酒でここまで酔うとはあの盃は恐ろしい。

 

 深酒した割にはすっきりしゃっきり朝を迎えて元気がいい、軽く伸びをし立ち上がる。

 伸びをして気がつく、障子が開いてて丸見えだと、朝だし他人の家だしと、いつまでも裸でいるのはどうかと思い、枕元に畳まれた服に袖を通す、替えの下着も持ってくればよかったかと少し後悔したが、泊まるつもりではなかったからその辺りは致し方ない。

 寝かされていた布団の乱れ具合からそれなりに楽しんだのだなとわかるが、それを全く覚えていないとは‥‥我ながら情けなく思うところだ。

 とりあえず着替えようと袖を通して立ち見鏡で整える、インナーと開襟シャツの襟元の丁度間の見えるか見えないか、微妙な位置の首筋辺りがほんの少しだけ赤くて、覚えてないがマーキングされたかとそれを撫でて薄く笑った。

 身支度整えて外に出る、汗ばんだはずが風呂に入らずともツヤツヤサラサラとした肌に地底の温かな風が心地よく、シャツとコートの前を開けて靡かせながら帰路に着いた。服だけ畳んで置かれていて寝床を共にしただろう相手はいない状態、腕枕の中でお目覚めとはいかなかったがこれくらいのさっぱりした目覚めも久しくなかったから、目覚めから気分よく動いて旧地獄を後にした。

 

 帰りに見つかった白狼天狗、いつかの御礼にと赤いボンボンの付いた髪留めを手渡す。意外と気に入ってくれたのか冷静な口調で感謝を言われて尻尾を揺らしてくれた、小さなお土産一つで喜んでくれて渡したあたしも嬉しく思う。

 このまま何処かへ出かけても良かったくらいのご機嫌だが、なんとなく汗臭いだろう髪が気になり一度住まいへ帰る事にした。住まいへと朝帰りをすると一人でお湯を沸かしてお茶を淹れている夢幻のパーカッショニストが今朝はいた、今日はこっちにいるらしい。そういえばこいつにも土産を買ったなと白いボンボンの付いた髪留めを渡すと、小さく笑んでバスドラムの金具部分に括りつけてくれた。

 髪留めなのだから髪にと思ったが、相手は付喪神だった。ということは本体の方で身につけてくれたのかとこれも嬉しく思えた、機嫌よく破顔してお茶を啜っているとあたしの機嫌の良さを訝しんだ付喪神が疑問を投げ掛けてきた。

 

「朝帰りでご機嫌なんてよっぽどいい事あったみたいね」

「イイコトしてきたはずなんだけど、覚えてないのが残念なのよね」

 

「覚えてないのに機嫌がいいって、なにそれ?」

「肌ツヤの良くなるような事だった、それくらいは覚えてるのよ」

 

「よくわからないけど羨ましいわね」

「羨ましいなら後で雷鼓も試してみる?」

 

「お、いいの? 楽しみにしておくわ」

「こちらこそ、誘いがあって嬉しいわ…乾く間もなくなんて堪らないわね」

 

 卓を挟んで会話をしているが前のめりになりこちらに顔を寄せる雷鼓、好奇心は猫を殺すという言葉を文字通りに体に叩き込もう。叩かれる物から成った付喪神なのだしきっとそういう方が好みのはずだ、色々と出来そうでそうなるのが楽しみで堪らない。

 妖艶に微笑みながら後の獲物の頬を撫でた後、帰宅と共に沸かし始めた風呂が良い頃合いになったので手早く入って汗を流した、こざっぱりと汗を流して一心地し下着を履き替え気を入れなおす。いつでも手を出せる雷鼓は後の楽しみとして今日はどこへと行こうか悩んでいると、行きたいところがあると思いがけない言葉を聞いた。

 

「出来れば人里の案内を頼めない? ちょっと行きたい店があるのよ」

「構わないけど何処へ行くの?場所によっては少し手間よ?」

 

「貸本屋で楽譜が見たいの、あそこなら色々ありそうだしそこまで案内頼めない?」

「鈴奈庵か‥‥いいわ、連れてってあげる」

 

「ありがと、コート似合うわよ」

「取ってつけたように言われると萎えるわね、やっぱりやめようかしら」

 

「その辺のリズムはよくわからないのよね、後でそれらも教えてほしいわ」

「それはリズムと言わず間と言うのよ、まぁいいわ‥‥機嫌もいいし今は許してあげる」

 

 後では知らないけどね。

 とりあえず今日の暇つぶしも出来たことだし新調した冬物でも見せびらかしに行きますか、鈴奈庵なら阿求もいるかもしれないし、あの子に見せればコートもあたしだと確実に覚えて認識されるだろう。そうなれば多少汚れようが穴が空こうが気分次第でいつでも戻せるようになる、居なきゃ居ないで雷鼓を本屋に捨て置いて屋敷に乗り込めばいいわけだし、どっちにしろ人里へは向かいますか。行けば逃げたと煩くなるだろうが、今までは話題にならぬよう意識を逸らしてテキトウに逃げていた‥‥が、今日は逸らさず雷鼓に任せる。

 話を聞きたいなんてああだこうだと駄々こね始めて、面倒な事になりかけたら雷鼓をさし出せば話は早い、風呂上がりの一服を済ませてバスドラムに乗り浮いている雷鼓の横に腰掛け人里へと漂い飛んだ。

 

~少女移動中~

 

 真っ直ぐ貸本屋に向かっても良かったがそうはせず人里の入り口で地に降りてそこからは歩きで進んでいく、行き交う人々に姿を見せるのとついでに贔屓の甘味処に寄り貸本屋への土産も手に入れたかった。楽譜が見たいと真っ直ぐに言ってくるくらいだ、もし良さそうな物があれば食い入るように見るのだろうし場合によっては買い取りもある。それなら少し袖の下を渡しておいたほうが交渉が楽だと考えて手土産を用意した。

 狸の姉ちゃんは着物でも洋服でも真っ白だなと言ってくれた甘味処の爺さんに、変わらず腹は黒いから大丈夫と言い返して、二つほど包んでもらった芋羊羹の包を受け取り店を後にした。唯の人間相手に親しそうねと名ドラマーに聞かれたが、単純に付き合いが長いだけだと答えておいた。

 包み携えたらたら歩き、里の真ん中を流れる川を渡れば目的地である鈴奈庵、ここの橋には姫はおらず妬んでくれる相手がいない。今の気分を覗かれたなら心から妬んでも貰えそうだが残念ながら橋違い、それも後の楽しみとしてとりあえず貸本屋の暖簾を潜ろう。

 後ろのドラムがキョロキョロと店内を探り始めて少し恥ずかしい。

 

「小鈴、いる?」

「アヤメさん? いらっしゃいませ、また格好が変わってますね。真っ白で似合ってますよ」

 

「ありがと、雷鼓? これが間ってやつよ」

「理解したわ、店主さん? ここって楽譜もあったりしない?」

「あるにはありますが、アヤメさんこちらの方は?」

 

「元和太鼓の付喪神でこの間の、ほら逆さまのお城の異変‥あれの関係者よ?」

「そう言えばあの時逃げられて!……その辺の事聞かせて貰えたりします?」

 

「雷鼓を置いていくからお茶でも淹れてゆっくり話したら? 茶請けもあるしごゆっくり」

「置いていかれるの!? 私は楽譜が見たいだけで」

 

「雷鼓が話してあげれば楽譜の一つくらい譲ってもらえるかもしれないわよ、後で迎えに来るから交渉頑張ってね」

 

 ちょっと、という言葉を背に受けてインクの匂いが立ち込める店を後にする。店を出た後もしばらく重低音が聞こえていたが耳に届く音を逸らして静かにしてから、もう一つの目的地である稗田のお屋敷へと向かった。数分歩いてすぐに着き門を預かるオジさん門番に遊びに来たと微笑んで告げる、少し悩んだ表情を見せてくれたが本邸の隅からこちらの様子を見に来た従者に手を振ると、怪しむのをやめてくれたようだ。

 チョロい。

 

 従者のお姉さんに阿求に取り次いでほしいとお願いすると、少々お待ちをと待たされた、素直に聞かずに後をついていっても良かったが阿求は偶に体調を崩している日もあると聞いているし、今日がそれならやめておくかと従者の帰りを静かに待った。待つ間暇なのでオジさんの横の門により掛かり煙管を燻らせる、困ったような顔を見せるオジさんにイタズラに微笑んでみせると更に困った顔をされた、まだ何もしていないのに何を困ることがあるのか?

 人間のオスはよくわからない。

 オジさんをからかい待つと従者の戻ってくる気配、間を保たせてくれていたオジさんに暇つぶしのお付き合いありがとうと伝えて火種を踏み消し屋敷の中へと歩んでいく。

 軽い方ではあるはずのあたしの体重がかかってギッと音が鳴る廊下を進んでいくと、この間通された主の部屋にすぐに着き、中でお待ちしておりますと一言だけ言って従者は下がった。

 台所仕事を並んで行ってからなんとなく気安くなってくれた従者の背を見送り、閉じられた襖を開けた。

 

「こんにちは、生きてるかしら?」

「初っ端から‥‥いらっしゃいませ、今日はどうしたんです?」

 

「何もないわ、なんとなくお茶しに来たのよ」

「土産包? とりあえず入って閉めて貰えませんか?少し冷えるので」

 

「おっと、気が利かなくてごめんなさいね。代わりに暖めてあげようかしら?」

「間に合ってます…そう見せつけるようにコートを広げなくとも」

 

 バサッとコートを翻して迎えるように両手を広げてみたが逆効果だったようだ、完全に引かれている‥そろそろいいかね?テンション高くいるのにも少々飽いたし、いつまでも引きずっていては逆に女々しいだろう。艶っぽく笑んでいた顔をいつものやる気のない顔に戻して言われた通りに腰掛ける、ジト目で睨まれ小さくため息をつきながらも従者にお茶を用意させる今代の阿礼乙女、阿求が従者を呼びに席を立った一瞬の隙を突いて書き留めていた書に目を通した。

 少しだけ読めた書の中身、新しく(したた)めた妖怪図鑑かなにかかと思ったがなにやら打ち合わせのような内容で、それもこれから開く会談のような物に思える、列席者は‥‥

 

「何を勝手に読んでいるんですかね?」

「魔理沙と組んでトップ会談でもやるの? 太子の名は見えたんだけど」

 

「そうですよ、魔理沙さんにお願いして集まってもらいます」

「やけにすんなり教えるわね」

 

「言ってしまったほうがを引っ掻き回されないと思って」

「よくわかってるわね、でも興味ないから大丈夫よ? それでも信用されないだろうから、後で纏めたやつでも読ませてくれればそれでいいと言っておくわ」

 

「思った以上に綺麗な引き際が気になりますが、それくらいなら構いませんよ」

「じゃあそれで、そういえばどう? 悪くないと思うんだけど?」

 

 フードを被り小首を傾げて新しい冬物はどうかとアピールしてみると、大して見もせずに棒読みで可愛いですよと褒められた。どうせ褒めるなら小鈴くらい自然に褒めてくれると嬉しいのだが、この子に言わせただけで上々だろう。

 お世辞でも可愛いと言った姿、それを覚えさせたのだから今日の来訪は意味のあるモノとなった。態度はともかく目的は達成出来て満足したし、用事もなくなったからもう帰るかね、いや一服くらいしていくか。お茶もまだだし茶請けも渡せていない。

 そんな事を考えながら阿求の認める書を盗み見る素振りをしているとまた溜息をつかれた。溜息なんてあまりつくものではない、昔から幸せが逃げるなんて言うのだからただでさえ短い生が更に幸薄い物になってしまう。どうせなら溜息よりも感嘆の息をついた方が多かったと思って逝くべきだ。

 

「そうだ、お茶請け、ついでの土産だけどね」

「どうも、それで、ついでとは?」

 

「本命は鈴奈庵にいるのよ、楽譜が見たいと騒いだ付喪神をあっちに置いてきたの」

「付喪神が楽譜‥‥小傘さんやこころさんではないんですか?」

 

「この間の逆さまのお城、あれの関係筋の付喪神よ」

「なんでそれを先に言わないんですか! 行きますよ、早く!」

 

「いきなり騒いでくれて、焦らなくても帰りに迎えに行くって言ってあるわよ?」

「じゃあもう帰りましょう、見送ってあげますから! さ、帰りましょう!」

 

 お茶を届けてくれた従者と綺麗に入れ違いになりながら稗田のお屋敷を抜けだして、あたしの背を押しながら鈴奈庵へと向かい歩く九代目。随分と鼻息が荒いが小鈴といい阿求といいそんなに異変が気になるかね、先の異変の関係者とは言っても被害者でもある首謀者雷鼓‥立場は兎も角人気者で妬ましいわね。

 押される背に掛かる弱い力を感じながらそう考えたが、鼻息荒く捲し立ててこちらの好奇心も殺されるような事にならなければいいが‥‥それは要らぬ心配か、自分から来たいと言った人里でやらかすほど馬鹿じゃない、もう一人異変で暴れた赤髪はやらかしてしまったが赤ちがいだな。

 まぁ細かいことはどうでもいいか。どんな形であれ繋がりを広げていくのは悪くないんじゃないかなと思えるし‥折角得た意思と自由なのだから常日頃近くにいてくれるのは嬉しいし構わないが、このくらいの事人に頼まずとも一人で色々出歩いて好きに遊んだらいいのだ。なんでも受け入れるここで生まれたのだから、どこで何をしようが大概は受け入れられるのだろうし。

 か弱い力で押されて着いた人里の貸本屋、近寄っても重低音は聞こえない。逃げたのかとも一瞬考えたが少女らしい笑い声と落ち着いた声が聞こえてきてその線はないと教えてくれた、会話のリズムでも掴んだのかね?

 誰かが楽しく話している店内、その店の暖簾を背を押されて潜った。


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